怒濤断つ、手刀

    作者:宝来石火

     季節外れの流氷がオホーツク海を臨む岩壁へと流れ着く。
     砕波に乗って岩へと叩き付けられたその流氷は驚くほどあっさりと砕け散り、その内からは一人の男が姿を現した。
     陶器のポットのような奇妙な形のコップの頭部を持つ男。彼こそはロシアン怪人が一、ピャチゴルスク鉱泉怪人である!
    「日本か……中々の温泉大国だと聞くが、我がコーカサスの鉱泉には及ぶまい」
     ピュッピュとコップの飲み口から水を吹き出し、怪人は笑う。
    「――ロシアン怪人、ピャチゴルスク鉱泉怪人だな?」
    「何者だっ!?」
     誰何の声に応えて、一人の男が浅瀬に姿を見せた。
     素肌を晒した上半身は、一分の隙もなく鍛え上げられている。その全身を覆う刀傷と思しき無数の疵痕。包帯の巻かれた両の手は、手刀の形で固定されていた。
    「貴様……アンブレイカブルかっ!」
    「如何にも。赤刃掌、陳・孝明――立ち会いが所望!」
     
     ――海鳴響く浅瀬は、忽ちの内に激しい戦いの舞台へと移り変わった。
    「キェァ!!」
     裂帛の気合とともに振るわれた孝明の手刀のその先から、音速の衝撃波が怪人の胴を横薙ぎに斬り裂く。斬り口からは赤い血の代わりに硫黄の香る鉱水が滲み出た。
    「手刀を刃と化すまで鍛え上げたか! アンブレイカブルの武への執念、見事の一言!
     しかしその執念に、俺のご当地への愛は幾分も劣らん!
     受けてみろ、死への呼水!」
     飲み口から勢い良く噴出された鉱水が、孝明の身へと降り注ぐ。水滴に濡れた孝明の皮膚が、音を立てて爛れ始めた。
    「ぬっ……酸性鉱水かっ!?」
    「その通り! 人を斬り、鬼を斬ろうと水は斬れまい! ウラーッ!」
     怪人の全身から吹き出す鉱水がウォーターカッターの如くに周囲の岩場を斬り裂きながら孝明に襲いかかる。
     絶体絶命の窮地にありながら、孝明は構わず手刀を構える。
    「侮るな。水面に映る月を断ち、瀑布を割るが我が赤刃掌の秘奥……!
     ――ヒェァァ!」
     水と手。
     二つの刃ならざる刃が交錯し――戦いは、決した。
    「ぬっ……」
     新たに刻まれた刀傷から血を吹き出し、孝明は膝をつく。
     怪人は、月の昇る天を仰いだ。
    「……申し訳、ありません、シベリアンタイガー様……ハラショー!!」
     叫び、爆発四散する怪人の閃光を背に受けて。孝明は静かに瞼を閉じ、手を合わせた。
    「……ピャチゴルスク鉱泉怪人。我が手刀の錆となるに、相応しい男だった――」
     
    「北海道に流氷が来たんだよ」
     ややもすると微笑ましくさえ聞こえる須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)の報告が、決して笑って受け止められるものではないことを、灼滅者達は承知していた。
     流氷は元々、ロシアのご当地怪人達を無数に乗せた一塊の巨大な氷塊であったという。しかし、何らかの理由でこの流氷は砕かれ、ご当地怪人たちも散り散りとなって流氷の欠片に乗り、各々がオホーツク海を漂流していた。
     その内の幾人かが、北海道の海岸へ流れ着こうとしているようなのだ。
    「ところがどういうわけか。アンブレイカブルがそのことに気付いて、ロシアン怪人に喧嘩をふっかけに行くみたいなの!」
     ご当地怪人を格好の腕試しの機会、はたまた研鑽の場とでも思ったのか。
     いずれにせよ、アンブレイカブルとご当地怪人は戦い、そしてどちらかの勝利で決着は付く。
    「そこで、私達はその決着が付くのをじぃ~っと待って、勝った方を倒しちゃおうってわけ!
     ……ひ、卑怯じゃないよぅ、作戦だよ―?」
     などと言いつつ目を逸らすまりんだが、実際の所、自分達より遥かに強いダークネスを相手取る灼滅者に、戦術を選り好みする余裕などないのだ。
     アンブレイカブルとご当地怪人を一挙に倒せるこの機会を見逃す手はない。
    「流氷が流れ着くのは、北海道は紋別市の外れの辺り。明け方だから、明かりの心配は要らないと思うよ」
     怪人とアンブレイカブルの戦いの場となるのは、十数メートルの岩壁を背にした、波の打ち付ける岩場である。不安定な足場ではあるが、灼滅者やダークネスにとってはどれほどのこともない。
     また、二人の戦いの最中に浅瀬に降りると気付かれるだろうが、岩壁の上からこっそりと様子を伺うことはできるかもしれない。
    「二人の戦いはアンブレイカブル……赤刃掌を掲げる陳・孝明の勝利で決着が付くよ。手刀を使って、日本刀のサイキックと同じ技を使いこなすみたいだね」
     更に加えて、シャウトと同じ効力の雄叫びで自らの傷を癒やすこともできるという。戦いは長期戦となるだろう――本来ならば。
    「孝明はロシアン怪人との戦いで少なくないダメージを受けてるの。だから、一気に押しきれないこともない、はずだよ!」
     もっとも、アンブレイカブルの技の威力は凄まじい。あまり攻撃一辺倒というわけにもいかないだろう。
    「ロシアン怪人やアンブレイカブルの思惑はわからないけど……それはそれとして! 私達は漁夫の利作戦、狙っちゃおう!」
     今度はしっかりと灼滅者達の目を見て、まりんは皆に檄を飛ばした。


    参加者
    新城・弦真(一刃・d00056)
    月代・沙雪(月華之雫・d00742)
    御盾崎・力生(ホワイトイージス・d04166)
    水葉・椛(紅の可憐花・d05051)
    不破・咬壱朗(黒狼赤騎・d05441)
    深海・るるいえ(深海の秘姫・d15564)
    一二三・政宗(鋭利な鋼乃糸の契約者・d17844)
    メイ・クローウェル(小学生魔法使い・d19859)

    ■リプレイ


    『ウラァー!』
    『イェァァアー!!』
     裂帛の気合を幾合も交え、怪人とアンブレイカブルは交差する。
     朝焼けの岩瀬で繰り広げられる人ならざる者同士の戦いを、灼滅者達は岩壁の上から見下ろしていた。
    (「どっちもすっご~い……あ、あっ、怪人さん後ろあぶないッ!」)
     きらきらと輝くツインテールが目立たないよう気づかいながら、メイ・クローウェル(小学生魔法使い・d19859)は崖下の戦いを覗いていた。判官贔屓の応援が思わず口から飛び出さないよう、自分の口を両手で覆いながらの観戦である。サウンドシャッターが戦闘時の音しか遮断することができない以上、隠れている灼滅者達はなるべく静かにするしかない。
    「あんまり身を乗り出したら、危ないですよ?」
     水葉・椛(紅の可憐花・d05051)は小声で言ってメイを抑えるが、正直な所、そう言う自分もダークネス同士の戦いに興味がないとは言い切れない。勿論、彼女達はこの戦闘が迎える結末を承知しているのだが、超常たる彼らの一進一退の攻防はその過程だけでも充分に目を見張るだけの価値がある。
    「でも、気持ちわかります。この様に間近でダークネスの戦いが見られるとは、思ってもいなかったのです」
     うんうんと頷きながら、月代・沙雪(月華之雫・d00742)も眼下に真剣な眼差しを送っている。
     ダークネスの戦闘を、その渦中でなく、こうして遠巻きに見られる機会というのはそう多くない。ストリートファイターである沙雪にとって、アンブレイカブルの戦いぶりをじっくりと観察できる機会から学べるものは大きかった。
     まぁもっとも、今回その手の技を使うつもりはないのだが。
    「勉強になるのです」
    「ああ……両者とも、見事な武人だ。
     ――ん、見ろ。構えが変わった」
     不破・咬壱朗(黒狼赤騎・d05441)もまたアンブレイカブルの動きに注視する。
     強者であるという以上に、これから相対する敵である。彼を知り己を知れば、の格言ではないが、敵の技を見極めることは灼滅者達の戦いに有利に働くに違いない。
     戦いは、エクスブレインの見た決着の瞬間を迎えようとしていた。
    『水面に映る月を断ち、瀑布を割るが我が赤刃掌の秘奥――ヒェァァ!』
    「……決まるな」
     黙し動かず、ただ静かに崖下を見つめていた御盾崎・力生(ホワイトイージス・d04166)が小さく、しかしハッキリと言う。
     一つの戦いが今終わる。
     だが、灼滅者の戦いはこれから始まるのだ。
    「できるなら……この様な手段ではなく、正面から挑みたい相手だが」
     静かに座して待つ霊犬・珂月に向かって小さく頷き、新城・弦真(一刃・d00056)は軽く拳を握って、開いた。
     弦真の技は、手刀。
     そして、これから戦うアンブレイカブル、陳・孝明もまた手刀の使い手なのである。
     ストリートファイターをルーツに持つ弦真の求道心をこれほどそそるシチュエーションも、そうはない。
    「漁夫の利、というと聞こえは悪いですが……戦い、ですから」
     自身の殲術道具を準備しながら、椛は言う。
     勿論――この戦いにおいて疲弊した孝明の虚を突き一息に攻めきるのが肝要であることは、充分に承知してもいる。
    「そうだな。些か、卑怯な手だが――これも、俺の実力不足が故、か」
     ぽそり、と呟く弦真を見上げたのは一二三・政宗(鋭利な鋼乃糸の契約者・d17844)だった。
    「……いずれ、一騎打ちで正面から戦って勝てるようになりたいものですが」
     そう言うと、政宗は仲間達の顔を静かに見回した。
    「当って砕けるわけには、いきません。
     卑怯者の誹りを受けようとも力を合わせ、戦術を駆使し、最善を尽くすまでです」
    「――あぁ、尤もだ」
     改めて、弦真はもう一度頷いた。
    「にあにあ」
     ……と。
     皆よりも幾らか降りた所から戦いを見守っていた猫が一匹、身軽にぴょんぴょんと岩陰を跳んで、珂月の隣にちょこんと並ぶ。
     そうして見る間に可憐な少女――深海・るるいえ(深海の秘姫・d15564)の姿へと、猫は名状しがたく変じたのである。
    「にあいあぃぁ……なあに、孝明も本隊とはぐれたロシア怪人を襲ってるわけだし、卑怯はお互いさま?
     そう、ピャチゴルスク鉱泉怪人は犠牲になったのだ……犠牲の犠牲になっ!」
     瞳をぐるぐるさせながら、ロケットハンマーを構えるるるいえ。
     彼女を最後に、灼滅者達の戦闘準備は、完璧に整った。
    「――さぁ、行こう」
     そう、力生が言い終わるかどうかという時。
     灼滅者達の眼下で、ピャチゴルスク鉱泉怪人が爆発とともにその命を散らした。


     奇襲における鬨の声は、銃火と銃声である。
    『メギド』の名を冠する重厚なガトリングガンを構えた力生が、怪人の爆発四散と同時に宙に舞い、浅瀬に降り立つまでおよそ1.75秒。エアライドで着地の衝撃を殺すと同時、即座に銃口を構えトリガーを引く。間髪を入れぬ一連の動作には、一分一厘の無駄も無い。
     ――ガガガガガガガガガッッ!!
    「何ッ!?」
     ロシアン怪人という強敵との死闘を終えた直後のアンブレイカブル――陳・孝明は、残心を解きこそしていなかったものの、そこに致命的な隙が生まれていたことは違いなかった。
     炎と光の嵐を吐き出すバレットストームの弾幕にその身を穿たれ、足を取られる孝明に向け、灼滅者達の追撃は尚も続く。
    「悪いが、俺達に手段を選ぶ余裕はないんでな」
     孝明に向かい一直線。愛槍『静香御前』をその手に、その身をも穂先の一部と見紛うほどの勢いで迫る、咬壱朗のその言葉が、銃声の嵐を抜けて届いたとも思えない。
     だが、孝明は確かに岩壁を蹴って加速して迫る咬壱朗のその姿を視界の端に捉えていた。
     しかし、無意味。
     弾幕の中心にその身を晒した孝明に、その一撃を受けも避けも出来はしない。狙い違わず孝明の脇腹を抉る螺穿槍。
    「グゥ……ッ!」
     鮮血が舞って潮へと混ざるその前に、咬壱朗は素早く背後に跳んで距離を取る。衝撃波のみで敵を断つその手刀そのものの射程内に残ることの恐ろしさは、先の戦いを観て重々承知していた。
    「貴様らは――灼滅者、かッ!」
    「その……通りです」
     矢継ぎ早、孝明の懐に杖を構えた椛が飛び込んだ。『紅翼の杖』の名の通り、美しい紅の翼が印象的なその杖の先端には、青い珠が嵌っている。
     日頃のぼんやりとした様子からは思いもつかぬ大胆な過ぎるほどの踏み込みでもって肉薄し、杖の先端を孝明の体に叩きつける。
     椛の力に依って、珠に魔力が籠る。溢れる。弾ける!
    「ふっ!」
     ――バヂィッ!
    「ぬぁっ!」
     フォースブレイクの一撃を受け、孝明の肩が血飛沫を上げた。そこは、ピャチゴルスク鉱泉怪人の酸性鉱水によって皮膚を焼かれた部位だ。
     負ったダメージは、強烈。しかし、同時に受けた衝撃のそのままに孝明は大きく吹き飛ぶように退き、力生の弾幕から何とか逃れる。
     爆ぜた肩口を労る風もなく、孝明は灼滅者達に刃のような視線を向けた。
    「この機、この数、この連携――全ては貴様らが掌の上、という訳か」
    「まさか卑怯とは言うまいね……最高の褒め言葉だがな!」
     岩肌を滑り降りたるるいえが、ロケットハンマーを振り回しながら飛び掛かる。その背後からはてけり・りのしゃぼん玉がまるで彼女を護衛するかのように怪人めがけ吐き出された。
    「否!
     躰を鍛え、技を磨くが武の道ならば、計を巡らせ策を弄すもまた武の一!
     常在戦場こそ武人の心得、戦場に卑など無い!」
     一見出鱈目なように見えるるるいえのロケットスマッシュが、故意によるものか邪神の加護か、的確なタイミングのブーストにより避けがたいと断じた孝明は、敢えてるるいえの一撃を真正面から受けると同時、掌を回して迫るしゃぼんを撃ち落とす。
     ガンッ――と鈍く響く衝撃を、額で受ける。割れた額から血が流れるが、一々気にするはずもない。
     が。
    「――ぬっ!?」
     その衝撃によるものとはまた別に、孝明は己の体を鈍らす力を感じ、息を漏らした。
    「その様に言っていただけると、此方も気が楽になります」
     その声の主の名は、政宗。
     可能な限り気配を殺し、孝明の後背をとった政宗は、既に契約の指輪から石化の呪いを放っていたのだ。
     攻防問わず動きを制し、また徐々に異常の進行する石化の呪い。
    「――ステンノー、エウリュアレー、メドゥーサ――ゴルゴーン3姉妹の呪い。癒している余裕は、ありますか?」
     明らかに、ダメージを与えることそのものよりも、着実にその行動を縛ることが目的であった。
     孝明が手刀一つに邁進しその技を磨きあげたのとは対照的に、多くの技を習得し相手と状況に合わせてベストな技を使いこなす――言うなれば、それが政宗の武の道だとも、言えたかもしれない。
    「成程……面白い」
     笑みも浮かべず言うそれは、孝明の虚勢である。
     孝明の正面からは、弦真が岩場を跳んで真っ直ぐに駆けて来ていた。
     そしてそれと同時、箒を使って降りてきたメイが、海の側から死角をついて鬼神変を振るいに来ていることを気配を察してもいたのである。灼滅者達の奇襲は未だ終わっていないのだ。
     石化の呪いで鈍った体でニ方からの攻撃を同時には捌き切れないと判断した孝明は、瞬時に策を練った。後ろに跳んで弦真からは素直に距離を取りつつ、メイの接近にはギリギリまで気づかないフリをして引きつけ、手刀の一閃で迎撃を行う――。
    (「――敵の攻め手の数、与えられる異状を鑑みれば――悠長に我が身を治癒する余裕はない」)
     高々と後方に跳んだ孝明は、政宗の頭上を飛び越し、そのまま背後に拳一つ分ほど頭を覗かせる岩の上へと着地した。メイの気配は軌道を修正しながらも、確実に斜め後方の死角から迫ってくる。
     多少足場が不安定だろうと、鍛えた掌を振るうのに不自由はない――と、腕を構えたその刹那!
    「何だとっ!?」
     突如どこからか放たれた神薙刃のサイキックが、孝明の総身を斬り裂く!
     誰が、どこから――バランスを崩した孝明がそのことに気づく前に、メイは彼に向けて跳びかかっていった。
    「おもいっきりっ、いくよ!」
     ――バギシッ!
     柔らかく華奢なメイの体からアンバランスに伸びる豪腕が、力任せに孝明の体を殴りつける!
    「がァッ!?」
     凄まじい膂力で岩壁へと叩きつけられた孝明の体は岩へとメリ込み、土煙を起こす。
    「……んっ! 命中したのですっ!」
     自身の頭上――即ち、崖の上で、一人降りずに残っていた沙雪が小さくガッツポーズを取ったその様子を目の当たりにしたわけでもないが。
     己の受けた傷を見返し、神薙刃が崖の上から放たれたことに思い至った孝明は、恥じた。
    「まだ上に一人……ッ! ハッ、全く我が未熟振りたるや、度し難いな!」
     元より手負いの身で、策を案じた灼滅者の集団が相手――孝明は、素直に認めた。
     この戦い、勝ちはない。
     ならば――。
    「――キェァァァ!」
     ズガァン!
     怪鳥音を上げ孝明は己の埋まる岩壁を蹴った。
     そうしてバネの様に凄まじい勢いで飛び出すと同時、大きく円を描くようにその身を捻り、四方に向けてその手刀を振るう!
    「ぐぅっ!!」
     その一刀が生んだ衝撃波もまた手刀と同じく刃と化して、駆け寄る弦真の胴を横薙ぎに狙った!
    「下がれッ! あれは『飛んで』くる!」
     戦いの一部始終を見ていた咬壱朗が注意を促す。幸い、序盤に先制攻撃を繰り出した面々は、孝明が大きく吹き飛ばされていたことで逆に回避に十分の余裕がある。
    「きゃっ……!」
     弦真の次に近くに居たメイに向けても、手刀の衝撃波が襲いかかっていたが、あわや直撃するその寸前、空気の弾けるような音がして、衝撃波は虚空に霧散した。
     政道――政宗のビハインドである彼が、メイを庇ったのだ。
    「あ……だ、大丈夫!?」
     ビハインドである政道の表情などは覗かれないが、負ったダメージは決して少なくないようであった。地力で灼滅者に劣るサーヴァントとはいえ、守備に専念していた状態で受けたにしては、消耗の激しいその様子に、手刀の一撃の威力の大きさが伺える。
     灼滅者達の不安が弦真の安否に集中した、その時。
     ――ゴゴゴゴ……っ!
     重く、不吉な音が彼らの頭上から響きだした。
     沙雪に取っては、足元から、だったが。
    「って、え……! 地面が、崩れるのです!?」
    「嘘だろ……!」
     孝明の衝撃波は弦真を、メイを襲うと同時、沙雪の立つ崖の一部をそのまま斜めに斬り落としていたのだ。
     重力に従い、岩壁の一部が滑らかな断面を覗かせながら滑り落ちてくる。
     如何に巨大な質量に押し潰されても、灼滅者達に致命打とはならない。が、浅瀬とはいえ海の中に岩塊で蓋をされ、碌な事になろう筈もない。
    「う、上からくるぞぉー! 総員気をつけーっ!」
     るるいえが叫ぶまでもなく、灼滅者達は振りかかる岩壁に向けて対応を始めていた。


     浅瀬に落ちた岩壁は衝撃でもって更に砕け、海を揺らす轟音とともに浅瀬は埋め立てられた岩石の浜と化した。
     灼滅者達はあるいは飛び退き、あるいは宙へと逃れ、あるいは岩を砕いてその場に残り――。
     そしてまた、孝明も手刀を頭上に掲げて降り注ぐ岩を全て断ち、その場に残っていた。
    「逃げる心算だったのかと、思っていたが」
    「三十六計逃げるに如かず――だが」
     力生の問に孝明は、初めてうっすらと笑みを浮かべて言った。
    「隙がなかったのでは、しょうがない」
     孝明の眼前では、弦真が一歩たりとも退くこと無く踏み込み切り、手刀を繰り出していた。
     鋼鉄の如き硬度を誇るその手刀は孝明の左の鎖骨を縦に斬り裂いて、心臓に達するまで深々と食い込んでいる。
    「中々の、功夫だ。その手刀、『銘』は?」
     まるで死に至る痛みなどないかのように平然と、孝明は問うた。
    「生憎と、無銘の劔。
     ――只、斬る為に鍛え上げた拳だ」
     深手を負いながらも、弦真は瞳に武人の輝きが宿らせて答えた。
     よく似た二人だと、力生は思う。
    「……良い刀だ――朝焼けの空にさえ刀傷を刻む、あの細い月の様な――」
     そう言って月を見上げたまま、赤刃掌、陳・孝明は絶命した。


    「……大丈夫なのです、重傷には至ってないのですよ」
     休息をする弦真に心霊手術を施しながら、沙雪は安堵の息を漏らした。
    「そっか……! みんな無事に終わってよかったね!」
     政道のダメージをシールドリングで癒しながら、メイも笑顔を浮かべる。
    「周り中岩だらけで、墓石には困らなくて良かった――我が神の御下で立派な半魚人として生まれ変わるといい……」
    「半魚人は、どうなんでしょう……」
     椛の苦言を聞き流し、るるいえは邪神に向けて祈り始める。
     ピャチゴルスク鉱泉怪人と陳・孝明を弔う墓は、簡単な物ながら中々にらしい出来になっていた。宗派は、兎も角。
    「出来るならば、敵として会いたくはなかったな――」
     咬壱朗は散っていった武人達に向けて、黙祷を捧げる。
     朝日が昇り、月はもう見えなくなっていた。

    作者:宝来石火 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 14/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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