臨海学校~浜辺のピットマスター

    「よーし、これ持って思いっきりあおげ!」
    「うん!」
     快い返事と共に、団扇を手にした小さな男の子が火の点いた木炭を力いっぱいあおいだ。
     途端に火の勢いが増した事に驚き、そしてさらにテンションを上げてあおぎ続ける。
    「おとーさん! なんかすげーもえた! もえるー!」
    「ははははは! 凄いだろう!」
     この親にしてこの子ありと言ったところか、子供のテンションに勝るとも劣らないオッサンの高笑いが浜辺に響いた。
    「ねえ、なんでもえるの!?」
    「はははははは! さっぱりわからん!!」
     無責任全開な言葉を聞いているのかいないのか、子供は感嘆したまま延々と炭をあおいでいる。
    「すげー!」
    「ははははは! 凄いだろう!!」
    「すっげー!!」
     少しばかり騒々しいが、一家にとっては大切な思い出となる……はずであった。
     
    「こんがり焼けろー!」
    「こってり燃えろー!」
    「たっぷりジューシー!」
     キャンプファイヤーを囲んで、3人の男達が狂気じみた声を上げている。
     炎を崇めるかのように周囲をぐるぐると回り、時折長い棒で炎の中をつついていた。
    「お一人様ご到着ー!」
    「はなして! お願い、はなし――」
     暴れる少女を脇に抱えた男がさらに1人炎へと走り寄り、そして少女を炎の中へと投げ込んだ。
     耳をつんざく絶叫と苦悶に、炎が大きく揺らいだ。
    「こってり焼けろー!」
    「たっぷり燃えろー!」
     周囲を囲った男達は、炎の中に悶える影を棒でひたすらにつつき回している。
    「こんがりジューシー!」
    「はりきって、ころしたーい!」
     キャンプファイヤーのすぐ傍ら。見覚えのある団扇を、火の粉が焦がしていた。
     
    「諸君らの中には臨海学校を楽しみにしていた者も少なくないだろう。だが今回、その候補地のひとつ博多で大規模な事件が起きることが判明した。我々としては、これを見過ごすわけにはいかない」
     地図を広げた科崎・リオン(高校生エクスブレイン・dn0075)はさらに言葉を続ける。
    「これらの事件を引き起こすのはダークネスでも、眷属でも強化一般人でもない。ただの人間、ごく普通の一般人だ。これにはなんらかの組織による陰謀が絡んでいると考えるのが妥当であろう」
     殺人を起こす一般人は、何かカードのような物を所持しており、それに操られるかのように次々に事件を起こすらしい。このカードさえ取り上げてしまえば直前までの記憶を失い、気絶するようだ。
     その後は適切な処置を行えば問題ないはずだ、とリオンは言う。
     
    「今回浜辺で無差別殺人を行う者は全部で4人、全員が屈強な中年男性だ。殺人衝動に駆られているとはいえ、サイキックエナジーによる強化も施されておらず通常の一般人と何ら変わりない」
     事件が起こる直前、周囲ではいくつかのグループが各々バーベキューや焚き火をしている。
     突然やって来た男達はその中の焚き火を占拠。周囲の燃えそうな物を片っ端から略奪し、焚き火をさらに大きく燃え上がらせ、そして最終的には生きたまま人間を炎の中へと放り込んでゆく。
    「焚き火を占拠してからさらに炎を大きくするまでの間。その間に男達を取り押さえ、得体の知れぬカードを奪えばこの事件による被害は最小限に抑えられるはずだ」
     
    「この事件に関しての考察、カードの分析などは全員が学園に戻ってからになるだろう。残念ながらその場ですぐに調べる、というわけにはいかない」
     そこまで言って、リオンは小さく息をついた。
    「今回の事件解決は臨海学校と同時に行われることになった。事件発生前、解決後は臨海学校……浜辺でのバーベキューをを心行くまで楽しむといい、との事だ。尚、今回は私も同行させてもらう」
     その一瞬、リオンの瞳が鋭く輝く。
    「私が同行するからには無秩序は一切容認しない。諸君らには規律正しく美しい、武蔵坂の名を語るにふさわしい完全なるバーベキューを期待する。私からは以上だ!」
     リオンが腕を振り上げたその時、バーベキューのハウツー本がずるりと資料の山から滑り落ちた。


    参加者
    黒山・明雄(オーバードーズ・d02111)
    桧原・千夏(対艦巨砲主義・d02863)
    伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)
    撫桐・娑婆蔵(鷹の眼を持つ斬込隊長・d10859)
    宮屋・熾苑(高校生ファイアブラッド・d13528)
    桜井・夕月(もふもふ信者の暴走黒獣・d13800)
    丹下・小次郎(神算鬼謀のうっかり軍師・d15614)
    真波・尋(高校生ダンピール・d18175)

    ■リプレイ

    ●浜辺に潜む黒ずくめ。
    「ちょっ、なんだよあんたら!」
    「っぶねぇ!」
     浜辺の騒々しさが、いつの間にか喧騒へとすり替えられていた。
     釣り糸を垂らしていた丹下・小次郎(神算鬼謀のうっかり軍師・d15614)が竿をそのままにして、ゆっくりと立ち上がる。
    「さて、そろそろですか。向こうは釣り針にかかったようですね」
     小次郎の視線の先には、野次馬達の間を縫うように駆ける黒ずくめの灼滅者達の姿があった。
     人々の目には一切、その様子は映っていない。
    「透明人間って、こういう気分なんでしょうか」
     桜井・夕月(もふもふ信者の暴走黒獣・d13800)がクスリと小さく笑う。
    「……ああ、妙な気分だ」
    「親分! ご気分が優れないのでごぜぇやすか!」
     黒山・明雄(オーバードーズ・d02111)の言葉を捉え、瞬く間に撫桐・娑婆蔵(鷹の眼を持つ斬込隊長・d10859)が駆け寄る。
    「お前……随分元気だな。暑くないのか?」
     桧原・千夏(対艦巨砲主義・d02863)が横から娑婆蔵の顔を覗き込むと、そこには滝のように汗を流すやせ我慢真っ最中の健気な子分の姿があった。
    「……水分補給は、しっかりしましょうね」
     人ごみを切り抜け、夕月がふうっと大きく一息をつく。
    「――そろそろ、燃やしたーい?」
     ふと、耳に妙なテンションの声が飛び込んできた。
    「はりきって殺したーい?」
     次第に挙動不審さが増してゆくオッサン達。視線が火から火へと、人から人へと忙しなく往復している。目の前で武器を構える灼滅者達はその視界には入っていないようだった。
    「俺達の姿は……見えていないようだな」
     伊庭・蓮太郎(修羅が如く・d05267)が確かめるようにオッサンの眼前で手を振る。
    「さ、とっととカタしてカードを取り上げるか」
     千夏がぐーるぐると肩を大きく回し、そして娑婆蔵がぐいと袖を捲り上げた。
    「撫で斬りにしてやりまさぁ! ……峰打ちで!」
     ――ドゴッ。
     鈍い音が響いた。
     
    ●どこぞの関係者?
    「なんて手応えのない……」
     蓮太郎達の前にはオッサン達が無残にも山積みにされていた。
    「わりぃな、通してくれ」
     宮屋・熾苑(高校生ファイアブラッド・d13528)が遠巻きに眺める野次馬達を掻き分け、山積みのオッサン達の前へと出た。
     丹下・小次郎(神算鬼謀のうっかり軍師・d15614)が低く屈み、オッサンの頬をぺしぺしとはたく。
     小さな呻き声が聞こえた。
    「ひとまず、陰に運びましょう」
     小次郎が肩を貸す形でオッサンをぐいと引き上げる。
    「重っ……」
     真波・尋(高校生ダンピール・d18175)の口から思わず弱音が漏れた。
     一方、軽々と担ぎ上げた熾苑が周囲の様子の変化にふと眉をしかめる。
    「ESP、効いてるんだよ……な」
     気がつけば周囲を取り巻いていた野次馬たちがさらに距離を取って何事かをヒソヒソと話していた。
    「そのようですが……いえ、問題は無いようですから、深い事は考えないでおきましょう」
     日陰にて待機する蓮太郎達の下へと歩を進める。
     野次馬たちが避けるように大きく道を開いた。
    「一体なんの関係者だと思われてんだ……」
    「さあ、ロクなもんでは無さそうですね」
     オッサンを引きずる黒ずくめの灼滅者達から、野次馬がさらに距離を取った。
    「――ありました」
     ぐったりとしたオッサンのポケットから、夕月が1枚のカードを取り出す。
    「こんなカードに、一体何を仕込んだんだ殺助ども……」
    「ともかく、この暑苦しい格好とはおさらばだな」
     明雄が黒いスーツを勢いよく脱ぎ捨てた。
    「……という事は、お肉タイム……お肉タイムですね!!」
     人が変わったようにはしゃぐ夕月の様子に灼滅者達の視線が釘付けになる。
     我に返った夕月があっ、と小さく声を漏らした。
    「……コホン。では、臨海学校を楽しむとしましょうか」
     ぽかんとしたまま、灼滅者達が「ああ、うん」と頷いた。
     
    ●先生と親分と子分。
    「よーし、お前ら! お疲れ様だぜ!」
     桃地・羅生丸(d05045)が音頭を取り、ジュースの入ったコップを高く掲げる。
     科崎・リオン(高校生エクスブレイン・dn0075)が一歩前へと出て、灼滅者達の顔を見回した。
    「諸君らの活躍によって、こうして事前に事件を解決できたことを嬉しく思う。我々の戦いは明日からもまだまだ続くだろう。だが、忘れないでほし――」
    「いいから黙って、肉を食えー!」
     突然。千夏がリオンの口に有無を言わさず肉をねじ込んだ。
    「細かいことは考えずに、とにかく食べたいものを食べて楽しめばいいのだ」
    「……もごっ」
     口よりもやや大きな肉塊を咀嚼しながら、リオンが蓮太郎へと小さく頷く。
    「さあ、どんどん焼いて行くから皆どんどん食え」
     ジャック・アルバートン(d00663)がステイツ仕込の腕前で手際よく肉を焼き上げてゆく。
    「わーい! お肉だ! バーベキューだ!」
     夕月の様子が少しばかりおかしな事になっていた。
    「黒山せんせー! まりもは豚肉をたくさん買ってきました!」
     亜寒・まりも(d16853)から肉を受け取った明雄は、手早くそれを鉄板の上へと放り込んでゆく。
    「よし、ここは1つ俺が焼き方のレクチャーをしてやろう」
     手をかざし、静かに息を整え、そして大きく目を見開く。
    「大事なのは……火力だッ!!」
     明雄から放たれた巨大な炎が鉄板諸共豚肉を包み込んだ。
    「……凄いねせんせー! 豚肉が消えたよ!」
     鉄板の上にはただ、香ばしさだけが漂っている。少しばかり焦げ臭いが。
     直立したまま明雄がそっと、脇に控える娑婆蔵へと視線を送る。
    「こ……こちらに完成したものがございやす!!」
     ポーンと鉄板の上にこんがりジューシーな豚肉が放り込まれてゆく。
    「……と、こーいうわけだ」
     腕を組み、深く頷く。
     幾度か瞬いたまりもが、感嘆の声を上げた。
    「せんせー! 凄い!」
     
    ●肉肉肉肉肉野菜薬肉肉魚魚魚。
    「うー……これどうぞ」
     大業物・断(d03902)から差し出された料理を、天城・兎(d09120)が自分の口の中へと放り込んだ。
    「……美味しい?」
    「ええ、とても。ありがとうございます」
     兎の笑顔に、断もえへへ、と照れ臭そうにはにかむ。
     忙しそうにまた皿を持って駆け出そうとした断を、火土金水・明(d16095)が呼び止めた。
    「あ! ちょっと待って。ええと、大業物さん!」
     いつの間にか汚れていた断の服に明がそっと触れると、瞬く間に元通り綺麗な姿を取り戻した。
    「はい、ご苦労様! これで大丈夫!」
    「あ……ありがと」
     えへへ。遠巻きに見ていた数人が釣られて笑顔になっていた。
    「いやー、バーベキューといったらやはり肉っすよねー」
     柳・晴夜(d12814)が肉という肉をガツガツと口の中へと放り込む。
    「野菜もちゃんとあるからね。ホラ、ニンジンにピーマン、エリンギにトウモロコシに……キャベツ……っぽい名前の胃薬!」
     富山・良太(d18057)がどこかで見たことのある胃薬を高く掲げたままじっと動きを止めていた。
    「……えーと、ツッコミ待ち?」
     竹尾・登(d13258)の声に良太が振り返り、やっと腕を下ろした。
    「ボクもほら、肉以外に色々持ってきてるから!」
     ソーセージにハム、ベーコンを広げて自慢げに微笑む登。良太が真顔で一言呟く。
    「それ、全部肉だね」
    「あら、お肉を食べないということは全国の農家の方々への宣戦布告と見てよろしいですか?」
     よく通る鹿島・壱(d06080)の静かな声に、一瞬灼滅者達が沈黙し、そして戦慄する。
    「……もちろん、冗談です。うふふ」
     冷や汗が鉄板に落ちて、ジュッと音を立てた。
    「だ、大丈夫! お魚もある、お魚もあるから!」
     園観・遥香(d14061)がやけに巨大な箱から大きな尻尾を掴み出す。
    「まず鮪! あとマグロ! そしてまぐろとー……最後にツナです!」
     遥香の前に並ぶ立派なマグロ達。遥香は目をぱちくりさせてぽつーんと立ち尽くしていた。
    「……あの、お手伝いしますよ」
     龍統・光明(d07159)がそっと遥香の顔を覗き込む。
    「うん……ありがと」
     遥香がちょこーんと小さく頷いた。
     
    ●犯人はアイツ。
     ディーン・ブラフォード(d03180)が紅茶を片手に、取り残されたドリンクの山に目を落とす。
    「……おかしいな、俺が苦労して探してきたドリンクが減っていないようだが……」
     山積みになったマグロの切り身の傍らで、小次郎が手際よく海産物を調理してゆく。
    「熾苑さん、こっちも焼けました! ……ど、どうぞです!」
     白雪・藍(d17357)が、チリソースをたっぷり付けた肉をおそるおそる熾苑の口元へと運ぶ。
     徐々に赤くなってゆく藍の顔を見て、熾苑がニィっと意地の悪そうな笑顔を浮かべた。
    「おう、ありがとな!」
     ぐいと熾苑が藍へと顔を寄せる。
    「……あ、あの! 他にもキムチとか、ナムルとか!」
     照れ隠しに藍は次から次へと熾苑の口へ料理を運んでゆく。もっとも、真っ赤な顔はどうやっても隠れそうには無いのだが。
    「野外でのコーヒーは格別だなぁ……」
     尋が膨れたお腹をそっと撫でながら腰を掛け、しみじみとコーヒーを嗜んでいた。
     その傍らでは刀狩・刃兵衛(d04445)が同様にカップを傾け、海を眺めている。
    「……たまには、こういうのも悪くないな」
    「デザートも用意していますよ……。よろしければ、いかがですか?」
     紅羽・流希(d10975)がフルーツポンチを尋へと手渡し、そして怪訝そうに首をかしげた。
    「ところで、私の持ち込んだソースが見当たらないのですが……見掛けたら除けて置いてください。そのままにしとくのはちょっと……危ないので」
    「皆さんのペースも落ち着いてきたようですし、そろそろ私も……」
     秋山・清美(d15451)が額の汗をぐいと拭い、皿に取り分けた肉に一口噛り付いた。その時だった。
    「――!!?」
     噴出しかけた口を押さえ、小さな体をさらに小さく丸めてその場にうずくまる。
     その横で、晴夜がもーぐもぐもぐと肉を口へと放り込んでいた。
    「んー。ところで何か辛い気がするんだけど秋山さんこれもしかしてゲフッ」
     晴夜の口から天高く吹き出す真っ赤な液体。
     彼の記憶は、そこでプツリと途絶えた。

    作者:Nantetu 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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