イフリート源泉防衛戦~古き源泉の灯火

    作者:立川司郎

     夏が終わりに近づき、日ごとに風が涼しくなる頃。
     クロキバが武蔵坂学園へ、とある依頼を持ち込んできた。
    「先日、ノーライフキングノ邪悪ナ儀式ヲ一ツ潰シタノダガ、ソノ儀式ノ目的ハ、我ラノ同胞ガ守ル源泉ヲ襲撃スル為ノモノデアッタ」
     クロキバの話した源泉は、日本各地に点在している。
     それらに一斉に攻撃を仕掛けてきたとなると、相当の数に上るであろう。
    「敵ノ数ハ多ク、我ラダケデハ撃退ハ難シイダロウ。モシ、武蔵坂ノ灼滅者ガ撃退シテクレルナラバ、我ライフリートハ、ソノ指示ニ従ッテ戦ウダロウ」
     クロキバは淡々と話すと、静かに頭を下げた。
    「ヨロシク頼ム」
     
     クロキバからの依頼は、すぐさまサイキックアブソーバーで調査された。エクスブレインの相良・隼人は、一枚の地図を取り出す。
     どうやら、サイキックアブソーバーでも同じ予知がされたらしい。
    「お前達に行って貰う源泉は、島根の玉造温泉にある源泉の一つだ。温泉街の南側にある、25号線沿いの山の中にある源泉だ。……心配せんとも、人が来るような所じゃないから好きなだけ暴れていい」
     源泉の付近には、ノーライフキングの眷属が三カ所に別れて出現するという。  眷属は源泉の手前で合流する手はずになっているが、クロキバからは『何としても源泉へは近づかせないで欲しい』という要望を受けていた。
     眷属の動きは偵察をうまく使うなどすれば、迎撃の態勢を整える事は難しくないだろう。
     しかし、源泉に近づけずに倒すとなると各個撃破が必要となる。
    「源泉を中心として、9時、0時、3時の方向にそれぞれ出現する。それぞれ眷属のゾンビが四体ずつ。迎撃の為に合流するイフリートは一体だが……あまり言う事は聞かないから、作戦上複雑な動きはさせない方がいい」
     隼人は、言いにくそうな顔で頭を掻いた。
     どれ位言う事が聞けないかというと。
    「まあ、お座りの出来ない犬くらいには頭が悪い。待て、と言ったら言い終わった瞬間食い始める位には頭が悪い。誰かが傍についている方がいいな、うん」
     とにかく考え為しに突っ込むだけが取り柄という奴だが、武蔵坂学園側は必死に守ってくれるのだという。
     頭は悪いが、一生懸命である。
    「イフリート込みで作戦を立てなきゃならないが、イフリートの戦力はゾンビ四体分と思って良い。ゾンビの強さはお前等より少し弱い程度だろう」
     ここは温泉にでもつかって帰りたい所だが、今回はイフリートとともに源泉を守るのが大事だと隼人は話した。
     最後に一つだけ、隼人が伝える。
    「今回は源泉を守るのが第一だから、イフリートが仮に消滅する事になったとしても良しとする。クロキバからは、源泉を何としても守れと言われているからな」
     むろん、共に戦った者を見殺しにしたくないというなら……それなりに作戦を立てる必要があるだろう。


    参加者
    六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103)
    黒山・明雄(オーバードーズ・d02111)
    黒鐘・蓮司(狂冥縛鎖・d02213)
    斉藤・キリカ(闇色子守唄・d04749)
    モーガン・イードナー(灰炎・d09370)
    シーゼル・レイフレア(月穿つ鮫の牙・d09717)
    ベリザリオ・カストロー(罪を犯した断罪者・d16065)
    原・三千歳(ハプニンガー原・d16966)

    ■リプレイ

     日本海側にある玉造温泉は、三名泉と言われ、歴史の古い温泉地である。温泉街をすぐ間近にしながら温泉に浸かる事も出来ず、灼滅者達は少なからず残念な思いをしている。
    「美肌の湯なんだって。知ってた?」
     斉藤・キリカ(闇色子守唄・d04749)が六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103)に聞いた。
     にこりと笑い、静香は枕草子を語る。むろん、よく本を読む静香はその名を書物で読んだ事があった。
     打ち合わせをしている原・三千歳(ハプニンガー原・d16966)彦を招き寄せ、キリカは温泉について三千彦にも聞いてみる。ここでは女の子は三人だから、三千彦にも聞くべきである。
    「帰り、お風呂入りたくない? 温泉街通り道だよ」
    「ちゃんと源泉守れたら、お風呂入ってもいいんじゃないかな」
    「よし決まり! というか入りたーい!」
     ちゃんと終わったらですよ、と念を押すように静香が言う。
     これから彼らは、三班に分かれて行動を開始する。まずは9時方向、ここには静香、キリカ、そしてキリカのビハインドであるイヴァン、そしてシーゼル・レイフレア(月穿つ鮫の牙・d09717)の四名。
     0時方向には黒山・明雄(オーバードーズ・d02111)、黒鐘・蓮司(狂冥縛鎖・d02213)、ベリザリオ・カストロー(罪を犯した断罪者・d16065)、原・三千歳(ハプニンガー原・d16966)の四名が当たる。
     最後に3時方向の敵にはイフリートを連れたモーガン・イードナー(灰炎・d09370)が向かう事になっていた。イフリートが言う事を聞いてくれるか不安は残るが、敵を殲滅する事には反するような事はしないだろう。
     いつもなら戦う相手であるはずのイフリートが、攻撃するでもなく周囲をうろうろしているのを見るのは違和感を感じて仕方なかった。
     蓮司は掛ける言葉もなく、イフリートの様子を見ていた。
    「……まぁ、仲良くしましょうか」
    「仲良くする必要なんないんじゃねーの? 積極的に倒せとは言わないけどな、ノーライフキングの件とか色々あるし仕方ねぇから共闘すんだろ」
     シーゼルはあまり嬉しくなさそうに、蓮司に言った。
     連れて行く予定のモーガンすら、終始仏頂面である。仲間の内にも乗り気でない者が多くいるようだった。
     気は乗らないが、その裏で何が動いているのか分からない以上、今イフリートと事を構えるのは得策ではない……といった所だ。
    「打ち合わせが済んだら行くぞ。こいつが待てそうにない」
     モーガンがちらりとイフリートを見て、皆に出発を促した。うろうろと歩き回っていたイフリートは、モーガンの指示を聞いて歩き出す。
     一応、指示を理解するだけの知能はあるらしい。

     三方向に別れた後、モーガンは黙々とイフリートと共に移動を続けた。方角からすれば、ここから一番近いのは0時のチームである。
     戦力的には一体で足りるイフリートであるが、単体で行かせて果たしてきちんと倒してくるのかどうか、モーガンには不安もあった。
     ライドキャリバーのミーシャに手を掛けたまま、モーガンは歩き続ける。
    「気をつけろ。そろそろだ」
     モーガンが声を掛けると、イフリートが足を止めた。のろのろと歩きながら、周囲をぐるりと見まわす。
     その巨体から、何かが見えたのだろうか。
     ふ、とその時イフリートが駆け出した。即座にモーガンが、ミーシャに飛び乗って後を追跡する。イフリートは森の中を駆け抜け、咆哮をあげた。
     森の茂みの中、ちらりと何かが動く。モーガンも目をこらすと、遠くに見える茂みの中にゾンビが蠢いているのが見えた。
     茂みから現れ、ゾンビが歩を進める。イフリートはそこ目がけて突進すると、拳を振り上げた。イフリートはただやみくもに、拳を振り回し、群がるゾンビを蹴散らしていく。
     モーガンは舌打ちをすると、ミーシャごとゾンビに体当たりをかました。
    「……くそっ」
     こんな風にはなりたくないもんだ。
     モーガンはチェーンソー剣を振り回すと、ミーシャに手を掛けたゾンビの首をはね飛ばした。一報、傷を追いながらも首尾良く仕留めたイフリートは、どことなく嬉しそうにモーガンを見下ろしていた。

     索敵の為に三千彦が先行すると、ベリザリオは明雄と蓮司の三名で待機場所に身を潜めた。モーガンはかなり不機嫌そうであったが、彼だけで行かせて良かったのかしらとベリザリオは呟く。
     仲間に不安を抱いている訳ではないが、モーガンも他の仲間もイフリートに対して思う所があったようだから。
    「まあ……今回はあの源泉を守るのが任務っす。イフリートと共闘するのも、その一つじゃないっすかね。それは皆、分かってるっすよ……ちゃんと、ね」
     のんびりとした口調で、蓮司が答える。
     蓮司は先行した三千彦の方を、じっと見ていた。ひとまず蓮司は、この作戦上においては自分の考えを切り離しているように見える。
     気になる事はあるが、ともかく今は源泉死守が大事。
     他の班と時を同じくして、0時方面班もゾンビを確認していた。先行した三千彦は遠目から敵を確認し、そっとその場を離れる。
    「四体、ゆっくりこっちに近づいてるよ」
     三千彦が伝えると、明雄が手を上げ制した。
    「敵がある程度接近するまで待とう。俺達は敵の側面に回り、奇襲を仕掛ける」
     ベリザリオの力があれば、森の中でも容易に移動する事が可能だと言うのである。これにより、ベリザリオの作った道を、明雄が先頭となり素早く回り込む事に成功。
     背後に治癒を担う三千彦を守り、ベリザリオは明雄を見返した。
    「攻撃の合図はあなたが取ってちょうだい。この中じゃあなたが一番、反応が早いわ」
    「わかった」
     明雄は頷くと、拳を握り締めた。
     神薙の力を解放するタイミングを計りながら、ゾンビの姿を茂みの向こうに確認する。やがてゾンビが自分達の前を通り抜けると、声を掛けて茂みから飛び出していった。
     彼らを追うように、三千彦が放った矢が力を送り込む。一本が明雄へ、そしてもう一本蓮司へと狙いを定める。
    「頼んだよ!」
    「さて……それじゃあ始めようか、狩りの時間を」
     異質に変化した腕を振り上げ、明雄がゾンビの背へと爪で殴り立てる。意表をつかれたゾンビの群れは、とっさに反応する事が出来ずに明雄達に先手を許してしまった。
     振り返ろうとしたもう一体のゾンビに、蓮司が影刃で斬り付ける。森の茂みに隠れるように伸ばした影の刃は、蓮司の足下でざわりと揺れた。
    「……バラバラ死体あがり。……あ、まだ動いてる?」
    「後ろからも来るわよ!」
     ベリザリオはシールドを広げ、敵の攻撃に備える。前衛に対してそれぞれ明雄と蓮司が対応してくれているが、後衛のゾンビが衝撃波を仕掛けてくると、後衛の三千彦も攻撃に晒されてきた。
     明雄は後列を見ながら、ロッドの双雷を引き出す。
    「先にそっちを片付けるぞ」
    「……中から? それじゃ、合わせるっす」
     明雄の姿勢を見た蓮司が、一歩引いて自分もそれに合わせる。双雷を振り上げた明雄に続き、蓮司は自分に襲いかかろうとしたゾンビを見つめた。
     双雷がゾンビの頭部を砕くと、横から蓮司もロッドを叩き込む。自分の服に飛び散った肉片をゆるりと見下ろし、蓮司はすうっと影刃を持ち上げた。
    「……やっぱ、変更」
     ふらりと歩き出すように、蓮司がもう一体へと詰め寄る。
     肉塊が飛び散るのを避けるように、蓮司は影で斬り付けていく。明雄が無言で拳を叩き込むと、ゾンビは崩れ落ちていった。
    「手早く片付けるぞ」
     明雄は、気に掛けるようにイフリート班の方向に視線を向けた。ゾンビ後衛の衝撃波から三千彦を守りながら、ベリザリオが顔をあげる。
    「傷を塞いでおくからね」
     三千彦の明るい声が、背後から聞こえた。矢に込められた力が、ベリザリオの傷を塞いでいくのが分かる。
     仲間を気に掛け、三千彦は明雄たちの様子も見ながら声を掛ける。
     ふ、とゾンビに裂かれた腕の傷跡を払うように触れると、ベリザリオは縛霊手を構えた。巨大な腕をぎらりと光らせ、そこに炎を宿らせる。
    「……言われた通り、手早く片付ける事にしましょう」
     炎の残像を残りながら、縛霊手がゾンビを薙ぎ払う。死肉を燃やす臭いが鼻につき、風に乗って周囲にまき散らす。
     治癒をしていた三千彦も、一端手を止めるとガトリングガンを構えた。
     炎が焼いた死肉に、三千彦の弾丸が雨のように降り注ぐ。バレットストームの勢いに体勢を崩したゾンビを、最後にベリザリオが叩きつぶした。
     残る一体を、蓮司が静かに見返している。横合いから叩き込まれた明雄の拳が、ゾンビを地面にたたき伏せる。
    「……これで、終わりっと」
     最初と同じように、蓮司が影刃をもたげた。
     影刃が切り裂きバラバラになったゾンビの体が、霧のように消えていく。危なげなくゾンビの掃討を完了すると、三千彦はほっと息をついた。
    「他の班はもう済んだ頃? ……あの源泉、無事だったかな」
     三千彦が源泉のある方を振り返ると、明雄がひとつ溜息をついた。あまり喜ばしい様子ではない明雄の溜息に、三千彦が見返す。
     何も聞かずに居る三千彦に、明雄は首を振った。
    「何でもない」
     口にしない方が、今はいい。
     ただ、あの源泉には何があったのか……とても気になった。

     キリカ、静香、シーゼルの三名は、キリカの双眼鏡で接近を確認、攻撃を開始した。日が陰る林の中であったが、ゾンビの接近を察するのは難しくはない。
     接近を知らされ、最初に動いたのは静香であった。すらりと刀を抜き放ち、真っ先に駆け込む静香の後ろからキリカ、そしてイヴァンとシーゼルが続く。
    「反応がはえーんだか、前のめりなんだか……」
     呟きながら、イーゼルは静香の背後を追いながら拳を握る。軽く身を捻るようにして静香はゾンビの横合いに回り込み、刀を切り上げた。
     静香の剣捌きは稽古でも付けているような、軽やかな身の動きであった。刀はゾンビの足下を攫い、動きを阻む。つんのめったゾンビの体を、シーゼルの拳がたたき伏せる。
     抵抗するゾンビの爪がシーゼルに向けられるが、その爪は静香が受け止める。ゾンビの腐臭にまみれた爪は、静香の体をじわじわと浸食する。
     耐える彼女に対し、シーゼルは積極的に切り込んだ。
    「イヴァン!」
     キリカの言いたい事が分かったのか、イヴァンはゾンビに掴みかかる。背後から抱えるように、イヴァンはゾンビの動きを締め上げる。
     シーゼルは動けぬゾンビへとふ、と距離を詰めた。
     風が一陣吹き、シーゼルの拳がゾンビの体を貫く。
    「毒がめんどくせぇ、先に片付けちまわないと駄目だ!」
    「分かってる。イヴァンはシーゼルの傍から離れちゃ駄目よ」
     キリカは霊力を指先に集め、静香の傷を差す。
     一筋の光が静香の傷と毒を癒していくと、静香はほっと表情を和らげてシーゼルを見た。痛みと毒が大分引き、刀を握る力も戻って来ている。
    「私が敵の守りに亀裂を入れますから、シーゼルさんは攻撃をお願いします」
    「分かった、だが無茶はすんなよ」
    「……耐えしのぐのがディフェンスの役目。凌いでみせます」
     切り込む静香の刃が切り裂く度、シーゼルは守りの薄くなったゾンビの体を粉砕していく。前のめりなのは、もしかするシーゼルの方かもしれない。
     キリカは後ろから光を送りながら、くすりと笑う。
     最後の一体を倒し終えると、キリカはすっかりフォローに回っていたイヴァンの肩をポンと叩くと仲間の所に歩いていった。

     最初に待ち合わせ場所に戻ったのは、明雄と蓮司、ベリザリオ、三千彦の四名であった。それからモーガンとイフリートが、最後にキリカ達が戻って来た。
     皆が無事なのを見て安心した静香が、一通り傷の具合を見てまわる。
     ……最後に、イフリートにも。
    「そいつは放っておいても治る」
     モーガンは、制止するように低い声で言った。
     人として扱うような静香に、モーガンは背を向ける。
     そこにいるのは宿敵であり、そして鏡写しの自分の闇の姿でもあるのだ。モーガンの気持ちは多分、イフリートとして覚醒した明雄よりももっと深いものなのであろう。
    「あなたは今、幸せですか? 心の底から、笑っていられますか?」
     傷を癒しながら、静香が問う。
     モーガンが先に歩き出すと、少し遅れてその後を明雄が追って歩く。蓮司もふらりと歩き出したが、少しだけこちらを振り返ってイフリートに声をかけた。
    「……ちゃんと源泉に帰るっすよ」
     イフリートは、誰の問いかけにも答える事はない。
     全てが終わったと分かると、ようやく源泉の方に向けて引き返していった。三千彦はその背を見守りながら、呟く。
    「学園に助けを求めるなんて、よっぽどの事だったんだね」
    「そうね。それほどまでして、儀式を阻止しなければならなかったんだわ」
     ベリザリオは三千彦に言うと、静香を見た。
     彼女が心に闇を抱えているなら、それに対してベリザリオは掛けてあげる言葉はない。自分もまた、闇があるのを分かって居るからである。
     イフリートが人のように笑っていられたら……それでももし、デモノイドロードのようになったら。色んな事が頭を駆け巡る。
    「おい、自分の力も制御出来ねぇイフリート相手に、いつまで名残惜しそうにしてんだ」
     シーゼルは、ぶっきらぼうに声を掛けた。声にも言葉にも優しさがすこし足りないが、気を遣っているのは静香にも分かった。
     振り返ると彼女たちを置いてキリカが歩き出していた。
     立ち止まって考えていても、キリカはどんどん歩く。やがて足を止め、振り返って静香に声を掛ける。
    「ほら行っちゃうよ?」
     キリカは手を真っ直ぐ差しだした。

    作者:立川司郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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