
それはそれは良く晴れた日のことだった。
少年はじりじりと熱せられた坂道を登っていた。左はガードレール、右は山の斜面で挟まれた坂道だ。道には人影はおろか、車一台通らない。
「もうすぐだぞ、三郎」
少年は小さく独りごちた。彼の手には一枚のチラシが握られている。
チラシの上部には『猫を探しています』と書かれていた。チラシに寄れば、引っ越しの際に姿を消してしまったらしい。庶民的な顔をしたぶちねこが描かれている下には、『名前は三郎です』と書かれている。
「三郎、一人で寂しいよな……すぐに迎えに行くからな」
少年はそう言って坂の上を見た。チラシには手書きの文字で、『山間の神社』と付け足されている。この先の神社で目撃情報があったのかもしれなかった。
「……ん?」
しかし少年は脚を止めた。彼の耳に何かが転がってくる音が響いたからだ。
そういえば最近、この辺りは土砂崩れが起こっていると噂を耳にしたかもしれない。いや土砂崩れレベルならまだいい、噂では大きな岩が転がり落ちてくるというのだ。
あの噂は本当だったのだ──少年は坂の向うから転がり落ちてくるものを見て瞠目した。
けれど、少年はめげなかった。チラシに描かれた猫を見つけるのだという、彼の執念がそうさせたのか。すぐさまガードレールにしがみつき、彼は転がり落ちてくるものを見据えた。大丈夫、此処ならあれにはぶつからない。
こっちに向かって来るなよ──そう思いながら、少年はそれを睨みつける。
睨みつけた彼は、そして、再び瞠目した。
「たぬきだああああああああああああ?!!」
●転がり落ちたのは、たぬきでした
「──という訳で、そんな感じの都市伝説が現れたよ」
花芒・愛(中学生エクスブレイン・dn0034)は手許の造花を完成させ、満足げな笑みを零した。
彼女によって作られた造花はショウジョウソウ、狸狸草とも呼ばれる代物である。
「たぬきさん……もっふもふだな!」
傍らには、ぐっと拳を握る水無月・弥咲(アウトサイダー・d01010)。
弥咲はやがて周囲の目線に気付き、ああと小さくかぶりを振る。
「いや、ちょっと気になる噂を仕入れてね。愛に分析してもらったんだよ」
弥咲はふふんと得意げに胸を張り、現場周辺の地図を叩いた。
場所はとある山道。転がり落ちてくるたぬきは合計で三体あるという。弥咲の言葉に肯い、愛は言葉を言い添えた。
「転がり落ちてくるたぬきさんは、直径三メートルぐらいかな」
でかいよ。
「まず必要なことは、転がり落ちてくるたぬきさんを受け止めることかな。何かしら頑張ってたぬきさんを受け止めたら、たぬきさんと戦うことになると思う」
ちなみにたぬきは体当たりような攻撃と、しっぽを振り回す攻撃を繰るという。
「たぬきさんの身体もしっぽも、もっふもふなんだね……?」
「たぬきさんの身体もしっぽも、もっふもふだよ……!」
ガッツポーズ。
「噂のおかげで人気もなさそうだから思う存分戯れ──戦闘できるよ」
もう一回ガッツポーズ。
「私から話せることは以上だよ。可愛らしい顔をしたたぬきさんだけど、あくまで都市伝説だからね。しっかり退治してきてね」
そう言うと、愛はふわりと口端を緩めた。
彼女の掌は、何時も通り皆に向かってゆるりと揺れる。
「それじゃあ、弥咲さんも皆もいってらっしゃい!」
| 参加者 | |
|---|---|
![]() マーテルーニェ・ミリアンジェ(散矢・d00577) |
![]() 水無月・弥咲(アウトサイダー・d01010) |
![]() 紅草・リヨノ(赤く紅く・d01143) |
![]() 帆波・優陽(深き森に差す一条の木漏れ日・d01872) |
![]() 雲母・凪(魂の后・d04320) |
![]() エイダ・ラブレス(梔子・d11931) |
神楽・武(愛と美の使者・d15821) |
![]() 紫竹山・仄歌(ふわふわビート・d18144) |
●
この日は絶好のたぬき日和であった。陽射しは雲が適度に遮り、涼しげな風が吹き抜ける日であった。ご都合主義では断じてない。
「もっふもふふるもっふでごろごろのたぬきさんっ!!」
ぴこん、と水無月・弥咲(アウトサイダー・d01010)の頭の上にたぬき耳。弾む足取りに合わせて、ぴこぴこ揺れるたぬき尻尾。装備とテンションの準備は万端である。
「さあ、マーテルーニェも一緒に!」
「つけませんよ」
即答だった。
「うう……似合うのになあ……」
「泣いてもしょんぼりしても駄目です」
マーテルーニェ・ミリアンジェ(散矢・d00577)は手厳しい。
そう、マーテルーニェが弥咲から差し出されたたぬ耳セットをあっさりすっぱり拒否する傍ら、一方で「ね、ね、それさ、似合ってるねえ。どうやって準備したの? 作ったとか?」と興味津々に眺めているのは、もっふもふのたぬきぐるみもとい紅草・リヨノ(赤く紅く・d01143)だった。皆、色んな意味で準備が万端だ。
「……あれ、でしょう、か……」
エイダ・ラブレス(梔子・d11931)がふわりとブロンドの髪を揺らして傾げる。大きな大きな、たぬきさん、と口許が動いた。澄んだ緑の双眸が見つめる先には、確かにごろごろ転がる丸いもの。
「……結構な、勢い……ですね……!」
若干戦くエイダの傍ら、紫竹山・仄歌(ふわふわビート・d18144)が口許を緩める。
「うわぁ、可愛いですね〜」
「もふり甲斐もありそうですね」
此方もふわふわの髪を靡かせながら、仄歌は足を弾ませた。転がり方が猛スピード過ぎるたぬきよりお花が舞うかの様にゆるふわな彼(但し殺人鬼)の方が愛らしい気がするが細かいことはさておき、雲母・凪(魂の后・d04320)は柔和な笑みで諾う。
「でも、転がりたいの? 何のために? オネエさん、ケモノの考えは分からないわネェ」
その隣、首を傾げているのは神楽・武(愛と美の使者・d15821)だった。女子力と肉体美が自慢の中学三年生男子である。
「まぁ、いいワ」
愛らしく揺れる、鍛え抜かれた武の肉体。
「オネエさんさんが本物のケ(ダ)モノってやつを教えてあ・げ・る☆」
「あら。たぬきさん達、遅くなったわね」
流石動物は危機を察するのが疾い。
帆波・優陽(深き森に差す一条の木漏れ日・d01872)はその様子をのんびりと見返した。
既にたぬきに轢かれ共に転がり落ちながら辛うじて「リヨノ君、今だ、たぬすーつだぁ!!」と声を上げる弥咲には声援を送りつつ、優陽は用意しておいたアップルティーを一口含む。なんだろう、彼女のこの、まったりした空気感。
「まっかせなさーい! なんでかどーぶつにはよく逃げられるあたしでももふもふできるチャンス、逃さないんだよ!」
「ボクも轢かれる覚悟はできてます!」
ともあれリヨノと仄歌が前へ跳んだ。
「たぬきさんたちをしっかりもふ……倒しに行きましょう!」
うっかり漏れた仄歌の本音はさておいて。
哀しいかな血の匂いのお陰で動物に寄ってこない殺人鬼とそうでもなさそうなお花畑の殺人鬼、二人は揃ってたぬきにえいと飛び込んでいく──!
もふん。
●
(「……アディも……受け止め、頑張らない、と……」)
エイダはぎゅっと身構え、ビハインドと共に転がり落ちてくるたぬきを見た。
しかしふと、エイダの傍らを登っていくたぬきに気付き、思わずほわり──とした後に今度ははっとする。
たぬきの背中に凪が引っ付いていた。
「もふもふ気持ちいいです……」
(「……幸せ、そう」)
眠たげにとろんとしている凪を乗せ、えっさえっさと坂を登っていくたぬき。
かわいいものが大好きな身としては微笑ましいその姿、エイダとビハインドが思わず顔を見合わせた瞬間、他のたぬきにぼふんとぶつかり、エイダ達もまたもふもふ転がり落ちていく。
「私のたぬさんたちへの愛は、これしきでは――!!」
「あたしもまだまだ行くのさ!」
「ぎゃああー!? もふもふがぁ、もふもふがぁああ!?」
「もふもふー! ……ぐえ」
「──しかし私達は負けぬ! 再チャレンジだァ!! さぁ、一緒に上まで戻ろう、な!」
「……何だか生き生きしてらっしゃいますね」
立ち向かってはごろごろ轢かれ、また立ち向かう弥咲とリヨノの姿に、マーテルーニェが思わず独りごちた。
回復、と一応準備をするも無傷なのは百も承知、結局彼女はただそっと掌を降ろす。
「そうネェ、何でこの子たちはちょっと嬉しそうなのかしら。でっかいたぬきがごろりんとか、普通に惨事よ惨事」
「まぁ、楽しめているようで何よりかしら」
武がマーテルーニェの言葉に諾い、少々呆れ顔で息を吐いた。
優陽もまた二人に肯いつつも、アップルティーを再び呑み込むと、坂を登っていくたぬきの姿にほんわりと笑む。
やっぱり、そのたぬきの背には凪が付いていた。
(「ですが、このままぼーっとはいけませんので……注意しておきましょうか。他の勢力の介入とか」)
そう思った後、ないでしょうね、と自ら突っ込むマーテルーニェ。
(「増援とか」)
あるわけないですね、と矢っ張り自ら突っ込むマーテルーニェ。
然しながらぼーっとはできない性分ならば致し方ない、彼女は警戒を兼ねて幾度か周囲を見回していく。
そして、ふと、マーテルーニェは地面に何やら並べている様子の仄歌に気が付いた。
仄歌の手許にあるものは干し柿やドッグフード達。
どうやら、たぬきの餌だった。
一方のたぬきは猛スピードで落ちてくる。落ちてくる、が、餌を見つけた途端急ブレーキで止まった。もの凄い勢いだった。食欲とは恐ろしい。
「おいしいです?」
餌を渡しつつ、つんつんもふもふする仄歌に、こくこく首肯くたぬきさん。
その、たぬきの背中で何かがもぞりと動いた。
凪だった。
大変、何処にでもいるこの子。
「……イイ加減、止めた方がいいかしら?」
武は、轢かれまくっているリヨノと弥咲、受け止めようと頑張るもたぬきと一緒にころりんしているエイダを見つめて呟いた。
オネエさんの出番ネ、と動き始めた武の後ろ、優陽はすっと風船を取り出す。風船、と呟いたマーテルーニェに、優陽はおっとりと微笑み返した。
「大きな音を聞くとびっくりしてたぬき寝入りするって話を聞いたから、反応をみてみるわね」
きらんと、優陽の手許で輝く、針一本。
それが今、空気の詰まった風船に突き刺さる。
──ぱぁぁんッ!!!
それはもう、盛大な破裂音が坂全体に響き渡った。
●
結果を云うと、全体的にびくうっとなった。
たぬきに限らず、仲間達もである。
びくうっとなったたぬきの内、一匹はその場に倒れ、エイダの上にぼふんと落ちた。
もう一匹は登っていた足を踏み外し、ごろごろと転がり、リヨノと弥咲を轢いていった。
転がり落ちたたぬきの前に立ちはだかったのは、鍛え抜かれた美しい身体と怪力無双を携えた武である。
武はたぬきを見据え、ぐっと拳を握り締めた。
「オラオラオラァァァ! チョーシ乗ってんじゃネェぞ、グラァッ!」
説明しよう。
オネエさんこと武は、頭に血が上ると893ばりの超怖いオニイさんに変貌するのである。
「エイダさん、大丈夫ですか?」
「……もふもふ、でした……」
そうして武オニイさんがたぬきを思いっきり掴み上げるのを横目に、仄歌はエイダの所へ駆け寄った。ビハインドにも見守られつつ、エイダがたぬきの下からもぞもぞと現れる。
すると、その二人を包むもとい攻撃するたぬ尻尾。
もふんと叩かれ、仄歌とエイダの表情が思わず綻ぶ。
「確かに、もふもふはちょっと惜しいですが……」
仕方のない事よね、と小さく添えた凪の足が、軽やかに跳ねた。凪は、振り回されたたぬ尻尾にもふんと乗っかると、そのまま背を駈けて周り込み、高速の一撃を叩き込む。
「待ってくれ!」
そこへ、両手を広げて立ち塞がるのは弥咲であった。
はてなマークが広がる中、彼女は精一杯の叫びを上げる。
「たぬきさんを連れては帰れないだろうかっ!?」
無理だろ、という空気が流れる坂の上。
「無理ならば……たぬきさんたち、ここは私に任せて先にゆけぇ!!」
そして裏切っちゃうたぬきラブ弥咲。
「弥咲ちゃん!?」
「寝返ってどうする気ですか……!?」
「だって、だってさあごふっ!」
然しながらリヨノとマーテルーニェの動きは疾かった。
リヨノのハリセンが飛び、マーテルーニェがきっちり捕縛する。
弥咲、速やかな退場であった。
一方、傍らの優陽はたぬきをじっと見つめていた。何か考えているようにも見取れるその姿、まさか、彼女もたぬき保護派であるというのか──、
「お腹と尻尾、どちらが柔らかいかしら」
そこをお悩みでしたか。
ともあれ、WOKシールドを掲げ、優陽はたぬきに飛び込んでいく。
「あらん、なかなかの毛並みじゃなぁ~い? この子、お持ち帰りしたいワ」
武の異形と化した片腕がたぬきをぼふりと包み込めば、ふわふわの感触が腕を伝った。
思わず身体をくねらせた武の傍ら、リヨノもふわふわ尻尾の中へぼすりと突っ込む。
(「……けど、おねーさんとしてさ、ちゃんと戦わなきゃなんだよね」)
然し、リヨノが思うように、何時までも一緒に居られないのが現実である。
回復はマーテルーニェが補ってくれる。だから凪は再び跳ね上がり、素早くたぬきの背後に回り込むと、たぬきの足裏を素早く裂いた。
ころり、と足を取られたたぬきが転がる。
哀しいが、非常に哀しいが、お別れをせねばならない。自分に言い聞かせながら、弥咲は鮮血を思わす程の緋色を身に纏う。
あまり苦しめたくない、と。
影を腕に纏ったエイダが抱えるその気持ちは、きっと皆も変わらない。事実、攻撃を受けていた時は嬉しそうにしていた仄歌の顔は、今は、少し申し訳ないと思う気持ちが滲んでいる。
「くたばれぁぁぁぁッ!」
武の手許に集束したオーラが爆ぜた。
優陽はマーテルーニェのお陰で回復が必要ないことを確認すると、その掌に焔を生み出した。武の一撃の許、ゆるり消え往くたぬきの横を、猛焔の奔流が駈け、もう一体のたぬきを絡め取る。
優陽の焔に添い、凪は最後の一体を見据えた。
たぬきのつぶらな瞳は、ころころと転がっていた時と変わらない。
執着だとか、諦めだとか、平生ならばそれらが見えた時、狂喜の言動で絶つ凪も、今はふふと静かに笑みを零すのみ。
「ありがとう……」
そして、さようなら。
●
「怖ろしい相手でしたわね」
たぬきが消え、静寂が戻った坂道に、マーテルーニェのしれっとした声音が響く。
彼女の青眼が見つめる先は、敵に回りそうになった某たぬき好き。視線を感じたのか、ふいーっと弥咲の視線が、マーテルーニェとは反対の方へ流れていく。
何はともあれ、此れで依頼は完了である。
「ま、たのしかったよねえ」
「はい。たぬきさん、可愛かったですね〜!」
初依頼を終え、晴れ晴れとしたようにも見取れるリヨノの呟きに、仄歌はこくりと諾った。
坂道を転がり登る姿はもうないけれど、脳裏に彼らの姿を描けば、口許もゆるりと綻ぶというもの。
「……都市伝説、って……不思議、ですね……」
エイダが、ぽつりと独りごちた。
何処からこういう噂が広まるのか。その、土砂崩れの噂がいつしか大きな岩になって、それがたぬきになって。そう考えていくと、何だか少し不思議なものだとエイダは思う。
「もふもふさんは、うれしい、ので、いい……ですけど……」
「そうネ、オネエさんもあの感触は中々だったと思うワ」
転がりたいケモノの考えはやっぱり解らないケド、と武が言い添えれば、凪が笑った。転がるのも中々面白かったですけど、と言葉を添えて。
そうして皆、何気なく仰いだ青空は何時の間にか少しの茜色。
雲の少ない空だから、夜には沢山の星が見られるに違いない。
「今度は普通の狸さんでおいで」
弥咲は、空に溶けるように消えていったたぬきを脳裏に描きながら、 小さく呟いた。
呟きは風にするすると流れ、まるで応えるかのように、道の傍らに立つ木の葉がざわめく。
優陽は、残しておいたゴム風船の口元に糸を括り付けた。
優陽が指先を離せば、ふわり、ふわりと風船は空へ舞い上がる。
──たぬきさん達の御霊が風船に乗って、無事天へ還れますように。
優陽の祈りを孕んだ風船が優しい色の空を泳ぐ。
やがて風船は、たぬき達と同じく溶けるように、空の彼方へ消えていった。
| 作者:小藤みわ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
![]() 公開:2013年9月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 5
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