廃校の悪魔~後ろの正面

    作者:赤間洋

     高い位置にある窓から月が見える。
     甘ったるい香の匂い。薄紫にけぶる世界。淫靡、そして、退廃。ワイングラスに注がれた赤い液体をちろりと舐めて、その女は蠱惑的に笑う。
    「武蔵坂が、動くようね。あいつら、ダークネスを舐めてるんじゃないかしら」
     白い月光を束ねたような色の髪が白磁の肌を流れた。金色の目がうっそりと細められる。有り体に、その女は美しかった。息をのむほどに。
     だがそれも左半身だけの話だ。残る半分は醜くただれた異形のそれだ。いっそ、人の形の態をなしているのがおぞましい。背に負った漆黒の翼を気まぐれにばさりと動かして、異形の女――ソロモンの悪魔、『美醜のベレーザ』はそのおとがいに指を添える。
    「さあ、どう料理してあげましょうか」
     沈思する。やがて、何かを愛おしむように手の中のグラスに唇を落とした。液体を流し込む。
    「ふふっ……。まずは、ハルファス様に報告しましょうか、うまくいけば、楽しいことになる事でしょう」
     月を眺め、笑みをこぼす。妖艶に、それ以上に、邪悪に。
     
    「残暑が厳しゅうございますな」
     扇子をぱちりと閉じて槻弓・とくさ(中学生エクスブレイン・dn0120)が呟いた。
     窓の外、暗雲。見るだに陰鬱。木々が風に重く揺れている。ふう、と溜め息を吐き、とくさが話を切り出す。
    「紫堂・恭也は覚えてますか?」
     灼滅者達は頷いた。武蔵坂にウロボロスブレードを託して後、度々接触を繰り返す灼滅者の一人だ。あの少年が現れたのかと目で訪ねる灼滅者達に、とくさは軽く顎を引く。
    「その、紫堂・恭也から『美醜のベレーザ』に関する重要な情報が寄せられやした。何でも栃木の廃校を根城に、テメエに従わねえダークネスを監禁、洗脳して手駒にしようとしているのだと」
     美醜のベレーザ、その名もまた記憶に新しい。先の羅刹佰鬼陣にも姿を見せていた、ソロモンの悪魔の一体だ。
     だが――教室に、奇妙な空気が満ちた。言うなればそれはダークネス同士の抗争の話だ。何故そんな話を持ってきたのかと問えば、渋面が返ってくる。
    「……ソロモンの悪魔を灼滅し、そこに囚われているノーライフキング達の救出に協力して欲しいと。彼はそう言ってきました」
     教室が、静まりかえった。
     しわぶきひとつない。誰もが言葉をなくし立ち尽くしている。にわかに、ダークネスを、よりによってダークネスを助けろと言われたことを受け入れられなかったのだ。多くは語りますまいと、とくさは曖昧に唇を歪める。
    「ダークネスを救出することの是非は、この際一度横に置いてくだせえ。それよりもあたしらに肝心なのは、美醜のベレーザの拠点が割れたってことでさあ――ましてや」
     とくさの双眸にかげりが落ちる。
    「その拠点の指揮官が、筒井・柾賢であるなら尚更でしょう」
     それもまたソロモンの悪魔。かつてこの学園に在籍し、そして闇堕ちしたダークネス。
    「思うことぁ、山ほどありやしょう。けれどあたしは、皆さんに泥をすすってくれと言います。紫堂・恭也と協力して、廃校を拠点とするソロモンの悪魔を灼滅してください」
     それが今、武蔵坂学園が打てる最善だと信じるより他ないと、とくさは言う。
    「皆さんにやってもらいたいのはいわゆる『後方警戒』です。今回の作戦は、ダークネスのバベルの鎖に察知される可能性が、非常に高い」
     それなりの人数を費やす作戦なのだ、当然の帰結だと灼滅者達も首肯する。
    「そしてベレーザは察知して黙ってるようなダークネスじゃあねえわけです。拠点内での作戦中にテメエの配下を差し向けてくる可能性は充分あるし、あるいはベレーザと協力関係にあるダークネス組織と接触するかも知れねえ。最悪、本人が来るかも知れやせん」
     そうなれば、ぞっとしない話になるととくさは言った。
    「つまり、です。内部での作戦をバックアップするために、来るか来ないかも分からねえダークネスを想定して、あらゆる状況に柔軟に、過不足なく、しかれど的確に対応する必要があるわけです。そいつぁ、とても困難なことです。今さらあっしが、言うまでもなく」
     あらゆる想像力をフルに働かせ、いかなる状況に陥ろうとも絶対に、そう絶対に拠点内へ侵入させないようにするだけの警戒を、もう一つの警戒班と共に行わなければならない。万が一侵入を許した場合、それは即ち、内部の作戦の失敗に直結する可能性すらある。
    「時刻は、夜。闇に乗じて行います。拠点内部の電気系統は生きてるようですが、ことは後方警戒でさあ、恩恵にあずかれるとは思わない方がよろしいでしょう」
     警戒活動という作戦上、間違いなく行動は外になる。
    「他のダークネスが来るとしたら、まあ普通は入口からやってきやす。この辺りなら広く開けてやすから、戦闘の障害になるものはございません」
     そのくらいしか慰めになりませんがねと、深く、深く息を吐く。
    「……繰り返しますが、ダークネスがバベルの鎖で襲撃を察知してる可能性が高いです。思うよりもずっと危険だ。それでも、皆さんにはやってもらうしかありやせん。皆さんの行動次第で、下手したら作戦の帰趨さえ左右することになるかも知れない」
     ぎゅ、ととくさが拳を作る。それが祈りの代わりだとでも言うように。そうしてゆっくり、ゆっくりと声を絞り出す。
    「どうぞ、ご武運を」


    参加者
    科戸・日方(高校生自転車乗り・d00353)
    時渡・みやび(シュレディンガーの匣入り娘・d00567)
    殿宮・千早(陰翳礼讃・d00895)
    時渡・竜雅(ドラゴンブレス・d01753)
    クロノ・ランフォード(白兎・d01888)
    霧凪・玖韻(刻異・d05318)
    村井・昌利(吾拳に名は要らず・d11397)
    橿鳥・ならか(骸鳥・d14751)

    ■リプレイ

    ●真夜中の攻防
     びょうと、生暖かい風が吹いた。
     空が、近い。廃校舎の屋上は、遮るものものない。地上と屋上とに分かれ警戒する、その屋上にて、闇に目を凝らし、村井・昌利(吾拳に名は要らず・d11397)はぐるりと辺りを見回した。今のところ、異常はなしと言うところか。
     昌利と共に屋上に上り、その上でさらに箒で高度を取りながら、時渡・みやび(シュレディンガーの匣入り娘・d00567)もまた敵襲に備える。何かがあるのか、あるいは何もないのか――後者を願うには、あまりにも状況は緊迫していたかも知れない。
    (「敵が来ると解っていて、それでも事前に撤退しなかったという事は」)
     翻り、地上班。
     変化に乏しい面を周囲に向けながら、霧凪・玖韻(刻異・d05318)は思考を巡らせる。
    (「『校舎内にいる戦力だけで襲撃に来る灼滅者と戦力的に五分、或いは返り討つことができる』ということ、だろうか」)
     あるいは、歯牙にも掛けていないかのどちらかかと、玖韻は考える。いずれにせよ警戒しておくに越したことはない。
    「良い日。こんな夜は、胸がざわざわするの」
     ぽつりと言葉を落としたのは橿鳥・ならか(骸鳥・d14751)だ。その胸中に飛来する感情は何であったか、他人にはうかがいようもない。手にしたLEDのランタンが、周囲を明々と照らすだけだ。
    「ノーライフキングの灼滅でなく、救出……」
     殿宮・千早(陰翳礼讃・d00895)がぽつりと独りごちる。
     それはやはり、複雑な話であった。理屈の面でも、感情の面でも。あるいはそれが更に良い結果を導くのであれば、火中の栗であろうと拾うのが千早という人間であった。だがその確信もない。ノーライフキングを救ったことで、別種の被害が出る可能性すらはらんでいる。誰が利を得て、誰が損を被るのか、それすらもあやふやだ。
    (「確かに、複雑だな」)
     千早の呟きを受けて知らず渋い顔になりながら、クロノ・ランフォード(白兎・d01888)も内心で息を吐く。ダークネスの救出という行為である。流石に諸手を挙げて歓迎したくはない。だがそれでも、自らが受けた依頼であることは間違いなかった。完遂するさと、ひょいと肩をすくめる。
    (「……何であれ、助けを求めた手を払いのけたくねぇ」)
     科戸・日方(高校生自転車乗り・d00353)もまた、心の中でそう呟く。即座に納得できる話ではないが、裏表のない日方だからこそ考えられることであったのかも知れない。
     廃校の中に満ちる殺気が、うすく肌を刺すようだ。
     だからこそ内部に、ただの一体も入れるつもりはないと時渡・竜雅(ドラゴンブレス・d01753)は気を吐く。通したが最後、この危うい状態で保たれている戦場の拮抗が崩れることは想像に難くない。空を振り仰げば、妹であるみやびが飛ぶ姿も見える。向こうも、未だ変化はないらしい。
     静けさが、どこか異様であった。あるいは嵐の前の予感とでも言うべきなのか。砂を踏む音すら酷く響いて聞こえる。
     やがて内部から剣戟の音が響き始めた。いよいよ始まったかと気を引き締める。
     ――異変は、空からだった。
    「……、何?」
     箒に乗りながら、みやびが目を細める。
     それは巨大な、鳥の影であった。夜を行くそれは、夜であるがゆえに酷い不自然さを感じさせた。不吉でさえある。
    「鳥……なの?」
     目を凝らしてさらに確認しようとする。と、そこでふいと、『鳥』の姿が消えた。時同じくして『鳥』の姿を視認した昌利も怪訝な顔になる。よもや、ただの『鳥』ということはあるまい――屋上の手すりから身を乗り出す。
     注意を怠らなかったからこそ、それが見えた。
    「交戦してる! 何だ……!?」
     廃校舎裏手の山奥で、戦闘が繰り広げられている。木々の影になって見えづらいが、かなり大きい。
    「警戒部隊だわ!」
    「どうなってる!? 裏から……くっ」
     昌利達と共に警戒していた別班も凝然としていた。素早くハンドホンを取り出し、地上にいる部隊に連絡を取る。別班の方だった。
    「――交戦してる! すまない、向かってくれないか」
    『了解、裏山へ急行する』
     確認できた場所を添えて告げる。やりとりは短かったが、意思の疎通は図れた。屋上にいた別班も、それに倣って移動を始める。と、別の通話が入る。地上部隊の竜雅であった。
    『俺たちはどうする』
    「……兄様、私たちは少し、様子を見ましょう」
     押し黙った昌利の手からハンドホンを借り、提言したのはみやびであった。あれが戦力を分散させるための陽動とも限らないとは玖韻の言であった。表から攻められる可能性も、まだ残っている。
     異論はなかった。今まで以上にぴりぴりした状態で、灼滅者達は警戒を続ける。他方、屋上に残った二人は校舎裏の戦場に目を向け続けた。逐一、地上に報告を入れる。
    「まずい、かもしれません……」
     みやびが呟き、昌利も眉間にしわを寄せた。
     後方警戒班が加勢したことにより、警戒部隊班が戦線を離脱できたようだ。だが、明らかに苦戦している。必死に戦況を維持しながら、それでも徐々に戦端を押し上げられているのが分かる。
     即ち、戦場が廃校舎側に向かっていると言うことであった。
    『こっちに、向かってきてる、の?』
     ハンドホン越しのならかの問いに、短い肯定を返す。具体的な距離も添えると、地上班が何やら話し合いを始めた。ややあって、
    『クロノだ。……俺たちも行こう。それだけ戦場がこっちに上がってきてるなら、万が一表から攻勢を掛けられても、距離的には間に合うとこっちは判断した』
    「了解した」
     逡巡はなかった。
     エアライドを使って昌利は屋上から飛び降り、みやびは箒に乗ったまま廃校舎の壁面を滑るように移動する。合流し、そして灼滅者達は駆ける。

    ●死闘、開幕
    「なんだ!?」
     血臭がわだかまっている。
     周囲には既に激戦の痕が深々と穿たれていた。闇を走りながら、昌利はその奥に目を凝らす。
     鳥だ。
     否――
    (「ソロモンの悪魔!」)
     それは獅子の頭部を持った、鳥人間とでも形容すべき姿であった。
     腕と一体化した翼に冷気が噴き上がるのを視認する。ぞっとするようなプレッシャーがあった。これはまずいと、灼滅者たちの五感が全力で警鐘を鳴らす。
     それでも速度を上げた昌利とほぼ同時、玖韻が手にしたサイキックソードが光を束ねた。
     ひぱぱぱっ!!
     放出した光刃が、今しも冷気を放とうとした鳥人間に突き刺さった。闇を裂いた一条の光を追うように爆炎を轟かせたのは、みやびのマジックミサイルだ。腹の奥にずしんと来るような爆発が、辺りの冷気と闇を鋭く引き裂く。
    「いよぉ、邪魔しにきたぜ!!」
     威勢良く言い放ち、日方の影喰らいがさらに鳥人間に牙を剥いた。食らいつく。と、雷気。上着を脱ぎ捨てた昌利が、雷を纏ったその拳を真っ直ぐに鳥人間に叩き込む。
     衝撃。鳥人間が僅かに身じろぎ、下がる。
     戦場は、惨憺たる有様であった。先行した後方警戒班、呻く灼滅者達を素早く一瞥する。戦端を維持していたことが信じられないような深手を負っている者まで居る。ぐっと無意識に奥歯を噛む。
    「……付き合ってもらおうか、お前ら」
    「それ以上の進軍はなしだ、鳥野郎!!」
     昌利の静かな怒りを肯定するように、竜雅が吠えた。斬艦刀を頭上に掲げれば、髪が炎のように揺らめいた。戦神を降臨せしめた分厚い刃が、思い切り振るわれる。
     鈍い音がした。それを止めたのは、鳥人間ではなくその周囲にいた、獅子のマスクを被った強化人間だ。
     歯を食いしばって刃をねじ込む。力押しとなったそこに、軽やかに走り込む影は一つ。ならかであった。その拳が、やはり雷気をまとう。どちらを相手取るべきか一瞬の迷いを見せた強化人間に、ならかは容赦なく拳を叩き込んだ。ひしゃげる。
     くぐもった悲鳴を上げたところに、竜雅が斬艦刀を振り抜いた。吹っ飛ばされた強化人間が木に叩きつけられて、それきり動かなくなる。
     冷気が渦巻いたのはその時だ。
    「「「!!」」」
     急激に熱を奪われた、辺りの一切が凍り付き白く染まる。短い悲鳴を上げたのはみやびだった。左手から肩口まで、一気に氷の花が咲く。
     と、そこに清浄な風が吹いた。別班が招いた清めの風が灼滅者たちの傷を瞬く間に塞いでいく。みやび自身が防護符を自らに施せば、ぱらぱらとほどける冷気の中で、鳥人間はさも大儀そうに息を吐いた。
    「鳥野郎、でありません。私はハルファス様の臣下、『百識のウァプラ』。日に幾度名乗らせるつもりですか」
     日常会話の延長のような気易さで慇懃に告げた鳥人間――『百識のウァプラ』に、だがさほどの感慨も抱かず玖韻は手にしたサイキックソードを振るった。ぞわりと殺気が周囲に漲る。荒れ狂う鏖殺領域に便乗するように踏み込んだ日方もまた解体ナイフを構えた。ナイフに封じられた怨嗟が、力となって辺りを吹き荒ぶ。
     強化人間の残りは、4体。ウァプラも含めた全てに力は及ぶ。もたらされた毒に呻く強化人間とは裏腹に、ウァプラは大した痛痒を感じた風もない。
    (「まずいな、一筋縄じゃ行かなさそうだ」)
     スナイパーへと立ち位置を変えたクロノの手の中で、日本刀が鈍い光を放つ。
    「けど、完遂させるって決めたんでね!」
     どのみちこの先に進ませる気はなかった。光刃一閃、抜く手も見せない居合い斬りが強化人間の一体を斬り裂く。半壊しているとは言え、もう片方の班も居る。戦力的には問題はない。
    (「ベレーザは居ない、のか?」)
     微かな懸念を抱きながらも、千早は護符揃えから防護符を抜きはなった。百人一首を模したそれが力となり、前衛で斬り結ぶ竜雅へと投じられる。
     次々と札を切り護りを施す千早に後押しされるように、強化人間の攻撃を器用に躱し、いなしながら、ならかは足を跳ね上げた。脇の下という鍛えようのないそこに正確に蹴りを打ち込んで、抗雷撃で追い打ちを掛ける。
     もんどり打って倒れたところに、影が伸びた。玖韻の影業が強化人間を容赦なく斬り裂き、その活動を停止させる。その間隙を縫うように走った昌利が、3体目の強化人間の死角に回り込む。力強い一打が強化人間の胸部をまともにとらえる。
     追撃すべく踏み出しかけたクロノは、だが気配を感じて踏みとどまった。日本刀を防御の形に構えるのと、ウァプラが翼を広げたのは同時だ。
     幾度目か、強烈な冷気が辺りを押し潰す。体温どころか命を、魂をも凍らせる冷気。
     だが、その冷気を、清浄な風が押し返した。千早であった。氷を吹き消し、間断なく次の防護符を切るのに、ウァプラがやはり慇懃に呟いた。
    「目障りですね」
     ひゅぱっ。
     と、ウァプラがマジックミサイルを解き放つ。
     灼滅者たちのものとは桁違いの威力のそれが、たちまち千早に降り注いだ。悲鳴などと言う可愛らしいものはなかった。爆炎――爆炎。
    「千早さん!!」
     みやびの悲鳴に、応じる気配もない。
     全身から薄く煙を立ち上らせ、千早は膝をつく。とっさにかざしたマテリアルロッドが、だがからりと土の上に落ちた。震える手で防護符を掴み――そして、失敗する。
     前のめりに倒れ込むのを受け止める暇もない。防御の型から素早く攻撃の型へと転じたクロノの刃が3体目の強化人間を切り崩し、さらに竜雅が斬艦刀を一撃を見舞う。同時、もう片方の班も強化人間を倒し終えたようであった。場に残ったのは、灼滅者とウァプラのみ。
    「ほう」
     と鳥の翼で獅子の顔を撫でながらウァプラ。
     その翼が、振るわれた。魔力を凝縮したミサイルが凄まじい速度で日方に襲いかかる。連続する爆発音、その結末を見届けずならかはウァプラに襲いかかる。クロノも続く。蹴りは届き、刃は翼を斬り裂くことに成功する。
     それも一瞬だった。手応えを感じるや、ウァプラに跳ね飛ばされて地面に叩きつけられる。もうもうと、煙。
    「……ほう?」
    「力がたりねぇ、んな事分かってる。それでも……!」
     その一方で、日方が血を吐いて立ち上がる。先程とはニュアンスを違えた声がウァプラの口から洩れた。暴虐の魔力を耐え、肉体の限界を魂で凌駕した少年に対する、あるいは賛辞であったのか。
     ――……違和感。
    (「そもそも」)
     口元の血を拭いながら、ならかは自分に問う。
    (「このダークネスは、何故ここに? 本気で、中に入ろうと、してる?」)
     その、刹那。
     全く想像だにしなかったところから打ち込まれた魔力の弾丸が、凄まじいエネルギーと共に吹き荒んだ。

    ●価値
    「――……!」
     玖韻の身体が呆気なく吹き飛ばされた。警戒は、していた。していたが、ウァプラとの死闘と並行して行えば、充分と言えるものではなかった。
     愕然と、誰もがその方向を見た。廃校舎の方角より現れたのは、まさしく。
    「ベレーザ!」
     叫んだのは誰であったか、だがベレーザは意に介した様子もない。退廃的な態度は崩さず、その金色の眼差しをウァプラに向け、ただただ静かに言葉を紡ぐ。
    「ウァプラ殿、撤退です」
    「筒井君とやらは、連れてきていないようですが?」
    「……」
    「ふむ、作戦は失敗ですか。ならば、ベレーザ殿の言うとおり、長居は無用です」
     そんなやりとりを頭の上でされ、黙っているような灼滅者はおそらく居なかっただろう。
    「させるかよ!!」
     ダメージの抜けきらない身体を引きずり日方が叫ぶ。みやびの防護符で多少は傷も癒えているが、もはや気休めに等しい。
     事実、二体のソロモンの悪魔から浴びせられたのは冷笑であった。否、日方だけではない。この場にいる全員に、浴びせかけられた嘲笑。
     何故、自分たちが、お前ら如きに時間を割かねばならないのか?
     路傍の石にも等しい扱いに、竜雅が吠えた。それは、あるいは灼滅者たちの総意でもあった。看過できうるものではなかった。
     だが。
    「お前たちの事情は知りませんが、我々は急ぐので、失礼しますね」
    「待――……!」
     世界が、凍てついた。

     辺り一帯が、真っ白に染まっていた。顧みすらせず、戻ろうとするベレーザの足を、細い指が掴む。ならかであった。
    「負けて、なんて、やらない……!」
     その手を、ベレーザは踏みにじる。たちまち、血溜まりになる。それでも、もがくならかに向けられたのは、酷く哀れなモノを見る眼差しであった。
     踵を返す。やはり、見向きもしない。
     ばらばらに倒れながら、ようやっと身を起こした灼滅者たちが見たものは、夜を飛ぶ大きな鳥であった。速度を増し、たちまち消えていく。
     廃校舎内の作戦はうまくいったと、連絡が入る。
     誰かが呻いた。酷い疲労と負傷ではあったが、勝利は勝利だと、別の誰かが呟いた。
     美醜のベレーザ。そしてハルファスの臣下を名乗るソロモンの悪魔。
     これから起こるだろう事件の予感を、灼滅者たちはまだ形にできずにいる。

    作者:赤間洋 重傷:科戸・日方(暁風・d00353) 殿宮・千早(陰翳礼讃・d00895) 霧凪・玖韻(刻異・d05318) 橿鳥・ならか(骸鳥・d14751) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 16/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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