臨海学校~潮騒の夜

    作者:宮橋輝


     夜の博多湾は、若者たちで賑わっていた。
     海岸で花火に興じる者あり、恋人と甘い一時を楽しむ者あり、彼らの過ごし方は実に様々だ。
     人々の話す声に混じって、ざざ……と、潮騒が耳に届く。
     惨劇の幕開けは、あまりにも唐突だった。
    「俺はヤるぜ……殺って殺って、殺りまくるぜぇ!」
     懐からナイフを取り出した男が一組のカップルに切りかかり、女性の喉笛を切り裂く。
     鮮血が宙に飛沫を散らすと、それを見た人々は瞬く間に恐慌に陥った。
    「キャアアアアアアアアアアアアッ!!」
     悲鳴と、絶叫。視線を巡らせば、後方でも同様の騒ぎが起こっている。
     逃げ惑う人々は、哀れな羊のように追い立てられ。血の臭いに満ちた海岸に、残忍な狼の哄笑が響いた。
     

    「夏休みと言えば、臨海学校ですよね」
     教室に灼滅者が集まった後、そう話を切り出したのは倉槌・緋那(高校生ダンピール・dn0005)だった。
     エクスブレインから聞いた内容を書き留めたらしいメモを手に、彼女は説明を始める。
    「実は、臨海学校の候補地の一つだった九州で、大規模な事件が発生することがわかったんです」
     事件を起こすのは、ダークネスや眷属ではなく、強化一般人ですらない『普通の一般人』。
     彼らによる無差別殺人事件を阻止するのが、今回の依頼の内容だ。
    「あくまでも一般人ですから、事件を未然に防ぐのはそう難しくはないと思います。ですが、この裏には組織的なダークネスの陰謀が絡んでいるかもしれません」
     その目的は謎に包まれているものの、罪無き人々が殺戮されるのを見過ごすわけにはいかない。
    「事件を起こす人達はカードのような物を持っていて、それに操られているようです。カードを取り上げれば、直前までの記憶を失って気絶するらしいので、どこか適当な場所に運べば問題はないでしょう」
     カードの所有者は3人。彼らは皆、ポケット等にカードを隠し持っているので、外側から見分けることは出来ない。また、3人はそれぞれバラバラに人込みに紛れているという。
    「私達が向かうのは、博多湾に面した海岸です。夜になりますが、若い人達を中心にそれなりの人出があるようで……場合によっては、手分けしなければならないでしょうね」
     敵組織の狙いやカードの正体は気になるが、それらはひとまず臨海学校から戻ってから調査することになるだろう。いずれにしても、現場ですぐに判明するとも考え難い。
    「今回の依頼は臨海学校と同時に行われることになりますから、事件を解決する他は臨海学校を楽しみましょう」
     浴衣を着て海岸を散歩したり、線香花火を堪能したり。日中とは、また別の趣きがある筈だ。
    「いい思い出を沢山作るためにも、皆さんで頑張りましょうね」
     緋那はそう言って、表情を綻ばせた。


    参加者
    月之瀬・華月(天謡・d00586)
    伐龍院・黎嚇(アークビショップ・d01695)
    小碓・八雲(リスクブレイカー・d01991)
    ユッカ・ヒベルティア(銀色の陽・d02207)
    橘・清十郎(不鳴蛍・d04169)
    伊勢・雪緒(待雪想・d06823)
    リュカ・シャリエール(茨の騎士・d11909)

    ■リプレイ


     太陽が隠れた後も、海岸はまだ賑わいを見せていた。
     周りには、談笑する若者たちの姿。この中に無差別殺人を目論む輩が紛れているなどと、誰が考えるだろう。
    「折角の臨海学校での福岡へのお出かけでありますのに、なんてひどいコトになりますにございますのでしょうか」
     拙い日本語を操りつつ、リュカ・シャリエール(茨の騎士・d11909)が溜め息まじりに呟く。
     学園に籍を置き、数々の支援を受けている身としては、ある意味『仕方ない』ことでもあるが。
     楽しい筈の夏休みにこうも事件が続くのでは、解決する側は堪ったものではない。
    「私達で、犠牲を防がないとですね」
     倉槌・緋那(高校生ダンピール・dn0005)の言葉に、月之瀬・華月(天謡・d00586)が迷わず答える。
    「折角の臨海学校、よからぬ事を企んでいる人達には御退場願うの!」 
     二人のやり取りを聞き、リュカも相槌を打った。
    「――いいでしょう、ボクのトモダチが楽しく過ごせるようを務めるのです」
     まずは、凶行に及ぼうとしている犯人たちを特定しなくては。
     限られた時間を有効に利用するべく、灼滅者は四組に分かれて行動を開始した。

    「さて、何処から探すかな」
     一般人の目に留まらぬよう闇を纏った小碓・八雲(リスクブレイカー・d01991)が、ぐるりと周囲を見渡す。その傍らで、伐龍院・黎嚇(アークビショップ・d01695)が忌々しげに口を開いた。
    「ダークネス共め、なんという事を」
     怪しげなカードを配って一般人を誑かすなど、まさに悪魔の所業である。
     どうも、組織的な陰謀が絡んでいる可能性が高いという話だが――今は、それを考えている余裕は無い。
    「何か裏のある事件なんだろうが、とりあえず余計な面倒は起こる前に潰す」
     八雲が眼光鋭く視線を走らせると、黎嚇もまた眼鏡の位置を直した。
    「迷える者達が罪を犯す前に全て助けてみせよう、必ずだ」

     同じ頃、橘・清十郎(不鳴蛍・d04169)と伊勢・雪緒(待雪想・d06823)の二人は、カップルたちが多く集まっている場所にあたりをつけてゆっくりと歩く。
     お互い霊犬を連れていることを活かして犬の散歩を装うという手も考えたのだが、一般人が大半を占めるこの場においてはかえって注目を集めてしまうかもしれない。バベルの鎖で伝播しないとしても、その姿を見た人が変わった犬だと首を傾げることはあり得る。
     幸い、もともと恋人同士ということもあり、二人の仲睦まじい様子はごく自然に溶け込んでいた。
    「カードの出所が気になりますが、兎に角事件を未然に防ぐです」
     声を潜める雪緒に、清十郎が黙って頷きを返す。
     彼女と行動を共に出来ることは嬉しいが、それはそれとして依頼はきっちりこなさなくては。
     さりげなさを装いつつ、二人で周囲に目を光らせる。
     凶器を隠し持てる形状の服を着ている者、不審な動きを見せている者はいないだろうか――。

     その反対側では、もう一組のカップルが捜索にあたっていた。
    「ユッカさま、怪しい人いました?」
     エルディアス・ディーティアム(金色の月・d02128)の問いに、ユッカ・ヒベルティア(銀色の陽・d02207)はゆるりと首を横に振る。
    「こんなに人が多いと、目的の人物を探すのも大変ですわね」
     彼女が言う通り、この中で顔も知らない相手に目星をつけるのはなかなか楽ではない。
     しかし、困難であるからといって簡単に諦めるわけにもいかなかった。
    「カードを使って一般の人を操るなんて許せません」
     穏やかな声に静かな怒りを込めて、ユッカが囁く。そんな彼の手を取り、エルディアスが淑やかに微笑んだ。
    「悲惨な事件が起こらないように、しっかりカードを確保しましょうね」
     自分達なら、必ず止められる筈。


     手分けして探すうち、一人の男が八雲の目に留まった。
     真夏だというのにジャンパーをしっかり着込み、辺りをキョロキョロと見回している。
     口の中で何やらブツブツと呟いていることといい、明らかに様子がおかしい。
     すぐさま携帯電話を手に取り、連絡を入れる。
    「伐龍院、疑わしいのを見つけた。合流頼む」
     その間も、視線はターゲットから逸らさない。
     ジャンパーの懐に手を入れた男の腕を掴み、咄嗟に動きを封じる。
     そこに駆けつけた黎嚇が、王者の風を巻き起こした。
    「――伐龍院の名にかけ、事件を起こさせはしないぞ!」
     男が萎縮した隙に、八雲が手際良く彼を取り押さえる。
    「それは免罪符ではない、悪魔の甘言に耳を傾けるな。罪を犯す前に大人しく差し出したまえ」
     屈服した男から『HKT六六六』と書かれた黒いカードを奪った後、黎嚇は後で説教してくれる――と呟いた。
     かけがえのない、命の尊さについて。

     ほぼ時を同じくして、リュカ達も不審な人物を見つける。
     ジーンズのポケットに両手を突っ込み、肩を怒らせて歩く若い男。どこかソワソワとした態度で、歪んだ印象の笑みを浮かべている。
    「……カヅキさん、ヒナさん」
     リュカが同行する二人に声をかけると、華月はゆっくりと頷いた。
     おそらく、間違いはないだろう。
    「倉槌さんは他の班の人達に伝えてもらえるかな」
    「はい」
     緋那に連絡を任せ、さりげなく男に近付いていく華月。
    「遅くなってごめんね。待った?」
    「あぁ? 人違いじゃ――」
     男が訝しげに振り向いた時、彼女はESPを発動させた。濃厚なフェロモンを漂わせ、男をたちまち虜にする。
    「間違っちゃったけど、これも縁だと思ってくれる?」
     人気の無い場所に誘うと、男はだらしなく鼻の下を伸ばした。
    「えー、どうしようかなァ」
     ポケットの中の手が、ごそりと動く。真っ先に行動を起こしたのは、闇纏いで姿を隠していたリュカだった。
    「そこまでにありますです」
     大怪我をしないよう、細心の注意を払ってぽかりと一撃。
     あえなく、男はその場に崩れ落ちた。

     残る三人目を発見したのは、エルディアスとユッカ。
     折り畳み式のナイフを手の中で弄ぶ女を認めて、まずエルディアスが声をかける。
    「すみませんが、貴方のその持ち物を渡していただけないかしら?」
     ラブフェロモンで気を惹く隙に、ユッカが王者の風で威圧するという見事なコンビプレイで、凶器とカードを難なく没収。
    「この人が他の人を手に掛ける前に、カードを取り上げることができて本当によかった」
     記憶を失って気絶した女を介抱しつつ、ユッカはホッと胸を撫で下ろした。
     それにしても、この黒いカードを配った者たちの存在が気にかかる。
    「……自分の手を汚さず、それをどこかで見ている黒幕を、いつか必ず倒しましょう」
     決意を新たにする彼に頷いた後、エルディアスは携帯電話を取り出した。
    「皆さんに電話しますね」
    「ええ。お願いします、エルディアスさん」
     ここは、被害を未然に防げたことを喜ぶとしようか。

     カードと一般人を全て確保したと連絡を受け、清十郎と雪緒は仲間達と合流を果たした。
     そのうち目を覚ますだろうと思われる三人の一般人を海岸の隅に引っ張り、件のカードをざっと検分する。
    「ふむう……難しいのです」
     布越しにカードを手に取った雪緒が、小さく首を傾げた。
     万一、触れることで何か悪い影響があってはいけないので、扱いはかなり慎重である。
    「とりあえず、纏めてしまっておく方向で大丈夫そうかねー」
     彼女の横から、清十郎が持参した密閉容器を差し出した。
     灼滅者にも危険が及ぶようなら、最悪この場で処分することも考えてはいたが……今のところ、その心配はなさそうか。
     背後関係を調べるのは学園に帰ってからにするとして、ひとまず任務完了とすべきだろう。
     そう仲間達に告げる清十郎に、異を唱える者は居なかった。


     事件が防がれたという一報を聞き、海岸には武蔵坂学園の生徒が続々と集まりつつある。
    「臨海学校なのに、楽しむどころじゃなかったですわ」
     浴衣に着替えたエルディアスがそう零せば、ユッカはよく似合っていますよ、と笑みを返した。
     辺りを見渡すと、既に花火を始めているグループもある。気を取り直し、エルディアスは恋人の手を取った。
    「日本の花火は綺麗で好きですわ。今日は大変だったしいっぱい遊びましょう」
     潮騒を響かせる海を前に、手持ち花火を楽しむ。
    「こうして花火をしながら見ると、風流でいいですね」
     夜の海は、どこか恐ろしいイメージがあるけれど。今は、素直に美しいと思える。
     二人並んで線香花火を手に取り、どちらが長持ちするか対決。
    「……あ、私のが先に落ちちゃいましたね。残念」
     もう一度――とユッカが言うと、エルディアスは快くその勝負を受けた。
    「次も勝ったら、ご褒美くださいね」
     これくらいのおねだりは、きっと許される筈。

     こちらは、黎嚇に合流した面々。
    「花火というの、わらわ初めて見るのじゃー」
     ずらり並んだ手持ち花火の数々を眺め、大御神・緋女が目を輝かせる。
    「……空にあげるものではないんだな」
     少年のような装いのクラリス・ブランシュフォールが、些か残念そうに呟いた。
     亡き父がかつて語ってくれた『空に咲く鮮やかな花々』を、この目で見たかった気もするが――これはこれで、楽しんでみることにしよう。
    「火の元には気をつけてね」
     水を入れたバケツを置き、因幡・亜理栖が皆に注意を促す。そういえば、昔は手持ち花火が少し怖かったっけ。
    「ふん、まぁ、あまり興味はないが……せっかく皆と来たからな」
     いまいち素直ではない黎嚇を横目に、斎賀・なをがねずみ花火を放る。
     勢い良く地面を這うそれが自分の足元に来たのを見て、黎嚇は思わず目を見張った。
    「おぁー♪ きれーぃ♪」
     紺のキャミソールワンピースに身を包んだニコレッタ・ベルニーニが、初めての花火にはしゃぐ。これぞ、日本の美というやつだろうか。
     一方、八雲は海を眺める緋那を見かけて。
    「前に一緒になった依頼も夜の水辺だったか。なんだか妙な縁だな」
     歩み寄り声をかけると、彼女はそうですね――と微笑みを浮かべた。
    「あの時も星が綺麗でした」
     もっとも、今夜は地上でも色とりどりの光が輝いているけれど。
     花火なら付き合おうと告げれば、緋那はお願いします、と頷いて。
    「あー……どうせなら、他のやつも集めようか」
     八雲がそう言葉を続けた時、江楠・マキナが二人のもとに駆けてきた。
    「緋那! やっほー久しぶり!」
     そのまま、近くに居た黎嚇一行やリュカらも交えて線香花火の流れに。
    「八雲、どうするものなのか教えてくれたもれっ」
     いつの間にか八雲の隣に陣取った緋女が問うと、彼は線香花火を皆に配りながら答えた。
    「誰が最後まで火を落とさないか比べるのが定番……だって聞いたけど」
     全員に行き渡ったところで、耐久レース開始。
     スマートに花火を維持する八雲を見て、なをがぼやく。
    「くっ、手強い。俺って基本的に運ないからな……」
     視線を上げれば、そこにはレイス・クラリスの痩せた横顔。
     極端に色の白い肌が火花に照らされる様は、微妙に陰影がくっきりし過ぎているような。
    「……なによ? 私の顔になんかついてるの?」
     真顔で問われ、プルプルと首を横に振る。瞬間、赤い火が足の甲に落ちた。
    「あちっ! って、あーー!!」
     なをの声につられて、クラリスも地面に火を落としてしまう。
     その儚さに溜め息をつきながらも、不思議と悪い気はしなかった。
    「久しぶりに『女の子ー』って気分だよーぅ……♪」
     満天の星と、咲いては散る花火を交互に見て、ニコレッタがうっとりと目を細める。
     皆の楽しげな様子を眺めつつ、黎嚇もふと物思いに耽った。
     こうして人と花火をするのは、何年ぶりだろう。自分は、少しでも皆に近付けているだろうか?
     そんな彼の隣で、亜理栖がしみじみと呟いた。
    「派手なのもいいけど、こういう静かな花火もいいよね」
     花火は、瞬く間にその輝きを終えてしまうけれど。楽しかった思い出は、ずっと心に残る筈。
    「――来年も、来たいものだな」
     誰にともなく、黎嚇はそっと囁いた。

     ややあって、マキナは緋那と夜の散歩に。
    「浴衣とか着ないの?」
    「持って来たんですけど、着替えそびれて……」
     それを聞き、じゃあ今からでも、とマキナが笑う。
    「髪をアップにして、簪さしたら絶対素敵だよ」
     太鼓判を押すと、緋那は嬉しげに目を細め。
    「付き合ってもらっていいですか?」
     と、微笑んだ。

     同じ頃、リュカは学園の仲間が織り成す喧騒に包まれながら思いを馳せる。
     この空の下、トモダチも臨海学校を楽しんでいるだろうか。
     自分達が守り抜いた、平和な風景を眺めて。彼は、穏やかな潮風に身を任せていた。


     六月の日、一緒に染めた浴衣を着て。
     花火が初めてと言う恋人をエスコートする御手洗・七狼は、やはり似合うな――と囁く。
     持参した花火を広げると、シェリー・ゲーンズボロは先ずねずみ花火を手に取った。
     教わりつつ火を点ければ、しゅるりと地面を這う様に驚いて。
    「わ、わ! 動き回ってる……!」
     思わず、七狼に飛びついてしまう。
    「……スマナイ、先に結果を説明すればヨカッタナ」
     気恥ずかしさを覚えつつも、背を撫でてもらえるのは嬉しい。
     落ち着いた後、今度は線香花火に挑戦。
    「あれ? 中々点かないな」
     苦戦するシェリーを見かね、七狼が横から手を貸す。
     小さな火花が咲くと、彼女の口元も綻んだ。
    「綺麗ダナ」
     白い横顔を眺めて、そっと呟く。
     シェリーが顔を上げると、彼は何でもナイ、ともう一本を手に取った。

     七人で円陣を組み、中央のロウソクに火を点けて。
     風宮・壱は、ここに集った面々を順番に見る。
    「第一回、ジンジャーエール部チキチキ線香花火耐久デスマーッチ!」
     優勝賞品は壱の宝物、サイン入りホームランボール。
     これは負けられないと断腸の思いで告げるも、女性陣にはイマイチ価値が伝わらない様子。
    「……よし、優勝できたらオークションで売ろう」
     終いに、一部男子からはこんな不届きな発言も。――椎名・梅生、君だよ。
    「でも、壱さんの大事なボール……いいのか心配、なの」
     ただ一人、心から気遣ってくれた二又・こころが天使に見える。
     全員が線香花火を手にしたのを確認した後、『せーの』で一斉に点火。
     言うまでもなく、一番長持ちした人が優勝である……が。

     じりじりじりじり。――ちりん、りん。

    「……しかし、凄く地味ですね」
     風除けにと風鈴を鳴らしつつ、烏丸・鈴音が一言。
     うん、皆たぶん同じこと思ってた。
    「うにゃぁ……なんか、ねむく……なってきた、の」
     その証拠に、こころとか既に舟漕いでるし。
    「こころちゃん、戦場での油断は死にちょっけつするんだよ!」
     火傷しては大変と井貫・畔が声をかけるも、最後まで持ち堪えられるか危うい。
     どうにも盛り上がりに欠ける展開にテコ入れすべく、壱が一肌脱いだ。
    「よし、俺より長かった人全員にアイス奢る!」
     瞬間、橘花・透を始め一部メンバーの目の色が変わる。
    「奢りとかマジすか、俺超頑張るし」
    「わぁい、壱先輩が太っ腹ですよー」
     負ける可能性など考えない織部・京の傍らで、梅生は壱の花火に視線を走らせ。
    「先輩、オレらのアイスのためにご覚悟です」
     と、息を吹きかける暴挙。
     流石に反則だろうと梅生を窘めかけた京の脳裏に、ふと悪魔が囁いた。
    「気づかなければ風の仕業……はっ、思考がイケナイ!」
     ギリギリ踏み止まり、痺れかけた足をぷるぷるさせつつ涙目で耐える。
     煌く火花に心を和ませ、こういうのも青春っぽくていいな――と呟く透。
    「写真とか撮りたくなってきた……って、落ちたー!?」
     慌てた彼の花火からは、しかし新たな生命の息吹が。ま、とりあえずセーフで。
     そんな騒ぎをよそに、鈴音は飄々と言葉を紡ぐ。
    「地味でも風流だなぁ」
     さて誰が残るかと勝負を見守れば、優勝の栄冠は畔の手に。
    「おじいちゃん言ってたよ、男の子を倒すには、はにかみながら『すき』って言えばいいって!」
     女の子、強し。
     なお、壱が奢ったアイスの数は六個だったと付記しておく。

     今夜は、占い館のバイト仲間とお客を誘って花火。
    「花火なんて何年ぶりだろ」
     種類いっぱいだねえ、と悩む桜井・かごめに、七色の光を放つ手持ち花火を差し出して。
     礼を述べる声に、月原・煌介は銀の目を細めて答える。
     皆の談笑に潮騒が重なると、まるで優しい合唱のよう。
    「火ぃどうぞや」
     執事の如く跪いた東当・悟が指先から火を点せば、羽柴・陽桜は大喜びで。
     人間花火や――と嘯く彼と二人、くるりと舞い踊る。
    「悟ちゃん、かっこいー!」
     それを見た若宮・想希は『手品の種』に気付くも、微笑みの裡に秘めて。
     やがて悟の音頭でロケット花火や噴出花火の設置が始まると、斎条・雪片と共に率先してお手伝い。
    「ついでに、この打ち上げ花火も混ぜちゃっていいですか?」
     優しい顔して、案外やることが大胆だ。
     ロケットや打ち上げ式を組み合わせたドラゴンは、流石に圧巻――と思いきや。
    「……っとと! ファイヤーボールみたいなの飛んできたっ!」
     と、かごめが危うく前髪を焦がしかける騒ぎに。
    「火傷、してない?」
     皆を気遣う雪片がすぐに避難を呼びかけたこともあり、幸い被害は無かった。
     頑張りすぎた方々がごめんなさいした後は、全員で線香花火。
     誰が一番長持ちさせるか、勝負になるのもお約束か。
     かごめや想希が早々に脱落する中、煌介は雪片がさりげなく自分の体を風除けにするのに気付き。
    「……感謝、雪片」
     微かに目元を緩ませ、小声で礼を言う。
     やがて彼らの花火が燃え尽き、残るは二人――と、ここで陽桜の火がぽとりと落ちた。
    「っし俺の勝……あれ」
     瞬間、よろめいた悟を想希が支える。
    「楽しいからって、羽目外しすぎですよ」
     呆れたようにデコピンする彼の声に、雪片や陽桜らも『手品の種』を察した。
     要は、クリエイトファイアで偽装していた訳で。
    「悟ちゃん、ずるっこなの?」
     きょとり首を傾げる陽桜に純真な瞳を向けられると、その、地味にダメージが大きい訳で。
    「うん、後片付け係は悟に決定っすね」
     バイト長の権限で煌介が言い渡すと、悟は不平たれつつ立ち上がる。
     片付けを始めた彼が『狙い通り』と心中でほくそ笑んだのは、ここだけの話。


     密やかにささめくような、波の音を聞きながら。
     清十郎と雪緒は、共に手を取り合って砂浜を歩く。
     学園の仲間達が織り成す喧騒も、ここまでは届かない。
     他に人の姿が見えなくなった頃を見計らって、『鯖味噌』と『八風』を放してやる。
     伸び伸びと過ごす霊犬たちの気配を背に、雪緒は隣に立つ清十郎を見た。
     薄物を纏った彼女の視線の先には、やはり和服に身を包んだ恋人の姿。
     白と濃紺、色違いの生地に咲く椿は、二着で対をなしているようにも思えて。
     微笑みを湛えながら、雪緒は楚々と口を開く。
    「色々あったですが、こうして清十郎と居られて嬉しいのです」
     その言葉を聞き、清十郎もまた彼女を見つめ返した。
    「確かに色々あったけど、雪緒が一緒に居てくれて心強かったぜ」
     緑と青の双眸が、互いの色を映す。
     重ねた手に清十郎がそっと力を込めると、雪緒もそれに応えて。
     愛しい人の熱と絆を掌に感じながら、二人は暫く、紺碧の海にその身を寄り添わせていた。
     願わくば、こんな穏やかな時間がずっと続きますように――。

     波打ち際、寄せては返す水と戯れ。潮騒が満ちる夜に、そっと歌を紡ぐ。
     藍色に染まった空と海の境界は、溶け合うが如く曖昧で。
     眺める華月の胸には、恐怖とも、羨望ともつかぬ想いが湧き上がる。

     どんなに近付こうと、人の心はひとつにはなれない。
     だから、せめて。その傍らに寄り添えるようにと――そう願う。
     未だ遠いかもしれない総てに、どうか一歩でも。

     海渡る風が届ける優しい温もりを、その手に感じて。
     華月は菫青石の瞳で、煌く星を見つめていた。

    作者:宮橋輝 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 7
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