その男は突然に武蔵坂学園を訪れた。
「先日、ノーライフキングノ邪悪ナ儀式ヲ一ツ潰シタノダガ、ソノ儀式ノ目的ハ、我ラノ同胞ガ守ル源泉ヲ襲撃スル為ノモノデアッタ」
とつとつと語られる言葉は、報告と。
「敵ノ数ハ多ク、我ラダケデハ撃退ハ難シイダロウ」
灼滅者への、依頼。
「モシ、武蔵坂ノ灼滅者ガ撃退シテクレルナラバ、我ライフリートハ、ソノ指示ニ従ッテ戦ウダロウ」
そして、協力の申し出。
「ヨロシク頼ム」
淡々と言葉を紡いだその男は、名をクロキバ、と言った。
「……温泉、に、ゾンビ。いっぱいくる、よ」
温泉饅頭の箱を抱えて、1つを口に運びながら、八鳩・秋羽(小学生エクスブレイン・dn0089)は呟くように話し出す。
「クロキバ、からの、連絡……本当だった、から……」
ゾンビの襲撃先は、イフリートが守る源泉の1つ、石和温泉。
4体ずつの群れに分かれて、山中を3つのルートで襲ってくるようだ、と秋羽は地図を示した。
地図の上を滑る指が、1本、2本、そして大分離れた場所で3本目のルートを描く。
1つの群れは、他と離れたルートで向かってくるようだ。
それに、示した場所は目印もない山の中。
秋羽の指の動きでは大体の方向程度しか分からない。
おおまかに予測できてはいるが、実際に戦うにはゾンビ達の動向を灼滅者達自身の目で確認した方が確実だろう。
事前に偵察を出して、タイミングを計るのもいいかもしれない。
「クロキバ……できれば、源泉にゾンビ、近づけないで欲しい、って……」
何故そう要求するのか理由は分からないけれど、と秋羽は付け加えた。
だが、それを叶えようとすると、ゾンビが3つの群れに分かれているところを、こちらも分散してそれぞれが山中にて迎撃する作戦になる。
なぜなら、ゾンビの群れが合流する場所は、襲撃目標である源泉だからだ。
山中でゾンビを発見次第迎え撃っても、バベルの鎖による影響はないが、3つの群れを1つずつ順に相手取るには、うち1つの群れが離れすぎていて時間的に不可能。
つまり、全員で固まって動いてゾンビと相対しようとすると、必ず源泉での戦いが発生してしまう。
「……でも……どう、するかは、皆、次第……」
クロキバの要望を伝えつつも、あくまで依頼はゾンビ12体の撃退のみだ、と秋羽は続けた。
山中で分散して戦うも、源泉でまとめて戦うも、灼滅者達のやりやすいように作戦を立ててくれればいい。
「皆、ちゃんと帰ってくる、方が大事……」
秋羽は次の温泉饅頭をもぐもぐしながら、小さく呟いた。
と、思い出したように顔を上げて。
「あと、源泉にいる、イフリート……手伝って、くれる」
源泉に近づくと1頭のイフリートが現れ、クロキバの言葉通り、灼滅者の指示に従ってくれるようだ。
とはいえ、イフリートは炎の『獣』。あまり難しい指示は理解できないし、我慢を強いるような指示には従いきれないこともある。
灼滅者より格段に強い力だからこそ、扱いを間違えるととんでもないことになるだろう。
それらを考慮して、一緒に戦うもよし、あえて戦いから遠ざけるもよし。
「……これも、皆、次第……」
最後にそう呟いて、秋羽は残りの温泉饅頭をもくもくと食べ続けた。
参加者 | |
---|---|
小坂・翠里(いつかの私にサヨナラを・d00229) |
リヒト・シュテルンヒンメル(星空のミンストレル・d07590) |
ラシェリール・ハプスリンゲン(白虹孔雀・d09458) |
天宮・黒斗(黒の残滓・d10986) |
七峠・ホナミ(撥る少女・d12041) |
ヘキサ・ティリテス(カラミティラビット・d12401) |
友繁・リア(微睡の中で友と過ごす・d17394) |
レイッツァ・ウルヒリン(高校生エクソシスト・d19883) |
●待つモノ
「イフリートからの依頼か。
まさか共に戦う事になるとは……不思議な感じがするな」
山中で周囲を注意深く見渡しながら、ラシェリール・ハプスリンゲン(白虹孔雀・d09458)は呟いた。
「……一時的な共闘」
それに応えるような囁きにラシェリールが振り向くと、七峠・ホナミ(撥る少女・d12041)が、緑の葉の間からわずかに零れる空を見上げている。
「少し複雑な思いはあるけど、まずゾンビよね。
目の前のことから1つずつ片付けましょ」
視線に気付いたように振り向いたホナミは、ラシェリールへくすりと笑って見せた。
「クロキバの目的に疑問はあるっすけど、今、自分にできることをやるっすよ!」
そこに小坂・翠里(いつかの私にサヨナラを・d00229)も、よろしくっすよー、と元気に飛び込んで。
陽気なその様子に、ラシェリールは苦笑気味に微笑み、頷いた。
「俺も温泉は好きだしな。何にせよ、源泉は守り抜く」
(「儀式とは何なのか……も気になるしな」)
懐疑の念は胸中に止めて、翠里の足元をうろつく霊犬・蒼にも、しゃがんでよろしくとご挨拶。
「今は、リアさんが偵察中、だよね?」
向こうではレイッツァ・ウルヒリン(高校生エクソシスト・d19883)が、天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)と作戦を確認中。
「イフリートの元へは、残る2人が向かっている。
共に、彼女からの情報で詳しいことが分かり次第、行動開始だ」
黒斗の説明に、レイッツァはふんふんと首肯する。
そちらへと、翠里が片手を挙げつつ、くるりんと回り込んで、
「私は、ラシェリールさん、友繁さんと行動するっすよ」
「もう1つのゾンビの群れには、レイッツァ、貴方と黒斗、それと私が行くわ」
ホナミも自身の胸元を手で示して笑いかける。
「不確定な部分も多い……大切なのは、仲間との連携……だな」
山中を睨みつけるようなラシェリールに、ホナミは連絡用と用意してきたトランシーバーを手渡した。
携帯電話を握り締めた黒斗は、翠里も同様に着信を待っているのをちらりと見てから。
顔を上げ、緑と空との間に浮かぶ1つの影へと視線を移した。
●探すモノ
人気のない山の上を、ふよりふよりと飛ぶ影。
それは、箒に腰掛けた友繁・リア(微睡の中で友と過ごす・d17394)だった。
(「……クロキバさん達って温泉が好きなのかな……?
それとも……温泉に何かあるのかな……?」)
気になることは多々あるけれど、ふるふると首を振ってそれを振り払い、リアは目を凝らす。
山には木々が覆い茂り、地上の様子は注意深く見ないと見落としてしまいそうだ。
それは逆に、こちらが敵に見つかり難い、という利点にもなっているのだが。
緑の隙間から、リアは必死にゾンビの群れを探す。
「……ゾンビさん達の位置確認……」
1つの群れを見つけたリアは、ESP『ハンドフォン』で通信回線を開いた。
●出会うモノ
「ヘヘッ、こォいうストレートな頼みは大歓迎だぜェ!
ノーキンの思惑とか関係無ェ、オレが気に入ったから手伝うンだ!」
源泉へ続く山道を、ヘキサ・ティリテス(カラミティラビット・d12401)は元気に笑いながら歩いていた。
隣を行くリヒト・シュテルンヒンメル(星空のミンストレル・d07590)も、跳ねるようなヘキサの足取りにつられるように、楽しそうに笑う。
そんな2人を出迎えたのは、1匹のイフリート。
事前に聞いていた通り、炎獣に敵意や害意は一切感じられない。
「オレはヘキサ! 今回はヨロシク頼むぜェ?」
早速、とぴょんぴょん近づいて、手土産にと持ってきたジャーキーを差し出すヘキサだったが、イフリートはすっと頭を下げて、頷くような仕草をしたのみ。
食べないでやる気出るのかー? と首を傾げるヘキサの横で、リヒトが声をかけた。
「君の名前、教えてくれる?」
「…………」
「戦う時、呼ぶのに困るから」
「ツイナ」
「そう。ツイナ、よろしくね」
リヒトの挨拶に、無言で再び頷く仕草。
落ち着いた動作を見るに穏やかな気性のようだが、あまり話したり交流したりはしない相手のようだ。警戒している雰囲気ではない。恐らく、そういう性格、なのだろう。
ちょっと背中に乗ってみたいな、と思っていたけれども、リヒトは無理そうだと諦める。
そこに、リアからヘキサへと連絡が入った。
リアが発見したゾンビの群れの1つ。その現在位置と移動方向及び速度が伝えられる。
でも、とそこでリアの言葉が濁った。
『……皆さんが接触するまで誘導することは、できそうにないです』
ゾンビの群れはあと2つあるが、リアはまだそれを見つけられていなかった。
早く見つけなければそれだけ源泉に近づかれてしまうが、2つの群れを探しながらヘキサ達をナビゲートするには、ゾンビの進行予測地点が離れすぎていて不可能で。
今の場所しか教えられないと告げる、リアの困った声。
「そンだけ分かってれば充分だ!」
大丈夫だろォ? と視線で問いかければ、聞き取っていたリヒトも頷いた。
そして、連絡を終えたヘキサは腕を振り上げて。
「よーォし! 行くぜェ!」
「ツイナ、こっちにゾンビがいるから、着いて来て。エア、君もね」
リヒトは炎獣と足元の霊犬・エアレーズングに声をかけながら。
2人はリアに告げられた場所へと向けて、森の中を進み出した。
●戦うモノ
『……そのまま、真っ直ぐ……近いです、気をつけて……』
「ああ、見えた。4体、だな」
携帯電話を通じて届くリアの誘導指示に従って歩いていた黒斗は、木々の合間にゾンビの姿を見つけると、素早く木陰に隠れながら頷いた。
ホナミとレイッツァも見つけたようで、それぞれゾンビから死角となる場所に止まっている。
「こっちはもう大丈夫だ。リアは向こうを」
『……分かりました……』
通信が途切れ、見上げた空に浮かんでいた影が離れるように移動するのを確認してから。
黒斗はホナミと目を合わせる。
「思ったより源泉に近いわね」
「手早く片付ければいいだけのことだ」
そうね、と応えて、ホナミは右腕を巨大化させると殴りかかった。
黒斗もゾンビ達を逃がさぬよう、除霊結界で包み込む。
レイッツァとそのビハインド・ナーシアスも、2人に続くように技を放った。
4対4と単純な頭数は同じだが、奇襲をかける形になった灼滅者達は、その勢いのままに相手を圧倒していく。
振り下ろされたナイフを大きく飛び上がって避けた黒斗は、楽しそうに笑いながら、上に張り出していた枝を支点にくるりと一回転。そしてぱっと手を離し、見上げた相手の後方へ着地するや否や、振り返る暇も与えずにその足を切り裂いた。
ぐらりと傾いたその相手に、ホナミのロッドが魔力と共に叩きつけられた。
「早く片付けられたなら、増援にも行けるものね」
早々に1体を仕留めた仲間に頷いて、レイッツァもその影でゾンビを切り裂いていく。
そこからわずかに遅れて。
少し離れた場所でも、リアの誘導でゾンビと灼滅者達が接触していた。
「ここから先は行かせない! サクッと灼滅させて貰おう!」
宣言と共にラシェリールが突き出した槍は、先頭のゾンビを深く貫いて。
その周囲のゾンビへと翠里と蒼の射撃が同時に襲いかかり、源泉に向かっていた足が止まる。
「……温泉に入りたいようだけど……邪魔するわ……」
偵察は終わりと地面に降り立ったリアの傍らに現れたビハインド・星人が、主の言葉を体現するかのように霊撃を撃ち出した。
そこへ、影を宿したガンナイフを手に、突っ込んで行く翠里。
「回復は任せるっすよ!」
応えて、わんっ、と吠える蒼の声を背に、積極的にゾンビへと向かっていく。
ラシェリールもタイミングを合わせて飛び込み、連撃となるように拳を撃ち込んで。
逃がしはしないとリアの影がゾンビを縛り付けた。
こちらも灼滅者優勢で戦いは進んでいく。
だが、1体目のゾンビを倒したその時、トランシーバーからヘキサの声が届いた。
『悪ィ。リア、動けるか?』
「どうした?」
怪訝な顔をするラシェリールに、どこか焦ったような声が応える。
『ゾンビが見つかんねェんだ』
3人はとっさに顔を見合わせた。
「リアさん、行ってくれっす!」
真っ先に声を上げた翠里は、ゾンビ達がリアの邪魔をしないようにとライフルの弾をばら撒いて。
ラシェリールも、リアに一番近いゾンビへとロッドを叩き付けつつ頷いた。
リアは、援護してくれる2人へと頷き返してから、
「……星人、皆をお願いね」
ビハインドをその場に残し、再び箒へと跨った。
●集うモノ
それがどうしてかは分からない。
リアが教えたゾンビの位置は正確だったし、ヘキサとリヒトもそこへと急いで向かっていた。
森の中での行動が阻害されないよう、他の2班と同様にリヒトがしっかりと『隠された森の小路』を用意していたし、ツイナも指示に従って着いてきてくれていた。
ゾンビ達が真っ直ぐ源泉に向かわず、途中で進路を変えたのか。
目印のない森の中で、灼滅者達が進む方向を間違えてしまったのか。
理由は定かではないが、結果として、ゾンビと彼らは森の中で行き違いとなってしまって。
リアが群れを再び見つけた時には、ゾンビ達は源泉へと辿り着いてしまっていた。
「……“みんな”……切り裂いて……」
箒の上で仲間を待ちながら、リアは影へと囁いて、ゾンビが切り裂かれていく様を見下ろす。
その影に、兎の耳がついた人影が混じり、ゾンビへと飛び掛った。
「影の牙ァ!」
声に顔を向ければ、ヘキサがへへっと少し照れたように笑って見上げている。
「好きに戦っていいよ」
次いで現れたリヒトが声をかけると、一気に駆け出したツイナが、影に覆われたゾンビへと、そのままの勢いで踊りかかった。
そんな仲間の元へと、リアはふわりと降り立って。
「ごめんなさいリアさん。遅くなりましたね」
降臨させた十字架からの光線でゾンビを貫きつつ言うリヒトに、リアはふるふると首を横に振る。
出足は遅れたものの、戦いが始まってしまえば戦況は一方的ですらあった。
あっさりと1体を炎に屠ったツイナは、すぐさま次の相手へと炎の爪を向けて。
ヘキサもにやりと笑いながらそれに併走していく。
「来いよゾンビ共ォ。キレーにステキに火葬してやるぜェ!」
ヘキサの跳ねるような蹴り技を眺めながら、すっと指揮者のように手を動かして、リヒトはヘキサを守るべく盾を展開して。
エアレーズングが切り裂いた相手へと、リアの指輪から魔法弾が放たれる。
数の優位。そして何より、イフリートというダークネスの火力。
苦戦するはずもない状況だ。
だから、先に決着が着いた別班の仲間……黒斗が木の上からリアの傍に降り立ち、ホナミとレイッツァが駆け寄って来た頃には。
リヒトが軽いステップで回避したナイフを持つゾンビへ、レガリアと名付けたインラインスケートを超高速回転させつつ突っ込んできたヘキサが、
「喰い千切れェ! 火ウサギの、牙ァアアッ!!」
摩擦の火花かファイアブラッドの炎か分からないほどの炎で輝かせたホイールを叩きつけて。
「ツイナ、炎の爪を!」
リヒトの声に応えて振り下ろされたイフリートの炎が、最後の1体を燃やし尽くしたところだった。
●守れたモノは
程なく、ラシェリールと翠里も源泉へと戻ってきて。
全てのゾンビを倒せたことを、灼滅者達は確認する。
「皆、お疲れ様」
仲間達に、勿論ツイナにも、黒斗は笑顔で声をかけていく。
リアと翠里は、そっとツイナに近づいて、
「……一緒に戦ってくれて、ありがとう」
「ありがとうっす!」
揃って、頭を下げたり、元気に手を挙げたり。
「あなた達の大切なもの、守れたかしら?」
静かに微笑みながら問いかけたホナミに、だがツイナは答えることなく、踵を返した。
「ヘ・キ・サ! オレの名前だ! 覚えておいてくれよなァ!」
去っていくその背中へと、ヘキサが手を振りながら声をかける。
できれば、一緒に温泉でゴロゴロしたり、そのモフ毛を洗ってみたりしたかったが、穏やかながらもどこか素っ気無いツイナ相手では叶わぬ夢のようで。
根っからの動物好きな翠里も、あまり交流が持てなくて、ちょっと残念そう。
(「人に戻して連れ帰りたいところですが……」)
リヒトも複雑な心境を胸に、炎獣の背中を見送る。
「イフリート達の大切なもの、か……」
束の間の戦友をじっと見つめながら、ぽつりと呟いたのはラシェリール。
「……みんな、この温泉が大事なの、かな……?」
クロキバさんも? と首を傾げるリアに、レイッツァは肩をすくめるしかできなくて。
いろいろ分からないことは多いまま。
進展とも悪化ともつかない現状を前にして。
(「この交わりが良い形の『次』に繋がればいいのだけど……」)
ホナミは、祈るように思いながら、空を見上げた。
作者:佐和 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年9月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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