臨海学校~夏の夜、浜辺にて

    作者:草薙戒音

     日が落ちた浜辺を、カップルが歩いている。
     吹き上げ花火を囲み楽しげに声を上げる若い男女のグループ。少し離れたところでは、やはり持参した花火を楽しむ家族連れの姿もある。
     波打ち際ではしゃぐ子供たち。寄せては返す波からふと顔を上げた子供の瞳に、浜の対岸で輝く博多の夜景が映る。
    「私、これで特別な存在になれるわ!」
     十人十色、思い思いに夜の浜辺を楽しむ人々の中に、妙に興奮した様子の女が乱入する。
    「オレこそが選ばれたんだー!」
    「頑張って殺すぞー!!!」
     続けて、2人の男の声が響く。

     何事かと振り返った男女グループの1人が、女に刺された。
     駆け寄ってくる男に気付いたカップルの片割れが、咄嗟に相手を庇って鈍器のようなもので殴られ地面に崩れ落ちた。
     異変に気付いた父親がもう1人の男と対峙し、家族に逃げるよう促す。
     その彼を、男の持った刃が襲う――。
     
    「夏休みだね」
     手にした扇子をパチンと鳴らし、一之瀬・巽(高校生エクスブレイン・dn0038)が微笑んだ。
    「夏休みといえば臨海学校だね」
     笑みを浮かべたまま続ける。
    「臨海学校に行くついでに、事件を解決してきてほしい」
    「事件、ですか?」
     問い返すミリヤ・カルフ(小学生ダンピール・dn0152)に、巽は軽く頷いて見せた。
    「事件を起こすのは、普通の一般人なんだけれどね。放っておくとかなり大規模な事件になる……無差別の連続大量殺人という形でね。だから、それを防いでほしいんだ」
    「一般人が事件を起こすんですか? あの、ダークネスや眷属ではなく?」
     少々不思議そうに首を傾げるミリヤ。
    「そう、普通の一般人だ。強化一般人ですらない。灼滅者である君たちなら、事件の解決は難しくないはずだよ」
     この事件の裏には組織的なダークネスの陰謀があると思われている。その目的は不明だが、こんな事件が発生するのをわかっていて見過ごすわけにはいかない。
    「事件を起こす一般人はカードのようなものを所持していて、それに操られて事件を起こすらしい。事件が解決したらそのカードを取り上げてくれ」
     そうすれば彼らは直前までの記憶を失い気絶してしまう。
    「その後は休憩所なり救護所なりに運んでしまえばいい」
     事件を止めるのは事件を起こす一般人が行動を起こしてからにしてほしい、と巽は言った。
    「彼らは犯行の直前に大声を上げる。襲われる人の目星はついている、声を聞いてから動いても近くで待機していれば十分間に合うはずだ」
     そう言うと、巽は襲われるであろう人物の特徴を書き出したメモを灼滅者に手渡す。
    「解決方法は任せるよ。相手は強化すらされていないごく普通の一般人だから、やりようによっては案外簡単に片が付くかもしれない」
     考えるような素振りをしながら、巽が更に呟く。
    「浜辺で過ごす人たちが事件解決後も変わらず過ごせるように……自分たちが命の危険に晒されていたなんて気づかないで済むような形に持っていければ一番なんだけれど」
     事件の黒幕である組織の狙いや回収したカードの分析は臨海学校が終わってから行ることになるだろう、と巽は言った。
    「それに、事件が解決したら臨海学校も楽しんでもらわないとね」
     クスッと笑う巽に続いて、ミリヤがこくりと頷く。
    「事件の起きる浜辺では花火をしたりもできるそうです。海の向こうに博多の夜景が見えたりもするみたいで……私も、楽しみにしているんです」
     ミリヤが小さく笑って、灼滅者たちに声を掛けた。
    「皆さんも、ぜひ一緒にいかがですか?」


    参加者
    千菊・心(中学生殺人鬼・d00172)
    ナディア・ローレン(殺人鬼・d09015)
    水瀬・ゆま(箱庭の空の果て・d09774)
    琴葉・いろは(とかなくて・d11000)
    クリス・レクター(ブロッケン・d14308)
    曳古森・新人(ヒキコモリ上級弐種取得・d15099)
    渡来・桃夜(風招き・d17562)
    ルーウィン・アララギ(愚直なまでの信念・d18426)

    ■リプレイ


     千菊・心(中学生殺人鬼・d00172)と渡来・桃夜(風招き・d17562)、クリス・レクター(ブロッケン・d14308)の3人の目と鼻の先では、男女のグループが吹き上げ花火やロケット花火といった花火を楽しんでいた。
    「普通の一般人に人殺しをさせるなんて、絶対許せるものではありませんね……」
     あたりを見回し、心が信じられないというように首を振る。
     殺人を犯そうとする一般人は、何やらカードのようなものに操られているらしい。
     必ず阻止しなければ、と意気込む心の隣、桃夜が口を開く。
    「何か裏がありそうだけど、オレは早くクリスと夜の浜辺を満喫したいんだよね」
    「うん、さっさと阻止して福岡の浜辺を散歩したい。ね? トーヤ」
     答えるクリスも同意見のようで、お互いを見て小さく笑いあう。
     仲良さげな2人の様子に心が微笑み、3人の間に和やかな雰囲気が流れかける……が、直後に起こった異変にその雰囲気は一変した。
     花火を楽しむグループに、若い女が乱入してきたのだ。
     一瞬で灼滅者としての顔を取り戻した彼らの前で、女は高々と宣言した。
    「私、これで特別な存在になれるわ!」
     それが、合図――クリスが女のもとへ駆けよりその両手を拘束する。
    「もう、酔っ払いすぎですよ」
    「スイマセ~ン、ちょっと仲間が悪酔いしちゃったみたいで今押さえますんで、危ないから下がってくださ~い」
     走り寄る心と桃夜の言葉を聞いて、一連の出来事に驚いていたグループの面々の顔が何となく納得したという表情に変化した。
    「向こうデ少シ酔いヲ醒ましましょウ」
     抵抗する女を少々力を込めて押さえつけ、クリスは彼女を人気のない場所へと連れていく。
    「お騒がせしました~」
     ぺこりと頭を下げる桃夜。
    「夏だからってハメ外しすぎですよね」
     困り顔で心が言えば、グループ内の数人から同情するかのような声が上がった。
     どうやら、酔っ払いに見せる作戦は成功したようである――。


    「一般人が事件を起こすなんて」
     仲睦まじそうに波打ち際を歩くカップルを眺めながら、水瀬・ゆま(箱庭の空の果て・d09774)は小さく息を吐く。
    「人を殺して特別な存在になる、ね」
     彼らが人を殺そうとしている理由があまりにも的外れな気がして、ナディア・ローレン(殺人鬼・d09015)も呆れたように呟いた。
    「正解は『特別にイカれてる奴が人を殺す』ね」
     ナディアがそう言い終えるかどうかのタイミングで、カップルの前に1人の男が立ちはだかる。
    「オレこそが選ばれたんだー!」
     その手に玄翁を持ち大声を張り上げる男とカップルの間に、ナディアがその身を滑り込ませた。
    「もー、先輩飲み過ぎっすよ~」
     言うなり男の腹部を軽く――といっても、灼滅者視点でだが――どつくナディア。うっ、と小さな呻き声を上げる男の手を抑え込み、極力自然な感じで男の首に腕を回す。
    「あんた『も』特別なんでしょ? こんなシケた砂浜じゃなくて、向こうでもっとド派手にヤってやろーぜ」
     耳元で囁かれる言葉が魅力的だったのか、はたまた直前に使用したラブフェロモンの効果か、男はナディアに腕を回されたまま、反抗することもなく促されるように歩き出す。
    「夏の浜辺は開放的な人が多くて困りますね。ご迷惑をおかけしてすみません」
     自分たちに向き直り頭を下げるゆまに、カップルの女性が「大変ですね」と声をかけてくれた。
    「本当にすみませんでした」
     もう一度丁寧に誤って、ゆまはその場を後にした。


     極力目立たぬよう、目を引かぬよう――旅人の外套を使いひっそりと佇む曳古森・新人(ヒキコモリ上級弐種取得・d15099)の耳に、元気な子供たちの声が響く。
    「おとーさんおかーさん見て見て!」
     父親と母親、それぞれに手を繋いだ子供たちが波打ち際ではしゃいでいる。子供たちに応える両親の声は優しく、その視線は温かい。
    (「家族ですか……そういえばカップルもいますね。すいません僕なんかいてすいません」)
     幸せそうな家族の姿に、基本引きこもりな新人の思考が余計に自虐的なものになる。
    「誰かの『特別』になれる方が、よっぽど貴重です」
     そんな新人の内心など知る由もなく、琴葉・いろは(とかなくて・d11000)が呟いた。
    (「『特別な存在』なんて自称しても、空しいだけですのに……」)
     思いながら軽く頭を振るいろはに、ルーウィン・アララギ(愚直なまでの信念・d18426)が生真面目そうな顔で頷く。
    「頑張って殺すぞー!!!」
     突如響いた男の声に父親の動きが一瞬止まった。父親が再び動き出すその前に、ルーウィンが声の主である男の前に立ちはだかる。
     ルーウィンが動くのとほぼ同時、いろはも男の側面に回り込んでいた。酔っ払いを諌めるふりをして男の片腕を捻りあげ、平時よりも低い声で男に囁きかける。
    「おイタが過ぎましてよ」
     いつの間にか男に近づき逆の腕を取った新人と共に、いろははそのまま男を引き摺っていく。
     それを確認すると、ルーウィンは襲われそうになった家族へと向き直った。そして、未だに警戒を解かず家族を背にこちらを睨み付ける父親に深々と頭を下げる。
    「驚かせてしまい申し訳ない、……調子に乗った連れが飲み過ぎてしまったようで。あちらでキツく言い聞かせておきますので」
    「こういうことはないようにしてほしい。こっちは子供もいる、何かあったら……」
     抗議する父親に、ルーウィンは再び頭を下げた。本来ならばルーウィンが頭を下げる筋ではないのだが、男の連れだと思わせている以上仕方がない。
    (「これで丸く収まるのなら――」)
     これで穏やかな時間が戻るのなら、安いものだ。


     砂浜の外れ、人気のないその場所で3人の男女が灼滅者に囲まれていた。
     ゆまの改心の光の効果か3人はそれぞれに仕出かそうとした罪の重さに苛まれているらしく、抵抗する様子はない。
     万が一に備え3人の動きと周囲の様子を観察していた新人が、まずは一安心、と軽く息を吐く。
    「あんたたち、変なカードみたいなの持ってるだろ」
     ナディアの言葉に3人がびくっと肩を震わせる。
    「それ、どこで誰から貰った? 何を吹き込まれたんだ?」
     その問いかけに、3人は悩みながら答えた……が。その供述はひどく曖昧なものだった。
     どうやらカードを受け取った時のことはほとんど覚えていないらしい。
     覚えていないものを尋問しても仕方がない――それ以上追及することはせず、ゆまは3人に声を掛ける。
    「あなた方が持っているカードを渡してください」
    「い、いや、これは……」
     改心の光により「悩める善人」になっている3人だったが、素直にカードを渡すことはしなかった。
     灼滅者たちは顔を見合わせ、仕方ないとでもいうかのように息を吐く。
    「では、眠ってください」
     いろはが告げると同時に起こった爽やかな風が、件の3人を眠りに誘う。そのまま地面に崩れ落ちそうになる彼らの体を、灼滅者たちが抱きとめた。
    「手荒ナ真似ヲしてすまないネ」
     言いながら、クリスは砂浜に横たえた男のポケットをまさぐる。男のカーゴパンツのポケットから出てきた黒いカードには「HKT六六六」という文字が刻まれていた。
     仲間が他の2人のポケットや財布から同様のカードを回収したのを確認し、ルーウィンは事務所へと向かった。
     事務所に到着すると、彼は親切心を装って尋ねる。
    「浜辺で寝ている人を見つけたんだが、外で寝るのはまずいかと……こちらで休ませてあげられますか?」


    「ナディア先輩、おかえりー」
     一仕事終えて仲間の元へとやってきたナディアにかごめがブンブンと手を振る。
    「ナディアさんお疲れ様~」
    「ナディア先輩、お疲れ様なのじゃよ」
     ユリアや心桜が声を掛ければ、ナディアは曖昧に笑ってみせた。
    「なんつか、心から楽しめない気分残ってる感じ?」
     どうにもすっきりしない様子のナディアに花火を渡しながら明莉が問う。
    「皆には心配かけちゃったなー」
     ナディアが微苦笑を浮かべながら答えた。
    「色々思うことはあるけどさ、とりあえずは花火! ね?」
     にまっと笑うカゴメの手には花火のセット。
    「大丈夫、ありが……」
    「んまぁ折角の臨海学校、目一杯楽しみまっしょい!」
     ナディアの言葉は、明莉が放り込んだネズミ花火によって中断された。
    「ふぎゃー!」
    「明莉先輩、花火のチョイスが渋いっ! ナディア先輩、反撃どーぞっ」
     かごめに投げ渡された爆竹に火を点けるなり明莉の足元目掛けて投げつける。
    (「なんかしんみり感謝して損した!」)
     騒ぎをよそに、心桜は他の花火の準備を始めていた。
    (「今はあれだけ騒いでおるが、心境は複雑なのじゃろうなあ」)
     と、一瞬遠い目をした心桜の視界にユリアの姿が映った。彼女もまた、その手に花火を持っている。
    「げげっ!? ユリアちゃんそれはまさかのっ……」
    「お? ユリアは何の花火持って……てぇ、こっち向けんなぁ!!」
    「ユリアさん、そのロケット花火は……」
    「うわあああ、ロケット花火は、駄目じゃ、ユリア嬢ー!」
     仲間の反応に、ユリアの笑みが深くなる。
    「え? え? やだな~、そんなにご所望なら期待に応えるしかないじゃないですか~」
     両手に持ったロケット花火に火を点けるユリア。
    「かごめ嬢、止めてー! わらわ、ロケット花火、苦手なのじゃー!」
    「心桜ちゃん、大丈夫だよ。心優しい諸先輩方が僕らの盾になってくれるはず! 先輩方、雄姿は忘れません!!」
     バケツを持ってユリアに向かう明莉を、かごめは最敬礼して見送った。

     散々騒ぎ倒した後、心桜は明莉に線香花火を手渡した。
    「やっぱ、線香花火は風情あるな」
     心桜の脇に座りそう呟いた明莉の耳に、ナディアの声が飛び込んでくる。
    「こらそこ! 二人きりは他所でもできるでしょ! 皆で遊びなさい!」
    「……て、ちっが! 皆一緒に線香花火するんだよっ!」
     赤面しつつ言い返す明莉。
     2人のやり取りにも動じることなく線香花火を配る心桜。
    「みんなで誰が長く持つか競争しようぞ」
     ちぱちぱと小さな音を立てて、線香花火が花を咲かせる。
    「縮小版打ち上げ花火みたいで、綺麗でいいよね~」
    「一瞬の永遠みたいな儚さが好きなのじゃよ」
     小さな花火が、「便利屋」の仲間たちの顔を照らし出す――。


    「ゆまさん依頼お疲れ様!」
    「怪我してない?」
     問い掛ける慧樹や百舌鳥に、ゆまが笑顔で頷いた。
    「何とか解決できて良かったです」
    「じゃあ、今からは楽しい臨海学校だね」
     声を掛けるアナスタシア。火消し用のバケツに虫よけスプレー、花火の準備は万端だ。
    「はい、皆で花火、楽しみましょうね!」
    「夏はやっぱり花火だなー!」
     慧樹が火を点けたのは、七色に変化する花火。
    「色が変わる花火もいいけど、普通の火花もきれいだよね」
     言いながら静かに花火を楽しむ百舌鳥。
    「見て見てコレ七色変化だって! 残像で、キレーに見える?」
     花火を持ったままぐるぐると大きく円を描く慧樹。
    (「ちょっと危ないけど、ついついやっちゃうよね」)
     かたやアナスタシアは、ブンブンと花火を振り回す。
    「ふ、ふたりとも、危ないぞ!そんなに回すなって!」
    「わわ、すみけいくんもアナさんも、危ないですよぅ! 火傷してないですか?」

    「最後はやっぱりこれだよね!」
    「クライマックスはこれだよな!」
     じゃーん、とアナスタシアと慧樹が取り出したのは、線香花火。
    「『線香花火誰が最後まで残せるか対決』だ!」
    「『線香花火がどれだけ持つのか勝負』!」
     2人の言葉の後、それぞれが線香花火を選び出す。
    「俺は……コイツだぁー! この一本にビビっときた!」
    「……わたしはこのコ……かな?」
    「アナはこの子。一番頑張ってくれそうだから」
    「誰が勝っても恨みっこなしな」
     4人一斉に火を点けて、よーいドン。
    「俺のは玉が大きくなりすぎてる気が……!」
     焦る慧樹の声に百舌鳥がニコニコと笑う――こうして仲間と過ごす時間が嬉しくて仕方がない。
    「あ……落ちちゃった」
     ゆまの残念そうな声に続いて、焦っていた慧樹の火種も落ちる。
     さて、勝つのは百舌鳥とアナスタシアどちらだろうか?


    「海も花火もこの夏初めてです……とても美しいですね」
     微笑むいろはに、などかの顔も綻ぶ。
    (「夏の夜、潮騒をBGMに友達と花火ってなんだかとっても贅沢!」)
     2人で買った花火に火を点ければ、鮮やかな火の花が咲く。
    「清少納言ではないですけれど、夏は夜の時間が一番好きです」
     いろはの言葉が嬉しくて、などかの笑顔がますます大きくなる。
    「やっぱり最後はこれよね?」
     煙に追われ笑いあった後は、やはり静かに線香花火。
    「どっちが長く続くか勝負よ?」
    「受けて立ちましょう、いざ……」
     弾ける火花が刻一刻と形を変える――まるで万華鏡のように。
    「夜を背に 友と楽しむ 花遊び」
     などかが何気なく詠んだ句に、いろはが返す。
    「夏の夜に瞬き咲ける花と話と」
     微笑みあううちに線香花火の火種は落ちしてしまったけれど、それもまた悪くない。

     喧騒から離れ、クリスと桃夜は波打ち際を歩く。
    (「トーヤの手……大きいな」)
     思いながらクリスが彼に視線を向ければ、桃夜もまたクリスを見つめ返す。
    「何事もなくてよかったね」
    「せっかくの臨海なのに、つまらない戦闘になるなんて……」
    「色々気になるけど今は楽しもう? 僕……間近で海見るの初めてなんだ」
     靴を脱ぎ波打ち際に更に近づく。寄せては返す波が素足を洗う感覚が心地いい。
    「あは、気持ちいい。これが海なんだ」
     笑うクリスに誘われて、桃夜もまた靴を脱ぐ。
    「ホントだ、気持ちイイね」
    「ふふふ、気持ちいいよね」
     楽しそうに答えるクリスが愛おしくて、桃夜が優しげに微笑んだ。
    「後でこっそり抜け出して屋台村にラーメン食べに行こうね」
    「え? 屋台村でラーメン? うん! いくいく!」


     学校行事とはいえ人が多い場所は無理。だからこそ「夜の浜辺なら」と思っていたのに――。
    (「……すいません邪魔にならないように座ってます」)
     楽しそうな歓声に背を向けて、新人は1人体育座りする。
    「暑かったー」
     言いながら水着姿になった心は、あることに気が付いた。
    (「しまった……夜の海は、ぼっちには辛い……」)
     誰か共に花火を楽しんでくれる人はいないかとあたりを見回せば、1人浜辺を歩くミリヤの姿が。
    「よかったら一緒に花火しませんか?」
     はにかみながらもミリヤが頷く――どうやら1人花火は回避できそうだ。
    「灼滅者で良かったと……、そう感じる景色だな」
     今は姿の見えないビハインドに語りかけ、ルーウィンは空を見上げた。
     浜辺に響く楽しげな声――惨劇は未然に防がれ、人々は何も知らず楽しく過ごしている。
    (「……あの人たちも早く目を覚まして海を楽しめればいいんだが」)

     夏の夜の浜辺。
     臨海学校の夜は更けていく――。

    作者:草薙戒音 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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