イフリート源泉防衛戦~LA BELLA

    作者:来野

     教壇に一人の男が立っている。野生的。いや『的』は余計か。
     彼を案内してきた石切・峻(高校生エクスブレイン・dn0153)は、こう言った。
    「イフリートのクロキバさんです」
     まさに野生の獣。それが今は人の姿をなして、灼滅者たちに語りかけている。
    「先日、ノーライフキングノ邪悪ナ儀式ヲ一ツ潰シタノダガ」
     ダークネスの口から『邪悪』という単語が飛び出した。
    「ソノ儀式ノ目的ハ、我ラノ同胞ガ守ル源泉ヲ襲撃スル為ノモノデアッタ」
     褒め言葉ではないらしい。争いの匂いがする。
    「敵ノ数ハ多ク、我ラダケデハ撃退ハ難シイダロウ」
     彼の目許を覆うレンズが、窓越しの陽光を弾く。表情は窺えない。
    「モシ、武蔵坂ノ灼滅者ガ撃退シテクレルナラバ、我ライフリートハ、ソノ指示ニ従ッテ戦ウダロウ」
     教室内がざわめく。それを黙して聞いたクロキバは、最後にこう付け加えた。
    「ヨロシク頼ム」
     
     男が出て行った後、峻が立ち上がる。
    「よろしく頼まれました」
     こめかみを押さえ、眉根に薄く力を込めた。
    「サイキックアブソーバーの演算結果も、彼の言葉を裏付けている。襲撃先のイフリートは作戦指示に従ってくれるので、共闘の上、ノーライフキングの眷属を撃退して下さい」
     これも好機と捉えたか、話し始めると淀みがない。
    「場所は伊豆、修善寺の奥。時刻はちょうど日没頃。源泉は深い木立と藪に囲まれていて、道らしい道もない。眷属は2グループに分かれて襲撃して来る」
     峻は人差し指を二本、八の字に開いて立てた。源泉の斜め前方2地点からの侵入を意味する。
    「要請によると、眷属を源泉に近づけずに撃退したいらしい。ということは、待ち伏せるよりは分散しての各個撃破の方が余裕が大きい。索敵をして上手く動けば勝機も得られるはず、だけれど」
     やや上向きになって考えた。
    「その場合、距離が大きく離れると別働隊の動きがつかめず、手が空いても援護合流が難しい。どう作戦を組むかは、それぞれの判断に従って貰えればと思う」
     向き不向きもあるだろうし。そう言い加えて視線を戻す。
    「眷属は全部で9体。多いな。4体と5体の2グループで、内、5体の側の1体が他よりも能力が高い」
     武器は皆、鎌。草刈りに使われる持ち手の短いもの(シックル)だが、高能力な1体のみ長柄の鎌(サイズ)を持っているので、見分けやすい。
     鎌の能力は全て咎人の大鎌と同じだが、長柄を持っている1体はその他にエクソシストと同じ3種類のサイキックも使う。
     眷属の説明を終え、話は源泉にいるイフリートへと及んだ。
    「見た目はサーベルタイガーに似た巨大な獣で、人語は話せない。理解力も幼児程度なので、こう、お母さんのように噛み砕いてというか、サルにもわかる何とやら風にというか」
     首の後ろに片手をやって、短い襟足をぐしゃっと掻き回す。
    「きっと面倒くさい」
     さくっと言った。
     獣にできる反応はYes、No程度で、灼滅者からの指示も単純であればあるほど伝わりやすい。表情や声音には敏感に反応する。
    「ただ、いかにも獣で五感が鋭いので、陽が暮れてもものが見えるし小さな音も聞き取る。その分、神経質で気が荒い。戦力は高いけれど、暴れ出したら止めるのが難しい」
     呑み込みが悪いだけで、動けば迅速な直情径行。そういう獣のようだ。上手く疎通できないと勝手に暴れてしまう可能性もなくはない。
     使うサイキックはファイアブラッドと同じ3種類。なお、音楽と良い匂いを好む。
    「この性質を上手く利用すれば、その場に留めることも動かすこともできると思う」
     峻は襟足から手を離し、教壇に置いた。
    「ビーストテイマーというのは、命令しているのではなく上手く利用しているものなのかもしれない」
     そう呟いて、灼滅者たちと視線を見交わす。
    「ダークネスたちに皆の実力を知らしめる絶好の機会だと思う。野獣を操る手綱さばきを見せてやってください」
     静かな口調は相変わらずだが、微かに表情を緩めた。


    参加者
    遊木月・瑪瑙(ストリキニーネ・d01468)
    東堂・イヅル(デッドリーウォーカー・d05675)
    神楽火・天花(和洋折衷型魔法少女・d05859)
    百舟・煉火(キープロミネンス・d08468)
    キング・ミゼリア(インペラトーレ・d14144)
    神前・蒼慰(中学生デモノイドヒューマン・d16904)
    枝折・真昼(リヴァーブハウラー・d18616)

    ■リプレイ

    ●真砂の一を探すがごとく
     地平線に触れた陽が、西の空を朱色に染めて落ちていく。
     源泉の傍ら、灼滅者たちの横顔も金色の光に濡れていた。その半ばは落陽の、残り半ばはイフリートの炎の照り返しだ。
     彼らの中から、少女が二人歩み出る。
     神前・蒼慰(中学生デモノイドヒューマン・d16904)が、
    「源泉を守るのに協力させてもらうわ、よろしくね」
     と語りかけると、フローレンツィア・アステローペ(紅月の魔・d07153)が、
    「源泉を守るの、手伝うわ。あなたもレンのお手伝い、してちょうだい?」
     と願う。二人の挨拶は愛想の良いものだが、獣はただ黙って視線を注ぐのみだった。
    「名前はあるのかしら? あれば呼びやすいし、クロキバさんに聞けたらいいんだけど」
     蒼慰の問いにも答えられない。頭の出来もさることながら、顎や牙の形状も人語を語るに向かない個体だ。
     が、彼女の提案でそれぞれの匂いの確認を始めると、それには逆らわなかった。ほのかな白檀香や檜にも落ち着いた様子を見せる。清かな木質の香りは場に馴染み深い。
     それがキング・ミゼリア(インペラトーレ・d14144)の番となった時には、わずかな当惑を見せた。ヴァカチンの5番。獣には複雑で難しい。決して、彼の内心のほどが滲んでいたからではないはずだ。
    (「にしてもクロキバちゃん、ワイルドでイイオトコねぇ~」)
     とか。もっと言うと、
    (「ゆくゆくは二人っきりでデートして……うっ鼻血が」)
     とか。
     ともかく、獣は色々な意味で全員の匂いを覚えた。いきなり襲い掛かることはない。が、同時に困ったことも起きた。
     フローレンツィアが薔薇を一輪差し向け、穏やかに話し始めた時だ。
    「敵は鎌を持ったゾンビ達。2箇所からくるの。見つけられる? ちょっとした物音とか匂いでもいいわ。見つけたらそっちを向いて吼えて?」
     薔薇を見つめ、イフリートは首を捻った。
     遊木月・瑪瑙(ストリキニーネ・d01468)が指示を明確化してくれたが、頷くでもなく首を横に振るでもない。それ以外のどこかに、答えがあるらしい。
     長い無言の間、燃え盛る炎が風に揺らぐ。獣は灼滅者たちとまっすぐに向き合い動かない。
     やがて、蒼慰が「一緒に来て欲しい」と言った。
     ゆっくりと瞼を伏せた獣は、一呼吸の後に脇に身を並べた。彼女が歩を踏み出すと、共に歩く。そして、周囲を警戒し始めた。
     通じてはいる。
     それを見た枝折・真昼(リヴァーブハウラー・d18616)が、バイオレンスギターの弦を弾く。リヴァーブハウラーの名の通り、長く尾を引くギターの咆哮は魂を引っつかんで強く揺さぶる。獣の足が、ミシッと地を踏んだ。揺るぎはない。
     が、真昼の内心は複雑だ。
    (「イフリートこわい」)
     それは、いつかどこかで獣と化した兄とは別物なのに。まざまざと感じるのは恐怖。
     キングと真昼、東堂・イヅル(デッドリーウォーカー・d05675)、百舟・煉火(キープロミネンス・d08468)の四名が、獣たちとは別の方角へと向かう。扇形の進行方向で言えば右辺を煉火が選んだ。
     空を飛べる神楽火・天花(和洋折衷型魔法少女・d05859)が、箒代わりの傘に乗って梢の合間へと舞い上がり先を行く。紫色に暮れ始めた木立の間、彼女の携えたマグライトが蛍火に似て揺れた。
     湯煙の許に残るのは、二つの糸の小さな結び目のみ。

    ●落火のもたらすもの
     天花の行く先で、木の枝がなびく。その合間を縫うことで、飛行は順調だ。
     やがて、前方の藪が不自然に揺れて割れるのが見えた。犬や猫にしては、動きが大きい。居た。
    「あ……」
     そこで、彼女の動きが止まる。携帯を持っていればその場で連絡できたのだが。
     振り返ると、光が揺れるのが見えた。そちらへとマグライトを向ける。どうやって、怪しい位置を知らせようか。
     それを考えた瞬間、青白い光が天花の背を撃ち、右胸へと抜けた。
    「……!」
     明かりを的にしての狙い撃ちだった。頭が後ろに仰け反り、全身が一度跳ね、枝葉にぶつかりながら地へと落ちていく。
     それを『落ちる光』として前方に捉えたのは、上空へとライトを向けていた瑪瑙だった。
    「――見つけた」
     彼の声には抑揚も色もない。
     そう、見つけた。あれは、自らの持つものととても良く似て、非なるものだ。皮肉にも、仲間の犠牲によってそれを見つけた。
     瑪瑙が落下地点へと明かりを一振りすると、仲間が駆け出す。早く。早く。そう思えば思うほど、藪は深い。
     一番最初にたどり着いたのは、DSKノーズと隠された森の小路を併用した蒼慰だった。その目に映った光景は、地に倒れ付し、草刈り鎌を振り上げた眷属に取り囲まれている天花の姿。
     共に駆けて来たイフリートが一声吼えると、ゾンビたちの注意が一瞬、逸れる。ソニックビートの用意をしていた蒼慰は、急遽、構えをリバイブメロディへと変えた。
     同時に振り下ろされる四つのシックル。フローレンツィアが駆け込み、一体にバッシュを当てて切っ先を自分へと引っ張る。
    「通さないわ? 通りたかったらレンを倒していきなさい?」
     瑪瑙の手からは、刃を封じる十字の光が飛んだ。
     三つの凶刃が狙いを過ち、一つが天花の足を虫ピンのように地に縫い止める。草の葉に、血しぶきがまだらな点を打った。
     シールドで鎌を押しのけ、フローレンツィアが獣を振り返る。
    「まず一つ――待って、もう一つ、見つけられる?」
     全身から火の粉を散らす獣は、黙って彼女を見つめ返した。ゆっくりと動かすまなざしの先には、悠然と長柄の大鎌を携えた腐肉の姿がある。
     一度、瞬きをしてやがて敵に背を向けた。その時、瑪瑙の手許で携帯が彼を呼ぶ。
     液晶を確認する間もなく通話を繋ぐが、地図を脇に挟み機体を肩と頬で挟んで武器を操るしかない。はい、と応じるのがやっと。
     発信者側では、真昼が怪訝な顔で他と視線を見交わしていた。こちらのグループが接敵したのは、シックルの四体のみ。やはり明かりを見つけられての迎撃となったが、どうにか残り二体というところである。
     その内の一体を影業『Keyplate-spactra』でしとめ、煉火が首を捻った。どうしたと言いたげな彼女の表情に、真昼が答える。
    「位置を聞こうと思ったんだけど」
     なんだか、まともに話す余裕もなさそうだ。その説明を聞いて、最後の一体を屠ったイヅルが駆け付ける。
     真昼がスピーカーモードに切り替えるのを待ち、落ち着いた声を張った。
    「聞こえるか? こちらシックル四体終了、そちら現在地は?」
     イヅルの手には、地図とマーカーが握られている。ライトはハンズフリー。
    『ら、な……が、……って、……援護……』
     奥地だけに電波の状態も悪い。しかも、瑪瑙の声の背後からは、剣戟の甲高い音が聞こえる。
     イヅルは地図を握り直し、もう一度、繰り返す。
    「こちら、左下を基点に十等分で、X07-Y04。そちらは?」
     彼の地図には座標が刻まれ、幾つかの目標物が記されていた。

    ●花一輪を
     その声が聞こえた時、瑪瑙はすばやく地図上に指先を滑らせた。縦に10、横に10、爪で印を入れる。そしてスーパーGPSで表示された自分の位置を探す。
     目前ではフローレンツィアがシールドを構えて全身で敵の攻撃を阻んでおり、傍らでは蒼慰が天花へとリバイブメロディの響きを奏でている。
     まだ起き上がることのできない天花だが、意識は戻っていた。フルガレイターで鎌の刃を受け止め、押し返す。
    「こちらは――」
     瑪瑙の声が、一瞬、詰まった。倒れ込んだフローレンツィアと激突している。
    「X02-Y05」
     仲間の血の雨を浴びながら、その一言を電波に乗せた。
    「X02-Y05」
     受信側で、真昼がそれを復唱した。イヅルが地図の一点に『A』の文字を記す。
    「どっちだ?」
     煉火が眉を顰めた。周囲は暗い。陽は落ち切った。方角が分からない。
     その時、キングがアリアドネの糸を軽く引っ張る。そちら側が源泉。そこから割り出せば良い。
    「あっちよ」
     どこもかしこも同じに見える木立の中、一点へと光を向ける。
     四人は、一斉に地を蹴った。煉火が隠された森の小路で草木を分け、残る三人が一列に走る。最短距離を一直線に。
     ザッ、と藪が割れた。
     そこに見えたのは、戦列を離れかけたところで背後を振り返るイフリート。そして、獣の視線の先で死闘を繰り広げている仲間だった。
     攻撃に転じようとした蒼慰の利き腕に、サイズから振り出された漆黒の波動が突き立つ。シックル四体分の攻撃を受け止めて背後を護っていたフローレンツィアの姿は眷属に群がられて、まるで見えない。
     やっと数歩、後ろに距離を取れた瑪瑙が魔道書を繰って、その群れへと禁呪を放つ。どっと炎が上がり、吹き飛んだ眷属たちのあとに横たわるフローレンツィアは、ぴくりとも動かない。四肢が形を保っているのが奇跡という有様だった。
     先頭でその全てを目の当たりにした煉火が、ぐっと息を飲み込んだ。
    (「淫魔を助けたりイフと共闘したり……こんな事になるなんて思わなかったな……)」
     一気に影喰らいの射程まで駆け込む。
    「まあいい、今はヒーローとして! 目の前の悪を阻止するのみだ!」
     その横を駆け抜けるイヅルは、更に前へと。瞳だけを横に動かして煉火の所作を確認し、縛霊手の展開を始める。
     それらの気配を知り、血溜りの中のフローレンツィアがぎこちなく首を横に傾けた。視界が赤く霞む。冷え行く唇が震える。
    「さ、敵の……多い、方へ走って……蹴散らし、て、あげ……ましょう?」
     血泡を噴きながら、それでも上手く優しく笑った。
     それを嘲笑うかのように歩み寄ったゾンビが、巨大な鎌を振り上げた。切っ先が狙うのは、薔薇の花を挿した胸。
     瞬間、重たげな動きに見えた獣が、身を躍らせた。
     振り下ろされた三日月形の刃が、ガツッという音を立てる。飛び込んだイフリートの牙が、それを引っ掛けて花のぎりぎり真上で止めていた。
     全ての動きが止まったその時、煉火の影が腐肉の片足を戒め、イヅルの縛霊撃が利き腕の肘を縛り上げる。
    「……ォ……オ」
     軋むような動きで首を小刻みに振った眷属が、黄色く汚れた歯を剥き出しにして身じろぐ。耳障りな音を立て、サイズの刃が獣の牙を削った。
     それにきつく眉根を寄せて、真昼が激しく弦を弾く。遠ざかりそうなフローレンツィアの意識を縫いとめるために。その音色が逆に獣の神経を逆なですれば、どうなるか。その可能性に気付いている彼の神経こそ、愛器の弦よりも張り詰めている。
     キシ……。
     また、刃と牙が拮抗し、鎌の先が薔薇の花びらの端を引っ掛けた。
     今、イフリートが気を変えれば、眷族の渾身の一撃はフローレンツィアの胸を背まで抜ける。
     天花が、ふらつく足を踏みしめて立った。アルゲントゥム・フリアーレを一振りし、白銀の鱗を連ねたかのような一撃を眷属の背へと見舞う。
     蒼慰の蛇咬斬が残る片足へと走ると、キングが斜めから敵へと突っ込んだ。
    「王族の実力、ナメたらアカンぜよォォォ!」
     怒号と王族の気品が尾を引いて、雨あられと腐肉に降り注ぐ。No5の男の閃光百裂拳ラッシュ。
    「ガッ……ァ、アアア!!」
     蜘蛛の巣に捕らえられたかのようなゾンビの全身が大きく前後に揺れ、やがて両足と背が引き千切れる。
     腐った四肢が裂けて弾け飛ぶと同時、イフリートの巨体も反動で真後ろに吹っ飛び地へと叩きつけられた。砕けた片牙が地に突き立つ。
     ゆっくりと癒えていくフローレンツィアの胸で、薔薇は花びら一枚を落として静かに夜風を受けていた。

    ●うつくしいもの
     木立を揺らす風が、腐臭を拭って去る。
     しばらくは肩で息を継ぐ灼滅者たちだったが、敵の侵攻は何とかここで食い止めた。成功だ。
     だが、一体の敵がまだ傍にいる。
     最後の一音を弾ききった真昼は、ピックを固く握り締めた。やはり。魂に染み入る曲だったが、味方を癒してもイフリートは癒さない。
     顎からだらりと血を流した獣が、低く唸る。
    (「うわぁ無理だ、やっぱ怖ェ、ゾンビとかよりあっちの方が怖ェ!!」)
     煉火も、どんな顔をして良いかわからないという面持ちでその傍らに佇んでいる。戦いの場とあれば苛烈に割り切るのだが。
     労ってみよう。そんな空気が彼女やキングから漂った時、ゆらりと身を起こしたフローレンツィアが獣の背へと両腕を差し伸べた。
     ご褒美にブラッシングを。
     そんな彼女の心尽くしから、獣は逃げなかった。声一つ立てることなく腕の中に大きな頭を捕らえられ、そして。
     ただそこにいるだけで彼女の腕と胸とを劫火で焼き、周囲の者の髪を焦がした。
    「……!」
     触れ続けるのは難しい。だが、火傷は仲間が癒してくれるはず。
     真っ黒な炭と化して落ちた薔薇を、イフリートは幾千回見た絵を眺める目で見つめた。ゆっくりと瞬きし、八つの香りと共に記憶に封じる。
     ゾッとするほどに静かだった。何を糧に燃え盛るのか、炎は血に汚れた灼滅者たちの顔を赤々と染めて揺れる。
     イヅルの地図に火の粉が飛び、左の端から次第に黒く焦げていく。
     同じところに端を発しながら、獣が何を考えているのか彼にはわからない。共に戦えば頼もしいとも思えるのだが。
     ミシリ、と小枝を踏む重たい音。それが、彼らの間を縫う。黒焦げの花と紙片は踏みつけない。せずとも儚いと知るからか。
     獣の形をしたダークネスは、深い木立の間に消えた。水際で保たれた場へと。
     終始、ある程度の距離を持ち続けた瑪瑙が静かに振り返る。
     遠く聞こえる咆哮は、今しがた聞いた調べにどこか似ていた。
     しんと深まる夜は、獣が消えてもなお彼らを内に抱き続ける。
     闇はそうして常に傍らへと連れ添い、決して失せることはないだろう。
     光無くして見えない彼らの影のように。
     

    作者:来野 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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