夏休み。
それは学生が一年でもっともまち望む長期休暇であり、休みの代名詞である。
そんな夏休みは学生にとってやる事の多い休みである。
朝のラジオ体操、キャンプ、海水浴、帰省、盆踊り、花火、プール、etcetc……。
だが、もちろん良い事ばかりではない。
そう……夏休みの宿題は確実に存在するのだから。
「やっぱい中学の勉強は難しいわね……まだ6問しか終わって無いのに……」
武蔵坂学園の通りを木陰を選んで歩く鈴懸・珠希(小学生エクスブレイン・dn0064)が、
手に持ったスケジュール帳を見ながら呟く。
「せっかく前期の中間テストは少しだけ成績上がったのに、このままじゃ……」
少し上がったと言うが、実際には最下位を脱したというだけなのだが珠希にとっては大いなる進歩だ。この調子で成績を上げたいが、このままでは夏休みの宿題が終わらずまた補習に頼る事になる。
やがて学園の校舎が見えてきた。
静かな図書室も、自習用に解放された教室も、クーラーが効いていて勉強をするには快適な環境だ。
どうしても気晴らしがしたければ、外のベンチと机でやれなくもないが……。
珠希は頭上を見上げて木漏れ日に目を細める。
木陰でもこの暑さだ、正直外で勉強するのはキツイと思う。
珠希はもう一度スケジュール帳に目を落し、そして8月末の日付に書かれたメモに目を止め。
「………………はぁ」
思わず溜息がでる。
「この分じゃ、今年も誕生日は返上ね」
8月31日、手帳のその欄には『誕生日』とメモがしてあった。
●図書室とは静かなる本の世界
「ん~っ」
背伸びして手を伸ばすのは綾崎・乙葉(d02175)、目当ての本まであと少し、けれどその少しが届かない。
もう一度と手を伸ばそうとした時、横合いから他の誰かが目当ての本を取ってしまった。
「あ……」
思わず漏れる寂しげな声。だが、スッとその本が自分へと差し出される。
「これかしら?」
乙葉は驚くも、さらに相手が見知った顔で二度驚く。
本を取ってくれたのは紫空・暁(d03770)、いつもは共通の友達がいるが今日はいない。
「よかったら一緒に勉強しましょうよ」
それは……。
「一人より二人って言うでしょ?」
「えっ……は、はい」
2人して館内の勉強机へ歩いていく、その途中。
「そういえば……あれは星が可愛らしかったわ。それに、とても美味しかった」
暁が微笑む。
乙葉は何の事かすぐに思い当たり、ちょっと照れくさくなる。
覚えていてくれたのですね……。
窓際の机に座って勉強する2人、ただ一緒に勉強するだけだけど、友達の友達という関係からは少しは近づけたのかもしれない。
窓の外では僅かに蝉の鳴き声が聞こえる。
2人にとってはそれも忘れ得ぬBGM。
庵原・真珠(d19620)は蝉の声を聞きつつ机に突っ伏していた。
図書館は静かで涼しく心地良い。
10分ぐらい、このまま寝てても。
みーんみんみん……――。
……はっ!?
時計を見れば1時間が過ぎていた。
真珠は再び宿題に向き直る事にする。
だが英語は授業でやったのかと疑いたくなるほど意味不明だ。
ふと、机の横を難しそうな英語の本を抱えた上級生が本棚の方へ向かっていった。
視線を外すように窓の外を見る。
外の樹にとまる蝉を見つけるが、すぐに飛び去っていく。
「今年も、夏が終わるなぁ……」
外界から隔絶されたような図書室で、アリス・バークリー(d00814)は難しそうな英語(魔法関係)の本を棚へ戻す。
本当は魔道書を読みたいのだけど……と、手に取ったのはラテン語で書かれた古書数冊。
正直かなりかさばるし読みづらい。
「活版印刷万歳、ね」
思わず漏れた声に視線が集まる。
「ごめんなさい。ただ、グーテンベルクは偉大だと思って」
その言葉とアリスの持つ古書を見比べ、周りの人達は好意的に同意してくれたのだった。
外国語の本棚の横には、外国の本を日本語訳した本が並ぶ棚もある。
「コレは如何ですか?」
日本語の勉強にお勧めな本は、とヴァン・シュトゥルム(d02839)に尋ねられた羽坂・智恵美(d00097)が、ヴァンの故郷であるドイツの小説を日本語訳した本を渡す。
その後、ヴァンは勧められた本を、智恵美も同じ本を(読書感想文の為)読む事に……。
同じ机で同じ本を読む2人。
図書室には他にも生徒がいるが、静かに流れる時間はまるで2人っきりのよう。
気が付けば智恵美は、真剣に本を読むヴァンを見つめて――。
「どうされましたか?」
ふと視線を上げたヴァンと目が合った。
「な、なんでもないです……」
見つめていたのが恥ずかしくなり、慌てて視線を外すと。
「そ、そういえば、今日は珠希さんのお誕生日パーティーをサプライズでするみたいなのですけど……ヴァンさんも一緒に行きませんか?」
「そうですね……では、あとで一緒に行きましょうか」
「はい」
喜ぶ智恵美を見てヴァンも微笑む。
パーティーまで時間はたっぷりある、2人の時間はゆっくり進む。
そんな中、早く過ぎる時間に焦る者もいる……鈴懸・珠希(dn0064)だ。
「わからない所があるなら、お力になりますよ?」
顔を上げると森田・依子(d02777)がいた。
やがて、教えられた箇所を自分で再度解くという珠希に頷き、依子も自分の宿題を片づける事に。
数学は公式を当てはめるパズル……。
集中し没頭するうちに、最終問題を解き終わってみればかなりの時間が経っていた。
横を見るといつの間にか珠希がいない。
代わりにその席には1枚のメモが置いてあった。
依子はメモを拾うふっと笑い、席を立ち1冊の本を借りて図書館を後にするのだった。
●自習室は自由室
「夏はイベントや買い物で予定いっぱいだし、夏休みは短すぎるよ!」
自習室で叫ぶのは黒柳・矢宵(d17493)、机に広げられた宿題は真っ白だ。
「なんの、やよ殿! 宿題など拙者の手に掛かればちょちょいのちょいでござるよ!」
同じく立ち上がって熱く同意するは猫乃目・ブレイブ(d19380)。
「ぶれにゃん! そうだね、私達の戦いはこれからよ!」
「いざ、参るでござる!」
ガッシと腕をクロスする2人。
そんな2人の意気込みを一通り聞いてから、部屋にいた3人目黒柳・真墨(d12925)が。
「さ、そろそろ再開するぞ」
「うぇぇん」
「そうでござるな」
席に座り直して黙々と頑張り出す2人と、それをサポートする真墨。
真墨の教え方はあくまで要点の説明であり、2人は一生懸命自力で問題を解いていく。やがて教えながら読んでいた本を読み終わった真墨は、別の本でも読むかと図書室へ向かい……。そして戻って来てみると。
「むにゃ……あとこのレイヤーさえ塗れば終わる……zzz」
「頑張らねば……がんば、……ら……zzz」
無言で近づき2人を夢から起こす真墨。
「〆切!?」
「はっ、拙者いったい!?」
真墨はため息を付くと2人の前にコーヒーを置く。
「ほら」
「そうだね、こんな時はアニのコーヒー!……ってか甘! 激甘!」
「うぅぅぅ……にが……いや、なんでもないでござる」
味の違うコーヒーに完全に目が覚める。
「さあ、今日はこの後があるんだろう、もうひと頑張りだ」
「うん」
「で、ござるな」
真墨の言葉に2人が頷き、再び宿題へと取りかかる。
勉強の宿題だけが夏休みの宿題ではない、別の自習室で図工の宿題を制作中なのはアッシュ・マーベラス(d00157)である。
空き缶を材料にミニサイズのロボを鋭意制作中。
とりあえず図工以外の宿題は終わらせてあるので、今日は図工に集中である。
組立終わって目の部分に豆電球を通し電池をセット!
「完っ成!」
がしゃこーん!
効果音を背負うようなロボの完成にアッシュは大満足の笑顔だった。
ところ変わって別の部屋――。
「どうしてくれる、こんちくしょーーーーーー!」
1人で叫ぶのは土御門・璃理(d01097)。
本日何度目かの大絶叫だった。
「と、とにかくやるです!」
気合いを入れ直して机へ。
まずは日記を妄想で書き終え(中3の宿題で日記は無いと思うが……)、次に芸術の宿題に取りかかる。
「芸術は爆発だーーー!」
絵の具チューブから直接塗りたくってコレも完成。
「あとは読書感想文………………よし!」
完成した感想文の題名は『666人の殺人鬼』。
うん、そんな本は無い。
さて、誰もいない静かな自習室の扉が空き、入ってくるのは珠希を連れた東安寺・くるみ(d20227)。
「大丈夫ですたまちー! みんなでやれば宿題などすぐなのです!」
「たまちーって誰よ! って……誰もいないじゃない?」
「……おお!?」
みんなに声を掛けていたのだが、部屋を間違えたのだろうか。
「まぁ、別に良いけど」
そんなくるみを気にせず1人宿題を始める珠希。
だが――。
ガララッ!
「手伝いにきましたよ!」
「さあ、みんなで宿題を片づけましょう」
扉を開けて入ってくるのは教室で見知った顔や仲間たち。
「え? 何!?」
驚く珠希に紅羽・流希(d10975)が両手に抱えた袋から国数理社英の五科目の資料をドサドサっと。
「鈴懸さんも大変ですよねぇ。勉強が好きなのに結果が伴わないとは……でも、これだけ家庭教師がいれば何とかなるでしょう」
部屋に入ってきたのは流希を含めて総勢9人。
「ちょ、ちょっと、別にそんなの頼んでいないし! みんなも自分の宿題をやりなさいよ!」
「僕達の宿題は協力して終わらせたから」
「それに教えるのも復習になるんだ、遠慮なく聞いてくれ」
富山・良太(d18057)が【TG部】の仲間達を見回し言うと、吉沢・昴(d09361)もグッと親指で自分を差しながら笑う。
「でも……」
それでも反論しようとする珠希だったが、皆に教わり最下位を脱した前期のテストを思い出す。そして……。
「わ、わかったわよ!」
珠希が折れ、夏休みの宿題掃討戦が開始されたのだった。
「理科は人類が生き残るために、もっとも研究してきた学問だよ」
理科についてそう説明するのは良太だ。
「確かに光合成とかソレっぽい感じだわ」
「いや、それは……」
結局、理科は穴埋め問題も多かったので、流希の集めた資料を駆使することに。
「また最下位に戻りたいのですか?」
「戻りたいわけ無いじゃない!」
「ならもう1度考えて下さい」
スパルタで数学を教えるのは秋山・清美(d15451)だった。
「ねぇ、このタイト乗るって何かしら?」
「累乗です」
なんとか数学を終わらせるも、かなりぐったり。
「大丈夫か?」
「も、もちろんよ」
昴が差し出す紅茶を一口頂き珠希が強がる。
休憩を挟んで次は英語。
珠希の横に座るは火土金水・明(d16095)だったが。
「ねぇ、なんでいきなり涙目なの?」
「だ、だって……」
自分の英語の宿題さえ終わっていない明、なんで英語の担当になったんだとツッコミたいが、何かTG研的な事情があったのだろう。
「あ、英語なら得意ですけど……教えましょうか」
三澤・風香(d18458)が名乗り出て、TG研の他のメンツも巻き込み珠希と明の2人に英語を教え始める仲間達。
「っと、こんな時間か、俺はそろそろあっちに行くな」
「あ、私も行きます」
途中、昴と風香が抜けるが、必死な珠希は気が付かない。
「社会なら任せて下さい。わかりやすい資料提供には自信があります」
次の社会は桜井・夕月(d13800)が担当、持ってきた資料から穴埋めの答え探しを一緒に行う。そして……日が暮れ始める頃、やっと最後の国語となる。
「読書感想文は本の文を引用すると字数が稼げるからお勧めだよ」
竹尾・登(d13258)が自信満々に言うが。
「そんな手抜きは勉強じゃないわ。登はそんなやり方してたの?」
珠希が怒る。そして登も横で読書感想文をやり直す羽目に……。
「なんで俺まで……」
登に変わって横に座ったのは園観・遥香(d14061)。国語の問題集を見て……。
「この時の作者の気持ちを答えよ……ですか。お腹減った、とか」
「ありうる話ね。ご飯のシーンもあったし」
「園観ちゃんもそう思います」
清美や他の皆が思わずツッコミを入れようかと迷う。
たぶん、その答えは間違っている。
「できたのです!」
そんな中、くるみが宿題終了の声を上げる。
「鈴懸さんも終わりました」
マイペースに園観ちゃんが宣言する(何人かが『え?』と漏らしたが……)。
と、そのタイミングで誰かの霊犬が部屋へと入って来た。
「ぴー助」
珠希の知り合い(?)なのか霊犬に駆け寄ると。
「招待状?」
ぴー助のくわえていた紙。
今まで家庭教師だった仲間達がお互い顔を合わせる。どうやら準備が整ったらしい。
「では行きましょう」
「え、どこへよ?」
「まぁいいからいいから」
そうして強引に珠希は別の部屋へと連れて行かれ……。
●サプライズ
「ちょっと、押さないでよ! なんで私が先頭なの!?」
ガララッ!
『お誕生日おめでとう!』
飾り付けられた部屋に皆の笑顔と祝福の声。
「え、え?」
混乱する珠希に、先導役のぴー助を伴い江東・桜子(d01901)が。
「皆で飾り付けして料理とかも持ち込んだんだよ」
部屋は横断幕に輪飾り、みかんのケーキや豪華なサンドイッチ等も置いてある。
「武蔵野の有名店のケーキも買って来てあるぜ?」
途中で抜けた昴が言う。どうやらこの準備のために抜けたようだ。
「まだまだありますよ?」
同じく抜けていた風香が、ポケットからフルーツサンドやお菓子のバスケット等を取り出し珠希を驚かす。
「たまちー、ちょっと来るです」
未だ呆然とする珠希をくるみが連れだし隣部屋からすぐに戻ってくる。
『おおぁ』
戻ってきた珠希は乙女座模様のドレス姿。
同じ誕生日のくるみの粋な計らいだった。
状況を理解して真っ赤になる珠希。
「はい」
落ち着いてとばかりに差し出されたアリスのダージリン。
「おめでとう、似合っているわよ?」
むせる珠希だったが、ヴァンや智恵美からも言われ照れながらもありがとう、と。
「珠希ちゃん、おめでとう!」
「お菓子を持ってきたでござる!」
「こんな物しか用意できなかったが……」
矢宵とブレイブが駆けつけ、真墨がコーヒーと角砂糖のセットをくれる。
「あ、かわいい」
可愛い形の角砂糖に喜ぶ珠希。
「イェア! ハッピーバースデー!」
アッシュが差し出したのはもう1つ作っておいたロボだ。
満足気なアッシュの笑顔に珠希も笑う。
「オレからはコレ!」
アッシュに続いて登が差し出すは、数字がふってある六角鉛筆。
なぜか珠希と清美からお説教を受けました。
「私も苦手なので……でも、解りやすそうなのを買って来ました」
英語の参考書をくれた明に戦友的な意識でありがとうを言う珠希。
「私も参考書の方が良かったでしょうか?」
そう言いながら清美がくれたのは猫柄の手帳。
「わぁ……ありがとう」
素直に喜ぶ珠希、さすがだ。
「鈴懸さんには菫のイメージがあるからね」
中君につっこまれつつ良太がくれたのは菫の押し花がついたしおりだった。
「あ、かぶっちゃったです」
そう言って困った顔(だと思う?)をするのは園観ちゃんだ。
護符揃え用の紙を流用して作った栞だったが……。
「では、栞が必要になる英語小説とその日本語版をどうぞ」
「英語の勉強ね!」
勉強好きな珠希は流希から2冊の本を嬉しそうに受け取る。
「どうやらかぶらなかったみたいですね」
「メガネケース?」
珠希は夕月から貰ったケースに眼鏡を納めてみて。
「ぴったりね!」
使いやすそうだった。
「ではそろそろ恒例の……」
夕月がホールケーキを取り出し蝋燭を立て火を付ける。
「こ、子供じゃないし! やらないわよ!?」
拒否する珠希。
「伴奏は私が」
流希がウクレレで誕生日のBGMを奏で始め、皆が一様に歌い出す。
「だ、だからやらないってば! ほら、ぴー助に吹かせてあげるわ!」
これが自分からのプレゼントだ、とばかりに撫でられ続けていたぴー助を珠希が持ち上げる。
「だーめ、それは主役の役割なんだから♪」
桜子にぴー助を取られてケーキの前へ。
歌も終わりに近づき――。
「もう、わかったわよ!」
歌が終わり、珠希が蝋燭の火を吹き消した。
「感謝なんてしてないんだからね!」
嬉しそうにしながらそう言い放つ。
素直じゃない少女へのサプライズパーティー。
夏休みの最後にまた1つ、楽しい思い出が増えたのだった。
作者:相原あきと |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年8月31日
難度:簡単
参加:23人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 6
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