廃校の悪魔~美醜の篭女

    作者:志稲愛海

     窓から差し込んだ月光が、より女の瞳を怪しい金色に染める。
     柔らかな月の光を纏い輝きを増す、流れるような白銀の髪。
     ワイングラスを握る手は、まるで陶磁器の如く白く艶やかで。
     人形のように美しい――その見目は、まさにそう形容するに相応しい。
     たがそれは、左半身に限った話。
     黒く爛れた肌に人間離れした禍々しい右腕。その右半身は、まさに異形の悪魔。
    「武蔵坂が動くようね。あいつら、ダークネスを舐めてるんじゃないかしら」
     その女――美醜のベレーザ・レイドは、ふと窪み落ちた瞳に妖艶な蒼を宿すと、真紅に満ちたワイングラスをくるりと揺らして。
    「さぁ、どう料理してあげましょうか」
     淫靡に満ちる空気に酔いしれ、鼻腔をくすぐる艶かしい香りに満足気に微笑む。
     それから、ゆっくりと愛しげに、透明感のない深い紅の液体に口づけてから。
    「ふふっ……。まずは、ハルファス様に報告しましょうか、うまくいけば、楽しいことになる事でしょう」
     闇に照る怪しい月に乾杯した後、もう一度、笑みを漏らすのだった。
     

    「新学期が始まっちゃったけど、みんなの夏休みは楽しかった? オレは超満喫したよー」
     飛鳥井・遥河(中学生エクスブレイン・dn0040)は、いつも通りへらりとした笑みで灼滅者達を迎えた後。ふと苦笑しつつも、皆を見回して続ける。
    「でもね……新学期早々、夏休みの余韻に浸る暇もなさそうだよ。というのも、ウロボロスブレードの彼・紫堂恭也は知ってるよね? その恭也から、『美醜のベレーザ』に関する重要な情報があったんだ」
     エクスブレインが告げたその名に、一瞬ざわめく教室。
     だが無理もない。彼の人物は、行方が分からなくなっていた灼滅者の少年と、何度も姿を現しては逃げ遂せているソロモンの悪魔であるのだから。
     そしてざわめきがおさまるのを少し待った後、遥河は詳細を語り始める。
    「美醜のベレーザと配下のソロモンの悪魔がね、栃木県の廃校を根城にして、自分に従わないダークネスを監禁し洗脳して配下に加えようとしているらしいんだよ。そして恭也は、廃校のソロモンの悪魔を灼滅するとともに、囚われているノーライフキングの少年少女の救出に協力して欲しいと言ってきているんだ。それにね……この拠点の指揮官は、あの筒井柾賢なんだって」
     ダークネスの救出については異論もあるだろうが。それ以上に、美醜のベレーザの拠点の情報には価値がある。
     さらにこの廃校拠点の指揮官は、闇落ちした元灼滅者・筒井柾賢であるというのだ。
     今回は、情報をもたらしてくれた紫堂恭也と協力して、廃校を拠点とするソロモンの悪魔勢力を打倒してほしいというわけである。
     
    「それでね、敵の拠点となってる廃校だけど。山間部の学校で、周囲に住人がいなくなった煽りを受けて廃校になっちゃったみたいだね」
     場所は、羅刹佰鬼陣の舞台となった赤城山のある群馬県のすぐ隣、栃木県の山間部。
     今では周囲に民家もなく、人の気配すらない。秘密基地には、うってつけの場所である。
    「そしてこの拠点となっている廃校を攻略するためにはね、幾つかの班が協力する必要があるよ。でも多数の灼滅者が攻略に向かった場合、バベルの鎖の効果で攻略を予見されて対策をとられちゃうだろうから……敵が襲撃を予見する事を前提に、素早く、確実に制圧を行う必要があるんだ。だから今回は、8班に分かれてこの作戦にあたってもらうね」
     廃校に今回赴くのは、8班の灼滅者達。
     その8班が、2班ずつ4つのミッションに分かれ、作戦を行なうことになる。
    「その中でみんなには、『後方警戒』を担って貰いたいんだ。今回の襲撃は『バベルの鎖により感知される』危険性が高い作戦になってるから、作戦中に、ベレーザの配下が廃校への増援として現れる可能性があるよ。だからそれを警戒して、増援を廃校に入れないようにして欲しいんだ」
     皆に行なってもらう役割は、『後方警戒』。
     廃校へ潜入し救出や撃破を他のチームが行なう際、ベレーザの増援が現われては、作戦に支障が出てしまう。なのでそうならないよう、増援を廃校へ近づけないようにしてほしいというわけだ。
     ……だが。
    「どんな敵がどれだけ増援に現れるかまでは、ごめん、分からなかったよ……最悪、美醜のベレーザ本人がやってくる可能性もあるし、もしかしたら、ベレーザと協力関係にあるダークネス組織とかと接触する可能性もあるかもしれない。敵の種類や数も未知数で、全体の作戦を成功させるために、敵を決して廃校に入れさせるわけにはいかないなんてさ……とても難しい依頼だと思うけど。だからこそ色々な可能性を考えて、何が起こっても柔軟に対応できるよう、しっかり話し合って臨んで欲しいよ」
     ベレーザや、彼女と協力関係にあるダークネス組織との接触の可能性ももしかしたらあるかもしれない危険を孕む『後方警戒』。しかもバベルの鎖の予知の影響で素早く事を成さねばならず、2班で臨むしかない。
     だが廃校内部の作戦を成功させるためには、必要不可欠なこと。
     敵の規模や種類などを想定し対応策を考えつつ、戦闘時の連携などを互いの班で確認しながら、何とか敵を廃校に近づけないようにしてほしい。
    「作戦の決行は、夜だよ。敵の拠点の廃校は、今でも電気系統は一応生きてるみたいだけど。後方警戒班の戦場は廃校入口付近の外になるだろうから、廃校から漏れる明かりだけだと視界の確保は難しそうかな。だから、何か対策を考える必要があるよ。でも幸い、廃校入口付近は広くひらけてて、戦闘の障害になるものは特にはないみたい」
     今回あたってもらうミッションは難しいものになるだろうが。
     もうひとつの班とうまく連携しつつ不測の事態に備え、後方の警戒をしっかりとお願いしたい。
    「今回の作戦はさ……何度も言うんだけど、敵がバベルの鎖で襲撃を察知する可能性が高いから。だから、その危険に充分備えて臨んで欲しいんだ」
     遥河は説明を全て終えた後、改めてそう告げて。灼滅者達を見回し、その背中を見送る。
     十分に気をつけて、必ず帰ってきてね――と。


    参加者
    銀嶺・炎斗(銀炎・d00329)
    風音・瑠璃羽(散華・d01204)
    結城・桐人(静かなる律動・d03367)
    アレクサンダー・ガーシュウィン(カツヲライダータタキ・d07392)
    石田・和也(大罪の処刑人・d09196)
    八川・悟(人陰・d10373)
    園城・瑞鳥(フレイムイーター・d11722)
    クリスレイド・マリフィアス(魔法使い・d19175)

    ■リプレイ

    ●夜に紛れる翼
     虫の鳴き声すら聞こえない、異様な程に静かな夜。
     これがいわゆる――嵐の前の静けさ、というものだろうか。
    「迎撃班、今のところ異常なし」
     アレクサンダー・ガーシュウィン(カツヲライダータタキ・d07392)は仲間に息抜きのお菓子と紅茶を振る舞った後。他班と繋いだトランシーバーにそう一言連絡を入れてから、再び夜の闇へと視線を戻した。
     紫堂・恭也から得た『美醜のベレーザ』に関する重要情報。
     そして廃校を拠点とするソロモンの悪魔勢力を打倒する事になった、今回の作戦。
     それを成功させる為に、アレクサンダー達はもうひとつの班と共に『後方警戒』を担っているのだ。
    (「敵がわかんねーってのがやっかいだよなぁ……」)
     ビハインドのハイちゃんと注意深く周囲を見渡す銀嶺・炎斗(銀炎・d00329)の言う様に、何処からどんな敵がくるかは未知数。
     もうひとつの班と分担し、主に校舎の裏側を中心に警戒しながら。
     八川・悟(人陰・d10373)は、窓など入り口となりそうな場所にも注意を怠らず、結城・桐人(静かなる律動・d03367)も互いに声を掛け合いつつ、出来る限り広い範囲をカバーできるように皆と警戒の目を分散させて。
     地上だけでなく、箒に跨る風音・瑠璃羽(散華・d01204)が、屋上からも目を光らせる。
     暗視スコープこそ手に入らなかったが、用意した灯りを頼りに警戒を進める灼滅者達。
    (「実力も数も不明瞭な点が多く、現われた敵がこちらが把握しきれていない何らかの力を使ってくる可能性も捨てきれないからな」)
    (「さて……鬼が出るか蛇が出るか、といったところかしらね」)
     悟やクリスレイド・マリフィアス(魔法使い・d19175)の思う通り……これからどんな敵が現われ、何が起こるのか。それは分からないが。
    (「まあ、やれるだけやりましょう。何時も通りに、ね」)
    (「誰が来ようと、何が来ようが、1匹たりともここは通させない……この作戦は必ず成功させる……」)
     石田・和也(大罪の処刑人・d09196)も決して廃校に敵は入れぬと、神経を張り巡らせて。
    (「何が来ようとも作戦が終了するまでここを死守するまでだがな」)
     アレクサンダーはそう警戒を怠らぬまま、ふと仲間を見回した。
     誰か『美醜のベレーザ』に会った者がいるならば、話を参考にしたいと。
     そのベレーザに対して、強い興味と警戒心を抱くのは、園城・瑞鳥(フレイムイーター・d11722)。
    (「一度死にかけて、より慎重になったのか、それともより大胆になったんでしょうか……どちらにせよ、武蔵坂の敵でもトップクラスに侮りがたい存在ですね」)
     何度もこれまで逃げ遂せている彼女は、ハルファスよりもある意味厄介なのかもしれないと。
     瑞鳥がそんな思考を巡らせた――その時だった。
    「!」
     アレクサンダーはトランシーバーの声に、耳を傾ける。
     それは、もうひとつの後方警戒班、校舎の表側にいる村井・昌利(吾拳に名は要らず・d11397)からの連絡であった。
    『……鳥の姿をした何かが見えた』
     静かに、いまだその正体を見極め確認しつつ紡がれる、相手の声。
     そしてそれが、敵であると確信に変わった刹那。
    『――交戦してる! すまない、向かってくれないか』
     静寂の闇に、一瞬にして緊張がはしる。
     校舎の表側を警戒していた班が見つけた、鳥の姿をした何か。
     さらに、交戦している場所は、ここ校舎裏側に近い――裏山。
     きっと鳥のような存在と戦っているのは、警戒班であるだろう。
     自分達の前にこれまで敵が現われなかったのも、警戒班の皆が十分に索敵してくれていたからかもしれない。
    「了解、裏山へ急行する」
     アレクサンダーは援護の要請にそう短く返し、班の皆を呼び集めて。
     屋上の瑠璃羽も合流し、8人で急ぎ、裏山へと向かう。

    ●氷の翼
     裏山に駆けつけた8人が目にしたもの。
     それは連絡を受けた通り『鳥』であった。
     いや、正確には……鷲の翼を持ち、頭部が獅子である、人型の悪魔であったのだ。
     さらには、ライオンのマスクと戦闘服を纏った配下が10体ほど。恐らく強化一般人だ。
     そしてそんな敵と交戦しているのは、裏庭で敵の警戒部隊排除を担っていた班であった。
     警戒部隊排除後も確りと周囲を索敵してくれていたところを、廃校へと向かうこの援軍と遭遇したのだ。
     だが。
    「……!」
     遠目からでも分かる、劣勢。
     連戦という事もあってか、またひとり、誰か仲間が倒れた姿が見える。
     戦場に近づくたびに濃くなる、血臭と強烈な冷気。
     だが怯んでなどいられない。
    「……いくぞ」
     桐人の言葉に皆頷いて。
     8人は激しい戦火に飛び込むべく、大きく地を蹴った。

     容赦なく灼滅者達を蝕む死の魔法。
     目に見えぬ冷気が、体温や熱量を急激に奪い、肉体を凍らせていく。
    「でも、まだ……!」
     そう叫び、倒れたカミーリア・リッパー(切り裂き中毒者・d11527)を抱きとめる嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)。
     だが、突如――ブオオンッ! と、大きなエンジン音が戦場に轟いた瞬間。
     その瞳に映ったのは、ハイパーライダーを駆使し割り込んだアレクサンダーとライドキャリバーのスキップジャックの姿。
     鰹をモチーフにしたキャリバーで敵前に颯爽と立ちはだかり、すかさず繰り出した『鰹出汁スプラッシュ!』をライオンマスクの配下に浴びせて。
    「あとは、わしらに任せろ」
     そう振り返らず、敵の群れを見据えるアレクサンダー。
    「すみま、せ……」
    「それでは、よろしくお願いするですよ」
     イコを支える望月・小鳥(せんこうはなび・d06205)も、残る力で撤退に動いて。
    「だが気をつけろ。奴はハルファスの臣下……『百識のウァプラ』と名乗った。恐らく、幹部クラスだ」
     盾神・織緒(不可能破砕のダークヒーロー・d09222)が、鷲の翼を持つ悪魔が何者であるか告げた。
    「ハルファス臣下の『百識のウァプラ』……幹部クラスか」
     手負いの仲間の撤退を支援すべく、浄化をもたらす優しき風を招きながら。
     ……逢いたかった。そう眼前の悪魔を冷静に見据え、桐人は伝える。
    「灼滅者を甘く見るな、ここで全てを終わらせる……闇にとらわれた者の事も、お前の企みも」
     だが弱者の戯言と言わんばかりに、微動だにせぬウァプラ。
     そして一気に撤退に動く警戒班。
    「そんじゃあ、俺らはダッシュで退くぞ!」
    「……気を、……つけて」
     意識のない仲間を背負う水戸・春仁(ロジカルソーサラー・d06962)と不破・聖(壊翼の夢想・d00986)も駆け出して。
     ライオンマスクの強化一般人が再びその背に攻撃を仕掛けようとした、刹那。
    「ここから先は通さない!」
     後ろが隙だらけ……だよ! と。
     箒で降下し成した瑠璃羽の赤き逆十字が、そうはさせぬと敵を引き裂けば。
    「ここは俺達に任せろ! いくぞ、ハイちゃん!!」
     相手を粉砕する程に強烈な炎斗の斬撃が、敵の追撃をぶった斬るように振り下ろされて。主人に続き、霊撃を繰り出すハイちゃん。
     そして悟の眼光鋭き漆黒の瞳が、敵1体の姿を捉えると。
    「一匹たりとも校舎には近づけない」
     催眠の力宿す符が夜空へと舞い、敵の心を惑わせる。
     『百識のウァプラ』は、戦闘は配下に任せ、自分は高みの見物と決めているらしい。
    「仲間の為に、というのは柄ではないけれど。まあ引き受けた仕事だからね、ここは通しはしないわよ」
     来るのだろうとは思ってはいたけれど……さて、と。
     ベレーザか、同等のダークネスの出現を予め覚悟していたクリスレイドは、冷静にウァプラに目を向けるも。
     強力なダークネス自体には興味はあるが……徒に死にゆくつもりもない。
     だから。
    「……まあいいわ、少しくらいお相手させて頂こうかしら!」
     戦場駆けるリーアへと指示を出しながら、相手に対抗する様に氷の魔法を見舞う。
     敵を倒す事よりも足止めを重視する和也は、心の深淵の闇を漆黒の弾丸に変え、ライオンマスクへと容赦なく撃ち込んで。
     ――お前の闇を、喰らい尽くす!
     そう紡いだ瑞鳥の手に握られるは、炎の渦の様に赤々とうねるサイキックソード。
    「受けろ、これが私の焔!」
     変化した口調の如く熱く。燃え盛る炎が爆発し、前線に立つ強化一般人を巻き込めば。
     敵の群れへ突撃するスキップジャックの上からガトリングガンを連射するアレクサンダーが、1体の配下を滅多打ちの蜂の巣にし、撃ち倒す。
     勿論、相手から次々に見舞われる氷の魔法は全身を蝕み、凍えるほどに強烈であるが。
     全員で堪えられる様にと、桐人やクリスレイド、リーアの癒しの力が戦線を支えて。
     灼滅者達が、ライオンマスクの強化一般人達を徐々に圧倒していく。
     そして炎斗の無敵斬艦刀が唸りを上げ敵を頭から豪快に砕き、仲間を気遣いながらも好戦的な眼差しで放たれた和也の歌声がまた1体、敵を打ち倒せば。
    「そんな冷気、この焔で吹き飛ばす!」
     瑞鳥の繰り出した激しい炎の奔流が敵の群れを飲み込み、その身を焼き尽くした。
     戦況は、灼滅者優勢。
     10人いた強化一般人も、5人まで討ちとった――その時だった。 
    「!!」
     戦場が、一瞬にして凍りつく。
     ぞくっと背筋をはしる寒気は、冷気が理由ではない。
     それは……本能的に感じた、圧倒的な力のせい。 
    「仲間を呼ぶとは、面倒な敵ですね。しかし、こちらも、あの女を見捨てるわけにはいきません。いいでしょう、私が相手をしてあげましょう」
     これまで見物していたウァプラの氷魔法が灼滅者達を飲み込み、氷漬けにしたのだ。
     その思わぬ強大な衝撃に、和也が耐えられず膝を折り、今まで仲間を庇い前に立っていたハイちゃんが消滅する。
     さらに、何とかウァプラの一撃には耐えた瑞鳥だったが。強化一般人が撃ち込んできた魔法の矢に貫かれ、地に崩れ落ちた。
    「なんて威力っ!」
     瑠璃羽は攻めの姿勢を崩さず、果敢に張り巡らせた糸で敵の足を止めながらも、ウァプラの放った一撃に思わず声を上げて。
     これまで頑張って回復を担っていたリーアも、翼から巻き起こる二撃目の冷気でかき消える。
    「これが幹部クラスというのか?」
     悟も、回復が追いつかないほど強烈な氷の威力を目の当たりにして。
    「……!」
     狙いを定め放たれたウァプラの魔法の矢が次に射抜いたのは、回復手のクリスレイド。
    「! このッ」
     倒れゆく仲間を目にし、普段のへらへらした表情は一切消えて。
     激情した気持ちのまま振り下ろした得物で、敵陣を切り裂きにかかる炎斗。
     桐人も、無表情であったその顔に焦燥の色を宿すも。
     アレクサンダーや悟や瑠璃羽と目を合わせ、そして頷き合う。
    (「俺達だけでは勝てない……ならば」)

    ●冷酷なる翼
    「くっ!」
     倒れた仲間を庇いながら、灼滅者達がとった手段。
     それは――後退すること。
     だが無策で退いているのではない。廃校には、もうひとつの後方警戒班がいるのだ。
     きっとこの窮地に気付き、駆けつけてくれるだろうと――容赦なく浴びせられる氷の嵐に必死に耐えながら、限界を超えた肉体をも魂で奮い立たせる。
     ……だが。
    「そろそろ、くたばったらどうですか。楽になれますよ」
    「!」
     刹那、ウァプラを取り巻く空気が凍りつき、ばさりと広げられた翼に吹き上げた冷気が渦を巻く。
     この一撃をくらえば……まずい。
     全身に立った鳥肌と寒気が、本能が、そう警笛を鳴らすも。
     成す術が、無い。
     そして死の魔法が解き放たれようとした――その時だった。
    「!?」
     ウァプラの身を突き刺したのは、眩い光刃であった。さらに、闇夜を照らす一条の光明の如き魔法の矢が、天を切り裂いて爆ぜる。
     振り返ればそこには、駆けつけた霧凪・玖韻(刻異・d05318)や時渡・みやび(シュレディンガーの匣入り娘・d00567)の姿が。
    「……来てくれたのか!」
    「いよぉ、邪魔しにきたぜ!!」
     科戸・日方(高校生自転車乗り・d00353)の影が氷の翼を引き千切らんと喰らいつき、前へと出てきていた敵を押し返して。
     地を蹴り放たれた昌利の雷を帯びる拳が、思い切り真っ直ぐにウァプラへと突き込まれる。
     そして敵が微かに揺らいだ隙を見逃さず、アレクサンダーはスキップジャックの突撃と同時に『鰹出汁スプラッシュ!』をお見舞いして。 
    「擦り傷切り傷これくらい平気ってね!」
     ありがとう! と援護に来てくれた仲間に礼を言いながら、持てる全力で恐れず踏み出す瑠璃羽に続いて。
     仲間の命に関わるならば闇堕ちすらも厭わない、と。
    「誰も、絶対殺させねぇッ!」
     炎斗の振るう無敵斬艦刀の衝撃が、敵を断ち切り、薙ぎ払わんと荒ぶる!
     そしてもう誰も倒れさせはしないと、桐人は、傷を負いつつも尚立ち向かう仲間達を確りと癒して。敵の足を止めるべく戦場を飛び交う、悟の導眠符。
     頼もしい仲間の援護を受け、支えられながらも歯を食いしばり耐える。
     まさに一進一退、一瞬もたりとも気が抜けぬ戦況。
     だが――そんな状況を破ったのは。
    「!」
    「ベレーザ!」
     漆黒の翼をばさり羽ばたかせやって来たのは、そう……『美醜のベレーザ』。
     だがベレーザは灼滅者達には目もくれず、月の如き金の瞳でウァプラを見つめ、告げた。
    「ウァプラ殿、撤退です」
    「筒井君とやらは、連れてきていないようですが?」
    「…………」
    「ふむ、作戦は失敗ですか。ならば、ベレーザ殿の言うとおり、長居は無用です」
     彼女の無言の返答に、ウァプラはそうさらりと応えるも。
    「そうはさせない!」
     ここでみすみす逃がしはしないと食い下がる、灼滅者達。
     だが……これまで礼儀正しかった彼の視線が、嘲笑の色を宿した瞬間。
    「お前たちの事情は知りませんが、我々は急ぐので、失礼しますね」
    「……!!」
     世界を覆ったのは、待てと止める言の葉さえも凍てつかせる――強烈な、氷の魔力。
     それから灼滅者達が見たものは。
     月を背負い去っていく悪魔達と、ばさり羽ばたいた大きな鳥の如き影であった。
     そして、敵が完全に去った瞬間。
    「……っ」
     満身創痍の灼滅者達は、安堵の溜め息と共に。
     真白に染まった冷たい大地へと、どさりと倒れるように座りこんだ。
    「はふー……お、終わったぁ?……中の人達も無事かな……」
     へたりと座りながらそう廃校を見遣る瑠璃羽に。
     怪我を負った仲間を支えつつ頷いたのは、アレクサンダー。
    「どうやら廃校内の作戦も、上手くいったようだ」
     各班を繋いだトランシーバーが告げたのは、ミッション成功の一報。
     これも、各班の連携や作戦の賜物であるだろう。
     どこかの班が欠けていれば、恐らく有り得なかった成功だ。
     だが――美醜のベレーザと、ハルファスの臣下を名乗るソロモンの悪魔。
     これから何が起こるのだろうか、と。何かが起こる予感を抱きながら。
     この時の灼滅者達にはまだ……それが何か、想像もできなかった。

    作者:志稲愛海 重傷:石田・和也(二次元界の執行人・d09196) クリスレイド・マリフィアス(魔法使い・d19175) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 22/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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