
「絶好の天気だな」
砂浜に、その男は現れた。
小麦色に焼けた筋肉質の痩身を遮る物は、黒一色のサーフパンツと、サングラスのみ。
手に持っている棒の違和感を除けば、海に愛された男そのものだ。
「いいねぇ」
少し歩いたところで、男の足が、止まる。
視線の先には、楽しそうにスイカ割りに興ずる、父、母、息子の家族連れ。
そんな家族に近づく、男。
そして、目隠しした母親の後ろに立つ。
そして、音が二つ、した。
頭蓋骨が砕けた音。砂浜に女性が倒れた音。
「イヤァァァァァァァァ!」
続けて、女性の悲鳴。
鼓膜を破るような悲鳴を無視し、男は、母親の元に駆け寄る二人に、一発ずつ――。
この瞬間、海水浴場は、地獄と化した。
「はっはっは! スイカを割るより、人間の頭を割る方が楽しいぜ!!」
高笑い。そして――。
「さあ、俺の夏はこれからだぜ!」
焼けた砂浜が、血の色に、染まってゆく。
「あす美さん」
「はい」
教室にやってきた五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)。
本題に入る前に、席に座っている矢渡・あす美(平和主義者・dn0138)に声をかける。
「あえて聞きますが、この場に来たということは……いいんですね?」
「はい――」
灼滅者は、ダークネスと戦わねばならない。
だが、戦うことが避けられないとしても、実際に戦うとなれば、相応の覚悟がいる。
自分を克服する段階が必要だ。
「気持ちの整理は……それなりにつきましたので」
そして彼女は、克服したようだ。
「……分かりました。では、本題に入りますね」
あす美の返答を確認すると、姫子はいつものように説明を始める。
「六六六人衆の一人を見つけました。名前は末永・啓(すえなが・けい)という、見た目二十代後半の男で、序列は六六二位です」
「六六六人衆……」
つぶやく、あす美。
「近日、この末永が、某都市の海岸にある海水浴場に現れます。そこで海水浴客を、次々に撲殺するとの未来が予測されました。灼滅者の皆さんには、この凶行を阻止してくださるようお願いします」
夏のバカンスを邪魔するヤツ……か。
そのままには、しておけないよな。
「末永の武器は、野球バットよりも、やや細めの木製の棒です。もちろん、木製というのは、あくまでも見た目の話です。実際には、ロケットハンマーのサイキックが付与された、対人凶器です。これに加えて殺人鬼のサイキックの二つが、攻撃手段となります」
ヘッドのないハンマーで、撲殺しようってのか……。
「接触に関してですが、末永が殺人を開始するのは、午後三時前後と分かっていますので、他の海水浴客に紛れて、ビーチで待ち伏せすればいいと思います。ですが、気をつけて欲しいことが一つ」
「何だ?」
「末永が行動を起こす前に、不審な行動をしてはならないということです。でないと、バベルの鎖によって察知され、逃げられてしまいます」
「まさか……誰かが殺されるまで、待てってことか?」
「いえ。今回は犠牲不可避、というわけではありません」
そうか。ゼロにできる可能性があるか。
……その方がいい。
「最初に被害に遭う人物は、把握できています。市営のマリンハウス近くで、スイカ割りをしている、家族連れの……母親です」
なるほど。その親子連れを、それとなく見張ってればいいわけだ。
「相手は、人殺しをスイカ割りと同じ程度にしか思っていない、六六六人衆です。皆さんも十分にお気を付けて」
| 参加者 | |
|---|---|
![]() 九条・茨(白銀の棘・d00435) |
![]() 高宮・琥太郎(ロジカライズ・d01463) |
![]() 橘・蒼朱(アンバランス・d02079) |
![]() 鈴城・有斗(は断ち撃つ刃の殺人騎・d02155) |
![]() メルキューレ・ライルファーレン(春に焦がれる死神人形・d05367) |
![]() 加賀峰・悠樹(惨劇の視聴者・d05633) |
![]() 橘・希子(はなぶさジャスミン・d11802) |
![]() 高辻・優貴(ピンクローズ・d18282) |
●陽光の下
照りつける太陽――。
焼け付く砂浜――。
ごった返す……と、まではいかないが、レジャーを楽しむ人々――。
三拍子そろった、夏の海水浴場。
しかし、後十数分で、ここが地獄と化すことを、知る客はいない。
……いや、知らなくていい。
元凶である六六六人衆、末永・啓を止めれば済むこと。
そのために、武蔵坂学園の灼滅者が、いるのだから。
「溶けそうです……」
「……大丈夫ですか?」
マリンハウス近くの、ビーチパラソル群の一つ。
日差しから逃れるように、メルキューレ・ライルファーレン(春に焦がれる死神人形・d05367)と、矢渡・あす美(平和主義者・dn0138)。
「きれいな海を見るのは好きですけど、北欧育ちだから、暑いのは苦手です……」
「この暑さじゃ、北欧は関係ないと思います」
そんな暑さの中に、他のメンバーは、炎天下に身をさらす。
正面、やや離れたところに、三人。
高宮・琥太郎(ロジカライズ・d01463)、九条・茨(白銀の棘・d00435)、橘・希子(はなぶさジャスミン・d11802)が、ビーチボール遊びの真っ最中。
二人から、最も離れたところに、三人。
橘・蒼朱(アンバランス・d02079)、鈴城・有斗(は断ち撃つ刃の殺人騎・d02155)、加賀峰・悠樹(惨劇の視聴者・d05633)が、スイカ割りの最中。
マリンハウス近くのビーチチェア群の一角で、肌を焼く高辻・優貴(ピンクローズ・d18282)。
端から見れば、夏満喫。
けれど、遊んでるわけではない。
皆の視線は、ただ一点。ある家族にそそがれている。
末永による、最初の犠牲者になるであろう、親子三人だ。
「あんなに幸せそうな家族が、悲劇に見舞われるのは嫌ですね」
「子供だけが生き残って――というのもです……」
●避難警報
午後、三時二分。
優貴が、身を起こす。
すぐそばを、らしい男が通り過ぎた。男は、家族連れの方に向かっている。
小麦色に焼けた肌。筋肉質の痩身。黒のサーフパンツ。右手には、棒。
条件に合致。決まりだ。
立ち上がる。
男――末永は一度立ち止まると、家族連れの母親の方に向かって進む。
希子がミスしたふりをして、ビーチボールをほうるのが見える。
行動、開始だ。
母親の背後に回り込む、末永。ヘッドのないハンマーが、勢いよく振り下ろされる。
だが、たたいたのは砂。
邪魔が入った――? それなら……!
すぐさま、目標変更。一番間近の息子に――。
(「!」)
横目に、飛んでくる飛翔体。なぎ払う!
バーン!
爆発のような破裂音。飛び散るスイカ。
反応して広がる、どよめき、悲鳴。
便乗して、悠樹が殺界形成を発動。海水浴客たちが、逃げる、逃げる、逃げる。
混乱させないように、蒼朱、茨、あす美、そして武蔵坂学園の有志たちが、一般人の避難誘導を始める。
「落ち着いて、できるだけ早く移動してください」
「皆さん、こっちです。急いで!」
「落ち着くでござる。今は考えるよりも、身の安全を優先するでござるよ。さ、拙者とともにこちらへ!」
佐和、街子、ハリーらが声をかけ、誘導する。
まりもやササクレ、芭子らは、転ぶなどして動けなくなった人たちを、おぶるなり、抱えるなりして、避難をアシストする。
「ねー。あたしら、何で避難してるわけー?」
「大丈夫です。何かございましたら、お守り致しますので」
「何かございって……何がどうなってるの?」
「落ち着いてください。専門家が相手をしてますので」
状況に疑問を感じている人たちには、静樹、良太が、テレパスを使う圭の助言を元に、なだめすかす。
「手際がいいじゃないか。褒めてやるぜ」
「そう言うお前は、ちっとも褒められないよな」
言い返す、琥太郎。
「女性から先狙うとか、しょーもないッスねぇ。きれーなおねーさまがたの水着が拝めなくなったら、どーしてくれるんスか?」
「ガキが泣き叫ぶ姿を見たかっただけなんだがな。声変わり前の男の悲鳴……甲高くて、最高だぜぇ」
「鬼畜め。そんなに甲高い音がお好みなら、俺のギターのハイトーンを、たっぷり聴かせてやるぜ」
優貴がバイオレンスギターを、力強く、かき鳴らす。
「お前の腐った根性、たたき割ってやる」
「あなたの相手は私たちですよ!」
「おもしれぇ……なら、楽しませてもらおうじゃねえか……来な」
希子、メルキュールが、改めての宣戦布告。
末永が応じ、本格的な『パーティー』が始まった。
「泣き叫ぶ姿が見てぇだけだと? 趣味が悪いんだよ!」
妖の槍を払う琥太郎。先制の妖冷弾。
命中したつららが、末永の胸に。胸毛が霜に、氷に、覆われる。
続いて、有斗。ガンナイフのバレルから放たれる、ホーミングバレット。
それぞれが大きな弧を描き、全弾命中。
「あなたはスイカの赤を飛び散らせたようですが、私は、あなたの血の赤を飛び散らせましょうか」
合わせるように、悠樹。現出したギルティクロスが、末永の赤い血を飛び散らせる。
その傷口を広げるように、優貴が斬影刃の刃を、重ねる。
「さぁ、楽しみましょうか」
希子とメルキューレが、間合いを詰める。
WOKシールドと、咎人の大釜が、末永を襲う。
「えっ!?」
シールドバッシュと、デスサイズのサイキック攻撃が、同時に止められた。
「思ったよりやるじゃねえか……」
末永が二人を、突き放す。
「今度はこっちから行くぜ!」
ヘッド無しハンマーが、砂浜をたたく。
大震撃のサイキックが起こした衝撃波が、砂とともに、灼滅者たちを襲う。
サーヴァントを含むディフェンダー陣が、体を張って衝撃波を防ぐ。
「衝撃波だけでこれか……!」
「下位でも、六六六人衆ってことか」
初撃は様子見だった末永も、宣言通りに、攻勢を仕掛けてくる。
「オラオラ! 挑発は格好だけか!?」
「格好だけじゃ、ねえんだよ!」
琥太郎、反撃のオーラキャノン。
末永は腕を交差して、ガード。
「ヘッ……」
『笑った……?』
よけようと思えば、よけれたが、あえて受け止めてやったと、言わんばかり。
「馬鹿にしてますね」
悠樹、希子、メルキューレと、影縛り三連発。
だが影による枷をはめられても、特に気にする様子もない。有斗の零距離格闘にも、そのまま挑んでいく。
流れるような斬りつけから、零距離連射。フィニッシュは、バックステップで下がりながら、ラストショット――。
きれいに決まったはずだが、末永は眉一つ動かさない。
それどころか、お株を奪うかのように、棒をスイング。
ぶん回し、ぶん回し、マルチスイングを、間近にいた希子に、ぶちかます。
そして、最後の一打。空中高く、体が、打ち上がる。
「脳筋が……!」
リバイブメロディを終えたばかりの優貴が、エンジェリックボイスを奏で始める。
『ようやく来た……!』
その目に、避難誘導に回っていたメンバーの姿が、こちらの援護に回ってくれる有志たちが、映る。
「そっちこそ! これから俺たちも本気出してやるぜ!!」
●影二つ
「……これが、お前らの言う本気なのか?」
周りを見回し、語る、末永。
「……俺一人を相手に、こんなに大勢で……恥ずかしくねえのか?」
「どの口がそれを言う……」
「無抵抗丸腰の一般人を大量殺りくしようとしたヤツにだけは、言われたくないぜ」
全く同感だ。
「何にせよ、無抵抗な的より、元気な的の方が遊べるだろう?」
「……違ぇねえ」
茨の問いかけにうなずく、末永。
「ただし、あまりなめてると、自分の頭が割られることになるけどな」
「柄じゃないけど海の平和は守らせてもらうよ。夏休みの楽しみを、邪魔しちゃダメだ」
蒼朱が自らのビハインド『ノウン』を集気法で、回復しながら、宣言する。
「そういうわけで、末永さん」
「あン……?」
「――死んでください」
「……ほぅ……」
ド直球なあす美の言葉に、末永が不敵に、にらみつける。
「あなたような無価値な存在は、無様で、無意味に死んでくれないと……私の気が済まないんです」
「数が増えたからって……いい気になるなよ……!」
「あす美。重要なのは連携だ。突出しないよう、周囲を良く見て」
「肝に銘じます。では、行きましょうか」
あす美の両隣に、二つの影が浮かび上がる。
彼女の影業と、彼女のビハインドの『りん』だ。
それを合図に、殺し合いが再び、始まった。
先手を取ったのは、末永。標的は、あす美――。
素早く懐に入り込み、全力のロケットハンマー。
影業の受けを打ち破り、そのままダイレクトに――命中……!
「野郎……!」
末永の背後から、琥太郎が妖冷弾、メルキューレがフリージングデスを、シンクロさせて、放つ。
末永の氷結面積が、さらに増す。
「ノウン、合わせて」
制約の弾丸を放つ蒼朱。わずかに遅れて、命中するタイミングを計り、ノウンが霊障波を放つ。
制約の弾丸は、はじき返すも、霊障波をまともに浴びる末永。
『体がしびれて来やがった……?』
体のしびれを覚えた末永に、有斗のライドキャリバー『アング』が、突撃していく。
スレスレでよける末永。そこに有斗と悠樹が、攻撃を重ねる。
制約の弾丸と、ホーミングバレット。
『動かん……!』
全弾命中。
間髪入れず、再び、妖冷弾。
希子からのそれを、棒で打ち払うが、そこへ、茨が日本刀で斬りかかる。
斬撃のダメージを最小限に押さえ込んだ末永。しかし、ディフレクトした棒には、いくつもの亀裂が入っていた。
雲耀剣だ。
「おい、大丈夫か」
優貴は、エンジェリックボイスで、あす美の回復を試みていた。
だが、一撃でひん死に追い込まれたあす美の傷は、それでは足りず、優貴の霊犬『モモ』の浄霊眼。さらに、有志たちのサイキックをも必要とした。
再び、立ち上がる。
「むちゃしちゃダメなの……!」
寛子の心配からの言葉。だが、制止をさせるには至らない。
「……決めたことには、責任を持たないといけませんから」
「いい覚悟だ。なら、行くぜ。回復は、俺が面倒見てやる」
優貴が肩をたたき、一歩を、後押しする。
●夏が終わる
末永が、片膝をついた。
明らかにダメージは、蓄積していた。
ダメージの総量でいけば、こちらの方が遥かに上回るのは、間違いない。
だが、こちらには回復手段がある。有志のサポートもある。
末永は、一人。回復する手段も、持ち合わせない。
こんなに大勢で、恥ずかしくないのか?
末永はそう言ったが、戦った実感としては、これでようやく対等以上だろう。
それも、もうすぐ、終わる。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
末永が、これ以上ない絶叫とともに、鏖殺領域を発動する。
どうやら、まだやる気らしい。
ならば、気の変わらないうちに、とどめを刺すのみである。
『アング』に乗った有斗が、機銃掃射をさせながら、末永に突撃する。
近づいたところで飛び降り、ガンナイフによる零距離格闘へ。
だが、末永の殺意は、衰えていない。
斬りつけ、撃たれながらも、抵抗は続く。
「いい加減、暑苦しいんです!」
側面から、メルキューレがマテリアルロッドで、殴りかかる。
フォースブレイクのサイキックが、末永の頭頂を、一撃する。
頭から顔まで、血まみれになっていく、末永。
そんな末永を、蒼朱と希子の影業が、それぞれ、黒死斬、斬影刃で切り裂き、琥太郎が螺穿槍で、腹筋を、貫く。
手応えあり……!!
だが、末永は倒れない。傷が広がるのもいとわず、無理やりに槍を抜く。
「ワルギリアス!」
ロケットハンマーの一撃で、起死回生の反撃を試みるが、茨のビハインド『ワルギリアス』が割って入る。
ワルギリアスは、消滅と引き替えに、ロケットハンマーの攻撃を全て、受けきった。
「お前の奮闘に、報いる!」
茨が突進し、けさ斬り。
スパァン……!
スイカのごとく人の頭を割る凶器が、何度目かの雲耀剣によって、ついに切断された。
ここぞとばかりに、健在のサーヴァントたちが、霊撃を放ち、斬魔刀で斬りつける。
「やっぱり飛び散るのは、あなたの血の赤でしたね」
悠樹が解体ナイフを抜いて、末永の至近に迫る。
ザシュッ!
紅蓮斬が、末永の首を、一閃する。
末永が力なく倒れると、首だけが、ゴロゴロと転がった。
この瞬間、六六六人衆六六ニ位が、空位になった。
「灼滅……できたな……」
「そうっスね……」
琥太郎と茨が、それぞれに、手を握る。
「茨センパイのビハインドには、感謝ス」
その後ろで、ドサッと音がした。
「大丈夫スか? メルキューレセンパイ!?」
「……暑い」
は?
「戦いが終わったら、急に暑くなってきました……」
あらら……。
「パラソルの所で寝ます。帰るときに起こしてください」
一眠りを宣言したメルキューレを見送る蒼朱。そんな彼に、悠樹が声をかける。
「ところで、スイカ割りをしませんか?」
「何だって?」
「なんだか、スイカ割りの続きをしたくなりました。有斗さんもしませんか?」
「あ、僕やります」
「末永の頭を割った直後に、よくスイカ割りなんかできるな……」
ややあきれ気味の蒼朱。しかし……。
「直後だからやるんですよ。一種のみそぎですよ」
「人の頭を割るより、スイカを割る方が楽しいですしね」
「……そうだな」
避難していた人たちが、浜に戻り始める。
なぜ避難していたか釈然としなかった人たちも、そのことをすっかり忘れ、夏を楽しみ始めた。
まもなく、夏が、終わる。
少なくとも、その時が来るまで、この海水浴場は、平和で、あり続けるだろう。
| 作者:富士雄俊紀 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
![]() 公開:2013年9月12日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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