イフリート源泉防衛戦~その背にあるもの

    作者:西宮チヒロ

    ●gelassen
     誰もいない音楽室。
     そこに疎らに置かれた譜面代のひとつに集めたばかりの情報の束を並べると、小桜・エマ(中学生エクスブレイン・dn0080)は顔を上げた。
     どこを見るわけでもなく視線を硝子越しの空へと向け、つい先程聞いたばかりの男の話を思い出す。

     先日、ノーライフキングノ邪悪ナ儀式ヲ一ツ潰シタノダガ、ソノ儀式ノ目的ハ、我ラノ同胞ガ守ル源泉ヲ襲撃スル為ノモノデアッタ。
     敵ノ数ハ多ク、我ラダケデハ撃退ハ難シイダロウ。
     モシ、武蔵坂ノ灼滅者ガ撃退シテクレルナラバ、我ライフリートハ、ソノ指示ニ従ッテ戦ウダロウ。
     ──ヨロシク頼ム。

     サングラス越しであっても解る、偽りのない眼差しと声。
     クロキバからもたらされた依頼を元に調べたところ、サイキックアブソーバーによる予知もまた、同じであった。
     共闘。
     その意味することや状況は双方複雑なものがあるだろう。けれど、エクスブレインたる娘がすることは、ただひとつ。
     これから集う仲間たちのために。
     少しでも彼等が戦い易くなるように、全てを伝えるまでだ。
     耳許で響く重低音。幾度も繰り返される5拍子のリズム。静寂と、そして奮い立つほどの荒々しい音色を併せ持つ組曲は、どこか先の男にも似ている。
     廊下から響いてくる足音に気づき、顔を上げる。音楽プレイヤーを止めると、娘はイヤフォンの紐をその細い指先で絡め取り、灼滅者たちを出迎えた。
     
    ●intense
    「『イフリートのいる温泉の源泉に襲撃してくるノーライフキングの眷属たちを、イフリートと共闘して討伐して欲しい』……クロキバさんからのお願いは、つまりそういうことになります」
     今回、この場に集まった面々が護る原泉は、京都・嵐山温泉のそれだ。
     原泉の場所は、山の麓となる市街地の外れ。
     敵となるゾンビたちは、保津川上流から陸へ、及び下流から中ノ島へと上陸しようと試みる者が3体ずつ、そして法輪寺の裏手にある嵐山から下山を試みる者が8体の、計14体。それぞれ、嵐山温泉の源泉のある場所を目指して進軍してくるという。
     敵の合流を待って、原泉付近で迎撃することも可能だが、クロキバからは、できれば原泉に近づかせずに撃退して欲しいとも言われている。
     それがなくとも、眷属たちが合流する前に各個撃破する方がより有利に戦えるだろう。偵察を出し、眷属の動きを捉えながら上手く立ち回れば、勝利も難くはない。
    「ともあれ、各個撃破となると、こちらも数人ずつに別れる必要があるってことで……色々、考えなきゃですね」
     先に迎撃した班が他班に合流するとしても、闘いにかかった時間によって後手となる場合もある。
    「詳細の情報もまだありますから、それを踏まえてじっくり考えてみて下さい」
     思案しながらそう伝えると、エマは手元の譜面ファイルから地図を取り出し、机に広げた。
     上流側は谷あいを流れる川辺、下流側は中ノ島下方の川辺。そして、嵐山側は嵐山城址付近。どんなに早くても、各々その地点で初めて敵を視認できる。
     時間の流れとしては、河川側の2班が先んじて進軍。多少間をおいて──山越えに時間がかかるのだろう──嵐山側が現れるらしい。
     敵はゾンビばかりの構成で、いずれも、なりたて灼滅者と同程度の強さ。
     河川側の6体は日本刀使いばかりだが、嵐山側では日本刀の他に天星弓の使い手もいるようだ。
    「それと、今回協力してくれるイフリートさん……『ギンシュ』さんなんですが……その……」
     エマは言い淀んで少し考えるも、良い言葉が思い浮かばなかったのだろう。ミルクティ色の髪を揺らしながら「すみません」と詫びると、
    「おばかで好戦的なんです」
     おばかなので、難しい指示はこなせません。『合図したら攻撃開始』とか『○○を探せ』とか、シンプルなものなら誇らしげにこなします。
     好戦的なので、基本的にあとさき考えずに飛び出しますが、闘いに有利になるのだと説明をして理解することができれば、我慢したり、多少は考えて動いたりできます(難しいことは思いつきませんが)。
     こういう人を的確に表現する言葉って、確か何かありましたよね。
     んー……、とちいさく声を洩らしながら考え込んでいた娘が、あっ、と目を輝かせてぽん、と両手を合せた。
    「あっ、そうです! 『アホの子』なんです!」
     つまりはそういうことだった。
     さりとて、戦力的には彼1匹で今回集まった面々の総力に匹敵するだけの力はある。上手く共闘できれば、より早い殲滅も可能なはずだ。
    「もし、闘いが終わって余力があったら……是非、振り返ってみて下さい」
     きっと、その時の皆さんの背にあるのは、京都の街並み。
     嵐山の中腹から眺める夜景は、とても綺麗なんです。
     そう、幼い頃の記憶を辿りながら懐かしむように瞳を細めると、
    「どうか、よろしくお願いします」
     エクスブレインの少女は柔らかに頭を下げた。


    参加者
    睦月・恵理(北の魔女・d00531)
    襟裳・岬(にゃるらとほてぷ・d00930)
    若生・めぐみ(癒し系っぽい神薙使い・d01426)
    立見・尚竹(貫天誠義・d02550)
    東風庵・夕香(黄昏トラグージ・d03092)
    フランキスカ・ハルベルト(フラムシュヴァリエ・d07509)
    渡部・るい(清く正しい野球拳系芸者・d16021)
    菊水・靜(ディエスイレ・d19339)

    ■リプレイ

    ●命の灯り
     京福電鉄嵐山線──通称『嵐電』。
     夜に溶けた陽のいろと熱の代わりに、あたりを包んでいたのは柔らかな光だった。
     夏休みを過ぎてもなお混み合う街中を抜けながら、思い馳せるのはイフリートとの共闘。
     事態は確かに捨てておけぬが、面白い展開でもある。
     ここはひとつクロキバに貸しを作るとしようか。そう考えながら、立見・尚竹(貫天誠義・d02550)は僅かに足を止めた。
     保津川を渡る、渡月橋。
     差し掛かった橋のその景色に、フランキスカ・ハルベルト(フラムシュヴァリエ・d07509)が碧眼を静かに見開く。東風庵・夕香(黄昏トラグージ・d03092)の傍らの水辺に浮かぶ幾隻もの影は、鵜飼の屋形船のもの。水面に揺れる、船頭に括られた篝火の灯り。舞いながら煌めきを落とす緋色の火片は、夜陰になお美しい。
     あちらこちらに満ちるのは、軽やかに弾む声。
     ──何も知らぬ人々の笑顔。
     棚引く濡れ羽色の髪の奥、渡部・るい(清く正しい野球拳系芸者・d16021)の双眸に静かな決意が浮かぶ。頑張らねばならない。確りと守れるように。イフリートたちが護るもの。それは、自分たち人間をも癒すものなのだから。
    「そこか」
     橋を渡り終えた先、法輪寺の屋根にちらつく炎に気づいた菊水・靜(ディエスイレ・d19339)らが裏手に駆けつけると、1匹の獣の姿があった。

    ●炎獣
     黄昏を思わせる茜から宵へと色付く双角。
     宵になお鮮やかに浮かぶ、ほのかに黄みがかった炎鬣はまるで、暮れなずむ京の里を染める朱の彩だ。
    「ギンシュか」
     名の通りの色を持つ獣を呼べば、獣もまた応えるかのように、一歩。
     灼滅者が集い、そしてこうして邂逅しているのも何かの機であろう。屍王等のやり口も好かぬならば、彼等からの頼みを断る理由もない。とはいえ、眷属とは言えど、対峙するのはあくまでもダークネスだ。過信はせぬようにと心に留め置きながら名乗る靜に、仲間たちも各々名を告げ終えると、若生・めぐみ(癒し系っぽい神薙使い・d01426)が作戦内容を添えた。
     計14体の敵に対して、こちらは灼滅者8人と──そして、それと匹敵しうる力を持つイフリート1体。
     上流、下流ともに3人、山へ2人を配した灼滅者たちの作戦が吉と出るか凶とでるかは、一重に炎獣を御せるか否かにかかっている。
     フランキスカとて、共闘に思うところがないわけでもない。だが、交わした約定を違えることは、獣にも劣る振る舞い。こと此処に至っては力を尽すのみだと思うも、
    「テキ、タオス!」
     勢い任せの様子に『アホの子』だと瞬時に見て取ると、フランキスカは零れかけた溜息を堪えながら僅かに眉を寄せた。真剣に考える方が馬鹿を見るのだろうか。そんな答えの出ない問い掛けに煩悶する。
     ──あほの子、他人事ではないですね。
     羅刹の皆さんも似たようなものですし、めぐみも堕ちたらあほの子になるのかな。
     理解しているのか、していないのか。解らないまま、ナノナノのらぶりんを抱きながら炎獣を見上げると、
    「楽に戦える様此方で合わせますから、思い切り暴れて下さいね。……でも、私達がついていける様に、何かお願いした時はちゃんと聞いて貰えますか?」
    「アバレル、マカセロ!」
     優しく問い掛ける睦月・恵理(北の魔女・d00531)の声に、銀朱は快活に吼えた。絶対これ深く考えてないよね、といった顔つきで、ただ戦いたくてうずうずと瞳を煌めかせながら尻尾を振る様子に、たまらず襟裳・岬(にゃるらとほてぷ・d00930)が駆け寄った。
    「ギンシュちゃん、ギンシュちゃん。……ギンちゃん、って、呼んでも良いかな?」
    「オウ!」
    「ありがとー! ああ……『ギンちゃん、Go!』とかちょっとやってみたいかも……」
     もふん!
     身を屈めて顔を寄せた銀朱の鬣に、幸せ心地で顔を埋める岬。ごろごろと喉を鳴らす銀朱が愛らしくて、るいも指先で梳くように毛を撫でる。
    「一緒にがんばってゾンビを撃退しましょうね」
    「ガンバル!」
    「では、行くとしようか」
     尚竹の言葉に頷くと、8つの影と1つの炎は、瞬く間に京の闇へと四散した。

    ●炎の共闘
     暗がりに奔った僅かな一閃よりも早く、夕香の巨手が屍人を捉えた。ふわりと夜風に浮かぶ柔らかな髪とは裏腹に、華奢な身体からは思い至らぬほどの力で喉元を潰しながら、地面へと叩きつける。
     始めから半ば失われていた血肉をなおも川辺へと撒き散らした敵へと、続く尚竹が踏み込んだ。柄を鳴らして捻りを加えた一打は、立ち上がろうとしていた屍人の胸を抉り、哀れな傀儡を死の淵へと穿つ。
    「喰ろうて見よ」
     背後から迫る影へと、すかさず鬼手を払ったのは靜だった。獣爪を思わせる指先が屍人の皮膚を裂き、肉を抉り、仮初めの命を喰らう。
     軽々と振り落とされた身体は、二、三度痙攣するも、やおら起き上がると、その昏く窪んだ双眼を靜へと向けた。足を引きずりながら力任せに振り上げた刀は、けれど力を余す靜を傷つけるには至らない。まるで赤子を相手取るかのように容易く太刀筋を読み切ると、身を転じてそれを躱す。
     続く1体の一打を、尚竹が屈んだまま振り向きざまに弾いた。
    「この一太刀で決める。我が刃に悪を貫く雷を──居合斬り、雷光絶影!」
     交わった刃が生む、甲高い残音。それが止まぬうちに懐へと飛び込むと、一度鞘へと戻した刃を、肋骨の見える身体目掛けて一気に振り抜いた。確かな手応えに直ぐさま後ろへと飛び退くと、尚竹の居た場所へと、屍人が前のめりに崩れ落ちる。
     それと同時。靜に一手を躱された死人の隙を、夕香は見逃さなかった。鳩尾へと放った拳は、辛うじて残っていた命をも啜らんと破滅の魔力を注ぎ込む。
     瞬間、爆発とともに肉片があたりへと飛び散った。砂利を染め上げた血溜まりから動くものがないことを見取ると、夕香は漸くその手を元の細いそれへと戻して、ひとつ息を吐く。
    「終わりましたね」
    「ああ。人にも見られてはいないだろう」
     振り向いた靜の視線の先には、戦いなど無縁の場所に佇むかのような、柔らかな茶屋の灯り。安堵する夕香にちいさく口端を上げると、尚竹は下流班戦闘終了の旨を仲間たちへメールで伝える。

     僅か2分。
     成り立ての灼滅者ほどの敵3体に対し、その3倍はあろうかという強さの灼滅者が、3人。
     人によっては多すぎると思うかもしれぬ配分がもたらしたものは、その驚異的なまでの疾さであった。

     ひとたび渡月橋を離れた上流は、木々深き渓谷であった。
     砂利を鳴らしながらひたすらに川辺を奔る少女たち。喧噪も消え、心地良く響くせせらぎにひとつ混じった飛沫の音を、恵理は聞き逃さなかった。同じく反応したるいと岬もまた、足を止める。
     川から這い上がるように現れた屍人は、愚かにも無防備すぎていた。
     その好機をみすみす逃す理由もない。一瞬にして内なる力を拳へと集約させると、恵理は水を弾きながら肉薄して、その身体へと連打を繰り出した。叩き、斬り裂いた皮膚を更に拳が穿ち、静謐な谷に不釣り合いな鮮血の匂いが夜気に混ざる。
    「イケメンからの依頼+温泉+ギンちゃんもふもふ! これは私のハートが滾るわー」
     ばぁにんぐらぁぁぁぶ!
     ぐっと握り拳をつくるほどに心漲らせた岬が、すかさず靡くスカートの傍らで高速回転する切っ先を解き放った。加速した刃は続けて姿を見せた屍人らもろもと横一閃に四肢を断ち、呻くことすら赦さず1体を屠る。
    「ぬしさんらは、ここで終わりでありんす……」
     幾つもの光輪を纏ったるいが、流麗な仕草で指先をあげた。まるで花魁を思わせる仕草に、けれど魅入ることは叶わない。動きとは真逆の疾さでたちまち敵を捉えた光は、ひとつとなって屍人を丸呑みにする。
     儚くも零れ落ちてゆく光片。
     その波間で煌めく異なる光に、気づかぬるいではなかった。
     足を引きずり、肉片を落としながらも振り下ろされた刃を、るいがその優美な舞いを思わせる仕草で軽やかに躱すと、娘の鮮やかな色打掛すら掠められなかった切っ先は、砂利に呑まれて哀れな音を響かせた。続くもう1体もまた、小柄な岬を容易く超えるほどの刃に阻まれ、触れることすらできない。
     途端、涼を孕む夜気に、それ以上に美しくも冷ややかな氷片が混じった。恵理が唇に浮かべた呪文。それは無慈悲な氷姫となって、屍人から熱と、そして力をも奪い尽してゆく。
     動けぬまま水中へと沈んで消えた屍を横目に、岬は残る1体へと双眸を向けた。瞳を細めると同時、巨大化させた腕を一気に振り仰ぐ。
    「ギンちゃんをもふるために──これで終わらせるよ!」
     地響きとともに落とされた拳。
     轟音の静まりかえる頃には、死人も、そして娘たちの姿もなかった。


     ──暴れるのは敵を見付けてからです、それまではガマン……力を溜めておくように。
     力を溜めてから、暴れる。
     解りやすくも理に適った説明故に、納得できたのだろう。
    「後ろは抑えます、存分に暴れなさい!」
    「オウ!」
     フランキスカの言葉とともに蓄え続けていた力を一気に放出した銀朱は、まだ有り余ると言わんばかりに、炎を宿した爪や牙で無作為に敵を穿ち尽していた。
     一撃で堕ちる敵もあれば、辛うじて堪える者もある。その討ち漏らしを狙うのが、フランキスカとめぐみ、そして少女のナノナノであるらぶりんだ。
    「祈願、封印解除!」
     右手の指先で挟み掲げたカードがめぐみへともたらしたのは、仲間を支える力。皮膚を焦がしながらも立ち上がる屍人の、その命の残火を見極めながら影刃を放てば、フランキスカもまた、虹めく光を纏った十字架を思わせる銀刃で、的確に残党を仕留めていく。
     とはいえ、敵にそれほどの思考があるとは思えぬも、自然と攻撃手である銀朱へと集まった反撃が着実に炎獣の体力を削っているのもまた、確か。
    「Ms.ワコウ!」
    「解りました……らぶりん、めぐみも手伝います!」
     ナノナノを銀朱の治癒に専念していたものの、追いつかぬと見越したフランキスカの視線に頷き、めぐみがすかさず回復手へと転じた。治癒矢を番え、弓を撓らせて一気に解き放ったそれは銀朱の傷口を見る間に塞ぐも、まだ完治には足りない。
    「ギンシュ……」
     炎獣の身体に刻まれた、無数の傷。
     銀朱としては、庇うなぞという気はないのかもしれない。
     それでも、敵の刃を一手に引き受け、その切り口から炎血が止め処なく溢れ落ちるのも厭わずに猛る銀朱の背に、フランキスカはその名を呼ぶ。
     先刻、上流と下流班からともに殲滅を終えたとの連絡があった。傷口からの炎でこの場を報せようとも思ったが、木々を超えるほどの火柱は立てられぬだろう。けれど、準備に不足はない。仲間たちはいずれも、森に小路を生む術を持っている。
     だから、もうすぐのはずだ。
     もうすぐ──。
    「待たせたな! 上流班3名助太刀に参った」
    「到着ーっ! 私達の出番残ってるー!?」
     尚竹たち下流班、そして岬たち上流班は同時に飛び出すと、誰しもが瞬時にすべきことを悟った。るいと尚竹が己の力を治癒に転じて銀朱へと分け与えれば、夕香と岬の喚んだ清らかな風が柔らかに仲間たちを包み込む。
    「ギンシュさん……これだけの傷を受けてもまだ、戦ってくれてたんですね」
    「手合わせの度に思いますが、イフリートの皆さんとは正面から敵としてはあまり戦いたくありませんね……」
     無尽蔵にも思えるその力を目の当たりにした、るいと夕香。それでも、ここまで耐えられたのは、先に来る川側の敵を討つことに注力し、結果、疾さを得た作戦の妙だろう。
     恵理と靜もまた互いに頷くと、土を大きく蹴り上げた。癒し手たちの傍らを過ぎって戦場を駆け抜け、銀朱の双方へと並び立つ。
    「流石にイフリート、凄い破壊力ですね」
    「オレ、スゴイ! オレ、スゴイ! イッパイ、タオシタ!」
     痛みや辛さを見せぬまま、ただぱたぱたと尾をはためかせて声を弾ませる銀朱。
     その誇らしげな様子の愛らしさといったら、軽い競争を仕掛けたくなるほど。恵理の口許にもつい、笑みが浮かぶ。
    「それでは、こちらの番だ」
    「ギンシュさん、この一撃に敵うかしら?」
     言い終わるや否や、靜と恵理は拳へと集めた膨大な気を、無数の連打とともに一気に解き放った。息を飲む間も与えぬほどのその瞬撃に、
    「オレダッテ!」
    「なら、炎比べと行きましょうか! ──人と獣と、双つの炎に焼かれる不運を呪え。燃え尽きよ!」
     フランキスカも口端を上げると、ファイアブラッドとイフリート──鮮やかに燃え立った双炎が、戦場を、敵を、すべてを喰らって飲み干した。

    ●その背にあるもの
     夜風に煽られて消えゆく炎の変わりに戻ってくる静寂。
     今回の敵が陽動で本体は別にいる。そんな姑息な手も考えられなくもないが、それも杞憂に終わりそうだと考えると、靜は漸くひとつ息を吐く。
    「次は敵味方として会うかもしれませんが、おめおめと敗れるつもりも無い。堂々たる決着を」
    「オウ!」
     頷く銀朱とフランキスカが拳を交わせば、すかさず岬がもふもふ。どうやら岬の持ってきたお菓子が気に入ったのか、両の掌に乗せたそれを一心不乱に食べ始める。
    「お待たせしました」
     箒から降りた恵理が笑顔を向けた。安全確認と称して原泉付近を遠くから見てきたものの、原泉は元より本来の目的である楔に関する情報も特に得られなかった。
     けれど、代わりに得られた素敵なもの。
     手にしたデジカメに映る、撮ったばかりの街並みへと瞳を細めると、夕香がそれを覗き込む。
    「小桜さんのおすすめだけあって、京都の街並み……とっても綺麗ですね」
    「ええ……この山風と、宵明りに燻る街。帰ったらエマさんに言わなきゃね……貴女の故郷は仰る通りの素敵な場所でしたって」
     恵理へと眦を緩める夕香に、尚竹たちも顔を上げ、山間に広がる夜景へと視線と落とす。
     ひとつ、ひとつ。
     灯る明かりは、そこに息づく人々の命の火。
     伝統ある古都を、そして何よりもこのちいさな灯りを護れたことが、ただ嬉しく、誇らしい。
    「夜はだいぶ涼しくなってきましたし……どこかの温泉に寄って帰りたくなっちゃいますね」
     ふと思いついたことを夕香が零せば、るいも艶やかに声を弾ませる。
    「良いですね。ギンシュさんさえ良かったら」
    「ああ」
    「めぐみも賛成です!」
     無表情ながらも靜が首肯し、めぐみがぽんと掌を打って。菓子を食べ終えた銀朱へと、ねだるように尋ねる岬。
    「ギンちゃん、どこか温泉入れないかしらー? って、やっぱりダメかなー?」
    「出来たら共に入らせて貰えぬか。そして今日の戦いの事を語り合おうではないか」
    「イイヨ!」
    「え、マジで? いいの!?」
     広げた両手でもふんと銀朱を抱きしめる岬に、銀朱もまた、その頬を優しく舐めた。

     帰路へと踏みだし、そうしてもう一度だけ。
     振り返った場所──護り切ったものを背に、灼滅者たちは歩き出す。

    作者:西宮チヒロ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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