●平和な風景
国際空港は多種多様の人種であふれていて。クートもその一人だった。恋人のモアと共に日本での観光を終え、母国スウェーデンへ帰る飛行機を待っているところだ。
「モア、飛行機まで時間があるから軽く食事でもとらないか?」
「賛成。でもその前にちょっと寄らせて」
彼女が示したのは女子トイレ。快諾したクートはさすがにトイレの前で待つことはせず、少し離れたベンチに腰を掛けて待つことにした。席は一つしか空いていなかったが、モアが戻ってきたらすぐにレストランに向かうつもりだから別にいいだろう。
モアは化粧ポーチの入ったハンドバックを持って行った。きっと時間が掛かるに違いない。クートはあくびをしながらも手荷物の中から母国語の文庫本を取り出し、めくった。
●
「やあ、よく来てくれたね」
教室で待っていた神童・瀞真(高校生エクスブレイン・dn0069)は灼滅者達が腰を掛けたのを見ると、ゆっくりと口を開いた。
「実は、シャドウの一部が日本から脱出しようとしているらしいんだ」
日本国外ではサイキックアブソーバーの影響で、ダークネスは活動することができない。しかしシャドウは日本から帰国する外国人のソウルボードに入り込み、国外に出ようとしているのだ。
「シャドウの目的はわからないし、この方法でシャドウが国外に移動できるかどうかも未知数だよ。でも」
瀞真は言葉を切り、神妙な表情を浮かべた。
「最悪の場合、日本から離れたことでシャドウがソウルボードから弾き出され、国際線の飛行機の中で実体化してしまう……かもしれない」
集まった灼滅者達はその言葉に息を呑んだ。瀞真はゆっくりと続ける。
「その場合、飛行機が墜落して乗客全滅という可能性も有り得るんだ……だから、国外に渡ろうとするシャドウの撃退をお願いしたい」
ソウルボードの中では特に事件が起こっているわけではない。灼滅者がソウルボードに侵入してくると、シャドウは迎撃してくる。
「今回入ってもらうソウルボードは、スウェーデン人のクートさんという20代後半の男性のものだよ。中の風景は王宮の庭で衛兵の交代式が行われていたり、と思えばストックホルム最古の教会――イタリア・バロック様式のそれだったり、セント・ジョージと龍の木彫が飾られていたりと彼の故郷、スウェーデン色のあふれる光景となっているだろうね」
外は夏だけど、ソウルボードの中だから、もしかしたらオーロラが見れるかもしれないね、と瀞真は付け加えた。
「ソウルアクセスをするためにはクートさんを他の客や連れのモアさんから引き離して眠らせないとならないよ。幸いモアさんは化粧室に行っていて、クートさんは一人でベンチで待っている」
なんとかクートを一人にし、眠らせてソウルアクセスできる状態にしなくてはならない。どこでソウルアクセスするかも重要だ。
「シャドウ自体はそんなに強敵ではないよ。劣勢になれば撤退していく。不定形のシャドウが一体で、使ってくるのはシャドウハンターのサイキックに似た攻撃と、影業のサイキックに似た攻撃だね」
瀞真は和綴じのノートを閉じて、灼滅者達を見つめる。
「失敗した場合、最悪飛行機が墜落してしまうかもしれない……失敗させるわけにはいかないよ。君達にかかってるんだ」
心してかかってほしい、そう、締めくくった。
参加者 | |
---|---|
板尾・宗汰(蛇竜幼体・d00195) |
リリシス・ディアブレリス(メイガス・d02323) |
逆霧・夜兎(深闇・d02876) |
詩夜・華月(白花護る紅影・d03148) |
弥堂・誘薙(万緑の芽・d04630) |
布都・迦月(落陽の甕星・d07478) |
御門・心(みなみのスピカ・d13160) |
神庭・律(人神覇者・d18205) |
●設置
国際空港に入ると多種多様の言語が入り乱れていて、ここが世界へと開かれた玄関口であることを肌で感じることが出来た。灼滅者達は事前に聞いていた場所とクートの容貌とトイレの位置を頼りに少し離れた場所のベンチを探す。すると文庫本に目を落としているクートを発見することが出来た。
確認を済ませた板尾・宗汰(蛇竜幼体・d00195)とリリシス・ディアブレリス(メイガス・d02323)は頷き合い、携帯電話を手に仲間達から合図が来るのを待つ。二人共旅行者を装うためにそれらしい格好をしていた。
一方、男子トイレでは男子三人が清掃員に扮して人払いを行っていた。
「清掃するから、違うトイレへお願いします」
「これから清掃なので、別のトイレをご利用下さーい」
逆霧・夜兎(深闇・d02876)と布都・迦月(落陽の甕星・d07478)が声を上げてこれからトイレに入ろうとする人、中にいる人に知らせる。プラチナチケットを使って少しでも本物の清掃員だと思ってもらえるように。エイティーンを使用して長身に成長した弥堂・誘薙(万緑の芽・d04630)は何ヶ国語かで書かれた看板を据える。日本語の通じない客達にも迦月の英語と看板で事情は伝わったようだ。
個室も丁寧に確認し、不審がられれば「学生の職場体験です」という口実で乗り切った三人。最後に誰も居ないのをもう一度確認すれば、場は完成した。
「シャドウが国外逃亡とか、何考えてんだ……それとも何かあるのか……」
ぽつり呟いた夜兎。考えるようにした後再び口を開いて。
「とにかく、墜落だけはさせるわけにはいかないんだよな」
「ああ」
清掃員を装っていた時は普段にない人当たりの良さと営業スマイルを見せていた迦月はいつもの冷静な様子に戻って答えた。
「どうしてシャドウが動き出すのか不思議ですが……因果関係を考えるのはシャドウをどうにかしてからですね」
インカムイヤホンから聞こえる音を確認しつつ、誘薙は頷いた。
女子トイレ担当の三人は、モアが女子トイレに入るのを確認した。他にも数人の客が利用中だったが、御門・心(みなみのスピカ・d13160)の魂鎮めの風を受けて次々と眠りに落ちていく。詩夜・華月(白花護る紅影・d03148)と神庭・律(人神覇者・d18205)は眠った客がトイレの床に突っ伏してしまったりしないよう、気を使ってそれぞれを移動させた。その後、律が女子トイレの入り口にも清掃中の看板を立てた。
「こちら、準備できました。よろしくおねがいいたします」
「準備、終わったわ」
心と華月がそれぞれ誘導班と男子トイレ班に連絡をし、律は清掃中の看板の側でさり気なく待機していた。
(「しかし国外逃亡とは、何をそんなに恐れているのやら。出来れば理由も探っておきたいところだが……どうだろうね。内輪揉めなのか、それとも他種との問題か」)
視線を走らせながら思うはシャドウのこと。
(「取り敢えずは、美しいオーロラを堪能する為にも、良き旅行の為にも、邪魔者には消えてもらおう」)
誘導を始める旨の連絡を受けて、律は看板に手をかけた。
●導き
(「ん……なんだかキナ臭い動きね。他で似たような事もおきているようだし、組織的な動きなのかしら……? 目的の一片だけでも見えればよいのだけれど」)
携帯電話を手にしながら、リリシスは思う。今回の事件はどういう意図が込められているのだろうか。
(「シャドウの国外逃亡? 国外進出? マジにできると思ってやってんのか? 背後で仕切ってるヤツでもいるのか? シャドウにその本意を聞いてみてェもんだ」)
しかし問うて簡単に答えが返ってくるとも思えない。それでも聞いてみたいとは思う。宗汰はクートから目を離さずに。
(「今後同じ様な事件が多発するなら、皆に報告して対策を考えなきゃいけねェ」)
「来たわ」
その時リリシスの携帯に準備が整ったとの連絡が入った。二人の出番だ。携帯電話を繋ぎっぱなしにしてハンドバッグのポケットに入れる。そして二人は連れを装ってクートへと近づいた。何も知らぬ彼はまだ本を読んでいる。
「クートさんは貴方で宜しいかしら……?」
「失礼します、クートさんですよね」
風貌を確認しながらハイパーリンガルを使用して話しかけると、クートは突然名指しをされた事を訝しがるように本から視線を上げて首を傾げた。だが。
「連れの方が具合が悪いとかで、あなたを呼んでるみたいです。友達が一緒に付き添ってるんで、来て頂けませんか」
「! モアが!?」
宗汰の言葉に弾かれたように立ち上がる。リリシスがこっちよ、と先導して女子トイレへと小走りで向かう。人混みをかき分けるようにして進んでくるリリシスに気づいた律、携帯から聞こえる音を聞き取っていた誘薙はそっと看板を下げた。
「モア!? どこだい!?」
導かれるままに女子トイレに駆け込んだクートを不自然な眠気が襲う。スタンバイしていた心の魂鎮めの風だ。倒れ込みそうになった彼を華月と心で何とか支える。そこに迦月と夜兎が駆けつけて、彼の運搬を代わった。
「ごめん」
運搬に加わった宗汰が発したのはスウェーデン語の謝罪。眠ってしまったクートには届かないかもしれないが、色々な思いが込められている。
楽しかったはずの旅行の終わりに、こんな目に合わせちまってすまない。
大事な彼女を利用して不安を煽ったりしてすまない。
できれば今回の事は全部忘れてくれますように。
「今すぐ掃除をしますので……!」
誘薙はクートの運搬を他の人に見られないように看板を動かし、その上バケツの水をひっくり返して人の目をそちらへと引きつけた。
「準備ができたようです」
クートを無事に個室に運び終えたのだろう、それを確認した心に声を掛けられた誘薙は急いでモップを動かして水を拭き取り終えてから皆に合流した。
「揃ったな?」
個室の便器に座るようにして眠っているクートの側に立った律が、一同を見回して人数を数える。全員いることを確認し、彼女はソウルアクセスを試みた。
●極光の場で
ソウルボードの中はまるで異国の風景だった。片方にバロック様式の教会やセント・ジョージと龍の木像が見られると思いきや、視線をずらせば王宮の庭での衛兵の交代式が見れる。中でも圧巻なのは上の空間に転がるたくさんの光。緑の光がしるべのように空に描かれているかと思えば、紫色を帯びた光がカーテンのようにひらひらと舞っている。まさに自然の作り出す光のアートだ。
現地に行っても確実に見られるとは限らない光景が、ソウルボードの空に広がっているのだ。暫く見ていたくもなる。
「……美波とも、いつか一緒に見たいな……」
心はそっと薬指の指輪を撫でて呟く。
「正直、この景色を楽しみたくて仕方がない」
律もぽろりと本音を漏らして。
「バロックの世界が……。北欧の空気、本場の音が……おのれシャドウ……俺の方が欧州へ行きたいわ!」
迦月の逆ギレに近い叫びが北欧の空に響き渡る。すると、邪魔者の訪れを察知したのだろう、この風景に似つかわしいとはいえない不定形の凝り固まった影が、灼滅者達の前へと現れた。
「Es ist die Zeit der Weltherrschaft!」
「──紅に染まれ、月華」
次々と解除コードを口にしていく灼滅者達。ハートのマークを宿すこのシャドウは容赦なく漆黒の弾丸を夜兎へと放った。
「気が早いな。さぁ、始めようか」
負けじと影で作った触手を放つ夜兎。影の固まりに絡みつく触手。ナノナノのユキは夜兎の傷を癒やすべくハートを飛ばす。
「危険を冒してまでオーロラ観光とは随分洒落込んでるな?」
真面目モードに戻った迦月も影の触手をシャドウに絡ませてその動きを封じに掛かる。
「海外旅行が流行っているというわけでもないでしょう。洗い浚い言えば、悪いようにはしないわよ?」
魂を一時闇堕ちへと傾けたリリシスは自らの力を高めながら問う。だが、誰の問いかけにもシャドウは答えようとはしない。
「国外に出てどうするつもりだったんだよ」
接近してオーラを纏った拳を叩きこんだ宗汰の問い。
「何故、海外へ出ようとなんてしているの?」
握った『紅散華』に捻りを加えながら突き刺した華月もダメ元で問う。
「日本にいると身の危険でも感じるのですか?」
ソウルボードへ入った時点で歳相応の姿に戻った誘薙は自らの力を底上げするために魂を一時闇堕ちへと傾ける。霊犬の五樹は夜兎の傷を癒やすべく動いた。心は踊りながらシャドウを斬りつけ、律も魂を一時傾けて力を得た。霊犬の実琴は果敢にシャドウを攻め立てる。
ビュンッ!
シャドウの不定形な体の一部が刃のついた鞭のようになり、華月を切りつけた。あくまでも質問には答えないつもりのようである。答えられないのか答える筋合いがないと考えているのか、それは灼滅者側からでは分かり得ぬことであった。
「国外逃亡なんかさせねーぞ」
夜兎の指輪から石化の呪いが放たれる。ユキは懸命に華月の傷を癒していく。
「答える気はないようだな」
迦月は激しく『天響琵琶【市杵嶋】』を掻き鳴らし、音波でシャドウを襲う。
「──では、永遠の眠りという安息に誘ってあげましょう」
追うようにしてリリシスが放った弾丸が命中する。宗汰は影を宿した武器で殴りかかりつつも、怒りを込めて声を上げた。
「てめーがこのまま日本の外に出たらどうなるのか判ってんのか」
それでもシャドウは表情(?)を変えようとしない。まるで聞き耳を持たないといった様子だ。
「行くわよ。──あんたを、殺すわ」
ならばと華月は鋼糸をシャドウのその身体へと巻きつける。華月は相手との力量差がどうであれ、この言葉を吐く。自分には、それしか出来ないから。
誘薙がガトリングガンの連射でシャドウを追い詰める。爆音と弾丸の煙が北欧の美麗な景色には似合わないななんて思いながら。五樹は華月の傷を癒やし、心は清らかな風を呼び、前衛の負っている不浄なものを浄化させる。
「美しいオーロラをゆっくり見させてもらいたいものだな!」
律の口からつい本音が漏れた。と共に心惑わせる札がシャドウへと飛ぶ。合わせるようにして実琴がシャドウへと迫った。
●幕切れ
変化が現れたのは数分後だった。相変わらずシャドウは黙したままだったが、その攻撃が当たらなくなってきたのだ。灼滅者達の攻撃による蓄積が大きいのだろう。焦るようにシャドウは身体を揺らした。
「ったく、大人しくしてろよ」
夜兎が放った石化の呪いをシャドウは全身で受けて。高速で操られた迦月の糸を受けて、小さく呻いたシャドウ。
「往生際が悪いわね」
銀の髪を揺らして、リリシスが漆黒の弾丸を放つ。
灼滅者とてこれまで無傷ではいられなかったが、その都度回復を施してきた。対して一体であるシャドウに攻撃が集中するのは必至。逃れられないダメージに追い打ちをかけるように宗汰が影を宿した拳を振るう。ぐわぁっ……影の固まりが大きく傾いだ。
華月の槍が傾いたシャドウの身体を捉える。誘薙の放った弾丸から発した爆炎がシャドウの身体を包んでいく。五樹は先ほど庇った時に受けた傷を自身で癒やし、心は同じく夜兎が仲間を庇って受けた傷を癒やすため、符を放ちつつ視線をシャドウに戻した。
「海外に出て、エナジーの当てはあったのですか?」
だが当然、シャドウからのいらえはない。律が影の刃を放ち、実琴がシャドウに飛びかかる。
シャドウが苦し紛れに放った弾丸は、明後日の方向へと飛んでいった。
「これで、終わりだ」
夜兎の拳がシャドウを穿つ。すると光りに照らされたかのように、影は散って消えていった。恐らく逃げ出したのだろう。負けそうになってまで戦う理由がないということだろうか。
「終わったか」
もう一度、名残惜しそうにソウルボード内の景色を眺めつつ、迦月が呟いた。
現実世界へ戻った灼滅者達は、そっとその場を後にした。
眠らせた者達は放っておいてもそのうち起きるだろうし、トイレに入った人が起こすかもしれない。
彼らが乗るはずだった飛行機に間に合わなくなることもあるかもしれないが、墜落する悲劇よりはずっと軽くて済むだろう。
空の安全を祈り、八人は空港を後にする――。
作者:篁みゆ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年9月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 0
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