イフリート源泉防衛戦~つまらぬ獣のエトセトラ

    作者:日暮ひかり

    ●???――クロキバの曰く
     その日、武蔵坂学園に一人の男が現れた。
    「先日、ノーライフキングノ邪悪ナ儀式ヲ一ツ潰シタノダガ、ソノ儀式ノ目的ハ、我ラノ同胞ガ守ル源泉ヲ襲撃スル為ノモノデアッタ」
     筋骨隆々とした身体に、端正な容貌の男だ。彼が口を開くまでに、その正体を察した者はあまり存在しなかったろう。男の口から出た言葉はどこかたどたどしかった。
    「敵ノ数ハ多ク、我ラダケデハ撃退ハ難シイダロウ」
     イフリート――クロキバ。男は、その人間形態だ。
    「モシ、武蔵坂ノ灼滅者ガ撃退シテクレルナラバ、我ライフリートハ、ソノ指示ニ従ッテ戦ウダロウ」
     
     ――――ヨロシク頼ム。
     
    ●warning!!!
     イフリートのいる源泉を、ノーライフキングの眷属が襲撃する。
     この一件は、サイキックアブソーバーにも予測された。
     事件が起こるのは確定的で、クロキバの言葉に嘘はない。
     
    「……よろしく頼む、だってよ」
     余程緊急事態であるらしい。クロキバ直々の共闘要請を今一度暗唱し、まあそう悪い話ではないと鷹神・豊(高校生エクスブレイン・dn0052)は感想を述べた。
    「少し前に、伊豆熱川のイフリートから依頼を請けた事がある。今回の襲撃箇所に、伊豆熱川も含まれていたのでまた俺が担当する事になった」
     クロキバからは、極力源泉に近付けずに敵を撃退したいとの要望を受けている。
     対してノーライフキングの眷属らは2手に分かれて現れ、源泉を挟み撃ちするように山中を進軍してくるという。
     源泉で合流する前に各個撃破出来ればいいのだろうが、そのためにはこちらも部隊を分けねばならない。
     敵軍の出発地点は反対方面で、距離がある。襲われる源泉は山の中腹にあり、山を登ってくる軍と、逆に山頂方面から下りてくる軍がいる。どちらも7体程度の屍で構成されている。
     山はなかなかの急勾配だ。進軍速度にも影響を及ぼし、源泉到達には時間差が出るだろう。
     幸い、敵の知能や知覚は鈍い。
     偵察を出し、敵の動きを確認しつつ行動する、といった事も可能だろう。
     味方の被害を抑えつつ要望も守れる上手い策が、なにかあるかもしれない。
    「そこで鍵になるのが、共闘するイフリートの存在だ。以前なんともいえん手紙をよこしてきた、お米が好物で冷たい水が苦手なあいつだな……。ってかまだ熱川にいたのか」
     早く海沿いから離れた方が良いと思われるが、源泉を守る立場上そうもいかないらしい。
     
     イフリート全般に言えることだが、彼は、かなり低い日本語力と知能の持ち主である。
     がんばるけど、むずかしいお願いは、ぜんぜん、わからない。
     どうやら『待て』系の命令もやや苦手なようだ。
    「以前の手紙から読み取れる特徴だが、妙に腰が低い所を見るに、比較的素直で扱いやすい奴とは思われる。だが、臆病そうなところが目立つな……飴と鞭をうまく使い分けて、指示を出してやるといい」
     いまいち頼りないが、他の個体に能力が劣るということはない。
     ちなみに見た目はと、鷹神は黒板にチョークで絵を描きだした。
     獅子がベースのようだが手足はやや短く、顔もワニのように顎が突き出ている。
     ユーモラスというか、よく見れば愛嬌があるというか……まあぶちゃいくだ。
    「……画伯か?」
    「し、失礼な。こう見えても美術の成績は悪くない。現物に忠実だ」
     エクスブレインが絵を消すのを、灼滅者たちは何となしに見ていた。
    「『なぜ、ダークネスなどと交流せねばいけない?』と不満に思うのは、全く後ろめたい事ではないぞ」
     彼があまりにさらりと、突然それを言ったので、一同は驚いた。
    「打算で従う。或いは、思い切って倒す。灼滅者として立派で、あるべき当然の姿勢だし俺は支持する。その一方で、情や罪悪感から躊躇ってしまうのもきっと当たり前で、大切なことなんだろうな」

     俺はたぶん、どちらも正しいと思う、と言ってエクスブレインは笑った。
    「……色々考えることの多い仕事だが、とりあえずは獣君のお守りの仕方と、源泉防衛を主軸に詰めていこうな。朗報を期待している」


    参加者
    雨咲・ひより(フラワーガール・d00252)
    花月・鏡(蒼黒の猟犬・d00323)
    有栖川・へる(歪みの国のアリス・d02923)
    狗神・伏姫(GAU-8【アヴェンジャー】・d03782)
    逢瀬・奏夢(番狗の檻・d05485)
    高倉・光(人の身体に羅刹の心・d11205)
    樫尾・織子(回る道化師・d13226)
    桐ヶ谷・十重(赤い本・d13274)

    ■リプレイ

    ●1
     上空から見る伊豆熱川の地には、まだ夏の色を残す深緑の絨毯が広がる。
     魔法使いの箒に跨った桐ヶ谷・十重(赤い本・d13274)のケープが、風に煽られふわりと広がる。木々の合間に屍の姿を再度確認すると、地図を開き、傾斜が緩やかな地点に印を打った。
     ――奇しくもこの辺りの山は箒木山、と名付けられているらしい。その由縁に思いを巡らせつつ、十重は携帯を取り出す。

    「偵察は順調です! 其方の調子は……はわっ」
     電話口から聞こえたどぉん、めきめきという破壊音に、十重は電話を落としかけた。相手の狗神・伏姫(GAU-8【アヴェンジャー】・d03782)は仲間達と源泉へイフリートを迎えに行った筈だが、まさか戦闘になっているのだろうか。
    「驚かせてすまんの。今のはイフリートが木を伐採した音だ、安心せい」
     源泉で待つ仲間は、倒木や石を利用し上り方面にバリケードを築いていた。イフリートが朽木を倒し、灼滅者が壁を組む流れ作業で概ねスムーズに進んでいる。
    「いえ、そちらではなくこちらを……ああ……」
     出来る限り優しくしているのだが、獣はやたらめったら木を倒す。高倉・光(人の身体に羅刹の心・d11205)も制御しかねて手を焼いているらしく、思わず呆れ顔だ。これもまた愛嬌なのかもしれないが。
     彼らの様子を見つつ、伏姫は声を潜めて言う。
    「イフリートもかなり必死な様だの……もっとも、何が起こっているか把握が出来ていない分、こちらも一緒だが」
    「気になる所ですね。でも、袖振り合うも多生の縁と言います」
     十重から敵と迎撃地点の大まかな位置情報を受け、電話を切る。こんこんと湧き出る温泉の傍では、伏姫と逢瀬・奏夢(番狗の檻・d05485)の霊犬、八房とキノが身体を温めていた。成程不思議な縁があるもので、やたら犬々しい面子だ。
     あの源泉に何があるというのか。伏姫は屍王の思惑に考えを巡らせる。僅かでも手がかりが掴めればいいのだが――。
    「お疲れさま。休憩、しよう」
     作業が一段落した所で、花月・鏡(蒼黒の猟犬・d00323)が荷物からお弁当を取り出した。匂いをかぎつけた獣がのそのそとやってくる。
    「オコメ?」
    「うん、おこめ」
     以前の手紙でお米が大好き、と言っていた彼の為に作った自作のおにぎりが蓋の中から現れた。
    「塩、おかか、鳥からマヨ。好きなの、どうぞ」
     一働き終え、お腹のすき具合も丁度良い。雨咲・ひより(フラワーガール・d00252)、有栖川・へる(歪みの国のアリス・d02923)、樫尾・織子(回る道化師・d13226)らもやってきて、皆で美味しそうにおにぎりを頬張る。イフリート専用の鞠のように大きなおにぎりを鏡が口に入れてやると、彼も大喜びで食べた。
    「オコメ、オイシ」
     織子は、米を貪る巨体を苦笑いで見つめる。犬以下の利口さも他人事ならば可愛いものだが、宿敵たるこの獣の血が己の中にも流れているかと思うとおいそれとは笑えない。

     彼もかつて人だった。いつか、私もこうなるのだろうか。
     衝動だけでヒトを殺す日が来てしまうのだろうか。
     そんな私を――両親はどう思うのだろうか。

     自問は戯曲の台詞のようにするすると逃げていく。まだその重みを実感できぬ織子の胸には、大切な両親を悲しませたくない一心が残った。
    「……イフリートさん、名前、教えてくれないか、な」
     おれはキョウ、と鏡が名乗るのを聞いて、獣も意味を察したようだった。
    「オレ、ヒナシ」
    「ヒナシかあ、いい名前だね。ボクはアリスだよ。親しみを込めてそう呼んで欲しいな♪」
    「我はフセヒメという」
    「俺は……カナム」
    「私はオルコだっ!」
    「ミツルと申します」
    「ヒヨリだよ。宜しくね!」
     名乗ってもヒナシには覚えられないだろうが、言う事が大事に思えた。その時、上空から声が降ってきた。
    「トエです! トエです……! お待たせいたしました」
     山頂方面へ偵察に出ていた十重が戻ってきた。彼女は箒から地上へ降りると、迎撃地点へ×印をつけた地図を伏姫に渡す。忙しなく下り方面の偵察へ旅立った十重を見送ると、鏡は今一度、金に輝く獣の眼を見つめ、緩く笑んだ。
    「これでおれたちは、友達で、仲間」
     トモダチ? と、獣は片言でその言葉を繰り返す。上りの敵の迎撃にあたる班はそろそろ出発だ。
    「……頑張ろうね、ヒナシくん」
     ひよりは恐る恐る声をかける。ふと、獣も震えているのに気が付いた。鏡の呼び声に応じ、のそのそと足を踏み出す。お米が効いたのか、随分従順だ。先を行く伏姫と八房を追って、二人と一匹は山を登り始めた。

    ●2
     伏姫が歩けば周囲の草木はしな垂れ、隠された小路を導き出す。叢に身を伏せながら迎撃地点まで辿りつくと、ひよりと鏡の怪力無双で時間の許す限り足止めの壁を築いた。ヒナシにも作業を手伝わせたお陰で『待たせる』必要はなかった。
     彼方で鳥の群れが飛び立った。周囲を警戒していた伏姫は、森の奥に人影を見る。敵だ、と仲間へサインを送った時、ヒナシはもう動いていた。
    「あ……」
    「戦闘に入るまで大人しくしておれ……というのは、やはり無理だったか」
     伏姫達はカードの封印を解き、彼を追う。声をかければ少しは持ったかもしれないが、試みた所で大局に影響はなかったろう。予想の範囲内だ。
    「イタイ。オレ、カエルデス……」
     案の定反撃をくらい、集中攻撃を受け早くも弱気である。本能のままUターンしてきた獣の耳に、ひよりの歌声が届いた。
     ――大丈夫、わたし達が一緒に戦うから怖くない――。
     励ます言葉を天使の旋律に乗せ、歌で語りかけながら傷を癒していく。
     ダークネスは倒す。
     わたしは灼滅者で、ダークネスは敵だから。
     この世界では当たり前の常識を、ひよりは疑う事なくこれまで戦ってきた。だが、いま翡翠の眸に映るのは、とても害ある存在には見えない臆病そうな獣だ。
     本音は、まだ戸惑っている。何が本当で、何が正しいのか。イフリートはひより達エクソシストの宿敵ではない。だから見逃せるだけかもしれない。もしも共闘する相手が屍王だったなら、わたしは――。
     鏡の影が猟犬の群れと化し、後衛の屍に喰らいつく。敵を見据える彼の眼光は、先程までとは違いひどく冷ややかだった。敵を『モノ』としか見ていない殺人鬼の眼だ。
    「ヒナシ、焼き尽して」
     獣に向けられる声は柔らかい。鏡がヒナシを共に戦う仲間だと、心より考えるからこそ出る声音だ。伏姫とてそれは同様のようだ。防御壁を広げながら、鋭く霊犬に指示を出す。
    「ゆけ、八房、ヒナシ。敵メディックを狙うのだ!」
     ひよりも迷いを捨てる。今は皆、共に戦う仲間だ。
    「ヒナシくん、同じ敵を狙って!」
     八房が斬魔刀を咥えて駆ける。皆の指示に従い、ヒナシが後を追う。前衛の屍は二匹を止めようと動いたが、八房は間をすり抜け、ヒナシの追突で吹き飛ばされる。
    「死人に口なし。大人しく土に還れ」
     身の凍る殺人鬼の声が響く。斬撃と炎の突進を見舞われ、屍は即座に灰と化した。
    「ヒナシくん、すごいよ。かっこいい!」
    「オレ、オヤクダチ?」
    「お役立ち、お役立ち!」
     ひよりは目いっぱいの笑顔でうんうん頷き、拍手をする。
     命令だけでは、誰が誰に何と言っているのか伝わり難い。名前を聞き、呼びながら指示を出す鏡の作戦が功を奏し、ヒナシもある程度思い通りに動いている。一体で灼滅者八人分に匹敵する力は絶大だ。
     屍の武器より放たれた弾丸から、鏡は身を挺してヒナシを守った。
    「ここは通さない。おれたちは、どんな敵にも一緒に立ち向かう仲間だ」
     三人は前を見据える。敵はあと6体。仲間が来るまで、この身を壁とし耐えてみせる。

     一方、十重から下り方面の迎撃地点を電話で伝えられた残りの四人と一匹も、急ぎ山を下っていた。先頭を行く光が駆けた跡に獣道のような道が広がる。道中で十重と合流し、そのまま一気に坂を駆け下りる。
     下りの敵は攻撃偏重なぶん打たれ弱い。人数を多く配し、早々にかたをつけて上り班と合流する算段だ。
    (「……死人の群が相手なのは、正直不愉快だが」)
     坂の下に敵影が見えた。光はへるに視線を送り、タイミングを合わせて木陰から飛び出す。最前を歩いていた3体の屍の1体目がけ、地面を踏みきった二人が跳びかかった。漸く襲撃者に気づき、屍は斜面の上を見あげる。
    「うぐ……うご!?」
    「ここから先は可愛いモノ以外は通行禁止だよ。キミ達ゾンビには可愛らしさが足りないね」
     その顔を踏みつけて敵の背後へ着地したへるは、オーラを纏わせたトランプカードをナイフ代わりに使い、敵の肉と防具を死角から斬り裂いた。屍は鋸状の剣を振り回して反撃を試みるも、へるの身体が突然マントで覆い隠された。
    「アリスは消えたよ」
    「そう、白兎を追って行ったのさ!」
     マントがばっと払われ、光の障壁が広がる。変わり身で現れたのは織子だ。へるはいつの間にか違う場所へ逃れている。トリックスターと道化師が織りなすイリュージョンを前に、敵の刃も空を切る。
    「さあさ、醜いゾンビには舞台からご退場願うよ!」
     守りの薄まった敵の身体を、光の全体重を乗せた鬼の腕の一撃が襲う。屍はぐしゃぐしゃに叩き潰された。
     ――ダークネスとの共闘なんざ滅多な機会じゃない。
     少しだけ過去に思いを馳せるように、光は指先で黒曜石の首飾りに触れる。
     ――自我なき腐肉が相手といえど、かなりの数なのも確かだしな。これはこれで良い経験となるだろう。
     楽しませてもらおうか。腕についた腐肉を振り払い、光は娘のような貌に薄く笑みを浮かべた。柔かな物腰の奥に沈めた鬼の魂が、闘いと血に沸いている。
     反撃に備えて身構える光達へ、嵐のような銃撃が降りそそいだ。奏夢は手の甲に貼りついた小さな歯車を掲げ、仲間達の前へ出る。
     恥も外聞も捨て、敵である自分達に助けを乞うたクロキバの気持ちはどのようなものだろう。己を信じず、無力を許す事が出来ず、未だ檻に閉じこもる自分にそこまでして何かを守れるだろうか。
     冷たい身体を銃弾が貫き、生暖かい血が流れ出す。その紅を眼に映すたび、思い出す。
     右手で家族の体温を奪われる、恐ろしい感覚を。
     痺れだした右手を庇い、左手に携えた盾で屍を殴りつけた。今はいい。ヴァンパイアに助けを請われた時、自分は――ふと耳に届いたのは、犬の鳴き声だった。キノは当然のように奏夢の足元に寄り添い、彼をじっと見つめて傷を癒す。自分がずっと一緒にいる、というように。
    「キノ……。よし、早く終わらせよう」
     十重の投げた符が敵前衛を凍りつかせる。ある者は悩み、ある者は真っ直ぐに、様々な思惑を持ち戦場に立つ。不思議な巡り合わせに導かれ、目指す先は唯一つ。灼滅者達の優位が揺るぐ事は無かった。
     符に綴られた魔法の言葉は、『合縁奇縁』。
    「勝たせて頂きます。今日のご縁が、明日に繋がりますように!」
     
    ●3
     ひよりは息を吸う。辺りを漂う毒の瘴気が息を詰まらせるようだ。
     近辺のバリケードに右往左往する屍達を、何度も押し返した前衛の疲労は浅くない。だが、火力は低いと見て耐えに集中したのは間違っていなかった。
     不安はない。ひよりは仲間の勝利を信じ、凱歌を歌い上げる。優しくも強い唄を狗耳デバイスから流し込み、伏姫は身体中に呪詛を祓う氣を巡らせた。意思を持たぬ屍の攻撃は、灼滅者と炎獣の連合に致命傷を与えるには及ばない。
     森を覆う毒の瘴気が薄まっていく。箒の二人乗りを用い、地図とスーパーGPSを頼りに全速力で飛んできた十重とへるは、木々の合間に明々と燃ゆる炎を見る。
     翼だ。
     鏡と伏姫の背に耀く、美しい炎と光。
     伏姫の光壁と、獣の炎がもたらした不死鳥の翼が、ひよりの聖なる歌と共に澄んだ山の空気を蘇らせている。
     炎が屍を炙り、敵が獣にたかり始める。十重はへるに一声かけ、その渦中に向かって急降下した。
    「やっと捕まえたよ。キミはうさぎじゃないけどね!」
     へるは箒から飛び降り、ヒナシの上へもふんと乗っかった。鏡達が、即座にヒナシを取り囲む敵へ対峙する。
     トモダチだから。そう言い傷も顧みず己を護る鏡を、獣は些か不思議そうに見つめる。
    「オレ……コワイ、ナイ?」
     俺が怖くないのか。俺はもう怖くない。どちらだろう。
     獣にどれ程人の感情があるかは、判らない。だが彼の呟きを聞き、十重は大きな瞳を細めて笑った。
    「ひとには『縁』というものがありまして。あなたと出会ったのもなにかのご縁」
    「仲良くできる相手とは仲良くしたいな。ボクの心は海のように広いのさ、瀬戸内海ぐらいにはね!」
     それに、こんなぶさ可愛い子とじゃれる機会を逃すわけないじゃないか。首周りの毛を思わずもふもふした後、へるも飛び降り敵の迎撃に入る。伏姫は俄然強気な笑みを浮かべた。
    「我の心も横浜港並には広いと評判だ。然らば今一度死ねッ、ベイサイド馬車道キィックっ!」
     既に敵後衛の姿はない。へるの影と八房の刀が前衛の屍を喰らい、上空に跳んだ伏姫が車輪の如き回転を加えたかかと落としで盾の一体を滅ぼす。
     言葉で通じる事は限られていても、全員の信じる心で通じた。無下にはしません。まもりましょう――十重はヒナシに癒しの符を投げる。刻まれた呪文は、おこめおいし。
     何分かのち、地道に山を登ってきた光、織子、奏夢とキノも漸く戦場へ辿りつく。炎と光に照らされた光景に、三人は息を呑んだ。奏夢がぽつりと呟く。
    「……こんな日もあるんだな」
     吸血鬼の残した傷に囚われ続ける奏夢。
     羅刹に育てられ、その魂を受け継ぐ光。
     まだ闇の炎の恐ろしさを知らぬ織子。
     灼滅者とダークネスが一時であれ『仲間』として戦う光景は、三人それぞれの心に何をもたらしただろう。
    「獣に期待するだけ荷が重い、と思っていましたが」
     光はふっと微笑み、己の影を鬼の腕の形へ練り上げる。伏目がちに俯き、盾を構える奏夢の足元にはやはりキノが居る。織子は笑いながら、好奇心の導くまま山を駆け上がる。眩い光の中、ひよりの奏でる凱歌が段々と高まっていく。
    「待たせたなっ! カシオルビーム!」
     光線と鬼の影が、白と黒の軌跡を描きながら屍へと飛んだ。

     奏夢のカードに血色の氣が吸い込まれていく。彼は深く息を吐き、心配そうに見つめるキノを撫でた。お前が居て良かった、有難う、と言いながら。
     一人も大怪我を出さず、源泉にも被害なく奇妙な共闘は終わった。皆それぞれが、その理由を胸に噛みしめる。バリケードは崩し、片付けていこうという話が出たのは自然だった。又とないかもしれない時間はもう少し続く。
    「……そうだ。海、楽しかったよ」
     鏡になにを言われたのか、ヒナシは今一つ分かっていないようだ。相変わらずとぼけたその頭に、ひよりは手を触れてみる。震えは伝わってこなかった。
     ありがとう。言葉と、気持ちを籠めたひよりの手の優しさに、獣はただ目を瞬かせた。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 1
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