チャック全開だったんで闇堕ちする

    作者:赤間洋

     夕暮れ。
     長く、長く影が伸びる。
     夏休みの部活の、帰り道。アブラゼミが鳴く。じいじいじい。毎日暑いね、なんて言いながら真っ白いブラウスの胸元に、手でぱたぱたと風を送るキミの横顔を不躾に見ている自分に気がついて、僕は慌てて目をそらした。そうだね、なんて取り繕うように言う。
     方向が同じだからって、一緒に帰るようになってどれくらい経つだろう。僕がキミのことが好きだって気付いたのと、もしかしたら同じくらいかも知れない。
     バレー部で、クラスの中心的な存在で、笑顔がすごくカワイイって思ったのが切っ掛けだったんだって言ったらどんな顔をするかな。
     じろじろ見て気持ち悪がられるのも嫌だから、他愛もないことをしゃべりながら僕はいつも、なるべく自然にキミを見る。
     だから滅多に目なんて合わないんだけど――
    (「今日は、なんだか」)
     すごくたくさん目が合う気がして、どうしても落ち着かなくなる。そわそわするって言うのかな。
     これは僕のうぬぼれかも知れないんだけど、もしかしてキミも、僕のことを好いてくれてたりするんだろうか?
     やがて僕らは十字路に着く。ここが、いつも僕とキミの分かれ道だった。僕は左に、キミは右に曲がって帰って行く。
     さよならの場所だ。
     すごく嫌だ。
    「なあ、高野」
    「何、赤川くん」
     さよならを言う前に、思い切って名を呼んだ。綺麗な双眸が僕を、ちょっと落ち着かなさそうに見てくる。
     喉が、からからだ。でもそれは、暑いせいだけじゃない。
    「あのさ、高野。僕。いや、俺――……お前が好きだ」
     好きなんだ。
     もう一回呟いた声は、夏の空気に滲むように溶けて消えた。セミの鳴き声がうっとうしい。驚いたように立ち尽くすキミから目をそらさないように、俺、はぎゅっと口を引き結ぶ。
    「……赤川くん、あのね」
     永劫にも思える時間の後、キミがぽつりと口を開く。
    「すごく大事なことだから聞いてほしいんだけど」
    「うん」

    「ズボンのチャック開いてるよ?」

    「……。え?」
    「あとごめん、赤川くんとはそんな感じじゃ」

     直後。
     赤川少年の顔から炎が噴き上がった。比喩でも何でもなく。
     イフリートの爆誕である。
     
     その少年、名を赤川・灰人。
    「そう言うワケでこの赤川くん、好きな子に告白したらズボンのチャック全開だったんで闇堕ちしたっつう」
    「「「メンタル弱すぎぃ!!」」」
     満場一致のツッコミに、ですよねー! と、ものっそいエエ笑顔でサムズアップする槻弓・とくさ(中学生エクスブレイン・dn0120)。
    「まあ元が豆腐メンタルだろうが何だろうが闇堕ちは闇堕ちでさあ、なんとかしてやっちゃくれませんかねえ。いくらズボンのチャック全開で告白してしかも告白そのものも失敗しちゃうような奴でもほら、ね? 救いぐらいはね?」
     あるのかなあ、救い。
    「まあ幸いにしてまだ人の意識は残ってますので」
     この教室に満ちあふれる、いっそ残らない方が幸いだったんじゃないかな感と来たら。
    「弄る……じゃなくて説得……説得? まあそんなんすれば、立ち直るんじゃないですか?」
     豆腐メンタルだしどうせ何言っても落ち込む可能性特大なので、いっそ弄ればいいんじゃね? というスタンスらしい。酷え。
    「時間は夕方、場所は住宅街に結構近い交差点ですが、人通りとか車とかは、この時間は全くないですね。顔から火ぃ噴いて悶絶してるので、そこになだれ込めば問題ないです」
     ちなみに告白相手は赤川少年が火を噴くと同時に逃げ出しているので気にしなくて良いらしい。
    「使ってくるのはファイアブラッドのサイキックに似たような技ですな。地面の上ごろごろしてるので踏んづけちまえばいいんじゃねえですか。あとチャック上げろよと」
     もう許してあげてよ!
    「後は何ですかねえ、失敗談っつうんですか? あるでしょ、皆さんにも、闇堕ちしたくなるような過去の失敗談の1グロスぐらい」
     そういうのを言ってやれば、しくじったのは自分だけじゃないんだ! 僕はここにいても良いんだ! みたいな気分になって戦闘力が下がったり上がったりするかも知れない。
    「まー、良くある青春の一幕で片付けてやってくだせえ。コレで闇堕ちしたんじゃ、いくらなんでも」
     情けなさ過ぎまさあと、とくさは肩をすくめるのだった。


    参加者
    長久手・蛇目(地平のギーク・d00465)
    加賀谷・色(苛烈色・d02643)
    采華・雛罌粟(モノクロム・d03800)
    桜庭・理彩(闇の奥に・d03959)
    天羽・梗鼓(颯爽神風・d05450)
    雨積・熾(ダンピール王子・d06187)
    桜沢・飛良(知識の石・d11660)
    八乙女・小袖(鈴の音・d13633)

    ■リプレイ

    ●チャック上げろって一番最初に言っただろ!
     セミの鳴く音が響いていた。日が落ちて辺りはなお蒸し暑い。昼間にたっぷり溜め込んだ熱気を吐き出すアスファルト。
    「もぎゃああああああ……!」
     その上をじったんばったん転がりもがく少年が一人。名を赤川・灰人。チャック全開だったせいで失恋した悩める青少年(闇堕ち寸前)である。
    「暑苦しいぞ!」
     容赦も躊躇も一切なしに、顔から火を噴いて悶絶する悩める青少年、灰人の顔面をぶぎゅると踏んづけたのは八乙女・小袖(鈴の音・d13633)であった。カポエラライクなリズミカルさでげっしげしに踏みつけ、ふんと鼻から息を吐く。
    「私はそれほど鬼畜ではないが、お前のようなウジウジしている男を見るとイラッとくるのだ!」
     踏んだ時点で鬼畜ではなかろうか。違うのか。違うか。
    「ヘイ、そこで顔から正しく火が出て道端で魚のようにびったんびったんしてる少年よこんにちわー!!」
     さっきとは別の理由でのたうち回る灰人に、高らかに采華・雛罌粟(モノクロム・d03800)が声をかける。いや、それ確実に小袖に踏まれたからだと思うんだ。
    「取り敢えず涙拭けよって言うかその前にコレ鎮火しないと駄目っすねェ?」
     思春期特有のあれやこれやはしゃーないね! と言い放つ雛罌粟さんのこの漢らしさときたら。
    「闇堕ちしても仕方ないって思うけど、豆腐過ぎるでしょ……!」
     のたうち回る灰人を避けつつ、天羽・梗鼓(颯爽神風・d05450)は頭痛をこらえる仕草をした。理解できないでもないが、こうもぽんぽん闇堕ちされてはたまったものではない。
    「チャック全開で失恋とかもう甘じょっぺええええええ!! だが、しかし!!」
     あんまりな出来事に顔を覆いながらも加賀谷・色(苛烈色・d02643)は次の瞬間にはどびっしゃああん! と親指で自分を指し、
    「俺とお前、ナカマ!」
     仲間っつうか仲魔っつうかまあそんなノリと勢いで自分の股間のチャックを指さした。それ即ちフルオープン。まさかのファーストコンタクトがフルオープンである。すまないあまりのノーガード戦法に正直戸惑ってる。灰人が。
    「あ、パーカーのフードは常に被っていたいタイプです」
     上げろよチャックを今はまず。頭より股間隠そうよ。なんだこの隠しきれない人選ミス感。
    「お前のその恥ずかしい気持ち、すご~く分かるけどさ……!」
     王子、何て愛称がついてしまうほど端正な顔を苦しそうに歪めて雨積・熾(ダンピール王子・d06187)。
    「とりあえずチャックは閉めようぜ! てかチャック全開なんて恥ずかしすぎて俺なら死ぬね!」
    「いやお前が閉めろよ、チャック」
     沈黙。
     熾も素敵にチャック全開である。灰人の生温い眼差しが突き刺さる。股間に。違ったチャックに。
    「いやいやいや、王子であるオレがそんなカッコ悪いことするわけないじゃん……!」
     声震えてんぞ。
     ともあれ一度に二人もチャック全開だなんてこれはもうチャック全開という密かなブームが訪れているということか。今、灼滅系男子に大流行チャック全開スタイル。
    「お二人とも男らしいっすね! 俺には真似できないっす!」
     真似したくもねえけどな! みたいな思いがあったかはさておきいっそ清々しく長久手・蛇目(地平のギーク・d00465)が言う。任せろとドヤ顔でふんぞりかえった色とは別に「しろくま……」と謎の単語を吐いた熾がその場にくずおれた。王子マジ豆腐メンタル。
    「皆さん余程赤川さんを弄……助けたいのですね」
     理知的な面差しにぬっるい笑みをこしらえて桜沢・飛良(知識の石・d11660)はしみじみ呟いてみせた。しゅるり、と飛良の意思に招かれるように、その足下から影業が伸びる。
    「微力ですがお手伝い致しましょう、とりあえずいつまでも寝てないで立ったらどうですか」
     伸ばした影業の尖端を突きつけると飛良は言う。
    「10秒以内に立たないと全裸になりますよ」
     あかんこの子たぶん今日一番怖い子や。
    (「どうしよう……」)
     チャック全開の野郎共からは情け及びマナーとして目をそらしつつ、桜庭・理彩(闇の奥に・d03959)はそっと目を伏せた。灰人の豆腐メンタルはやはり目の当たりにすると情けなさしか感じないが、それ以上に、この場は。
    (「ツッコミが……見当たらない……」)
     人の話聞かなそうな御仁ばっか集まっちゃってると気付いたのがたぶん理彩の不幸であろう。生きて。

    ●傷口にソルト山盛り
     この時点でメンタル的なポイントは擦り切れていようが、ともかく灰人は立ち上がった。
    「なんなんだよぅ……」
    「ほらま、恥ずかしい過去なんてみんな山ほどあるっすよ!」
     情けない声を出す灰人に蛇目が気さくに話しかける。
    「俺ね、ほら、道端でちょっと遠くから声かけられて俺だ! って思って手を振り返したら、俺じゃなかったって言う」
     待ち合わせの時などによく発生するハプニングである。思い切り怪訝な顔を返されたと蛇目は遠い目になる。
    「――だって、こっちに声をかけてきたから俺だと思うじゃん? 違う人じゃん? 俺すごいボッチみたいじゃん? 恥ずかしいじゃん!」
     力説である。何か嫌なことがあったのだろうか。対する灰人は『お、おう……』みたいな曖昧な顔であった。さらに押すべしと、ぐっと拳を作る蛇目。
    「それに比べりゃ些細なことっすよ、だいたい、正面からチャック全開をを指摘してくれるなんて良い人」
    「ぐああああああ!!」
    「じゃないですか! 赤川さんの目に狂いはなかったってことですよ!」
     思い出してまたじたばたし始めた灰人に一息に言い切ってものすげえエエ笑顔でサムズアップする蛇目。
    「俺はそれで失恋してるんだけど!?」
    「ドンマイ!!」
     言い切りやがったこのギーグ少年傷口を手でうざやかにこじあけちゃったよ。
    「というかほら、転がりつつ前向きっつかむしろ逆に考えろ!」
     色が続ける。
    「チャックという罠を飛び越えてその豆腐なみにあれそれなメンタルが麻婆豆腐メンタルになってんだ、そう進化ほら豆腐潰れたけどおいしくなっただけ! おいしい!」
    「意味が分からないよ!!」
    「名前に赤がついてんだから麻婆豆腐連想するだろ俺はそうする誰だってそうする!!」
     日本語でお願いします。
    「まー同情はするぜ失恋の痛手にくわえて好きな子に言われたってのがアレでアレなんだよな分かる分かる俺も妹に同じこと言われたらって考えると」
     何故か、そこで言葉が切れた。妹にチャック全開を指摘されたらと考えたその顔が、不意に胡乱なものになる。
    「……あれ、俺の妹まじえんじぇるだから何言われても別に何ともねーや」
     なんかすごい上級者の人来ちゃったよどうすんのこれ。
    「なに、些細なことだ赤川殿」
     若干腰が引け始めた灰人に、小袖。根っからの武人気質であり、そのせいか色恋沙汰は全くからっきし、故に不用意な一言を言わないように細心の注意を払いながら、慰めるような声を出す。
    「チャック全開で告白して、更に振られたからと言って落ち込む事は無いぞ。そのようなこと日常茶飯事的に良くある事だ。多分な」
     日常茶飯事的にはまずないし、完全にトドメ刺しにきてるし、細心の注意って言う言葉を軽く辞書で引くレベルだよね。色恋沙汰に疎いって免罪符が粉微塵になる威力でトドメさそうとしてるよね。流石に灰人が地面の上でびくんびくんし始めてるけど、些細なことだよね。
    「それにそう、こちらを見てみろ。貴殿と同じようにチャック全開の者がいるぞ?」
    「やめてそれ以上やると俺が闇堕ちしちゃう!!」
     悲鳴を上げたのは他ならぬ熾であった。王子の腑抜けた物言いに、小袖が柳眉を軽く逆立てる。
    「そんなシロクマのパンツをはいてこの場に挑んだ時点で覚悟していたことではないのか!」
    「いえこれたぶん事故……助けて熾くんが息してない!!」
    「もう……お婿にいけない……!」
     理彩の悲鳴も虚しく、仲間のこっぱずかしい体験談に共感し漢泣きに泣いていた熾が膝をついて別の涙を流しながらそんなことを呟いていた。むしろ一回目の指摘の時にそっとチャック上げとけよ。あと黒地にシロクマの刺繍がワンポイントのボクサーが勝負パンツで良いのか一度よく考えるんだ。
    「あっ、自分も開けた方が良いっすか? 今日何のパンツ履いてましたっけねェ」
    「「「アウトおおおおおおおお!?」」」
     流れ的に開けるとこだよね! と無駄に、本当に無駄に空気を読んだ雛罌粟がチャックに手をかけるのを慌てて阻止する一同。よかった、公序良俗は守られたね。
     それはそれとして熾の亡骸(息してない)をそっと地面に横たえ、理彩が赤い目に決意を漲らせた。口を開く。この場にいくらもいない常識人として。
    「聞きなさい、たかが一度の失敗でへこたれるものでは無いわ」
     一つ、呼吸。そのクールさを全面に押し出し、凛然とした眼差しを灰人に向ける。
    「――だからチャック全開を指摘されるまで気づかなかったその鈍さで周囲の視線とか明日からの彼女の気まずそうな態度とか気にせず図太く逝もとい生きなさい」
     ノンブレスで言い切る理彩。常識とは何だったのか。
    「勇気を出して告白したら人違いだったとかそんなオチもついて無いでしょう? まだ大丈夫よ、人違いよりは恥ずかしく」
    「だから俺ふられたってあんたたちにさっきから再三言ってるよね!?」
    「ふられたですって? チャック閉めて出直せば?」
     どうして皆トドメを刺す方向で調整してしまうのか。
     その場にドサリと倒れ込んでぷるぷる震えながらアスファルトに爪を立て始めた灰人の隣に座り込んで、雛罌粟がその肩をべしべしと叩く。
    「っつーか、失恋やら恥ずかしい思いでいちいち闇堕ちしてたらこれからの長い人生キリが無いと思うっす。それに大丈夫ダイジョーブ、そういう、ニッチなねッ! 需要もねッ! 今後あるかも知れませんから!」
     今灼滅系男子の間で大流行の兆しが見え始めてるしな、チャック全開スタイル。
    「それに自分なんて惚れたとか腫れたとかそんな経験ねーっすよッ! ついでに告白された事なンかもないですけど良いンす自分カメラが恋人ですしおすし!」
     それはひょっとせずとも危機感が全くないのと10キロはくだらないパンパンのカメラバッグや三脚を担いでひょいひょい動き回ってるのが敗因じゃなかろうか。
    「……あれ、何だろうまともな言い分に聞こえる……?」
     虚ろに呟く灰人。こっちはこっちでまともな判断能力欠如し始めてるんだが大丈夫だろうか。駄目かな。闇堕ち本当怖いな。一切ろくな目に遭わねえな。
    「ほら、飛良も何か言うっすよ!」
    「そうですね、失恋の思い出は私にもありますね」
     雛罌粟に促されて、その細い顎を一度引く飛良。
    「幼稚園の先生に恋慕の情を抱き告白をしたのですが、婚約者がいると言われてしまいました」
     それはいかにも子供らしい稚気に満ちた、儚い失恋であったと飛良は微笑んだ。どこか揺るぎない強さと優しさをたたえた笑みは、間違いなく灰人を励ますものだ。その優しさに触発されるように、灰人がのろのろと顔を上げる。
    「ああ、あるよな、そう言うの。何で男って奴は一度は年上の……」
    「――ただそれ以降は私から誰かに告白する事は無く女性から想いを告げられされ恙無くお付き合いした思い出ばかりなので説得にはとてもとても扱えぬかと。至極残念です」
     どこか揺るぎない強さと優しさをたたえた笑みは、間違いなく灰人のメンタルにトドメ刺しに来やがるものだった。励ますときと1マクロも表情変えないで突き飛ばすのやめてくださいどうしようこの子この場にいる誰よりもサドい。
     とうとうアスファルトの上にうずくまって動かなくなった灰人にひたすらな同情の視線を向けながら、梗鼓は口を開く。
    「ほら、女は星の数いるし、チャック開いてるアンタがいいって子もいると思うよ? ……多分」
     月並みと言えば月並みではあったが、それでものろのろと灰人は顔を上げた。何故かすがるような目を向けられ心底申し訳ない気分になりながら、言葉の先を続ける。
    「アタシにだって恥ずかしい過去はあるよ。その、兄についてて私についてない『アレ』の存在が疑問で、近所の大人にどうしてアタシにはついてないのって訊きまくったりしてるから!」
     まあ実のところ梗鼓自身は全く覚えていないのだが、それは心の中にしまっておくことにする。
    「明日になったら彼女のこともパンツご開帳してることも、笑い話になってるよっ! アンタも男なら、いい加減聞き分けなさいよ!!」
    「……そうか、そう、だよな」
     ふ、と力なく灰人が笑う。
    「明日があるよな……ふふ……めっちゃ気まずかろうが変なあだ名がつく可能性があろうがそれでも明日は、明日だよな……!」
    「幸せの上限がものすごく低水準になってないかしら、彼」
    「それは言わぬが華ってやつですぜ」
     ぼそぼそ囁きかわす理彩と灰人の視界から蛇目を隠すように立ち梗鼓は灰人に手をさしのべた。
    「ほら、立って!」
     梗鼓の声を後押しするように、霊犬のきょしがその鼻面で灰人をぐいと押す。ボロボロの精神に活を入れ、ようやっと立ち上がった灰人に、ふふっ、と梗鼓は笑う。
    「立ったら戦うから」
    「え?」
     灰人は見た。それぞれの灼滅者がそれぞれの殲術道具を構えるのを。強者揃いの灼滅者たちの間に、存分な殺気が膨れあがるのを。
     まあ、闇堕ちしかかってる身だしね。ボコられても文句は言えないよね。

    ●戦闘はトラウマでお送りします
    「せば、その豆腐メンタル優しくキッチンペーパーの上で塩を擦り込んで水出しして塩豆腐にしてちぃと固くしましょうなァからのトラウナックルぅ!!」
    「俺は影喰らいですぜ!」
    「同じく影喰らい! トラウマ? 越えてこそなんぼ!」
    「影喰らい、一連の流れを思い出せばいいダメージになるだろう?」
    「貴方は獣ではないわ、チャック全開のまま告白したあげくふられた赤川君よそれを忘れないでトラウナックル」
    「さっさとご開帳仕舞えっ、影喰らい!!」
    「いっそトラウナックルも影喰らいも両方いかがですか、いえ、私非力なので確実にトラウマ漬けにな……げふげふ」
    「お前らに人の心はねえのかあああああああ!?」
    「あ、うん、俺はシールドバッシュで」
    「アンタだけだよチャック全開王子ごぶう!!」
    「変なあだ名つけられた!?」

     ふと顔を上げると、既に夜の帳がおり始めていた。紫と藍色の混ざる空を見ながら、色は限りなく人間に近いボロ雑巾の横に立った。もったいぶった動作で――自分のチャックを上げる。
    「ほら、お前もチャック上げようぜ、赤川?」
     聞こえているのかも知れない、聞こえていないのかも知れない。
     とりあえずぴくりともしない灰人少年が意識を取り戻し、かつめっためたに刻まれたトラウマを克服することを茫漠と祈りながら、この話は終わりである。
     闇堕ちなんてするもんじゃあないね。

    作者:赤間洋 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 10/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 25
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