「もーいーかい?」
「もーいーよっ!」
一人が問えば、いくつもの声がそれに答える。
かさりかさりと近づく足音、こそりひそりと逃げる人影。
「あ、しーちゃん見っけ」
「あっちにトシいたよー!」
「ユキどこー?」
隠れて探して見つかって、代わる代わるに鬼となれば、いつしか空は茜色。
「ねぇ、そろそろ帰らないと怒られちゃうよ?」
「だよね……でも、まだみんな見つかってないし……」
「つってもよー、オレら散々探したんだぜ? アイツの事だし、先に帰ってんじゃねぇの?」
「あはっ、ありそう! 明日、フツーに学校にいたりね」
「その時は怒ってやんなきゃ!」
木霊する笑い声、遠ざかる足音。
森のどこかで生まれ堕ちた炎の獣――その存在を、子供たちは知る由もなかった。
「かくれんぼだったり缶蹴りだったり、あの手の遊びはあまりにも見つからないと、逆に空しくなってこないか?」
ルールとしては何ら間違っていないのに感じてしまう不安。
それは詰まる所、勝ち負けでない何かを求める子供心なんだろうなと帚木・夜鶴(高校生エクスブレイン・dn0068)は言う。
「今回、きみたちに頼みたいのは、ずっとずっと見つけられなかった子供――いや、正しくないな」
彼女は首を振り、短く言い直す。
「イフリートの灼滅だ」
夜鶴の口からはっきりと告げられた言葉の意味を、わからぬ者はここにいない。
「問題のイフリートが現れるのは、子供たちが遊んでいた森の中になる。闇堕ち以来、移動したり、暴れまわっているわけではないようなのでな。……事件と言っても、元を辿れば、ただ一人残された子が見つけられずに時が経ちすぎてしまっただけなんだ」
もっとも、それはどの事件にも通じる事なのかもしれないけれど。
人にも戻れず、灼滅者としても歩み出せない存在――それがダークネスだ。
「森の奥へと進んでいけば、道中見つけることが出来るだろう。特に開けた場所があるわけではないが、きみたちならばそれで不利になることもあるまいよ」
一応、幾筋かの道はついているようで、特に迷うような森でもないという。
適当に草が茂り、適当に樹木が乱立した子供たちの遊び場所。
夜鶴は簡単な地図を渡すと、灼滅者達を見送る。
「帰り道を失くしたあの子を、きちんと見つけてきてやってくれ」
参加者 | |
---|---|
若宮・想希(希望を想う・d01722) |
モーリス・ペラダン(ダスクマジシャン・d03894) |
焔月・勇真(フレイムアクス・d04172) |
リーグレット・ブランディーバ(紅蓮獅子・d07050) |
柾・菊乃(退邪鬼・d12039) |
久瀬・悠理(鬼道術師・d13445) |
中西・命(大アルカナ・d16457) |
フィア・レン(殲滅兵器の人形・d16847) |
●かくれごさがし
蝉の声が響く深い森。
風が通れば木漏れ日が揺れ、涼しさをあとに残していく。
夏らしい心地よさとたくさんの隠れ場所――そこはまさに、子供のための遊び場だった。
「……こっちが……奥」
フィア・レン(殲滅兵器の人形・d16847)は確認するように呟くと、先頭に立ち、隠された森の小路を淡々と進む。
隣を歩くモーリス・ペラダン(ダスクマジシャン・d03894)も小路を拓けば、道幅は二倍だ。
植物たちは森の奥へと誘うように道をあけ、しかしそれも、数分後には元に戻ってしまう。
隠された道は戻れない。
戻れぬ道を最後まで行き着いてしまった小さなあの子は、見つけられたときに何を思うのだろう?
ビハインドのバロリとともに飄々と歩くモーリスに、リーグレット・ブランディーバ(紅蓮獅子・d07050)が凛として続く。
目的はただ一つ、灼滅だ。
強いてそのための意思を固めずとも、彼女の足取りが揺らぐことはない。
胸に抱く確固たる誇りと自信が、迷いは不要と掻き消してくれる。
「えっと、ここから入って来て……、今がここか。なんだか便利だね!」
中西・命(大アルカナ・d16457)は学園で貰った地図を手に笑顔を見せる。
そこにはスーパーGPSによる現在地が表示されており、それを見る限りではどうやら結構な距離を進んでいるらしい。
「てことは、そろそろ会ってもおかしくないのか」
命の地図をひょいと覗き、焔月・勇真(フレイムアクス・d04172)は言う。
「……今更早くも何も無いかもしれないけどさ、それでもやっぱり、早く見つけてやりたいよな」
灼滅が一番大事だっていうのはわかるけど。
ほんの一瞬、憂いにも似た表情を浮かべた勇真に、柾・菊乃(退邪鬼・d12039)が頷きを返した。
小さく首を縦に動かし、伏せた瞳に決意を宿して前を向く。
(「……過去がどうあれ、今は私が『鬼』となり、貴方を見つけてあげますから」)
ふり積もる時の中で忘れられてしまった子――それは、若宮・想希(希望を想う・d01722)にとって他人事ではない響きを持つ。
(「何て言うか身につまされる、な……」)
静かに思いを馳せれば、不意に、彼の携帯電話が鳴った。
非通知着信。久瀬・悠理(鬼道術師・d13445)のハンドフォンからだ。
箒に跨り、上空で様子を窺っていた彼女は何かに気づいたのだろう。通話ボタンを押せば、すぐに電話はつながる。
『もしもし? 今、木の影から炎らしきものが見えたんだけど、多分、間違いないと思う。場所は向かって右の茂み、距離は――』
「グオオオオオオオォォォォ!!!!!!!!!」
悠理の声をかき消すような大きな咆哮。
森全体が、ざわりと揺れる。
「来たようデスネ」
「気を付けて……!」
ケハハ、とモーリスが笑えば、菊乃は皆に小声で注意を促す。
距離は、近い。
灼滅者達が構えを取って見据えた茂みの奥で、炎が揺れる。
ゆっくりと踏み出される大きな足。
やがて姿を見せる炎の獣、イフリート。
「――見つけた」
想希は短く言って、通話を切ると眼鏡を外す。
「かくれんぼは終わり。次は鬼ごっこでもしませんか?」
●おにさんこちら
「グオオオオオォォォァァァァ!!!!!!!」
想希の誘いに返すように、イフリートは大きく声を上げる。
もっとも、返すとはいえ、諾か否かはわからない。
それがただの鳴き声なのか、あるいは必死の泣き声なのか――その境界線の如何は、もはや聞き手の感情論でしかないのだ。
悠理が箒を一直線に急降下させ、仲間と合流すれば、勇真は人払いの殺気を放つ。
これ以上、帰れぬ者が増えぬように。
イフリートが殺気に反応すると、低く唸り、毛を逆立てる。そんな子供の人見知りめいた反応も、獣の本能に基づく威嚇なのだろう。
「……Sie sehen mein Traum, Nergal」
力を解放させるフィア。
両手に日本刀を握りしめ、走り込んだ死角からその足元を斬り払うや、途端、邪魔者を払うように持ち上がった前足が強く地面に叩き付けられた。
それは存在の主張か縄張りの主張か、はたまた、地団駄なのかを知る術はない。だが、それでも想希は真っ直ぐ『その子』へ語り掛ける。
「見つけてもらえないくらい、上手に隠れたんですね。……見つけて、欲しかったですよね」
誰かが見つけて、「お前、どこに隠れてたんだよ」って笑ってくれれば、全てうまくいったのに。
だけどもう、一人でじっと隠れている必要はない。
「遊び足りない分は付き合います。そしたら……帰りましょうね」
優しく諭して、笑ってみせる。
「ガアアアァァァ――ッッ!!!!」
焦れたように地面を掻きむしるイフリート。想希はその足の隙間を遊ぶように潜り抜けると、死角に回って刀を振るった。
草の焦げる匂い。
抉れる土。
「……こんな……こんなの、哀しすぎます」
堪りかねて、菊乃が洩らす。
目の前でもがくのは、友達に見つけてもらえなかった子供の成れの果て。それはあまりに凄惨で、何より哀れだった。
必死の思いで変化させた鬼の腕――『鬼』というのは、こんな形でしかこの子に応えてあげられない。自嘲にも似た感情を抱え、菊乃が異形の腕を叩き込めば、炎を纏った爪が振り翳される。
「――――っっ!!!!!」
そこへ飛び出したのは、キャリバーに跨った勇真だった。
ぽたりぽたりと傷口から炎を落としながら、歯を食いしばって強気に笑う。
学園で聞いた話では、イフリートが長らく居ながら、この森には未だいくつもの道が残っているという。
たとえそれがこの子の帰り道にならなくとも、その道が壊されなかったのは、闇堕ちした後もずっと見つからないようにしていたのではないのだろうか。見つけてくれる誰かの為に、道を残しておいたのではないのだろうか。誰も傷付けぬよう、ひとり留まっていたのではないだろうか。
「今まで積もった思いは、何度だってオレが受け止めてやるからな……っ!」
たとえ守りを破られることになろうと、何度でも。
斧に宿った龍の力で傷を癒す勇真に、悠理は指輪を翳してその回復を援護する。混ざり合った二つの炎――イフリートのそれを消しては傷を塞ぎ、零れ落ちるファイアブラッドの熱を丁寧に止めてゆく。
「僕たちが見つけたんだ……還してあげよう」
誰へともなく、言い聞かせるような命の言葉。
大きな獣を見据える彼の瞳には、バベルの鎖が集中する。
「行くぞ、見事受け切って見せろ」
言うが早いか、リーグレットの足元から伸びる影が地を走り、刃となって斬りかかった。
こんな森の奥深く、ダークネスとなって待ちわび来たのは灼滅の日。
リーグレットが渡すのは説得の言葉ではなく引導のための布石だ。
「『Hide and seek』……ならぬ、『Hide and shark』とでも言ったところデスカネ、ケハハ」
隠れて見つけて、喰らって終わり。
モーリスは笑うと、指先から伸びる鋼糸を使い、バロリとともに木々の間を飛び回る。
その動きに引き付けられたようにイフリートが走り出し、追った先で捕まえたのは、木の陰から誘うように覗いたモーリスの影。
ぱし、と踏まれた影は形を成して――獣を見下ろし、ばくんと呑む。
ぐるぐると走り回り、戯れあう彼らは果たしてどちらが鬼だったのか。
イフリートは頭に纏わりつく影を引きはがすと、まるで何事もなかったかのように、
「……くしゅんっ」
とひとつ、くしゃみした。
●あそびのおわり
「……ーーっ」
まるで幼子のような仕草に、菊乃は唇を引き結ぶ。
何も知らないこの子は、誰に知られる事も無く、ただ待ち続けた。
「寂しかったでしょう? 心細かったでしょう? 気が遠くなるような長い間、お友達に見つけてもらえず、一人ぼっちで……」
ゆっくりと手を差し伸べれば、地に伸びる菊乃の影もそれに従う。
「でももう大丈夫です。貴方は私たちが見つけました。あとは、かえるだけです……」
かえしてあげます。
私たちが、今ここで。
瞬間、菊乃の影が走り出す。
動きに気づいたイフリートは触れられるのを拒むように後ろへ跳ねるが、生き物のように伸びた影はそれを許さない。
「ギャンッ!!! ガアアァァァッッ!!!!」
触手に縛られ、獣が暴れる。
その正面に、想希は静かに踏み出した。
目の前の存在が胸の中の人と重なるのは、イフリートだから――なのだろう。
頭では違うとわかっているのに、一度浮かんだ想いはわだかまりのように胸に残る。
(「でも、俺だったら……忘れたりしない」)
見つかるまで探して――たとえ見つけて欲しくなくても、絶対に探し出して一緒に帰ってやるのに。
人差し指にはまった指輪ごと、そっと握りしめる右手。それをそのまま柄に添えると、抜くと同時に緋色に染まった刃で斬り上げた。
「グアアアァァァッ!!!!」
痛みに悶えるようにイフリートが仰け反る。
闇雲に振り翳した爪は業火を帯びて、リーグレットを切り裂いた。
「――っ、やってくれる……!」
リーグレットを襲うのは、息が詰まるほどの熱と衝撃。
しかし彼女は、一切の表情を崩すことなく、すぐに反撃の構えへ転じた。
「……だがまだ甘い!」
握った拳にオーラを集め、絶え間ない拳撃を次々撃ち込む。
イフリートの火力に負けぬよう、いや、それすらも圧倒するほどの力で。
そんなリーグレットの傷を、後列から悠理が塞ぐ。
指輪を介して己の内の闇を喚び、ヒールとなして注ぎ込む。
「……もっと早く存在に気付ければ、可愛い仲間が増えたかもしれないのにね」
なんて呟きは、今や叶わぬ願い事。
命は言葉もなく矢を番えると、イフリートを狙い、弓を引き絞る。
自分たちにできるのは、帰れぬ道に迷った子供を在るべき形に還すことだけ。
指を離れた矢は流星の尾を引き、獣を穿つ。
咆哮。
慟哭。
震える空気。
「おーし、もう終わりにしような」
痛かったよな、ゴメンな――勇真はキャリバーのスピードを上げると、炎を宿した斧を構えて突撃する。
見つからないよう動かなかった。
見つけてほしくて離れなかった。
かくれんぼに潜むのは、どこか矛盾した子供の想い。
跳躍と共に圧し掛かるキャリバー。勇真の振り下ろした斧に獣が怯めば、眠りへ誘うように無数のカードが辺りを舞った。
「見つけられなかったのも、見つけられたのも、『運が悪かった』デスネ」
ケハハ。
乾いたようにモーリスが笑い、バロリは霊障波を引き起こす。
誰が悪いとも言えず、何が良いとも言えないならば、優しい言葉は棄ててしまえ。
そしてただ、助けられない自分を卑下して闇を狩ろう。
「……早く……おかえり」
フィアはイフリートの懐へ走り込むと、小さく促す。
表情も感情も全てを殺し、人形のごとき彼女は二振りの刃に手を掛けて。
一瞬の抜刀。
無音の納刀。
――程なく。
刹那に斬り伏せられた炎は、ゆっくりと消え去った。
●かえりみち
「……サテ、バロリ、帰りマショウ」
モーリスは背後の亡霊に声をかけると、くるりと背を向け歩き出す。
帰る場所があるだけ、幸いと言えるのかもしれない。
その後ろに、リーグレットが続く。
振り返ることはしない。
ここはもう、終わった場所だから。
フィアも、しばし黙祷を奉げたのちに、黙々と二人と同じ道を行く。
帰るべき場所――彼女を待つ恋人のもとへ戻るために。
そうして、ひとりふたりと、順に皆が動き出せば、あとには点々とした焦げ跡と幾筋かの爪痕だけが残される。
それらもいずれ、季節が廻れば薄れるのだろう。
良くも悪くも、時が流れるとはそういうことだ。
来た時と同様、八人は隠された森の小路を拓き辿れば、想希はふと、足元に転がる『落し物』に気づく。
「これは――」
拾い上げたのは、古びた麦わら帽子。
長らく雨風に晒され、土で汚れたそれは、一見、持ち主など分からない。
しかし、
「あ。焦げ跡だな、それ」
と、勇真が小さな斑点を指差した。
「……ええ」
想希は柔らかく頷くと、軽く汚れを払い、程よく目につく枝に帽子を掛ける。
もしかすると、気づかれることはないかもしれない。それでもせめて、ここにいた証となるように。
やがて抜け出た森の先では、数人の子どもたちがキャッキャと遊んでいた。
年の頃を察するに、五、六才――あの日のかくれんぼとは関係のない子たちながら、何となく重ねられるものがある。
「危ないから、あんまり奥に行っちゃだめだよ」
命が声をかけ、
「遅くならないうちに、ちゃんと帰るのよ?」
悠理も言えば、子供たちは口々に「はーい」と答える。
まだ日があるうちに、帰り道の見えるうちに――でないと、戻れなくなってしまうから。
見上げる空はまだ明るい。
けれど、その端はほんのりと茜に染まり始めていた。
菊乃は夕風に乗せ、ぽつぽつと呟くように歌い出す。
あるべきかたちに還したあの子を想い、その餞となるように。
作者:零夢 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年8月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 2
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