博多湾の沖にしばし、その島はある。
夏になれば、そこでは海水浴はもちろん、キャンプも楽しめるそんな絶好の夏のイベントスポットである。
その日も、数人の家族連れがキャンプを楽しんでいた――そのはずだった。
「……なんだ? あれ」
父親が、思わず目を疑ってしまったのも仕方が無い。
そこにいたのは、四人の男だった。ただし、夏場だと言うのに暑苦しい黒いロングコートにサングラス、何故か穴開き皮グローブまで合わせての一団である。
「ふ、ついにこの日が来たな」
クイっと、一人目の男がサングラスを押し上げる。
「ああ、ついについに、この時が」
クイっと、二人目が。
「選ばれし者の宴が、始まるぜ?」
クイっと、三人目も。
「……ふっふっふっ」
クイっと、以下略。四人が四人、同じポーズでナイフを引き抜いた。ポカン、とした父母兄妹の四人家族に、四人は仲良く飛びかかった。
『今、虐殺の時!』
ハモりながら、冗談のような殺戮劇が始まった。
「……と、言う事件が起きるそうなんですよ~?」
隠仁神・桃香(中学生神薙使い・dn0019)が教壇の上で、しみじみとそう呟いた。
「実は、臨海学校の候補の一つであった九州で大規模な事件が発生する事がわかりまして~」
と言うものの、大規模と言っても事件を起こすのはダークネスや眷属、強化一般人ではなく普通の一般人なのだが。そのため、時間そのものの解決は難しくない。
問題は、その背景だ。
「どうやら、組織的なダークネスの陰謀があるらしいんですよ~」
敵組織の目的はまったくの不明だ。加えて、無差別連続殺人が行なわれるのを見過ごす訳にもいかない。
「殺人を起こす一般人さん達は~、何かカードみたいなものを持ってるらしいんです~。それに、操られて事件を起こしちゃうんですね~」
だからこそ、そのカードを取り上げてしまえば、直前までの記憶を失って気絶するようである。そうしてしまえば、休憩所などに運び込んでしまえば問題は解決だ。
「相手は一般人さんなんで~、ESPで解決出来ちゃいます」
身も蓋も無く、桃香は言ってのけた。全身黒づくめなロングコートで、暗殺者気分を味わっているが、まぁ、一般人なのだから仕方が無い。
昼間、15時過ぎあたりに船で四人はやってくる。とっととESPを使ってカードを取り上げてしまえばいいだろう。
「敵組織の狙いやカードの分析は、戻ってかららしいです~。なので、臨海学校を楽しんじゃいましょう~」
桃香は満面の笑顔で、そう告げた。
今回は、博多湾の沖にある島でのキャンプ場が舞台だ。そこでは海水浴はもちろんキャンプも楽しめる。キャンプ用品や調理道具などもレンタルが充実しており、何の用意もなくてもバーバキューやキャンプが楽しめるのが売りだ。
「せっかくの臨海学校ですから、楽しみましょう~」
そう、桃香は満面の笑顔で締めくくった。
参加者 | |
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ソルデス・ルクス(不浄なる光・d00596) |
大松・歩夏(影使い・d01405) |
時渡・竜雅(ドラゴンブレス・d01753) |
戒道・蔵乃祐(酔生夢死・d06549) |
水晶・黒那(子供の夢・d08432) |
榊原・智(鷹駆る黒猫・d13025) |
本間・優奈(爆裂魔・d14886) |
焔城・虚雨(フリーダム少女・d15536) |
●
照りつける太陽の下、眼下には白い砂浜と博多湾の青い海が広がっていた。上を見上げれば青い空に、白い雲。
夏の海、その絶景がそこにあった。
「せっかくの臨海学校なのに、面倒ですね……」
そうため息をこぼしたのは、榊原・智(鷹駆る黒猫・d13025)だ。強い日差しに、しみじみと言った。
「夏の浜辺に黒ずくめの暗殺者なんて……熱中症でまず自分を暗殺するつもりでしょうか……」
制服の下に水着、という格好でも汗が滲むほど熱いのだ。この炎天下の下で黒いロングコートというのもチャレンジャーだ。
「着たようじゃぞ?」
旅人の外套で隠れて見張っていた水晶・黒那(子供の夢・d08432)の言葉に、仲間達がそちらに視線を向けた。
いた。黒ずくめの四人組が船から下りてくるのが見えた。それを見たソルデス・ルクス(不浄なる光・d00596)が割り込みボイスで語りかける。
「ちゅーもーく。えー、そこに居る痛い人たち、ちょっと、活を入れてあげますので、こっちへ来てください、あ、出来るだけ急いでお願いしますね?」
その言葉が届いたのだろう、左右をせわしなく見回す四人組。そこへ、トン、と肩があたる者がいた――戒道・蔵乃祐(酔生夢死・d06549)だ。
「なんじゃあゴルァッ! テメッ何処に目ぇつけとんのじゃボケが! あ? テメーらもツレかコラ? ああ肩が痛えじゃねえかオラ!! 治療費出せや。てめえら誠意を見せろや!! あああああん?」
「あ、いや」
もはや、当たり屋である。戸惑った四人組に対して、その隙に近付いた時渡・竜雅(ドラゴンブレス・d01753)が笑顔で言った。
「この海水浴日和に、血生臭い事件は似合わないぜ。サクっと解決といこう」
「人生って素晴らしい……人生って素晴らしい……人生って素晴らしい……」
指をグルグルさせながら呟く焔城・虚雨(フリーダム少女・d15536)に、後光が射す。それに四人組がはたはたと涙をこぼすのを見て、智が威圧した。
「あなたたち、大人しくその妙なカードを渡してください……」
「あ、はい」
あっさりと財布から取り出したカードを手渡す四人組。そこへ、隠仁神・桃香(中学生神薙使い・dn0019)が一陣の風を吹かせた。
「では、おやすみなさい~」
バタバタバタ、と倒れた四人組に、本間・優奈(爆裂魔・d14886)は興味なさ下に言い捨てる。
「後は、日陰に寝かせればいいだろう」
「敵方のカードっていったらダークネスカードだけど、これは違うんだろうか?」
渡された黒いカードを手に、大松・歩夏(影使い・d01405)は呟いた。しかし、その思考は長く続かない。
「までも考えるのは後にして! キャンプよねキャンプ! 遊ぶぜー!」
考えてもわからない事は考えない、実に懸命な判断である。ソルデスもうなずき、デジカメを取り出した。
「せっかくなので、カードの画像でも取っておきますか、細かいことは学園が調べてくれるでしょうが、ま、念のためにですね」
倒れた四人組を休憩所に放り込むと、蔵乃祐はゲスな顔で吐き捨てる。
「役得役得、今日はこのぐらいで勘弁しといてやるよ」
「はい~、いけませんよ~」
財布に手を伸ばそうとした蔵乃祐の腕を、笑顔の桃香が引きずっていく。
これで雑務は終わった――本番の臨海学校の始まりである。
●
「部長! バーベキューをすると聞いて!」
砂浜へやってきた歩夏の目の前に現われたのは、事件の事など知らない振りをした真琴と仮眠部一同の姿だった。
「ま、いっか。遊ぶぜー!」
歩夏も細かい事は、気にしない。上がる歓声を眺めていた蔵乃祐に、頃合いを見計らっていた綾乃が笑顔で語りかけた。
「片付いたみたいだね。お疲れ様ー」
「……一泳ぎ、してたな、コンチクショウ」
蔵乃祐のツッコミに、濡れた水着の上からTシャツを着ていた綾乃はいい笑顔で笑った。
「バーベキューまで、一泳ぎしようよ」
「ああ、それが僕の主目的だしな」
時間は十五時辺りだ。もう少し小腹がすく頃の方が美味しいだろう、蔵乃祐はニヤリと笑う。
――その頃、臨海学校を既に楽しんでいる者達もいた。
「うむ、陽気も暑いくらいが丁度良い!」
夏の日差しの下、亜門が爽やかに言ってのける。その足元では、ハクが同意しかねる、と尻尾を振るが、それはスルーした。
「うわー、海だー! 海きれいー!」
喜び勇んで波打ち際に飛び出した唯が、波に足を浚われる。思った以上の水の力に、唯がうつぶせにその場に倒れた。
「げほっ……ううう、しょっぱいよー……」
「あんまり、深い所行くと危ないよ」
しょんぼりとして振り返る唯に、苦笑しながら遥斗が忠告する。唯に手を伸ばし、翡翠が助け起こした。
「唯さん、とっても水着かわいいですね♪」
そう褒める翡翠自身は白いパーカーを上から羽織っている。そのスタイルの良さが周囲から視線を集めてしまうのが、恥ずかしいからだ。
「翡翠ちゃんもみんなも、一緒にビーチボールで遊ぼうよー!」
「はーい!」
転んだ事など忘れたように、海の中から唯が誘う。それに翡翠はパーカーを脱ぐと、六花の手を取り駆け出した。
「あ、あの……」
「あ~、これこれ、あまり遠くまで行かぬようにな……」
目を白黒させた六花は、亜門の言葉に笑みを綻ばせる。翡翠は通りがかった桃香に、笑みと共に言った。
「桃香さんも良かったら一緒にビーチボールとバーベキュー、どうですか? 同級生なんですし」
「そうですね~、バーベキューは皆さんで――」
唯が待つ海の中へ、女性陣が和気藹々と歩いていく。実に和やかな空気で、ビーチボールが始まった。
それと同じ砂浜で、真剣勝負も繰り広げられていた。
「ビーチボールで遊びたいわ!」
法子の言葉に、お肌の日焼け対策を万全に終えた草灯が笑顔で請け負った。
「いいわよ? 法子ちゃん煉ちゃんには負けないわよー」
「草灯には負けないわよ! 煉!」
「では、そういうチームで。いきましょう、神薙先輩、穂村先輩」
どうやら、チームは決定しているらしい。苦笑混じりの煉の言葉に、楽しそうだと笑っていた瑞樹も巻き込まれた形だ。
――激しい戦いとなった。身長を活かした瑞樹のブロック。攻撃のサポートに徹する法子。正確な打ち込みを心掛ける煉。三人の猛攻を、草灯とアスルは耐え凌いでいく。
「こう? こう?」
「ナイスよ!」
アスルが見よう見真似で拾うボールを、草灯がキッチリと決めていった。
「僕のサーブをくらえー! あれ?」
皇の打ったサーブは相手コートに届かない、愛嬌である。一進一退、白熱した試合を決めたのは、煉のボールコントロールだった。
「ざまあみなさい!」
ふふんと鼻を鳴らす煉と法子がハイタッチ、どや顔の法子が勝ち誇る。反転、しょんぼりとしたのはアスルだ。
「……残念、なのー……」
「ごめんね」
勝った事に胸を撫で下ろしながらもやはり気になったからだろう、瑞樹がそう告げる。アスルの頭を撫でながら、それでも爽やかに草灯が笑って言った。
「いい戦いだったわね……次は、泳ぎで勝負よ?」
そのままの勢いで駆け込む草灯。瑞樹と煉もそれを追いかけた。
「あー、あいつら元気ねー……」
「そび、そび。がんばってー! レンもー!」
既に冷たい飲み物を手にしていた法子は呆れ、波打ち際でアスルが声援を飛ばす。
「僕がジャッジしてあげるー!」
皇が笑顔で手を振る。自然、そこがゴールとなった。
「羽嶋くん、一着ー!」
皇が勝者の名を告げる。遠泳の結果は、草灯の大差をつけての勝利だった。
「男女別に2班に別れ、どちらが先にスイカを割れるかを競うわ」
部長である歩夏の宣言と共に、厳正な班分けが行なわれた。成功した班はスイカを食べられる上、思う存分遊べる。しかし、失敗した班はBBQの準備を全て担わなければならない――過酷なルールで行なわれた。
「まずは俺からか」
ゴーグルからアイマスクへのチェンジを一瞬で終え、ケイジが挑む。
「右に四十度旋回、四メートル前進、振り抜けぇ」
「え? え?」
十回転とは、意外に三半規管を狂わせるものだ。ケイジが振り下ろした棒は、わずかにそれてレジャーシートを打った。
「く、意外に手強いぞ」
また素早く一瞬でゴーグルに戻ったケイトが言う。その意味を、全員が味わう事となる。
「ほぁ……うちの番? あい、頑張りますよって!」
次に挑んだのは智代だ。グルグルと回って目を回して、ふらふらと歩く。素直なのだろう、全員の言葉を信じてしまったのが運の尽きだった。ちなみに誰とは言わない、ケイトという男が嘘の指示を出していたからだ。
「う、ほなここで! 行きますえ! どないでっしゃろ……?」
智代の振り下ろした木刀は、遠い。
「じゃあ、今度は僕だね」
その天使のような笑顔で、次に律が挑戦する。
「あ、もうちょい右っす」
「うん、ここだねー」
『待ったあああああああああ!?』
魔導書で殴ろうとした律を全員が止めた。得物は正しいものを使いましょう、と反則負けとなった律に続いたのはミキだ。
「ようするに、方向さえわかればいいんです」
十回転を終えた後、ミキは逆回転する。方向の位置さえ掴んでしまえば――だが、そこから距離が難しい。わずかにスイカをずれて、シートを打ってしまう。
「これ、難しいですよ?」
「そのようだな」
次にアイマスクと木刀を受け取ったのは、春仁だ。暗闇の中、玖韻の声を頼りに進んでいく。
「もう少し、右だ」
その指示は、正確だ。だからこそ、春仁の木刀は一番近い場所を捉える。だが、惜しくも木刀はスイカを外れてしまう。
「私には、秘策がありますよ?」
真琴がそう告げて、挑戦する。真琴は思う――スイカの前にある土の盛り上がり、それさえ掴めれば……。
「あれ?」
真琴はそこで気付く。スイカが割れても言いように敷かれたレジャーシート、そのために土の盛り上がりがわからなくなっていたのだ。
「く、とんだ落とし穴です」
「思わぬ強敵っすね」
次に挑戦するのは蓮司だ。慎重に進むが、その距離感の難しさに、木刀は砂を抉ってしまった。
――この時になって仮眠部は気付く。このスイカ割りという遊びの難しさに、だ。
「……次は、私だ」
先ほどの四人組を相手にするより真剣な歩夏が挑む――が、駄目。わずかに、スイカの手前を木刀の切っ先が突き刺さった。
「何か難しいのだろうか?」
玖韻のその疑問は実際に挑戦した事により解かれた。海の音を聞いて方向をわかっておけばいい、そう思っていた。しかし、視界の効かない闇では波が全方位に聞こえてくるのだ。その音にこそ、感覚が狂わされる――海のスイカ割りが何故恒例行事なのか? それを思い知った。
「ふっふっふ、私の居合斬りのすごさを思い知らせてあげよう」
玖韻に続き、凛月が挑む。木刀に鞘はないので、居合いにはならない。見えないスイカという強敵は、その凛月の斬撃すらかいくぐった。つまり、外れた。
残るは、アレクサンダーだ。これが外れれば、もう一周――そのはずだった。
「スイカ割りの公式ルールに則り行動している。問題は無いだろう」
『ずるい!』
アレクサンダーはニヤリと笑い、低く構えた木刀を横に薙ぎ払ったのだ。発想の転換である――これにより、仮眠部のスイカ割り勝負の勝敗が決した。
●
――日が、傾き始めていた。
「競争しようぜ! 泳げるよな、桃香?」
「ええ、よく川では泳ぎましたよ~」
同じ山に縁がある同志である、竜雅の問いかけに桃香がうなずいた。竜雅になんとかついていく桃香の姿に、虚雨が感心したように言う。
「ちょっと意外ね。桃助は泳げないものだと思ってたわ」
「ですか?」
ちなみに桃助、とは桃香の事らしい。桃香も何の疑問もなく、その呼び名を受け入れていた。
「そしてアンタに合う水着が存在してるのもビックリだわ。店には普通に売ってないでしょ? どこで買ったのよ」
「え? 湾野さんが『スクール水着はマニアックすぎるっす』って」
ちなみに、薄桃色のビキニである。何でも、彼女の姉達がよく購入している店らしい。
――そのやり取りを遠くから見ている者がいた。
「いやぁ、まだ中学生なのにあんなに発育しちゃって胸も大人サイズに……。これだから水着ウォッチングはたまりませんなぁ……。ぐふふふ……?」
ブーメランパンツと全身にワカメを装備した誠だ。緩んだ笑みを浮かべていた誠が隠れていた岩場から足を滑らせ、ざぼーんと母なる海へと帰っていった。
……とは、さすがにならず。波打ち際にワカメ男は打ち上げられるはめとなった。
「おお、また変人なのじゃー」
「休憩所に叩き込んで起きましょう……」
砂のお城を作っていた黒那と浮き輪で波を楽しんでいた智がソレを休憩所に放り込みに行く。休憩所も厄日である。
「おお、ナマコだ。桃香ー」
「ナマコって食べられましたっけ~?」
そんな竜雅と桃香のやり取りの最中、ソルデスの割り込みヴォイスが届いた。
「そろそろ、バーベキューにしましょう」
そう提案した竜雅の手元には、エビやホタテの入ったクーラーボックスがある。どうせいだから、と持ち寄った全員で一度に楽しもう、そういう流れだ。
「お皿、並べるの手伝います」
「ああ、よろしく頼む」
ソルデスにそう答えたのは、スイカ割りで勝利したはずの玖韻だ。手早くみんなが持ち寄った具材を取り分け、具材にあった下拵えを整えていく。
それを――結果として――肉焼き担当となった蔵乃祐が焼いて焼いて焼きまくる!
「塩コショウだけで食べるとウマーイ!! ステーキソースで食べるとウンンマーイ!!! 焼肉のタレで食べるとンンンマアアアアアアアイイ!!」
「さすが料理できる男子は手際がいいねぇ」
ファイヤブラッドの綾乃も火力で手伝うが、火力が強すぎた。ガリガリ、と焦げた肉は本人が美味しくいただきました。
ホワイトブリムを頭に装備、勝者にジュースを給仕する真琴の横。智代がアレクサンダーがご当地アピールで持ち込んだ土佐赤牛の肉のやけ具合を見て、微笑んだ。
「これ焼けてはる? うふふ、美味しぃわぁ~」
「だって僕、育ちざかりなんだもん」
お肉を一列奪っていくあざとい笑顔の律。その目の前でミキは真顔で言った。
「野菜を制するものこそがバーベキューを制するのです」
「カボチャ美味しいわ」
同意する、と凛月もうなずき、律が鋼糸でスライスしたカボチャを味わう。
「ほれ、男衆、キリキリ運ぶぞ」
そう、吉祥寺2-Aの仲間達に指示を飛ばしながら、亜門も食べる。その仕種は上品だが、その食べる量はとんでもない。その横では六花が、火の調整に勤しんでいた。
「こんな感じでいかがでしょう?」
「おおおっ、六花ちゃん手際いいなぁー! 私お肉っ、お肉食べたいな!」
「網や串で焼くと、余分な油が落ちてヘルシーになりますよね」
唯の素直な感想に、六花は微笑む。翡翠も次々に肉を焼いていく。
「……このお肉、そろそろ食べ頃ですよ」
いつの間にか食材を焼く係になっていた智は、せわしく動き回っていた。焼けた肉を自分の皿に載せては、他人へと分けていく。それを受け取って、黒那はしみじみと呟いた。
「お肉をお腹いっぱい食べるのじゃよ」
何せ、カップラーメンやご飯とみそ汁と刺身だけの生活を送っているのだ。苦い野菜を避けて、黒那は肉を求めて箸を動かした。
「肉! 肉!! どんどん焼いてこう!!! げっぷ、おっと失敬。いやあ極楽極楽」
肉肉肉肉肉、の比率でコーラで一気にくどさを流しこむ蔵乃祐に、笑い声があがる。
「牛肉、豚肉、鶏肉、ウインナー、魚、海老、イカ、ホタテ、サザエ、蛇、人参、茄子、キャベツ、ピーマン、しいたけ、エリンギ、とうもろこし、玉葱、じゃがいも、かぼちゃ、長ネギ、にんにく、焼きおにぎり、焼きそば、焼きリンゴ、焼きマシュマロ、焼き豆腐……etc、なんでもこいやー! 残さず食ったる!」
虚雨が吼える。いくつもの食べ物が焼ける音、匂い。笑い声。語り合う話し声。波と風の音。大人数のバーベキューは、夕暮れの海という絶景の中、盛り上がっていった……。
●
「バーベキューの締めと言えば焼きマシュマロだよね! でもデザートと言えば……」
「な、何か期待されている気が……今日のデザートは、アップルパイのバニラアイス添えですよ」
バーベキューが一段落した頃。唯の視線を受けて、遥斗は笑顔になってデザートを取り出した。これに反応したのは、デザートの分の余力を残していた翡翠である。
「そろそろいいだろう」
すっかりと空と海が黒に染まったのを確認して、動き出したのは優奈だ。優奈が取り出したのは、たくさんの花火である。
「さぁ、点火だ。点火点火」
火薬と爆発が大好きな優奈だ。優奈にとっては、まさに今からが本番である。
砂浜を舞台に、即席の花火大会が始まった。全員がこれでもかと楽しめる量があった。色取り取りの花火が砂浜を彩り、他の一般客もその華やかさに足を止めて眺めていった。
「ん、いい臨海学校だったのじゃ」
線香花火を眺めながら、黒那は呟く。砂浜を見れば、もう自分が作ったあの砂の城はどこにも残っていなかった。母なる海が、波が、砂の城を残さずにさらっていったからだ。
しかし、その姿は思い出として自分の記憶の中に残っている。
「また、こうやってみんなで楽しみたいですね~」
桃香が、黒那へとそう微笑みかける。それは、ここにいた誰もが抱いた想いだったろう。
その日、彼等は思い出深い臨海学校を楽しんだ……。
作者:波多野志郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年8月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 3
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