●修行する功夫少女
ズシン、ズシンと震脚の音が規則的に山中に木霊する。
キャンプ場と呼ぶには整備されておらず、人が行楽に訪れるには交通の便の悪い山奥の河原に、テントがひとつ立てられていた。
「ふぅ……頂上から18キロ、ひと休みしてご飯にしようかな」
テントの主である朱月・玉緒(中学生ストリートファイター・dn0121)が、山頂の方から中段突きの練習をしながら降りてくる。
「今日って何日だったっけ?」
玉緒は食事の準備のためにテントに入ると、テントの中に置いた卓上カレンダーに視線を走らせた。
長い間山の中で生活を続けていると日付け感覚が狂ってしまうが、新学期が始まる前には学園に帰らねばならない。
「ああ、そういえばもうすぐ誕生日だったっけ……」
夏休み中ということもあって小学校の頃からクラスで祝ってもらったという記憶もないし、すっかり自分の誕生日を失念していた。
里帰りすれば祝ってもらえはするだろうが、お盆も帰らず修行をしていた身としては、催促するようで気恥ずかしい。
「今年は仕方ないから修行に集中しよ……」
そう溜息を吐きながら呟きつつ、玉緒は食事の準備に必要な道具を持ってテントから出た。
玉緒がテントを張っている場所は悪く言えば整備されていないが、良く言えば人の手がほとんど入っていない自然である。
空気は澄んでいるし、緑は青々と茂り、川も濁りひとつない。
街灯りもないので、夜になれば星空も都会とは比べるまでもなく美しいだろう。
野生動物の危険も灼滅者にとっては問題ない。
玉緒は修行に専念しているために、そういう考えが抜け落ちてしまっているようだが、川遊びにバーベキューに花火など、山のレジャーを楽しむには絶好のスポットである。
自分の誕生日を含めてそういった遊びに意識を向けることもなく、少女の震脚の音だけが山中に響き続けた。
●8月25日早朝
まだまだ暑い日は続き、日の昇りも早い。自然に囲まれた山奥の河原には、目を覚ました小鳥達の囀りが響き渡っていた。
(「誕生日か……昔は祝ってもらったこともなかったな。その時は寂しくなかったがな……」)
葛木・雄吾(降魔の拳・d05527)は他の灼滅者達より早く、朱月・玉緒(中学生ストリートファイター・dn0121)が起床するより早く玉緒のテントのある河原に着いて焚き火で魚を串焼きにしながらテントを眺めている。
音と匂いに反応してかテントの中からモゾモゾと物音がし、寝ぼけ眼でテントから玉緒が起き出してきた。
「……お、おはようございます?」
人が居ることを想像もしていなかったのか、玉緒は目を丸くしながら雄吾に挨拶し、それから冷たい川の水で顔を洗う。
「誕生日のプレゼントというわけじゃないが一人での修行というのも味気ないものだ。俺が相手をしてやろう」
一通り自己紹介を済ました後で雄吾は焼けた魚を差し出しながら玉緒に提案した。
「はい、よろしくお願いします!」
玉緒は少し緊張した様子で魚を受け取り、朝食を済ませてから二人で修行の準備を始めるのだった。
「確かこの辺りだったか」
しばらくして吉沢・昴(ダブルフェイス・d09361)が慣れたキャンプに最低限必要な装備で、道らしい道のない山道をテントの張れそうな場所を探して進んでいると、前方から山頂に向かって走る玉緒達がやって来る。
「吉沢昴だ。俺もここらで山篭りをしようと思っていたんだが……いや、その若さで大したもんだと思ってさ」
「朱月玉緒です。あたしも例年山ごもりが習慣みたいになってまして……あ、この先にテントを張るのに調度良い河原がありますよ」
お互いに学園生と気づき挨拶を済ませ、玉緒は来た道の方向を指差す。
「ありがとう。それは助かる」
短く言葉を交わすと、昴は河原の方に、玉緒は山頂に向かって別れた。
●昼の河原で
玉緒達が山頂から戻ると河原には灼滅者達の姿があった。多くは今日が玉緒の誕生日であると知ってこの河原までやって来たのである。
「おーい、朱月は誕生日おめでとさん!」
「誕生日おめでと……励んでいるようだな」
川遊びで涼んでいた八握脛・篠介(スパイダライン・d02820)と大高・皐臣(ブラッディスノウ・d06427)が玉緒に気づいて水をかけながら祝いの言葉をかけた。
「八握脛先輩、大高先輩、ありがとうございます」
玉緒はまだ河原の光景が信じられないようで篠介と皐臣から水をかけられるままに立ち尽くす。
「釣竿持ってきたから釣りしようぜ! で、数少ない方が夕飯当番な。皐臣の料理、楽しみにしてるぜ」
「釣りか、いいな……飯食わせて貰う側ってのも悪くねえ」
篠介と皐臣は互いに不敵な視線を交わし合うと、皐臣は篠介から釣竿を受け取り、二人は川に向かって糸を垂らした。
「お二人とも釣りが出来るんですね」
「朱月は魚を獲るのに釣りはしないのか?」
「あたしはどちらかというと……」
言いよどみつつ玉緒が視線を向けた先には、赤い全身スーツとマスク姿の人影が川の中で構えを取っている。
「やっぱ素手で捕まえてナンボでしょ、川魚ってのは! ……ジャ!」
そう言いながら赤いスーツことデッドマン・ブラッドプール(傷だらけの狂人ヒーロー・d19149)は素手で魚を掴まえたり、熊のように岸へと魚を打ち上げていた。玉緒も釣竿を使うより普段は素手で魚を獲っているのだろう。
デッドマンは異様に高いテンションと怪しい風貌ではあるが、その楽しげな様子からマスク越しにも皆に獲れたての魚を美味しく食べてもらいたいという人の好い性格が滲み出ている。
「……涼しいね」
玉緒のテントとその周りに集まっている者達から少し離れた静かな場所で赤秀・空(死を想う・d09729)とヴェルグ・エクダル(逆焔・d02760)ものんびりと釣り糸を垂らしていた。
「おい空、掛かってる」
心地良い風にいつの間にかぼんやりとしていた空の釣竿がピクリと反応していることにヴェルグが気づく。
「おっと……ありがとう、ヴェルグ」
「米以外は現地調達なんだ。そいつを逃すと食事が減るぞ」
ヴェルグの言葉に空は珍しく慌てた様子で釣竿を引いた。
(「まあ、確かに涼しくて気持ちは良い。俺も一匹逃したからな……」)
そんな空の姿を眺めながらヴェルグもまた人里を離れた自然の静けさに目を細める。
その後もお互いに魚に何度か逃げられるほど、のんびりとした時間が二人の間を流れた。
「そういえば鎗輔の方から誘って来るなんて珍しいですねぇ」
「うん、なんとなく体を動かしたくなって……あと噂でここら辺で可愛い女の子が修行してるって聞いたから」
「やれやれ……まずは組手から始めたいところですが、そういえば鎗輔は何か格闘技をやっていましたっけ?」
紅羽・流希(挑戦者・d10975)が元相棒である備傘・鎗輔(極楽本屋・d12663)に目を向けると、鎗輔は開いた格闘技の本を片手に立っている。
「どうかしましたか?」
二人の様子が気になってか、先ほどまで釣りを見ていた玉緒がやって来た。
「組手をしようと思っていたら鎗輔がこの調子でしてね。朱月さんがよろしければ、お相手をお願いできませんか?」
「僕からもお願いするよ」
「山ごもり中は組手はできなかったので、紅羽先輩がよろしければこちらこそ喜んで!」
自分の誕生日にこんな山奥まで人が集まってくれて嬉しいものの人見知りな玉緒はそわそわと浮き足立った様子であったが、格闘技のこととなると活き活きとした様子で流希の申し出を受ける。
「玉緒ちゃん、修行をするのですか? わたしも土星魔砲式格闘術をお見せするのですよ!」
玉緒達が組手を始めようとしているのを見て、魔法少女風の服装に身を包んだ土御門・璃理(真剣狩る☆土星♪・d01097)も三人の許に駆け寄って来た。
「土星魔砲式格闘術?」
「土星伝来の拳法なのです!」
璃理は拳をグッと握りしめると有無を言わさぬ勢いで力強く主張する。
「玉緒は中国拳法の使い手と聞いたが、是非私とも手合わせ願えないだろうか」
ストリートファイター同士、拳で挨拶することが礼儀と考えていた若紫・莉那(三倍返し・d20550)も勇み輪に加わった。
「夜にしようかと思ってたが手合わせすると聞いて! 中国拳法……オレちゃんは悪党が使うやつしか見たことなくてね。この機会に朱月ちゃんの拳法をひとつ、拳を交えて御見せいただきてぇ……!」
玉緒達が組手を始めようとしているのを見て、デッドマンも魚獲りを中断して急ぎ駆けつける。
「あたしも武門の端くれです。手合わせならいくらでも受けて立ちますよ」
こうして組手の希望者達は順番に相手を変えながら日が傾くまで玉緒との組手を続けた。
「誕生日を忘れて訓練に邁進するのも悪くないが、たくさんの人と触れ合うことで得られるものもあると思うぞ。まあ、みんなも玉緒のこと祝ってくれるようだしな!」
手合わせを終えて礼を交わしてから莉那は玉緒と向き合いながらそう言葉をかける。
「はい、そうですね……」
そう言って玉緒は河原に集まった仲間達と夕陽を眩しそうに目を細めるのだった。
●バーベキューパーティー
「玉緒さんの誕生日のお祝いに駆け付けたよー」
風音・瑠璃羽(散華・d01204)を始めとして【秘密の校舎】で玉緒と共に屍王を灼滅した仲間達が集まっていた。
「しかし人気のない山奥に響く震脚の音と、中段突きで下山する少女。妙な都市伝説の温床になりそうだが……まぁ人目が無いのなら問題はないか」
霧凪・玖韻(刻異・d05318)はそう呟きながらバーベキュー用の機材の前に立ち、大量に持って来た食材を機械的に網に乗せては次々とよく焼けた料理を量産していく。
「やっぱキャンプならバーベキューよな? 玖韻、手伝うぜ」
梓潼・鷹次(旋天鷹翼・d03605)は肉や野菜を串に刺す下準備を手伝いつつ、こっそりと昼間にバケツいっぱいに捕まえた沢蟹を油で揚げる。
「……沢蟹って食べられるんですか?」
「おう、好き嫌いせずにバリボリっといこうな!」
生きたまま素揚げされていく沢蟹に気づいて玉緒が質問する。ちなみに沢蟹を食べる時はよく加熱調理するようにしなければいけない。
「わぁ……チョコレートケーキも作れるんだ」
ダッチオーブンを使って河原で器用にチョコレートケーキを焼いていく瑠璃羽を見て結月・仁奈(華彩フィエリテ・d00171)は感心の声を上げる。
「僕も手伝おう」
「クラリスさん、ありがとう。あとはホワイトチョコで文字を書いて……」
クラリス・ブランシュフォール(蒼炎騎士・d11726)にも手伝ってもらいながら完成したバースデーケーキがテーブルの上に並んだ。
「ここは空気は澄んでいて静かですね、修行にはもってこいの場所です。ここには何度か修行に来ているんですか?」
「そうですね。山ごもりするにはいい場所なので何度か使ってます」
準備の間、手持ち無沙汰にしていた玉緒に石弓・矧(狂刃・d00299)が話しかける。
「ご実家が中国拳法の道場という事ですが、どのような修行を?」
「ウチの道場は特定の拳法ではなく、広く中国拳法という括りでやっていますね」
拳法の話題になって少し口数の多くなった玉緒の話を、矧は興味深そうに耳を傾け続けた。
「先ほどは助かった」
そこへ鍋を持った昴がやって来る。
「吉沢先輩、山ごもりの邪魔になってなければいいんですが……」
「いや、誕生日だと聞いた。残念ながらプレゼントは無いが、獲れた鳥でキーマカレーを作った。良かったら食ってくれよ」
「運動をしたらお腹すきました! カレー食べたい! わ、カレーです! しかもチキンカレー!!」
元気良く駆け込んで来た璃理を皮切りにバーベキューパーティーが始まった。
玖韻のバーベキューに篠介、皐臣、デッドマンの焼き魚、それに鷹次の沢蟹も意外と美味しく、集まった灼滅者達を大いに賑わす。
「玉緒さん、お誕生日おめでとう!」
そして夕食も終わり、瑠璃羽達を中心に誕生日を祝う歌が合唱され、それに合わせて玉緒が蝋燭を吹き消すと、夜の河原が歓声にワッと湧いた。
「わたしはね、紅茶持ってきたよ。本当はちゃんとした手順で淹れたいけど」
「いえ、とても美味しそうです。でもそれならいつかちゃんと淹れたものも飲んでみたいです」
ケーキが切り分けられ、仁奈がポットからカップに紅茶を注いでいく。
山奥という立地的にも人数的にも道具を揃えるのが難しかったとはいえ、カップから立ち昇る良い香りに玉緒はお世辞でもなんでもなく素直に感動した。
「わぁ、手作りケーキにBBQ、紅茶もいい香りだし……すごい豪華だねぇ」
由比・要(迷いなき迷子・d14600)がのほほんとした雰囲気で溜息を漏らす。
ここが普段人の踏み入らないような山奥であることを考えると、要が言うように豪華な誕生会である。
「……うん、やっぱり女の子にはお花だねぇ」
要は道すがら摘んできた野花の花束から少し花を抜き取って、玉緒のリボンに挿して髪飾りにした。
「由比さんの見つけた花……髪飾りにしたんだ、よく似合ってるね♪」
「そうですか? あ、ありがとうございます」
昨日まで誕生日を祝ってもらえるなどと思ってもいなかったのでプレゼントまで用意してもらえてるとなると、玉緒はつい照れて顔が熱くなってしまうのを止められない。
「突然お仕掛けられて戸惑うだろうがどうにもここは物好きが多いようだからな。折角だ、祝われておけ」
そう言いながらクラリスは硬直する玉緒の手の中に可愛くラッピングされたクッキーを握らせた。
「ハッピーバースデイ玉緒ちゃん、お手製のアップルパイを焼いてきたよ」
メフィア・レインジア(ガールビハインドユー・d03433)は目線を合わせるようにしながら玉緒にお手製のアップルパイを差し出す。
「お誕生日は特別な日――そんな日くらいたくさん甘物を食べなくちゃ、ね?」
「はい、誕生日もですけど、山ごもりをしていて、こんなに甘い物や美味しい物をみんなで食べられると思ってませんでした……みなさんが来てくれて、とっても嬉しかったです!」
玉緒はプレゼントをぎゅっと胸元に握りしめると、感謝の気持ちを表したくて集まってくれた人達を前に深々と直角になるくらい頭を下げるのだった。
●星空の夜
「ふぅ……アイドルのお仕事が長引いちゃって、折角の玉緒ちゃんの誕生日なのに来るのが遅くなっちゃった」
夕飯の片付けも終わり玉緒が河原で涼んでいると、灯りと足音がひとつ近づいて来る。
「……土岐さん!?」
「夏休みに入って授業も無いから全然会えないけど、こういう日位はお祝いしないとね」
夜の山から現れたクラスメイトの土岐・奏多(蒼翼の乙女・d17030)の姿に玉緒は今日何度目になるかわからない驚きに目を見開く。
「プレゼントにシュシュ買ってみたの。私が選んだんだから、きっと玉緒ちゃんに似合うはずよ!」
「ありがとう、土岐さん。大事にするわ」
玉緒は奏多からシュシュを受け取ると早速手首につけて見せるのだった。
「結局釣り勝負は引き分けだったな。まあ、二人で魚焼くのも悪くな……おい、ススキ花火をこっち向けんな?!」
篠介の慌てる姿を笑いながら皐臣は避けられるように手持ち花火をからかう様に向け、しばらくじゃれ合うように二人は花火を振り回す。危ないのでよいこは真似してはいけない。
「やっぱ山は星が良く見えんな……」
「星、綺麗だなぁ……都会で見るよりもずっと」
手持ち花火が消え、ふと空を見上げれば満天の星空が広がっていた。
思い思いに過ごしていた者達も二人に倣って空を見上げる。
新学期まであと少し、夏の夜の宴は終わり、山奥の静けさと共に過ぎ去ろうとしていた。
作者:刀道信三 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年9月3日
難度:簡単
参加:20人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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