それは、イフリート勢力のクロキバからの報告だった。
「先日、ノーライフキングノ邪悪ナ儀式ヲ一ツ潰シタノダガ、ソノ儀式ノ目的ハ、我ラノ同胞ガ守ル源泉ヲ襲撃スル為ノモノデアッタ」
それだけで終わったのならば、クロキバが武蔵坂学園へと報告するとも限らない。事実、これは現在進行形の出来事だった。
「敵ノ数ハ多ク、我ラダケデハ撃退ハ難シイダロウ。モシ、武蔵坂ノ灼滅者ガ撃退シテクレルナラバ、我ライフリートハ、ソノ指示ニ従ッテ戦ウダロウ」
それは、イフリート達からの明確な『助力』の要請だった。
「ヨロシク頼ム」
「頭を使わない分、柔軟って考えていいんすかね?」
湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は感心していいのかどうなのか、迷った風にこぼした。
「ま、クロキバからの報告によるとっす。イフリートのいる源泉にーライフキングの眷属による襲撃が襲撃しようとしてるって連絡があったんすよ」
ちなみに、サイキックアブソーバーによる予知でも同じ事件が予知された――この襲撃が行なわれるのは間違いない。
「ノーライフキングの眷属達は、数か所から現れて源泉を目指して進軍してくるっす。敵が合流してから源泉で迎え撃つ事も出来るっすけど、逆に眷属達が合流する前に各個撃破出来れば、かなり有利に戦えるはずっす。偵察とかで相手の動きを確認さえ出来れば、うまく立ち回れれば勝つのは難しくないっすね」
ただ、と翠織は表情を曇らせる。
「クロキバは、源泉に近付けずに撃退して欲しいって要望があったんすよ」
そうなると、こちらも人数を分散してでもそれぞれの敵と戦わざるを得ない。そうなれば分散し、距離が離れればこちらの連携も難しくなる。かなり、慎重な判断が必要となるだろう。
「みんなに守ってもらうのは、和歌山県田辺市本宮町、そこを流れる大塔川……その川の源泉っすね」
敵の眷属、それぞれ武器を装備したゾンビの群れは三つに分かれて行動している。林の中を分かれて進軍してくるのでこちらの連携が取りにくいのが厄介だ。加えて時間は夜、光源は必須であり、しっかりとした準備もいるだろう。
「眷属の数は、それぞれ五体ずつっすね。無敵斬艦刀、リングスラッシャー、天星弓のどれかを装備して、その武器のサイキックとシャウトを使ってくるっす。実力はどれも大した事はないんすけど、数が厄介っすね」
もしも、源泉の近くで戦うのならば、人気のない川原となる。こちらは、未来予測で出現する場所が特定されているので、戦いやすいだろう。ただ、待ち受ければ十五体に及ぶ敵と真正面から戦う事となるのを覚悟して欲しい。
だが、この源泉を守るイフリートの助力を得られる。この助力は、かなり状況を好転させるはずだ。
「見た目は黒い鹿の角の生えた緋色の熊っすね。サイズはでっかいんすけど。ただ、こいつが厄介なのは、源泉を戦場にしたくないみたいなんすよ……で、林とかで走りまわるのが苦手、と来てるっす」
なので、イフリート的に三手に分かれられた時点で詰んでしまっているのだ。ただ、その戦闘能力の高さだけは保証されている。
「ああ、後、相手はイフリートっすから。あんまり難しい指示が出ても理解しきれないっす。後、我慢とかも基本苦手なんで。こっちの作戦指示もそこらへんをちゃんと理解して指示してやって欲しいっす」
翠織はそこまで語り終えると、ため息混じりに締めくくった。
「何か、奇妙な事になっちゃったっすけど、ノーライフキングの作戦をくじくチャンスでもあるっす。しっかりと、対処をお願いするっす」
参加者 | |
---|---|
橘・瞬兵(蒼月の祓魔師・d00616) |
御幸・大輔(イデアルクエント・d01452) |
甘粕・景持(龍毘の若武者・d01659) |
夜空・大破(白き破壊者・d03552) |
高野・あずさ(菫の星屑・d04319) |
高倉・奏(拳で語る元シスター・d10164) |
ユエ・アルテミア(書物蒐集狂・d10468) |
御門・美波(こころのアストライア・d15507) |
●
(「まさかイフリートから助力を請われるなんてね、正直驚いたな」)
御幸・大輔(イデアルクエント・d01452)は、しみじみとそう思った。ましてや、それが目の前にいるのだからなおの事だった。
『…………』
無言で自分達の前に腰を下ろすのは、一体のイフリートだった。見た目は、ただただ巨大な緋色の熊だ。その頭には立派な雄鹿の角が二本あり、そこと色以外は、大きいだけの熊という印象だ。
「宜しくお願いします」
そんなイフリートに丁寧に一礼するのは、高野・あずさ(菫の星屑・d04319)だ。それにつられてか、イフリートも頭を少し揺らした。真似してお辞儀をした、ように見えなくもない。
「えーと、いいっすか? 説明するっすよ?」
『…………』
高倉・奏(拳で語る元シスター・d10164)は、イフリートの視線を真っ直ぐに受けてたじろぎそうになる。そこに、敵意はない――ないからこそ、戸惑うのだ。
「林の中にいる敵は美波達で倒すから、河原に出てくる生き残りをおねがいね?」
御門・美波(こころのアストライア・d15507)は、そう言い含めると冗談交じりに続けた。
「明りを持ってるのが美波達だからね? ゾンビと間違えないでね♪」
美波の言葉に、やはり顔を近付けてジーと見詰めるイフリート。それを見て、奏は気付いた。
(「ああ、真剣に憶えようとしてくれてるんすね」)
その仕種は、むしろ子供を思わせた。知能の意味では、決して間違いではないのだろうが……。
「……もふもふ、……いい、な」
思わず、そう呟いたユエ・アルテミア(書物蒐集狂・d10468)にイフリートが視線を向けた。憶えなくてはいけない事だと思ったのだろう、その真剣な瞳に思わず口元を綻ばせながら、ユエは一つ一つ噛み砕くように伝える。
「……わたしも、空から……駆けつける、ね?」
それに、イフリートは顔を近付ける。どうやら、それが了承の合図らしい。
「ここが和歌山……紀ノ国。緑の多い場所は空気が澄んで気持ちいいですね」
夜。流れる大塔川と、その周囲の森を見回し、あずさは目を細めた。美しく、神秘的な景色だ。あずさの感想に、イフリートがうなずいたのは偶然だろうか? あずさも微笑み、言った。
「せっかくなので、親しみも込めて愛称をつけてみますか?」
「緋色に熊のような……ヒヅメとか?」
「シカクマくん」
「……ひーちゃん……」
夜空・大破(白き破壊者・d03552)を皮切りに、美波とユエが乗っかった。
「そもそも名前はなんていうのでしょうか?」
大破の問いかけに、イフリートが戸惑ったように三人の顔を見回す。その仕種に橘・瞬兵(蒼月の祓魔師・d00616)は笑みをこぼし、次の瞬間には表情を引き締めた。
「えっと……そろそろ、行きましょう」
「……そう、ですね」
甘粕・景持(龍毘の若武者・d01659)が静かにうなずく。この森の奥には、ノーライフキングの眷属、ゾンビ達がこちらへと明確な悪意を抱いて迫っている――それと戦うために、自分達はここへ来たのだ。
『…………』
灼滅者達が、森に向かい歩き出す。座ったままのイフリートは、手を振る灼滅者を真似て、前足を掲げて揺らした。
●
(「えっと、ノーライフキングの儀式を喰い止めるためにその眷属たちと戦うのは全然問題ないんだけど……そこでイフリートと共闘するって、なんか不思議な感じだね……」)
森の中、瞬兵がそう思うのも仕方がなかった。あのイフリートもまた、ああ見えて一歩間違えば、人々に害を及ぼしかねない危険な存在なのだ。
(「もし、協力する陣営と闘う陣営が逆だったら、どうなったんだろうね……?」)
それは、なかなかに複雑な想像だった。あのイフリートとゾンビと共に戦う自分を想像して……あまり、良い気分にはなれなかった。
「いましたね」
「えっと、ですね」
隠された森の小路で先行するあずさの言葉に、瞬兵は地図を素早くしまった。素早い接触を、策をもって行なった事が幸いした。完全に不意が打てるタイミングだ。
「……では……はじめましょうか……」
景持が、天星弓の矢をつがせる。天へと向かって放たれた矢は、やがてその名にある通り、降り注ぐ星々のようにゾンビの群れへと降り注いだ。
「……これで……あなた方の数と配置は、把握できました……」
「櫻鏡『サクラカガミ』、展開……」
あずさの紫玉櫻鏡、アメジストの薔薇が咲きほころぶ盾から大輪の薔薇が仲間達を覆うように展開される。それを受けて、大輔が駆け出した。木々を縫うように、まるで舞踏会場で舞い踊るかのような足取りで無敵斬艦刀を持ったゾンビへと踊りかかった。
「ここから先は一歩も通さないよ」
繰り出されるのは、螺旋を描く紅玉の刺突だ。それを受けて、ゾンビがよろめいたところへ大輔は再行動する。横に一回転、蒼玉の一閃がゾンビの胴を薙ぎ、遅れてきた衝撃が宙を回せた。
「御許に仕える事を赦したまえ……」
解除コードを唱えた瞬兵が、左手で十字を切る。
「現れ出でよ、破邪の煌き……集いて落ちよ、魔を滅する矛……光あれ……」
輝ける十字架の光臨――そして、放たれる光条に焼かれるゾンビの中、耐え切れずに無敵斬艦刀を持ったゾンビが崩れ落ちた。
「来ます」
景持の言葉に、残る三人も身構える。ゾンビ達の反撃が、始まった。
――ほぼ、同時刻。もう一つの班もまた、ゾンビの群れを発見していた。
「ふふっ♪ 頑張ろうねっ♪」
隠された森の小路を使い、先頭を行く美波はふと、足を止める。
「みつけたっ♪」
ゾンビの群れを見つけて即座に駆け出した美波に、大破は掲げたマテリアルロッドを振り下ろした。
「まとめて連れて行きましょう」
ゴォ!! と吹き荒れた烈風が、ゾンビ達を襲う。大破のヴォルテックスの中に迷わず、美波が跳び込んだ。リングスラッシャーを持ったゾンビの胸元に、美波の豪快な拳の一撃が強打する。
「まだまだいくよ?」
「……おいで、黒の書」
スレイヤーカードを開放したユエが、その右手をゾンビ達へとかざした。
「……くさい。……みんな、凍っちゃえ」
バキン! と森の中に、凍りつく音が響き渡る。ユエのフリージングデスに凍てついていくゾンビを見ながら、奏はリングスラッシャーから分かたれた小光輪を美波へと放った。
「無理は禁物っすよ、皆さん!」
奏の言葉と同時、ゾンビ達が動く。その巨大な刃が、光の円盤が、魔法の矢を射る弓が、灼滅者達へと繰り出された。
●
――二つの戦場は、灼滅者達が圧倒する。特に、不意打ちで一体を失った右翼は数の上でも同等――連携に劣るゾンビ達に、抗う術はなかった。
回復役の瞬兵と、状況に応じて攻撃と回復を受け持つ景持。そして、仲間をフォローするあずさ。それに支えられ、攻撃役の大輔がゾンビを叩きのめしていく。
「行かせないって言ったよね」
抜けようとするゾンビを、大輔は許さない。そのまま、舞いの一連の所作のように蒼玉を振り払いゾンビを薙ぎ払った。
ゾンビはその攻撃を受け、吹き飛ばされる。一回、二回、と途中の木々にぶつかりながら、そのまま力なく崩れ落ちた。
「えっと、急いで戻りましょう! ちゃんと目印も残してあります」
「そうだね」
瞬兵の言葉に、大輔はうなずく。そのまま、あずさを中心に森の中を全力で疾走した。
――左翼もまた、わずかに遅れてゾンビを駆逐する。
大破の操る無数の刃が降り注ぎ、ユエが従える七つの光輪が、ゾンビを駆逐していった。散発的に来る反撃も、奏の的確な回復を前に効果をなさない。
「回復必要な人はどんどん言って下さい!」
「とっとと終わらせるの♪」
そして、範囲攻撃で削られたゾンビを、美波が逐次落としていく。棒術を基本に、拳と投げを活かした攻撃に、ゾンビ達は倒された。
「……ん、いこ、高倉せんぱい。……いって、きま、す」
「了解っすよ」
箒に跨るユエに、猫変身した奏がその肩にしがみつく。空から先行する二人に、美波は手を振った。
「無茶しないでね? ――美波達も早く行かないと……それじゃ、大破くんお願いね♪」
「ええ、行きましょう」
大破がうなずく。アリアドネの糸は切れていない、その糸を二人は真っ直ぐにたどって駆け出した。
「……あれ……」
最初に、それを発見したのはユエと奏だった。立ち上がる炎の奔流――バニシングフレアだ。
――時間差の妙だ。瀬戸際で、イフリートがゾンビの群れを差し止めた現場に間に合ったのだ。
「……え……?」
慌てたように猫の奏に肩を叩かれ、ユエも気付く。天星弓を構えたゾンビが、こちらに矢を向けているのに。
回避行動は、今からでは間に合わない。そう、ユエが思った瞬間だ。
ドォ! と天星弓を構えていたゾンビが、炎の一閃に薙ぎ払われた。イフリートの前足による、レーヴァテインだ。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
咆哮が、大気を揺るがす。それを聞いて、ユエが目を丸くした。
「……憶え、て……?」
空から駆けつける、その言葉を憶えてくれていたのだろう。その一瞬で、奏は跳び下り、猫変身を解除した。
「……みんな、切れ、ちゃえ……」
ユエのセブンスハイロウが、ゾンビ達を切り刻む――奏は、無敵斬艦刀を持ったゾンビを引っ掴み、そのまま投げ飛ばした。
「はっはー、これでも肉弾戦は大得意!」
木に投げつけられ、ゾンビが崩れ落ちる。そこへ、たどりついた景持の鏖殺領域がゾンビ達を飲み込んだ。
「……お待たせ……しました」
「源泉には近づけさせませんっ」
あずさの鋭い裁きの光条が、ゾンビを照らす。もがき苦しむゾンビへ、大輔が願いを込めた両の拳を振るった。
「力、貸すよ」
「御幸先輩、気をつけてっ」
そこへ、ゾンビのリングスラッシャーが放たれた。大輔が反応する――よりも早く、その軌道上に緋色の巨体が割り込む。
「えっと、ありがとう……」
庇ったイフリートを、瞬兵はジャッジメントレイにより回復させた。それにイフリートは視線を一度向けるだけで、ゾンビ達と向き合った。
「間に合ったね♪」
そして、飛び込んできた美波がマテリアルロッドでゾンビを殴打する。続き、大破は異形化したその怪腕でゾンビを押し潰した。
「これで終わりです」
残るゾンビは、一体。それでも、構わず進もうと試みるゾンビに、イフリートは怒りの咆哮を放つ。
『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
イフリートの角の間に、炎が吹き上がる。それは、炎の光線となり――ドゥ! と一直線に、ゾンビへと放たれた。
バスタービーム、いや、さながらキャノンとも言うべき一撃に、ゾンビが粉みじんに砕け散った。
それを見て、イフリートが鼻を鳴らす。それはまるで、『あー、すっきりした』と言った仕種に見えて、灼滅者達の間から笑いがこぼれた。
●
「……だいじょう、ぶ? ……おそくなって、ごめん、ね」
ユエが、恐る恐る手を伸ばす。イフリートがそれを嫌がらないのがわかると、ユエはそのままイフリートの毛並みを撫でた。
「…………もふもふ……」
ユエは無表情のまま、頬を紅潮させる。その手触りは柔らかく、熱はあっても熱くなく暖かい。むしろ、春の日差しに干した後の布団を思わせる暖かさだ。奏も、その毛並みに触れて思わず目を細めながら問いかけた。
「何で屍王が源泉狙ったのか、心当りはないっすか?」
その問いには、イフリートは答えない。と、言うか答えを持っているようにも思えなかった。
「結局、源泉には何があるのか聞いても……駄目ですよね」
大破は、苦笑する。問いかけている間に、その答えに気付いたからだ。実際、このイフリートがそれを知っているのかどうなのかも、確認するだけの手段はないのだ。
「鹿角付きの熊さんですか……」
思わずカメラを取り出し、景持は記念撮影した。イフリートは、拒まない。むしろ、何をされたのか理解しているのかどうかも怪しい。
「うん、モフモフ♪」
そのお腹に抱きつき、美波は目を細める。その光景を見て、大輔はため息をこぼした。
大輔は、本来は争い事を嫌う平和主義だ。優しく穏やかな性格であり、戦う事自体に躊躇いを感じるほどに。だが、自分が傷つくよりも誰かが傷つく事を嫌い、戦う事を覚悟したのだ。
だからこそ、イフリートに積極的に関わろうとはしない。馴れ合うつもりがないからだ。
それでも、今、この時は大輔が求めてやまなかった――そんな穏やかな時間が流れていた、そう思わずにはいられなかった……。
作者:波多野志郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年9月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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