臨海学校~真夏の屋台めぐり

    作者:春風わかな

     カラン、コロン。
     下駄の音が響く屋台通りは花火を見物に来た人々で賑わっていた。
     ソースの焦げる焼きそばの匂いにふらふらと引き寄せられたかと思うと、隣から漂う甘い綿あめの香りが鼻をくすぐる。色とりどりの水風船を片手にきょろきょろと周囲を見渡せばパンッと小気味よい音を立てて的がゆっくりと後ろへ倒れていった。
     ヒュルルルル……ドーンッ!
     花火があがる大きな音につられ、皆一斉に天を仰ぐ。
     夜空を埋め尽くさんばかりに大輪の花がぱっと開き、赤い火の粉がキラキラと降り注いだ。
    「たーまやー!」
     花火に向かって威勢のよい掛け声がかかったかと思うとひとり、またひとりと見物客がバタバタと倒れていく。
     倒れる人々の中央には狐のお面をつけた浴衣姿の男たちが5人立っていた。
     5人の手にはキラリと光る刃――全員ナイフを持っているようだ。
     戸惑う人々を前に、すっとリーダー格の男が前に進み出て口を開く。
    「貴方たちは運が良い。俺たちのパフォーマンスを特等席で見られるんだからな」
     パチンと男が指を鳴らした合図をきっかけに、全員狐面を放りなげた。
     そして複雑なステップを軽やかに踏み、人混みへと斬りかかる。
     平穏な花火大会は一瞬にして狂気の宴へと変わり周囲は一瞬にしてパニックへ陥った。
     そんな喧噪を横目にリーダーが袂から1枚の黒いカードを取り出し、そっと口づける。
    「アンコールのご要望にはお応えしないといけないね」
     そして、すっとカードをしまうと再びナイフを振るうのだった。

    「九州で、大規模な事件が発生することが、わかった――」
     教室に集まった灼滅者たちをぐるりと見回し、久椚・來未(中学生エクスブレイン・dn0054)はいつもと同じように淡々と説明を始める。
     今回、事件を起こすのはダークネスや眷属、強化一般人ですらない普通の一般人。灼滅者であれば事件の解決は難しくないだろう。
     だが、この事件の裏には組織的なダークネスの陰謀があると思われる――。
     來未の言葉に灼滅者たちの背筋がすっと伸びた。
     敵組織の目的はわからない。
     だが、無差別大量殺人が起こるのを黙って見過ごすことはできない。
    「事件を起こす一般人は、カードみたいなものを、持ってる」
     來未の説明によれば、彼らはこのカードに操られて事件を起こすようだ。
     事件解決後、原因と思われるカードを取り上げれば直前までの記憶を失って気絶するようなので、あとは休憩所などに運んでおけば大丈夫だろう。
    「事件が起きるのは、花火大会会場の、一角」
     そこはたくさんの屋台が並ぶ賑やかなエリアだ。
     ターゲットは狐のお面をつけた浴衣姿の男たち5人。
     周囲には大勢の花火見物客がいるが、狐面をつけた一般人は他にいないので彼らを探すことは難しくないだろう。
     男たちが会場に現れるのは日が暮れた後。最初は5人ばらばらに屋台を散策しているが、花火があがる3分前に射的の屋台の前に集合する。
    「だいたい、この辺り」
     会場の地図を取り出した來未がペンで印をつけた。
     彼らは花火が上がったと同時に事件を起こそうとするので、その前に気絶させカードを奪えば事件は解決となる。
     男たちに接触するタイミングは、彼らが会場に来た後であればいつでも構わない。
     來未の説明が終わったことを確認すると、大人しく聞いていた星咲・夢羽(小学生シャドウハンター・dn0134)が「はい!」と元気よく手をあげた。
    「ねぇ、來未ちゃん。じけんかいけつしたあとは、ユメたちもあそんでいい?」
     屋台で遊びたいなぁと夢羽の期待に満ちた眼差しを向けられ來未は一瞬考える。
     敵組織の狙いやカードの分析などは現場ですぐに調べられるものではないだろう。学園に戻ってきてから行うことになると思われる。
     せっかくの臨海学校だ。楽しんで問題はないだろう。
    「自由にしたら、いいと、思う」
     來未から屋台で遊んでよいと許可をもらい、夢羽の顔がぱっと輝いた。
    「わぁーい! ユメね、きんぎょすくいやりたいの!」
     リンゴ飴やたこ焼きも食べたいし、射的にも挑戦してみたい。
    「ユメ、小梅といっしょにがんばって、じけんかいけつするね!」
     嬉しそうにぴょこぴょこ飛び跳ねる夢羽に「がんばって」と來未も声をかける。
    「お土産話、待ってる」
     ひらひらと手を振り、來未は教室を後にする夢羽たちの背中を見送るのだった。


    参加者
    天鈴・ウルスラ(踊る朔月・d00165)
    巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)
    高坂・由良(薔薇輝石の乙女・d01969)
    錵刄・氷霧(氷檻の焔・d02308)
    式守・太郎(ニュートラル・d04726)
    森村・侑二郎(無表情イエスマン・d08981)
    イヴ・アメーティス(ナイトメアキャット・d11262)
    諫早・伊織(空な影は光を映し・d13509)

    ■リプレイ


     沢山の屋台が並ぶその通りは花火を待ちわびている人々で大賑わいの様子を呈している。しかし、完全に日が落ちた現在、屋台が立ち並ぶ明るい通りから外れると一転して薄暗く人通りも少なかった。
    「うっ……」
     人気のいない薄暗い場所で狐のお面をつけた浴衣姿の男(以下、狐面の男)が呻き声をあげると同時に意識を失う。後頭部を何かで殴られたようだ。
    「お疲れ様」
     男を殴った犯人――諫早・伊織(空な影は光を映し・d13509)に向かってイヴ・アメーティス(ナイトメアキャット・d11262)が労いの声をかける。
     そして、イヴは気を失った男の傍らに膝を着き黒いカードを奪い取った。
     これでまた1人確保。
     カードを奪ったことを仲間たちへ連絡しようと伊織は携帯電話を取り出す。ディスプレイに照らし出された時刻は花火大会の開始時刻まであまり猶予がない。
    「アメーティスの姉さん、敵の介抱をおねがいしますわ」
    「ええ、休憩所に連れて行ったらすぐに集合場所へ行くわ」
     足元に落ちていた狐の面を拾い上げ、伊織は一足先に集合場所へ向かって走り出した。

     ――時刻は少し遡る。
     日が暮れた通りにぽつぽつと屋台の明かりが灯り始めた頃。
     会場の地図を手にした天鈴・ウルスラ(踊る朔月・d00165)を中心に灼滅者たちは捜索エリアの分担について確認をしていた。
    「さっさと解決して、臨海学校の楽しい思い出作りをしますのよっ!」
    「そうですね。早く解決して臨海学校を楽しむことには異論ないです、ハイ」
     高坂・由良(薔薇輝石の乙女・d01969)の言葉に、表情を変えず淡々と頷く森村・侑二郎(無表情イエスマン・d08981)。
     大量殺人なんて絶対起させませんの! と断言する由良に一同異論はない。
     今回の目的は、花火大会の見物客の大量虐殺の阻止。そのためにも花火大会が始まるまでに狐面の男たちを探しカードを奪わなければならない。
     一方、仲間たちの横で式守・太郎(ニュートラル・d04726)は星咲・夢羽(小学生シャドウハンター・dn0134)に携帯電話の使い方について説明していた。初めての携帯電話を物珍しそうに触る夢羽に、太郎はもう一度合図について確認をする。
    「ユメハ、敵を見つけた時のコールは?」
    「いっかい!」
    「敵を倒してカードを奪った時は?」
    「にかい!!」
     太郎の質問に得意気に答える夢羽に合わせて霊犬の小梅もパタ、パタパタとその尻尾を振っていた。
    「バッチリだな星咲。見張り、よろしくな」
     巨勢・冬崖(蠁蛆・d01647)の大きな手で頭を撫でられ、夢羽は嬉しそうに顔を綻ばせる。そして、ふたり一組となった灼滅者たちは、夢羽と小梅に見送られて屋台通りへと繰り出していった。


     見物客で賑わう屋台通りの捜索はなかなか思うように進まない。そんな中で最初にターゲットを見つけたのは錵刄・氷霧(氷檻の焔・d02308)だった。
    「由良さん、あそこ見てください」
     氷霧がこっそりと指し示した方向へ由良もそっと視線を向ける。狐面の男がゆっくりと品定めをするように通りを歩いている姿が目に入った。
     作戦、開始。
     氷霧と由良はアイコンタクトを交わすと由良だけが男の後をそっとつける。そして人の波が途切れたところを狙い、彼女は「すみません」と声をかけた。
    「大事なお話がありますの。少し付き合って頂けません?」
     美少女に甘い声で囁かれ、悪い気のする男はいない。ましてやESPの効果もあり、狐面の男はふらふらと誘われるままに由良の後について行く。
     そして、屋台の裏へ来たところで……。
    「ぐ……っ」
     物陰に身を潜めていた氷霧の不意打ちにあっけなく倒れ伏した。足元に転がった狐のお面を拾い上げ、氷霧は呟きを漏らす。
    「目の前のことから一つずつ片付けていきましょう」
     ――まずは、1人成功。
     氷霧と由良のペアがカードの奪取に成功したことはすぐに携帯電話で仲間へと知らされた。着信から間もなく、エリアの南側を受け持つ太郎と侑二郎も狐面の男を視界に捉える。
    「いましたね」
     告げる侑二郎がふっと闇に消えた。その次の瞬間、前を歩いていた狐面の男が呻き声をあげ、がくりと膝を着く。
    「大丈夫ですか?」
     慌てた関係者を装って太郎が駆け寄るが、彼には一部始終が見えていた。闇纏いで姿を消した侑二郎が男を殴ったのである。
    「経緯は分かりませんが平和な日常に戻って下さい」
     気を失った男から太郎がカードを回収したことを確認すると、侑二郎は闇に紛れたままそっとその場を離れた。

     花火の開始時刻が徐々に近づいてくる。
     打ち合わせ通り鮮やかな手付きで狐面の男を気絶させてカードを奪ったウルスラと冬崖は、残る男を探しながら集合場所へと向かっていた。
     途中ウルスラの携帯電話が鳴り、伊織たちが無事カードの奪取に成功したことを告げる。 成功の着信は全部で3回。そして自分たちもカードを奪っているので……。
    「これで残るはあと1人デスネ」
    「チッ、花火の時間が迫ってる。集合場所へ急ごうぜ」
     人の波を掻き分けて進む二人の携帯電話が同時に震えた。コールは1回。ウルスラが急いでディスプレイを確認するとそこには夢羽の名前が表示されている。
    (「――どこだ?」)
     きょろきょろと視線を巡らせる冬崖に「いたデース!」とウルスラの声が響いた。
     彼女が指差した先には、射的の屋台の前で1人悠々と佇む狐面の男と……彼に近づく狐面の男が2人。
    「え? 3人??」
     慌てるウルスラだったが、よく見れば2人の男の服装は伊織と氷霧。だが、狐面の男は仲間だと思っている様子で彼らの正体には気が付いていない。そして、男が事実に気が付くよりも早く、暗闇から侑二郎が手刀を一撃。
     ――ドサリ。
     突然倒れた男に周囲の人々がどよめくが、傍らの伊織や駆け付けた太郎が関係者を装ったことですぐに鎮静化した。
    「休憩所へは俺が運ぼうかね」
     冬崖に担ぎ上げられ、最後の1人も休憩所へと運ばれていく。狐面の男を運ぶ冬崖の手にはしっかりと黒いカードが握られていた。
     これにて、事件は一件落着。――さぁ、お楽しみはこれからだ!


     大輪の花が夜空いっぱいに咲き誇る。花火大会が始まったのだ。
    「ん? 何かあったのか?」
     心なしか騒がしい射的の屋台を横目に茉咲は独りごちる。
     しかし彼は足を止めることなくお目当てのあんず飴の屋台へまっしぐら。
    「あー、幸せだな」
     もごもご両手のあんず飴を食べながら茉咲はのんびりと屋台巡りを開始した。
     まずは、とチョコバナナの屋台の前で樹は立ち止まる。
    「……随分と挑戦的な色に挑むんですね」
    「こういう時は普通の色じゃツマラナイじゃない?」
     躊躇う彩歌を前に樹は青色のチョコバナナをぱくっと一口。
    「なんだか身体に悪そう……」
    「あら、味は変わらないわよ」
     美味しい、と頬を緩ませる樹を見て彩歌も「たまにはいいか」と呟いた。
    「私も、青色にしますっ!」
     ふたりで青いチョコバナナを齧りつつ。
     次は何を食べようかと目に付いた屋台を片っ端から覗き込む。
    「ねぇ、双葉」
     ドキドキする気持ちを必死に隠しながら、姫恋は傍らの恋人に話しかけた。
    「浴衣、選んでくれてありがとうね?」
     どういたしまして、と笑顔で答えた双葉はすっと手を差し出す。
    「屋台コンプリートを目指しますか?」
     ま、そんなに急いで廻るものでもないか、と笑う双葉を見上げ、姫恋もにこりと頷いた。
     そして、ぎゅっと繋いだ手の温もりを感じながら屋台通りをゆっくりと歩く。
    「お、緋織! あの射的屋、猫のぬいぐるみがあんぞ!」
     眞白の声に緋織がぱっと顔をあげた。
     景品として並ぶ茶トラのぬいぐるみにキュンと心がときめく。
    「ね、眞白君、あの猫さん……とれる?」
     任せろ、と笑顔で頷き眞白は宣言通り茶トラを倒し。
     凄ーいと拍手を送る緋織の前でさらに眞白は白猫のぬいぐるみも撃ち落とした。
    「私達が一緒にいれば猫さんたちも一緒ね」
     ――そうだな。
     眞白は返事の代わりに緋織の手をぎゅっと握り締める。
     ぶらぶらと屋台を見ながら氷霧と伊織は賑やかな雰囲気を満喫していた。
    「金魚すくいですか……」
    「いいですね、やりましょか」
     二人同時に足を止め、水槽の前にしゃがみ込む。
     慣れない手つきでポイを動かす氷霧とは対照的に伊織はひょいっと素早く1匹だけすくいあげた。
    「この金魚、錵刃の兄さんとこで一緒に飼えんやろか」
    「え、東京まで持って帰れるんですか……?」
     なんとかなるだろうと判断し、金魚たちは道場で飼うことにする。
     夏の屋台通りは浴衣姿の人も多く見受けられた。
     もちろん沙花と優奈も御多分に洩れず浴衣姿である。
    「ユーナ。何、食べよっか」
    「かき氷は? 暑いしちょうどいいよね」
     目の前の屋台でそれぞれ苺味とブルーハワイ味のかき氷を購入し、一口食べるとひんやりとして心地良い。
    「ユーナ、一口あげるね」
    「ありがと! さーちゃんも!」
     互いに「あーん」としあってかき氷を交換すれば。
    「……結構恥ずかしいや」
     照れる沙花が可愛くてにやにや大満足の優奈だった。
     休憩所で気絶した一般人を見舞っていた冬崖は櫂との待ち合わせ場所へ急ぐ。
    「わりぃ、遅れた」
    「ううん。それよりね、待ってる間に気になるものを見つけたの」
     こっちよ、と櫂は冬崖の腕を引っ張り射的の屋台へと連れて行った。
    「見て、あのコ」
    「白熊か? でけぇな」
     櫂が指さしたのは大きな白熊のぬいぐるみ。何度かチャレンジしたのか、少し斜めになっている。
    「いいぜ、長期戦覚悟だが絶対取ってやる」
     冬崖は銃を構えると白熊の額に狙いを定めて引金をひいた。


    「こういうニホンの縁日っぽい空気はわくわくするデース!」
     ウルスラと由良はイヴも交えて3人で屋台通りを歩く。
    「わたくし、あれがやりたいですの!」
     子供のように瞳を輝かせ由良が指さしたのは金魚すくい。
     早速3人仲良く挑戦した結果――。
    「お二人とも見てくださいませ!」
     誇らしげに掲げる由良の手元では金魚がゆったりと泳いでいた。
    「射的屋はないかしら……」
     イヴの呟きを聞いたウルスラと由良は射的の屋台を探して歩き出す。
     【月灯】の面々も屋台で買い物を楽しみながら散策していた。
     屋台を満喫中の空牙の両手はりんご飴や金魚などで溢れている。
    「せっかくだし、少しくらいなら、なんか奢んぜ?」
     空牙に綿あめを買ってもらいオフィーリアは嬉しそうに一口齧った。続けて華月に貰ったタコ焼きを頬張ったのは良いが、熱くて言葉が出てこない。
    「射的か……」
     先頭を歩く晴彦の声に釣られ皆が屋台に視線を向けた。
    「二人分だ」
     誠司は屋台の店主から二丁の銃を受け取ると左右一本ずつ構え――。
     パン、パン!
     時間差で撃った弾は二発とも黒猫のぬいぐるみに命中し、あっさり撃ち落とす。
    「やるねぇ、俺も負けられねえぜ」
     ヒューと口笛を吹き晴彦も銃を構えた。狙いを定めて撃った弾は三毛猫のぬいぐるみの額にあたり、景品がコテンと倒れる。
     ふたりの戦利品は揃って沙月にプレゼント。
    「あ、……ありがとうございます」
     華月と繋いでいた手を離し、沙月はオロオロしながら2つのぬいぐるみを受け取った。
     これが面白くないのが華月である。
     ――ムカっ。
     苛立ちを隠そうともせず、華月は手に持っていたタコ焼きを沙月に差し出した。
    「……沙月、食べる?」
    「わぁ、美味しそう」
     いただきます、と嬉しそうにタコ焼きを沙月はパクっと頬張る。
    (「……勝った」)
     姉妹の絆を見せつけられ晴彦と誠司は悔しそうに唇を噛んだ。
     バトルが勃発しているのはここだけではない。
     左手には食べ物を。右手には箸という名前の武器を持ち。希子とほの花は互いの食べ物を狙い攻防を繰り広げていた。
    「ぐぬぬ……従者の癖にー」
    「ご主人こそ、年功序列を覚えた方がいいですよ?」
     ゆさぶりを掛け合うふたりの頭上で大きな花火が上がる。
    「あ、花火!」
    「え、どこ?」
     空を見上げた希子の隙をつきほの花が箸を伸ばした。
    「ぎゃー! キコのから揚げ!」
     ふたりの仁義なき戦いはまだまだ続く。
    「ちょ、ジャンボすぎ……!」
     寛子が持ってきた皿に乗っているのは杏子の想像を超える大きな焼き鳥?だった。
    「牛、豚、鳥一つずつ買ってきたよ!」
     3本食べ切れるか――。
     杏子は瞬時に想いを巡らす。否、仮に食べれたとしても全部食べるのはアイドルとして負けだろう。
    「夢羽ちゃん、一緒に食べない?」
     通りがかった夢羽に声をかけ、少女たちはお肉を頬張った。
    「おいしい~♪」
     幸せそうに食べる夢羽を見て杏子も「味は良いねぇ」と嬉しそうに頷く。
     色々な味を楽しむために仲良く分けっこ。
     タコ焼き、鯛焼き、焼きそば、今川焼き、かき氷、クレープ(小豆添え)。
     定番屋台グルメを選ぶ司とは対照的に美樹が買うものは小豆ばかり。
    「……」
     この小豆ラブはどうにかならないのか。
     司は冷たい視線を美樹に向けた。
    「まったく……小豆禁止!」
     怒る司をハイハイと美樹はさらりと流す。
    「司、この人形焼見て? 変な形」
     (「ま、また小豆……!」)
     わなわなと肩を振るわせ、司は容赦なく美樹の頬を引っ張った。
    「ええい、この妖怪小豆お化けめ!」
    「痛いってば、司」
     仲良しコンビの屋台巡りはまだ続く。
    「おおお金魚すくい!」
     やろうぜ! と彰二は屋台に駆け寄るが、侑二郎はタコ焼きを食べながらゆっくりと歩く。
     侑二郎を待たず彰二は早速金魚すくいを始めるが、あっという間にポイの中央に穴が開いた。
    「何でこんなすぐ破けんだよ!?」
     もう1回! と再びポイを受け取った彰二は隣で侑二郎が次々金魚をすくっている。
    「金魚すくいって別に難しくないですよね?」
    「侑二郎、オマエ……!」
     端から見れば真顔だが、彰二にはそれが侑二郎のドヤ顔だとわかる。
    「ちくしょおおお!」
     悔しそうな彰二の声が屋台通りに響き渡った。


     通りには食事ができるようにテーブル席も設けられており、その一角から賑やかな声がする。
     各々好きな屋台ごはんを買いに行っていた【TYY同好会】の面々が戻ってきたのだ。
    「さーやたちは、焼きそばさんとタコ焼きさん買ってきたよ!」
    「わぁ、おいしそうー!」
     屋台ごはんのド定番をテーブルに並べる桜子と宗次郎の隣で夢羽はわくわくしながらごはんを待つ。
    「私のは『はし巻き』でーす! 九州のお祭りといえばコレでしょ!」
     じゃーん、と奏恵が並べたものを見て智がうれしそうな声をあげた。
    「おお、カナちゃんわかってるうっ!」
    「はし、巻き……?」
     夢羽はもちろん、鐡哉たちも初めて見た様子。
    「関東では、馴染みが無いからね……」
     食べてみたいなぁ、と呟く鐡哉の言葉に桜子も同意を示す。
    「みんなのオススメはみんなで食べるのよっv」
     フランクフルトや焼きもろこしも登場し――声を揃えて「いただきます!」
     皆で食べる屋台ごはんはどれもいつも以上に美味しくて。
    「夢羽ちゃん、食べたいのあるかい?」
    「はしまきたべたいー!」
     一向に箸が止まる気配はない。
    「……あ、タコ……」
     蛸無しのタコ焼きをひいてしまった宗次郎だが、これも屋台ならでは。
     全部食べ終わった後は……。
    「ねぇ、甘いもの買い足しに行こっか」
     食後のデザートを求め6人は立ちあがった。
     お目当ての射的の屋台を見つけ、イヴは躊躇なく代金を支払い銃を受け取る。
    「銃の扱いは慣れてるからね。……全部落とすつもりで行くわ」
     狙いを定め引金をひけば、弾はまっすぐに飛んでいき勢いよく景品を撃ち落とした。
     りんご飴を舐めながら観戦していたウルスラが賞賛の声をあげる。
    「流石、見事なワザマエでゴザルな。イヴ」
    「それを言うなら『腕前』じゃないかしら」
     ありがとうと言いつつイヴはさりげなく訂正した。
    「ふたりは、やらないの?」
     イヴの誘いにウルスラと由良が顔を見合わせる。
     銃使いとしては挑戦したいが……。
    「拙者も、狙うのは得意でゴザルよ~」
    「わたくしも負けませんわ!」
     負けじと初挑戦の由良も参戦を表明し、3人並んで銃を構え。
    「な、なんで当たったのに倒れないのデース!?」
    「難し……なんでもありませんわ! もう一回!」
     賑やかな少女たちの声が通りに響いていた。
     しっかりと繋いだチセの手をぎゅっと握り夜深はきょろきょろそわそわ落ち着かない。
    「やみちゃん、綿あめ食べよっか」
     屋台の定番やね、とチセが指さした先の屋台では白い雲のようなものを棒に巻き付けている。
    「ふワふわ、甘味、雲……!」
    「待ってて、買ってくるんよ」
     そこはお姉ちゃんなチセの役目。
     はい、と差し出された綿あめを夜深はパクリ。口の中で甘い雲がふんわりと溶けた。
    「美味……! チーおねーちゃ、謝々!」
     どういたしまして、と微笑むチセは金魚すくいの屋台へ向かって歩き出す。
     水槽の前にしゃがみ込んだ夢羽は真剣な表情で水中を動くポイを見つめていた。
     次々と金魚をすくう太郎の腕前には「すごいねぇ」としか言いようがない。
    「いいなぁ、ユメもじぶんできんぎょとりたいなぁ」
    「……それは、難しいかもしれないですね」
     太郎も散々説明を試みたが、少女の夢が叶うまでの道のりは険しそうだ。
    「わ、きんぎょ……♪」
     可愛らしい金魚に惹かれた静香たち【ひよこくらぶ】の皆がやってきた。
     先に金魚すくいを楽しんでいた太郎と夢羽が「どうぞ」と場所を譲り、鈴乃たちも並んでポイを握る。
    「きんぎょすくい、がんばるのです!」
     ポチャ。
     鈴乃は嬉しそうにポイを水の中に突っ込んだ。
     隣りに並んだいるかと栞も仲良く同時にポイを水に入れる。だが。
    「あ……」
     ポイはあっけなく破れ、穴の向こう側では何事もなかったかのように金魚が泳いでいた。
    「もういっかい!」
     鈴乃は再度挑戦するも、残念ながら結果は先程と変わらない。
    「いいなぁ、ゆみかもやってみたいですぅ」
     綿あめと焼き鳥を栞に預け、ゆみかも金魚すくいに挑戦する。……けれども。
    「うまくいかないのですぅ……」
     金魚に惨敗続きの少女たちの中で、ただ1人静香のポイだけは破れていなかった。
     栞の背中から恐々顔を出した翠は鮮やかな手つきで金魚をすくう静香の腕前にほぅ、と溜息をつく。
    (「す、すごい……」)
     ひょい、ひょいっと金魚をすくいあげ、あっという間に静香の器は金魚でいっぱいになった。再チャレンジした栞がすくった2匹の金魚と一緒にクラブで飼おうと皆で決めて。
    「みんなでお名前、考えましょう」
     いるかの言葉に鈴乃たちが笑顔で頷く。
     ――夏休みが終わった後の、楽しみが増えた。


     浴衣姿の賑やかな集団が屋台通りを闊歩する。【武蔵境2G】有志の6人だ。
    「よっし、屋台三番勝負、最後は射的だな!」
     ポニーテールをなびかせ、斬が元気よく叫ぶ。
     輪投げでは雪花が奇跡を起こし、型抜きは稜が見事な腕前を披露した。なお、現在の総合1位は夏槻、2位は七緒である。
    「学園祭では千景くんに負けちゃったからな」
     リベンジするよ! と貴子は七緒に宣戦布告。
     もちろん七緒も負ける気は毛頭ない。カメラを構えていた手を下ろし、ふふんと得意気に胸を張った。
    「前回1位の僕の実力を見るが良いよ!」
    (「――学園祭の時は負けたけど、今度こそ」)
     勝利を心に誓い、銃を受け取った夏槻はチラリと傍らの七緒に視線を向ける。
    「何? 夏槻?」
    「いや、なんでもない」
     一方、稜は銃を右に左に少しずつ動かし一番倒れそうな角度を見極めんと集中していた。
     初めてだし上手くできる自信はなかったが仲間たちと一緒に楽しみたくて雪花はおずおずと手をあげる。
    「わ、わたしもいいですか?」
    「とーぜん! あ、これ、ゆっきーの分ね」
     斬と稜に挟まれ、雪花はおっかなびっくり銃を構えた。
     ――いざ尋常に、勝負!
     パンっ! パン、パパン!!
     弾が的に当たり小気味よい音が屋台に響く。
     結果は……再び射的を制した七緒の逆転優勝!
    「すごいね、いよっ、日本一!」
     稜の賞賛に七緒はまんざらでもない。
     悔しさを押し隠し、夏槻は平静を装い屋台に視線を向けた。
    「騒いだせいか喉が乾いたな……かき氷食おうぜ?」
    「行く行くー!」
     かき氷の屋台を求め6人は歩き出す。
     白い氷にかかった赤いシロップ。フルーツが乗っているのがちょっと豪華。
     氷を削る機械の音に心惹かれ、ミツルはふと足を止めた。
    「かき氷、食べたいなー」
     その呟きにはアスルも大賛成。
    「ルーも! ルーも!!」
     青いかき氷と赤いかき氷。
     ちょこんとのったさくらんぼを見つめ、アスルはわぁ、と感嘆の声をあげる。
     パクリと一口食べればひんやりとした空気に包まれた。
    「ミツルにも、あげるー!」
    「ありがと、じゃ俺もルーさんにあげる!」
     甘くて冷たいおすそ分けに舌鼓をうち、再びふたりは手を繋ぎ屋台を巡る。
     りんご飴を舐めながら歩く菊乃が可愛くて。
     ついつい見とれてしまった光の視線に気づき、菊乃はちょこんと首を傾げた。
    「あ、一緒に舐めますか?」
    「それじゃ、少しだけ」
     ありがとう、と光は甘いりんご飴をぺろっと舐める。
    (「え、あっ、コレってもしかして……!?」)
     『間接キス』では、と気が付いてしまった菊乃は真っ赤になって大慌て。
    「どうしたの?」
    「いえ、なんでもないです、気にしないでください……!」
     リンゴのように赤く染まった菊乃の頬を夜空の花火が明るく照らし出した。
     ふっと会話が途切れたところで氷霧は先ほど気づいたことを口にする。
    「あの……良ければ名前で呼んで頂けませんか?」
     嫌だったわけではなく、なんとなく伊織には名前で呼んで欲しくて。
     氷霧の申し出に伊織は一瞬驚いた。
     でも。
     ふたりの距離が縮まったみたいで、嬉しい。
    「了解しましたわ、氷霧の兄さん」
     ほな、と差し出された手をぎゅっと氷霧は握り締めた。
    「九鬼くん、ごめんねー……」
     宿名の背に揺られ、水姫は申し訳なさそうに謝罪の言葉を繰り返す。
    「気にせんでいいよ。それより早く鼻緒直さなあかんね」
     水姫をベンチに座らせると宿名はハンカチを使って手際よく切れた鼻緒を直した。
    「これで、どないやろか?」
    「ありがと……大丈夫」
     カランコロンと水姫の下駄は元通りの音を響かせる。
    「ね、お祭り戻ろうー」
    「そやね、金魚すくいしよっか」
     手を繋いで仲良く歩くふたりのお揃いの白い浴衣が花火で染まった。


     冬崖が獲った白熊のぬいぐるみを小脇に抱え櫂は冬崖と腕を絡ませ通りを歩く。
    「櫂、りんご飴食うか?」
     焼きそばを食べ終えたばかりの冬崖がりんご飴を差し出した。
    「星咲も。依頼お疲れさん」
    「わーい、ありがとう!」
     太郎たちと屋台を巡る夢羽にもりんご飴を差し入れる。
     いただきまーす、とりんご飴を齧る夢羽たちを見つけ、炬燵が声をかけた。
    「夢羽さん、初めての事件解決、お疲れ様です」
    「えへへ、ありがとう!」
     頑張ったよ! と夢羽は炬燵に一生懸命事件の顛末を説明しながら、仲良くりんご飴を舐める。
    「ユメハ、射的やってみますか?」
    「うん、やるー!」
     一方、射的の屋台の前でアシュは悩んでいた。
     銃の扱いには自信を持っていたのだが、なぜあのクマのぬいぐるみを撃ち落とせないのか。
    「おじさん、もう1回!」
     4度目の挑戦を試みた時、ちょうど夢羽たちがやってきた。
    「どう? 楽しんでる?」
    「うん。やたいって、すごく楽しい!」
     にこにこ笑顔で答える夢羽も射的に挑戦するらしい。
     太郎がやり方を説明し手本を見せるが……。残念、夢羽の弾は的にかすりもしない。
    「あれ? 夢羽さん?」
     久しぶり、と声をかけられ振り返るとメイテノーゼが立っていた。
     依頼ぶりの再会に太郎がぺこりと頭を下げる。
    「ねね、しゃてき、とくい?」
     夢羽が指さした犬のぬいぐるみを見て、メイテノーゼはこくりと頷く。
    「掃討戦は苦手だが、遠距離からのスナイプならできる」
     そして銃を受け取ると規定のラインよりも後ろに下がり、メイテノーゼは引金をひいた。
     ――そういえば、小泉君は何をしているんだろう?
     【月灯】の仲間たちが首を傾げている頃。
     八雲はひとり屋台から離れたところで打ち上げ花火の準備の真っ最中。
    「よっし、お前ら派手にいくぜ!」
     八雲は花火の導火線に火を近づける。

    「たーまやー!」
    「かーぎやー」
     犬のぬいぐるみを片手に太郎と夢羽は空に上がった花火を見上げていた。
     緋織に貰った飴細工に光が反射し、キラキラと輝く。
    「おー、花火!」
     彰二の声につられ侑二郎も空を仰ぐ。連続して上がる豪華な花火は夜空を明るく染め、色鮮やかな火の粉が花びらのようにキラキラと天から降り注いだ。
    「来年も、こうして楽しく過ごせたらいいですね」
    「もちろん! ずっと一緒に遊ぼうな!」

     博多の夜を彩る花火は灼滅者たちが頑張った証。
     輝く夏の想い出とともに、人々の笑顔を胸に焼き付けて。
     ――さらば、博多。また逢う日まで!

    作者:春風わかな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 14/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ