臨海学校~海水浴日和

    作者:飛角龍馬

    ●狂騒の砂浜
     夏空の下、博多湾に面したその砂浜は、海水浴を楽しむ人々で賑わっていた。
     午後の日差しを浴びてきらきらと輝く海には、多数の楽しげな遊泳客。浮き輪を浮かべてのんびり揺られたり、バナナボートで漕ぎ出したり、各々が思い思いの楽しみ方で海と戯れている。
     もちろん、海に入るだけが海水浴ではない。
     広い砂浜には、色とりどりのビーチパラソル。シートを敷いて日光浴をする者もいれば、波打ち際ではしゃいだり、砂遊びに興じる子供達の姿も見える。砂浜のあちこちに立ち並ぶ海の家は、海水浴客の休憩所として、焼きそばなどの食べ物やカキ氷、冷たい飲み物も提供している。
     そんな砂浜で特に目を引くのが、海水浴客の為に特設されたライブステージだ。自由に使用可能な舞台上では、バンド演奏を始めとする、様々なパフォーマンスが催されている。
     快晴に恵まれ、午後の平和な賑わいに包まれた海水浴場。
     誰もが楽しく時を過ごしているように見受けられ、事実、何も知らない人々は今日この日が平穏のままに終わることを信じ切っていた。
     しかし、光あるところには闇がある。恐るべき負の衝動を抱えた少年達が、この時すでに、和やかに遊ぶ人々の中に紛れ込んでいたのだ。
     時刻は午後十五時を過ぎた頃。
     目を覆うような惨劇は、何の前触れもなく幕を開けた。
    「はりきって殺したいッ!」
     高校生くらいだろうか、水着姿の少年が、突如として手にしたナイフの鞘を抜き払ったのだ。甲高い悲鳴が挙がったと思うと、砂で城を作っていた少女が首を斬られて絶命する。
    「この感触、癖になるぜ。殺して殺して殺し尽くしてやる!」
     宣言と共に、少年が周囲の人々を手当たり次第に斬って捨てる。作りかけの砂の城も少年の足に踏み潰された。未来ある人々の命が、次々と摘み取られて行く。
     同様の殺戮劇は、ビーチの至る所で発生していた。
     砂浜のあちこちで凶刃を振るっているのは、目に狂気を抱いた、八人の少年達。
     飽くなき殺人衝動に突き動かされた彼等が、平和な浜辺を血の海に変えるまで、そう時間は掛からなかった。
     
    ●イントロダクション
    「夏休みといえば臨海学校だけれど、何事もなく過ごせるわけではないようなの」
     武蔵坂学園の教室にて、橘・レティシア(高校生サウンドソルジャー・dn0014)が集まった灼滅者達にそう告げた。臨海学校の候補地の一つであった九州で、大規模な事件が発生する――エクスブレインが導き出した情報を、レティシアは灼滅者達に説明する。
    「大規模な事件と言っても、事件を起こしてしまうのは普通の一般人という話よ。ダークネスでも、眷属でも、強化一般人でもなく」
     相手が一般人であれば灼滅者が苦戦する道理はない。解決は難しくないと思われるが、
    「この事件の裏にはダークネスの組織的な陰謀があるらしいの」
     現段階では、その敵組織の目的は判っていないという。
    「確かなことは、このまま放っておけば多くの犠牲者が出てしまうということね。知ってしまった以上、見過ごすことはできないから」
     事件解決の為に、一緒に戦って欲しい。そうレティシアは灼滅者達に話して、
    「殺人を犯してしまう一般人は、全員がカードのようなものを持っているらしいの。そのカードに操られて人を殺してしまうみたい」
     操られた一般人を無力化して、問題のカードを取り上げれば、彼等は直前までの記憶を失って気絶するという。
    「気絶させた後は、休憩所とか、近くの落ち着ける場所に運べばいいと思うわ」
     続けてレティシアは、エクスブレインから聞かされた事件の現場について語り始める。
    「私が聞いた事件の舞台は、博多湾に面した海水浴場のうちの一つ。カードに操られた一般人は、全部で八人よ。広い砂浜に分散して、一斉に行動を起こすようだから厄介ね」
     問題の少年達は水着姿で、事件を起こす直前まで海水浴客の中に紛れ込んでいるという。
     事件を起こす際、彼等は水着のポケットに隠し持っていたナイフの鞘を抜き払い『殺人を犯す』ことへの宣言を叫ぶようなので、それが目印にもなるだろう。
     対応を間違えれば犠牲者が出てしまうが、
    「彼等は操られていると言っても、ただの一般人だから。ESPも効果があると思う」
     人混みに紛れビーチに分散した敵に、どう対応するか。それが問題になるだろう。
    「彼等を操るダークネス組織の狙いとか、カードの調査は、学園に帰って来てからすることになると思うわ」
     その場で調べられる事柄には限りがある。大切なのは、如何にして犠牲者を出さずに事件を解決をするかということと――
    「事件は解決しなければならないけれど、肝心の臨海学校を楽しむことも忘れないようにしないとね。折角の機会だから、いい思い出を作らないと勿体ないと思うの」
     言うと、レティシアは集まった顔ぶれを見渡して、
    「私も臨海学校、とても楽しみにしているわ。無事に事件を解決して、皆でいい思い出を作りましょう」
     どこか無邪気さを湛えた口振りで、レティシアは灼滅者達にそう言った。


    参加者
    柊・棗(ファイアキティ・d00119)
    響・澪(小学生魔法使い・d00501)
    九条・雷(蒼雷・d01046)
    村上・光琉(白金の光・d01678)
    ヴィルクス・エルメロッテ(愛猫家の狼・d08235)
    モーガン・イードナー(灰炎・d09370)
    羽白・銀梅花(霜の花・d10043)
    ハリー・クリントン(ニンジャヒーロー・d18314)

    ■リプレイ

    ●駆け抜ける風
    「私だ。ああ、こちらも目星は付けていた。既に視界に入っている」
     それで、状況は――問いかけるヴィルクス・エルメロッテ(愛猫家の狼・d08235)に、電話越しから橘・レティシア(高校生サウンドソルジャー・dn0014)の声が響く。
    『残りはあと一人よ。何とか見つけたいところだけれど』
     了解、と答えてヴィルクスが電話を切る。
     テレパスで少年達の悪意に満ちた表層思考を探り、その位置を把握。携帯電話で砂浜に散った仲間達に情報を伝達する。それが、レティシアの役目だ。
     全ての敵位置を把握できるのが理想ではあるが、全員を見つけ出すのは難しいか。
     ヴィルクスがそう考えた瞬間――目前の少年が、突如、狂気の叫びを挙げた。
     すかさず王者の風を発動した彼女が、足を止めた少年へ駆け、手刀を見舞い気絶させる。
     同時、味方が放った王者の風が砂浜の随所に駆けるのを、彼女は肌で感じていた。
    「やや、大丈夫でござるか!」
     短刀を抜いた少年を手刀で沈めたのは、ハリー・クリントン(ニンジャヒーロー・d18314)。一般人の目には、少年が前触れもなく倒れたように見えただろう。
     生粋のアメリカンニンジャであるハリーは、少年が叫ぶと同時、音もなく背後から忍び寄り――目にも留まらぬ一撃を少年の首筋に見舞ったのだ。
    (ニンポー・王者の風の効果も十分でござるな)
     周囲の一般人は無気力に、ハリーが少年から短刀とカードを回収するのを眺めている。
    「周りの者もボーッとしているようでござるし、この者も熱中症でござろうかな? ささ、皆で涼しい場所に避難するでござるよ」
     人々を誘導しながら、ハリーは横目で、銀髪の少女を見遣った。
     彼からそれほど離れていない位置に立っているのは、羽白・銀梅花(霜の花・d10043)。
     少年の叫びは、銀梅花が放った王者の風を受けて、唐突に途切れた。
    (一般の方を操るなんて、許せませんです!)
     人を傷つける暴挙も到底許せることではない。何処からともなく怒りを含んだ威圧を受けた少年は、その出処を知ることもなく、背後から迫った銀梅花の手刀で意識を失った。
    「失礼いたしましたー。もうこの子ったら人を驚かせるのが好きでー」
     身内と見せかける発言でその場を収め、銀梅花は少年を引きずっていく。彼女の橙色の瞳もまた、離れた場所で敵に詰め寄る味方の姿を映していた。
    「はァい、何してるの?」
     殺戮を宣言した少年の耳に、毒気を抜くような甘い声が届く。彼が振り向いた先には、ラブフェロモンを纏った、九条・雷(蒼雷・d01046)の麗姿。
    「やァね、そんな物騒なもの振り回して……怖ァい」
     その魅惑的な声と仕草に、少年がナイフを提げたまま立ち尽くす。
    「ねェ、そんなことしてないであたしと遊ばない?」
     ゆっくりと歩み寄った雷は、少年の耳元に唇を近づけて、
    「友達と逸れちゃって……ちょっと心細いの……」
     耳にかかる吐息と言葉に彼の心臓が射抜かれたと同時、
    「なーんつってね」
     少年は腹部に衝撃を受けて倒れこんだ。
     手を下したのは勿論、零距離で手加減攻撃を放った雷である。
    「ったく、逆ナンとか恥ずかしいことさせてんじゃないっつーの」
     吐き捨てるように言って、倒れた少年を見下す雷。
     と、彼女は周囲の人々の視線に気付いて、
    「あ……ええと、これ、ドッキリなんですー」
     しなを作って言う彼女に、同じくラブフェロモンの影響を受けていた一般人(特に男性陣)がいい感じにどよめいた。
     一方その頃、砂浜に設営されたライブステージ前では、水着姿の響・澪(小学生魔法使い・d00501)が敵の少年めがけて勢い良く助走をつけていた。
     彼女が起こした王者の風により、舞台前に集まった人々は彼女のため道を開けて行く。
    「いやーおにーちゃん、久しぶりねぇ!」 
     その道を走って跳んだ澪が、少年に向けて放ったのは――芸術的なドロップキック。
     ごろごろどっしゃんと砂浜を転がって仰向けになった少年に、澪は、
    「たーまには、一緒に遊んでようぅ♪」
     何の容赦もなく――いや手加減攻撃だから一応容赦はあるのだが――なんとも無慈悲な膝蹴りをぶちかましたのだった。腹部に澪の膝が食い込み、少年が完全に意識を失う。
     泡を吹いて痙攣する少年を尻目に澪は一息。余りの所業に怯える周囲の視線に気付いて、
    「すみませーん、ドッキリでしたー」
     言うや否、気絶した少年を引きずって全力で逃げ去る澪だった。
     砂浜のあちこちに駆ける王者の風を確認して、村上・光琉(白金の光・d01678)も目の前の少年に同様の力を行使。
    (操られているのだとしても。殺戮を許す訳にはいかないね)
     外見に似つかわしくない威圧感に、少年がナイフを持ったまま後ずさる。
     砂を蹴って跳んだ光琉の動きは、少年の目で追えるものではなかった。光琉が片手で少年の手からナイフを弾く。そして次の瞬間、裏拳の要領で少年の首筋に手刀を叩き込んだ。
     少年が倒れるのと同時、舞うように半回転した光琉の動きが止まり、微風が彼の白金の髪を揺らした。
     光琉は少年からカードを回収すると、砂上に置いていたプレートを拾い上げる。
     プレートには『ドッキリ成功』の文字。
     動揺する周囲の人々に対し、光琉は笑顔でプレートを掲げた。
    『――止まれ!』
     殺しの宣言を叫んだ少年を、モーガン・イードナー(灰炎・d09370)が声で圧倒する。割り込みヴォイスで静止を命じられた少年は、振り返った先に、水着にパーカー姿のモーガンを捉えた。
     彼の威圧感に気圧されながらも、王者の風の範囲外にいた少年がモーガンに斬り掛かる。 しかしその攻撃はことごとく回避され、反撃の痛烈なボディブローを受けた少年が砂浜に沈んだ。芸術的とも言える格闘に息を呑む一般人達。モーガンは離れたところでプレートを掲げる光琉の姿を目で示して、
    「ドッキリというやつだ」
     言いながら、気絶した少年を担ぐ。
     その瞬間、甲高い悲鳴が響き、彼は声のした方に目を向けた。
     モーガンの視線の先には、背から炎を生み出して一般人を遠ざける少女の姿。
     柊・棗(ファイアキティ・d00119)だ。
     レティシアが把握しきれなかった最後の一人を見つけ出したのが、棗だった。一般人と少年の間に割って入った棗が、鋭く敵を見据える。
     彼女の威圧により、少年は戦意を失っていた。
     恐怖に後ずさる少年が、腹部に重い衝撃を受けて目を見開き、前のめりに倒れる。
    「一丁上がり、ってところだな」
     倒れ伏した少年を横目に、両手をはたきながら、棗はあっさりと言った。
     八名の少年による殺戮を未然に防いだ灼滅者達は、倒れた少年達を海の家に運ぶ。
     ハリーが集気法で癒して回ったため、少年達はすぐに意識を取り戻すと思われた。
    「ったく、六六六人衆もほんっとロクなことしないっつーか」
     海の家の外に出て、雷が呆れたように言い捨てる。
    「あのカード、どこで渡されたんでしょうー? CDにでもついていたのかしら……?」
     銀梅花も思いを馳せるが、耳に響いてきた子供たちのはしゃぎ声に、思考を打ち切って安堵の笑みを浮かべた。
     時刻はまだ十五時を過ぎたばかり。
     平穏を取り戻した海と砂浜が、灼滅者達をきらきらと迎えていた。

    ●海水浴日和
    「海だぁぁぁぁぁぁ!!」
     澪が浮き輪を小脇に砂浜を駆けて行く。
     砂を跳ね上げ、ためらいなく波打ち際に踏み込み、勢い良く海へ飛び込んだ。
     その元気な様子を微笑ましげに眺めていたのは、海の家の屋外テーブルについた水着姿の銀梅花だ。テーブルに載っているのは少し遅めの昼食。
    「ふんふん、これはイカ墨を入れているのでしょうか。珍しい!」
     嬉々としてイカ墨パエリアを口に運ぶ銀梅花は、持ってきた手帳に感想を書き込んで。
    「んーっ! 働いた後のご飯は美味しいですー」
     着替えを済ませたレティシアは、海の家の前でその感嘆を耳にした。
     不意に、犬の鳴き声。
     見れば、足元で霊犬のコセイが笑うように息を弾ませていた。
    「レティシアさーん!」
     海の家の長椅子に座り、手招きするのは、学園祭の時と同様のタンキニ風の水着に身を包んだ香祭・悠花(ファルセット・d01386)。
     招かれるままレティシアが隣に座ると、悠花は両手に持っていたかき氷を差し出した。
    「イチゴとミルク、どっちがいいですか?」
     一緒に食べようと二人分買ってきたのだと話す悠花に、レティシアはお礼を告げて、
    「それじゃ……こっちにしようかしら」
     レティシアが選んだのは、イチゴ味。
     悠花はかき氷の盛られたカップを手渡しながら、レティシアが身に纏う、イチゴシロップと同色のビキニに目を向けた。
    「いいなー、綺麗。来年はレティシアさんみたいな水着着ようかなぁ?」
     かき氷を崩しながら、二人は楽しげに雑談に興じる。
    「隣、いいだろうか」
     暫しの後、断りを入れて、モーガンがレティシアの隣に腰掛けた。
    「レティシアにはいろいろと礼を言わねばならなかったな」
     疑問符を浮かべたレティシアにモーガンが軽く笑って、
    「学園祭の折、うちのクラブの店を訪れてくれたこと、感謝する」
    「お礼を言うのはこちらの方よ。親切に迎えて貰えて、とても楽しめたもの」
    「あんなコンセプトだったが……レティシアのまるで動じぬ様子には恐れ入ったよ」
    「暑い日に熱い物を、というのも良いものね。勿論、かき氷も冷たくて気持ちいいけれど」
    「流石にここには、きゅうりやゴマだれのような奇天烈なシロップのものはないようだが」
     奇抜なお土産を思い起こし、二人が笑い合う。
     海の家の前に広がる砂浜では、髪を日焼けさせないよう、ビーチパラソルの下でフードを被って、ヴィルクスが海を眺めていた。
     ふと傍らに立った人の気配に、ヴィルクスが顔を上げる。と、そこには二人分のかき氷を持って安堵の表情を見せる六文字・カイ(死を招く六面の刃・d18504)の姿があった。
     事件解決の手伝いを出来なかった代わりに、かき氷を献上しようと、カイはヴィルクスを探していたのだ。選んだのはブルーハワイとメロン味。
    「もう、混乱は収まったようだ」
     メロン味の方を受け取ると、ヴィルクスが言った。
    「これで心置きなく臨海学校が楽しめるな」
     笑みを零しながらそう続けたヴィルクスに、カイも相好を崩した。
     ヴィルクスは座ったまま、カイは立ったままで繊細な氷の山を崩し、口に運ぶ。
     周囲の音が背景になるような、穏やかな沈黙。
     僅かな逡巡の後、カイは意を決して。
    「──先輩、失礼する!」
    「あ、おい! 急に引っ張るな! 日に焼けるのは――」
     カイに手を引かれて、ヴィルクスが砂浜に足を踏み出す。彼女の表情に浮かぶのは、仕方ないなと言いたげな笑みだった。
    (……まあいいか。折角の海なんだし)
     日焼けくらい、どうにでもなるよな――。
     誘われるまま、ヴィルクスはカイと一緒に砂浜を駆けて行く。
    「レティシアちゃんお疲れ様ァ」
     海の家のベンチに座り海を眺めていたレティシアに、雷が声を掛けた。
    「どうせなら一緒に泳がなーい?」
     水着姿の雷の誘いにレティシアは頷いて。
    「折角の海だものね。行きましょうか」
     
    ●夏の海に思い出を
     潮騒を響かせて波が打ち寄せてくる。波打ち際近くで、濡れた髪と身体に太陽を浴びながら、レティシアは優雅に泳ぐ雷に手を振った。
    「レティシア殿ー」
     そんな彼女に声を掛けたのはハリーだ。
    「波打ち際での水遊びも乙でござるよ」
     そう言って誘うハリーはニンジャ装束のまま。
    「拙者のニンポー・水蜘蛛の術を披露するにござる!」
     ハリーの宣言に、好奇心を抱いたレティシアが小さく拍手。
     足に輪を履き、意気揚々と波打ち際を歩き、水面に足を踏み出すハリー。
     その姿を見つめるレティシアの表情が、驚きから感嘆に変わり、次の瞬間。
    「うわ、ととと……!」
     水面で足を滑らせたらしいハリーが激しい水飛沫を上げた。
     思わず口元に手を当てたレティシアだったが、波打ち際に泳ぎ着きながら笑みを見せるハリーと共に、可笑しそうにくすくすと笑った。
     昼下がりの数時間が過ぎ、海と砂浜が段々と橙色に染まり始める。
     茜色を帯びた空の下、波打ち際を、焔野・秀煉(鮮血の焔・d17423)が霊犬の焔玉と戯れながら走って行く。
    「なんで海の家で焼きそば、食べちゃうんだろね……美味しいけどね」
     海の家の並びでは、水泳の後の食べ歩きで全店制覇を目指す澪が焼きそばに舌鼓。
     つい先程まで、
    「んーこのキーンとするのが夏だよね」
     なんて言いながら、かき氷を口に運んでいた彼女である。
    「もしよろしければご一緒にどうですか? かき氷、おごりますよ」
     海の家で一休みしていたレティシアに、村上・光琉(白金の光・d01678)が声を掛けた。
     光琉はレモン味を選び、レティシアは丁寧にお礼を言ってブルーハワイを。海の家の縁側に並んで腰掛けながら、光琉は砂浜を眺めて、
    「色々あったけど。せっかく遊べるんだから楽しまないと、ですよね」
    「そうね。本当に、そう思うわ」
     穏やかな笑みを見せるレティシアに、つと視線を向けて、光琉は唐突に告げた。
     綺麗ですよね、と。
    「肌も白くて、綺麗な人だし、水着姿もきっと素敵なんだろうなと思っていました」
     光琉の言葉に、下心は一切ない。彼はただ素直に感じたことを口にしたのだ。
     ――綺麗な人を綺麗って言って何か問題でもあります?
     そう言いたげな光琉のストレートな褒め言葉に、レティシアもまた素直に喜びを示した。
    「棗は確か、ライフセーバーやってるんだっけな」
     星野・優輝(戦場を駆ける喫茶店マスター・d04321)は、砂浜を歩きながら、遠くにクラスメイトの姿を認めて小さく呟いた。彼の視線の先には、あらかじめライフセーバーのバイトを予約していた棗が、クールな黒のビキニ姿で、無線を手に周辺を見回っている。
     ――レティシアは何処にいるんだろう?
     もう一人のクラスメイトも、すぐに見つかった。特徴的な声の持ち主は、ひとしきりの談笑を終えて海の家から出てきたところ。
    「依頼、お疲れ様。……水着、似合っているな」
     労いと賞賛、その両方にレティシアはお礼を返して、暫しの歓談を交わす。
    「棗もよく頑張っていると思うよ」
     優輝が言い、二人の視線に気付いた棗が、軽く笑みを浮かべて敬礼して見せた。
    「ただ遊ぶより、今後の役に立つからって。進路のことね」
    「進路か。レティシアはもう決まっているのか?」
     問いかけに、彼女はゆっくりと首を横に振る。
     いずれ来る時に思いを抱きながらも、今という時を慈しむように。
     茜色の空の下、レティシアは辺りを見渡して笑みを含んだ。
     勝ち取った平穏の中、それぞれに海水浴を満喫する灼滅者達――。
     ベンチに座ってラムネとかき氷を味わう銀梅花が、今日を楽しんだ全ての人を代表するかのように、夕焼空に声を響かせた。
    「夏、ばんざーい! です!」

    作者:飛角龍馬 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 3
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