臨海学校～お祭りだ！

■リプレイ

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　歓声、喧騒、黄色い声。屋台の列に挟まれたその道にはそう言った人々の声に満ちていた。それらが悲鳴や怒号になるなど想像していないだろう。
（せっかくの祭りで殺人とか何をトチ狂っているんだか……）
　クロノ・ランフォード（白兎・d01888）は人波のなかごちる。祭りの日が人心を惑わせるというのならそのとおりなのだろう。が、ここで行われようとしていることは、彼の身の中に眠るものが目覚めるのに近いのかもしれない。彼と同じように灼滅者たちは既にこの通りのあちこちに潜んでいる。
（「……闇纏で人混みを歩くっちゅーのは怖いもんどすな」）
　思わず人にぶつかりそうになった銀夜目・右九兵衛（ミッドナイトアイ・d02632）は心の中でそう呟いた。人混みの中で人に見えないというのは存外に危ないらしい、灼滅者なら問題はないが。
　右九兵衛と同じように皐月・誠也（咎の残月・d18158）は闇纏いを使い周りを警戒していた。初めて祭りというものを見る彼にとって今回の事件は邪魔なことこの上ない。
（「なんでこんな事になるんだか……」）
　そう思いながら周りを警戒していると、一人周りの雰囲気から浮いた感じの男を見つける。その男の向こう側に浴衣を着た君津・シズク（積木崩し・d11222）がいる、彼女もその男をマークしていたらしく、目が合った誠也に小さく頷く。二人は一般人から身を隠して男の元へと近づいていく。
「ク、ククク……獲物だらけだ……これでスコアを……」
「何がスコアよ」
　男が鞄から包丁を取り出そうとしたところでシズクが軽く手を振り下ろすと男はあっさりと昏倒する。所詮一般人のようで彼女らの存在に気付く間もなかった、二人はカードを奪い他の仲間達と共に医務室へ連れて行く。
（「……祭りを邪魔する奴は許さない」）
　彼らとは逆側、そちらでは平戸・梵我（蘇芳の祭鬼・d18177）が化粧の濃い女の死角についていた。こちらでは梅澤・大文字（雑魚番長・d02284）と高野・あずさ（菫の星屑・d04319）もまた女の動きを追っていたようだ。そして凶器を取り出そうとしたところで灼滅者達は動く。
「しゃがめ！　武器を捨てろ！」
　大文字が王者の風と共にその言葉を放つと女を含む周りの一般人が一斉にしゃがみ込む。その隙に梵我が女からカードを奪い即座にしまう。そこまで確認してから四方屋・非（ルギエヴィート・d02574）がその一角に近づいてくる。
「熱中症のようだな。どれ、休憩所まで運ぼう」
　そう言って非は女を連れて行き、残ったあずさがラブフェロモンを使い周りに声をかける。
「ちょっとなにかあったようですが、気にせずお祭を楽しみましょう！」
　彼の声に周りの人間は従い、通常の祭りに戻っていく。流れるような連携でこの場を収めると大文字は一言「よし！」と呟いた。男の方に向かっていた仲間達とも合流し問題なく依頼を終えたことを、クロエに連絡する。
　あとは、お祭りだ！

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「やっぱ祭りはこうでないとな」
　梵我は串肉にかじりつく。非と誠也と共にクロエに直接依頼の完了を伝えて同行していた。
「とりあえず肉は完了だ、次は何にする？」
「粉物とかじゃね？　で次はイカ焼きとかで、最後に甘いもん」
「食べてばかりじゃなくて、遊びもしてみないか。射的屋というのがあったんだが……」
　そんな風に彼らが話していると二つの影が近づいてくる。一つは戦隊モノの仮面を付けた何者か。
「お疲れ様でした、部長」
「ああ、カイジか。折角だから祭りを楽しんでいってくれよ」
　非が部員とのちょっとした挨拶をする。もう一つの影は誠也の方を様子を伺うように見ている。どこか不器用そうなその姿に気付いたクロエが彼の背をそっと押す。
「……誠也兄ちゃ」
　暗がりから出てきたのは蒼桜、クロエの応援を受けながらおずおずと誠也に蒼桜は近づいていく。

「依頼の方はお疲れ様、疲れてない？」
「うん、大丈夫。さてっ、初めてのお祭楽しみましょうっ！」
　あずさと天嶺は祭りの中を歩く。
「もしかして、お祭りは初めてか？」
「うんっ、お祭りくるの初めて。だからとっても楽しみっ」
「じゃあお祭を満喫しようか」
　道行きながら、天嶺は一つの屋台に目をとめる。
「金魚すくいがしたいんだけど……」
「もちろんっ！　一緒にやろっ！」
　意気込んでポイを持つ二人、あずさが果敢に挑戦するも、金魚たちはするりと逃げていく。あずさがのポイが二桁ほど破れたところで天嶺がアドバイスする。
「ポイは濡らさないようにして……」
「よしっ、もう一度チャレンジ！」
　彼の言うとおりにあずさが真剣に手を動かす。ポイが水面を切り、赤い小さな金魚をおわんへと運び入れ……見事にゲットする。
「やった！　すくえました！」
　二人はハイタッチして戦利品の金魚を連れて行く。初めてのわたあめ、初めてのりんご飴を味わいながら祭りを二人は行く。

「クロエちゃん、あーそーぼっ！」
「よお、クロエ。誘ってくれてありがとな～」
「あ、みんな！　って頭なでないっ！　神様が住んでるんだからね！」
　なんだかいつものクラスメート達、ロザリアとカイジと神華と神楽とクロエ。カイジは甚平でその他は浴衣。夏っぽい装いである。
　神華は濃い目の紫に白い花、クロエは紺地にほおずき、ロザリアは華やかな桃色に赤い帯。華やかな女性陣を見た神楽は口笛を吹く。
「で、ロザリアの浴衣が実に僕好みなんだが」
「マギスさんに見立てて欲しいっていわれたから、じゃあって。……というか秋月さんに言わなかったんだね」
　何となく誰かの視線が神楽に突き刺さってるような。
「そういうクロエの浴衣は男物じゃないんだな」
「え、だって似合わなさそうだし？」
　そんなやりとりをしつつ屋台を見て回る一行である。
「ユカ＝タという花もイイですが、特有のジャンクフードを堪能しボッタクリプライスに載っかかる。それが祭りです」
　ロザリアがぴしっと財布を取り出す。そして果敢に屋台に向かってアタック。それに追随するようにクロエがカイジの袖を引っ張り屋台へと向かう。何となく残されたのは神楽と神華。神楽は先に目星を付けておいたのか屋台フードを神華に差し出す。
「旨いぞ？」
「あ、うん。……本当だ」
「九州いいやろ？」
　目を輝かせて聞いてくる神楽に頷く神華。ちょっとだけ言い出しにくい。けれど意を決して彼女は神楽に問いかける。
「……ね、浴衣、どうかな。変じゃないかな」
　じっと神華は神楽を見つめる。その時彼がなんと返したのは二人だけの秘密。

「Stop The War!!」
「いやあ、お祭りなど６ツの時以来だねえ。懐かしいなあ、思わずはしゃいでしまいそうだよ」
　わいわいがやがや。【三鷹北高校１－６】の面々を一言で表すのならそれだった。爽子のテンションは異常に高い。対して諒二は感慨深げに話すが既に祭りの熱気にほだされている。
「藍殿は祭りが初めてらしいな」
「……はい、私は誰かと一緒に行くのが初めてで……」
　布都はそもそも人慣れしていない藍のフォローに回っている。
「色々目移りしてるみたいでなによりだね。言い出しっぺとしては楽しんでくれているのは嬉しいな」
　知信は藍の様子を見て笑顔を見せる。藍は布都の案内を受けて屋台を回る。
「ところでアトシュ君は……と」
　りんご飴をかじる彼を見つけると、向こうも手を上げる。そして二人の視線の先は射的の屋台。そして自然に集まる男子組である。
「ふむ、射的で勝負だね？」
　諒二は言う。だが口にしなくても分かるものがある。
「負ける気、ねーからな」
「きっといい勝負になるよ」
　そんな対抗心を隠さない男子組とは裏腹に女子組は仲良くヨーヨー釣りに興じていた。初めての藍に対してアドバイスするように手本を見せる爽子。
「これこういう風にやってな……」
　興味深げに覗きこむ藍にやる気が出てきたのか、爽子が格好良く見せようと勢い良く腕を振り上げる。
「てりゃあっ！　……あっ」
　勢い良く飛んだ水ヨーヨーは宙を舞い、ライフルを構えていた諒二にアサルト的なヒット。
「へぶっ！？」
「諒二ー！？　って爽子！　お前どこに投げてんだ！？」
　どうやら彼女の行動の結果、男子組の勝負はお流れになったらしい。
「……まあ、やり過ぎるとこういう事もある」
　藍は布都の言葉を聞いてうなずく。けれど、こういう賑やかさもまた彼女にとって大切に思えるのは確かなようであった。

　右九兵衛のもみあげを里桜がつかもうとしていた。
「……あの里桜ちゃん、そない強度ないからぶら下がろうとするのカンベンして欲しいんやけど」
　部長というかなんというか。小学生女子３人に囲まれた右九兵衛が振り回されていた、というのが正しいのだろうか。
「うむ、おじさまはそう言う役だから！」
「とものちゃんは昨日夜遅くまで何見てたのかなー？」
「冒険的なアレ。だから旅の仲間で、作業分担が必要なんだ！　ね！」
　そう言って真っ白な宿題の冊子を結衣に振る。ガチスルーしたけど。
「人ごみはあまり好きではないのですが……。部長がどうしても言うのなら仕方ありません」
「えー、そんな事言った記憶ないんやけど」
「……私の耳にはどうしてもと聞こえました」
　三者三様に好き勝手な彼女らに巻き込まれる右九兵衛、途中で空中分解しないのが奇跡と言ったレベルである。その代わり彼のダメージは蓄積されていっているが。
「祭りと言えば金魚すくいなの！」
「……金魚すくいですか？　まあ構いませんけれど……」
「私の所持金は０Ｇだぞ！」
「あ、おにーさんお金お金」
「はいはい」
　右九兵衛曰く「ええやつですよね、はっは（自称）」。
「はあ……」
　この濃いメンツに当てられたのか結衣がため息をつく。
「……あれ？　結衣ちゃん、ためいきは幸せ逃げていっちゃうのよ？」
　里桜は言い終えるよりも早く結衣をぎゅーと。
「なっ……、暑いです、ひっつかないで下さい。……そんなお手軽に私の幸せは増えません」
　ついっと目をそらす結衣だが、目元が赤い。そんなちょっと良い話的雰囲気をぶち破りとものが叫ぶ。
「おじさま！　里桜！　伝説のひかりのソードを探すんだ！」
「もうやめて、おじさまの財布のＨＰは０よ！」
　右九兵衛のダメージは加速した。結局光の剣を入手した一行は、見事おじさまを討伐するクエストをクリアした。
「おいしいもの、あげるあげるさぎするからなのよ！」

　紺地に白百合の描かれた浴衣をまとった奈央は、祭りを満喫している様子のクロエに声をかける。二人は互いの浴衣を見せ合いながら話を弾ませる。
「浴衣素敵だね！」
「秤さんも素敵だよね、自分で選んだの？」
　賑やかな道を歩きながら奈央は紐のたくさん垂れ下がったくじ引き屋を見つける。
「一緒にくじ引きでもしてみない？」
「あのあれ？　お目当ては？」
「あのパンダぬいぐるみ欲しいな、部屋に飾りたい……」
　吊るされた男ならぬ吊るされたパンダがこちらを見ている気がした。
「……クロエさんはどう？　なにか欲しい物はある？」
「そうだねえ……、あの花がらの巾着とかいいかな」
　懐から財布を出してクロエは返す。奈央もまた揃って
「ここは一本勝負だよね！」
　二人して運を天にかける。そして。
「あっ」
「……交換する？」
　そんな結果が出たり、こういうこともある。

　夕月とアヅマの二人は手に大量の食べ物を持ち歩いていた。夕月が目についたものからかたっぱしに買い込んでいくのを見てアヅマが「ある程度は奢れるよ」と言うほどに。
「お好み焼きに大判焼き、かき氷にりんご飴は外せませんよね」
「だからと言ってこんなに……」
「じゃあ食べる？」
　ぐいっと押し付ける夕月、最初からこれが目的だったのではないだろうか。食べる量の減った夕月はすぐさま見つけた射的屋に向かって走って行く。泣かせるつもりだと聞いていたが大丈夫だろうか。
「……」
　残されたアヅマは祭りを楽しむ人々を眺めながら食む。祭り特有の活気や賑やかさと呼ばれるもの。その中に浮かぶ笑顔を見ると自分もまた嬉しくなってくる。
（「正直、事件の方も気にはなるけど……」）
　食べ終えて立ち上がり夕月の方を見る、棚の上がえらく少なくなっているのは見間違いじゃないだろう。
（「まぁ、今は素直に楽しむべきか。折角こうして無事に開催されたわけだし」）
　射的屋の方に助けに行くアヅマである、得意満面に迎える夕立は彼を迎える。

　あっちへこっちへ。ふらふらと歩くみかんとその後ろを歩くサズヤはふと思う。
（「……いつもより……足が速い……」）
　着慣れない浴衣を着ているせいか、それとも祭りの熱気に当てられているせいか。端々にある種々の食べ物に目を輝かせる彼女にそっと近づいていく。
「……ひとつずつ、お小遣いの範囲で楽しむのが大事」
　サズヤはわたがしを買って半分程にちぎりみかんへと渡す。
「ふふ、わたあめ、はんぶんこ、ね！」
　ふわりとした笑顔のみかんにサズヤはちいさくうなずく。わたがしを食べながらみかんははっと何かに気付く。
「あ！　お祭り、といったら……定番のモノがないの！」
「定番とは、一体？」
「ね、サズおにいさん、少しだけ待ってて、なのよ！」
　てててとかけて行く彼女見送る。戻ってきた時、みかんはサズヤにそれを手渡す。
「はい、どうぞ！」
「……おお……日曜の朝の……」
　ヒーローのお面。
「せっかくのゆかた、にはこれが一番似合うの！」
「なるほど、これで完璧……覚えた」
　すっとお面をかぶるサズヤはお礼というように巾着を差し出す。
「待っている間に射的で取れた」
「わ、ありがと！　きんぎょさんすてき！」
　そろった二人はお互いにはぐれないように歩いていく。みかんの小さな手がサズヤの袖を掴む。守るように、守られるように。

　射的屋で亜理栖が狙っているのはドラム缶状の貯金箱、特定のコインを入れ続けると大きな金額になるっていうタイプの。理由は男らしそうだから。
「えい！」
　貯金箱を狙った弾は、けれど別の賞品を捉えて落とす。
「……うーん、別のが取れちゃったよ……」
　頭をかく彼の姿を見つけたのか、通りかかったクロエが問いかける。
「どうしたの？」
「あ、クロエちゃん。こんにちは」
　振り返った亜理栖が思いついたように手にしたものをクロエに手渡す。
「……これいるかな？　ウサギさんのキーホルダー」
「わあ、ありがとう！　でもなんで？」
「欲しいものが上手く取れなくて、代わりにとれちゃったんだ。僕が付けるにはちょっと可愛すぎるかなって」
　頷きながら亜理栖の言葉を聞くクロエ。そんな話をしているとシズクが大きなぬいぐるみを小脇に抱えて立っていた。
「お困りのようね」
　テンションが高めでツン成分の蒸発したシズクは祭りを満喫していたらしい。かたわらのぬいぐるみも射的の戦利品らしい。
「なにか欲しい物があるなら獲ってあげるっ！」
　くるりと銃を半回転させるシズク。クロエと亜理栖はシズクのすごく満喫している様子を見て顔を見合わせる。シズクの真の戦利品はこのお祭りであるのは確かそうであった。

　射撃の屋台前、南守は梗花に対してレクチャーをしていた。
「銃はそれぞれ弾の飛び方に癖があるから、今外れた一発目、その弾道を覚えておくんだよ」
　頼られることが嬉しいのか、親友を前に張り切る南守。梗花は彼を大先生と呼び、彼の言った通りに覚える。彼の視線の先にあるのは犬のぬいぐるみの付いたキーホルダー。
「あと、見てると梗花は撃つ瞬間に銃を自分の方に傾けちまってるから……そうだな、キーホルダーの右下らへんを狙ってみな」
　緊張した面持ちでアドバイスをする、南守。梗花は彼の助言を元に意識をそちらに集中させる。
　引き金を引く、軽い音がして弾丸が目標のキーホルダーに命中する。その場で一回転し下に落ちる。
「やったぜ！」
　目標を射落とした二人はその場でハイタッチ。梗花は景品を受け取るとそれを南守に差し出す。
「はい、先生にあげる！」
「……って俺に？」
「だって、なんだか南守に似てるんだもん」
　そう聞いた南守もまたコルク銃を取る。
「じゃあお礼に俺が梗花に似ているのを取ってやるよ」
「わ、お礼だなんて！」
「あの子豚のでいいか」
「……って、子ブタぁ？　ぶーぶー言っちゃうよ？」
「あはは、冗談！　左の茶色い子猫に当てるからよーく見ててくれよなっ」
　そして狙いあやまたずに弾丸は子猫を捉える。
「にゃんこなら、嬉しいにゃー」
　戦利品を手にした梗花はそんな風におどけてみせた。

「念願のお祭り！　目一杯楽しもうね！」
　夏穂は汀の手を引いて祭りを歩く、二人にとって念願の機会である。
「さてと何しよっか」
「あ、射的だ、寄ってみない？」
　二人が向かう射的屋の棚の上、そこには目を引く大きめの猫のぬいぐるみ。
「えっと、ほらあのぬいぐるみとか可愛いよ……！」
「よし！　ゲットしてみせるよ！」
　言いつつ夏穂は銃を構えるもコルクの弾は中々当たらない。汀はすっと彼女の隣に寄り銃に手をあてる。
「んー……、ちょっとブレちゃうんだね、支えようか？」
「ん、うん」
「的、よく見て……」
　放たれた弾丸がぬいぐるみの上部にヒットし、そのまま撃ち落とす。
「あ、やったね！　おめでとう！」
「わっ当たった！　すごい！　汀くんありがとう！」
　ぬいぐるみを受け取りながらその場でぴょんぴょんと跳ねる。赤い顔で飛び跳ねる彼女に汀はドキリとする。彼女の顔の赤さの意味には気づけただろうか。

「依頼、お疲れ様でした！」
　大文字と合流した花色は彼をねぎらう。紺地に朝顔模様の浴衣をまとい、白い花の髪飾りを付けた花色の姿に大文字は息を飲む。
「こういうのは番長のがお上手なので……」
　はにかむ彼女を見て大文字の中で何かが何かを凌駕する。きっとおそらく初デートの彼の挙動はどんどん変な方向に行くのではないだろうか。
「本日の任務だ！　食いたいものを言え！」
「縁日といえばチョコバナナです！」
「チョコバナナだな、買ってくる！　りんご飴もあるぞ！　食え！」
「お、奢ってくださるのは嬉しいですけど、一気には無理ですよ！？　だからりんご飴は番長の分で」
　と、まあ大文字熱暴走中である。更に頭の中では別の事が渦巻いている。
（「……嗚呼こんな事してる場合じゃねぇ。手くらい繋がなくては……漢として……」）
　うぶな番長テンパり中。そんな彼の手に柔らかい感触が生じる、それに釣られるようにそちらに目を向けると花色が見上げていた。
「……うわ、番長、意外と手、おっきいですね」
　そう言った彼女の頬が赤かったのを彼は気づけたか。辛うじて彼ができたのはその手を恋人同士のそれに繋ぎ直すだけ。
「……へへへ」
　嬉しそうに笑う彼女に見えないように大文字は帽子を深く被り直す、彼の顔もまた赤く染まっていたから。祭よりもなお熱いものが二人の間にはある。

　クロノとアリス、二人は祭りの賑やかさを間近にして歩いていた。
「この騒がしさ、これぞ祭りって感じだな」
　屋台から届く客引きの声、戦利品を手に駆けまわる子供たち。アリスはそれらを五感で感じ取りつつ目を細める。
「どうした？　なんか面白いものでも？」
「なんでもないわ」
　いつのまにか笑みを浮かべていたのを見られていたらしい。彼女とは違いクロノはこのお祭りを純粋に楽しんでいるらしい。彼の両手にはいろいろな物が携えられている。
「なんか自分が欲しい物ばかり買ってたな……アリスは何か欲しいものない？」
　問われ、アリスは視線を彷徨わせる。そして目に止まったものを指す。
「それじゃ、あれをお願いできる？」
　それは安っぽいおもちゃの指輪。
「……ああ、構わないぜ」
　それの意味は語るまでもなく、今宵の思い出を込めるため。二つ一組でそれを買い、それぞれ指に嵌める。

　不意に、上空が華やいだ色に染まる。遅れて花火の音が響き、次々と空に咲いていく。とある夏の夜は彩りと共に始まる――。

作者：西灰三	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年8月23日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 0／感動した 1／素敵だった 12／キャラが大事にされていた 12
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