螺旋のごとく貫いて

    作者:波多野志郎

     ――その流氷が北海道沿岸部に到着した瞬間、砕け散った。
     役目を終えたからだ。その即席の揚陸艇から海岸へと降り立った、白地に黒の迷彩柄のロングコートと防寒軍帽をつけた長身の男だった。
    「ここが日本か――ッ」
     呟いた男が、素早く身構える。それに、低く忍び寄るような笑い声が響き渡った。
    「気付くか。と、言っても隠れているつもりもなかったが」
     砂浜、そこを足音もさせずに歩く男の姿があった。奇しくも緑地に黒の迷彩柄のコートを着た男だ。降り立った長身の男に勝るとも劣らぬ巨漢だ。その金色の瞳に隠しきれない愉悦を込めて、男が牙を剥いて吐き捨てた。
    「名乗れ、戦の流儀だ」
     その言葉に、問われた男は己の胸に拳を突きつけ、真っ直ぐに答える。
    「――ロシアの自然遺産、カムチャツカの火山群。そこをご当地として掲げるロシアご当地怪人、クリュチェフスカヤである」
    「ふむ、ユーラシア大陸最高峰の活火山の名か。俺は――」
     男の言葉が、途中で止まる。目の前で、クリュチェフスカヤが身構え殺気を放ったからだ。
    「死にいく者の名を聞くのは、私の流儀ではない」
    「……なるほど、己の流儀を貫くか。ならば、今名乗るのは無粋」
     クリュチェフスカヤに応え、男も一歩前に踏み出す。構えはない。ただ、手を届かせるために歩み寄る、それだけだ。
     ロシアご当地怪人クリュチェフスカヤと名無しのアンブレイカブルの戦いが、ここに幕を開けた。

    「――ッ!」
     クリュチェフスカヤがその右手を突き出した瞬間、吹き上がるゲシュタルトバスターの爆炎が男を飲み込んだ。活火山の炎とロシアの自然が生み出す極寒の冷気、両方をその身に宿す――それがクリュチェフスカヤというダークネスの恐ろしさだった。
     だが、その恐ろしさを前にして男の口元に浮かんでいたのは、変わらぬ血に飢えた鮫のような笑みだった。
    「面白い、どうやら当たりを引いたようだ」
     男が爆炎の中を突っ切る。クリュチェフスカヤがそれに反応し、後方へ跳ぶ。繰り出される拳打の応酬、その交差の中でクリュチェフスカヤが息を飲んだ。
    (「何だ、これは!?」)
     男の戦い方は、異常だ。ただ、真っ直ぐに前へと突き進む、それだけだ。横はもちろん、後方にも退かない。それは、戦いにおいて間違った選択――そのはずだ。現にクリュチェフスカヤの攻撃は、男を確実に捉えている、捉えているそのはずだ。
    (「横へ――」)
     そうすればいいだけのはずが、出来ない。男の圧力が、それをさせない。真正面から突っ込み、こちらにもそれを強要する――これは、そういう戦い方だ。
    (「だというのに、何故――!?」)
    「そう、それだ」
     男の言葉に、クリュチェフスカヤは動きを止める。間合いは三メートル、互いの実力を考えればお互いの喉笛をつかみ合っているのに等しい。
    「戦いの最中に、笑うか。それでこそよ」
     男の指摘に、クリュチェフスカヤは自分の頬が焼けるように熱い理由を知った。戦いの熱気ではない、今の自分は笑っているのだ――目の前の男のように、戦いの歓喜に心を奪われて。
     男の戦い方は、相手の力を十全に引き出すための戦いだ。相手の実力をすべて受け止め、その上で勝つ――武の本質を考えれば、あまりにも愚かな戦い方と言うしかない。
     言うしかないのに、クリュチェフスカヤにはそんな想いは欠片も浮かばなかった。
    「全力を出して、良いのだな?」
    「全力を出して、かかってこい」
     その言葉を最後に、沈黙が流れる。ただ、潮騒の音だけが空間に満ちる中――先に動いたのは、クリュチェフスカヤだ。
     その右手が、冷気を生み出し氷柱を形成する――だが、その氷柱は放たれるよりも早く、澄んだ音と共に砕け散った。
    「――ハハッ」
     一足で間合いを詰めた男が左手で掌打を繰り出し、相殺したのだ。フォースブレイクの衝撃に、クリュチェフスカヤの右腕が大きく弾かれる。体勢が、大きく崩れた。
     対して、男の腰に構えた右拳に力がこもる。瞬間、ゴォ! と右拳から吹き上がった赤と黒の闘気が渦を巻き螺旋を描く――!
    「名乗るぞ? 勝者の流儀だ」
     繰り出された螺旋の正拳が、クリュチェフスカヤの胸部を文字通り撃ち抜く。宙を舞うクリュチェフスカヤは満足げに笑い、確かに視線でうなずいた。
    「アンブレイカブル、羅弦。お前の魂を砕いた者の名を忘れるな」

    「…………」
     自分が見た未来予測の光景を語り終え、湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は深呼吸を一つした。
    「最初の異変は、北海道に流氷が漂着した事っす」
     今の時期は夏だ、通常ではありえない事だ。そして、それはその通りであり、ロシアのご当地怪人を乗せた流氷だったのだ。元は巨大な流氷であり、無数のロシアン怪人が乗っていた――はずだった。
    「何かの理由でそれが砕けれ、今、ロシアン怪人たちはオホーツク海を漂流中っす。で、北海道の海岸のあちこちに漂着し始めてるらしいんすよ」
     これだけでも頭が痛い話だが、もう一つ頭痛の種がある。
    「加えて、アンブレイカブルも動き出してるっす」
     どうやって流氷の漂着を知ったのか、格好の腕試しの相手と思ったか各地で漂着したロシアン怪人に戦いを挑んでいるのだという。
    「みんなには、その戦いで生き残った方と闘って欲しい……んすけど」
     翠織の表情が、ここで曇る。その表情から、状況の厳しさは誰にも伝わった。
    「確かに、消耗はしてるっすけど、底が知れないっす……場合によっては、戦いを挑まないという選択もありなぐらいにっす」
     アンブレイカブル、羅弦。一度は、学園の灼滅者とも交戦した事のある相手だ。前回も、今回も、その実力の片鱗しか見せていない――そういう実力の相手だ。
    「ただ、挑むにしても戦いが終わってからにして欲しいっす。どっちにしても灼滅者は邪魔者、先にこっちを叩き潰してから、とか二人のダークネスに殴られるはめになるっすから」
     そうなれば、勝敗以前の問題となるだろう。
    「相手はこちらを大きく実力者っす。それこそ、満足させて撤退する方が現実的な方向っす。どうか、無茶だけはしないで欲しいっす」
     翠織がそう真剣な表情で灼滅者達を見回し、締めくくった。


    参加者
    加藤・蝶胡蘭(ラヴファイター・d00151)
    天方・矜人(疾走する魂・d01499)
    金井・修李(進化した無差別改造魔・d03041)
    式守・太郎(ニュートラル・d04726)
    北逆世・折花(暴君・d07375)
    天神・ウルル(ヒュポクリシス・d08820)
    エリ・セブンスター(強襲突撃拳投士・d10366)
    黒夷・黒(愛黒者・d10402)

    ■リプレイ


     激戦を終えた男が、振り返る。そこへ、真正面から言葉が投げかけられた。
    「よう。次、空いてるかい」
     天方・矜人(疾走する魂・d01499)が気楽に問いかければ、男が足を止める。その視線が、姿を現わした灼滅者達を見回した。
    「久しぶりだね、羅弦」
    「ほぉ?」
     北逆世・折花(暴君・d07375)の言葉に、男――羅弦が口の端を持ち上げる。
    「あの時の娘達か。久しいな、壮健そうで何よりだ」
    (「憶えてたんだ」)
     むしろ、意外そうに金井・修李(進化した無差別改造魔・d03041)が目を丸くする。まるで世間話をするような気軽さで羅弦は一歩前に踏み出した。
    「で? 新顔も多いが、戦いに来たか?」
     その言葉に、うなずいたのは式守・太郎(ニュートラル・d04726)だ。
    「俺は式守・太郎――己の武の道を探究するため、あなたと戦いにきました」
    「灼滅者、エリ・セブンスター。不意打ち騙し討ちは好かないから……せめて正面から挑ませてもらうよ」
     太郎に続きエリ・セブンスター(強襲突撃拳投士・d10366)が告げると、羅弦は小さくうなずく。
    「わたしの名前は天神ウルルなのです! いざ勝負なのですよ!」
     オーラをまとう全身甲冑姿で、天神・ウルル(ヒュポクリシス・d08820)が名乗った直後だ。
    「あーオレは黒ってんだ。よろしくな、おっさん」
     サングラス越しに鋭い視線を向け、黒夷・黒(愛黒者・d10402)が駆けた。砂を蹴り、そのオーラを燃え上がらせた拳で連打する!
     ガガガガガガガガガガガン! と上下に振り分け、命中していくその拳。黒の閃光百裂拳、その両手首を羅弦の太い指が受け止めた。
    「いいサングラスだが、そろそろ外しておけ。夜になるぞ?」
     直後、黒の視界が反転する。無造作に、力任せに、羅弦が腕の力だけで黒を投げ飛ばしたのだ。
     ズサァ! と黒が着地する。それを見て、羅弦は小さく笑った。
    「感謝するぞ、灼滅者達よ」
    「?」
     唐突な言葉に、加藤・蝶胡蘭(ラヴファイター・d00151)がきょとんとする。羅弦は、その巌のごとき拳を握り締め言った。
    「あれだけの強者の最期を汚さずにすんだ、介入せずにいてくれた事への礼だ」
     その金色の瞳に、一片の偽りもない。心の底から感謝を抱き――同時に、殺意を漲らせた。
    「来い。返礼は武で返そう」
     羅弦が、身構える。前回の戦いや先ほどとは違う、空手の正拳突きによく似た構えだ。
    「金井・修李! 前回は負けに等しかったから、今回は勝つよ!」
    「真心流、加藤・蝶胡蘭だ。押して参る!」
     修李が、蝶胡蘭が、地面を蹴る。そして、ロッドを振りかぶり矜人がそれに続いた。
    「オレの名は天方矜人。さあ、ヒーロータイムだ!」
     迫る灼滅者達に、羅弦はニヤリと笑う。血に飢えた鮫のような笑みと共に、名乗った。
    「名乗るぞ、応ずる者の流儀だ」
     ゴォ! と拳を赤黒い螺旋のオーラが包む。そのオーラは螺旋の大蛇と成り果て、灼滅者達へと襲い掛かった。ドォ! とブレイドサイクロンの一閃が戦場を薙ぎ払う!
    「アンブレイカブル、羅弦。推して参る」


     砂浜が爆ぜ、砂塵を巻き起こす。その突風に白いマフラーをなびかせながら、太郎が灼滅刀を手に告げた。
    「俺が皆の背中を支えるので、持て得る力全てをぶつけて下さい」
     音もなく、夜霧が砂塵を飲み込んでいく。霧と砂、その中を突っ切りエリが跳びだした。
    「楽しんでもらえればいいんだけどね?」
     繰り出されるのは、鋭い拳打だ。その鋼鉄拳を羅弦は、かわさない。エリの拳が胸を強打した瞬間、バキン! と高まったオーラが確かに砕け散った。
    「おう、そうやって確実に削っていくがいい。今の俺を放置すれば、止まらなくなるぞ?」
    (「!? ジャマーなのか!?」)
     羅弦の言葉と態度に、折花がそれに気付いた。そのまま横回転、その遠心力を利用して折花が異形化した怪腕を振り回す!
     ドォ! と羅弦は、その一撃を左の裏拳で受け止めた。ゴォ! と衝撃が走り、砂場を抉る――羅弦の足が跳ね上がり、折花の胴を捉え、吹き飛ばす。
     だが、折花は思った以上に飛ばない。踏ん張り、意地で近くに着地した。
    「その突進……出来る限り緩める!」
     それを追おうとした羅弦を、修李の足元から駆け出した人型の影が襲い掛かる。その影を羅弦は無造作に受け止めた。
    「止めるともりでなくば、止まらんぞ!?」
    「一瞬で充分ですよぉ」
     そこへウルルの紫色の光刃が放たれた。ヒュオン! と鋭い一閃――それは羅弦を捉えた、そう思った。
     だが、螺旋を描くオーラが牙を剥く大蛇のように、その光刃を受け止める。バキン、と砕け散った自分の光刃に、あらら、とウルルは兜の中で小首を傾げた。
     続き、蝶胡蘭が踏み込む。蝶胡蘭がオーラをまとわせた左手で連打を繰り出す――上下左右に打ち分けるそれを羅弦は動かずに受け止めた。
    「右は使わんのか?」
     かわす必要さえ感じない、そう言外に切って捨てる羅弦に、蝶胡蘭は口を開いた。
    「それが、私の流儀……ううん、私が右拳を使わないのは流儀でも何でもないんだ。こんなのは、ただの病気だ」
     それは、深い内心の吐露だ。羅弦は答えない。ただ、言葉も受け止めるのみだ。
    「私の流儀は、相手と全力を持って拳と拳、心と心をぶつけわかり合う!それが私の、そして真心流の流儀だ!」
     ギシリ、と左の拳を握り締める。即座の再行動、蝶胡蘭の想いのこもった拳が振るわれた。
    「大切な仲間を守りたい。その思いを拳に込める!」
     ゴォ! と蝶胡蘭の繰り出した鋼鉄拳を羅弦は右の掌で受け止める。ガキン! と金属と金属のぶつかり合うような轟音と共に拳と掌が激突し、羅弦は笑った。
    「良い拳と流儀だ、精進しろ」
    「うわ!?」
     ドン! と羅弦の蹴り足が蝶胡蘭の左足を足場の砂ごと蹴り飛ばし、宙を回せる。そこへ、黒のソーサルガーダーによって盾を得た矜人が駆け込んだ。
    「全力でぶつかるしかねーよな!」
    「おう! それでこそよ!」
     矜人の左回転の螺旋突きが、羅弦の右回転の拳が、同時に突き出される。そして、二つの螺穿槍が一歩も退かず激突した。


     ――全身甲冑から漏れる紫の輝きが、震える。
    「とっとと」
    「どうした? その程度か?」
     構え直すウルルを見下ろし、羅弦が言い捨てる。挑発ではない、からかいだ。大人が幼子を弄するような物言いに、ウルルはぼやけた紫のオーラを両手に集中させる。
    「いくのですぅ」
     放たれるのは、紫の流星群――ウルルが抱く最強の幻想を、羅弦はただ一つの下から突き上げた拳で打ち砕いた。
    (「……ただの偽物でしかない、そんなのはいや」)
     たやすく弾かれ、ウルルが思う。みんなの戦い方を見て思い知ったのは、勝てばそれでいいという自分の戦い方が卑怯なのだという事だ。
    「強いって、どういうことなの?」
     ヒーローに憧れ、ヒーローを目指す少女の思わず漏れた問いかけに、羅弦はただ一言答えた。
    「知らん」
    「はい?」
    「強さを語れるほど、俺は『まだ』強くはない。最強とは、俺ごときの手が届く場所にはないのだ」
     羅弦が語る。それは夢を見る幼子のようであり、飢えて月を睨む獣のような笑みだった。
    「己が何者になれたのか、語れぬ者が強さを語るは百年早い!」
    「ここ……ガラ空きだよ!」
     真横から回り込んだ修李のガトリング連射が、羅弦を捉える。その隙にウルルが退き、折花が放ったウロボロスブレイドの刃が羅弦の太い右腕へと絡みついた。
    「合わせるよ!」
    「おう!」
     折花がタイミングを見て刃を引いた瞬間、矜人が踏み込んだ。左右、ストレート、ジャブ、アッパー、フック、裏拳、多彩な拳打が羅弦を連打し――。
    「!?」
     矜人の体が、宙を舞った。無造作に上から殴られた、そう気づいた時には全身を襲った衝撃の激痛に意識ごと刈り取られている。それでも、ヒーローの矜持が倒れる事を許さない――凌駕した矜人が着地に成功する。
    「守れ! 結晶輪」
     そこへすかさず太郎の飛ばした小光輪が、その傷を癒した。そこへ迫ろうとする羅弦へ、エリが割って入る。
    「させないよ!」
     そこへ影を宿した後ろ回し蹴りをエリが繰り出した。そのトラウナックルに反応する事無く羅弦は首で受けて――微動だにせず、その足首を掴んだ。
    「っらあああ!!」
     その手首を黒のサイキックソードが一閃。羅弦の指が緩んだ隙に、エリーは羅弦の脳天を蹴り、間合いをあけた。
    「良し、今のは悪くない連携だ」
    「余裕くれてんじゃねぇか、おっさん」
     吐き捨てる黒へ、羅弦は首をコキリと鳴らしながらあっけらかんと答えた。
    「もちろんだ、余裕だからな」
    「そうか!」
     左右の手で振り回し、ロックハート・アタックを巧みに操り蝶胡蘭は渾身の力でスイングした。羅弦はそれが自身の脇腹に届く寸前、大きく踏み出しロックハート・アタックの柄を受け止める。
    「左手のみ、だったな」
    「――ッ!?」
     そして、羅弦も左手のみで蝶胡蘭と打ち合う。同じ拳打でありながら速度も、重みも、桁違いだ。蝶胡蘭はそれを必死に左一本で食い下がった。
    (「普通のアンブレイカブルとは明らかに格が違いますね」)
     太郎はその攻防に真剣な眼差しを送り、呼吸を整える。知らず知らず乱れていた呼吸に、回復役として自身が思う以上に消耗しているのだと思い知った。
    (「強く、なったはずなんだ」)
     折花は拳を強く握り締める。その自覚はあった――なのに、差は詰まるどころか開いているような気さえした。
     羅弦の戦い方は、相手の強さを限界まで引き出す戦い方だ。それを誰もが気付いていた。全力を出す、あるいは自分でさえ気付かなかった実力に気付かされた者もいる――それほどの差が、あるのだ。
    「ああ、そういう事か」
     羅弦が動きを止める。その表情にあるのは、苦笑だ。短い髪をがしがしと掻き、羅弦は口を開く。
    「俺の流儀に、つき合わせていたようだな。すまん」
     その言葉に、折花は息を飲む。一歩も退かず打ち合おう、そう心に決めていた。蝶胡蘭もまた、羅弦の流儀を尊重した戦い方をしていた。
     他の者も大なり小なり、自分の流儀に巻き込んでしまったらしい――羅弦は、その事を恥じたのだ。
    「――よかろう、お前達の意地に敬意を表そう。存分に、全ての手を尽くすがいい」
     羅弦の構えが変わったその瞬間、その場にいた全員の背筋が凍った。圧力が目に見えて変わったのだ。両手をダラリと下げる、ロシアン怪人との戦いに見せた自然体の構えだ。
     ポジションチェンジしたのだ――ジャマーから、キャスターへと。
    「まだ早かろうが、少しだけ見せてやろう――折れては、くれるなよ?」
     その瞬間、ウルルが背後から赤と黒のエナジーが二重螺旋を描く円塔状のサイキックソードを繰り出した。語り終える前の不意打ち、自身の流儀である勝ちを求めた一撃だ。
     しかし、その一撃が空を切る――『横』へと回り込んだ羅弦の巨体が、視界の隅にかろうじて捉えられた。
    「か、いひ!?」
     貫く流儀を捨てたがゆえの『本気』――ただ、回避しただけの事だ。しかし、それは今までの大前提を覆した。
    「近接は苦手だと思った!? 銃器は殴って攻撃も出来るよ!!」
     そこへ修李が寄生体にバルカンガンM2A1を飲み込ませた右腕の一閃を繰り出した。だが、羅弦の速度は更に上がる――振り抜かれる前、その肘による一撃に、修李の一撃が叩き落される。
    「舐めんなぁ!!」
     黒が駆け込み、死角へと回り込む。それを上回る速度で後方へと跳んだ羅弦の前に、そのコートの端を切り裂くに留まった。
    「あの巨体で――!?」
     エリも追いかけ、雷を宿す拳を突き上げるが横へと掻い潜る羅弦がエリの手首を掴み、横へと放り投げた。
    「ずっと後ろとは限りませんよ」
     その直後、間隙を狙った太郎がマフラーをなびかせ灼滅刀で羅弦の足を捉える。が、浅い。振り返り様の後ろ回し蹴りに、太郎はかろうじて後方へと間合いをあけた。
    「羅弦!!」
     そこに、折花が跳び込んだ。巨大化した怪腕を渾身の力で振り下ろす――それを羅弦は一瞬だけバックステップ、助走をつけた抗雷撃で相殺した。
     ドォ!! と折花の体が軽々と放り上げられる。空中で体勢を立て直す折花が着地した直後、矜人がマテリアルロッドの両端に魔力を溜めて羅弦へ迫った。
    「オレのヒーロー魂は、諦める事を知らないのさ」
     横回転、円の動きでロッドを振るい矜人が連撃を繰り出す!
    「奇跡は起こせなくても、意外とワンチャンあるもんだぜ! いくぜ、スカルブランディング!」
     だが、その渾身の一撃が空を切った。羅弦がその場で大きくジャンプ、そのまま落下する勢いで跳び蹴りを叩き込み、矜人を吹き飛ばす!
    「奇跡は起こすものではない、掴むものよ」
     言い捨てる羅弦へ、蝶胡蘭が想いを宿した左拳で連打する。それを羅弦は左右にステップ、上半身の動きと足捌きのみで掻い潜った。
    「――!?」
     ゴォ! と蝶胡蘭の目の前で赤と黒のオーラが螺旋を描く――繰り出される拳打をかろうじて黒がその場に割り込み、受け止めた。
    「くそッ!! 今日はスペア持って来てねぇんだぞ!!」
     サングラスが砕け散る中、凌駕した黒が叫ぶ。乗り切った――そう黒が確信した、その瞬間だ。
    「温い」
     そこには、右の拳に螺旋をまとわせ振りかぶった羅弦がいた。黒は気付く――自分を凌駕へと一撃で追い込んだのは、左の拳であり……。
    「これが、本命だ」
     再行動、爆音のごとき打撃音と共に右の螺穿槍が黒を文字通り薙ぎ払った。


    「ここまでに、しておくか」
     羅弦はそう語ると、満足げに歩き出した。それを追おうとする者はいない――ただ、蝶胡蘭だけが問いを投げかける。
    「満足ついでに一つ教えてくれ。ここに来たと言うことは貴方と業大老は何か関係があるのか?」
     問いに、羅弦は振り返る。そこには、純粋に呆気に取られた表情があった。
    「いや、違う」
    「は?」
    「昔、世話をした事のある同類から話を聞いて、物見遊山に来ただけだ。あの御老体と俺は無縁よ。アレ等にしてみれば、俺など塵芥であろうしな」
     苦笑し、羅弦は改めて倒れたままの黒を、そして灼滅者達を見て告げた。
    「お前達の成長は、見事。いっそ、育ててやりたいぐらいだが……無粋、よな。その研鑽、怠るな」
    「いつか再戦を」
     太郎の言葉に、羅弦は破顔する。
    「おう、壮健あれ。我が敵共よ」
     そう言い残し、羅弦は立ち去った。その後姿を見送り、黒の容態を見て取ると、修李が砂場に大の字に寝転がった。
    「あ~も~……!」
    「完敗か、今度こそ」
     折花もため息混じりに、そうこぼす。どう贔屓目に見ても、敗北したとしか言えない結果だ。
     だが、悔しさと共にこみ上げる熱いものが確かにある。それは、自分達もまた強くなっているという実感だ。
     あそこへ必ずたどり着く――その強い決意もまた、ここに生まれていた……。

    作者:波多野志郎 重傷:黒夷・黒(大学生ストリートファイター・d10402) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月3日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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