ボルシチだね、おっかさん

    「ふぅ、やっと着いた」
     ここは北海道沿岸部のとある海岸。流氷の上から良く言えばふくよかな体型をした、いかにもお母さんと言った感じで大きな鍋を背負った中年女性が陸地を見つけて呟く。
    「よっこらしょ」
     これまたいかにもと言った声を出して陸地に下りた女性は「さて、これからどうしようかねぇ」と周りを見回しながら呟いていると、
    「見つけたぞ!」
     頭上から声がして女性が見上げると、岩の上に白い胴着、黒い袴姿の若い女性が立っている。
    「貴様、流氷に乗ってきた所を見ると、ロシアン怪人の1人だな?」
     若い女性の敵意に満ちた質問に、中年女性は一切臆する所を見せず、真正面から受け止めるように、
    「ご名答、ボルシチ女とは私の事よ」
     そう胸を張って答えると、胸だけでなく腹も一緒に揺れる。
    「ええい、ロシアン怪人というだけでも戦うには十分なのに、貴様のその体型、見ているだけで不愉快だ。1秒でも早くこの世から消し去ってくれる!」
     敵意を露わにヒラリと岩の上から飛び降りてくる女性アンカレイブルに、
    「あらあら、アンブレイカブルなら鍛えるのは存在意義みたいになってるのは仕方ないけど、他人に押しつけるのは良くないわよ」
     そう困ったようにボルシチ女は言った。
     
     そしてボルシチ女と女性アンカレイブルの戦いが始まった。
     女性アンカレイブルはその鍛え抜かれた体による俊敏な動きでボルシチ女との間合いを詰め、嵐のような勢いで拳を叩き込むが、分厚い脂肪の層に衝撃が阻まれるのか、何発攻撃を入れてもボルシチ女は倒れる様子がない。しかも──、
    「な、私の拳がお玉なんかに──!?」
     鍛え抜いた拳が、ボルシチ女の手にしたお玉で受け止められ、驚愕に表情を凍り付かせる女性アンカレイブルに、
    「長い年月ボルシチを煮込んで、煮込んで、煮込んできた私の愛用のお玉だよ。子供のパンチなんかじゃ1ミリだって歪まないさ」
     いや、その理屈はおかしい──そう女性アンカレイブルが突っ込む間もなく、お玉を持つ方とは反対の手で腕を捕まれると、
    「よっこらしょ」
     ボルシチ女はそう掛け声を上げて女性アンカレイブルを頭上高く抱え、
    「ほい、大鍋返し!」
     そのまま勢いを付けて地面に叩き付ける。女性アンカレイブルは受け身も取れず、全身をしたたかに打ち付けられるが、
    「ま、負けてたまるものか……こんな、たるんだ体の奴なんかに!」
     アンカレイブルとしての矜持と気力を振り絞って立ち上がると、両手の指を伸ばして手刀とし、
    「その贅肉ごと、貴様の体を貫いてくれる!」
     そう裂帛の気合と共に女性アンカレイブルは突進し、両手の手刀を繰り出す。手刀は鋭い刃物の如くボルシチ女の体に刺さり、その服が血でにじむが、
    「う、動かない──!?」
     指の真ん中辺りまで刺さった所でそれ以上刺さらず、抜こうにも抜けなくなる手刀に、蒼白となる女性アンカレイブル。命を賭けた戦いで、僅かな時間でも動けなくなる──これが意味する所を彼女は知っていた。
     果たしてボルシチ女は腹と胸から血を流しながらも、まるでボルシチを振る舞うような笑みを浮かべると、お玉の先を女性アンカレイブルの胸に当てて、
    「はい、かき混ぜかき混ぜ──」
     そうボルシチ女が言うや、まるで内臓をかき混ぜられたかのように、女性アンカレイブルはガハッと大量の血を吐く。そしてズルリと手が抜けると、もはや立つ力もなかったらしく体勢を崩す。そこは地面の終わり、下には海しかなかった──。
    「ちょっとは鍛えてるみたいだけど、その位で調子に乗ってる子供なんかに私が負けるわけがないでしょう?」
     水しぶきを上げて海中に没する女性アンカレイブルを崖の上から見下ろしてボルシチ女は言うと、一息吐きながら体を揺するのだった。
     
    「夏休みは、まだ終わってない!」
     教室に集まる灼滅者達に向かって、篠村・文月(高校生エクスブレイン・dn0133)は開口一番そう叫ぶ。まるで夏休みが残り少ないという現実から逃げようとするように。
    「そう、夏はまだ終わってない! なのに北海道に流氷が流れ着いてるなんて、もうすぐ夏が終わるぞと言ってるみたいで嫌になるよね。しかもロシアのご当地怪人を乗せた流氷と来れば、イライラも倍と来た!」
     よほど夏休みが終わるのが嫌なのか、机を叩くハリセンもいつもより強くスパーン! と音を立てる。
     元々は巨大な流氷に、無数のロシアン怪人が乗っていたようだが、何らかの理由で流氷が破壊され、ロシアン怪人達はバラバラになった流氷でオホーツク海を漂流し、北海道の海岸のあちこちに漂着し始めているらしい。
    「でね、そのロシアン怪人達が乗った流氷が流れ着くのをどうやって知ったのか分からないけど、アンカレイブル達が良い腕試しのチャンスだと思ったのかね、北海道の沿岸各地に着いたロシアン怪人達にケンカを売ってるらしいんだよ。そこでみんなには、ロシアン怪人とアンカレイブルの戦いに決着が付いて、勝ち残った方を倒して灼滅する、言ってみれば漁夫の利作戦ってわけさ。ロシアン怪人とアンブレイカブルを一遍に倒せるチャンスなんだからね、セコいとか卑怯だとか言うんじゃないよ」
     未来予測による情報的優位があるとは言え、相手は灼滅者1人1人より遙かに強大な力を持つダークネスなのだ。それを改めて再確認させるように、文月はハリセンをビシッと向けて言う。
    「さて、今回みんなが行って貰う所での勝負は、未来予測だとロシアン怪人側のボルシチ女が勝つみたいだね。外見のイメージは、一言で言えばロシアのおっかさんって感じで、ボルシチを作るお玉で戦うんだけど、ご当地ヒーローの技とシャウトを使ってくるから見かけに騙されちゃいけないよ。あとお玉の先からエネルギーを相手の体内に流し込んでかき混ぜるって技も使ってきて、これが半端ないダメージを喰らうみたいだから気を付けなよ」
     ハリセンの先をクルクルと回して文月は言う。
     戦いが終わった直後なら、ボルシチ女に多少はダメージが残っているだろうが、それでも灼滅者達を相手に戦うだけの余力は十分残っているようだから、決して油断はできない。
    「とは言っても、向こうが万全の状態に比べれば、遙かにこっち側に有利な状況なんだから、このチャンスを生かさない手は無いよね。みんなで協力して上手くダークネスを倒して帰ってきておくれ。頼むよ」


    参加者
    山内・呼太郎(ひよこっぽい・d00509)
    ミルドレッド・ウェルズ(吸血殲姫・d01019)
    斎藤・斎(泣き空の向こう側へ・d04820)
    祝・八千夜(虚言虚構ノ万華鏡・d12882)
    金岡・劔(見習いヒーロー・d14746)
    本間・優奈(爆裂魔・d14886)
    夜薙・虚露(紅霧の悪喰・d19321)
    牛野・ショボリ(歌牛・d19503)

    ■リプレイ

    ●ボルシチおばさん
     夏も終わりに差し掛かろうという頃、ロシアから流氷に乗って数多のご当地怪人達が北海道沿岸部にたどり着き、そこで待ち伏せしていたアンカレイブルと戦いを繰り広げていた。
     そして今まさに、この海岸でもふくよかな体型をした中年女性──ロシアン怪人の1人であるボルシチ女と、白い胴着、黒い袴姿の女性アンカレイブルが死闘の真っ最中で、灼滅者達は周囲の岩陰に隠れながら戦いの行方を見守っていた。

    (「ロシアから何をしに来たんだろう?」)
     蛇に変身した金岡・劔(見習いヒーロー・d14746)は岩の隙間から頭を出して戦いを見ながら考えるが、考えても分からないので、
    (「気になる事はあるけど、やる事はひとつ! 日本のご当地ヒーローとして戦うよ!」)
     結局、ご当地ヒーローらしいと言えばらしい結論に落ち着く。
     一方、少し離れた別の岩陰では、
    「夏場なのに流氷はなぜ辿り着けるのか。これもサイキックエナジーのなせる業か」
     ボルシチ女が乗ってきた流氷を遠目に見ながら本間・優奈(爆裂魔・d14886)が呟く。いかにも化学好きの彼女らしい反応を見せる優奈の側で、
    「あのおばちゃんがボルシチ女? どの辺がボルシチだよー?」
     首を傾げて牛野・ショボリ(歌牛・d19503)が周りに尋ねる。最初は皆無視していたが、同じ事を何度も尋ねる度に音量は徐々に上がって、放っておいたら戦っているダークネス達に気付かれるだろうし、それ以前にうっとうしくて仕方ないので、
    「あのお玉と、背負ってる大鍋がそうなんじゃねえか?」
     夜薙・虚露(紅霧の悪喰・d19321)がボルシチ女を指さして答えると、ちょうどボルシチ女が女性アンカレイブルの手刀を受けて血を流しながらも、お玉の先を相手の胸に当ててそこからエネルギーを相手の体内に流し込み、かき混ぜる技を繰り出す。女性アンカレイブルが大量の血を吐き、体勢を崩して崖から落ちるのを見届けて、
    「やれやれ、一仕事したら疲れちゃったよ。さっさと場所を移動して一休みしようかね」
     そう独りごちて、血で汚れたエプロンを気にしながら歩き出そうとする所へ、
    「おばちゃん、休み時間なんてないぜ!」
     ライドキャリバーのブレーキ音を派手に立てながら、山内・呼太郎(ひよこっぽい・d00509)がボルシチ女の前に出ると、それを合図のように他の灼滅者達も彼女を囲むように続々と現れる。
    「今度はボクらが相手するよ」
     夜の闇から浮かび上がったような黒のゴスロリ服の格好で、ミルドレッド・ウェルズ(吸血殲姫・d01019)は右手にチェーンソー剣、左手に咎人の大鎌を構える。漁夫の利作戦にいささかの後ろめたさはあったが、これも罪無き人々をダークネスから守るためと自分に言い聞かせる。
    「個として恨みはありませんが、ここで斃れて頂きます」
     丁寧な口調で斎藤・斎(泣き空の向こう側へ・d04820)が言うと、
    「疲れてるんだけどねぇ……まあ仕方ないか」
     腰を叩き、首を鳴らしながらボルシチ女が返す様は、まるでランチタイムを過ぎて一息吐こうとしたら集団で客が来た食堂のおばさんのようで、
    「と、とにかく、続けて第二ラウンドに突入して貰おうじゃねェの」
     思わず腰砕けになりそうなのをどうにかこらえて、祝・八千夜(虚言虚構ノ万華鏡・d12882)は言った。

    ●美味しいボルシチの作り方
    「行くよ!」
     自身に気合を入れるように叫ぶと、クラッシャーのミルドレッドは先陣を切って飛び出し、小柄な身体を活かしてボルシチ女の懐に入り、両手の武器を振るって紅蓮斬を繰り出す。エプロンを×字に切り裂かれ、血の染みが広がる所へ、更にエプロンのあちこちに切り傷が増える。
    「密入国に加えて領域侵犯って事で」
     ミルドレッドとタイミングを合わせて神薙刃を放った、同じポジションの八千夜が意地の悪い笑みを浮かべて言う。だが、ボルシチ女も負けじとミルドレッドの小さな体を軽々と担ぎ上げ、勢いを付けて地面に叩き付ける。
    「痛たた、さすがにこれはちょっとこたえるね」
     受け身も取れず、全身を打ち付けられて咳き込むミルドレッドを見下ろしてボルシチ女が呟く。
    「ヤバい、ミルドレッドを頼む! おばちゃんは俺が!」
     緊迫した表情でジャマーの呼太郎は叫ぶと、ライドキャリバーのヘリオンをフルスロットルにして急発進する。その勢いを落とさず、呼太郎は大上段の構えから無敵斬艦刀を戦艦斬りに振り下ろすが、大振りな上に焦りで振りがぶれたか、ボルシチ女に横にずれただけで避けられる。だがそこへ既に人間の姿に戻っているスナイパーの劔によるバスタービームの狙撃が右肩に命中する。
     狙撃の方向を振り向いてボルシチ女が眉を寄せると、
    「ふっふ、これ以上やらせはせんさ」
     その僅かな隙にミルドレッドをかばう位置に移動したディフェンダーの優奈が言いながら、集気法で応急処置をする。
    「あらあら」
     困った表情でボルシチ女が声を上げ、お玉を握った右手を上げると、途端にエプロンの下に着ていたセーターの袖が切れて血がにじむ。
    「無闇に動かない方がいいですよ」
     静かな口調でそう警告するディフェンダーの斎。既にボルシチ女の周りには斎が張り巡らした鋼糸──結界糸が張り巡らされており、先程の袖の傷はこれによるものだった。
    「悪のボルシチおねーちゃんだねー! 北海道は牧場がいっぱいある神聖な土地ねー! 牛野牧場としては見過ごせないんだよー!」
     ショボリが叫びながら突っ込んでくる。ポジションこそメディックだが、地元である北海道出身のご当地ヒーローである事に加え、事前のガイアチャージで元気百倍とばかりに閃光百裂拳を叩き込む。ボルシチ女は打撃に顔を歪めるも、『おねーちゃん』と呼ばれた事に複雑な表情だ。
    「なあおばちゃん、美味しいボルシチを作るコツって何かあるかい?」
     対してメディックの役割に忠実に、ミルドレッドを祭霊光で治療しながら、虚露が大食いの性分からか、そんな事を尋ねると、ボルシチ女は「ん~」と1、2秒考える仕草の後、
    「コツねぇ……やっぱりボルシチは煮込んで、煮込んで、煮込む事。それに尽きるわね」
     そう答えるとお玉の先を虚露に向ける。そこから赤い光線が発射されると、
    「危ない!」
     斎が光線の斜線上に鋼糸を放ち、自身も割り込むように前に立つ。光線は鋼糸に当たって多少ながら細くなるも完全に防ぐ事は出来ず、斎はその身を盾にして光線を受ける。
    「危ね~、ディフェンダーでもこんだけ効ぐなんてな~」
     思わず田舎言葉が漏れ、斎は慌てて口を塞ぐと、恥辱と怒りの籠もった目でボルシチ女を睨み付けるのだった。

    ●火力最大
    「やっぱり怖いね、そのお玉」
     立ち上がったミルドレッドはそう呟くも、全く臆する事のない動きで再びボルシチ女に向かう。今度は低い体勢で間合いを詰めると黒死斬でボルシチ女の足を斬り付けてフットワークを削ぐ。
    「そうだね、大体、敵ぶっ倒したような無駄に高威力で不衛生なお玉で調理されちゃ堪ったもんじゃねェっての。洗えば良いって問題でもなし」
     続けて八千夜も言うと、手にしたマテリアルロッドから炎が上がる。
    「と言うわけで、料理には火力が大事って言うし、高火力で一気に調理と行こォぜ!」
     そう意気込んでボルシチ女に殴りかかるもあっさりお玉で弾かれる。しかも、
    「無闇に火を大きくすれば良いってものじゃないわよ」
     などと言われて屈辱が更に膨れ上がる。
    「ボルシチも好きだけど、おれ、ビーフストロガノフとかあと水餃子みたいのも好き!」
     呼太郎の発言に、ボルシチ女が「水餃子? ああ、ペリメニね」と返す。
    「そう!」
     名前が分かってスッキリした表情の呼太郎の足元から影が膨れ上がり、ボルシチ女に向かうが、影の顎に飲み込まれる前にボルシチ女は横に避ける。しかしそこへヘリオンの機銃の弾丸が襲いかかり、足に何発か命中する。
    「新しい要素を確認。演算を修正しないと」
     それを見た劔が、更なる命中率上昇のため高速演算モードに入る。
    「そうら、そろそろ動き辛くなってきたんじゃないか?」
     優奈が言いながら影を伸ばすと、今度はボルシチ女を丸呑みにする。数秒間の後、影から解放されたボルシチ女は何か嫌な事を思い出したかのような苦渋を顔に貼り付かせており、一体過去に何があったのか気になる斎だったが、残念ながらそれを確かめる余裕はなく、シャウトで気力と平常心を取り戻す。
    「ショボリもあとちょっとしたらニュウギュウっとぼいんぼいーんねー! うらやましくなんかないんだねー!! でも中学生のおねーちゃんゼッペキねー!! かるびおねーちゃんゼッペキねー!!」
     ボルシチ女の体型に色々思う所があるらしく、ショボリはそう一気にまくし立てながら導眠符を投げつける。符が体に貼り付き、一瞬ぐらつくボルシチ女を見て、ヴァンパイアミストを自身の周りに展開していた虚露は、
    (「このままいけるか!?」)
     ニヤリと笑いながら拳を固めるが、ボルシチ女は先程の斎のそれよりも更に大きく、周りの岩が振動しそうなほどに叫ぶと、体中の出血は止まり、表情もスッキリしたものになる。
    「ちょっとずつのダメージじゃラチが開かないね」
     意を決したようにミルドレッドは言うと、チェーンソー剣と大鎌を捨てると、何も無くなった両手にオーラを纏わせて突進する。それでミルドレッドのやろうとする所を察した八千夜もマテリアルロッドを捨ててバトルオーラを発動させ、別方向からボルシチ女に迫り、2人同時に閃光百裂拳を叩き込む。
    「あばばばばばっ!」
     嵐のように襲いかかる打撃に、ボルシチ女は口から変な声を漏らし、傷口から再び血が噴き出す。
    「自慢のお玉、子供のパンチで歪んだよね」
     連打を防ぎきれず曲がり、へこんだお玉を指差してミルドレッドが言う。そこへ呼太郎がヘリオンのキャリバー突撃でボルシチ女を跳ね飛ばし、更にガトリングガン連射で蜂の巣にする。
    「強火行くよ!」
     続いて劔のガトリングガンからもブレイジングバーストの弾丸が大量に吐き出され、ボルシチ女に命中すると、傷口からの脂肪に引火したか瞬時に炎が上がる。
    「脂が乗ってるから良く燃えるな」
     それを見て優奈が言うと、上手い事言ったという表情を浮かべながら鋼糸に炎を宿し、ボルシチ女の胴体に巻き付けて炎を更に大きくする。
    「あまり熱くするんじゃねえよ。切る方の身にもなれっつーの!」
     やれやれと言う表情で虚露がぼやきながら、緋色のオーラを縛霊手に宿し、巨大な手刀でボルシチ女の腹を刺し、更に横へ薙いで裂く。そこへ斎の斬弦糸がボルシチ女の体に巻き付き、斎が勢いを付けて引くと、全身を回る形で切れる。そしてショボリが、
    「熱いけどガマンするよー、どっかーん!」
     と意気込んで、ご当地ダイナミックを決めようと掴みかかるが、血で滑って掴めずつんのめり、慌てて距離を取るのだった。

    ●北海の勝利者
    「ハァ、ハァ……やっぱり最初の戦いがこたえたかね。でもただでやられるわけにはいかないよ」
     全身血塗れで火だるま、いつ倒れてもおかしくない状態のボルシチ女だったが、それでもなお表情と目から戦意は失われておらず、その迫力に灼滅者達は思わず身震いする。
    「ウラァァァァァッ!!」
     ロシア語の雄叫びを上げながら突っ込んでくるボルシチ女。その先にいるミルドレッドに向けて剣のようにお玉を突き出すが、そこへ斎が素早く割り込んで、お玉に鋼糸を引っかけて狙いを逸らそうとするが、敵も相打ち覚悟で来ているらしく、勢いを削げないままお玉の先が斎の腹にめり込む。
    「ごはっ!!」
     直後、斎は内臓を激しくかき回されたような激痛に襲われ、大量の血を吐き出す。痛みと吐血で急速に意識が薄れていく斎だったが、それを気力で必死に繋ぎ止め、右手でボルシチ女のお玉を握る手を掴み、左手で鋼糸を放って自分とボルシチ女の腕と体をグルグル巻きにする。
    「……これ、で。ぶきはつかえません、ね」
     息も絶え絶えながら、笑みを浮かべて言う斎。そこへミルドレッドが肉薄し、血のような緋色の混ざったバトルオーラを纏った手刀をボルシチ女の腹の傷にねじ込む。手首が完全に埋まった所で、
    「よいしょぉっ!!」
     かけ声と共に掻き出すように手を引き抜くと、血と一緒に大量の脂肪が地面にぶちまけられ、ボルシチ女の体に巻き付いていた鋼糸もほどける。それで力尽きたかボルシチ女がふらつくと、その先は崖になっていて、
    「あぁぁぁれぇぇぇぇ──」
     そう声を上げてボルシチ女は落ちていき、派手な水しぶきを立てる。崖の上から下を覗き、浮かび上がってこないのを確認して、ミルドレッドは言った。
    「やっぱりその身体はたるみ過ぎだと思うよ、おばちゃん?」

    「大丈夫か!?」
     勝ったのを確認すると、灼滅者達はすぐ斎に向かって駆け寄る。
    「……おなか、きもちわるい、です」
     そう口にして、限界に達したか倒れ込む斎に、
    「いや、気持ち悪いって次元じゃねえだろ!?」
     呆れと焦りの混ざった表情で虚露が言い、
    「すぐ治すからねー! 頑張ってねー!」
     ショボリもそう叫んで、2人で治療に当たる。
    「でも何とか倒せたな。ジンギスカン食べたい! せっかく北海道に来たんだし!」
     メディック2人を信頼してか、気楽な口調に戻って呼太郎が言うと、
    「そうだな。ちょっとくらいゆっくりしてから帰ろうぜ。あ、妹に土産買わねェと」
     そう答える八千夜がポンと手を合わせて言う。
    「まあ、それくらいなら付き合わん事もない。折角の遠出でもあるしな」
     いささか消極的ながら優奈も賛成する。
    「だったらみんなでボルシチ食べにいくよー! 勝利のボルシーチ! おいしー! ショボリぼるしち初めてねー!」
     治療を終えたショボリも入ってきて提案すると、
    「だったらおいしい店行こうよ。帰ったらそれを参考に家でも作って、みんなで食べよう!」
     劔が乗ってくると、「そうか、そういう手があったか!」と虚露が自分の頭を叩いて言う。
    「他にも色々食べて行こうよ。ボク北海道初めてだし」
     ミルドレッドもご機嫌で言うと、応急治療が済んだ斎が入ってきて言った。
    「私としては……やはり蟹、でしょうか」
    「「いや、それは冬のやつだから」」
     他の灼滅者達から一斉にツッコミが入るのだった。

    作者:たかいわ勇樹 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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