バニーパニック

    作者:波多野志郎

     繁華街、その路地裏。
     人の目から離れた、都会の死角。そこには陽の光から逃げるように、四人の男達が身を寄せ合っていた。
    「二次元最高っす!」
    「秋アニメの厳選、始めないとなー」
    「そもそも、夏アニメからして豊作じゃったしのー」
    「そういや、今度の新刊で――」
     まぁ、二次元方向にパラダイスを持つ男達である。そんな彼等の元に天使――いや、ウサギが舞い降りた。
    「は~い、どうもでーす♪」
    『おおおおおおおおおおおおおお!!』
     ウサギ耳のヘアバンド。蝶ネクタイにカフス、丸い尻尾ついた体のラインを強調するレオタード。そして、黒のストッキング――まごうことなく、完全無欠にバニーガールである。
    「どうです? 三次元も悪くないでしょう?」
    『おいっす!』
    「ファンになってくれますかー?」
    『いえす、まむ!』
     こういう時、オタクはノリがいい。バニーガールが突然目の前に現われる、という非現実感に突き動かされた四人。彼等にバニーガールは満面の笑顔でトランプのカードのように広げた黒いカードを差し出した.
    「はい、素直でノリの良い方達は大好きです! これで、欲望の赴くままに人を殺して回る人はもっともっと大好きですよ?」
    『おーいえー!!』
     礼儀正しく一礼し、カードを受け取っていく四人組。そのまま、駆け出す四人組をバニーガールは笑顔で手を振って見送った。

    「現実と非現実のアンバランスが弱点だったんすかねぇ?」
     冷静に分析しないでやって欲しい、湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)がしみじみと呟いた。
     とにかく、事件である。臨海学校でも騒ぎとなったHKT六六六人衆が引き起こす事件なのだが。
    「黒いカードを持った男の人達が、殺人事件を起こすっす。困ったのは、今回はただの一般人ではなく武器を持ってサイキックに似た攻撃をしてくる事っす」
     ソロモンの悪魔や淫魔の配下のようなものだ。これが黒いカードの新たな能力なのか、はたまた別の作用なのかは不明だ。
    「ただ、人の命が奪われるのだけは見過ごせないっす。きっちりと止めて黒いカードを回収してきて欲しいっす」
     なお、彼等はKOしてしまえば正気を取り戻すので、心配はない。
     今回は、路地裏で三次元の魅力にノックアウトされた連中が八人となる。
    「解体ナイフのサイキックを使うのが三人、ロケットハンマーが三人、マテリアルロッドが二人っす」
     ただし、ビジュアルは工作カッター、バール、鉄パイプである。
     繁華街へといたる路地で待ち構えれば、遭遇出来る。一人一人の実力は大した事はない……ないが、それはあくまで灼滅者にとって、である。
    「一般人からすれば、本当に脅威っすよ。人を殺す気っすから、それこそ一人たりとも逃がさない覚悟で挑んで欲しいっす」
     今なら、犠牲者は出さずにすむっすから、と翠織は真剣に告げた。
    「見た目こそ、ギャグっすけどね? だからこそ、笑い話で終わらせて欲しいっす……人の命が失われてしまえば、本当に笑えなくなるっすから」


    参加者
    仁帝・メイテノーゼ(不死蝶・d06299)
    黒沢・焦(ゴースト・d08129)
    緋乃・愛希姫(緋の齋鬼・d09037)
    鴨宮・寛和(ステラマリス・d10573)
    鴇・千慶(ガラスの瞳に映る炎と海・d15001)
    平戸・梵我(蘇芳の祭鬼・d18177)
    アイリ・フリード(血よかトマトジュースが好き・d19204)

    ■リプレイ


     裏路地。八人の戦士達が、そこに揃っていた。
    「バニー、萌えー!」
    「はりきってコロコロするっす」
     その手に、工作カッター、バール、鉄パイプを持った集団である。物騒ではあるが、むしろ滑稽ささえある。しかし、その凶器一つでどれだけの人間の命が奪えるか――それを目にした時、笑っていられる人間がいるだろうか?
    「こ、ここから先は行かせません」
     八人の戦士が、その歩みを止める。目の前に立ち塞がる人影達を見たからだ。勇気を振り絞って言った鴨宮・寛和(ステラマリス・d10573)の前に、仁帝・メイテノーゼ(不死蝶・d06299)が眼鏡を押し上げながら守るように踏み出した。
    「む、バニーはいないのか?」
    「バニー様に何の用じゃ、ゴラァ!?」
     唐突とも言えるメイテノーゼの質問に、八人の戦士はいきり立つ。メイテノーゼにしては、単にバニーの事を考えていたからこその質問だったのだが。会話が成り立たない、とメイテノーゼは殺界を形成した。
    (「殺人鬼……。六六六人衆……。黒いカード……。あと、バニー……?」)
     目の前で怒る八人の戦士に、黒沢・焦(ゴースト・d08129)は小首を捻る。バニーの人は何してたんだろ? 2次元だろうと3次元だろうと4次元だろうと関係無いけど、面倒な事しないでほしいな、とか。でも六六六人衆モドキを増やして誰が得するんだろう……などなど、焦の中で疑問が浮かんでは、答えが出ずに消えていく。
     ただわかっている事は、これから戦いが始まり、コレを見過ごせば人の命が奪われる、という事だけだ。
    「それは、ちょっと笑えないな」
    「俺等はバニーちゃんに笑ってもらいたいんじゃあああああああ!!」
     焦が磯姫を構えた、その瞬間だ。
    「ショウタイム――リバレイトソウル!」
     八人の戦士が振り返る――そこには、スレイヤーカードを開放したアルベルティーヌ・ジュエキュベヴェル(ガブがぶ・d08003)がゴージャスモードで見事な青いバッスルドレスとなった。バチン、とラメゾン・ドゥディユを振るった瞬間、コウモリ型の刃が戦士達を襲う!
    「ぐ、は!? は、さみ撃ちか!?」
    「ああ、同胞たる二次元戦士たちよ……二次元を捨てて三次元に走り、更にバニーの暗黒面に堕ちるとは情けない」
     アイリ・フリード(血よかトマトジュースが好き・d19204)が厳かに呟き、魔力を宿した霧を展開する――そして、セーラー服姿の緋乃・愛希姫(緋の齋鬼・d09037)が壁を足場に高く跳躍、振りかぶった縛霊手を振り下ろした。
    「ぐふ!? セーラー!?」
    「失礼します、確実に倒させてもらいます」
     霊力で編み上げられた網が戦士を覆う、愛希姫の縛霊撃だ。
    「バニーが出たのかかわいいなあと思っていたらなんてことを……清く正しいうさぎちゃんの汚名を晴らすべく、覚悟! ……って、バニーはいないのか」
     ヒュオン、と頭上に生み出された氷柱を放ち、鴇・千慶(ガラスの瞳に映る炎と海・d15001)が言い捨てる。完全に挟み撃ちされた形だ、左右は壁――八人の戦士に、逃げ場はなかった。
    「どうあっても、そいつぁこっちに渡してもらうぜ。暴れんだったらゲームの中だけにしときな!」
     普段から首に掛けているヘアバンドで前髪を上げて、お血祭モードのスイッチオン――平戸・梵我(蘇芳の祭鬼・d18177)が木刀を肩に担ぎ、地面を蹴った。不利な状況に追い込まれた、身構えた戦士達と準備万端待ち構えていた灼滅者達が激突した。


    「くそ、くそ、くそ!!」
     ナイフの刃を変形させ、戦士は刃を振るう。払い、振り下ろし、突き、振り上げる――そのジグザグスラッシュを焦は、磯姫を巧みに操り弾いていった。
     動作こそ素人臭いが、動きそのものは鋭い。腕に覚えがあっても一般人では速度で切り殺されていただろう――だが、灼滅者である焦に対処できない速度ではない。
    「おおおおおお!!」
     横一閃にナイフが振り払われた瞬間、焦は一気に戦士の懐へと潜り込む。そのまま加速、横を通り過ぎて背後へ――遠雷をまとった手刀で、戦士の足を切り裂いた。
    「任せた」
    「任された」
     焦の言葉に答え、メイテノーゼの足元から走った影が戦士を深々と切り刻んでいく――膝を揺らし体勢を崩した戦士の首筋に、愛希姫が手刀を落とした。手加減攻撃に、戦士は崩れ落ちる。それを見届け、愛希姫は次の戦士へと視線を移した。
    「く、セーラー服になんぞ屈してたまるか!?」
     何か別の対抗意識を燃やしてか、戦士がナイフを頭上へと掲げる――巻き起こるのは毒の旋風、ヴェノムゲイルだ。
    「届いて……癒しの旋律!」
     寛和の紡ぐリバイブメロディの力強い音色に、ビハインドのフロインデもそれに続いた。ナイフを持った戦士へと、フロインデは横一閃の斬撃を繰り出す。戦士が一歩後ずさった瞬間、フロインデが横殴りの衝撃に吹き飛ばされた。
    「よし、ホームラン!」
     鉄パイプを担いだ戦士が、ガッツポーズを取る。まがりなりにもフォースブレイクの一撃だ、フロインデは壁を蹴って着地した。
    「お前は後だ!」
     鉄パイプの真横を通り過ぎ、梵我がナイフの前へと躍り出る。横に一回転、遠心力を込めて梵我は異形化した怪腕を渾身の力で振り抜いた。
    「ぐ、は!?」
     ナイフの戦士が梵我の鬼神変に殴打され、宙を舞う。アスファルトの上を跳ねるように転がり、そのまま壁に叩きつけられ動かなくなった。
    「くそ、集中攻撃ばっかしてきやがって!!」
     鉄パイプの戦士が、そう吐き捨てて地面を蹴る。だが、その前に千慶が立ち塞がった。
    「今度は、しっかりと相手してあげる」
     鉄パイプが、唸りを上げる。千慶は、それを指先で刻んだ逆十字架――ギルティクロスをバールの軌道上に浮かべ、相殺した。バチン! と大きく鉄パイプが弾かれた瞬間、千慶はその右手で戦士の胸元を触れた。
     直後、ドン! という衝撃に、戦士が吹き飛ばされる。零距離でのオーラキャノンだ。
    「か、は……!?」
     踏みとどまった戦士の足元でヒュオ……! と風が渦巻く――アイリだ。
    「おっそいねえ、捕まえたよ」
     ゴォ! と渦巻く風の刃が、戦士の体を切り裂いていく。アイリの荒れ狂う神薙刃を必死で堪える鉄パイプの戦士に、黒豹の形をした影が襲い掛かった。
    「どの程度のものか……ガッカリさせないでくださいね!」
     鉄パイプの戦士の喉元に、影の黒豹が牙を突き立てる――その影喰らいに耐え切れず、鉄パイプの戦士はついに崩れ落ちた。
    「舐めるなァ!! バニー萌え!!」
    『バニー、萌え!!』
     その号令一下、戦士達は各々の武器を地面へと叩きつける。巻き起こる旋風、撒き散らされる振動――その一撃一撃は、威力こそ低いもののその手数こそ厄介なものだった。
    「み、みんな、頑張って」
     引っ込み思案な寛和の精一杯の言葉に、アルベルティーヌは笑みと共にうなずく。同じクラスであり、顔は見知っていても話した事はない、そんな関係だ。しかし、見知っているからこそ、少しだけいつもより心強くもある。
    (「厄介だぜ、これは」)
     挟撃に成功した、その事に焦は今更ながら安堵する。使うサイキックの妙だ、もしも一人でも逃がせば大勢の人間が犠牲になっていただろう。だからこそ、強く思う――必ず、ここで止めなくては、と。


    「くそくそ、セーラー服め! バニーの前に、セーラー服など!」
     何か論点が違いませんか? とツッコミが入る事もなく、バールの戦士は愛希姫へと挑みかかる。その言葉に、愛希姫は小首を傾げた。
    「……バニー……露出が高い衣服ですね……?」
    「あ、そっす」
    「三次元って確かに理想でしょうが……生身の人間の方が楽しいですよ? 想ったままの反応が返ってくるのって最初はいいですが飽きますよ」
    『ぐ!?』
     ニコリと微笑んで告げた愛希姫の言葉に、無数の呻き声があがる。ちなみに、灼滅者の中からも上がったが――誰か、に関しては伏せておこう。
     愛希姫の炎に包まれた咎人の大鎌の一撃をバールの戦士は、かろうじて受け止めた。そこへ、梵我がウロボロスブレイドの蛇腹の刃を繰り出す。
    「動くな!」
     ジャララララン! と戦士の体に、蛇腹の刃が巻き付く。梵我の蛇咬斬に巻きつかれた戦士へと、メイテノーゼが放った影が更にその身を縛り上げた。
    「今度は、そちらが頼む」
    「わかった」
     そこへ踏み込んだ焦が、遠雷をまとわせた拳で戦士の腹を殴打する。当身だ、そのまま戦士は膝から崩れ落ちた。
    「残りは二人だね」
    「ええ、このまま押し切らせてもらうわ」
     アイリが緋色のオーラをまとい、バチンとアルベルティーヌがラメゾン・ドゥディユで鞭のように地面を打ち据えた。
     残る戦士は、もう二人だ。バールの戦士は、歯軋りをして吐き捨てた。
    「おのれ、おのれおのれ! 人数は、ほぼ同じであったのに、何故だ!?」
    「そんなの決まってるよ! チームワークだよ!」
     戦士の嘆きに、千慶は笑顔で真っ直ぐに答える。数は同等でも、その戦力で灼滅者達が有利だった。それに加えて、連携の練度が大きく違ったのだ。戦士側も連携が取れていたのならば――この結果も、また少しは違うものとなっていただろう。
    「チィ!!」
     バールの戦士二人が、地面を蹴る。この時点でなお、連携はない。思う様にバールをふるって、攻撃を繰り出してきた。
    「それでは、駄目ですよ?」
     愛希姫が縛霊手で受け止め、千慶が槍で受け流す――その直後、千慶がギルティクロスを刻んだ。
    「ここで、絶対に止めるよ!」
     グラリ、と体勢を崩した戦士へ、焦のフォースブレイクの一撃が叩き込まれた。足が地面から引き剥がされ、宙に浮く――そこへ、アルベルティーヌが死角から放ったしなるラメゾン・ドゥディユで足を深々と切り裂いた。
    「ぐ、あ!?」
    「ご、ごめんなさい……少しだけ我慢してくださいね」
     寛和の符が、フロインデの放つ霊障波が、着地し損ねた戦士を襲う。それに耐え切れず、戦士はその場へと倒れた。
    「くそおおおおおおおおおおおおお!!」
    「させません」
     最後に残った戦士が逃げようとする――しかし、愛希姫が放った縛霊撃の霊力の網に捕らわれたところを梵我がその道を塞いだ。
    「観念しろ!」
     下段から振り上げた木刀が、鋭く戦士の足を切り裂く。揺れる戦士の膝、そこにメイテノーゼは影の刃を放った。
    「これで決めろ」
     メイテノーゼの言葉に、アイリが緋色を宿したウロボロスブレイドを繰り出す。それは、緋色の大蛇のように戦士へと突き刺さった。
    「生命力もーらい」
    「ぐ、ああ、あ……」
     戦士が、よろめく。そこへ、梵我が踏み込んだ。巨大化する右腕、その異形の拳を梵我は思い切り振り下ろした。
     それが、止めとなる――八人の戦士は一人残らず、地面へと転がる事となった……。


    「よし、これでいい」
     しっかりと念入りに黒いカードを保存容器へと入れて、梵我はヘアバンドを下ろした。その保存容器を受け取り、焦は呟く。
    「この黒いカードで簡易的に灼滅者を生み出してる? それとも何か探してる?」
     カラカラ、と容器の中で音を鳴らすカードを見る。その推論が正しいかどうか、答えが出るのは学園に戻ってカードをしっかりと調べてからとなるだろう。
    「人殺しちゃう前に間に合ってホントに良かった! もう知らない人からカードもらっちゃだめだよ!ぜったいだよ!」
    「あなたたち、二次元戦士の誇りはどうしたの? もう怪しい三次元についてっちゃ駄目だよ?」
     千慶とアイリにそう説き伏せられ、二次元戦士達は曖昧な感じでコクリコクリとうなずいた。まだ、半ば正気を取り戻していない戦士達へおずおずと寛和は問いかけた。
    「なにがあったか教えていただけませんか?」
    「ええ、そうですね。それと、最後にこれが一番重要なことです。誰か、バニーの写真撮ってませんか?  いや、決して僕が欲しいとかじゃなくて調査に必要なので」
     ――結果として梵我は、大きく舌打ちする事となる。既に戦士達の記憶が、おぼろげになっていたからだ。
     むしろ、困ったように空ろな表情をする戦士達へ、不意にメイテノーゼが口を開いた。
    「バニーガール。しっぽは萌えポイントではないと個人的には思う」
    『え?』
     唐突なメイテノーゼの言葉に、全員が思わず耳を疑った。この戦いの最中、メイテノーゼの脳裏にずっとあった事だ。ちなみに、メイテノーゼは周囲の困惑に気付かずに、しみじみと続けた。
    「耳が付いている人間にさらに耳を付ける……そう、耳の部分、中に針金が入っていると分かりつつ曲がる耳! じつにいい……」
    「あ、それは何となくわかるっす……」
    「だろう?」
     戦士の一人の同意に、我が意を得たりとメイテノーゼは何度も真顔でうなずいた。
     ……とにかく、人々が殺される事もなくすんだ。その結果は、実にめでたい。誰もが、心からそう思ったのである、うん。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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