臨海学校~海の中道を往く

    作者:るう

    ●志賀島海水浴場
     浜辺から東の方をじっと見つめて、少年はぽかんと口をあけた。
    「ねえお父さん、この長い道、一体誰が作ったの?」
    「この海の中道は陸繋砂州という珍しい地形で、自然にできたものなんだよ」
     父の答えに少年は、よくわからない、と首を傾げる。
    「けど、両側が海で、通るときは凄く気持ちよかったよね……だから暴走族も出るのかな?」
     いくら日が落ちかけているとはいえ、まだ明るい時間に暴走族?
     訝しんだ父が見たものは……。

    「ヒャッハー! 俺たちは選ばれたんだー!」
    「死ね死ね死ね死ね死ねェ~~~!!」
     バイクに乗った数人の男がチェーンを振り回しながら、海に浮かぶかのような道を邁進する!
     対抗車のガラスを割り、通行人を殴打して……彼らはそのまま海水浴場の中へ!

    「キャーッ!」
    「誰かー!」
     そんな悲鳴を意に介することもなく、暴走族たちは海水浴客にチェーンを叩きつけ、バイクで轢き、次第に赤い色に染まってゆく。
    「早く……こっちだ!」
    「待ってお父さん……あっ」
     そして先ほどの父子の目の前にも、やはり一台のバイクが……。

    ●武蔵坂学園、教室
    「いよいよ、臨海学校が始まるね」
     けれど……と、姶良・幽花(中学生シャドウハンター・dn0128)は口篭る。
    「エクスブレインの人たちが、臨海学校の候補地だった九州で、無差別大量殺人事件が起こるんだ、って」
     博多湾と玄界灘を、狭いところではほぼ道一本で隔てる海の中道。幽花が一目見たいと思っていたその場所も、凶行の舞台の一つとなる。
    「事件を起こす暴走族は、ダークネスどころか強化一般人でもなくて、普通の一般人なんだって。みんなカードみたいなのを持ってて、それに操られてる……みたい」
     暴走族たちからカードを取り上げれば、彼らはそれまでの記憶を失って気絶するだろう。単体では、それだけの事件……けれど裏には、きっとダークネスによる組織的な陰謀があるに違いない。
    「そういうのは、少しでも頑張って止めないと、ね」

     暴走族が凶暴化する瞬間は、彼らがチェーンを振り回し始めるのでわかる。それよりも前のことはエクスブレインの見た範囲にはなかったそうなので、事前に彼らを探すのは困難だろう。
    「事件が起こるのは三時半過ぎ。凶暴化する場所は、本土から伸びてる県道がゴルフ場を通り過ぎて、一番陸地が狭くなる辺りだって」
     相手が一般人ということは、ESPも良く効くかもしれない。ダークネスの事件の時とは、かなり勝手が違ってくるはずだ。
    「無闇にESPを使うと他の車が事故起こすかもしれないから、そこだけは気をつけて使いたいね!」

     なお、敵の目的やカードの正体を分析するのは、現場でできるものではないだろう。
    「そういうのは後でゆっくりとやればいいから、事件の後は私たちも、海水浴をしないとね」
     と言うものの、幽花が本当にしたいのは、一本の道が海を分ける、不思議な風景を楽しむこと。
    「一緒にまとめて、『海の中道散策』ってことにしない?」
     海水浴でも散歩でも。自然の楽しみ方は、決して一つではない。


    参加者
    一橋・智巳(強き『魂』を求めし者・d01340)
    桃野・実(水蓮鬼・d03786)
    黛・藍花(小学生エクソシスト・d04699)
    東堂・イヅル(デッドリーウォーカー・d05675)
    姫乃川・火水(ドラゴンテイル・d12118)
    シュテラ・クルヴァルカ(蒼鴉旋帝の血脈・d13037)
    山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)
    唯空・ミユ(音絶ちの・d18796)

    ■リプレイ

    ●嵐の前の静けさ
    「ああ。楽しい臨海学校のはずが、エクスブレインや予兆を見た皆が心配していたことが現実に……」
     ため息をついて、東堂・イヅル(デッドリーウォーカー・d05675)は額を押さえる。海を存分に楽しむためには、どうやら少しばかり余計なやる気が必要そうだ。
    「暴走族さん達も、今回は多分被害者ですし、何事もないまま帰してあげたいですね」
     と、黛・藍花(小学生エクソシスト・d04699)。彼女はそれっきり口を噤み、暴走族がやってくるはずの方向に目を凝らす。
    「海水浴に来てる人たちは、助けないといけないですね……。けれど、暴走族の人たちだって、誰かを殺すことなんて、望んでないはずですよね」
     呟いて、唯空・ミユ(音絶ちの・d18796)は、そっと胸に手を当てて誓う。必ず、一般人を操るというカードを回収し、被害を抑えなければ……例え彼女が、彼女自身の未熟さに押し潰されそうになったとしても。
    「幸い、二次被害を出さないようには戦えるみたいだな」
     少し手前までの道と比べるとかなり減った交通量を確かめて、姫乃川・火水(ドラゴンテイル・d12118)は大きく頷いた。作戦地点さえちゃんと見極めておけば、多少道路が封鎖される事になったとしても、事故にまで発展する心配はなさそうだ。

    「それにしても、いい海だねえ」
    「クロ助も、早く終わらせて泳ぎたいんじゃない?」
     シュテラ・クルヴァルカ(蒼鴉旋帝の血脈・d13037)の問いに、桃野・実(水蓮鬼・d03786)は傍らの黒柴と顔を見合わせる。すっかり、見透かされていた……けれど、今はそんな話をしている場合じゃない。
    「……来た」
     山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)が指した先には、海風を切り、爆音を響かせながらやってくる、三台の改造バイクの集団。
    「やれやれ……こんな爽やかな海沿いを、本当に無粋だぜ」
     俺もだがな、と自嘲すると、一橋・智巳(強き『魂』を求めし者・d01340)はゾク達を、ストリートスタイルのファイティングポーズで待ち構える!

    ●蛮行を阻止すべし!
    「おぅ、そこ行くバカ共。所詮バイクに乗ってなきゃ何にもできねぇ雑魚だっけ? そのご自慢のチェーンで俺を殺ってみろよ?」
     チェーンを振り回し始めたゾク達の意識が、路上に立ちはだかり、指を立てて挑発した智巳に向いた。
    「ンだてめぇ?」
    「あぁ? 選ばれた俺達に逆らおうってのか!」
    「まずはてめぇから殺してやらぁ!」
     ゾクの一人が体を捻り、勢いをつけてチェーンを振るう! ……しかし、風を切り、唸りを上げていたはずのチェーンは既に、彼の手の中にはない!
    「よーし、ナイスキャッチだクロ助!」
     チェーンを咥えて尻尾を振る相棒の頭を撫でて、実はシュテラ達に力強く親指を立てる。
    「舐めたマネしやがって! 二人と一匹纏めて死にやがれ!」
     揃ってエンジンを吹かす三人……けれどマシンは揃いも揃って、その場に押さえつけられたかのように動かない。そればかりか……。
    「うおっ、浮いてる!? マジやべえ!」
    「おいガキ!? どこにそんな力があるんだよ殺す!」
     ミユは黙って、暴走族をバイクごと道の脇の砂浜に横倒しにする。続いて藍花も、もう一人のバイクを同じように。最後のバイクを火水が砂浜に持って行くと、イヅル、シュテラ、透流がそれぞれに近づいて、三人を砂の上に押し付けて取り押さえた。

    ●カードの秘密は……
    「あんたら、このカードはどうやって手に入れた?」
    「誰から貰ったのかしら。それともどこかで拾ったもの?」
     ポケットの中の黒いカードを見つけると、火水とシュテラは暴走族に問いかけた。けれど暴走族は三人とも、しっかりと組み伏せられたままで闇雲にもがき続ける。
    「暴れるなよ?」
    「るっせぇ! 離しやがれ!」
     言葉で言われたくらいでは、暴走族の思考から殺意が消えることはない。ここはエクソシストの出番だろうかと、実はため息をついて肩を竦める。
    「落ち着いて下さい……答えなくてもいいですからゆっくりと思い出して」
     入れ替わるように暴走族の目の前に立った藍花の背から、後光が差す。その光を受けた途端、突如大人しくなり正座する暴走族たち。
    「何か、手がかりは?」
     イヅルの問いに、彼らの表層思考を読んでいたシュテラは黙って、左右に首を振った。どうやらカードは誰かに渡されたもののようだったが、肝心の、それを渡した人物像は、思考が混濁していて読み取れない。
    「そうとわかれば、後はこうするしかありませんね」
     ミユがカードを奪い取ると、意識の飛んだ暴走族がその場に倒れる。驚く別の一人のカードをイヅルが取り上げ、最後の一人のポケットからも透流が抜き取った。
    「カードは、俺が纏めて預かっておくぜ。万が一にも俺が操られるようなことがあれば、遠慮なく叩きのめしてくれや」
     回収したカードを、智巳がひょいと取り上げて自分のポケットに入れる。
    「どうやら……俺が持ってても問題ねぇみてぇだな。後はコイツは俺に任せて、テメェらは臨海学校を楽しみな!」
     浜辺全体の見える木陰の特等席に座り込むと、智巳はひらひらと手を振った。

    ●海辺の時間はゆっくりと
    「さって、学生ライフ楽しむぜ!」
     高らかな火水の宣言よりも早く、何人かはすでに海水浴場の方へと向かい始めている。
    「やりたい事は多いけどよ、まずはこの辺りを散策しようぜ!」
    「この辺り、と言っても広くないか? 夜には花火があるらしいが、それまでに帰ってこれるかどうか」
     ぐるりと辺りを見渡すイヅル。『海の中道』全てを楽しみたければ、別の事件も予測されていたもっと東の方まで含めて、歩くだけでも二時間はかかる。
    「まずは、海水浴場まで歩こうぜ!」
    「でしたら、お邪魔しますね」
    「私も、いいかな?」
    「あのね、千結も一緒に行くの」
     眩しそうに手をかざして志賀島を眺めていた藍花が、そっと同行を申し出る。三人に置いてかれるまいと駆け寄ってくる、幽花と音羽・千結(小学生魔法使い・d20622)の姿。
    「望むところだとも。その代わり、面白いものが見つかったら教えてくれよ。クラブでの報告のためにも、写真はしっかり撮りたいからな。待ち受けにも使えるし」
     デジカメと携帯の二刀流で準備万端なイヅルの一方で、火水はまったく気楽なものだ。
    「日本海の香りは、地元で慣れ親しんでるからな。今日は玄界灘のお手並み拝見、と行こうじゃないか」
     そんな、他愛もない時間。藍花は博多湾の向こうの街並みや沖合いを行く貨物船を、静かに眺めている。
     新しい発見を繰り返しながら、のんびりと西に向かって歩いてゆく五人。満潮時に海没する『道切』を跨ぐ、金印の欄干のある志賀島橋を渡れば、そこはもう海水浴場だ。

    「すごいですよね、こうして海の真ん中歩けるなんて♪ あたし、初めてです!」
    「僕もこういうところに来るのは、多分、初めてかな。陸繋砂州、っていう地形らしいよ」
     珍しい地形と博識な薀蓄に大興奮の天使・恋華(殺戮乙女・d18058)に、Cafe【windy song】店長代理の志那都・達人(風日祈・d10457)は少し調べてきたんだ、と優しく微笑んだ。
     その喫茶店に、武蔵坂学園の生徒が集まり始めて四ヶ月弱。その間にも武蔵坂学園では、いろんな事があったものだ。
    「この前の戦争とか学園祭とかも一緒に出来て……改めて、カフェでみんなと出会えてよかったなぁって思います」
    「そう言ってもらえれば、嬉しいかな」
     これからもよろしく、と恋華。こちらこそ、と達人。
    「そうだ。夜まで待てば花火が見えるかもしらないらしいけど……どうする?」
    「いいですね、花火♪ 海の真ん中で見る花火は、また違うんだろうなー……」
     夜までは、まだしばらくある。浜辺で過ごす散策の時間が、ゆっくりと過ぎてゆく……。

    「面白いわね、この細い砂浜、自然に出来たんですって」
     そんな神薙・法子(きらきら星・d04230)の話を聞いて、小夜啼・小鳥(ロシニョール・d09424)は白いワンピースをそよ風になびかせながら、首を傾げてきょろきょろと辺りを見回した。
    「すごいね……昔ここ、お魚さん泳いでた?」
     かもしれないわね、と微笑む法子に、小鳥はきらきらと目を輝かせる。
    「いい景色だし、そろそろこの辺りでおにぎり食べましょ?」
     法子がシートとランチボックスを広げると、小鳥は幸せそうにおにぎりを頬張った。
    「おいしいね」
     小鳥の隣で、ナノナノの『白妙』も一緒におにぎりに齧り付く。
     そんな中、法子の目がふと、落ちていた白い貝殻に止まる。
    「こっちにも、あるの」
     小鳥が見つけたのは、鮮やかなピンクの貝殻。
    「すごいわ! 綺麗な貝殻ね」
    「法子に、あげるの」
     ありがとう! そう喜んで自分の頭を撫でる法子の香りに、小鳥はくすぐったそうにはにかんでいた。

    ●海水浴だけがビーチじゃない!
    「そうれ、取ってこーい!」
     見る見る小さくなってゆく実のフライングディスクを、シュラテは渚から仰ぎ見る。ディスクを無心に追いかけるのはもちろん、実の相棒クロ助だ。
    「しまった……ずれた!」
     ディスクが大きく逸れて海に飛んだのを見ると、シュラテは海中に身を躍らす。波間に揺れる白い円に、しなやかな腕が伸びる。
    「さあ、一緒に泳ぎましょ?」
     飛び込む実、追うクロ助。海の中を縦横無尽に泳ぎ回る二人と一匹。
    「実さんは、泳ぎが得意そうね。クロ助も」
     シュラテがそろそろ疲れ始めてきた頃、実たちはまだまだ元気が有り余っていそうだ。
    「まだ泳ぐようなら、私は先にバーベキューの準備はしておくわ」
    「なら俺たちは、行けるところまで沖まで行ってくるよ」
     浜辺で肉や野菜が香ばしい匂いを漂わせ始めた頃、実は毛が体に張り付いてスリムになったクロ助を従えて、シュラテの元へと駆け寄ってきた!

     透流をはじめとした古ノルド語研究会のバーベキューは、大層騒がしかった。
     もりもりもりもり……。
     先ほどから凄まじい勢いで食材を平らげ続けるのは、鏃・琥珀(始まりの矢・d13709)。
    「琥珀殿、まだ食べるでござるか……」
     体格に似合わぬ食べっぷりを目撃し、驚愕する猫乃目・ブレイブ(灼熱ブレイブ・d19380)。白砂青松を背景に馬に乗る時代劇の侍に惚れ込んだゆえに、自身も袴姿のブレイブだったが、もしも彼女にも馬がいたのなら、それは今ごろ琥珀の腹に収まっているに違いない。
    「おいおい、それはまだ生だぞ!」
     琥珀に負けじと、肉を網に置いた傍から口に入れる透流。卦山・達郎(龍の血に魅入られた者・d19114)の苦労は絶えない。
    「俺が焼いてみせっから、それを真似て焼いてみろ!」
     そう言ったはいいものの、達郎が、もう少しでベストの焼き加減……と思った時には、肉は琥珀の口の中。
    「むぐむぐ……ごくん。すんごく幸せなのよ」
     だめだこりゃ……そう思った時、傍らの砂の城から声が響く。
    「お~い鏃! それ俺の肉っ! 俺のキャベ……あ~あ」
     巨城の下で、塚地・京介(タンパク質・d17819)が呻いていた。そんな京介を携帯で撮影してから、三和・悠仁(影紡ぎ・d17133)も網に向かい……。
    「あれ、もう無い……?」
     泣く泣く自腹で食材を買い足しに行くが、その大半がどこに消えたかは語るまでもない。

    「次は、ビーチバレーだ!」
     古ノル研はネットを挟み、中学生四人と高校生二人に分かれて向かい合う。
    「そら! ここで一発決めてやれ!」
     達郎のトスに合わせ、跳び上がる悠仁。
    「ここで決めます!」
     だがその正面には、京介の姿! これでは確実に止められてしまう……が! 悠仁の手は、京介が動いた瞬間に一瞬止まり、すぐさま別方向へとボールを弾く!
    「ぉブッ!?」
     慌てて動くが時既に遅し、京介は見事な顔面レシーブの後、砂上に倒れ込んだ。
    「やったか!?」
    「甘いのよ」
     明後日の方向に跳ねたボールを、飛び込むように腕に当ててコートに戻す琥珀。その先では既に、透流が呼吸を合わせて待機している! そして必殺のスパイク……。
    「トールハンマー!」
     ボン! という音と共に、ボールが破裂する。
    「安心なされい透流殿! ここに、次のボールでござる!」
     ボン!
    「……」
     一しきり凹んだ後、透流は次から手首だけでボールを打とうと心に誓った。

    ●長い夏の陽も傾いて
    「そろそろ、記念撮影と行こうぜ!」
     京介の号令と共に、古ノル研は博多湾を背景に集合した。透流の左右に女子二人、男子が後に並ぶ形だ。
    「塚地さん、タイマー操作、代わりましょうか……?」
    「大丈夫っす、これでいい筈……」
     悠仁の助けを断って、急いで皆の元へと向かう京介。ピーピーピー……。
    「ヤバっ、早い……」
     カシャッ!
     五人と半分の顔が写った写真は、きっと彼らの宝物になることだろう。

    「わぁ……!」
     砂の橋に感嘆の声を上げて、椎那・紗里亜(魔法使いの中学生・d02051)は白いサマードレスを翻しながら、佐久間・龍一(ユーティリティープレイヤー・d10698)を振り返った。
    「透き通るような海が、とても綺麗ですね」
     答える龍一。幻想的だが、紛れもなく現実の光景……けれど、彼のその気持ちは、いまだ現実になりきれないおぼろげな姿だ。
    「椎那さん。そのままで良いので……聞いていただけますか?」
     吹き抜ける海風。鍔広の白い帽子を軽く押さえながら、紗里亜は続く言葉を待ち望む。
     手を伸ばせば届くけれど、意識して伸ばさなければ届かない距離。その距離をあなたがどうするつもりなのか、知りたくて、でも怖くって……。
    「一人の女性として見て、僕は……」
     意を決して、龍一は深呼吸する。まだぎらつく太陽の下、きっと彼の顔は赤かったろう。
    「……椎那さんが、好きです」
     初めて紡がれ、形になった言葉。潤んで、見つめ返す瞳。
     今、一つの架け橋が、重なり合うシルエットの間を永遠に結ばんとしていた。

    ●夕暮れの後に咲く花火
     空に大きく広がる光の華に、ミユは目を丸くした。
     しばらく前まで昏睡状態にあったミユにとって、実物の花火を見るのは初めてのことだ。
     ドン。しばらく遅れて、爆発音が鳴り響く。最初は驚いて耳を塞いだが、それも慣れと共に心地よいものになってゆく。
    (「ずっと見ていたいな……」)
     珍しく、我侭を思う。今までは目覚めたばかりで、周りに合わせるので精一杯。けれど今だけは、誰のものでもない自分だけの時間……。

     散策組や海水浴組も、花火の時間には誰からともなく同じ場所に集まってきていた。
     かき氷や焼きそばを買い込んで、藍花は声を上げずに、色とりどりの光が織り成す光景に見入っている。

    「結局、なーんも判らねぇな」
     何度か花火にかざした後で、智巳は再びカードを仕舞う。
    (「こういうのはやっぱ、得意な奴に任せるに限るな」)
     次々と打ち上がる大輪を背に、智巳は一足早く、海水浴場を後にしていた。

    作者:るう 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 5
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