水蜜桃に滲む

    作者:中川沙智

    ●甘くすべらかな誘惑
    「お疲れ様」
     夏休みの水飲み場。部活の休憩時間中に、彼女は声をかけられた。顔を上げると見知らぬ――否、一方的に見知っている――女子生徒が佇んでいる。
     さほど目立つタイプではない。
     けれど香り立つような存在感がある女子だった。丁寧にブローされた髪、しみひとつない柔らかそうな肌。綺麗な弧を描く眉。長い睫毛と潤った唇は人形のようという形容詞が相応しい。
     生まれついての美形というわけではないのだろう。ただ制服の着こなしといいしなやかなスタイルといい、自らを女子として引き立てる術を知っている、そんな少女だった。
     確か名前は、『玖珂沼・さやか』といっただろうか。
    「ね、今ね。メイクアップセミナーの受講者を募集しているの。私の夏休みの自由研究にさせてもらうから受講料は無料。参加してみる気はない?」
    「で、でも……あたしこんなに日焼けしてるし、ニキビだってたくさんあるし」
     彼女は無造作にタオルで顔を拭く。目の前の少女と自分があまりにも、違いすぎる気がした。
     さやかは首を横に振る。微かに薫る、ピーチコロン。
    「大丈夫よ。健康的という事は綺麗になる第一歩。日焼けの手入れ方法だって教えてあげる。ニキビの痕だってメイクで目立たないようにする事が出来るわ。あなたはもっともっと、綺麗になる事が出来るのよ」
     知らず意識が揺らいだ。
     彼女とて屋外での部活動に励んでいるとはいえ、化粧やおしゃれに興味があるごく普通の女の子なのだ。ただ自分には無縁と、臆病になっているだけで。
     そんな様子を見透かしたように、さやかは続ける。
    「最初は誰でもどうすればわからないものよ。だからこそ一緒に学ぶ事で相乗効果が得られないか……私はそう考えているの。皆で空き教室に集まっているわ。部活が終わってからでいいから来てもらえないかしら?」
     息を呑む。部活が終わった後は大会に向けたミーティングがあったはずだ。
     けれどそこまでさやか達が待っていてくれるとは思えない。
     少しも涼しさを含まない夏の風が通り過ぎた頃、彼女は言った。
    「いいよ。どこの教室?」
     
    ●水蜜桃の頬に
    「この季節は日焼け止めが必須とはいえ、うまくいかないものよねー……何でちゃんと対策してるのに焼けちゃうのかしら」
     あっ枝毛、と小鳥居・鞠花(高校生エクスブレイン・dn0083)が髪の先を見遣る。美容は女子にとって大事なテーマなのよと力説し、説明を始める。
    「ソロモンの悪魔に闇堕ちする子が出ようとしているわ。皆にはその阻止をお願いしたいのよ」
     まだ闇堕ちが完了したというわけではない。すなわち灼滅者の素質を持っているからかもしれないのだと、鞠花は告げた。もしそうであれば救出してもらいたいとも。
     勿論完全なダークネスになってしまうようであれば灼滅するしかないのだけれど。
    「彼女の名前は『玖珂沼・さやか』。高校一年生の女子ね。綺麗系な美人で、メイクがとても得意なの。自分を彩るのは勿論それで友達が綺麗になっていくのも好きな、面倒見のいい素敵な子よ。……その願いが故にダークネスに心の深淵を覗かれた、そんなところかしら」
     そもそも化粧は、古代において口や耳などの穴から悪魔などが進入するのを防ぐために塗料を塗った風習が発祥だと言われている。
     そういう意味では魔法にも悪魔にも近しい行為、それが化粧というものなのかもしれない。
    「さやかさんが声をかけているのは、真面目でメイクには無縁だったような同級生よ。メイクアップセミナーと仄めかし、勉学や部活動から遠ざけているわ。人の願いを叶える事で闇の道へ引きずり込む……ある意味ソロモンの悪魔らしい手管になってしまっているのよ」
     侵入するのはとある私立高校。夏休み期間中とあってよほど目立つ真似をしなければ問題ないだろう。さやかと彼女の取り巻きが開催するメイクアップセミナーが開催される教室へも、校内にポスターが貼ってあるから辿り着くのも支障はない。
     教室にいるのはさやかと、取り巻きの生徒が三人。その三人はさやかに特に心酔している。そして参加者となる生徒が五人ほどだ。生徒は皆一般人ではあるが彼女達の対応には気を遣う必要があるだろう。
     さやかの心証に影響を及ぼす可能性があるからだ。何せ、さやかは自分の行為を悪い事だとは思っていない。
    「それにね、さやかさん自身メイクによって自信を得られたという過去があるみたい。だから説得する時には気をつけてね。化粧を貶すような発言は感情を逆なでしかねないわ」
     使用するサイキックは魔法使いのもの、契約の指輪のもの。
     ただ戦闘に関してはさほど問題ではないだろうと鞠花は言う。
    「本来はメイクって魔法みたいに、人の心まで華やかにするものだと思うのよ。だから、それが正しい方向に向かえばいいって思うわ」
     女子は勿論、男子からの言葉もきっと、心に届くと思うから。
    「行ってらっしゃい、頼んだわよ!」


    参加者
    睦月・恵理(北の魔女・d00531)
    黛・藍花(小学生エクソシスト・d04699)
    釣鐘・まり(春暁のキャロル・d06161)
    立花・銀二(クリミナルビジー・d08733)
    火土金水・明(いたって普通の魔法使い・d16095)
    黒水・薫(浮雲・d16812)
    ハリー・クリントン(ニンジャヒーロー・d18314)
    水島・佳奈美(わがままボディ・d20264)

    ■リプレイ

    ●水蜜桃の酩酊
     残暑が厳しい折、珍しく涼しい風が通り抜ける日の事だった。
    「玖珂沼さんが主催するメイクアップセミナーだけど……貴方達は?」
     何の集会かと尋ねた立花・銀二(クリミナルビジー・d08733)に対し、女子生徒は怪訝な顔をする。だが銀二が興味津々といった様子で飛び込み参加をしたいのだと告げると、相手の表情が僅かに緩んだ。
    「お化粧セミナー? まあまあ素敵。私達もご一緒していいかしら?」
     黒水・薫(浮雲・d16812)も言葉を重ねる。ノーメイクで臨んだ彼女の姿に、女子生徒は親近感を感じ、安堵の笑みを浮かべたようだ。だってお化粧難しいんだものと零せば相手の口元も綻ぶ。正しい生活態度だけを化粧としている睦月・恵理(北の魔女・d00531)に対してもそれは同じで、髪油のみ薬草で調合し使用している彼女の黒髪がさらりと風に翻る。
    「……お化粧の事、教えて貰えるって聞いて来たのですが」
     ぽつりとつぶやいた黛・藍花(小学生エクソシスト・d04699)の幼さに女子生徒は目を瞬いたが、昨今は小学生でも化粧をするご時世だ。藍花がプラチナチケットを使っていたこともあり、どこかの生徒が妹でも連れてきたのだろうと得心してくれた。
    「当日参加も大丈夫のはずよ。会場はこの教室」
     女子生徒は教室のドアを開ける。彼女に続く形で灼滅者達は足を踏み入れる。
     事前情報の通り、既に数名の生徒が集まっている。その中で取り巻きに囲まれ、一際存在感を示す存在――彼女が玖珂沼・さやかだと、誰もが悟る。
     見慣れぬ集団の存在に気づいたらしい。それでも尚、さやかの形のいい唇は笑みの形を描く。
    「他校生かしら? どうぞ、席に座って。私の講座は誰でも参加歓迎よ」
     私立という事もあり余程自由な校風らしい。それ故化粧にも寛容なのだろう。そもそも学校で化粧したりしても良いのかと考えあぐねていた藍花の口は噤まれる。
    「拙者、舞台役者を目指している故、役作りの参考になると思い参加したにござるよ」
     時代がかったハリー・クリントン(ニンジャヒーロー・d18314)の言い回しとニンジャ装束にも、さやかは優美に頷いてみせる。今やメイクを使う事に男性も女性もないものねと教壇に立った。
    「改めまして、こんにちは。玖珂沼・さやかです。今日は集まってくれてありがとう。今回は私の夏休みの自由研究も兼ねて、メイクアップセミナーを開催させてもらいます」
     取り巻きの生徒が最前列。他の生徒が空いている席にまばらに座る形でセミナーは開始した。水島・佳奈美(わがままボディ・d20264)も出来るだけさやかに近い前の席に座る事にした。いざという時に即座に対応するための配慮だ。武蔵坂に転校する前の学校は、化粧は校則違反だったけれどリップとかは平気だったと思い出す。
     火土金水・明(いたって普通の魔法使い・d16095)も真直ぐな視線を向け、説明に耳を傾ける。
    (「さやかさんの話は、普通の時に聴きたかったなぁ」)
     心に広がる波紋は、まぎれもない本心だ。
     セミナーの簡単な趣旨解説を行った後、さやかは視線を泳がせる。
    「実際に体験してもらったほうがわかりやすいと思うの。ええと、誰かにメイクモデルを頼みたいのだけれど……」
     取り巻きの少女達が我先にと声を上げる直前、手を挙げたのは釣鐘・まり(春暁のキャロル・d06161)だ。
    「あ、あの、私、お化粧とかした事なくて……でもずっと憧れてたんです」
     戦闘時に生徒が万一にも標的とならないよう早めにさやかに接近しておきたいという思惑もある。けれどもしメイクして貰えたら本当に嬉しいと思う気持ちも本物で、まりの頬が見る見るうちに赤くなる。
     素直な反応が嬉しかったのだろう、さやかも表情を綻ばせた。
    「じゃあ、貴方にお願いするわね」
     教壇の横に用意した小さな実演スペースにはコンパクトながらも数々の化粧道具が並んでいる。その席にさやかはまりを招き、本格的にセミナーが開始された。
    (「誰かの為にと想った魔法使いが、悪魔になるなんて皮肉な話」)
     薫は伏し目がちな瞳で、さやかに眼差しを向ける。
    (「でも、悪魔になんて、させないのだわ」)
     胸中に確かな決意を、秘めながら。

    ●水蜜桃の希望
     それはまさに一種の魔法だった。優雅にまりの顔を撫でる、指先。
    「私達の年齢だと、きちんとお手入れしていれば肌は綺麗なものなのよ。中途半端に日焼け止めや洗顔料が残っている状態が一番駄目。ゆっくり労るように、洗顔と保湿を行うのが第一歩よ」
     揃えられた基礎化粧品やメイク道具は学生にも手が出る程度のメーカーばかりで、それでも余計な添加物がない上質なものばかりだった。さやかがどれほどメイクに傾倒しているか灼滅者達は身に沁みる。
     教室のすべての生徒が説明に聞き入っている。ほほう、と感嘆の息を漏らしたのはハリーだ。佳奈美も感心しながら熱心にメモを取り、疑問がある度に邪魔にならないよう話がひと段落してからさやかに質問を投げかけた。
     この化粧品の成分は、どのような効果が、使用上の注意や保管方法があるかどうか。
     そのすべてにさやかはゆっくりと噛み砕きながら答えていく。私でもお化粧をしたら綺麗になれますかと藍花が問えば、さやかはそれは嬉しそうに首肯した。
     モデル役のまりの鼓動は速くなるばかり。
    (「水蜜桃の薫る人……本当に綺麗な、魅力に溢れた人」)
     女性らしい美しさを磨く、その心が何より輝いて見える。一番近くで実際に指南を受けているからこそ感じる実感だった。まりを宝物のように扱い、本当に綺麗になって欲しいと望みながらメイクを施していく姿は――魔法使いそのもの。
    「チークを入れてもいいと思うわ。でも学生のうちは自然な頬の桃色が何よりの彩りよ。これでひとまず完成ね、どうかしら?」
     ベースから眉の整え方、リップの選び方まで。すべての工程を終えた後のまりの顔は眩い輝きを帯びているよう。わあ、と周囲の女子生徒達から歓声が上がる。
     ただそれなりの時間をかけている事も事実だ。静かに観察していた薫は、教室に入る前に声をかけた女子生徒がちらりと時計に視線を走らせた姿を見過ごさない。
    「どうしたの?」
    「……家から電話が来てるからって部活のミーティングを抜け出してきたの。でも、そろそろ限界……」
     密やかに交わされる会話は悪魔が齎した僅かな綻び。
     素のままでセミナーを楽しんでいた恵理も状況を察し、敢えて通る声音で言葉を紡ぐ。
    「自分を飾るのは他人を気にするから……他人に対してよい自分で臨みたいと思うのは、お互いに敬意を払う素敵な事だと思います。だからこそ」
     深緑の瞳に凛とした光を宿し、恵理は薫と話していた女子生徒に優しく話しかけた。
    「部活の先生が随分探してましたよ。私、一生懸命やって来たのが形になった貴女の体も表情もとても素敵だと思います。玖珂沼さんはそれを表に引き出してくれた……でも、誇れる一生懸命をなくしちゃったらお化粧も台無しですよ」
     僅かに教室内にざわめきが広がる。薫も頷き、彼女を促した。
    「そのミーティングはそんなに大事? ダメじゃない、後でちゃんと教えてあげるから行ってきなさいな」
     さやかも彼女も立てたやんわりとした言い回しが功を奏した。
     意を決したのか、女子生徒は席を立ちさやかに一礼する。
    「ごめんなさい。部活のミーティングがあるから失礼します。また、お話聞かせてくださいね!」
     取り巻きの女子生徒達が不満をあらわにするが、さやか自身は止める言葉を持たないようだ。教室を飛び出していく少女の姿に、教室のざわめきはますます大きくなっていく。
     そこに発破をかけたのは銀二だ。大袈裟な仕草で首を横に振る。
    「可愛くなりたい気持ちはよーくわかります! ですが人の道を作り変えてまでやりたいことなのでしょうか」
     偶然隣の席に座っていた女子生徒の鞄に、進学塾のテキストらしきものが入っていた。銀二は尋ねる。
    「お見かけするところ、貴方は塾に通っているようだ。今の時期からすると、夏休み明けの実力テストに備えて勉強に励んでいたのでは?」
     図星だったらしい。女子生徒が動揺する。
     少しずつ、だが確実に、教室の空気が変わり始めた。
     誰にも怪我をして欲しくないと明は願う。
     さやかさん、ソロモンの悪魔なんかに闇堕ちしないで。

    ●水蜜桃の魔法
     女の子は誰しも魔法使い。だが魔法使いは度が過ぎると、魔女になってしまう。
    「さやかさんを救出するの」
     灼滅者になって間もないけれど闇を断ち切って救出したいと、佳奈美は顔を上げる。
    「何なの? さやかさんのセミナーの邪魔ばかりして!」
     憤ったのは取り巻きの少女達だ。怒らなくていいのよと制したのは意外にもさやかだった。理性的な思考が出来るタイプなのかもしれない。
    「ちょっと話変わりますが、最近、自分が自分じゃなくなる感覚ありますか?」
     佳奈美がさやかに水を向けると、さやかが目を瞬いた。
    「自分に歯止めが利かなくなったり、もう一人の自分が囁くみたいな」
    「……あの、さやかさんは、今の自分が少し変だって気づいてますか?」
     無表情ながらも藍花は真摯に言葉を向ける。
     さやかを救う為に尽くしたいと強く思う。こんな事で優しい人が居なくなるのは間違ってると思うから。
    「お化粧は大事、……でも、他の人の優先順位に割り込ませても良いって思ったりする事……おかしいかもって思いませんか?」
     さやかの表情が陰る。それは確かな肯定だった。
     静かな闇の脈動を感じ、恵理は鋭く声を飛ばす。
    「待って、玖珂沼さん! 少しの間でいい、貴女の中のそいつを抑え込んで! でないと、貴女が綺麗にしてあげた子達も巻き込むわ」
     まりも諭すように囁く。
    「誰より人を思い遣る人……あなたも皆を巻き込みたくない、ですよね。皆には外に出ていて貰いましょう……?」
    「生徒さん達を巻き込むのは本意では無いでしょう」
     薫の言葉に、先程彼女が女子生徒の退出を促した意図を察したらしい。さやかは何かを抑え込むように、低く呟いた。
    「……ごめんなさい、皆。今日のセミナーはここまで。この人達と少し話があるから、席を外してもらえないかしら?」
     さやか自身に頭を下げられれば、流石の取り巻き達も否とは言えない。他の参加者全員が教室の外に出た事を確認し、明はサウンドシャッターを展開した。
    「お化粧は大事な事だと思う。でも、勉学や部活動を疎かにさせるのは、違うと思うの」
     回復手として誰も倒れさせぬ決意のもと、明はさやかを見据える。銀二がお前も働けとナノナノを蹴飛ばせば、哀れナノナノはしおしおとハートを飛ばす構えを見せた。
    「……大丈夫。自分を、信じて……」
     闇が完全に表面化する刹那、まりはさやかの手を握った。自分の闇と向き合う瞬間、僅かでも、支えになればと思ったから。
     その手が勢いよく振り払われる。
     ダークネスの人格が、顕在化したのだ。
     だがまだ間に合う。救う事が出来る。信じて、灼滅者達は殲術道具を構える。

    ●水蜜桃の未来
     事前の予測通り、さやかの戦闘力自体はさほど脅威ではなかった。
     彼女の心が闇を忌避していた事、そして灼滅者達の先の接触により既に闇が揺らいでいた事が大きい。
     それでも切先は鈍らない。説得の言葉は、尚の事。
     無粋な悪いアクマには素敵な魔法使いさんは渡さない。一緒にワルツと洒落こもうか。
    「別にお化粧を悪く言いたいわけじゃ無いわ。確かにお化粧は女の子が可愛く綺麗になれる素敵な魔法よ」
     でもね。薫は薄く笑みを浮かべる。
    「それは何かに努力をし続ける人がするから魔法になる。今まで大事だった物を捨ててしまった後のお化粧は唯のハリボテになってしまうの。ねえ思い出してさやかサン」
     貴女は何を思ってお化粧を勉強し始めたの?
     指輪から魔力を放出させようとしたさやかの手が一瞬強張る。その隙を逃さない。シールドで殴打し注意を自身に惹きつける。継いで佳奈美が爆炎の魔力を込めた弾丸を連射すれば、どんな口紅より赤い焔が舞う。
     怒りの矛先を向けられた薫に制約の力が施されるも、明がハートを狙い撃つように癒しの矢を撃つと、途端に戒めも傷も一気に剥がれていく。
     戻ってきて。
     メイクの魔法を。人を幸せにする、あなただけの魔法をこれからも多くの人に与えてあげて。
    「メイクで女の子に自信と幸せを与えてあげたいんです、ね。私、そんなあなたが好き、です。でも……何かを与えるために何かを奪うつもりは、なかったです、よね?」
     それは誰より傍でさやかに接していたまりだからこそ紡げる言葉。
    「いつの間にかあなたが望んだ道を外れているんです。気付いて、下さい……今のままでは皆の魅力を損ねてしまう、事。あなたが想う美しさは、どこにあるの……?」
     まりは槍に螺旋の捻りを加え力強く踏み出す。早く戦闘を終わらせる事がさやかの望みでもあると、信じて。
     藍花も己と瓜二つのビハインドと連携し、影の刃と霊気の衝撃波を同時に繰り出す。小さな身体に確かな意思を秘め、攻撃と共に想いも届けよう。
    「貴女の心は貴女のもの、それを見失わないで」
     ニンジャは女子だからといって手加減はしない。けれど、――美しいものを傷つけるのはやはり忍びない。
    「さやか殿のメイクは実に素晴らしいでござるな。しかし、見た目の美しさを高めるばかりで、内面が堕落しては本末転倒ではござらぬか?」
     ハリーは出来る限りさやかの顔を傷つけぬよう留意していた。彼女の体力が限界を迎えている事を知り、態勢を整え言葉を発する。
    「さやか殿はメイクの技術によって自信が持てるようになったと聞いたでござる。外見を美しく、自らの内面も良くしていくのが本当のメイクという物ではござらぬのか?」
     最後の攻撃は自らを手裏剣に見立てた、決死の回転体当たり。
     何かが事切れるように、ゆっくりとさやかは意識を手放した。

     さやかは灼滅者として目を覚ました。
     誰もがそれを歓迎し、藍花は自分達や武蔵坂学園の事を話す。もう少しお化粧を教えて欲しいですしと付け足せばさやかの表情も緩み、了承した。時を選んで、またセミナーを開きましょうと銀二が提案すれば、さやかも眦を下げる。
    「さあ、もう大丈夫……立てますか?」
     恵理が普段余り化粧をしないのは嫌いだからではなく、過度の化粧が虚栄や自己満足に変らぬ為の心がけだ。
     己を塗り潰さずきちんと活かすさやかの化粧には感じ入り学ぶところがあるし、何より彼女の人を幸せにしたいと言う願いに対して、善き魔法使いを志す者として深い敬意を払っている。
     だからこそ、さやかにも言葉が優しく染みるのだろう。
    「ほんの少しずつ行き過ぎてしまっただけ。この位、ほんの少し道を戻れば何もかも元通りですよ……安心して下さい」

     水蜜桃の頬に涙が滲む。
     さやかはありのままに、それは美しく微笑んだ。

    作者:中川沙智 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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