海岸に白く

    作者:聖山葵

    「っ、ここが日本、か」
     砕けた氷の中から飛び出し、砂浜に着地を決めたその男は、まるでコサックダンスの最中であるかのように膝を曲げ、腰を落とした姿勢からゆっくりと立ち上がると、周囲を見回した。
    「しかし、出迎えという訳ではなさそうだな」
    「気づいていたのですね」
     ポツリと漏れた呟きを聞いていたのだろう。いつからそこに立っていたのか、道着姿の女性に向き直ると背負っていたライフルを手に持ち、無言で相手の言葉を待つ。
    「申し訳ありませんが、あなたの行く手遮らせて頂きます」
    「なぜだ、と武人に問うは無粋なのだろうな」
    「ええ」
     戦うつもりなのだと言うことはライフルを手にした時、既に察していたのだろう。
    「俺はコサック怪人兵団が一人。志半ばで倒れた者達の為にもここは通して頂く」
    「葛折・つつじと申します。では、いざ尋常に――」
     一礼し、砂を蹴った葛折・つつじに武器を向け、男は身構えた。
     
    「っ、遠距離だけだと思われるのは、不本意だ」
    「なるほど」
     迎撃に撃ち出された銃弾をかわしたつつじの拳を強靱な足腰から繰り出された蹴りが相殺し、両者は飛び離れる。
    「ならば」
     つつじが両手に集中させたオーラを放出すれば。
    「うぐっ、この程度」
    「くっ」
     男は飲み込まれながらも指先からビームを放ってつつじの太腿を撃ち抜き。
    「長所を活かし、弱点をつく。基本と言えば基本か、だが」
     何を思ったのか、男はせっかくとった距離を自分の方から詰めてかかった。砂へ靴を沈めると疾風の様に加速して、跳躍する。
    「コサックキィィィッック」
    「はぁっ」
     気合いと共に繰り出した跳び蹴りを雷を纏ったアッパーカットが宙へ打ち上げ。
    「うおおおおっ」
    「その気魄は見事ですが」
     上空で一回転してつかみかかるべく落下してきた男を拳にオーラを集中させたつつじが迎え撃つ。
    「そこは、私の制空権内です」
    「がっ、うぐ、ぐ、あああああッ」
    「うっ」
     自分から拳の嵐に飛び込んだ男は絶え間ない拳打に翻弄されつつも突き出した腕でつつじの左肩を掴み。
    「はぁ、はぁ……ならば、遠慮の必要もないな」
     口の端から血を流しつつも笑って己の敵を抱え上げる。
    「オオオオオオオオオオッ」
     直後に大量の砂を巻き込んで爆発が生じ、爆炎にちぎられた包帯の切れ端が花びらの様に風に舞う。
    「っ、殴られすぎたか。だが、これで」
     痛む身体を押さえつつ、よろめきながら後退した男は、ライフルを杖代わりに顔をしかめると。
    「……終わるほど甘くはないか」
    「いえ、私もまだまだ未熟です。これではお師様にお叱りを受けてしまいますね」
     道着をボロボロにしながら現れたつつじに顔をしかめ、杖にしていたライフルを向ける。
    「っ、はぁっ」
    「がっ」
     肩を銃弾に貫かれながらも肉薄したつつじの拳が胸に食い込み、男は血を吐いて。
    「あああッ」
     よろめき、崩れ落ちかけた身体に鞭打って飛び上がる。
    「これで終わらせるッ」
     残る力を全て残る一撃の蹴りへ込めた男の身体は死の牙と化してつつじへ襲いかかった。
    「うおおおおッ」
     力の余波だろうか、砂が吹き上がり二人のダークネスを覆い隠し。
    「やはり私は落ちこぼれですね」
     ゆっくりと晴れ始めた砂煙の中、蹴りに剔られたのであろう傷を晒しながら血塗れのつつじは呟いた。
    「落ちこぼれ……だと」
     上半身だけ残った男の身体を砂の上に投げつけた姿勢のままで。
    「お前のような落ちこぼれが……いて、たまる……か」
     驚愕を貼り付けていた男は、呆れたような顔で言葉を紡ぎ終えると、がくりと首を垂れ力尽きた。
     
    「では説明に移ろうか」
     時間は有限だといつものように口にしてから、座本・はるひ(高校生エクスブレイン・dn0088)は語り出した、まだ夏も終わっていないというのに北海道へ流氷が流れ着いたようだと。
    「むろん、ただの氷ではないよ」
     それはロシアのご当地怪人を乗せた流氷であり、元々は無数のロシアン怪人を乗せた巨大な流氷が何らかの理由で破壊された一欠片に過ぎないとのこと。
    「ロシアン怪人達はオホーツク海を漂流し、北海道にある海岸のあちこちに漂着し始めているようだ」
     そして、このロシアン怪人の漂着に対応して、アンブレイカブルが動き出している。
    「この中には葛折・つつじの姿もあってね」
     どうやって流氷の漂着を知ったかは不明だが、つつじは漂着した怪人の一体へ勝負を挑むとのこと。
    「これはロシアン怪人とアンブレイカブルを一気に倒せるまたとない機会といえる」
     ロシアン怪人もそれなりに腕が立つ。以前灼滅者をあっさり一蹴したつつじといえど当人の言の通りならば門下では落ちこぼれ、決着がついた時にはかなりの手傷を負っている。
    「もっとも、これはロシアン怪人が倒れた時点での話だ」
     戦うにしてもダークネス同士の戦いが終わる前に介入しては、イレギュラーな結末を招きかねない。
    「戦場は流氷さえなければ海が遠くまで見渡せる開けた場所だ」
     ご当地怪人ならば、バスターライフルとご当地ヒーローのサイキックに似た攻撃を。つつじは依然と同様、ストリートファイターとバトルオーラのサイキックに似た攻撃を使ってくると思われる。
    「怪我で動きが鈍っていると言うことはないだろうが、ダメージはおそらくかなりのもの」
     故にこのタイミングであるならば、つつじを倒す事は難しくない。蓄積した殺傷ダメージが残っているのだから。
    「つつじと接触するのはこれが初めてではない者もいるかもしれない。思うところある者もいるかもしれない。が、私からの依頼としては、敢えて『生き残ったダークネスの灼滅』とさせて頂こう」
     生き残ったダークネス、と言ったのはかのアンブレイカブルとの戦いを避けようとした者達に慮ってか。
    「私はただ依頼し、助言するだけだ」
     結局の所、どうするかは灼滅者と言うことだろう。
    「健闘を祈るよ」
     教室を後にする灼滅者達の背を見送りつつ、はるひはポツリと呟いた。
     


    参加者
    花蕾・恋羽(スリジエ・d00383)
    鈴鳴・梓(修羅の花嫁・d00515)
    神薙・弥影(月喰み・d00714)
    相良・太一(土下座王・d01936)
    斉藤・歩(炎の輝光子・d08996)
    永舘・紅鳥(焔黒刻刃・d14388)
    クリミネル・イェーガー(迷える猟犬・d14977)
    八祓・れう(先生のたまご・d18248)

    ■リプレイ

    ●勝者との対面
    (「柴崎はそんな悪い奴とは思えなかったが……考え方がぶっ飛んでるだけで。つつじさんはお初だけど、どんな人かねぇ……」)
     これから会うべき相手のことを考えていた永舘・紅鳥(焔黒刻刃・d14388)を現実に引き戻したのは、一つの爆発音だった。
    (「私はこれが初めてだけど……つつじさんとの仲は良くないんだっけ? こっちの話しに少しでも耳を傾けてもらえたら良いけど」)
     爆発が砂を巻き上げる様を背景に立つ女性は、己が血に塗れ気配を察したのかゆっくりと神薙・弥影(月喰み・d00714)達の方へと向き直る。
    「夏の終わりとは言え、涼しいの通り越して寒気のする光景やな……」
     死によって消し飛んだご当地怪人の骸も感じたそれを幾分なりと弱めることさえ能わず、紅鳥の横に寄り添うクリミネル・イェーガー(迷える猟犬・d14977)は気づけばポツリと漏らしていた。
    「よーっす久しぶりー……って間柄でもねーな。拗れた今は、特によ」
    「そうですね。ですが、お久しぶりです」
     かけられる声と、交わされる視線。礼儀正しさは変わらずらしく相良・太一(土下座王・d01936)に挨拶を返した葛折・つつじの腕からは血がしたたり落ちて砂地に花を咲かせる。
    「よっ、久しぶりだな。一仕事終えたばかりで悪いが、俺達もお前さんに用があるんだよ」
     軽い調子で、斉藤・歩(炎の輝光子・d08996)が切り出せたのも、ちゃんとした応答があったからかもしれない。
    「お久しぶりです、用事ですか?」
    「私達は戦うつもりも邪魔するつもりもないわ」
    「そう、話をしに来たのよ」
     歩にも挨拶を返して首を傾げるつつじへ、弥影がまず戦うつもりが無いことを明かせば、鈴鳴・梓(修羅の花嫁・d00515)もこれを肯定する。
    「既に信頼を失っている今、こちらの話を聞いてくれるでしょうか」
     と、花蕾・恋羽(スリジエ・d00383)に限らず幾人かの灼滅者が器具を抱いていたが、それでも灼滅者達が最初に試みたのは話し合いで。
    「すみませんでしたっ」
     いや、口を開いた八祓・れう(先生のたまご・d18248)が行った行動は、謝罪か。
    「私たちの不義理に問題があったことは理解しています」
     れうは、まだ不戦の道もあると思っていた。つつじは戦うべく身構えた訳でもなく挨拶には応じてくれたのだから。むろん、グリュック王国の攻略にも一役買って貰えるかもしれないという欲もあった。
    「つまり、話とはこの謝罪ということでいいのですか?」
    「そうじゃないわ。謝罪の後、話し合いに乗ってくれるかだけでも教えて欲しいのよ」
    「状況も変わって、あんたの裁量は限られてるかも知れねぇがそれでも再度、交渉の卓に座っちゃくれないか?」
     すぐにでも手当が必要そうな傷を負いながらも平然と確認してくるつつじへ、梓は否定の言葉を返し、太一が尋ねる。
    「もはや話すべき時は終わったはずです」
     だが、返ってきたのは拒絶の答えだった。
    「あ、対価として、有益かも知れない情報あるんだが」
    「第一、私にこの状態で話しに応じろと言うつもりですか?」
    「前回決裂してんだ、話を持ちかけたタイミングつーか、警戒すんのは勘弁してくれ」
     尚も利を示して食い下がってみるが、そう返されれば弁解するしかない。
    「戦うつもりがないと言いましたね? ならば通して頂きましょう」
     つつじからすれば、目的はもう果たした後なのだ。留まる理由が無いどころか安全な場所で傷の手当てをする必要がある。
    「えっ」
     一部の灼滅者にとっては予想外の展開でもあったが、誰からも治療なり手当なりという言葉が出てこなかったのだから、話を頭から無視して帰ろうとしても誰が責められよう。
    「あのっ、帰られるのですか?」
    「ええ」
     交渉が上手くいくなら越したことはなく、戦闘になれば応戦する決めては居た者の中には、相手が戦わずにそのまま立ち去るというのは想定していなかった者もいて。
    「戦うつもりの無い相手に拳を振るう理由などありませんし」
     そも、決着がつく前に介入した場合つつじが敵に回るかもしれなかったのは、ご当地怪人との戦いを邪魔することになるのが理由なのだ。

    ●決めたこと
    「っ」
     拳を握りしめつつ、歩はちらりと仲間達の顔を窺う。目の前の強者と拳も交えず別れるのは心残りだったし、話し合いが決裂すればつつじを灼滅する絶好の機会ではあったが、「できたら灼滅したくない」と思っている者が居るのも知っていたのだ。
    「しゃあない」
     クリミネルの言葉が向けられた相手も、同じく戦いを躊躇う仲間に向けられたもの。
    「難しいでしょうか、本当に……」
    「ですが、これも――」
     縋るような恋羽の言葉にれうが続くことで、おそらく灼滅者達の意図を察したのだろう。
    「成る程」
    「ズルいとか言うなよ? これが俺達が考えた『最善策』なんでね」
     深手を負った身を押して構えをとり闘気を纏う拳鬼へ紅鳥はにっと笑った。
    「そんな事を言うつもりは毛頭ありません。あなた方にこちらの動きを知ることが出来、私を倒すつもりなら手負いの今は好機でしょうからね」
     ひょっとしたらつつじは、深手を負った時点で気づいていたのかもしれない。
    「その可能性があると解っていながら深手を負ったのは私の不明」
     否、気づいていたのだ。自身を落ちこぼれと卑下したのもそれ故だとしたら。
    「喰らい尽くそう……かげろう」
     弥影はスレイヤーカードの封印を解くと、表情を曇らせたまま、呟く。
    「戦うつもりはないって言ったけど、仕方ないわよね」
     質問の結果一定のラインに達しないと判断されれば灼滅、それが一同の定めた全体方針だったから。
    「不本意だけどやるからには全力で受け止めるわ」
     梓も身構える。戦うつもりの仲間がいる以上、もう戦闘は避けられそうにない。
    「ただ、その前に一ついいかしら? 一般人は狙わないって話しだけど……」
    「それならば以前お話したはずです。邪魔にならない者に、あえて手を出そうとは思いません」
    「っ」
     つつじの答えに梓が顔を歪ませたのは、この拳鬼を討つ理由を失いつつも、拳をおろせない状況を理解して。
    「こんな展開なんてっ……!」
     分かり合えると信じた者、挑む理由を失いながらも戦わざるを得ない者、むしろこの瞬間を待ち望んでいた者。
    「流派は我流、斉藤歩。推して参るぜ!」
    「いいでしょう。業大老門下、葛折・つつじ。受けて立ちます」
     姿勢を低く砂を蹴った歩に拳鬼が応じた瞬間から、戦いは始まった。
    「おらっ」
    「やっ」
     鍛え抜かれた拳が地表すれすれから道着に包まれた腹部へ突き刺さろうとするのをつつじの右足が踏みつける形でたたき落とし。
    「いくわよっ」
    「はぁっ」
     歩の一撃を呼び水とするようにタイミングを合わせて落ちかかってくる巨大な弥影の腕に拳を叩き付けることで弾き、弾かなかったもう一方の手を握り、拳鬼は拳を作る。
    「っ、あの連携を」
    「正直に言うと、危ないところでしたよ」
     飛びずさりつつ顔を歪めた歩に平然と返しつつも、つつじは警戒するように構えを解かない。
    「……許容範囲内」
     その結果に全く驚かず、飛び出した灼滅者の姿を認めていたから。かって両腕を後ろ手に縛られると言うハンデを負った同じ相手にすれ違いざまの膝蹴り一つで倒されたクリミネルが繰り出したのは、奇しくも以前と同じ、拳の一撃。
    「以前敗れた技を、使いますか」
    「前とは違」
    「避けて下さい」
     浮き上がってくる拳鬼の膝にぶつかったそれは目標から逸れて左手に流れ。
    「っ」
     飛来した光線はつつじの足をかすめて砂へと突き刺さる。
    「流石に身のこなしはあの時以上ね」
    「それは」
     恋羽の撃ち出したサイキックを否定する魔力光線さえ大きなダメージを与えるには至らず、感嘆半分で梓が両手にオーラを集中させれば、表情筋を僅かに動かした拳鬼は自ら砂浜へ倒れ込んだ。

    ●花
    「不本意だけどそれで終わりじゃないのよ」
     砂とつつじの上を通過したオーラの蛇が、梓の動きで暴れるように身を捩り一瞬は逃げおおせた拳鬼を追いすがる。
    「うっ」
     結果からすればオーラの飲み込んだのは足一本。だが、それだけでつつじはよろめき、片膝をつくと。
    「はぁ……死地だというのに胸が躍ってしまうのは、武人の性でしょうね」
     いつもの静かな表情が嘘のように花が咲いたかの様な笑顔を浮かべて、拳鬼は跳ぶ。散りつつある命の残滓を赤の飛沫として砂地に花を咲かせて。
    「なるほどね」
     顕現させた炎の翼で羽ばたく紅鳥から見てもエクスブレインが灼滅を依頼した理由は明白だった。仲間達の攻撃の大半をかわし、なかなか決定打を与えない眼前のアンブレイカブルは、足下に出来た血の跡と骨さえ覗いて見える傷を見ればその平静な言動こそ目を疑うレベルの大怪我だ。
    「あ」
     だと言うのに、動きは鈍らない。鎧ですっぽり覆った腕で天星弓を引き、癒しの力を込めた矢をつがえたれうは、着地したつつじに塞がれた射線をずらしながら声を上げた。
    「っ」
    「紅桜?!」
     投げ飛ばす為に伸ばした手を遮ったライドキャリバーが部品をばらまきながら地面で弾むと海に飛び込んで沈む。
    「くそっ」
     味方を庇おうとしたのは、太一も同じ。
    「くっ」
     一歩出遅れたかわりに撃ち出したリングスラッシャーが拳鬼の二の腕を切り裂いてまだ白を保っていた道着の袖を染め。
    「はぁ、はぁ……はぁぁっ!」
     追いつめられつつある拳鬼は、砂に描く花の量を増やしつつも再度砂を蹴った。血の色を混ぜて深紅の嵐と化したそれがもたらすは、雨でも風でもなく拳。
    「前にあんたの戦いを見てから……何度も何度もイメージの中で受けて来たんだ!」
     両手を握りしめ、真っ向から迎え撃つ太一に迫り来るモノがはっきりと見て取れた。
    「だからな、あんたの拳だって――」
     拳と拳がぶつかり、WOKシールド銀座スペシャルで跳ね上げた拳が戻ってくるのをバトルオーラで弾き散らす。
    「どうだ、これが俺の武だ!」
    「確かに成長したようですね」
     最後まで止めきって浮かべる笑顔につつじは微笑み返す。
    「そういやさ、柴咲明だったな。おたくの門下の人と手合わせしてもらったよ。イヤー、強かった! 束んなっても敵わねぇでやんの!!」
    「なるほど」
     珍しく嫌な顔をしたのは、紅鳥が話題にした人物とソリでも合わなったからか。ただ、成長理由には納得したらしい。
    「ですが」
    「うおっ、え」
     再始動した嵐に戻ったつつじは、割り込むように飛び込んだ梓の身体を巻き上げ、跳ね飛ばし。
    「梓さん」
    「……割り込んだ上で全て受け流そう何て虫が良すぎたわね」
     駆け寄った恋羽に傷を癒され、起きあがる梓の肌から砂が剥がれ落ちる。
    「それでも、追い込まれているのはこちらですよ」
     口元の笑みは深く、梓がしっかり前を見据えながらオーラを癒しの力に転換した理由は回復が追いついていないからに他ならない。攻撃に特化した瀕死の拳鬼からすれば、敵の数を減らそうとしたのにそれでも立ち上がられたことが不本意なのだろうが。
    (「非難しないんですね」)
     弱った所を討ちに来たことも、戦うつもりが無いと言いつつも戦闘になったことにも文句の一つ漏らさない姿に、れうは顔を曇らせる。
    (「拳で語り合う、というのも有なのでしょうか」)
     出来れば翻意して話し合いに応じて欲しいと思う灼滅者は少なからず居た。
    「はあっ!」
    「アンタの拳に恐れはしない!」
     同時に積極的に攻勢に出る者もまた。仰け反りも後ろに跳ぶこともせず、歩は前のめりに身体を傾け。
    「つつじハン――」
     かってと同じ一撃で自分を地に這わせうる拳鬼の間合いへとクリミネルは再び踏み込んだ。

    ●道の果て
    「一発一発、確実にィ!!」
    「くっ」
    「うちはっ」
     弧を描き、つつじを打ち据えたロケットハンマーの軌跡を避けるようにして、クリミネルはウロボロスブレイドで死角から斬りかかる。
    「っ」
     タイミングを合わせた一撃に引き裂かれ、赤と白に別れた道着の切れ端が花びらの如く空に舞った。
    「話を聞いては貰えないかしら」
     弥影の声へその拳鬼は答えなかった。戦いのさなかだからか、別の理由かはわからない。
    「……そう」
     ただ潮風に髪を揺らす武人へと目を向けたまま、弥影は月后の冠を振りかぶりながら、駆け出した。
    「以前俺達は相容れないといった、でもやはり似ている」
     窮地に居て尚、戦いを止める気配のない拳鬼を見つめ、呟いた歩もまた握った右拳に纏わせたオーラへ己の炎を吸わせると砂を強く踏みしめる。
    「これが俺の全身全霊! 魂の……レヴァァァアテインッ」
     オーラが収縮し、拳は瞳と同じ色の炎に燃えて、弥影の振り下ろした月后の冠へ続く形でつつじへと落ちかかった。
    「はぁぁっ」
     命の残り火を考えれば二方からでも過剰だったが、灼滅者達の攻撃は二つに留まらなかった。
    「じゃあな、拳で語る、『武人』さんよ」
     拳で弾き散らしたのは、一つ。内側から生じた爆発に揺らぎ、炎に包まれて尚立ったままのその拳鬼は小さく息を漏らす。何か呟いたのかもしれない。視線を向けたのは、戦いの中でちぎれた包帯の切れ端が舞う空かそれともここではないどこかか。
    「こんな決着の付け方、望んで無かったのに」
     己を貫いた拳鬼はその命を散らし、砂浜に残ったのは戦いの名残だけ。
    「この答えに悔いはない。あるのはこれからのへ覚悟だ。葛折つつじ、お前の強さここに刻んだぜ」
     歩が拳を胸に当て目を閉じ、死闘を繰り広げた武人へ黙祷を捧げ。
    「どうして……」
     ぎゅっと拳を握りしめたれうは、涙を滲ませながら砂が衝撃にえぐれた場所へと目を落とした。
    「過ちを認め、心からの謝罪をし、より互いのことを知り、そうして仲を深める」
     れうの歩きたかったその道は、道着姿の拳鬼とは重ならず、やるせなさと勝利だけが残されて。
    (「業大老一派を、完全に敵に回すことに、なるのでしょうか」)
     寄せては返す波の音を聞きながら不安に顔を曇らせた。

    作者:聖山葵 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 33/感動した 4/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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