俊敏なる北の猟犬

    作者:泰月

    ●狂拳VS凶犬
     その日、森に囲まれた北海道の海岸に、季節外れの流氷が流れ着いた。
     中から現れたのは、犬頭の怪人だ。
    「どうやら、無事に日本に辿り着けたか」
    「よう。待ってたぜ、怪人さんよぉ!」
     犬男が無駄に優雅に海岸を眺めていると、周囲の森から突如大きな声が響いた。
     姿を現したのは、ボロボロの道着だけを纏った禿頭の巨漢。
    「俺ぁ雪崩ってもんだ。さぁ、喧嘩しようぜ!」
     地を蹴ったのは両者ほぼ同時。
     犬頭の怪人の回し蹴りを、雷光を纏った雪崩の拳が迎え撃つ。
     ドガンッ!
     蹴りと拳がぶつかり合い、衝撃で弾けた空気で辺りの木々が震え波が逆巻く。
    「おいおい、こんなもんじゃねえだろ?」
    「雪崩と言ったか。このロシアン怪人バルザーヤをあまり舐めるなよ」
     両者互いに一旦飛び退り、間合いを取る。再び同時に地を蹴って、2度目の激突。
     だが、その結果は初撃と異なった。
    「ぐおっ……」
     雪崩の拳は空を切り、バルザーヤの足が雪崩を蹴り上げる。
     更に、雪崩の胴が大きく裂けて血が吹き出した。
    「私はボルゾイの怪人! お前の拳も中々だが、私の蹴りはお前の拳よりも速く鋭い!」
     ロシア語でボルゾイを意味するバルザーヤとは、俊敏と言う意味を持つ。
     ボルゾイの怪人であるバルザーヤの蹴りは、その名に恥じぬ速さと鋭さを誇った。
     蹴りで生み出したかまいたちにも似た真空の刃が、敵を斬り裂く程に。
    「へっ。楽しいぜ、バルザーヤ。こんな楽しい喧嘩は何年ぶりだろうな!」
     相手の強さを身を以て知っても、雪崩は嗤う。強者との戦いこそが、最大の喜びだ。
    「続きと行こうぜっ!」
    「来いっ!」
     雪崩が拳を振るい、バルザーヤが足で迎え撃つ。
    「ロシアンウルフハウンドダイナミック!」
    「ぐっ……洒落せぇ!」
     バルザーヤがフランケンシュタイナーの要領で雪崩を頭から投げ落とせば、雪崩がその足を掴んで逆にバルザーヤを叩き付ける。
     ――そして。
    「これで終わりだ! ロシアンウルフハウンドキック!」
     ダッシュから高く跳躍したバルザーヤの踵が、全身を真っ赤に染めた雪崩の脳天に叩きつけられる。
    「ちっ……俺が負けるたぁ……な」
     大の字に倒れた雪崩が、起き上がる事はなかった。

    ●北からの来訪者
    「サイキックアブソーバーが俺を呼ぶ。季節外れの流氷の時が来ると」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は集まった灼滅者に、そう口火を切った。
    「ただの流氷ではない。乗っているのはロシアからのご当地怪人だ」
     元々は、数多くのロシアン怪人が乗っていた巨大な流氷であったようだ。
     そして、それは何らかの理由で破壊された。
    「乗っていたロシアン怪人達は散り散りにオホーツクの海を漂流して、北海道の海岸のあちこちに漂着し始めている。お前達に向かって貰うのも、その1つ」
     だが、話はこれで終わらない。
    「どう言う訳か、アンブレイカブルが、ロシアの怪人を待ち伏せて、喧嘩を売る」
     アンブレイカブルがどこでロシアン怪人の事を知ったのかは、判らない。
    「お前達は、両者の戦いに決着が着いてから、勝ち残った方を灼滅してくれ。それが、導き出せたお前達の生存経路だ」
     要するに漁夫の利を狙う作戦。
     狡いと思うかもしれないが、双方を一度に倒す絶好の機会だ。
    「向かって貰うのは海岸は、辺りを森に囲まれている。勝者となるのは、脚力自慢のロシアン怪人、ボルゾイのバルザーヤだ」
     ボルゾイとは、以前はロシアン・ウルフハウンドと呼ばれた猟犬だ。
     ロシア帝国時代、狼狩りの猟犬として当時の貴族に飼われていたと言う。
     そのご当地怪人であるバルザーヤは、脚力を活かしたご当地キックを最も得意とする。
     また、高速の蹴りは、防具を裂く刃にもなる。
    「敗北するアンブレイカブルだが、雪崩と言う男だ。以前、俺が予知した」
     その時、ヤマトは、まだ灼滅するのは難しいと言った。
     そして事実、倒すには至らなかった。
    「つまり、今回のバルザーヤは以前勝てなかった相手よりも強い敵ってことになる。
     だが。今のお前達は、以前とは違う。今のお前達なら、このバルザーヤにだって勝てると俺は信じる」
     ヤマトの言葉は精神論ではない。
     あれから半年以上の時が流れた。灼滅者達の力は、以前、雪崩と戦った時よりも高まっている。
     そして、雪崩とて黙ってやられる訳ではない。
     バルザーヤは、少なくないダメージを負う事になる。勝機は十分にある。
    「ロシアン怪人の目的も不明だが、簡単に日本に上がれないと思い知らせてやれ。頼んだぜ!」
     ぐっ、と拳を突き出して。ヤマトは灼滅者達を見送った。


    参加者
    斑目・立夏(双頭の烏・d01190)
    峰・清香(中学生ファイアブラッド・d01705)
    瀬里・なずな(閃光烈火・d11117)
    悪野・英一(悪の戦闘員・d13660)
    リューネ・フェヴリエ(熱血青春ヒーロー修行中・d14097)
    宮代・庵(小学生神薙使い・d15709)
    ハリー・クリントン(ニンジャヒーロー・d18314)
    天草・水面(和風エクソシスト工業科・d19614)

    ■リプレイ


    「遂に海外から、それもかなりヤバそうな怪人が来ちまったか……」
     海岸で繰り広げられる、狂拳と凶犬の戦い。
     森の中からその戦いぶりを見て、リューネ・フェヴリエ(熱血青春ヒーロー修行中・d14097)が気を引き締める。
    「雪崩のおっさんか、懐かしいなー」
     対して、瀬里・なずな(閃光烈火・d11117)は本当に懐かしそうに呟いていた。
     かつて雪山で対戦した時と、雪崩は何ら変わっていない様に見える。
    「ええなー……雪崩、ものっそ楽しそうっちゅうか」
     斑目・立夏(双頭の烏・d01190)が、こちらはどこか羨ましそう。
    「羨ましいのか?」
    「べ、別に羨やましなんかないし!」
     峰・清香(中学生ファイアブラッド・d01705)に聞かれ、立夏が少し慌てて否定する。
    「そうか? 別に羨ましくても構わないだろう」
     清香自身も、闘争を好む部分がある。目の前の戦いに羨ましさを抱いても、それを咎める気はなかった。
    「音や匂いは森の中なら何とか隠せそうッスね……」
     ダークネス同士の戦いで揺れる木々を見ながら、天草・水面(和風エクソシスト工業科・d19614)は少し緊張した様子で言う。
     ESPで風下を探そうとしたが良く判らず、己の感覚を頼りに風下と思われる森の中に潜んだのだが、幸いどちらにも気づかれた様子はない。
    (「殺気はどうにもならないッス。雪崩さんに気付かれなくて良かったッス」)
     このまま気づかれない事を祈って水面は戦いを見守り続ける。
    「漁夫の利作戦ですか……相手にバベルの鎖があり、2人も居る以上は仕方ないかもしれませんね……」
     眼鏡をクイっと直しつつ、宮代・庵(小学生神薙使い・d15709)は、どこか不満そうだ。
     自信家である彼女にとって、正攻法から外れる方針は一切の躊躇いもなく、とはいかないものかもしれない。
    「ニンニン。実力で勝る者に勝つ為に、弱った所を狙うのは常套でござる」
     そんな庵に、口元を赤いマスクで覆ったハリー・クリントン(ニンジャヒーロー・d18314)が小さく告げる。
    「格好良くなくとも、綺麗でなくとも、拙者達は勝たねばならぬでござる」
     ニンジャは卑怯卑劣はお手の物。勝つためには正道には拘らない。
    「戦闘員としても、やることはただ一つ。私はその使命を果たすだけでございます」
     ハリーの言葉に頷いて、悪野・英一(悪の戦闘員・d13660)も告げる。
    「そろそろ決着付きそうだぜ」
     そうリューネが呟いた、直後。海岸の方から鈍い音が響いた。
     全員が視線を海辺に戻せば、立っている影が1つになっている。
    「ふ……強かったぞ、雪崩」
     倒れた雪崩が動かないのを見て、バルザーヤが一息吐くのと同時。
    「戦闘開始ッス!」
     水面の声と同時に、灼滅者達が一斉に飛び出した。


    「新手か!?」
    「ようこそ日本へー。って生憎、歓迎して迎えられへんねん」
     驚愕の表情を浮かべながら向き直ったバルザーヤに、告げる立夏はどこか楽しそう。
    「遠路はるばる来られた、誇り高きロシアのご当地怪人よ」
     一方、英一は執事の様に恭しく礼をする。
    「連戦になりますが……失礼ながら次は自分達と戦ってもらいましょう……! コード……Combatant! ……変……身!」
     英一の姿が一瞬光に包まれ――次の瞬間、そこには黒ずくめの戦闘員がいた。
    「イーーーーー!!」
     そしてこの声である。
     どっからどう見ても特撮の戦闘員です。一人しかいないけど。
    「こ、これは……噂に聞いたイポーニィの伝統的戦闘員スタイル!」
    「伝わってんのかよ噂!」
    「戦闘員すごいでござる」
    「イイーー!」
     思わずつっこむリューネ。感心するハリー。どこか誇らしげな英一。
    「戦闘員。と言う事は、さぞ名のある日本のご当地怪人が……」
    「イー、イー」
     なんか勘違いしたバルザーヤに対し、英一はかぶりを振る。
    「何ィ!? 怪人の手の者ではないだと?」
     あ、通じた。
     まあそれはそれとして。
    「Allez cuisine!」
    「狩ったり狩られたりしようか」
     そんなやり取りの間に、リューネが、清香が、次々と決め台詞を口にし、戦闘準備を整える灼滅者達。
    「くっ……やはり新手か。逃げ場はなし、か」
    「こんにちは、ロシアからの怪人さん」
     取り囲まれ悔やむように唸るバルザーヤ。そこに、自信たっぷりに庵が一歩踏み出す。
    「残念ですが、貴方の目論見は全てこのパーフェクトなわたし達によって潰える運命ですので、さっさと故郷に引き返すかここで大人しく灼滅されちゃうか選んで下さい」
    「いいや」
     だが、バルザーヤは小さく笑みを浮かべる。
    「世界征服に障害は付き物。私はお前達を倒すと言う、第三の選択肢を選ぼう」
     言葉だけではバルザーヤは揺らがない。
    「拙者達も負けられない。そう簡単に勝てると思うなござるよ!」
    「どんな企みがあるかは知らねえが、怪人達の好きにはさせねぇぜ!」
     ハリーが虚構を断つ光の刃を構えれば、リューネも愛用のハンマーと龍砕斧を向ける。
    「ほな、全力で行かせて貰うさかいに……覚悟しぃや!」
     霧のような影を纏い、双頭の鴉を彫り込んだハルバードを構え、立夏が僅かに笑みを浮かべて言い放つ。
     直後。
     真っ先に、飛び出したのはなずなだ。
    「雪崩のおっさんの代わりだ。お前をぶっ飛ばしてやる!」
     強くなった。それを見せつける相手は倒された。ならば、その分も。
     なずなの纏うオーラは、彼女の昂ぶりを受けて既に煌々と輝いている。
     一気に間合いを詰め、鋼の如く硬い拳をバルザーヤの腹部に打ち込む。
     手応えあった!
     そう思った、次の瞬間、なずなが感じたのは痛みと脱力感。
    「っつぅ!?」
    「良い一撃! だが雪崩には及ばんぞ!」
     なずなの拳をまともに受けながら、バルザーヤは反撃を放っていた。
     胴を大きく切り裂かれ、なずなの膝が崩れかける。
     だが、灼滅者達は一人で戦っているのではない。
     すぐに後方から清香が天使を思わせる歌声を響かせれば、なずなの傷が癒えていく。
    「これはどうや!」
     背後から、立夏がハルバードを鋭く突き込む。
    「おっと」
    「隙ありですよ」
    「ぐぉっ!?」
     捻りを加えた一撃は紙一重で躱されるも、続いた庵の鬼の如き巨大な拳が、バルザーヤを捉える。
    「イィィイーー!!」
     英一の掛け声と共に、放出された殺気がバルザーヤを覆い尽くす。
    「ライ太! ダメージはともかく、まずはアイツの足を鈍らせるッス!」
     シールドを展開し仲間達に施しながら、水面が相棒に指示を飛ばす。
    「甘いわ!」
     どこか顔を思わせるデザインのライドキャリバーの機銃掃射を、相手は大きく飛び退って避ける。
    「甘いのは――」
    「――お主でござる!」
     高速で突進したリューネが大地の守護の名を冠した巨大な刃で薙ぎ払い、ハリーの放出した殺気がバルザーヤを再び覆う。
    「くっ……連戦に持ち込んだ上に、この連携。お前達、戦い慣れているな」
     リューネの一撃で怒りを抱かなかったか、冷静に灼滅者の戦いぶりを分析し、賞賛するバルザーヤ。
    「生憎、こちらはまだ喧嘩が弱いんでね……狡い手も使うさ」
     小さく笑みを浮かべて清香が言い放てば、バルザーヤも笑みを浮かべた。


    「思った以上に強い蹴りだな。皆、大丈夫か?」
     勝ち狙いに徹する為、清香は仲間を癒す事に専念し、歌声を響かせる。
    「大丈夫だ! 犬野郎なんかにゃ決して負けねえ!」
     胸にトランプのマークを浮かべ、魂を闇に傾けながらなずなが答える。
     傷は浅くないが、纏うオーラの煌きは全く衰えていない。
    「はぁっ!」
     間合いを詰めた庵がオーラを纏わせた拳を連続で繰り出すも、手応えはない。
     視線を巡らせれば、数m後ろにバルザーヤの姿。
    「くっ……流石、俊敏の名を持つ猟犬は伊達じゃないわけですか」
    「そこや!」
     と、庵の見ている前で立夏の足元から双頭の鳥の形を取った影が飛来し、バルザーヤを貫いた。
    (「……今のは?」)
     それを見ていた庵が感じた、何か。
     自分は一瞬とは言えバルザーヤを見失ったが、立夏はバルザーヤを狙えていた。それが意味する所は。
     庵が考えを巡らせる間にも、戦いは続く。
    「爆発しろっ!」
     気合と共に、ドリルのついたハンマーを振り下ろすリューネ。
     ロケット噴射の勢いを乗せた一撃を、しかしバルザーヤは真っ向からハンマーを蹴り上げてその軌道を逸らす。
    「重さは充分。しかし、速さが足りないな!」
    「足が止まっているでござるよ!」
     笑みを浮かべたバルザーヤを、ハリーの放った光の刃が貫く。
    「イィィーーー!!」
     その隙に、バルザーヤの背後を取った英一が片手を素早く振るう。
     刃に負けぬ切れ味を誇る細い鋼の糸はしかし、空を切った。
    「悪野、上やっ!」
     気づいた立夏が声を上げるも、カバーに入るのは間に合わない。
    「ロシアンウルフハウンドキック!」
     飛び上がったバルザーヤの踵が英一の脳天を捉える。
    「イ゛ェ゛ァ゛ーーー!!」
     頭から全身に伝わった強烈な衝撃。一瞬視界が歪み、膝が砕ける。
     それでも、英一は戦闘員としてのスタイルをあくまで崩さず、気力で倒れる事を拒んだ。
     海の向こうから現れたご当地怪人。そう簡単に倒れては、日本の戦闘員として失礼だ。
    「これを耐えるか……だが、戦闘員が怪人に勝てると」
    「勝てますよ」
     バルザーヤの言葉を遮って、自信を込めて庵がきっぱりと告げる。
    「貴方は確かに速い。ですが良く見ていれば、全く捉えられない程ではありません。特に距離を取れば」
     それはこれまでの戦いの中で、庵が見出した答え。
     実はバルザーヤのトップスピードは、決して灼滅者達がついて行けない程の速さではない。
     強靭な脚力によって、トップスピードに達するまでが驚異的に早いだけなのだ。
     雪崩の様に一対一の接近戦ならばその速さで翻弄する事も出来ようが、多対一の戦いで連続で繰り出される攻撃を避け続ける事など不可能だ。
    「ふん。それが判った所でどうする?」
    「こうするのですよ!」
     そう言い放って、庵がガトリングガンの銃口を向ける。
    「ぬぉぉっ!?」
     放たれた無数の弾丸は避ける間を与えずにバルザーヤを爆炎の華の中に飲み込んで、その体を焼いていく。
    「流石わたしですね」
    「イィィーーーイイーーー!!」
     眼鏡に手をかけた庵の言葉に、立ち直った英一の掛け声が被さる。
     炎から抜け出したバルザーヤは、英一が張り巡らした鋼の糸に手足を裂かれていた。
    「そう言う事なら……ライ太、突撃ッス!」
     水面の声に応えて、ライドキャリバーが真っ直ぐに突撃する。
     それはバルザーヤが避けさせる為の、言わば囮だ。
     水面は避けるバルザーヤの動きを追って、落ち着いてガトリングガンのトリガーを引く。
     再び爆炎の華に飲まれるバルザーヤ。
    「やったッス」
     が、バルザーヤは収まらぬ炎を突っ切って水面に肉薄する。
    「ロシアンウルフハウンドダイナミック!」
     バルザーヤの脚が水面の頭を挟む寸前、急ターンして戻ってきたライ太がそこに飛び込んだ。
     代わりに海岸に叩き付けられたライ太の車輪が止まる。
    「多少動きを見切ったくらいで、私に勝てると思うのは早いぞ」
     炎に焼かれ、荒い息を付きながら。
     まだバルザーヤは灼滅者達の前に立ちはだかる。その闘気は、未だ衰えていなかった。


     バルザーヤの蹴りが当たる度、誰かの体から鈍い音がして、或いは血が流れる。
     全身傷だらけになっても、バルザーヤの蹴りは速く鋭いままだ。
    「痛ててっ……強ええなぁ、自分!」
     口の端から血を流しながら、立夏はどこか楽しそうにハルバードを支えに立ち上がる。
     切っ先に集めた冷気が氷の牙となりバルザーヤを穿ち、凍らせる。
    「際どくなってきたな」
     仲間達の傷も増え、次第に、清香一人では回復が追いつかなくなり始めていた。
     それでもこれ以上倒れさせまいと清香は歌う。
    「攻めるだけがニンジャではないにござる」
    「イイイーー!」
    「アイツも弱ってるッス!」
     足りない分は、ハリーや英一や水面が回復に回って戦線を支える。
    「お前が脚技なら、こっちは拳で勝負だ!」
     なずなは何度でも間合いを詰める。相手の得意な間合いを知っても、戦い方を変える事は考えない。
     ぐっと握った拳に雷を纏い、膝を沈めて飛び上がると同時に拳を振り上げる。
     ぐらり、とバルザーヤの上体が後ろに傾いだ。
    「舐めるなァ!」
     が、まだバルザーヤは倒れない。
    「こんな……こんな所で負ける為にロシアから来たのではない!」
     その息は荒く、灼滅者達の攻撃が効いていない筈はないのに。
    「負ける気がねえのは、俺達もだ! 勿論、ここを退く気もねえ!」
     なずなの後ろを取ったバルザーヤの前に、リューネが立ちはだかる。
     バルザーヤの蹴りが起こした真空に切られるのも構わず、鮮血の如きオーラを纏わせた斧刃で返す一撃を叩き込む。
    「まだ……私は……」
    「これでトドメでござる!」
     斧刃の斬撃にたたらを踏んでよろけるバルザーヤに、ハリーが飛びかかる。
    「ニンジャケンポー! イガ忍者キック!」
     『虚構』の力を重ねて宿した足で、勢いをつけた後ろ回し蹴りをバルザーヤの即頭部に叩き込む。
     ハリーに蹴り飛ばされたバルザーヤは海の上まで吹っ飛んで、水音を立てて沈んでいった。
     油断なく全員が見据える。しかし、バルザーヤは上がってこない。
    「終わった、のか?」
     海面に広がる波紋を見つめ、清香がそう言った次の瞬間。
     ドーンッ、と海の中から大きな水柱が立ち昇った。
    「イー!」
     英一が敬礼を捧げる。戦闘員として、誇り高き怪人に最大限の礼を。
    「こんなのが、あとどれくらい上陸したのやら……」
     少しうんざりした様子で清香が言う。ずっと歌い続けて喉が疲れた。
    「そう言えば、あのアンブレイカブルはどうなったんでしょう?」
     庵がそう言って、全員が海から海岸に目線を移し、目を見張った。
     もう、そこは『何もない海岸』だったからだ。
    「……おっさん……何、勝手に負けてんだ」
     そこに歩み寄り、向ける相手のないなずなの呟きが、海風に流されていく。
     いつどこで、と確かな約束ではなかった。それでも、もう一度戦うのを楽しみにしていたのに。あれから強くなったのに。
     強くなれよ。
     あの日、雪山でかけられた言葉が、まだ耳に残っていた。
    「俺は今よりもっと強くなってやる。だから……見守ってくれよな」
     何もない所に、何かに重ねる様になずなは拳を置く。
    「助けられるなら助けたかったッスね……純粋な人そうだったし」
     助けられる存在は助けたい。ダークネスも灼滅者も関係なく。それが水面の本音だ。
    「自分、めっちゃ楽しそうに戦とったなあ……ほんま羨ましいわ」
     立夏も思わずぼそりと呟く。
    「言い残した事くらいは聞いておきたかったぜ」
    「生きていれば敵になったでござるが……弔いくらいはするでござるよ」
     リューネもどこか残念そうに言葉を漏らし、ハリーは静かに掌を合わせる。
     辺りには、変わらぬ波音だけが響いていた。

    作者:泰月 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ