臨海学校~夜空の大輪

    作者:南七実

     漆黒の夜空を彩る、大輪の華。
    「あっ、始まった! きれいだね~」
     可愛いキャラクターが描かれた綿飴の袋を持った少女が、隣に立つ彼氏にはしゃぎつく。縁日で買ったお好み焼きをもぐもぐ味わいながら、彼はうんと頷いた。
    「わ、あれ何て名前の花火? 金色でゴージャス、まぶしーい!」
    「ん、んんー」
     何しろ口いっぱいに食べ物を頬張っているので、まともな返事ができない。彼女は興奮していて、彼の反応など気にもせず花火が上がるたびに驚喜し、ぴょんぴょん飛び跳ねている。
    (「屋台グルメは美味だし、彼女はゴキゲンだし。来て良かったなぁ」)
     夏と言えば、やっぱり花火と縁日。
     今日は彼女と一緒に楽しい時間を過ごせそうだと、彼は微笑む。
     
     ふと。
     心地良い花火の重低音に身を委ねていた少女は、妙な不安を感じた。湧き起こる歓声に悲鳴が混ざっているような気がしたからだ。
    「……気のせい、かな」
     綿飴をちぎって口に運ぶ。甘くておいしい。こんな楽しい夜に悲鳴だなんて、絶対気のせい気のせい! そう思った時――彼女のすぐ目の前に立っていた中年男性が、ぐらりと地面に崩れ落ちた。
    「え……」
     花火が周囲を照らし出す。その一瞬で見えたのは、血塗れの腕を押さえて呻く男性の姿。
    「キャー!」
     どこかで誰かが絶叫する。再び暗くなった闇の中に融ける人々の輪郭が、ザッと四方に散った。
    「ひゃーはははは! ひとごろしーは~、たーのーしーいよおおおっと!」
    「なっ!?」
     少女は気づく。何者かが人混みで刃物を振りかざし、無差別に人を襲っているということを。
    「な、何コレ……ドッキリ? 何かの冗談!?」
    「ちょ、マジっぽいぞ。ヤバイよ、逃げよう!」
     とにかくここを離れようと彼が彼女の肩を抱く――けれど、その時にはもう死の運命が彼等の背後に迫っていたのだ。
    「さァみなさーん! 皆殺しの時間がやって参りましたーッ!」
     奇妙な台詞と同時に背後から迫ってきた刃が、二人の喉笛を無慈悲に断ち切った。
     
    ●人工ビーチの惨劇
    「折角の臨海学校なんだがな。皆には一仕事して貰わなければならなくなった」
     眉間に皺を寄せた巫女神・奈々音(中学生エクスブレイン・dn0157)が語るのは、臨海学校の目的地である福岡で、大規模な無差別殺人事件が同時多発するという未来予測だった。
    「今回は少々特殊でな。大規模とはいえ、事件を起こすのはダークネスや眷属ではなく……普通の一般人なんだ」
    「普通の? 強化一般人ではなく?」
     雫石・ノエル(高校生魔法使い・dn0111)の質問に、奈々音はうんと頷いた。
    「だから、皆の力があれば事件の阻止と解決は難しくないだろう」
     問題は、この事件の背後に潜む何者かの気配。
    「どうやらこの一件は、組織的なダークネスによる陰謀であるようだ……と学園は判断した」
     一体誰が、何の目的で? 今のところそれは判らない。けれど、このまま無差別大量殺人が発生するのを見過ごす訳にはいかない。
    「それに、この事件を食い止めなければ、のんびり花火を見物する事もできないしな」
     臨海学校を楽しみにしている生徒達の為に、一肌脱いでくれないか――そう言って奈々音は深々と一礼する。
     
     現場となるのは、博多湾に面する海浜公園。奈々音は地図を開いて一点を指し示した。
    「ここの人工ビーチが、花火見物の場となっている。ビーチから少し離れた場所には縁日も出ていて、どちらも賑わっているな」
     そんな場所で刃物を振り回せばどうなるか。火を見るよりも明らかだろう。
    「皆に担当してもらう一般人は、全部で3人。彼等はいずれも黒いカードのようなものを所持している。どうも、そのカードが持ち主を操って事件を起こさせるようなんだ。ある意味、彼等も被害者なのかもな。とにかく、どうにかして彼等を捕まえてカードを取り上げてくれ」
     カードを取り上げると、彼等は直前までの記憶を失って気絶するので、救護テントにでも運んでやれば良いだろう。
    「問題は、どうやって対処するかだが……」
     灼滅者達は、花火が始まるよりも数分早く現場に到着する。その時点で、ターゲットは薄暗いビーチの人混みの中にまぎれている。
    「そんな状態だから……誰がカード所持者なのかは、現場で暴れ出してくれないと判らない状況にある」
     つまり、実際に人を殺してしまう前に彼等を押さえて、その場でどうにかしなければならないという事だ。
    「彼等が動き出すのは花火開始の2分前。最初に刃物を取り出し、意味不明な事を大声で叫び出すから、すぐに判るだろう。3人はバラバラに行動するから、皆で手分けして事に当たってくれ。相手は一般人だ、やりようによっては戦闘無しで片がつくという事も充分にあり得るだろうな」
    「説得するという手もあるのかな?」
     ノエルの質問に、奈々音がふるふると首を振った。
    「彼等はカードに操られている状態にある訳だから、説得しても素直に言うことを聞くとは思えない。だからといって、君達が全力でブッ飛ばしたら一般人などひとたまりもないだろうし、戦う場合は手加減してやってくれ。その際、無関係な人間を巻き込まんようにな。判っているとは思うが、周囲の一般人に影響が出るようなESPは控えた方がいい」
     なかなか難しい注文だなと灼滅者達が唸る。
    「力の差は歴然としているし、負けるという事はあるまい。ある程度騒ぎになるのは避けられないし、不良同士の小競り合いだと演出してみるのも一案だと思う。うまくやってくれ」
     なお、事件の裏にある陰謀の調査や入手したカードの分析等は、皆が学園に帰ってきてからじっくりと行う事になるだろう。
    「とにかく当日は、臨海学校の真っ直中だ。花火という素敵なイベントを魔の手から守り、心ゆくまで堪能して欲しい」
     そう言って、奈々音はにっこりと微笑んだ。


    参加者
    十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576)
    竜胆・藍蘭(青薔薇の眠り姫・d00645)
    望月・心桜(桜舞・d02434)
    ミネット・シャノワ(白き森の黒猫・d02757)
    太治・陽己(薄暮を行く・d09343)
    木元・明莉(楽天陽和・d14267)
    壬生・十萌(薄花桜・d15061)
    ミラ・ベラトリックス(ステラノヴァ・d18332)

    ■リプレイ

    ●殺人者を制止せよ
     大勢の人が集うビーチに対し、3つに分けた班をどう配置するか――予めじっくりと話し合い、連絡先を交換しておいた事が幸いし、灼滅者達は現地へ着くなり巡回を開始する事ができた。
    (「大量殺人とか、穏やかじゃないっす」)
     こんなに無防備な群衆の中で刃物など振り回したら一体どんな事になるか、考えただけでもゾッとする。十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576)は身震いし、懐中時計が収まっているポケットにそっと手を当てた。
    「……両手に花、なーんて言ってる状況じゃないっすよね」
     彼のすぐ前を行く竜胆・藍蘭(青薔薇の眠り姫・d00645)が振り返り、表情一つ変えずに首を傾げる。
    「花、ですか。確かに、僕達の名前には花の文字が含まれていますが、そういう意味ではないのですよね」
    「うん、ごめん。戯言だから気にしないで欲しいっす」
     油断なく人混みを見つめながら、望月・心桜(桜舞・d02434)は木元・明莉(楽天陽和・d14267)が別れ際に投げかけてきた言葉を思い出している。一般人とはいえ暴れられれば厄介だし気をつけろ、と彼は言ったのだ。
     それはお互い様だと彼女は思う。
    「明莉先輩も気をつけてのう」
     と笑顔で見送ったものの、一抹の不安は残る。手早く事件を解決して皆で花火を楽しみたいと、心桜は携帯を握る手に力を込めた。

     ざわめく人の波を掻き分けながら、ミネット・シャノワ(白き森の黒猫・d02757)は憤慨している。
    「楽しいお祭りを台無しにしようだなんて……まったく、何て無粋なのでしょうっ!」
    「どんな陰謀が渦巻いているのかは知らんが、殺人事件を派手に演出するには好都合の状況なのだろうな」
     他班と連絡を取り合った太治・陽己(薄暮を行く・d09343)が、もう少し向こう側へずれようと同班の仲間を促した。
     花火が始まるのを今か今かと待ち侘びている、何も知らない見物客。
    「誰一人殺らせるもんかよ。大事になる前に阻止しねーとな」
     明莉は呟くようにそう言って、怪しげな人物を発見次第すぐに動けるよう、静かに身構えた。

     初めての依頼で緊張している壬生・十萌(薄花桜・d15061)は、雑踏に耳を澄ませて落胆していた。
    「残念ながら、カード所持者をテレパスで捜し出すのは難しいようです」
     今回の相手は一般人だし、表層思考を読み取る事は可能な筈。しかし十萌の頭に響いてくるのは「早く始まらないかな♪」といった見物客の期待感ばかりで、犯罪に結びつくような剣呑な思考は流れて来なかった。考えてみれば当然か、と彼女は思う。これから殺人を犯そうという人間が、話しかけて素直にそうと答えてくれる訳もない。
    「うん、それは仕方ないよ。地道に探そう……あっ?」
     十萌の肩をぽんっと叩いたミラ・ベラトリックス(ステラノヴァ・d18332)の瞳が、闇の向こうに何かギラリと光るものを捉えた。あれは――刃物だ!
    「あそこ!」
     ミラの指し示す方向に身を翻した十萌が、疾風の如く駆け出す。同時に「コォロォスゥゥ!」という男の奇声が聞こえてきた。
    「ノエルくん、ボクを投げて!」
    「了解」
     瞬時に灰色猫に変化したミラを抱き上げた雫石・ノエル(高校生魔法使い・dn0111)が、今にも暴れ出しそうな刃物男めがけて思いっきり彼女を投げ飛ばした。
    「ニャアーアァッ(やめろ)!」
    「ぎゃ!?」
     放物線を描いて舞い降りてきた猫が、刃物を持った男の頭に狙い違わず着地。すぐさま人の姿に戻ったミラの発した光が、男をさあっと包み込む。
    「誰も傷つけさせません!」
     狙われていた一般人と男との間に飛び込んだ十萌は、悩める善人に改造された男の思考を読み取ろうとした。
    『う、ううっ…俺は一体、何をしようと……』
     だが、聞こえてくるのは雑然とした心の呟きのみ。彼にカードを渡した人物や入手ルート等の情報を探るのは難しそうだった。
    「キミ、黒いカードを持っているだろう? 傷つけたくはない。大人しく渡すんだ」
    「ひっ!」
     胸ポケットを押さえて息を呑む男。わかりやすいなと苦笑いしつつ、ミラは素早くカードを取り上げてしまった。途端、糸が切れた人形のように男が崩れ落ちる。
    「何とか回収できたな」
    「では、この人を運びましょう」
     意識を失った男を抱えて救護テントへ向かう十萌の姿は、警備員として認識されている筈だ。カードを受け取ったノエルは、確保完了を伝えるメールを他班に送信して連絡を待つ事にした。

     同じ頃、陽己側でも対象者が騒ぎ出していた。
    「キャハハハ、全員細かく刻んでやるわねェッ!」
    「あの女だな。準備はいいか、木元」
    「にゃっ(いつでもいいぜ)」
     この人混みを突破している余裕はない。明莉もまた猫の姿となって陽己に投げて貰う作戦に出たのである。
    「行けっ」
     猫を投げると同時に、陽己はカード所持者めざして人垣を掻き分け始めた。意味不明な大声をあげて興奮していた刃物女は、手近な老人を刺そうとナイフを振り上げて――。
    「そうはさせません!」
     間に合わない、と判断したミネットが咄嗟にラブフェロモンを放出して女を魅了した。当然、周囲の一般人も丸ごと巻き込まれてしまう。
    「……」
     対象を含む大勢の熱い眼差しを一身に浴びたミネットは、猫パンチを食らった刃物女が人間の姿に戻った明莉を見て腰を抜かしたのを見逃さなかった。
    「少し痛いだろうけど、悪いね」
     明莉が女を一発ポカリ。泡を吹いて倒れた体から素早くカードを抜き取った陽己は、
    「不審者の目撃情報があったので来た。今から彼女を連行する」
     と見物客に説明をした。もっとも周囲の人々はミネットに夢中になっており、暴れようとした刃物女には目もくれていなかったのだが。
    「どうやら、穏便に片付きそうだな」
    「シャノワ、ここは任せた」
    (「ラブフェロモンは少々やりすぎでしたか」)
     人々からサインを求められ困惑しているミネットをその場に残し、明莉と陽己は気絶した女を抱えて救護テントへと向かうのだった。

    「ひとごろしーは~、たのしいよおおおっと!」
     体操のお兄さんの様に爽やかな青年が手にしているのは、黒々と磨き上げられた鉈。周囲が暗いからか、見物客はまだ危機的状況に気づいていないようだ。
    「ニャァァッ(よさんか愚か者)!」
     猫の姿となった心桜が人々の足元を素早くすり抜けて、青年に飛び掛かる。
    「え、何で猫!?」
     青年が猫パンチに驚いた一瞬の隙をついて、今にも振り下ろされそうな鉈と一般客の少女との間に狭霧が勢い良く突っ込んだ。
    「命を無駄に散らさせはしないっすよ!」
     そのままクルッと一回転しつつ相手の首筋に手刀を一撃。ぐうっと呻いた青年に、藍蘭の無感情な声が飛ぶ。
    「人々が花火を楽しみにしている、そんな場所を荒らさせる訳には行きませんね」
     何だ喧嘩か?と人々が不安げにざわめく。藍蘭の放つ改心の光に包み込まれた青年は鉈を取り落とし、自らの大それた行動におののいて膝を折った。人間の姿に戻った心桜が、容赦なく当て身を食らわせて彼を打ち倒し、その懐から黒いカードを奪い取る。
    「手間をかけさせおって」
     ともあれ悲劇は阻止できたようだ、と微笑む心桜。狭霧と藍蘭がプラチナチケットで花火関係者を装い、「突然暴れ出した酩酊者を沈静化させ、救護テントへ連れて行った」という事にして一連の騒ぎは収束した。
    「少し無理があるような気もするけど」
     と思う客も多少はいたが、特に騒ぎ立てる者もなく。
     ぶっちゃけ、もうすぐ花火が始まるのに変なトラブルで中止になっては敵わない、というのが見物客達の本音だったのだろう。

     こうして、ビーチの惨劇は無事に回避され――いよいよ、煌びやかな夜空のショーが始まる。

    ●夜空の大輪
     どぉん。心地良い重低音がビーチに響き渡る。
     雅な浴衣に身を包んだ仲間達と合流したミネットは、ビニールシートの上にばったりと倒れ込んだ。
    「にゃふー…今日は沢山頑張ったので疲れましたー…どなたか誉めて下さいー…」
     仕事を終えて完全にダレてやがる、と眞白が半ば呆れ顔で姉を見つめる。ミネットの隣にそっと腰を下ろした星子が、彼女の頭を優しくなでなでした。
    「はい、お疲れ様でした……いい子いい子」
    「屋台で色々買っておいたわ。何か食べる?」
     ここにいるメンバーだけで食べきれるのかと思えるほど大量の食べ物が、梓の前に拡げられていた。焼鳥、お好み焼き、焼きそば。眞白が持ち込んだ飲物も充実している。梓は五平餅を手に取って、ぱくりと一口。
    「お祭りと言ったら、やっぱりこれよね」
    「たこ焼きも美味しいわよ。あっ……」
     ソースの風味を堪能していた緋織が、夜空に開いたひときわ大きな花火に目を奪われた。
    「近いと、こんなに振動するんだねえ……最初は少し吃驚したのよ。でも、綺麗ね……空のお花、すごーい……」
    「空の花か。うん、その通りだよなぁ」
     火薬の匂いすら届きそうな迫力だと楽しそうに空を仰ぐ眞白の脇で、エミーリアはぽかーんと口を開け、故郷フィンランドの花火との違いに驚いていた。
    「きれいな円形だし…一度に打ち上げる量も多いし…すごくボリュームがあってきれいなのですね…」
    「えっと、こういう時はなんて言えばいいんでしたっけ?」
     寝転がったまま夜空を見上げるミネットの質問に、結衣奈が元気よく答えた。
    「たまや~、だよ」
     林檎飴を味わいながら、結衣奈は仲間の撮影に集中していた。並んで座っている緋織と眞白の後ろ姿、星子の浴衣を誉めるエミーリア、仲間を見つめる梓の笑顔、そして、軽い寝息をたてはじめたミネットの寝顔などシャッターチャンスは逃さない。
    「ミネットねえさま?」
    「っと、姉貴ってば寝ちまったのか?」
    「あらあら、今日はがんばったものね」
     打ち上げられる花火の爆音でさえ、今の彼女には子守唄。
     お疲れ様と呟いてから、結衣奈は全員に笑いかけた。
    「色々あったけど、これからもこうやってみんなで思い出を重ねたいね!」

     焼きそばをすすっていた陽生がふと横を見ると、任務を完了させてきた陽己の頬に、安寿がぶにゅっとたこ焼きを押し付けている光景が目に入った。
    「み、水沢?」
     もう片方の手に持っていたラムネ瓶へ目を向けた安寿は、あれっ?と素っ頓狂な声をあげて。
    「うわーっごめん! ラムネと間違えちゃった」
    「ラムネとたこ焼きを……だと?」
     どうやったらそんな間違いが起こるんだと、いつもの無表情を崩しかけている陽己の様子を見て、陽生は笑い声を漏らす。
    「これは珍しい光景だねえ。堅物の部長がこんなコミカルにしている姿を見られるなんて、一緒に来た甲斐があったよ」
     ツボにハマったのか笑いが止まらなくなった陽生に、苦虫を噛み潰したような顔を向ける陽己。
    「くっ、笑いすぎだ豊田!」
    「部長さん、はいこれ。よかったら食べて下さい」
     場を和ませるかの様にオリヴィエがお好み焼きを差し出し、依頼お疲れ様でしたと労いの言葉をつけ加えた。
    「これは俺にか。いや、ありがとう。嬉しい」
     ドドドン、パラパラパラ。空で躍動する花火に、オリヴィエが感嘆の声を上げる。
    「Bravo! これが日本の花火…話に聞いてはいましたけど、こうして下で見ると本当にすごいですね。昔連れてってもらったエッフェル塔での花火にも負けてないや!」
    「オリヴィエくん、こういう時はね」
     花火に対する掛け声を少年にレクチャーするのは安寿。
    「……って事で、みんないい? いっせーの!」
    「「「「たーまやー!」」」」
     若者達の伸びやかな声が、夏の夜空に吸い込まれてゆく。

    「一仕事終えた後に見ると感慨深いなぁ。楽しそうな声しか聞こえないし、特に問題なさそうだ」
    「綺麗な花火が見られるのも、ミラさん達のお陰ね」
     景気良く打ち上げられるカラフルな花火を見上げていた春陽が、屋台へ行こうとミラを誘った。依頼を終えて安心したら少しお腹がすいてきた、とミラも乗り気になる。
    「あの林檎飴っていうの、とても美味しそうだね」
    「けっこうオススメよ」
     日本の文化に馴染みのないミラは縁日全てが珍しく、あちこちで立ち止まってはじっくり眺めて楽しんでいる。
    「ミラさん、何か興味がある? あ、輪投げがあるわ。ちょっと寄っていい?」
     ミラの手を引き、輪投げの屋台前に立った春陽は、こういう縁日の遊戯は得意なのよと不敵な笑みを浮かべて輪っかを構え、瞬く間にペンギンのぬいぐるみをゲットした。
    「わあ。上手いな、春陽さん」
    「はい、ミラさんにあげる!」
    「え、いいの? 嬉しい!」
     取るに足らない安物のぬいぐるみ。けれど、ミラにはそれがまるで宝物のように見えた。

     人混みの中どうにか買えたラムネを手に、十萌はノエルに声をかけた。
    「先程はお疲れ様でした。良かったら一緒に花火を見ませんか?」
     嬉しそうに頷くノエルに、実は大きな花火を見るのは初めてだと告げると「僕もだよ」という答えが返ってきた。浴衣に着替えた藍蘭も合流し、3人並んで夜空に輝く光の共演を見上げる。
    「綺麗な花火ですね。様々な色の織りなす芸術、本当に幻想的です」
     人々の心を魅了してやまない刹那の光を見つめながら、十萌はふと不安にかられてしまった。
    「……今日、わたしは役に立てたでしょうか」
     本来ならもっと動けたのではと呟く彼女の言葉に、藍蘭は「何をするにしても、最初は誰でも不安なものですよ」と諭すように言って、こう付け加えた。
    「でも、きちんと守れたじゃないですか」
    「え?」
     空を彩る光の祭典、そしてビーチに集う人々の命と笑顔。これはまぎれもなく、十萌が仲間と協力して守り抜いたもの。
    「そう……ですよね」
     その事に気づいた十萌はようやく、心の底からホッと息をついて安らいだ気分になれたのだった。

     ビーチの暗さとは対照的に、縁日の並びは眩しいくらいに明るく賑わっていた。
     そんな中、射的の屋台を発見して狭霧が目を輝かせる。
    「そういえばしづきちゃん、射的得意なんだっけ」
     傍らを歩いていた幼馴染の静樹が、ニヤリと不敵に笑って。
    「射的? もち得意過ぎて朝飯前余裕だが?」
    「折角だから、ちょっと腕前拝見! 駄目?」
     上目遣いの狭霧を見て思わず吹き出しそうになった静樹は、おもむろに銃を構えて景品群へ目を向けた。
    「それで、何が欲しいんだ?」
     ぱんっ!
     発砲音に被さる花火のタイミングに思わず天を仰げば、ひときわ大きな炎の華が瞳に飛び込んできて――。
    (「何だかドラマみたいだな」)
    「……ああ、守れて良かった」
     花火の美しさに溜息を漏らし、周囲を歩く人々の笑顔を嬉しそうに見つめる狭霧。
     静樹は感謝する。彼が守ってくれた世界の優しさに。

     静樹達の直ぐ隣にやって来たフィオレンツィアが、嬉々として銃を構えた。
    「昔はライフルや拳銃を扱っていたのよ。こういうのは得意な筈」
    「それじゃひとつ、お手並み拝見」
     これまで色々な屋台を案内してきたけれど、彼女が自分から反応したのはこの射的が初めてだ。晴夜は少し後ろに立って、好奇心に満ち溢れた目をフィオレンツィアへ向けた。
    「まずは、あのぬいぐるみを狙ってみる。いくわよ……あっ!?」
     初撃は大ハズレ。しかし実弾との手応えの違いに戸惑ったのは最初だけで、以降彼女は店主が真っ青になってしまう程の勢いで的確に景品を仕留めてゆくのである。
    「あ。晴夜、見て」
     戦利品と綿飴を抱えたまま見上げれば、淡い橙の花火が夜空を彩っていて。
    「うお、綺麗っすね……修学旅行の時のより、めっちゃでけぇ……あんななのか、打ち上げ花火って……」
    「火薬もこうしてみれば芸術ね。楽しいわ」
     晴夜、誘ってくれて有難う。フィオレンツィアは多幸感に包まれながら、囁く様にそう言った。

     皆でヨーヨー釣りを楽しんだ後、渋い浴衣姿の『徒然』メンバーは、揃って金魚すくいの屋台へと向かった。
    「さあ、金魚を救うわよー」
     林檎飴をくわえた草灯が、真っ先に水槽へかぶりつく。まずは破れるまでポイの手応えを試し、二回目からが彼の本番であった。
    「僕も金魚すくいやるー」
     ノリノリで始めた実が、さっそく玉砕。
    「えええ、なんでー!?」
     何度挑戦しても一匹も掬えない彼は、ひょいひょい掬う草灯を見て目を丸くした。
    「そーびくん、そんなに救ってどうするの? 飼うの?」
    「くそっ、コイツ難しいぞ!」
     気合充分、闘気を漲らせつつ挑んでいた雄大は、既に3つ目のポイをダメにしている。ヨーヨーもうまく釣れなかったし、金魚も駄目。こんな悔しい事があるかと、彼は草灯にコツを教えろと迫った。
     だが、一通り教えてもらっても変化はなく。
    「……不器用ねぇ」
    「お前嘘吐きだ」
     八つ当たり気味の台詞を受け流す草灯の後方で、唐揚げを摘みつつ皆の戦いを眺めていた庵は、ふと飼い猫に似た模様の金魚を見つけてしまう。
    「ねえ、これ。スミに似てない?」
     ここは自ら救ってやらないと。白黒の金魚をいともあっさり掬い上げた庵は、2匹目に挑戦して敢えなく敗退。
     破けたポイを不満げに見つめて、彼は呟いた。
    「凄いな、草灯は」
    「いっぱい救ったから、屋上で飼いましょうよ」
    「名前付けないの? 名前!」
     縁日を回りながらゆっくり考えよう、と再び歩き出す4人。幼い頃何も買って貰えなかった反動からか、雄大は片っ端から食べ物を買い込む。
    「ふむ、これは美味いな。こららは微妙な…」
     次はどうしようかと胸を躍らせながら、一行は人の流れに溶け込んで行った。

     合流した心桜と一緒に縁日を回っていた杏子は、妙な視線に気づいて振り向いた。そこには何やら明莉の恨めしそうな顔が……。
    (「あれ? あかりんぶちょうが悔しそうに見てるなの?」)
     前を歩いていた脇差が、金魚すくいの屋台を見つけてニヤッと笑った。
    「なあ、誰が一番多く掬えるか勝負しないか? 負けた奴がたこ焼奢るって事で」
    「金魚すくい競争? 楽しそうなの、こっこせんぱい一緒にやろっ。ナディアせんぱいっ、勝負してくださいなのー」
     杏子に指名されたナディアは、無表情のまま首を傾げる。
    「どったのキョンさん。勝負はいいけど、負けたらたこ焼き奢りだよ? 俺、小学生でも手加減しないよ?」
    「いや、ここは俺が勝たせて貰うぜ」
     小学生相手にマジになる男子2名を後目に、夜斗は純粋に楽しむ為にポイを手に取る。
    「お、これは結構楽しいな!」
    「やとせんぱいっ、そっちいったよーっ」
    「紙が破れた! うわぁ、浴衣の裾、濡れちゃったよ」
    「いざ勝負! なッ、逃げられただと!?」
    「たこ焼きくらいなら、オレが全員分奢ってもいいぜ~」
     水槽に顔を突っ込まんばかり白熱バトルは、全員0匹のまま敢えなく終了。
     そこで半ば涙目になっている明莉と目が合った脇差は、杏子の肩をぽんっと叩いた。
    「久成、もう一度勝負だ!」
     再び皆が金魚へ目を向けた時、上空から大きな破裂音が降ってきた。見上げれば先刻より一段と派手に打ち上げられている金の華。
    「うわあっ、おっきいなの!」
     はしゃぐ杏子は気づかない。いつの間にか心桜がその場からいなくなっている事に。
    「綺麗な花火だな! 来てよかったぜ!」
     夜斗とナディア、脇差は意味深に微笑み、そっと頷き合った。

     人気のない浜辺にやってきた明莉と心桜は、手を繋いだまま夜空を見上げる。
    「お、牡丹」
    「あれ、枝垂れ柳じゃ」
     美しい大輪よりも惹かれるのは、心桜の笑顔。愛しいという気持ちに逆らう事なく、明莉は少女をそっと抱き寄せた。
    「好きだよ」
     耳元で囁かれた一言に、体が火照ってくるのが判る。心桜は一呼吸置いてから、精一杯の小さな声で答えた。
    「わらわも大好きじゃ」
    「真面目なとこも泣き虫なとこも、全部。だから、俺のそばに居て欲しい」
     寄り添うふたつの影が、闇の中でひとつになる。

     漆黒の夜空を彩る豪華な光のフィナーレが、幻想的に海面を揺らぎ――星のようにキラキラと煌めきながら、やがて静かに消えていった。

    作者:南七実 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 1
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