雪景色のSchlitteda

    作者:斗間十々

     エーリカは一息吐いて外を見渡した。
     場所は空港。慌ただしく行き交う人も居れば、自分のようにのんびりと搭乗を待っている人も居る。
     窓の外には飛行機。
     それに乗って、自分は故郷に帰る。
    「日本は暑かったわね。でも来てみて良かった。夏祭りって、素敵なお祭りだったわ」
     エーリカは一人うっとりと思い出に瞳を伏せる。
     独特な日本の衣装、ユカタを着て、甘いものを食べて、空には花火。そして傍には――、
    「……ううんっ!」
     エーリカは頬を染めかけて、それを隠すように首を振った。と、同時にかくりと自然首が傾く。
     はっと気付くも、やはり視線の先がぼやけていた。
    (「眠い……なぁ。もう、ずっと。でも、後は飛行機に乗るだけだから。そして、帰ったら――――」)
     エーリカはこくり、こくりと船を漕ぎ出した。
     

    「――――♪」
     花咲・冬日(中学生エクスブレイン・dn0117)は小さく歌ってくるりと服を翻した。
     それはいつもと違う、赤と黒の民族衣装。
     灼滅者達に気付いた冬日は足を止め、ぺこりと皆に一礼する。
    「こんにちは、皆さん。今日はグローバルな事件です……と言っても、夢の中ですけどね」
     夢――つまりシャドウの事件と、灼滅者達は理解する。
     それに頷き、冬日は続けた。
    「あるシャドウが日本から出ようとしているようなんです。帰国する方のソウルボードに入り込み、国外に出る、という方法で。日本国外はサイキックアブソーバーの影響で、ダークネスは活動することはできないんですけど……」
     冬日にもシャドウの目的はわからない。そしてこの方法でシャドウが国外に移動できるかどうかも未知数であると言う。
     しかし、万が一の最悪の可能性もある。
     日本から離れた事でシャドウがソウルボードから弾き出され、国際線の飛行機の中で実体化してしまうかもしれないと、冬日は言う。
    「それは絶対阻止してください。その方も、まして搭乗している方全員も犠牲になってしまいますから」
     冬日はそこまでを一気に言葉にした。
     そして、一呼吸。
    「シャドウに潜まれているのは、エーリカさんという女性です。彼女が見ているのは、ある風景。あるお祭り」
     そう言って冬日は灼滅者達に微笑んでこう言った。――『シュリテッダ』。
     それはスイスに古くから伝わる冬の行事で、赤と黒の民族衣装を着た男女がペアで馬の引くそりに乗り、冬景色の中を進んでいくというもの。
     本来は未婚の男女が村々を回る結婚の為の祭りだったが、最近は誰でもが参加出来る。
    「もしかしたらエーリカさんは、一緒に回りたい想い人が居るのかも知れませんね」
     冬日はふふっと唇に指を当てる。
     夢の中は至って穏やかに、エーリカが思い描くその風景が広がっている。
     シュリテッダの祭りに馬が、人が、雪景色を歩んでいる。
    「そう、特に事件は起きていません。けれど、その最後尾に――シャドウは居ます。そして皆さんに気付くと襲い掛ってきます。それを、撃退してください」
     シャドウは大きな漆黒の馬の姿になり、最後尾に混じっている。
     ただしあまり強くなく、劣勢になれば撤退する。今回、灼滅者達に課せられた目的はここまでである。どうやらシャドウ側もこのソウルボードの中にそれ程執着は無いようだ。
     そして、ソウルアクセスの手順だが、エーリカは日本に旅行に来ていて、夏のお祭りを楽しんでこれから帰る所。一人で来ているという点、搭乗まで時間に余裕があるという点に問題は無いが、少し場所に気を使っても良いだろう。
     何せエーリカが居るのは人の多いロビー。
     無事深く眠らせても、それから灼滅者達もソウルボードへと潜り込む事となる。周囲の人達が不審に思い騒いでしまっても、外部からフォロー出来ない状況になってしまうのだ。
     幸いか、エーリカは既に睡魔に襲われかけている。
     多少ぎこちなくとも何処かに誘導するのは簡単だろう。
     エーリカは片言の日本語のみを解し、使用するのはイタリア語とそこは難があるだろうが、日本という国自体に好意的である為、今は警戒心が薄い。
     多少――好意につけ込む形になるが、人々の命も、エーリカの命も掛かっている。この場合、仕方在るまい。
    「それではエーリカさんを、……祖国に帰る皆さんを、助けてあげてください。その後は、少しだけその景色を楽しませて貰っても良いかもしれません。搭乗にはまだ時間がありますし、それに――とっても素敵なお祭りですから」
     ちょっとした雰囲気を楽しむのでも、誰かと一緒にそりに乗ってみるのでも、ちょっとだけ夢の中でご褒美を。
     冬日はくすりと笑って灼滅者達を見送った。


    参加者
    蒼月・杏(蒼い月の下、気高き獣は跳躍す・d00820)
    森田・供助(月桂杖・d03292)
    華澄・千冬(夢の浮き橋・d03440)
    諫早・伊織(糸遊纏う孤影・d13509)
    烏丸・鈴音(カゼノネ・d14635)
    七姫・明(食いしん坊ばんざい空狐・d14839)
    マルクト・カリス(夜闇の森・d14875)
    亜寒・まりも(小学生シャドウハンター・d16853)

    ■リプレイ

    ●空の、夢の旅路へ
     ロビーは人で混雑していた。
     誰もが祖国に、あるいは旅行にと心浮き立たせている。
     そんな中、こくりこくりと船を漕ぐ人も珍しくは無いが、旅の疲労とは違う睡魔に襲われている人物がいる事を、灼滅者達は知っていた。
    「……あれが、エーリカどのではないか?」
     七姫・明(食いしん坊ばんざい空狐・d14839)が指差せば、大きなトランク片手にうつらうつらとしている女性が目に入る。
     一緒に物陰からエーリカを見守っていた亜寒・まりも(小学生シャドウハンター・d16853)がその姿を見てわっと小さく口を覆った。
    「あっ、もうウトウトし始めてる! 皆、いこっ。エーリカのおねーちゃんの幸せな夢を守らなきゃだよねっ!」
     まりもはぴょんと駆け出すと同時に、明とマルクト・カリス(夜闇の森・d14875)の袖を引いた。
     まずは、エーリカを誘導する事。
     慌てて走り出した小さな女の子が自分に向かってきている事に気付いて、エーリカは眠い目をこすり不思議そうに首を傾げていた。
     じっと見つめていれば、エーリカの前で立ち止まるまりも、明、そしてマルクト。
    「寝るなら、仮眠室が向こうに有るよー」
    「おねーちゃん、ここで寝るより休憩室で休んだ方が良いのじゃよ?」
    「え、っと……?」
     心配げに見つめてくれる視線は気付くけれど、会話が出来る程エーリカは日本語を解していない。困ったように眉根を寄せるエーリカに、マルクトはそっと彼女の言葉を――イタリア語で流麗に通訳してみせた。
    『こんにちは。この子達、あなたが眠そうにしていると心配していますわ』
     指摘された事に、エーリカは合点がいったように再び三人を見つめ返した。

     一方の仲間達はせわしなく空港内を探していた。
     目的は、人の少ない休憩室。
     華澄・千冬(夢の浮き橋・d03440)が一部屋覗けば、そこは結構な人が居た。
     九人も眠るとなると貸し切りが望ましい。
     この休憩所は使えそうに無いと首を振って顔を上げれば、ぱたぱたと森田・供助(月桂杖・d03292)が走ってくる。
    「供助先輩、こっちはいっぱいだよ。そっちはどうだった?」
    「あったあった! とりあえず諫早と烏丸に陣取っててもらって……後は、蒼月だな」
    「杏先輩は?」
    「もう行ってる」
     そうもゆっくりしていられない中、灼滅者達は連携する。
     蒼月・杏(蒼い月の下、気高き獣は跳躍す・d00820)は供助からの連絡を受け、既に係員と話し込んでいた。関係者と思わせる口調で、一部屋の貸し切りを申し出る。
    「それから、出来れば毛布も無いだろうか」
     それがあれば身体も痛くならないだろうという、杏の配慮。大丈夫、備え付けてありますよという言葉に礼を述べて、杏はすぐさま踵を返していった。

    ●雪の舞う――
    「年頃の女の子がこんな所で寝ちゃだめーってお母さんも言ってたよ!」
    「……それも、そうね」
     マルクトに通訳されながらも、ジェスチャーいっぱいに話しかけるまりもにエーリカはくすくすと笑っていた。
     笑いながら崩れかけるその身体を、明が支える。
    「搭乗時間には起こして差し上げますわ」
    「有難う……」
     まだ何か言いたげなエーリカだが、睡魔にそれが続かない。
     合流に来た千冬に誘導されて向かった先で、諫早・伊織(糸遊纏う孤影・d13509)と烏丸・鈴音(カゼノネ・d14635)が扉の前で軽く手を振って見せた。
     部屋には、貸し切り・立入禁止のプラカード。これで、誰にも邪魔はされない。
     鈴音が動く度に奏でる風鈴の音が、エーリカにも心地良い。
     さわさわと室内に揺れる風は、森林の中に居るよう。
     明が眠りへの風を吹かせて、エーリカを深い眠りへと誘っていく。
    「日本の最後の思い出に、もう少しあなた達と話していたいんだけど、眠くて……。ごめんなさい、少し……眠るわ」
    「だいじょーぶだよっ」
     にっこりと話し続けるまりもにエーリカはゆっくりと頷いて、――どうかお休み。良い夢を、と。聞こえた杏の言葉にエーリカはすうと眠りについた。
     その眠りは深く、伊織は確認してさらりと撫でるように触れる。
     さあ次は夢の中へ。
    「ほな皆さん、行きましょか」
     その言葉に灼滅者達は頷き合う。
     これからが、自分達の仕事の始まり――。

    「――わぁ」
     次に目を開けたその風景は、広がり続ける地平と、降り積もり雪景色。
     それから、さくり、さくりと雪を踏む馬の足音と、そりに乗り合う人の影。
     シュリテッダ――エーリカが見ている夢の風景。
     千冬は思わず息を零す。
     思い描くその風景も、誰かがいる事もとっても素敵な事だから、しあわせな夢は幸せのままにとそっと願う。
     鈴音も同じ。
     初めての海外の風景は夢の中――というのもきっと、灼滅者の特権。
     日本に無い色合いの男女が深々と雪を歩くその景色に小さく笑う。伊織もつられてくすりと笑った。
    「人の恋路を邪魔するものはって言いますけど、ジャマしとるんはあちらさんや。早々にご退場してもらいましょ――ほら、おいでなすった」
     しゃん、しゃん、しゃん。どすん。
     最後尾に続く重々しい音は、祭りを無視した不届き者。
     夢の中は厳かに続いていくのに、黒い馬だけが灼滅者達へと苛立ちを見せていた。
     嗚呼邪魔者だと告げるように鼻を鳴らす。
    「エーリカの姉さんは……」
     伊織は振り返る。
     列は黒馬に気付かないように続いていく。
     ただ見続ける、幸せの風景。その中で遂に、黒馬が前足を高々と振り上げた。
    「動きましたね――逃げてください」
     雪の音に重なる、風鈴の音。
     鈴音が声を張り上げれば、夢の中の人影が驚いたように振り向いた。
    「暴れ馬の暴走や、危ないからさがっとき」
    「俺達に任せて、気にせずに行って欲しい」
     せっかくの祭り、馬に蹴られるのはごめんやろ、と、おどけたように告げる伊織の言葉に、夢の前に聞こえた気がする優しい声――杏の言葉に、夢の中の女性は頷いた。
     任せると告げるように、そりをひく馬もが大きく嘶いた。

    ●荒らす黒馬
     黒馬が前足を振り下ろす前に、杏は護りの盾を初手に広げた。
     その立ち位置は黒馬から列を護るように立ちはだかる。
    「――わっ!」
     しかし黒馬が放った黒い弾丸はそのまま杏を抜け、列には向かわず灼滅者へ――伊織へと被弾した。
    「大丈夫ですか?」
    「ええ。引きつけんでも狙うてくれはるんは、僥倖やわ」
     回復手を担う鈴音が光を掌に溜めながら問えば、毒にじわりと犯されながらも伊織は笑って見せた。
     どすん、と前足を雪に降ろした黒馬に続けて飛びかかったのは供助とまりも。
    「祭りを騒がしてんじゃねーぞ、じゃじゃ馬ちゃんよ!」
    「人の恋路を邪魔する子はお馬さんに蹴られて飛んでっちゃえ! ……でもこれ馬じゃ無いね?」
    「細けー事は良いんだよ!」
     供助の豪腕とまりもの腕の刃が交差するように黒馬――シャドウに叩き込まれる。
     ど、どすとたたらを踏むシャドウはしかしそれ以上下がらない。黒く、嘶くように暴れる身体に続けて叩き付けられたのは伊織の盾。
     狙いを付けるようなその一撃に、シャドウは怒るように首を振る。
     千冬は列を振り仰ぐ。
     列は暴れ馬を灼滅者に任せて進んでいった。
     それでも、護るような立ち位置を千冬はどかない。
     この夢を護りたいのも、仲間達の傷を癒し、サポートしたいのも、同じくらいの気持ちだから。
     それでも――ガツッ、と、千冬の腕は異形となり黒馬を殴りつけた。
    「準備は整ったわ。後は補助に回るから……誰も大きな怪我、しないでね」
     その手に宿したのは、攻撃手に回っても良いように、仲間をフォローする為の準備の一手。
    「もちろんなのじゃ。初の依頼でそんなヘマはしないのじゃっ!」
    「バウッ!」
     飛び出したのは霊犬の夢々と一緒に。
     夢々が踏み出す一歩に続く明は、夢々に導かれるようにシャドウに影を絡みつかせる。
     ギリ、と締め付けられて黒馬が揺れるその姿は少し心が痛むもの――しかし、痛むとすればそれが本物の馬であったならの事。
    「大きな漆黒のお馬さんの姿とは動物好きのわしとして少し気が引けるのじゃが、素敵な夢の時間を邪魔するのは許せないのじゃ!」
     凜と明は宣言する。
     ブルルっと黒馬のシャドウは影を引き千切る。
     影を千切れば光が飛ぶ。下駄が雪を踏みしめて、初めて見る異国の風景をそれ以上汚さぬようにと鈴音の光が裁きを下す。
     シャドウは一体。
     灼滅者は八人。
    「懺悔の用意はできておりますの?」
     さくり、と。
     大鎌を携えるマルクトは死刑執行人のように、淡々と機械的に響き渡った。
     直後放たれたオーラは雪を踏みしめる馬を、遂に下がらせる。
    「さ、距離はだいぶ開きましたわ。これで戦いやすくなりました――夢を汚す悪い馬にはお仕置きが必要ですね」
    『ブルルルッ――――!』
     シャドウは低く高く嘶いた。
     邪魔された怒りを露わにしたように見えるが、駆けるように距離を置こうとし積極的な攻勢は見られない。圧倒的な威圧感も、このシャドウには見られない。
     まるで試すような動きを見せるシャドウはその胸元にハートのマークを浮かび上がらせた。
     今までの傷を癒し、破壊する力を増す。
    「チッ」
    「――オレが、やりますえ」
     小さく舌打ちした供助の間を縫って、伊織が日本刀を翻しその力を持続させない。
     ダメ押しとばかりに供助も煌めく光線でシャドウを撃つがそのダメージは振り出しに戻ったように二撃目という手応えが薄い。
     半分英国育ちの供助には、海外に出ようとするこの動きが不審でならない。だから、
    「潜んで外に行かなきゃならねぇ用事でもあんのかよ。泳がせて、お前ら追いかけ、行き先探ったらわかるかね?」
    『……』
     かま掛けを。
     反応を見る為にと口を突いたその言葉に、シャドウは言葉を返さなかった。
     ふいと視線を逸らすその行動に焦りも無く、理解していないのでも無く、ただ、――会話の意思も意味も無いと感じているように供助は思えた。
    「なら……さっさと出てけよ!」
     供助の言葉に重なるように、再び影がシャドウを襲う。放ったのは、杏。
    「貴様の毒にも悪夢にもそう簡単にやらせはしないさ。――貴様自身の悪夢にでも襲われろ」
     シャドウが見るトラウマが何かはわからないが、影に喰らわれたシャドウはびりびりと足を踏みしめる。
    「むー……初めて見たけど、硬いのう!」
     ダークネスという一個体。
     それ程強敵ではないと言われていたものの、八人を相手に値踏みをしているのはまるでシャドウ側のその余裕ある態度に明は小さく眉根を寄せる。
     足手纏いにはならない――と、ぎゅっと手を握るその前で、小さなまりもが恐れも躊躇いも無く手作りぽっけの杖で強かに馬の首を撃ち据えるのが見えた。
    「負けないよ。折角楽しいお祭りを楽しんで行ってくれたんだから、変なの連れて帰らせないで欲しいもん! ……でしょっ?」
    「――うんなのじゃ!」
     真っ直ぐに見つめるまりもの瞳に、明は強く勇気付けられる。
    「そうよ、追い出せば良いのだから。幸い今、シャドウは守りに回っているわ」
     回復手は今は大丈夫と判断した千冬のナイフが杏の、明の生み出したトラウマを、伊織の植え付けた怒りを広げていく。
     回復はしても前へ前へと進むべく。
    「とどめの準備も出来ておりますわ。――っ!」
    「マルクト!」
     シャドウが怒り任せに暴れ出す。味方の盾となるべき身をすり抜けて、殴りつけるように馬体で体当たりをされたマルクトが小さく息を詰まらせる。
     けれど、それだけ。
     すぐさま放たれた鈴音の矢に癒されながら、マルクトは大丈夫ですわと言ってのけた。
     けれど傷は浅くない。
    「……やはりシャドウか。エーリカが狙われる心配は無さそうだが、もう一度貴様のトラウマに飲まれろ」
     杏が小さく舌打ちをする。
     悪夢自身が悪夢に追い出されてしまえと言う皮肉に影が更に牙を剥く。
    『ブルッ、ブルルッ……!』
     振り払うような動きに捕らわれた一瞬を、まりもはやはり見逃さない。
     続けて夢々が飛びかかれば明も続く。
     浄い風は鈴音のもの。
    「流れは、俺達にあります。押しましょう」
    「言われなくてもな!」
     反撃してきたシャドウが放つ傷や苛む害悪を鈴音が払えば、攻撃一辺倒の供助が再びその腕を異形と貸した。
     速やかに出て行けば、出てさえ行けばと畳み掛けたその腕に、シャドウが暴れるように大きく首を振り、供助は吹き飛ばされる。
     ぐ、と小さく呻きを零した供助を杏が受け止めればシャドウが走り出したのが見えた。
    「あっ――!」
     思わずエーリカを心配した千冬が追いかけようとしたその腕を、マルクトが止める。
     使い損ねた大鎌を手に持ったまま、視線の先に見えたのは霞のように消えていくシャドウの姿。
     シャドウは戦う理由を無くした。
     シャドウはこの夢に固執していなかった。
     怒りのままに戦う事も、命を賭けてまで留まる理由も無かったらしい。
     だから執拗に追い出そうとする灼滅者達を前にシャドウは――逃げた。
    「出て行けばいーの。もう戻って来ないでよっ!」
     手作りぽっけの杖を手に、まりもは最後まで矛先を向けたままだった。

    ●いつかのSchlittedaへ
     歩き続ける馬のそりはゆっくりと。
     観光客に交じって灼滅者達も追い付いた。
    「にゃあ」
     そしてぴょんと跳ねた白猫が、そりの女性にじゃれついていく。
     暴れ馬の忘れて綻ぶ男女は微笑ましい。
     実家の北海道を思い出し、しんみりしかけていたまりもがぱちくりとして。
    「わ、猫……あれ? 伊織おにーちゃん?」
    「にゃっ」
     白猫・伊織はまりもに向けて尻尾を揺らした。
     この夢がいいものでありますようと尻尾が語る。
     思わずそりを止めたその馬を、供助もその首撫でてやる。鼻を鳴らす馬に、供助は労いかける。
    「おねーちゃんもう安心して大丈夫なのじゃよ♪」
    「あんたも、ここに乗れるといいな。想う奴と。……それじゃあな」
     かけられた明の声にも手を振って、供助の言葉に夢の中のエーリカは小さく照れたようだった。
     しゃんしゃん続く雪の列が、再び村へと歩き出す。
    「だれかとそりに乗ってみたいのじゃ……」
    「しかし男女ペアじゃなきゃ駄目なんだろう。なかなかに過酷な祭りだな」
     ぽつんと呟いた明に、杏が難しげに返す。その後ろから、すっと人差し指が伸びてきた。
    「そうでもないみたいですわ」
     それは一人雪を眺めていたマルクト。
     指差す先は、仲の良さそうな女性同士。最近は同性でも、友達同士でも乗れる気軽なものになりつつあるその祭り。
     けれど、エーリカが願ったのは誰かとの幸せ。
     次第に後ろ姿になっていく二人の姿に、千冬は願う。
     やがて過ぎ行く冬のその先も、彼女にとって暖かなものであるように。
     雪の風に風鈴が歌う。千冬が見上げると、エーリカを鈴音もまた見送っていた。
     夢の中でも、そして現実でもエーリカの恋の路が和やかで幸せに溢れているものだと良いと。
     夢の中に想いが舞う――。

    作者:斗間十々 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 1
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