追われる悪夢 ~終わらない夏休み~

    作者:南七実

    「うわあぁぁ」
     翔太は鉛筆を放り出して、頭を抱えた。
     山のようにある問題集、見るだけで疲れてしまう算数のドリル、何を書いていいのか判らない日記帳、なんでもありの自由研究。
     夏休みの最終日だというのに、宿題はまだ半分も終わっていない。
    (「こんなの、一人で終わらせられる訳がないよ」)
     と、そこで追い討ちをかけるように――翔太と同じ、4年生くらいの少年少女が、机の上に新たな問題集をドサドサッと追加した。
    「ぎゃっ、また!? なんで増やすんだよっ」
    『わぁ、まだそれだけしかできてないの? おっそーい』
    『はい、こっちもやってね。終わるまで寝ちゃダメだって先生言ってたよ~』
     これは、夏休み中ずっと遊んでばかりで宿題を放置していた罰だろうか?
    (「そりゃまあ、休みの最終週までほっといたオレも悪いけど……」)
     しかし、いくらなんでも、この状況で宿題追加は厳しすぎやしないか?
    『手が止まってる。あのね、ちゃんとやらないとこれから毎日補習するし、この倍くらい宿題を出すって先生言ってるよ。嫌なら寝ないで、死ぬ気でがんばれ~』
    「わ、わかってるよ……!」
     既にもう何日も徹夜をしているような気分なのだ。
     再びドリルと向き合った翔太の視界が、ぐらりと歪む。疲れで目が回ったのだ。
     そして今さらながら思う――ここはどこだろう。塾とか学校じゃないよな?
     それに、先生の代理だとか言って次々に宿題を増やしていくこいつらは誰なんだろう?
     次々とわきあがってくる疑問符。
     新たにドリルを持ってきた少年は、翔太の耳元で嘲るように囁いた。 
    『余計なコト考えてないでキミはただ宿題やってりゃいいんだよ』
     終わらなければ寝られない。この苦しみから解放されない。だからやれ、と。
    「……う、ん。ううう、誰か手伝ってよ……」
     正常な思考能力が、疲労によってじわじわ奪われてゆく。
     終わらない宿題地獄。
     翔太の神経は限界に近づいている。
     
    ●終わらない夏休み
    「終わりのない夢の中で、翔太は夏休みの宿題を延々とやらされているんだ」
     これこそまさに悪夢だな、と巫女神・奈々音(中学生エクスブレイン・dn0157)が深い息をつく。
     彼をソウルボードに捕らえているのは、ダークネス『シャドウ』。
     シャドウは戯れに翔太の精神世界を荒廃させようとしているのだ。
     このまま放置しておけば、翔太の精神は摩耗し、やがて衰弱死してしまうだろう。
    「そうなる前に、皆で彼を助けてやってくれ」
     
     現在、現実世界の翔太は自室のベッドで昏睡状態に陥っている。まずは彼の枕元に赴き、ソウルアクセスによって彼の精神世界に侵入しなければならない。
    「夢の中は、ホテルのホールみたいに煌びやかな、出口のない広い部屋になっている。その中央に置かれているデスクで宿題と向き合っている少年が、翔太だ」
     大きなデスクに積み上げられた、問題集の山。
     子供の姿をしたシャドウの配下が次から次へと宿題を追加するので、ひとりでこなすには到底無理な量になっている。
    「さて、彼を救う方法だが――とにかく、これ以上宿題を増やされないように配下の動きを阻止しつつ、さっさと宿題を終わらせられるよう翔太を手伝ってやって欲しい」
     配下達は、デスクで四苦八苦する翔太を苦しめる為に、四方八方から問題集やドリルを持って近づいてくる。
    「翔太を無駄に刺激しないよう、なるべく暴力的ではない方法で追い払ってくれ。もっとも、ESPは効かないが……大丈夫、宿題追加軍団は、ちょっと脅せばすぐに逃げるような脆弱な連中だから」
     その隙に、積み上がっている宿題をサクサク片付けてしまえばいいのだ。
    「内容は小学校4年生レベル。小3以下の者には難しいかもしれないが、まぁ……夢の中の宿題だし、回答欄さえ埋めれば答えが間違っていても大丈夫だと思うな。ようは翔太が『宿題が終わった!』と安心できれば良いのだから」
     新たに追加される前にデスク上にある全ての宿題を完了させられれば、翔太は長い苦しみから解放される。
    「だが、これで終わりじゃない。むしろここからが本番とも言えるな。なぜなら……夢を荒らす邪魔をした君達を排除すべく、シャドウが配下を連れて姿を現すからだ。問答無用で戦闘になるから、心構えをしておいてくれ」
     翔太に対して『先生』を演じていたシャドウは黒い影を身に纏い、シャドウハンターと影業のサイキックを駆使して攻撃してくる。
     配下は全部で4体、先生に妄信的に従うという設定の生徒役。戦いになればチェーンソー剣をぎゅんぎゅん鳴らして騒音刃で攻めてくる。だが、油断さえしなければ彼等に後れを取るという事もないだろう。
    「シャドウ達が翔太を傷つける事はない。殺してしまっては意味がないからだ。だから翔太の事は気にせずガンガン攻めて倒してくれ。といっても、ソウルボードの中でシャドウを灼滅する事はできないし、戦って追い払ってくれ、と言った方が正しいか。ただ、注意して欲しいのは、必要以上にシャドウを挑発しない事。あまり怒らせると現実世界に出現し、本気で君達を殺そうとするかもしれない。そうなった場合、勝てる確率は……残念ながら、ない」
     シャドウを夢の中から退去させられれば、翔太は現実世界で目覚めることができる。
    「夏休みは楽しいし、いつまでも続いて欲しいと思う者も多いだろうな。だが、こんな悪夢みたいな夏休みなら願い下げだと思わないか?」
     翔太の夏休みを終わらせてやってくれ、と奈々音は言った。
    「説明は以上だ。どうか、よろしく頼むよ」


    参加者
    冥賀・アキ乃(永未闡提・d00258)
    王莉・奈兎(朱鍔・d00333)
    篠原・鷲司(旋槍・d01958)
    東谷・円(乙女座の漢・d02468)
    流鏑馬・アオト(蒼穹の解放者・d04348)
    柊・司(灰青の月・d12782)
    夢代・炬燵(こたつ部員・d13671)
    影波見・シルエット(影喰らいの獣・d17748)

    ■リプレイ

    ●宿題インフェルノ
     ぐねりと揺らめく闇を抜けて、悪夢の中へ――。
     煌びやかなシャンデリアに照らされたホールへ降り立った一行は、脇目もふらずに中央の机へと駆けつけた。
    「ひええっ!」
     大きな机上の左右に屹立する宿題の山に圧されていた翔太が、突然現れた灼滅者達を見て短く叫ぶ。どうやら、宿題追加軍団の仲間だと思われたようだ。
    「大丈夫、僕達はあなたの味方です」
     爽やかな笑顔を浮かべて翔太の元へ歩み寄った柊・司(灰青の月・d12782)が、床に落ちていたドリルを拾い上げた。
    「算数と理科はどれですか? 宿題のお手伝いをしますよ」
    「ほんと!?」
     半ば朦朧としていた翔太の顔が、ぱあっと輝く。
    「今の小4ってこんなん習ってンのか……」
     問題集をパラパラとめくった東谷・円(乙女座の漢・d02468)は、宿題なんて夏休みの序盤に終わらせておこうぜと翔太を軽く窘める。
    「その方が心から遊びを楽しめるだろうに。まぁ、今はとりあえず……宿題、終わらせンぞ」
    「ほら、落ち着いてやりゃ終わるから。心配すんな」
     少年の肩をぽんっと叩いた王莉・奈兎(朱鍔・d00333)が、ごちゃまぜに積まれている宿題を教科ごとにテキパキと分類しはじめた。
    「では、始めましょう」
     そう言って夢代・炬燵(こたつ部員・d13671)は、どこからともなく取り出した愛用のコタツを翔太の机の脇に設置した。彼女にとって季節は関係ないらしい。
    『……何だ? アイツら』
     どうやら、苦しめるべき少年に助っ人が現れたらしい。これは黙っていられないと、子供の姿をした宿題追加軍団が問題集を抱えて波のように押し寄せてきた。
    『おい、何してるんだ』
     そんな彼等の前にどぉんと仁王立ちになる、篠原・鷲司(旋槍・d01958)。
    「それはこっちの台詞だ。お前ら、それ以上近づいたらどうなるか分かってんだろうな、あぁ!?」
    『ひっ!』
     まさかいきなり怒鳴られるとは思ってもいなかったのだろう、子供達はその場でビクッと身を縮めた。追い討ちをかけるように冥賀・アキ乃(永未闡提・d00258)が魔槍をぶうんと派手に振るう。
    「そんなに勉強が好きなら、カラダを鍛える体育の勉強でもするか? ぁあ?」
     その迫力に気圧された子供等が、ギャ~と叫んで一目散に逃げ出した。
    「さあ、この隙にお手伝いしますの」
     目に付いた算数のプリントに、影波見・シルエット(影喰らいの獣・d17748)が適当な数字をガリガリ書き込んでゆく。これだけの量にいちいち頭を使ってはいられない。スピード重視で問題を解いて(?)ゆくシルエットを見て、翔太がスゲェと呟いた。
    「うーん……やっぱり諦めてはくれないか。だったら阻止するまでだけどね」
     流鏑馬・アオト(蒼穹の解放者・d04348)が溜息混じりに身構える。そう、宿題追加軍団員が、おどおどしながら再びこちらに接近してきたのだ。
    「宿題をやる方にだって予定があるんだ! 夏休みに入ってから追加するなんて、ルール違反だよっ」
    『ルールなんて知らない。ボク達の邪魔するなよ!』
     べーっと舌を出しながら机に新たな宿題を置こうとした子供へ、冷たい視線を向けるシルエット。
    「今はこの問題を解いているので、また後にして欲しいですの」
    「おらっ、離れろ!」
    「痛い目に遭いたいのか?」
     アキ乃と鷲司が凄みをきかせて追い払うも、ホールの片隅からは水が染み出すように新たな団員が出現していて。
    「きりがないな、まったく」
     とはいえ、対処できない数ではない。奴等を追い払いながら合間を見て宿題を手伝う事もできそうだと、アオトは不敵な笑みを浮かべた。
    「なぁ、このプリントどっかに埋めてきてくれないか? なんてな」
    「わんっ?」
     霊犬のサガが首を傾げる。冗談まじりに数式を解いていた奈兎は、自分の宿題のデキを思い出して溜息ひとつ。一方、宿題は夏休みの序盤に終わらせるタイプの円は、小学生向けの問題に懐かしさを覚えつつ、猛烈な勢いで鉛筆を動かしていた。
    (「それにしても凄い量だな。こっちの山だけで100冊超えてないか? こりゃ、コイツじゃなくても嫌になりそうだ」)
     普通ならあり得ない冊数の問題集に囲まれて四苦八苦している翔太を一瞥する円。助っ人が現れて励まされたのか、少年の表情から憂いが消えていた。
    「夏休みの宿題はいくらやっても終わりが見えませんね」
     コタツに半身を突っ込んでドリルと真っ向勝負する炬燵。小4の問題なら楽勝と思っていたが、意外と手強い。だがしかし、悩んで手を止めている場合でもなく、彼女は時間制限のあるパズルを解くように手早く解答欄を埋めていった。
    「ただでさえ大変なのに量を増やすとは……シャドウの所業、到底許せるものではありません。早く完了させて見かえしてやりましょう」
    「さて、次は……おっと、図画工作の自由研究ですか。これは誰かお願いしますね」
     苦手な教科を、司は華麗にスルーする。
    「それなら任せろ」
     空き箱を取り出してジャキジャキ切り分けたアキ乃は、幾つかのパーツになった箱を器用に組み合わせ、家の形に設えていく。
    「あとは色でも塗れば『家型貯金箱』の完成だ。これで自由研究もクリアだな」
    「わ、家かっけー! 姉ちゃん、うまいな」
     読書感想文に悩んでいた翔太が顔を上げ、目を丸くする。
    「そ、そうか……?」
     シャドウの手にかかって逝った妹の面影を少年のあどけない表情に重ねてしまい、アキ乃の胸はちくりと痛んだ。
    「オレそういうのヘタだからさ。できる奴が羨ましいんだ」
     落ち込む少年の髪をくしゃっとかき回し、近づいてきた軍団員に睨みをきかせつつ、アキ乃は笑う。たとえ宿題が全部できなかったとしても、それで誰かがお前を嫌いになるわけじゃねえよ、と。
    「しつこいな。追加は絶対に認めないよ!」
     一喝して敵を追い払ったアオトは、これは他人事ではないなぁと静かに息を吐き出す。
    (「毎日少しずつこなす計画を立てても、予定外のアクシデントがあったりして結局いつもギリギリになっちゃうんだよね……もっと余裕のあるスケジュールにするべきなのかなあ」)
    「後にしろっつってんだろ」
    「近づくなと言ってんだろうが!」
     しぶとく食い下がってくる軍団員を、集中している翔太に気づかれぬようポカリと殴って撃退したシルエットと鷲司が、疾風の如き勢いでドリルを仕上げてゆく。
     総勢8名の助力によって、山積みになっていた宿題がみるみるうちに減ってきた。
    「現実でも、このくらい早く自分の宿題が終わればなー……」
     ぽそりと呟く奈兎の横で、司が深々と頷く。
    「僕は31日に纏めてする派ですから、気持ちはよく判りますよ。もし間に合わなかったら、新学期には『宿題はやったけど持ってくるの忘れました』という必殺技で切り抜けるんです」
    「えっ、そんな技が?」
     司の作戦を聞いた翔太が目を輝かせる。
    「おいコラ、真似しようだなんて思うな。宿題なんざさっさと終わらせた方がいいに決まってンだろ」
     小学生の時からそれじゃマズイだろうとばかりにブッスリ釘を刺した円が、135冊目の問題集を終わらせた。
    「そっちの山は終わり? こっちもクリアしましたよ」
    「こちらのプリント束も終了!」
    『わ~すごぉい、おめでと~。はいこれプレゼント♪』
    「空気読めよおいっ! 向こうへ行っちまえ」
     どさくさに紛れて宿題を追加しようとした子供を追っ払った鷲司の後ろで、シルエットが高らかに宣言した。
    「この冊子でラストですわ。後は、翔太様の日記が終われば……」
     日記ばかりは手伝いようがない。8人に見守られた少年は、頭を抱えつつ日記帳をちまちま埋めていった。やがて――。
    「終わ…った!」
     ぽつりとそう言って、窶れきった翔太が鉛筆を取り落とした。炬燵がコタツからもそもそ出てきて、積み上がっている宿題の中身を確認する。
    「もれはなし。全て完了ですね!」
     途端、周囲をウロウロしていた宿題追加軍団が、シャボン玉のように跡形もなく消滅した。
    「手伝ってくれて……あり、がと」
     限界だったのだろう、力尽きて机に突っ伏してしまう翔太。
    「おい、大丈夫か!?」
     一瞬焦ったが、緊張の糸が切れて眠りについただけだと気づき、アキ乃はホッと息をついた。
    「よく頑張ったな。今はゆっくり休めよ」
     重荷から解放され、すやすや寝息をたてる少年の顔を皆が覗き込んだ、その時。
    『君達、何をしているんだ!』
     いつの間に出現したのか、学生服に身を包んだ男女4人――シャドウ配下が、机を取り囲んでいた。

    ●闇との戦い
    『先生の特別教室に侵入する不埒な輩。成敗する!』
     ギュイイイン! チェーンソー剣の凄まじいモーター音を響かせながら突っ込んできた配下に対し、真っ先に前へ出たライドキャリバーのスレイプニルが機銃掃射で迎え撃つ。いつでも仲間を癒せるよう後退しつつ、アオトが声を張り上げた。
    「ここからは俺達の宿題だな! スレイプニルっ」
    「部外者が入り込んでくるなんて困ったものですね」
     猛り狂う配下の後方に現れたダークネス――シャドウが、灼滅者達へ呆れたような顔を向けた。
     一見、スーツ姿の男性教師にも思える。が、腰から下は蜘蛛のような脚を持つぶよぶよとした異形の姿。その胸元に浮かぶダイヤのマークを憎々しげに睨みつけながら、アキ乃はドス黒い殺気を放出して配下達を覆い尽くした。
    「コイツのどこが先生だっていうんだよ……笑わせンな!」
     円が繰り出した魔法の矢に貫かれた配下が、追撃の凄まじさに耐えきれず四散した。
    『ヒッ!?』
     仲間をあっさり討ち取られ動揺する敵陣に突撃した鷲司と司が、旋風の如く魔槍を回転させて配下達を苛烈に蹴散らす。
    「オレが相手をしてやるぜ。さあ、どいつから来る?」
    「いたいけな青少年の心に傷を負わせる卑劣な行為……許す訳にはいきません。かかってきなさい!」
    『は? 君達は何様のつもりだ!』
     二人の攻撃によって、配下の怒りに火がついたようだ。
    「サガ、行け」
    「わうっ!」
     奈兎の指示を受け、前衛を包み込む霧の恩恵を受けたサガが、鋭い刃で配下の足元を切り裂く。
    「先生、これっ! 宿題を提出しますね」
     完了した宿題を台車に乗せた炬燵がシャドウの元に駆け寄り、漆黒の影で作った触手を伸ばしながら言った。
    「翔太君の頑張りを誉めてあげて下さい」
     炬燵の影縛りを煩わしそうに避けたシャドウは、蔑むように顔を歪め、複数の脚で宿題の山を突き崩した。
    「他人に手伝わせるなんて狡い子ですね。先生は認めませんよ。落第です!」
     問題集が引き裂かれ、無数の紙となって床に散らばる。クラブのマークを胸元に具現化させたシルエットは一瞬怒りで我を忘れそうになった。翔太と自分達の努力を、このダークネスは無造作に踏みにじったのだ。シルエットが素の口調を剥き出しにする。
    「こんな酷い事をする奴が先生だと……? 俺は断じて認めないぜ」
    「認めないからどうだというのです? 貴女、生意気ですね!」
     シャドウの放った漆黒の弾丸が、狙い違わずシルエットを撃ち抜いた。
    「くっ!」
    「大丈夫か、影波見」
    「回復は俺達に任せて、皆は攻撃を続けてくれっ!」
     膝を突きかけたシルエットに、円とアオトによる癒しの矢が降り注ぐ。
    「雑魚がうろちょろと邪魔だ。消えろ!」
    『ぎゃあ!』
     アキ乃の放つ殺気、嵐の如く戦場を駆ける鷲司の鞭剣、司の旋風輪にサガの古銭攻撃が加わり、怒りに我を忘れた配下達はどんどんズタボロになってゆく。
    「いいぞサガ、その調子で続けてくれ」
     霊犬と息を合わせた奈兎の逆十字が、配下の体を真っ二つに分断して消し去った。
    「その忌々しい紙切れどもと共に、消えちまいな!」
     バトルオーラを滾らせたシルエットの凄まじい拳の連打が、配下の体にドドドドッとめりこんでゆく。
    「あなたは大人しくしていて下さい」
     シャドウの動きを阻害しようと、炬燵の指輪から放たれる魔法弾。シャドウは体に纏う影を鋭刃に変化させ、反撃とばかりに炬燵を切り裂いた。
    「貴女こそ、大人しく死んで下さい」
    「無茶したらダメだよ!」
     深い裂傷を負った炬燵に投げかけられる、アオトと円の癒しの矢。チェーンソー剣をぎゅんぎゅん鳴らして突っ込んできた配下を黒死斬で討ち取ったアキ乃が叫ぶ。
    「敵は弱ってる。速攻で潰しちまおうぜ!」
     ヴォンオオオオン! スレイプニルに轢き倒された配下に、灼滅者達の容赦ない攻撃が叩き込まれる。反撃する余裕も与えられずに、最後の配下は粉々になって力尽きた。
    「後はお前だけだな、『先生』……随分とふざけた真似してくれたじゃねぇか」
     冷気の氷柱を繰り出しながら鷲司が鋭い瞳でシャドウを睨みつけたが、これは半ばハッタリに近い行為だった。勝機の見えない戦いはしない主義――諦めて自ら退場してくれれば御の字なのだが、と彼は思っている。
    (「ま、それもコッチの実力が伴うまでの話だけどな。いつか必ず討つ。その時まで、首洗って待っててくれよ」)
     一方、アキ乃は殺意に満ちた視線とあらん限りの罵詈雑言をシャドウへ浴びせかけていた。仇敵本人ではないにせよ、家族を奪ったダークネスに対し、とても冷静ではいられなかったのだ。
     暫し、灼滅者とシャドウの混沌とした攻防が続き――そして。
    「……ああもう。やってられません」
     遂にシャドウが大きな溜息をついた。
    「私は退きますよ。落ちこぼれ同士集まって、せいぜい騒いでいれば良いんです。くくくくっ」
    「黙れ!」
     死角に回り込んだアキ乃の『地蔵丸』が、シャドウの体を一瞬にして消し飛ばした。
     後に残されたのは、ホールに響き渡る耳障りな哄笑のみ。

    「皆、二重の意味で、お疲れさま」
     膨大な宿題をこなし、戦いをも乗り切った仲間に、アオトが労いの言葉をかける。
    「おかげさまで、だな。どっと疲れたぜ」
     足元に落ちていたプリントで紙飛行機を折った奈兎が、ホールの上へ向けてそれを飛ばした。
    「あー、はらへった。早く帰って、遊んで、おいしーもん食って、其れから勉強もきっちりと、だよな」
     夏休みは遊びも勿論だが、宿題もきっちりこなさないと――改めて痛感したな、と彼は呟く。
    「そういえば翔太君、現実の宿題は終わらせているのでしょうか」
    「それ、わたしも思っていましたの」
    「「あ」」
    「あー、それは……どうなんだろうな。やってなさそうな気もする」
     炬燵とシルエットの呟きを聞いて一同は微妙な表情になったが、灼滅者としてそこまで干渉する事はできないし、なるようにしかならないだろうという結論に落ち着いた。
    「ま、今回の件で懲りただろうし、今後は早く片付けるようになるだろうぜ」
     夢の中ですやすや眠り続ける少年を見下ろし、円がニヤリと笑う。つられて司も安堵の微笑みを浮かべた。
    「それでは、帰りましょうか」
     悪夢は、終わった。程なく翔太も目を覚ますだろう。
     灼滅者達は静かに踵を返す。少年の幸ある未来を願いながら。
     

    作者:南七実 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月10日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 7
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