燃える砂浜

    作者:飛翔優

    ●夜を熱砂に塗り替えて
     獣は走る、あてもなく。
     月の輝く海へと繋がる場所、人のいない砂浜を。
     体中から吹き上がる炎を散らし、浜風を熱波へと昇華させ。
     何故駆けているのか、何故存在するのか。獣は知ろうはずもない。
     元となる少年も、今は獣の中で眠ったまま。何をしているのかもしれず、ただただ植え付けられた本能に身を委ねる。
     幸いなるは、人と出会う事がなかった点。殺してしまうことがなかった点だろう。もっとも、今のところは……という話ではあるのだが……。

    ●夕暮れ時の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、小さく頭を下げた後に説明を開始した。
    「津島陽太さんという男の子が闇堕ちし、ダークネス・イフリートと化そうとしています」
     本来、闇堕ちしたならばダークネスとしての意識を持ち、人としての意識は掻き消える。しかし、陽太は闇堕ちしながらも人としての意識は保ち続けており、ダークネスになりきっていない状態なのだ。
    「ですので、今回はイフリートを打ち倒し、陽太さんを闇落ちから救い出してきて欲しいんです」
     葉月は地図を広げ、浜辺を指し示した。
    「陽太さんは夜な夜なイフリートと化しては、この砂浜を理性もなく駆け回っています」
     本来、陽太は中学三年生という歳相応の活発さを持つ元気な少年。決して、イフリートとなって暴れまわることを望む者ではない。
    「なので、先程も言いましたがまずはイフリートと接触し、打倒して下さい。そうすれば、陽太さんを救い出すことができるはずです」
     救出後は、事情や学園の説明を。現状などに不安を抱いているだろうから。
    「それでは、イフリートとしての力について説明しますね」
     力量は八人を相手取れるほどで、特に破壊力に優れている。
     技は破壊力に優れる炎の体当たりに、近接全てを巻き込む炎の渦。この二種は、双方ともに炎をもたらす力もはらんでいる。
     また、炎を喰らうことにより毒などの浄化と傷の治療を行うこともあるため、留意しておく必要があるだろう。
    「以上で説明を終了します」
     葉月は地図など必要な物を手渡し、締めくくりへと移行した。
    「今の陽太さんは、自分の現状を知らぬ状態。闇雲に暴れまわるしかない状態……ですのでどうか、まずは止めて下さい。その上で説明を行い、安心させてあげて下さい。そして、何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    遠藤・彩花(純情可憐な風紀委員・d00221)
    相良・太一(土下座王・d01936)
    一條・華丸(琴富伎屋・d02101)
    河相・魅具(武蔵坂学園女子中学生・d04549)
    白灰・黒々(モノクローム・d07838)
    火土金水・明(いたって普通の魔法使い・d16095)
    唐都万・蓮爾(亡郷・d16912)
    小早川・里桜(心惑いし贖罪者・d17247)

    ■リプレイ

    ●灼熱の砂浜へ
     冷たい浜風、波の音。
     満天の夜空が広がる真夏の砂浜に、灼滅者たちは足跡を刻んでいた。
     全てはこの地を駆け回るイフリートを、イフリートと化そうとしている少年、津島陽太を救うため。被害が出ないうちに事件を終わらせるため。
     何かが駆ける音が聞こえる方角を、白灰・黒々(モノクローム・d07838)は見据えていく。
     朧げな光に目を細め、静かに身構え始めていく。
    「夏の海に元気の有り余ったイフリート……これ以上気温が上る前に彼を救いましょう!」
     救えるのなら助けたい。
     思いは恐らく皆一緒。
     徐々に姿を顕にしていくイフリートを迎え討つために、灼滅者たちは動き出す!

    ●真夏の夜の決戦
     灼滅者たちを認識したのだろう。若干速度を緩めつつ、イフリートは駆けて来る。
     接触まで数十秒。今ならば加護も保っていられると、最前線に佇む遠藤・彩花(純情可憐な風紀委員・d00221)が黒々に盾の加護を施した。
    「さあ、まずは制止してしまいましょう。そうしなければ始まりません」
    「俺たちが攻撃は受け持つ。だから、みんなは臆せず攻撃してくれ!」
     相良・太一(土下座王・d01936)は横に並び、前衛陣に炎に抗うための加護を与えていく。
     与えた上で、近づいてくるイフリートを手招きする。
     血走った視線もほぼ、太一のもの。他のものへと向けられていく気配はない。
     狙いは眉間、目的は制止。小早川・里桜(心惑いし贖罪者・d17247)は左腰から柄も刀身も赤い刀を引き抜いた。
    「……必ず止めてみせる」
     指輪に込めし魔力を切っ先へと伝え、眉間を示すとともに撃ちだした。
     見事埋め込むことに成功したけれど、止まる気配は微塵もない。
    「ゐづみさん、あなたも護りをお願いします」
     想定の範囲内と、唐都万・蓮爾(亡郷・d16912)が緩やかな声音で赤衣を纏ったビハインド・ゐづみに前線へ向かうよう命じていく。
     自身は緩やかな動作でイフリートを指し示し、縄状に変化させた影を放った。
     右前足を捉えるも、すぐさま引き千切られ霧散する。
     イフリートは勢いを減じぬまま炎を吐き出し、己の体を包み込んだ。
    「っ!」
     炎を纏いし突進を、太一は真正面から受け止める。
     受け止めてなお骨身をきしませていく衝撃に、己を蝕み始めていく炎に唇を噛みしめる。
    「……くっ、イフリートだけあって苛烈だなおい! だが、それだけ仲間になればきっと頼もしい! さっさと正気に戻して、一緒に来て貰うぜ!」
     ダメージなど物ともしない勢いで、イフリートの巨体を押しのけた。
     反動を活かして後ろへ飛び、深呼吸を始めていく。
     代わりに、彩花がイフリートと太一の間に割り込んだ。
     勢いのまま盾を掲げて突撃した。
    「っ!」
     鼻っ面にぶち当てるとともに、力を込めて巨体を押して行く。
     熱が腕へと伝わった。
     重さが足を砂に沈ませる。
     なおも体を近づけたのは……。
    「貴方はそれでいいの? 意識はある筈よね、ないとは言わせないわ。心の闇に負けちゃだめよ! 津島君!!」
     言葉を伝えるため。
     陽太の心に呼びかけるため。
     ……イフリートは答えない。ただただ彩花をはねのけて、大きく息を吸い込んでいく。
     渦巻く炎が放たれた。
     砂浜が真昼の如き熱に染まっていく。
     灼滅者たちの横顔に焦りはない。ただただ一筋の汗だけを輝かせ、希望を示し続けていく……。

     イフリートの放つ攻撃は強力無比。
     けれど、護りの優れる者が一撃で倒れるほどではなく、一気に治療不可能になるわけでもない。
     支えていけば保っていけると、一條・華丸(琴富伎屋・d02101)は光輪を彩花へと渡していく。
    「……」
     痛みから来る震えが止まって行く様を横目に、華丸はイフリートへと向き直った。
     ビハインドの住之江が振り下ろした得物をたくましい腕で受け止めていく。
     全ては本能のまま。本来の姿たる、陽太が気づくこともないままに。
     自分でも気が付かないうちに堕ちるとはどんな感覚なのだろう? 同じ力を持つ華丸にとって、明日が我が身。
     知らないうちに自分が誰なのかも、大切な人が誰なのかも忘れてしまう。
     恐怖を抱かないのがおかしいと。だからこそ、日常が奇跡なのだと瞳を瞑り頷いた。
    「……ちゃんと日常に戻してやれるといいな。住之江、改めてよろしく頼む!」
     前線を張る住之江に発破をかけながら、再び戦場へと意識を割いて行く。
     炎に巻かれていた黒々へと、盾となる光輪を投げ渡した。
    「ありがとうございます。これで……!」
     痛みが和らいで行くのを感じながら、黒々は手元にオーラを貯めていく。
     眉間めがけて解き放ち、巨体を一歩分だけ後方へと退かせる。
     されど、イフリートの動きは淀まない。
     炎をまとってからの体当たりが、身構える彩花へと放たれた。
    「大丈夫ですか? 今……!」
     すかさず火土金水・明(いたって普通の魔法使い・d16095)が矢を放ち、下がっていく彩花を治療する。
     入れ替わるように前に出た河相・魅具(武蔵坂学園女子中学生・d04549)は、拳に紅蓮のオーラを走らせた。
    「っ!」
     左前足へと撃ち込んで、血走る瞳と見つめ合う。
     堪えた様子は微塵もない。
     変わらぬ表情で、イフリートは炎を吐き出した。
    「一旦細かく治療したほうがよさそうだね」
     渦巻く炎を前にして、華丸は霧を放っていく。
     明も呼応し、朗らかなる歌声を響かせた。
     詩には労いを、曲には戦いへの熱を織り交ぜて、前衛陣へと伝えていく。
     耐えて、耐えて、耐えぬいて、突破口が開ければいずれ救い出せるはずだから、もっと高く、もっと大きく……空に歌声を響かせた。
     星が瞬くとともに、前衛陣に宿っていた炎が消えていく。
     蝕む力から解き放たれた者たちが、再び最前線へと復帰した。

     ゐづみの振り下ろした得物を避けるため、一歩後ろへ飛んだイフリート。
     着地の隙を付く形で、蓮爾が縄状の影を放つ。
    「っ……」
     両足を捉えた影に力を込めて、動きを阻害し始める。
     抵抗していくさまを前にして、里桜が横合いへと回り込んだ。
     恐らく、今のイフリートの他へと意識を割く余裕はない。故に……。
    「苦しいとは思うが少し大人しくしていてくれ……っ」
     破壊の力を削ぐために、素早く赤き刀を振り下ろす。左前足と左後ろ足を切りつけて、力そのものを削いでいく。
     故にだろう。影を引きちぎり放たれた炎の体当たりに勢いはない。
     彩花が真正面から受け止めて、なお最前線へと立ち続けることができるほどに。
    「弱っています。この調子なら……」
    「ええ。今一度……」
     再び、ゐづみが得物を振り下ろす。
     左前足で受け止めたイフリートの眉間へと、蓮爾が魔力の弾丸を撃ち込んだ。
    「止まっていただければいいのですが……!」
     動きは鈍っている。
     しかし動けないほどではないというのか、イフリートは炎を吐き出した。
     只中に突っ込み、身構える太一へと突撃した。
    「っ! ……ははっ、熱い、熱いな! だがそんな炎じゃ、俺の命は焼き尽くせないぜ!」
     鈍い音色は響かない。
     勢いの弱まった現状で、太一らの護りを突破する術はない。
    「今一度……その獣本能ごと、封じてみせる……!」
     否、抑えこまれているイフリートへと、里桜が魔力の弾丸を撃ち込んだ。
     右肩に埋め込み、内部より根を伸ばし……今度こそ、イフリートを動けぬ状態へと追い込んでいく。
    「……さあ、畳み掛けよう。少しでも速く、クリシミを終わらせることができるように」
     麻痺による制止も、長くは保たない。
     里桜は月明かりに赤き刀身を煌めかせながら、ゆっくりと近づいていく。
     必ず救いだすとの決意を胸に、刀を握る腕に力を込めて……。

    ●炎を心に宿したまま
     動きが鈍れど、攻撃の勢いがなくなれど、抵抗できなくなったわけではない。
     魅具の放った紅蓮の拳を、イフリートは真正面から受け止めた。
     退かず、目をそらさず、半ばつばぜり合いのような状態のまま魅具が声を張り上げていく。
    「今何が起きていて、これからどうなるのか分からずに不安だと思うっ! でもこれだけは信じて、今ここにいる皆は、陽太くんを助ける為に集まったのっ! 何度もこんな夜を戦い抜いてきた、みんなその道のプロフェッショナルよっ!」
     理性が残っているのなら、まだ可能性がある。
     だからこそ、魅具は言葉を紡ぐのだ。
    「あたし達が陽太君を必ず助けるから……最後まで、みんなの想い、受け止めてくれるかな……!!」
     最後の言葉とともに拳を引き抜いて、前線を黒々へと明け渡す。
    「大丈夫、もうすぐ終わります。いえ、始まるんです。貴方が、貴方として行きられる日々が」
     静かな言葉を紡ぎながら、黒々は拳にオーラを纏わせた。
     一撃、二撃と連打して、一歩、二歩と巨体を退かせる。
     打ち込むたびに救済の願いを込めながら、一歩、二歩と追い詰め続けていく。
     反撃は……ない。
     イフリートは再び動けぬ状態へと成り果てた。
    「なら……これで……!」
     すかさず明が魔力で矢を形作り、イフリートめがけて放っていく。
     魅具は拳にオーラを纏わせて、顔に向かって連打した。
    「あたしが抑える! だから……」
    「ええ。これで……」
     衝撃に打ち据えられ動けぬイフリートの側面にて、黒々が斬艦刀を振り上げる。
    「これで最後ですっ!」
     一呼吸分の間を置いた後、思いっきり振り下ろす!
     炎が消える。
     獣の身体が薄れていく。
     砂浜があるべき熱へと冷める頃、そこには砂に埋もれ眠る陽太がいた。
     灼滅者たちは頷き合い、介抱のために動き出す。己等の治療も開始する。
     優しい月明かりに照らされながら、安らげる時間が訪れて……。

     砂浜の片隅。
     陽の高い時間ならば人々の憩いの場となっているだろうベンチに、陽太は寝かされていた。
     目覚めたのは、戦いからちょうど十分後。
     わけが分からぬといった様子で周囲を見回していた陽太に、最初に蓮爾が話しかけた。
    「お気づきになられましたか?」
    「あ……ええと、あなたたちは……?」
     疑問に、蓮爾は応えていく。
     陽太が、知らぬうちに得た力で暴走していたと。
    「僕達は、その力を制する術を知っている者です」
     静かな言葉とともに笑いかければ、陽太は首をひねり出す。
     思い当たるフシは在るのだろう。真剣な瞳で崎を促してきた。
     蓮爾は先を続けていく。
     力のこと、ダークネスのこと、学園のこと……。
     情報を全て与えられた陽太は分かったと言いながらも、瞳は戸惑いに揺れていた。
     だから一息つくために、明が冷たい飲み物を差し出した。
    「はい、冷たい飲み物をどうぞ」
    「あ、ありがとうございます」
     喉を潤せば、心も落ち着くはず。
     落ち着いた心で考えれば、きっと整理もできるはず。
     悩むでなく、迷うでもなく、思考し始めた陽太を、里桜は瞳を細め眺めていく。
     本当に何も知らなかった陽太。その横顔に、目覚めたばかりの自分を思い出す。
     だからだろう。仲間から隠すように顔を背け、静かな息を吐き出した。
     さなかには思考の整理がついたのか、陽太が皆に問いかけていく。
    「大体わかりました。それで、僕はどうすれば……」
    「ここに居るヤツも全員そうだが、学園に行けば同じ悩みや同じ衝動を抱えてるヤツが沢山居るぜ」
     華丸は己もファイアブラッドなのだと名乗りつつ、学園へと勧誘した。
     彩花も静かに微笑んで、優しい声音で伝えていく。
    「家族と永遠の別れをしなくても武蔵坂学園に行けば普通の学生として居られる」
    「陽太君、君はもうこちら側の世界に足を踏み入れてしまった。でも、強い味方も居る事を忘れないで、あたしたちは灼滅者……武蔵坂学園っ!」
     魅具も元気な声を響かせて、武蔵坂学園へと誘って行く。
     元から決めていたのか、陽太の表情に迷いはない。
     太一が手を伸ばしたなら、しっかりと握り返してくれた。
    「うし、んじゃ今から俺らはダチだ! タメだし、頼ってくれていいぜ! ウェルカムトゥ武蔵坂学園!」
     気風の良い近いに、自然と笑顔が広がっていく。
     程よく涼しい浜風が祝福する中、蓮爾はふと空を見上げた。
    「おや、流れ星。まるで祝福しているようですよ」
     指先で示した先、流れ星が彼方へと輝いた。
     満天の星も煌めいて、新たな灼滅者の誕生を祝福する。
     津島陽太中学三年生。灼滅者としての人生が、この砂浜から始まるのだ!

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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