臨海学校~傷心殺戮日和

    作者:立川司郎

     博多湾を望む道路沿いは、既に花火見物の客で溢れかえっていた。ずらりと並んだ屋台は人々の食欲と興味を誘い、足を止める。
     通行止め区画の為車の通りこそ無くなっていたが、それでも収まりきらない人の波が延々と海岸沿いに続いていた。
     ぽつんと一つの影が立った。
     浴衣姿の彼女は、沈んだ表情で人混みの中に立ち尽くしている。やがて、二人の男性が彼女に声を掛けた。
    「ねえ一人なの?」
    「……はい」
     か細い声で答える。
     本当は誰かと来るはずだった。
     本当は、ここで二人で花火を見るはずだった。
    「振られちゃったとか? じゃあさ、君もパーッと遊ぼうよ。相手が遊んでるなら自分も遊ばなきゃ損じゃん」
    「思い切っていこう!」
     男が声を揃えて言う。
     今頃どこかで彼氏は、ほかの女の子と遊んでいる。
     そして明日はまた別の人。
    「そうね」
     今日ここでアイツを殺してやろうと思ってたけど、もうアイツじゃなくてもいいや。いや、アイツが来たらアイツも殺せばいい。
     みんな殺していけば、いつかアイツに辿り着くかもしれない。
     懐から彼女は、短刀をぞろりと抜いた。
     どこから持ってきたのか、太い短刀は屋台のライトに不気味に輝く。
    「とりあえず……男から殺しますね」
     ナンパする男は絶滅してくれない?
     にたりと女は笑って言った。
    「それから若い女を殺す」
     人の男を取る女はもがき苦しんで死ね。
     そして私?
    「私は私だけを愛してくれる人を探すんです」
     夢は、二人で殺人旅行をするの。
     
     素敵な夢の女の子です。
     笑顔でクロム・アイゼン(高校生殺人鬼・dn0145)は言った。彼の表情からしても、話の流れからしてもとても素敵とは言えないが。
     それから、クロムはすうっと笑みを消した。
    「臨海学校を博多でやるのは聞いたよな。その近辺で大規模な事件が発生するんだそうだ。しかも、ヤルのはフツウのヒト」
     普通の人々は、手に何かカードのようなものを持っているという。どうやらそれに操られて事件を起こすらしい。
     背後に何らか大きな組織がなければ、起こりえない事件であった。
     クロムが提示した事件は、博多湾周辺の花火客でごったがえす屋台エリアであった。
     ここから港まで、すぐそこである。
    「女の子が一人、浴衣姿で人混みの中にいる。流れに逆らってポツンと居るけど、ヒトが多いから見つけるのは難しいかもしれないな」
     彼女は二人の男に軟派され、そこから短刀で次々周囲の人々を切り裂きはじめる。
     探し出すのが困難である為、最初の事件を阻止するのは難しいかもしれない。
     クロムは思案し、一つずつ情報を話した。
    「浴衣を着てる。屋台の所で、一人で立っててその場から動かない。ピンクの浴衣で、何か大きな花が付いてるっぽい。殺戮のきっかけはナンパ。懐に短刀忍ばせてる」
     それって忍ばなくないか?
     浴衣に短刀隠してたらぱっと見分かるだろ。
     というその突っ込みに、クロムはこくりとうなずく。
    「うまくすれば、犠牲者は出ずに済むだろうな。それに相手は一般人だから、ESPが効く」
     カードさえ取り上げれば、女は直前までの記憶を無くして気を失うだろう。後は休憩所かどこかに保護すればいい。
     一通り事件に関わる話しを終えると、ぱっとクロムは笑顔に戻った。
    「で、女の子を片付けたら後は花火見物でもしよう。屋台でイカ焼きと鯛焼き買って、それから八時から花火だからそれまでにあの殺人鬼片付けようぜ」
     女の子は浴衣、と期待するようにクロムが言う。
     そして男は別にどうでもよし。
    「俺も浴衣、誰かに着付けしてもらって来ようかな」
     臨海学校?
     楽しむのが臨海学校です。


    参加者
    峰崎・スタニスラヴァ(エウカリス・d00290)
    狐雅原・あきら(アポリア・d00502)
    天方・矜人(疾走する魂・d01499)
    赫絲・赫絲(隠戀慕・d02147)
    鳴神・月人(一刀・d03301)
    鹿島・壱(修羅の君・d06080)
    桜庭・翔琉(徒桜・d07758)
    ギルアート・アークス(極彩の毒猫・d12102)

    ■リプレイ

    ●殺意しのぶ
     日が暮れていくに連れ、人が集い始めた。
     雑踏の中に立ち、臨海学校のつかの間の楽しみを得る。九名はA班とB班とに別れ、それぞれ雑踏の中へと消えていった。
     さてクロムは…?
    「…忘れておりました」
     にっこりと笑い、一人ふらりと消えようとしていたクロムの首根っこを鹿島・壱(修羅の君・d06080)が掴んだ。彼を一人で放り出す訳にもいかず、壱がB班に同行させる事とする。
     クロムは平然と笑った。
    「え? 俺遊びに行ってもいいんじゃねえの?」
    「遊ぶのは後だ」
     ギルアート・アークス(極彩の毒猫・d12102)はポンと肩を叩いて言った。
     A班とB班、それぞれが屋台通りの両端へと向かって行く。そこから屋台沿いにそれぞれ端まで確認していく作業となる。
     B班のうち、桜庭・翔琉(徒桜・d07758)は闇纏いで先頭に立って人の流れを避けて歩く。壱が言うには、着物の胸元は隙間が少ない為短刀などを入れていれば目立つのだと言う。
    「ピンクの浴衣と、大きな花柄……か」
     小さな声で確認するように呟き、翔琉が見まわす。しかし一人一人確認していく作業は、思うほど容易ではなかった。
     ギルアートたちも一応先に下見はしていたが、浴衣の少女自体数が多くて確認に手間取ってしまう。
     ネコの姿に変身した祁答院・在処が、時折屋台の屋根に姿を現して探索に協力してくれていた。
    「上から見る方が分かり安いかもしれん」
     最後尾で鳴神・月人(一刀・d03301)がそうクロムに言い、携帯電話を見下ろした。どうやら電話は繋がりそうだから、ハンドフォンを使う事はなさそうだ。
     屋台の事が気になるのは月人も同じ、しかしそれより先に少女を見つけねば祭りの会場は惨劇に早変わりし、屋台所ではなくなってしまう。
    「さっさと取り押さえて、大騒ぎにならないようにしてぇけど」
     溜息をついた所に、月人の携帯が鳴った。

     反対側から開始したA班は、最初からESPを使った捜査を行っていた。闇纏いで潜伏している赫絲・赫絲(隠戀慕・d02147)、テレパスで周囲を確認している狐雅原・あきら(アポリア・d00502)、連絡役の天方・矜人(疾走する魂・d01499)、そしていざとなったら王者の風を使う為に峰崎・スタニスラヴァ(エウカリス・d00290)が控えている。
     ともすればはぐれるスタンの手をあきらが掴み、歩きだした。
     一番年少のスタンは、他の仲間を追いかける事を忘れると雑踏の中に消えそうになってしまう。つい、屋台に目が奪われるのは仕方あるまい。
    「はぐれたら悪いお兄さんに連れて行かれちゃいますよ」
    「分かってる。屋台は後だよね」
     スタンはあきらに諭されて頷くと、周囲を見まわした。
     サウンドソルジャーのテレパスを使って周囲の表層意識を探るあきらは、人々の話し声にも似た意識を探りながら目的の人物を探す。
     もし本人が殺意を心の奥に押し込めてしまっていれば、あきらにも探しきれなかっただろう。
     しかし結構間近の彼女の心は、比較的容易に探しやすい。

     …殺す。

     雑踏の中に隠れたひとつの意識に、あきらが顔を上げる。矜人があきらの様子の変化に気付き、振り返って確認する。
    「どうしたあきら」
    「……ああ天方サン……今、その辺りで」
     と差すと、赫絲がその方へと歩き出した。
     人混みをゆく赫絲は、人をかき分けそちらに向かう。赫絲が通り抜けるのは人々には見えないが、ふと何かに触れたのかと視線を泳がせる。
     ソレを気にせず、周囲を見まわした。
     何かを拾った。
     確かに、この辺りで……。
    「場所さえ分かりゃァ、隠れん坊より難易度は低ィな」
     赫絲は周囲の屋台を一つ二つ周り、ようやく探し人を見つけた。ピンクの浴衣に、牡丹の大輪が咲いている。
    「此ァまた結構な別嬪だ」
     赫絲はふと笑みを浮かべ、足を止めた。
     彼女はわたあめの屋台の傍にじっと立ち、わたあめが作られていくのを見つめていた。作られては袋に詰められ、そして売られていく。
     繰り返される作業を、ただじっと見ていた。
     赫絲が胸元に短刀を見つけると、矜人が携帯電話を取り出して仲間へとコールする。九人の姿が一つの所に集まったのは、事件発生予定時刻より少し前。
     まだナンパされる前だったのは、幸いだったかもしれない。
    「…お姉さん」
     スタンが王者の風を使いながら、少女の浴衣の袖を引く。少女がスタンを見下ろすと、壱とスタン、まだ自分よりずっと年下の少女……と彼女達の連れと思われる少年が取り囲んでいた。
     彼女は異変に気付いたのか、息をのむ。
    「何ですか?」
    「おねえさんの持ってるカード、渡してもらえるよね」
    「な、何のカード渡す…の?」
    「カードって言ったらカード、変なカード持ってるよね」
     スタンが強い口調で言うと、変なカードで何かを思いついたのか俯いた。無言で手を差しだし、スタンは更に短刀も渡すように言う。
     抵抗されれば、痛い思いをしてもらわなければならない。
     壱が伺っていると、そっと少女は袖の中からカードを取り出した。カードをまずはスタンが、そして短刀を壱が受け取って懐に仕舞う。
     翔琉とギルアークが彼女を休憩所に連れて行くと、カードを手にしたスタンの手元をあきらがのぞき込んだ。
     カードは真っ黒で、HKT六六六と書かれている。
     すうっと周囲を見まわすが、そこには人々の笑顔と声しか無かった

    ●大輪見上げて
     祭の雑踏の中、矜人はあきらと連れ立って屋台を練り歩いた。
     いつも髑髏の仮面を被った矜人は、こうした雑踏の中にいると目立ち過ぎる事もなく紛れる。たまに屋台でフルフェイスの兄ちゃん、などと声を掛けられる位である。
    「天方サン、ヨーヨー釣りがあるよやっていこう! 負けた方が奢りですヨ」
    「何! いつの間にそんな勝負になった」
    「今」
     あきらに言われ、ヨーヨー釣りや射的、勝負を次々やるはめになった矜人の手は、食べ物で埋め尽くされていく。
     わたあめにリンゴ飴、焼きそば、たこやき、そしてケバブ、それから……。
    「あとはくじ! くじやりたい! ハズレると分かって居てもやりたい!」
    「あきら……お前の腹のどこにこの食い物が入るんだ」
    「お菓子は別腹だぜー……!」
     若干覇気の無い声で、あきらが答える。
     どうやらそろそろ、どこかに落ち着いて花火を見る場所を確保した方が良さそうだ。人が途切れた辺りの浜辺に腰を下ろすと、潮の香りが鼻につく。
     こうしてまったりするのも、良い物だ。
     あきらの横顔を眺めつつ、矜人はふうっと息をついた。

     花火が打ち上がる前に屋台を回っておこうと、赫絲はギルアートと練り歩く事にした。
     まずは飯を調達しましょう、と赫絲が言うのでギルアートも腹ごなしの為屋台を見回る。屋台でしか食べられないものに、つい目が向く。
    「へェ此また色々…アークス先輩、何食べます?」
    「ん、俺はイカ焼きでも食うか」
    「それじゃァ、後輩が御一つ奢ッて差し上げましょうか」
     ギルアートがイカ焼きを探して見まわすと、赫絲はしれっと返した。後輩に奢られると言われ、ギルアートは赫絲の背をバシバシ叩きながら言い返す。
    「何言ってんだ。ここは先輩が奢ってやるってェの。遠慮なんかしなくていんだぜ!」
     やァ先輩は太っ腹ですねと赫絲はからから笑ってご馳走になることとした。目的通りイカ焼きを買った後、リンゴ飴の屋台を赫絲が指さす。
     紅く輝くリンゴ飴が、美味しそうに並んでいた。リンゴ飴の屋台には他にも、ブドウやイチゴなどもあり、今やバラエティも豊富である。
     リンゴ飴を二つ、赫絲は買いこんだ。
    「……ん? なんだ土産か」
     買い込んだ二つのリンゴ飴にピンと来たギルアートが言うと、赫絲は笑って歩き出した。これは、連れて来られなかった雪白への土産。

     そろそろ来ると聞いていたのに、春陽の所にやって来るのは待ち人ではなくお呼びでないナンパだけである。
     春陽は雑踏の中で一人、ぽつんと待ち人を探す。
    「待たせたな」
    「え? あの、あ…ま、待ってません私、お一人様って訳じゃ…」
     わたわたしながら顔を上げると、春陽の腕を月人が掴んでいた。
     ようやく出会えた月人の顔を見て、春陽は安堵の息をつく。多分今の春陽はほんとうに安心して、本当に嬉しそうで顔が真っ赤に違いない。
    「助かったぁ月人さん! …もうナンパする男は絶滅していいと思う!」
    「なんでお前が今回暴れたやつみてえになってんだよ」
     首をかしげつつ、月人は春陽の手を握って歩き出した。離ればなれになってはたまらない、としっかり握る。
     花火が始まるまではもう少し、時間がありそうだ。
     くい、と春陽が月人の袖を引いた。
    「月人さーん、どっちか奢って!」
     春陽のおねだりは、イカ焼きと鯛焼きのようだ。
     ふと笑い、月人は返した。
    「粒あんか漉し餡かで決める」
     そのどちらだったのかは、本人達のみぞ知るという事で。
     こうして春陽の手を取って歩く月人は、いつまでも彼女が拒否しないかぎり共に居ようと告げる。

     折角臨海学校に来たというのに、織久ときたら六六六の事ばかり。
     ベリザリオは苛ついたようにセカセカと歩き出すと、人の波をかき分けた。携帯電話があっても、繋がらなければ意味がない。
    「早くしないと、花火が…あら、あのパイナップル頭は」
     金魚釣りの屋台の前に覚えのある人物を見つけて駆け寄ると、確かにクロムであった。はたと見ると、横で何故か織久が金魚をじっと見つめている。
    「…織久…」
     その後を言いかけて、ベリザリオは止めておいた。
     彼の六六六との因縁や思いは、自分では理解してあげられないだろう。だからせめて、楽しい事は一杯味わわせてあげたい。
    「金魚が欲しい訳ではありませんが」
     網で金魚の影を追う金魚すくいは、少し『狩り』に似ている。クロムは先ほどまで、他の誰かと金魚掬いをしていたのだろう。
     殺意と狂気の狭間で揺れる織久は、クロムに話を聞いてみたかった。
     殺戮衝動に悩む事が、あるのかと。
    「ブレイズゲートって便利なものがあるじゃん」
     だから彼は悩まない。
     好きなだけ戦って、斬って、斬られて、血まみれになって満足して戻る。

     猫化した上で少なからず少女の捕縛に協力したのだから、これはクロムへの貸しとしていいのではなかろうか。
     在処の話を聞いているのか居ないのか、クロムは焼き鳥を食っている。
     そして何時の間にか、もう一人増えていた。
    「よォお疲れサン。件の博多美人とは上手く行ったみてェだな」
     紫色の浴衣で屋台巡りをしていた錠が、二人に声を掛けた。
     博多美人であったかどうか、在処とクロムは顔を見合わせて考える。ああ、まあ美人という部類には違いないだろう。
     だが、好みかと聞かれるとそうではない。
    「浴衣女子とかいいじゃん、うなじとかさァ」
     錠が道行く浴衣女子を眺めながら(というよりも三名ともであるが)、浴衣について語る。だが在処の好みは髪から入るらしい。
    「ああいう髪がいいな、手入れの行き届いた黒髪だ。スタイルが良いともっといい」
    「ああ、在処の趣味は分かったぜ。巫女さんだ」
     クロムが即座に言い返した。何だか、遠回しに変態だと言われたきがする。
     じゃあお前の好みは何だ、と在処がクロムに問う。
    「ドSかな」
    「……ああ、分かってた」
     在処と解散すると、クロムは錠にうまく乗せられてスーパーボールすくいに向かった。
     挑戦されれば乗らずにいられない正確なのか、錠の話がうまかったのか、両方かもしれない。
    「ノーマルが1ポイント、デケェのが3ポイントだ」
     勝った奴が好きな物を奢るのである。
     しかし、散々あちこちを徘徊したクロムの懐具合はそう良くはなかった。結局クロムが1ポイント差で勝利。

     雑踏の中、いつもの番傘を仕舞って壱は下駄をからりと鳴らす。裾を散らさず優雅に歩く様は、中学生とはとても思えない。
     白地に紅い蝶が舞う浴衣は、彼女の姿を映えさせている。
     カードの事は気になる件であったが、ここから先はゆったりと過ごす刻。
     スタンと話しているクロムを見つけると、二人に笑顔を向けた。お誘いの言葉は、丁度頃合いの花火の件である。
     場所もよく、海辺まで出れば花火がよく見えよう。
    「壱じゃん、何してんの?」
    「新手のなんぱは間に合ってる、と言われましたので普通に口説きに来ました…なんてね」
     ふと笑い、壱はスタンにも手を差しだした。
     みんなで花火を見ましょう。
     その提案に、スタンも花火見物に向かう事にした。スタンの鞄には景品のプラモデルやロボやお菓子やぬいぐるみやら、沢山詰め込まれている。
    「あっちの射的はね、すっごく素直にとんでくれるんだ。こっちでくじを引いたけど、二等が出たよ。みんな『くじで良いのは出ない』って言ってたけど、そんな事なかった」
     想い出を詰め込んだ鞄を横に置き、スタンは空を見上げた。
     婚に白い花模様の浴衣に躑躅色の帯、ひらりと可愛く帯は結ばれている。キラキラと目を輝かせたスタンの目に、鮮やかな花火が映った。
     大きな音を立て、大輪の花が空に咲く。
    「あのね…」
     スタンは自分が今まで見て来た音や光を、思い出していた。
     でもその事は胸に仕舞い、クロムや壱には話さなかった。
    「…あのね、花火って…すごくキレイだ」
     ぽつりと、一言そう言った。
     同じ花火を、少し離れた所で翔琉は眺めて居た。
     先ほどまでクロムと射的をしていたが、少し目を話した隙にどこかに行ってしまったようだ。どこにでも顔を突っ込んでどこにでも一人で行って混じってしまうクロムは、翔琉にない物を持っている気がする。
     単純に集中力に欠けるのか、射的勝負では結局クロムは幾つか外して翔琉の勝ち。
     色を変える花火を見上げ、翔琉はたこ焼きを一つ口に入れた。人々の歓声がここちよく耳に届く…しかしこの時間がいつまで続くのか、不安もわき上がる。

     屋台のキラキラ光るリンゴ飴に飛びついた草灯は、すっかり背後がお留守になっていた。
     紋次郎がすぐ後ろに居たのは分かって居たし、彼がラムネを買ってくると行っていたのも聞こえたからである。
     冷えたラムネのビンを首筋にひんやり当てられ、丁度リンゴ飴に齧り付こうとしていた草灯は悲鳴を上げて飛び跳ねた。
    「紋ちゃん、酷いわよ」
    「よく冷えていて美味いぞ」
     しれっとした顔で、紋次郎はラムネに口をつける。
     頬を膨らませながらも、草灯は自分もラムネを受け取った。冷たく泡立つラムネの甘みが喉を通ると、もう怒る気など失せていた。
    「花火が始まる前に移動しとこうや」
     紋次郎に言われ、草灯も歩き出す。
     紋次郎がたこ焼き、草灯がイカ焼きを買って河原まで来ると、ちょうど花火が上がっていた。
    「たまやー」
     大輪の花に、思わず草灯が声をあげる。
     小さな声でかぎや~と言った紋次郎の声を、草灯も聞き逃さなかった。
    「あら紋ちゃん、たまやの方が勝ちね」
     くすりと笑って言った。

    作者:立川司郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 7
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