臨海学校~夏だ! 花火だ! 殺戮だ!

    作者:蔦草正果

     青空に予砲が打ち上がって数時間経っていた。
     風も申し分ない。
     徐々に暮れゆく空の色は曇りない宝石のような橙で、通りや海岸は今か今かと待ち侘びる人々の喧騒を賑々しく受け入れていた。
     行き交う人々の間を子供達が駆けていく。わたあめの入った袋をばさばさ言わせて。魔法のステッキのように輝くりんご飴を手にして。
     ――もうすぐ、花火が始まる。夜空に大輪がひらく。
     
     浴衣を着た四人の少女達が戯れながら歩く。左手に巾着。
     すれ違った少年二人は、見とれて振り返った拍子にくずおれた。
    「え……?」
     戸惑う声にさやめく笑い声。その内のひとりが歩み寄り、膝をつく。
    「大丈夫ー?」
    「ごめんね、痛かったよね」
     脇腹に刺さっていた包丁を掴んで抜き、
    「ちゃんと殺さなきゃいけなかったのにね!」
     心の臓へと振りかぶった。
     彼の連れである少年はもうとっくに動いていない。
     他の少女達は、まだ笑っている。
    「だから手ぬるいのよ」
    「ほんと。てへぺろっ。もうちょっと、はりきって殺したーい!」
     立ち上がって陽気に振り上げた赤い手。
     その浴衣の袂から黒いカードが落ちかけて、少女は慌てて仕舞い込む。
     ――惨状だった。
     通りにいる人間は今、明確に二種類に分けられていた。
     ひとつはあちこちで上がる悲鳴の出処。やがて死体となるもの。
     もうひとつは、快哉、解放、快楽、狂気に満ちた声を上げる、殺戮者。
    『俺は殺す! そう決めた!』『選ばれたんだから仕方ないよねっ』『あたしがあたしがあたしが一番なんだかららら』『うわ、これだけで死ぬの……?』
    「負けないようにしなきゃ」
    「ほんとよね!」
     少女達は駆け出す。
     逃げ惑う人々の首根っこを掴んで、或いは脚を切り落として、或いは死角から迫り。
     ただ、襲い来る衝動のためだけに。
     

    「夏だな」
     慢性的に辟易とした様子で曽良嶺・玄途(高校生エクスブレイン・dn0156)が呟いた。
     開いていた新書サイズの本から顔を上げ、眼鏡のブリッジを持ち上げると、集まった皆をぐるりと見渡した。
    「――さて、夏休みだ。夏休みと言えば臨海学校だ。異論は認めん。質問と議論は最後にしろ」
     その臨海学校の候補のひとつである九州で大規模な事件が発生することが分かった。そう曽良嶺は続ける。
    「大規模と言っても事件を起こすのはダークネスや眷属、強化一般人ではない。普通の一般人だ。灼滅者であれば解決はそう難しくないだろう」
     淡々とした抑揚のあと、だが、と切り替えの一拍。
    「この事件の裏には組織的なダークネスの陰謀があると思っていい。敵組織の目的は分からないが、ヤツらの思惑を看過する訳には行くまい」
     殺人を起こす一般人はカードのような物を所持していること。
     どうやらそれに操られて事件を起こしているらしいこと。
     そのカードを取り上げれば直前までの記憶を失って気絶するようなので、あとは安全な場所に運んでおけば事件は無事解決であること。
    「――事件現場は海へ続く通りだ。屋台がひしめく中、謎のカードを持った一般人達が唐突に殺人を始める。ざっと分けて横道を含んだ三箇所で同時に勃発するため、人員を分けるなどといった対応は必要だろう」
     ただし、と続く。
    「強化一般人ではない。おまえ達が下手にその力を振るえば致命傷になりうる可能性は充分過ぎる。……逆に言えば、上手く振るえば一瞬で解決することも可能だろうさ」
     言うまでもないな、と曽良嶺は浅く笑った。
    「敵組織の詳細及びその狙い、カードの分析等は、臨海学校が終わり、皆が戻ってきてから行うことになる。現場ですぐに調べられるようなものでも無いだろう。――説明は以上だ」
     静かで薄い溜め息。
     再び、少しだけ口調を改めるに足る間を置いて。
    「尚、今回の事件解決は臨海学校と同時に行われることになっている。……事件発生前、に楽しめるのがどれくらい居るかは分からんが、事件解決後も含めて心置きなく臨海学校を楽しむといい。優先すべき事項を忘れなければな。以上。解散」
     などと括ったあと。
     唇を開いて何か言いかけては止める、を何度か繰り返し、曽良嶺はこうも付け加えた。
    「……現場では、二十時から花火が見られるようだから――そのまま見物と洒落こんでもいいんじゃないか」
     手元にある全ページカラーの本が博多の観光ガイドであることに誰かが気付く。
     指摘されるその直前を狙いすましたように、エクスブレインは颯爽と教室を出て行った。


    参加者
    護宮・マッキ(輝速・d00180)
    句上・重蔵(イヌガミとポテトガン・d00695)
    識守・理央(マギカヒロイズム・d04029)
    阿剛・桜花(硬質圧殺粉砕オーガ系お嬢様・d07132)
    湾河・猫子(気紛れ屋の模倣犯・d08215)
    天城・兎(赤兎の騎乗者・d09120)
    勅使河原・幸乃(鳥籠姫・d14334)
    鬼神楽・神羅(ヤクシャのヴァジュラ・d14965)

    ■リプレイ

    ●mad midsummer.
     十九時三十分頃、大通りで四人組の少女が次々と倒れた。
     同時間帯、小径を往来する人々が無差別に気を失った。
     更に同時間帯、反対側の通りで三人の男達が前触れなく蹴散らされた。
     ――では時間にして三分にもならない一連の事象を、旅人の外套と闇纏いというフィルタを解除した上で追っていきたい。

     暮れなずむ空の下。賑わう通りに佇み、往来を観察し続けている鬼神楽・神羅(ヤクシャのヴァジュラ・d14965)達三人に目を留める者は誰一人いなかった。
    「あれであるな」
     神羅の囁きで視線が一箇所に集まる。浴衣の少女が四人。左手に巾着。
    「準備はいいかな?」
     確認というより合図と言える護宮・マッキ(輝速・d00180)の言葉に、阿剛・桜花(硬質圧殺粉砕オーガ系お嬢様・d07132)が力強く、神羅が粛然と頷いた。
     思い思いに屋台へ、或いは海岸へ向かっていく人の波を、呼吸すら悟られずに抜ける迷彩。
     四人組とふたりの少年との間に桜花が身を滑り込ませ、刃物を突き出した少女の足を鮮やかに払う。
     神羅が別の少女の手首を軽く打ち据え、その手から包丁を叩き落とす。
     反対側に回り込んだマッキが、転んだ仲間に動揺する少女達のうちふたりの首に掛かっていたパスケースをひょいと抜き取る。
    「多分これだよね、悪いけど僕が預かるよっ。……っとと」
     当て推量は正解。その瞬間気を失った少女達を咄嗟に受け止め、丁重に下ろす。
     桜花は転倒させた少女の腕を加減しつつ抑え込み、浴衣の袂を探る。
     武器を落とした少女を神羅が追った。腕を掴み、与えた最低限の打撃で石畳の上へと眠らせる。
     桜花が神羅の代わりに浴衣からもう一枚のカードを探り当て、計二枚を防護符でくるみながら、まったく、と零す。
    「折角ラーメンを堪能しに来たのに、ダークネスさんも空気を読んで欲しいですわね?」
    「ダークネスに空気読めって無理じゃない?」
    「さて。拙者らも空気を読まねばな」
     少女達は無傷ではあったものの、灼滅者達の姿が捉えられない周囲の人々は不明の混乱にざわめき出している。
     唐突に外套を脱いだらそれこそ騒然となるだろう。一旦物陰に引込み、『熱中症患者』のための救急車を呼んだ。

     大通りに目を光らせていた勅使河原・幸乃(鳥籠姫・d14334)は、テレパスを用いていた天城・兎(赤兎の騎乗者・d09120)がキャリバーを駆動させる音に振り返る。比較的空いた小路、男女二名ずつの集団を視界に捉える。背中にすら群れて獲物を狙う狼の臭いを感じた。
    「赤兎、いいか。殺すなよ?」
     集団と一般人との間へ回り込む車輪の軌道。
     あたし達も、と促しかけた幸乃は、帽子を外した湾河・猫子(気紛れ屋の模倣犯・d08215)の剣呑な表情を二度見した。
    「……殺してはだめよ?」
    「趣味じゃないわ」
     事も無げに言い、集団へと足音もなく迫る猫子。その後を追う幸乃。
    「あたしに心配されるって相当じゃない?」
     男の手に刃物の煌めきを見た猫子が、背後からナイフの柄でその首筋を打ち据える。身が傾いでも見逃しなどせず右手を蹴り上げ凶器を飛ばした。一方、もう一人の男による凶刃が通行人へ振るわれるその前に割り込み、兎がキャリバーで吹っ飛ばす。
    「どんなディフェンダーよ!」
    「死んでないよ?」
     幸乃が場に魂鎮めの風を吹かせる。眠りに引きこまれて膝をついた人々は倒れた衝撃で朧に目を覚ましはするものの、それは暴徒も同じこと。
     残った女の片方からカードを取り上げた猫子が、最後の一人の武器を手ごと踏んだ。
    「これ誰から貰ったのかしら?」
     回答らしき言葉は出ない。そう判断すると踏んでいるものを蹴り飛ばす。
     鎮圧完了。
     兎が空を仰いでごちる。
    「暑っちー。早く秋にならないものかね」

     丁度その反対側の小路。
     識守・理央(マギカヒロイズム・d04029)が挙動不審な三人組に気付いた時には、句上・重蔵(イヌガミとポテトガン・d00695)はとうに駆け出していた。
    「句上せんぱ、早ッ!?」
     そう少なくない人波を迅速に掻き分けていく姿を素直に追ったら埋もれそうだ。空飛ぶ箒で上空から接近する。
     闇纏いを用いている重蔵とは異なり集まる視線。早急に王者の風を吹きこませる。
     目標を中心とした人々が目に見えて気力を失っていく。三人組の内の一人、一般人へ向けナイフを振りかぶっていた男に関してだけは、無気力以前に重蔵が投げ飛ばしていた。
    「ええい! せっかくの夏の思い出をブラッディマッドネスにするなッ!」
     もうふたりも掴んでは投げ掴んでは投げて、ついでに割と殴られると痛いところを執拗に殴る。着地した理央が慌てて止めに入った。
    「せ、先輩! 彼らのライフはもうゼロです!」
     無気力状態で呆然とする衆人に、散乱する刃物と男三人。と立ち尽くす少年。
     気の毒な光景にそっと手を合わせてから、理央は彼らから黒いカードを拾い集めた。
    「殺人衝動を操り、殺人鬼に変える、か。君達は、誰に選ばれたんだ……?」
     肩で息する重蔵が視線を感じて振り返る。桜子が呆れたように肩を竦めていた。
     視線で示した先にいるのは仕事を済ませた仲間達。
     駆け寄り、ぱん、と打ち合わせた掌の音は。
     夜空に鮮やかな火の大輪が咲く、その予兆。

    ●merry midsummer.
    「お父様からお小遣いをもらってるので、遠慮なく頼んでOKですわよ! というわけでトッピング全部乗せ豚骨ラーメンを頼みますわね!」
     浴衣姿の桜花がラーメン屋台の中で高らかにそう宣言すると、断、メイファン、芹華がぱちぱちと華やかに拍手した。
     朝顔柄の浴衣を着た断が阿剛とメイファンの袖を引き、その間に座る。目を輝かせてそわそわと。
    「楽しみ……早く食べたい……まだかな?」
     やがて並んだ四人分のラーメンは餃子を従えて風格さえ漂わせていた。純然たる豚骨スープが織り成す濃厚な香りに、空気がざわめく。
    「おぉ、コレが噂の博多ラーメン……!?」
     思わず立ち上がりかけたメイファン。牡丹柄の浴衣の裾が衝撃に揺れる。
     桜花を筆頭に気もそぞろに手を合わせ、めいめいに啜る。
     ぱっと背景に咲いた薔薇。
    「これは……んぅ、ハ、好吃~ッ! なんたる美味ネ!」
    「う~~~♪ ……美味しい……」
    「おじさま、替え玉を!」
    「ミオも希望アルヨ!」
    「あちっ、あち、みんな早いよ~? わわわこぼれちゃった~」
     慌てて紙ナプキンで拭いながらも、啜る音の止まなさに芹華は笑っている。
    「餃子もほら、阿剛のおねーさんあーんして~」
    「え、あっ」
     それを皮切りにして始まる食べさせあいっこ。横合いからメイファンが感動を伝えるべくと桜花に抱きついたところで、どん、と大きな音が響いた。
     屋台の外を振り仰ぐと、青と赤と黄色の華火が今まさに打ち上げられていて。
    「わぁ! きれ~!」
    「ほ、本当ですわね! たまや~!」
    「うん……来て良かったぁ……」
     同じ屋台にまた新たな団体客が入ってくる。馬鹿騒ぎと言えるほど賑やかだったが、その中の一人が四人に気付いて声を掛けた。
    「お前ら来てたんだな」
    「ん? あら丸目さん、奇遇ですわね。ってその人たちさっきの」
     先ほど重蔵に薙ぎ倒されていた三名の男達に間違いなかった。すぐに救急車や実行委員会を手配した他のグループ達と比べるといささか対応が遅れた彼らを、介抱している間に意気投合したらしい。
    「おう。これからラーメンの大食い大会だぜ」
     蔵人はひらひらと手を振って店の片隅へ。
     花火の音を背景に、また違う熱気が生まれ始める。

     待ち合わせて満場一致で入った屋台には既に沢山の香りで満ちていた。こっくりとした豚骨、炒めた野沢菜、鮮烈な紅生姜にぱりっと焼きあがった餃子。
     カウンター席に肩を並べて座り、優希那は一緒に覗き込んでいたメニューの端をつついてみせる。
    「マッキ様、マッキ様。鉄板餃子も食べたいのですが、ちょっと一人では食べきれないのです~。仲良くはんぶんこしませんか?」
    「うまそうだな、そうしよう。おじさんそれとラーメンふたつ。麺の硬さはバリカタでね!」
    「私はハリガネでお願いしますです♪」
    「ゆきな通だね!」
     えへへ、と笑った優希那は、ラーメンが届いた後に紅ショウガと高菜を沢山入れるのも忘れなかった。
     マッキの替え玉が三個目を迎えた処で、ビニールカーテンの向こうで花火が空を燃やした。
    「わぁあ。綺麗ですねぇ~!」
    「本当に。一緒に来れてよかった」
    「そういえば小倉の方では屋台におはぎが置いてるそうですよ~。今度あちらにも行ってみたいのです~」
     いいね、とマッキは屈託なく笑った。

    「しかしどうしてこう、屋台の食べ物は特別美味く感じるのだろうな」
     かき氷を食べつつごちた将真の声に、はしゃぐ京音の声が被さる。
     つられて見上げると一際大きな花火が視界いっぱいに打ち上がっていた。
    「絶景だな」
    「うんっ。心配だったけど、皆がうまく解決してくれたお陰でのんびり楽しめるね!」
     お気に入りの浴衣を着てきた時点でとうに弾んでいた足取りが、更に弾んで大通りの人波を縫う。将真は一拍遅れて後を追った。
     ――刹那横目で見た、子供のように目を輝かせる顔が花火より灼き付いて、見惚れてしまった。
    「林檎飴にしようかな。やっぱり縁日の食べ物っておいしいよね、雰囲気と一緒に食べてる感じ。この空気、自分じゃ作れないもんね! ――ん? 将真君なんだか嬉しそう」
    「花火のせいだ」
    「そうだね、花火綺麗だもんね」
     とことん嬉しそうで、また柄にもなく微笑んでしまう。
    「あっ、見て見て将真君!」
     指差された先を、今度は。
    「今の花火大きかったね! 見えた? ふふ、一緒に来てホントによかった!」

     海岸は多くの観光客で賑わっている。
    「鬼神楽君! お疲れ様」
     海の家から食べ物を手に出てきたなゆたの声に振り返り、神羅は思わず次の言葉を忘れてしまった。
     打ち上がった花火が彼女の着物姿を鮮烈に彩る。どうしたの、と首を傾げられ、思わずと空を見上げる。
    「綺麗であるな……花火は」
     そうだね、と朗らかに笑う様で、また少し平静を取り戻す。
    「戦争ではお疲れ様。久我殿のお陰で無事であった」
    「こちらこそ。何度も言ったけど、カッコよかったよ」
     おそれいる、と神羅の少し照れたような返答に、なゆたは目を細めてその横顔を眺めた。
     背抜かれたなぁ。そう気付いて、自分の着物姿を見下ろす。微かに笑って顔を上げると、神羅と目が合う。また逸れる。
     打ち上がった赤い花火の色がその頬へと映っているように見えた。
    「えい」
    「!」
     ぷに、と頬を突いたなゆたは、指をさしたまま。
    「また私とコンビ組んでよね。絶対だよ!」
     驚きに軽く瞠った目も、笑みに撓む。
    「うむ。是非、宜しく願いたい。拙者にとっても久我殿は最高のパートナーであるよ」

     そんな海岸の片隅で。
     任務が終わり次第手頃な場所に陣取って、始まった花火をただ独りで堪能する漢の姿がある。誰であろう重蔵だ。
    「毎日このくらい平和なら、もっとバイトつめて食費稼げるんだけどなー」
     重くも軽くもない溜め息を零して、それきり黙っていたのだが。
     花火が加熱するにつれて、気が付いたらカップルとかグループに囲まれていた。
    「……っちきしょう! ちきしょう!」
    「あ、捕まえましたわよ句上!」
     滝涙を流しながらの重蔵のダッシュを割と初期で引っ掴んで止める浴衣姿の通行人があった。誰であろう幸乃だ。
     更に逃げ出せないよう捕獲したのは兎で、横から林檎飴を差し出したのは猫子だった。
    「なっなんだおまえら!?」
    「ひとりで独りを楽しんでないで、行こっか、セーンパイ」
    「まだ屋台全然巡れてないんです。えへへ、博多ラーメンも美味しそうですよ」
     帽子をいじりつつはにかんでそう言う猫子に、重蔵が身動ぎをする。
    「やめろ。俺は金がないんだ!」
    「あたしが奢ってあげるわ」
     傲岸不遜に幸乃が言う。重蔵の抵抗や矜持を陰惨に削いでいく。
    「だって、そのほうが……ほら。その……楽しいじゃない?」

    「花火、一緒に会場まで行こっか」
    「うんっ」
     手に手を取って思わぬ方向に逃避行しかけるまでを観測し終えると、璃羽が浴衣を着た花火の首根っこを速やかに掴んだ。
    「藤井さん、あなたは迷うから私から目を離さないで。源くん、迷子を増やさないで」
    「なん……だと……こっちじゃねぇのか」
    「次回に期待しましょう」
     努力は認めます。淡々と頷いた黒い浴衣の少女は、花火と手を繋ぎ正しく海辺の方向を捉えて歩き始めた。何しろ彼女の名前が会話の中に紛れてその耳に届く度、振り返ったりと落ち着かない。
     混雑する大通りの中に理央を見つける。その先に、手を振る白ロリ浴衣の夜好と綿あめを持った真琴と、丈介がいた。
    「理央ちゃんお疲れ様!」
    「怪我してるならボクが手当するよ」
    「有難う、真琴。問題ないよ」
     夜好からスポーツドリンクを受け取る理央。頼仁は景気付けにその背を軽く叩いた。
    「お疲れ! 無事で何よりだぜ」
    「冷たいラムネもありますよ、識守くん」
    「お。迷わなかったんだな花火。さすが璃羽」
    「この先も迷わずに参りましょう」
     居並ぶ屋台は相手に不足なし。
     大通りを抜けて海岸に辿り着く頃には、夜空も海もすっかりと賑やかになっていた。
     身体の奥を震わせる振動が心まで高揚させる。スゲー! と丈介が歓声を上げた。
    「近くで見ると音も大きさも全然違うねっ、空にでっかくはなが咲いてるみたい…!」
    「派手でいいよなあ、俺こーいうの大好きだぜ!」
     たーまやー! と頼仁も続き、隣でかき氷を手にしたまま見とれている花火へと無邪気に笑いかける。
    「花火、海に投影されて、花火が綺麗だな!」
    「えっ!? あっ。あの。……あ」
     唐突に言われた花火は慌てふためいた後、自分の取り違えに気付いてひとりでに顔を赤くした。頼仁の頬もまた薄らと赤い。
    「……、で、でも、俺にとっては、その、隣にいる花火の方」
    「はっ花火見よ花火! たまやー! あああかき氷美味しいなぁ!」
     片手で両頬を叩いた挙げ句にかき氷を食べる怒涛の忙しさ。その様子を無言で愛でている璃羽の横顔を見ていた丈介が、聞こえよがしに燃料を追加した。
    「花火キレーだよなぁ、花火!」
    「本当に。綺麗な花火だね」
    「花火も綺麗だけど花火ちゃんもとっても可愛いよ」
     男子諸氏のからかいにますますかき氷を食べ進める花火が、ぎゅっと目を硬くつむって動きを止めた。
    「う、……キーンってする……」
     どっと笑い声が溢れる。
     ――息をつく暇もない最高潮をこえて、花火が最後のひとつを打ち終えた頃。
     余韻さえも味わって微かな溜め息を零した夜好の耳が、満足感に満ちた誰かの声を拾う。
    「来年も皆で来れるといいな」
     そうだね、と誰かが笑って返す。

     宵空は硝煙の残り香を棚引かせる。吹く風にやがて跡形をなくしていく。
     ――けれど胸の奥には、いつまでも灼然と。

    作者:蔦草正果 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 7
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