臨海学校~木々と光と

    作者:矢野梓

     目を閉じれば鳥の歌、耳をすませばせせらぎの音。都会は猛暑の夏なれど、ひとたび山へ入れば別天地。緑を透かす金の陽射しが土よりも黒く影を刻めば、子供達の可愛らしい足音が森中をかけぬけていく――。
     夏といえばキャンプ。そう考える人々は多いのだろう。今年の夏休みもキャンプ場はけっこうなグループでにぎわっていた。昼の光が踊るうちはハイキングに森林浴。小川で釣りを楽しむ人もいる。釣果は夕食の献立にというのが大体の流れでもあるらしく、若い父親の隣では小さな少年が一人前に竿を握っている。それは正しく夏そのものの風景。心が洗われるような、休息の時。

    「あはは、ここで殺せってことなのかっ」
    「そうか、そうなんだなッ。よっしゃー」
     せせらぎの音を破ったのは、金切声といってもいい男達の声。その手には耳障りな音も猛々しいチェーンソー。そうかと思えばあちらには手斧を握った震える手。
    「キャンプ場でチェーンソーって……」
     映画の真似にしても使い古され過ぎ――呆れたように肩をすくめようとした男性は、しかしそれを完遂することはできなかった。惜しむ間もなく首は胴と永遠の別れをかわしてしまったのだ。ゴム毬のようにはじけて飛んだそれを、反射で受け止めてしまった少女は、目を見開いたまま石の如くかたまり、叫び声をあげる暇もなく血の海に蹴倒された。
    「おお、すげえ。俺、すげえよ!!」
     殺人の快楽に目覚めた男達はチェーンソーやら手斧やらを振り回し続ける。腕が指が、そして首があっさりと壊れ、血の臭気が立ち込める。平穏という言葉とは程遠いキャンプ場にけたたましい笑い声だけが響いている――。

    「……え~っと、臨海学校って、普通はこういうものなんですか~???」
     半分どころか完璧疑問形で高村・乙女(天と地の藍・dn0100)は集まった面々を見渡した。いつもならエクスブレインがいる筈のその位置に、彼女は今メモ用紙と共にある。
    「えっと、あ~、のへさんは、別件があるので~」
     それでものんびり、説明を始める辺りはいつもと全く変わりがない。臨海学校の候補地の1つだった九州博多でとんでもない事件が進行しようとしているのだけれども。
    「お聞き及びかも、しれませんが~、一般の人が、凶暴になるみたいです~」
     それも大規模に~――乙女の説明するところによれば、『殺人を起こす何らかのカード』なる存在があるらしい。どうやら一般人がそれを手にすると殺人衝動を抑えられなくなるもののようだ。それがどの程度大量にばら撒かれたのかは実際調べてみないと判然としないが、ともかく事件はあちこちで起きるらしい。
    「それでですね~、私と行っていただきたいのが、このキャンプ場なんです~」
     乙女が差し出したパンフレットには本当にのどかなキャンプ風景。森があり、川があり、バーベキューを楽しむ家族連れがおり。敵方にどんな事情があるのかはさておき、平穏な風景が血にぬられてしまうのは何が何でも避けたいところではある。
    「え~、数は5人。とはいっても、ダークネスでも眷属でも、ありませんから~」
     はっきり言えば灼滅者の敵ではない。そもそもの原因と思われるカードを取り上げてしまいさえすればあっという間にノックアウト――気絶してしまうのだという。
    「そうなると直前までの行動なんかも、忘れることができるみたいで~」
     あとの処理はあまり面倒ではないと思えば、乙女も気楽に説明ができるようだ。問題はキャンプ場で実際暴れ出すまで誰が『そう』なのか判らないこと。判明さえしてしまえば灼滅が必要な相手ではなし。サイキックの出番を待つことなく、片を付けることができるだろう。
    「……のへさんの言うには~、事件がこの広場で起こることは間違いないようです」
     乙女は見取り図を広げた。中央にキャンプファイア用の薪の山。周辺にはテント用の場所。広場の部分はまあ数十人が集まれる程度の広さはある。当日はそこに10を超えるグループが遊びに来ている筈だ。果してそのどこに『5人』がいるものか。成功不成功は見極めとスタートダッシュにかかっているというべきだろう。

    「とりあえず、5枚のカードを手に入れたら~」
     あとはキャンプを楽しんで来いとのことですよ~――説明を終えると、急に乙女の瞳が輝きだした。何しろ十和田の山育ち、森も水辺も完璧に彼女の遊び場だ。首尾よく仕事を終えたらば森林浴にハイキング。少しすれば夕ご飯の作り時。皆で料理してわいわい食事、その後はキャンプファイアで山気分を満喫。それが乙女の計画だった。カードの分析やら学園での情報共有やらは勿論必要になるが、それはその場ではできないことだ。
    「せっかくの、臨界学校ですから~」
     きちんと楽しむのも必要ですよ~――仕事の前からうきうきしている乙女ではあったが、誰もそれを止める者はない。多かれ少なかれ、皆同じ思いであったことだろう。

     ともあれ、今回は夏の大イベント。仕事は仕事、遊びは遊び。きっちりとこなしてくるのが灼滅者魂というものだろう。心は一路、九州へ――。


    参加者
    巫・縁(アムネシアマインド・d00371)
    迫水・優志(秋霜烈日・d01249)
    月雲・悠一(紅焔・d02499)
    暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)
    ピアット・ベルティン(リトルバヨネット・d04427)
    雨宮・悠(夜の風・d07038)
    守咲・神楽(地獄の番犬・d09482)
    虹真・美夜(紅蝕・d10062)

    ■リプレイ

    ●光の森
     光が零れてくる。揺れる青葉の間から。掌をそっと広げればその小さな舞台一杯に――町はうだる様な暑さでも一歩森へ入れば陽射しは途端に柔らかくなる。
    「臨海学校に来たのにね……」
     森林浴だなんてね――溢れる陽射しにピアット・ベルティン(リトルバヨネット・d04427)はくすりと笑う。だが来た道を振り返れば、木の間隠れに海の青。雨宮・悠(夜の風・d07038)も小さく肩を竦める。全く北九州は海も山も豊かであった。こんな時人は様々なしがらみから解放されるのであろうか。
    「しかしまた、面倒な事になってるな」
     月雲・悠一(紅焔・d02499)が途切れる事のない木漏れ日を仰いで息をつくと、悠もすかさず同意。
    「確かに、ちょっと斜め上な方向に上がっちゃってるよね」
     何しろ彼らがこれから対峙するのは、『殺人を起こす何らかのカード』を持つ者達なのである。一体それが何なのか今の所情報は無いに等しい。
    「オレらの楽しい臨海学校をB級ホラー映画にしようとするなよ」
     巫・縁(アムネシアマインド・d00371)が呟くのももっともな事だと暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)もしみじみと思う。キャンプ場にチェーンソーの男――ときては確かにこれはホラー映画の古典中の古典だ。ベタすぎて声も出ないというべきか、判りやすくて助かるというべきか、その辺りは迫水・優志(秋霜烈日・d01249)にも何とも判断の仕様がない。判るのは事態をこのまま放置しておけないという事だけで。
    「ま、ちゃっちゃと終わらせて臨海学校楽しもうな!」
     とにかく見つけ出さない事には始まらない。守咲・神楽(地獄の番犬・d09482)はぱきぱきと指を鳴らすと、虹真・美夜(紅蝕・d10062)と高村・乙女(天と地の藍・dn0100)もしっかりと頷きあった。ここは別天地の如くに美しい。木々も光も、風も水も――このすべて、血に汚させてなるものか。

    「大体の地形は頭に入った?」
     美夜は地図を覗き込んでいた仲間達を見渡した。OKと真っ先に口を切ったのはサズヤ。既に管理人だけが知る用具置き場の場所もチェックしてある。
    「じゃあ、俺達はこっちを――」
     用具置き場を中心に南側の捜索を担当するのは彼と悠。キャンプファイアも行える中央の広場を捜索するのは縁を始め、悠一とピアット。既に幾組かのグループが楽しげに薪を集めている。事前情報によればカードに操られているのは男達であったけれども、彼らがどんな状態で潜伏しているのかは判らない。
    「じゃあ、守咲達と俺達で手分けしてテントの辺りを……」
     優志はちょっとした林の中に点在する幾つかのテントの方へと目をやると、神楽と乙女は東側へと一歩を踏み出した。連絡手段は携帯かハンドフォン。とにかくこまめに、あらゆる情報を共有を。さらりと灼滅者達は散開する。にぎやかな家族連れ、学生のグループの中に溶けて消えゆくかの如く――。

    ●災いが芽吹くよりも早く
     ――用具置き場。チェーンソー無し。持ち出された様子もなし。
     ――東側、怪しげな人影見えず。
     ――凶器、カードの類を手にしている者なし。

     次々入ってくる情報をピアットはその都度地図に書き込んでゆく。何だか探偵さんみたいでちょっと楽しいよね――そう笑う彼女は用心の上にも用心を重ねて闇纏い。これなら人々の会話に耳をすませても怪しまれる事はまるでない。いそいそと励む少女をそっと見守りつつも、縁と悠一のセンサーが甘くはならない。薪の陰からちょっとした窪地まで彼らはそれこそなめるように捜索を続けていく。
    「そろそろ不審な奴に遭ってもいい頃なんだが……」
     神楽班から異常なしの連絡を受けて、優志は眉を顰める。そろそろ何らかのリアクションがあって然るべきである。そもそもカードを所持する事による殺人ならば計画性よりは衝動性の方が高いのではあるまいか。
    「……あっち」
     美夜の声が一瞬で張りつめた。つられるように聞き耳を立てればどこか調子が外れたような笑い声。
    「あはははっ。これか、これなんだな!」
    「殺せってことなのか!」
     刹那、優志の足が地を蹴り、美夜は反射で手を我が耳に――ターゲット発見。西側テント地そば、トイレ付近。情報は正確に、そして確実に仲間達の元へと飛んだ。
    「おお、すげえ。俺、すげえよ!!」
     チェーンソーの音は優志の耳に障る。茂みを飛び越えてそちらへ向かえば、時まさしくチェーンソーが太い木を一瞬で斬り倒したところであった。傍にいるのは男が5人。
    「飛んで火に入る夏の虫か」
     こちらを見る彼らのは確かに狂気に侵されている。
    「どっちが」
     好都合にも5人纏めて見つかってくれるとは――振りかざされる手斧を余裕でよけて、優志はチェーンソーの男のみぞおちに手加減攻撃を一打。刃に血の匂いがないことにホッとしつつ、敵の第2撃を避けると、第3撃は美夜が弾き飛ばしてくれた。
    「飛んで火に入る――だなあ」
     駆けつけた悠一の蹴りが手斧の男を大地にいざなう。奇しくも同じ感想を漏らした事など無論彼は知らない。
    「確かにな」
     縁も安堵の息をもたらした。5人がバラバラに姿を見せたら……その点は灼滅者達の最も危惧する所であったのだ。だからこそ、班を分け、それぞれに回復役をつけ、と万全の備えをしたのである。だがそれが杞憂に終わった今――縁は伊達眼鏡を外した。優美とさえいえる程の余裕を持って。
    「!!!」
     それが気に障りでもしたのか、手斧の男が奇声をあげて襲いかかってくる。だがそれは戦い慣れた縁にしてみればそれは余りにも隙だらけで。
    「九州男児舐めるな! 大分は九州圏内ちゃうけど」
     反対側のテント地から神楽が駆けつけてくる頃には既に2人の男が無力化されていた。狂ったように唸っていたチェーンソーがあっという間に叩き落される。獲物を失った男がぽかんと口を開けた隙に乙女は首からさげられていたカードの紐を引きちぎる。ぐらりと崩れたその体を小さなピアットが懸命に支えた。そっと日陰に運んで横たえれば男はもうそれ以上ピクリとも動かない。
    「全く何か聞き出す暇もねーし」
    「倒す暇もないだろ」
     悠一が呆れたように戦場を――戦場というには余りに一方的すぎたが――見渡した頃には、最後に駆けつけて来たサズヤと悠はそれぞれ残る2人の襟首をつかんでいた。
    「手刀くらい入れてもいいかな」
     悠は冗談のように呟いたけれど、男からカードを奪いさえすればいいのであれば、襟首掴んで引き倒しただけで十分であった。足先で手斧を蹴り、カードを取り上げればすぐ向こうで、サズヤも同じように処置を終えたところだった。
    「あ~、えっと~。お見事ですよ~」
     出番のなかった乙女が、何とも拍子の抜けた声で第一任務の完了を告げた。

    ●木々と光と
    「んー。風、気持ちいいよなー」
     戦いという程の戦いもなく任務を終えればそこに広がるのは鮮やかな緑。神楽の傍らで神華の淡い藤色のワンピースが風の形を作り出す。どことなく体全体が浮き立つ気分を抑えながら、神楽はさらに森の奥を目指す。
    「森林浴はフィトンチッドがどーたらっちあるけど」
     こうして大切な人と歩くのが今は何よりも心地いい。
    「そのうち北海道に一緒に行く機会もあったらいいなあ」
     その時は案内するからね?――神華はそっと彼の小指に触れてみた。ほんの少しだけ熱い指先が神華の手をぎこちなく包みこむ。光が自分達の上にだけ降り注いでくれるような気がした。
     不かい緑が光を呼ぶものならばせせらぎは水晶となってそれをはね返す。
    「凄い装備だな」
     改めて美夜を散策に誘い出した優志は、大量の虫除けグッズに身を固めた彼女に苦笑半分。流れに足を濯がせながら冷えた茶を差し出せば美夜の腕にはアロマブレスレッド。
    「やだ、虫っ。取って、取って」
     何かの弾みで黒っぽいものでも見間違えたのか、柔らかなものの急襲に優志はらしくもなくカップを取り落す。
     大丈夫だからと肩をぽふぽふと叩いてやりはしたけれど、その線の細さに彼は再び声を失う。
    「ごめんなさい……じゃなくてありがとう、よね?」
     どちらからともなく浮かぶ穏やかな笑い。いつもと違う風景は慣れた友にもいつもと違う一面がある事を教えてくれるものかもしれなかった。
     午後も深い時刻となれば、陽射しは幾分柔らかさを増して璃乃と煌介を包んでくれる。勿論そこには夏の暑さは健在だし、汗も玉のように頬を伝うものではなるのだけれど。そぞろ歩く2人にの間にそれが何の影を作る訳もなく。
    「蝉の声までが涼しい……」
     煌介の呟きに璃乃はふっと足を止めた。光の向こうにまた光、緑の彼方の空の青は遠い故郷を思い出させる。
    「はれ、私と居ると涼しくなります?」
     そんな夏夜に相応しい幽霊みたいな言い方、やめてぇな――京の言葉に添えた笑みに煌介も瞳に真摯な色を宿し。いつかこんな思いにも違う名をつける日がくるのだろうか。だが今はまだこのふんわりと軽い心地よさに身を委ね。未来はいつか来るから未来。叶うならその時も君が光の中に遭ってくれるよう――祈りにも似た静かな時が2人の間に流れていった。

     さて夏の光はゆかしい男女のためにだけある訳ではなく。川辺では朔日とチセとが銀色に輝く魚相手に水飛沫を散らしていた。
    「朔日ちゃん、引いてる、今なんよ」
     チセの合図で慌てて竿を引けば、糸の先には元気一杯の川魚。少女達2人掛りで掬い上げれば岩の上でもまだぴちぴちと。早速今夜のおかずにしようねと朔日が笑ったのも束の間、チセの霊犬、シテキが主の服をくいっと引っ張る。
    「ああ、こっちにも?!」
     見ればシテキも負けじと川辺に魚を追い詰めたらしい。2匹目はチセ主従の活躍で。中々の収穫に2人はますます釣りの楽しみに没頭していく。疲れたら木陰で一休みというのも自在な午後。ここには縛るものはなにもない。
     上流で楽しめるのが魚釣りならこちらの岸辺は幾分深い水の色。【九夏】の面々は一仕事終えたサズヤをよく冷やしたジュースの乾杯で迎えてくれた。夏の山中を歩き回った足から水は疲れを流しさり、せせらぎの音は安らぎを運んでくる。
    「つめたくて、とってもすずしいのね!」
     みかんが早いだ声をあげれば、葵の顔にもゆっくりと笑みが広がってゆく。癒しのスポットなどといえばどこにでも大量生産されているようにも思えるけれど、やはり本物は存在するものなのだ。足湯ならぬ涼しの水に【九夏】の面々がぐるりと輪をかけて腰かければ、中央にはぷかぷかと2羽のアヒル。
    「……隊長も、楽しそう」
     先程までとはうって変った和みの空気をサズヤは心ゆくまで吸い込むと、昭子がぱしゃりとアヒル達に水を送る。小さな波は思った以上に多くの飛沫を伴って、みかんのナノナノ、だいだいちゃんの羽を濡らす。うす青の粒がキラキラと輝くその様が青年達の遊び心に火をつけたのだろう
    「ん? 水遊びやんの?」
     玲が顔をあげたその瞬間、狙い澄ましたようにナノナノのプルプル飛沫が襲った。湧き起る笑い声に篠介が立ち上がる。
    「オラ桜田ァ!」
     ばしゃりと大きく水をかくその姿には日頃の何かがこもっているとかいないとか。対する紋次郎も無論やられたらやり返す。空を映していた水が真っ白に泡立った。
    「……遊びといえど手を抜くのは相手に失礼ですよね」
     葵の参戦に
    「くらえ、列攻撃……っ」
     玲の攻撃。誰もが髪から雫を垂らしながらの大騒ぎはいつ果てるともなく。大波に揺れる合間にもアヒル達の円らな瞳は愛らしく、昭子の鈴の音が爽やかに夏の空へと駆けのぼっていった。

    ●今日の全てをなし終えて
    「すごいです~。綺麗な花が一杯でしたね~」
     乙女が夢見心地に呟くと、クラレットとピアットはそっと笑みを交し合う。野に咲く花をほんの少し、夕食の食卓を飾る花束にして、3人は森を一巡りしてきたばかり。風に梳かれた髪にも若葉が絡み、重たい靴などとっくの昔に脱いで、幾つもの小川を渡った。見知らぬ小路の散歩は心も体も入れ替わるような刺激を与えてくれる。
     森林を抜けて戻ってくれば、広場では夕食のカレー作りが始まろうとしていた。あちこちで火を起こす匂い、包丁を使う音、風の音楽に新たな音が加わると、心もますます弾んでくる。
    「あ、乙女、来たか」
     なあなあ、お前ん所これ入れる――神楽が九州の野菜を手に乙女を呼べば、そこからは乙女も料理に参戦。小さいとはいえ乙女も旅館の娘。食材の扱いは子供の頃から慣れたもの。そういえばご当地ヒーロー同士のあの2人、道中でもカレーの具やら山遊びについてやら、情報交換にいそしんでたなと優志は思い出す。にしても……見渡してみればあちらではチセが自ら熾した火の前でつってきたらしい川魚を焼いており、こちらでは悠一がありったけの飯盒を前に煙と格闘している。
    「まさか暗黒物質はないよなあ」
     縁が一抹の不安といった風情でヒーローズを見やった。確かに乙女などは右手にカレー粉、左手に長芋といささか個性的ないでたちだ。
    「大丈夫、美味しいカレーを作れるよう頑張るの♪」
     そんな彼をピアットはにこりと見上げた。大丈夫だと思いますよ――悠も材料を切る手を止めて口を添える。もっとも玉葱で涙ぼろぼろの瞳が真正面では別の意味の不安を誘ってしまうのだが。
    「……皆張り切ってるね」
     熱気に圧倒されながら、美夜もジュース運びや下ごしらえに右左。やがて幾つもの鍋が赤々と火にかかる頃になれば、空も深い薔薇の色に染まり始め。
    「で、いい感じに火が通ったらルーを入れて出来上がり……だっけ?」
     悠はカレー粉に手を伸ばす。だが神楽はそれを眼でとめた。まだ灰汁を救い切っていないのだと、玄人さながらに言われ、悠は目を白黒。手順すっ飛ばし、出たこと勝負もキャンプならではで面白いけれど、こういう趣もまた一興。
     やがて漂い始めた良い香りに誘われて、広場には次々と人が戻ってくる。ルーを入れる頃にはキャンプの他の家族連れにも羨ましがられる一角が誕生している。
    「「いただきまーす」」
     丸太のテーブルにずらりと並んだカレー料理。オーソドックスなものから個性派までずらりと揃った逸品の数々に集まった面々は思い思いに舌鼓。
    「長芋……結構合うんだな」
     サズヤの一言に乙女はにんまりと笑みを返す。
    「……え~、湧水で炊いたご飯が、おいしいですから~」
    「でも全部食べきれません~」
     切ない――ピアットの声は本当に切なげで、一行からは微笑ましげな笑みが贈られる。
    「東京戻ったらまた作って貰えばいいさ」
     たまにはこういうのも悪くないからな――悠一は小さな肩をこんと叩いた。そう、できるならこの時を後暫し。空はいつの間にか暮れ、星が煌めきを競い始める時刻がやってきている。東京へ戻ればまた灼滅者達としての日常が待っているだろう。だが今だけはこうして仲間達と連帯の時を――ささやかな宴は続いていく。

    作者:矢野梓 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 2
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