悪夢の向かう先

    作者:緋月シン

    ●成田国際空港
     空港というものは、沢山の人が集まる場所だ。仕事、旅行、里帰り。様々な理由で、様々な人々がそこには居る。
     国際線であれば、尚更だ。その場に集まる人たちは、さらに多彩なものとなる。
     その少女もそんな一人だった。金髪碧眼。一目見ただけで日本人ではないと分かる容貌をしている少女は、愛らしい表情を眠たげにして目元をこすっている。
    『どうしたんだい、眠いのかい?』
    『んぅ……眠いの……』
    『眠れなかったのかい?』
    『んぅ……最近あまり眠れないの……』
    『そうか……慣れない場所だから、緊張しているのかもしれないね。でも、もう帰るから安心だ。きっとまたよく眠れるようになるよ』
    『……んぅ』
     少女と話している男性は、おそらくは父親だろう。少女と同じく金髪碧眼であり、顔つきの所々が少女と似ている。
    『それにしても、ママは遅いね……お土産を買って来るって言ってたけど、悩んでいるのかな』
    『……呼びに行くの?』
    『まだ出発までの時間はあるから大丈夫、って言いたいところだけど……そうだね、そろそろ呼びに行った方がいいかもしれない』
    『んぅ……待ってるの』
    『うん、いい子なのはとても喜ばしいことなんだけど……それはさすがに心配かな? とはいえこれ以上歩き回らせるのも可哀想だし……どうしようかな』
     男性は困ったように頭を掻くと、ぽつりと呟いた。
    『一時的に預かって貰えたらいいんだけど……そんな場所、ここにあったかな?』

    ●シャドウの行方
    「どうやら、シャドウの一部が日本から脱出しようとしているらしいのです」
     皆が集まったのを確認すると、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は開口一番にその言葉を切り出した。
     それに対する反応は様々だ。だが概ね、驚愕に分類されるものであったのは間違いないだろう。
     そしてそれは、当たり前でもある。日本国外は、サイキックアブソーバーの影響でダークネスは活動することはできない。これは皆も知っていることであるし、シャドウがそのことを知らないわけがない。
     だというのにわざわざ国外に向かおうというのは、一体どういうことなのか。
    「目的は分かりません。ただ方法としましては、日本から帰国する外国人の方のソウルボードに入り込み、国外に出ようとしている、というもののようなのですが……」
     この方法でシャドウが国外に移動できるかどうかも未知数である。
     だが最悪の場合、日本から離れた事でシャドウがソウルボードから弾き出され、国際線の飛行機の中で実体化してしまう……などということが、起こらないとも言い切れない。
     その場合、飛行機が墜落して乗客が全滅してしまう、という可能性も否定しきれないのだ。
    「そのようなこと、放置しておくことは出来ません……撃退を、お願いします」
     ソウルボードの中では、特に事件は起こっていない。シャドウが潜んではいるものの、何かをしているわけではないからである。
     ただ、灼滅者がソウルボードに侵入してくると迎撃してくるので、注意が必要だ。
     ソウルボードの中の風景は、一言で言ってしまえば湖畔である。大きな湖の傍に、一軒のログハウス。非常に長閑な光景だ。
    「おそらくは日本ではないでしょう……対象者の故郷の風景のようですね」
     その場所で、戦うこととなる。
     尚、そのためには当然であるがソウルアクセスをする必要がある。
    「今回の対象は一人の少女ですが……近くには父親が居ます。何とか引き離し、眠らせなければなりません」
     さらに言うならば、少女を何処か人気のない場所まで連れて行く必要もあるだろう。
     バベルの鎖があるとはいえ、直接見たものの認識を弄れるわけではない。少女を一人にしたところで眠らせ、その場から人が消えるなど、騒ぎ……にはならないかもしれないが、多少の混乱は生じてしまうだろう。
     出来るならば、するべきではない。
    「シャドウの戦闘能力ですが、あまり強くはないようです」
     使用してくるのはシャドウハンター相当のサイキックであり、ポジションはスナイパー。眷属は特に現れないようだ。
     特に負けそうになっても頑張って戦う理由などはないようであり、劣勢になれば簡単に撤退してしまうようである。
     普通に戦いさえすれば、撃退することはあまり難しくはないだろう。

    「今回のことに失敗した場合、待っているのは最悪飛行機の墜落です……それは何としても阻止しなければなりません。どうか、よろしくお願いします」
     そう言うと、姫子は皆に向かい頭を下げたのだった。


    参加者
    今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)
    アシュ・ウィズダムボール(潜撃の魔弾・d01681)
    犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)
    四季・紗紅(小学生ファイアブラッド・d03681)
    リュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)
    文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)
    痣峰・詩歌(自宅駐在員・d06476)
    明鏡・止水(中学生シャドウハンター・d07017)

    ■リプレイ


     さて、どうしたものか。男性がそう思った、その時だった。
    『えっと、こんにちは』
     突然の言葉に驚き振り返る。そこに居たのは、一人の少女。リュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)だ。
     しかし驚く男性を無視し、リュシールは少女へと視線を向ける。対して少女は、何、と言わんばかりに首を傾げていた。
    『こんにちわ? ……あなたも、スウェーデンの人なの?』
    『やっぱりあなたもスウェーデンから? 久しぶりよ、家の外でスウェーデン語聞くの』
     少女と出来るだけ仲良くなれる様、いい想い出と共に帰って貰える様に気を遣いながら、リュシールは言葉を続ける。
    『……あ、ごめんなさいねいきなり。私リュシーって言うの』
     嬉しげに話すリュシールに、最初は多少警戒していた男性のガードが緩む。二人の少女のやりとりを、微笑ましそうに眺めていた。
    『……と、ごめんなさい。ねえ、眠いの?』
     そこで初めて気付いたかのように言うリュシールだが、眠そうではあったのも事実だ。
    『私、待合用の個室にいたの。そこを借りれば安心して寝られるわよ。この人達はそこの職員さんで、寝てるママの代わりにお手洗いについて来てくれてるの』
     言いながら視線を向けたのは、傍らに居た三人のうちの二人。それっぽい格好をした文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)と犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)だ。
     その視線を受け、咲哉が一歩前に出る。
     海の向こうに何があるのやらと、謎の多い今回の事件は気になるものの、先ずは人命第一だ。
     不安にならないよう配慮し安心感を与えるため、笑顔を浮かべながら彼らの母国語で男性へと話しかけた。
    『もしかしてお嬢様は長旅でお疲れですか? 実は当空港では国際線ご利用のお子様の為に、『休憩室でのお昼寝託児サービス』を試験的に実施しておりまして、もし宜しければご利用如何でしょうか?』
     咲哉自身はプラチナチケットを使用していないものの、沙夜が使用している。普段は常に他者と一歩距離を取った行動をする沙夜であるが、さすがにこの時は非常に親密的な雰囲気を心掛けていた。
     そのおかげか疑われている様子はない。
     二人は男性へと無料であることや基本的な利用時間などをそれっぽく都合のいいように並べていく。
     そしてその間に、少女へと近づいていく者がもう一人。今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)である。
    『ねえ、お名前は?』
    『……ソフィなの』
    『そう、いい名前ね。私はメイプルっていうの』
     自らをメイプルと名乗った紅葉は純真そうな子供を装いつつ、ソフィと名乗った少女へと友達になりたそうな視線を送りながら話しかける。
    『私もママが買い物に行っちゃったから、ここのお兄ちゃんに一緒に待ってもらったの。あなたも一緒に来ない? テディと遊びながらパパとママを待ったらどうかしら?』
     腕に相棒のテディベアを抱きながら話す紅葉は、見た目通りの子供にしか見えない。それに気付き口元を緩めた男性は、しかしそこで不意にこちらに振り向いた紅葉と視線が合う。
    『おじちゃん心配しないでいいよ。あ、もしメイプルのママに会ったら早く帰ってって伝えて頂けない?』
     さすがにここまで来れば彼も拒否することは出来なかった。
     去っていく男性の背中へと、四人はそっと息を吐き出す。
     とりあえずは第一段階クリアだ。
     目視できる場所で待機していた明鏡・止水(中学生シャドウハンター・d07017)はそれを待機している仲間達へ伝えると、自らも合流のために急ぐ。
     向かう先は最寄の有料待合室。正確な場所はアシュ・ウィズダムボール(潜撃の魔弾・d01681)よりメールで予め連絡されているので迷うこともない。
     そのアシュも念のために遠くから眺めていたはずだが、必要なさそうだと判断した時点で待合室へと向かっているはずだ。
     止水が待合室へ入ると、その場に待機していたのは三人。アシュと四季・紗紅(小学生ファイアブラッド・d03681)。
     それと。
    「これ助かった。ありがとうな」
    「い、いえ……どういたし、まして」
     痣峰・詩歌(自宅駐在員・d06476)だ。
     これ、と言った止水の手には空港の施設情報を印刷したものが握られている。それを用意し仲間に配布したのが詩歌なのだ。
     おかげでよく知らない場所でも問題なく動けた。
     他にも詩歌はアシュがここを確保する際のサポートや、念のためにパスポートを持参するように各自に伝達、国際線のチケットを人数分用意したりと色々なことをやっているのだが、礼を言われることには慣れていないのか、すぐに顔を背けるように別の場所へと視線を向けてしまう。
     止水はそれに苦笑を浮かべながら部屋の中を見回し、皆適当な場所に座っていたのでそれに倣って適当なところに座ることにした。
     少女達がやってきたのは、そのすぐ後だ。
     知らない人しか居ない空間にソフィが立ち止まるが、大丈夫と安心させるように笑みを浮かべながら両隣の二人が部屋の中へと促す。
     そのソフィへと、紗紅が近づいた。
    『あなたもここで誰かを待つのですか?』
     少し驚いた様子であったが、素直に頷くソフィ。
    『……んぅ。パパとママを待つの』
    『そうですか。私も、ここで親を待っているのです。両親がお買い物に夢中でしたから、ここに案内していただいたのですよ』
     だが相変わらず眠いのか、頭を軽く揺らしていた。
    「眠いなら、寝ると良い。誰も怒らないさ。……ん、俺も正直なところ眠いし」
     くぁ、とあくびをする止水に、言葉は分からなくとも何となく意味は伝わったのだろう。良いのかと言うように視線を周囲に向ける。
    『はい、眠いのでしたら、寝てしまっても良いのですよ? 眠ってもお父様が戻られたら、起こしてあげます』
     紗紅が頷きながら、用意してたタオルケットを渡す。
     もう一度見回し、本当に問題ないことを確認したのか、ソフィは手近なところに座ると、こてんと横になった。
     その頭を、安心させるようにアシュが優しく撫でる。
     そして。
    『……おやすみなさいなの』
     言うや否や寝息を立てて寝始めた。
     いざとなれば睡眠薬を入れた飲み物を渡そうと考えていた紅葉であるが、必要なさそうな展開にほっと息を吐く。
     それからソフィの身体にそっと触れると、皆へと確認するように視線を向ける。
     そうして、八人はその精神を少女の夢の中へと侵入させていったのだった。


     八人が降り立った先は、予め聞いていた通り湖畔であった。
     周囲に存在するのは水と木と土、そして空。その雄大と呼べる光景に、紗紅は感嘆の溜息を吐いた。
    「すごい、きれいな風景……」
     そうしながら、脱出のために、こういった風景を作っているのでしょうか? などと思う。
     そしてその光景に感じ入っているのはもう一人。
    「良い風景だな」
     止水である。
    「昼寝するにはもってこいだけど……」
     そんなことをしている暇はないのは言うまでもないことだ。
    「国外に行く理由か」
     それを眺めながら、アシュは今回のシャドウの目的を考えていた。『誰か』に会いに行くのが自然な理由かとは思うが。
    「ダイヤか、赤の王か……予測しかできないな」
     だが何にせよ阻止するだけだ。
     この綺麗な湖畔と心は、傷つけたくない。そう思うから。
     その風景に変化が生じたのは、唐突だった。
     湖の中央付近。透き通っていたそこに、まるで墨汁でも垂らしたような黒い染みが広がっていく。
     唐突に始まったそれは唐突に終わる。
     現れたのはよく分からない物体だ。最も近いのはクラゲあたりだろうか。
     真っ黒なそれが湖の上に浮かんでいる。
     だがそれがどういうものであれ、シャドウであることは間違いないだろう。
     そんなシャドウへと向かい、一歩進み出た者が居る。
    「何故、国外に脱出、しようするの、ですか?」
     詩歌だ。単純にその理由を問う。
    「そうですね。国外に出たところで、無事でいられる場所はないでしょうに」
     続けて尋ねるのは紗紅。
     しかし二つの何故に返答はない。
    「下手したら死んじゃうかもよ?」
     だがさらに紅葉は言葉を続ける。その行動は危険だと、投げかける。
    「もういられなくなっちゃった? 何が起きたの? もし宜しければ教えてくれませんか?」
     疑問を重ねたそれにやはり返答はない。シャドウは喋らず動かず、ただそこに居る。
    「私達が手伝いできるかもしれない。敵になるつもりはないから、何かもっといい方法がないか」
     ――一緒に考えよう?
     口にするはずだったそれが言葉になることはなかった。
     その直前に、シャドウの身体が一瞬で膨れ上がったからである。
    「……っ」
     膨れた風船のようなそれが縮んだのは次の一瞬。代わりに全身の至る所から生えた触手が、一斉に襲い掛かってきた。
     咄嗟に制約の弾丸を放つ紅葉だが、数十のうちの一つを落としたところで大差はない。漆黒の弾丸も交え後ろに下がるも、言葉に集中していたためか半歩だけ遅れる。
     迫る触手。
     だがそれが紅葉の身体に届くことはなかった。
     眼前を走るのは複数の剣閃。煌く刃は夜闇を裂く月の如く。
     十六夜を手にした咲哉だ。
     しかし息を吐く暇も礼を述べる暇もない。
     紅葉はさらに漆黒の弾丸を放ちながら後ろに下がり、逆に咲哉は前に出る。
     変わらず冷静沈着に状況を読みながら、自分へ迫ってきた触手を弾きかわし斬り落とした。
    「乗客を危険に晒したくないんだ。せめて訳を話してくれ」
     そうしながら放つ言葉に、シャドウも変わらない。
    「コルネリウスから誰かへの使者とか?」
     元々簡単に情報を話すとも思っていないが、反応を見る為に出したコルネリウスの名前も無反応。
    「サイキックエナジーを赤の王に献上しに行くのなら手伝うよ」
     もしコルネリウス一味ならとそこから推測したアシュの言葉にも同様だ。
     関係あるのかどうかすらも分からない始末である。
     胸元にハートのスートを具現化し身体を癒し力を引き出しながら敵のスートは何だろうと思うものの、背後にでも浮かんでいるのかそこからでは分からない。
     分からない事だらけだ。
    「こんなやり方、リスクは承知でしょうにいきなりよね。誰かに追われてるのかしら……いえ、大事なものの所へ行きたいのかしら?」
     嘘を警戒しつつのリュシールの言葉だが、そもそも言葉が返ってこなければどうしようもない。
     溜息を吐きながら、目の前に現れた影を雷を纏った拳で殴り飛ばした。
    「まさか、何者かに捕まってカードにされるからとかじゃないよな?」
     最近出現し始めた黒いカード。或いはそれとの関連性が、と考えた止水の言葉にも反応はない。
     後考えられるのは、やはりコルネリウス絡みだが。
    「それとも、コルネリウスが暴走したんじゃないだろうな。あの幸せ依存症が」
     上空から降り注ぐ複数の影を、鋼糸に影を宿しながら斬り刻む。
     だが開けた視界の先のシャドウは、変わらない。変わらずに、ひたすら攻撃を続ける。
     これは駄目そうだと思いながらも、こちらも攻撃を返した。
     炎を纏ったサイキックソードで触手を消し飛ばしながら、紗紅は何処か腑に落ちない様子で居た。
     出来るかどうかも分からないことに縋るほどだから命の危機であるのだろうと思っていたのだが、それにしては必死さが欠けているように見える。
     そもそも本当に縋っているのか。まずはそこに疑問を挟むべきなのかもしれない。
     一見すると苛烈な攻撃。だがそれは本当に見えるだけだった。
     戦闘開始早々後方の林に隠れていた詩歌は、物陰に隠れながら漆黒の弾丸で味方の援護をしつつも、だからこそそれに気付く。
     それは張りぼてだ。サーヴァントの妄想が霊撃や霊障波で防いでいるとはいえ、こちらにほとんど攻撃が届かないのがその証左。
     それはシャドウ自身の力量不足かもしれないが、おそらく理由は別にある。
     姫子が言っていたはずだ。頑張って戦う理由がない、と。それがきっと答え。
     そして沙夜はそれらの様子を観察しつつ戦闘を続けていた。
     這いよる影を歌声で弾き鋼糸で斬り刻みながら、思考を回転し続ける。
     こちらの出現を予測していたならコルネリウス派とは思うものの、こんな行動を強行する自体、敵組織に異常があったと推測する。
     だが既に言葉は出尽くしている。
     故に考えるのは別のこと。
    「ヨーロッパ旅行とは洒落てますね」
     恐らくシャドウは空港で相手を物色し乗り移ったと推測。見た所眠気等の緊張が薄れている状態の者へ乗り移っている様だが、これがソウルボード移動の条件かは不明だ。
     移動距離に制限がある様に思えるが、それも結局は推測の域を出ない。
    「ソウルボードを移動するのも思ったより大変なんですね」
     何か情報が得られれば御の字、と思ってのかま掛けにも、シャドウは相変わらず何も喋らない。答えない。
     それは本人の性質故か、答える気がないだけか。
     ――或いは、誰かからそのような命令を受けているのか。
     攻撃が止んだのは唐突だった。
     降り注ぐ触手を捌ききった後に残ったものは、何もない。そう、何も。
     僅かな名残は水面に浮かぶ墨汁のような影。しかしそれもすぐに消え去る。あまりに呆気なく素早かった。
     逃走時の様子を観察するつもりだったアシュは一瞬呆然とするも、すぐに我に返り湖へと駆け寄る。
     だが水底には何も見当たらない。当然追跡するのも不可能だ。
     結局得られたものは何もなく、釈然としない思いだけが残る。
     だが撃退は叶った。
     だからそれを胸に、彼らはその場を後にするのだった。


     ソフィは結局時間いっぱいまで寝ていた。両親の元へと向かうその目元は、寝起きなせいか相変わらず眠そうである。
     だが何かを起こす可能性があるモノは、もう居ない。
     その口元がもぐもぐと動いているのは、紅葉が渡したクッキーだ。気に入ったのか、美味しそうに食べている。
     そんな様子を眺めながら、アシュは彼女達の帰る先について考えていた。
     シャドウが国を選ぶとも思えないが……ヨーロッパに、夢。思いつくのは童話だが、果たして。
     その場所から少し離れた場所で、リュシールはソフィの両親と話をしていた。
    「折角お話できたんですし、挨拶しとこうって思ったんです。……どうかよい旅を」
     笑顔で頭を下げ、踵を返す。
     そして擦れ違うソフィへも笑みを向けながら。
    (……もし夢とかで何か困る事があったら、日本の武蔵坂って言葉を思い出してね)
     素早く、聞こえるか聞こえないか程度の声音で、それだけを伝えた。
     不思議そうに首を傾げるソフィに、それ以上は何も言わない。
     思い出す必要がないのが一番だし、多分海外なら何もないだろう。それでも念のため、というやつである。
     こちらに頭を下げながら去っていく三人。その背中へ向けて、咲哉が一言。
    「どうか良い空の旅を」
     秋へ近づく夏の空。遠くに、飛行機雲が浮かんでいた。

    作者:緋月シン 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年8月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 9
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