廃校の悪魔~山間銃撃戦

    作者:零夢

     人里離れた山奥に、廃校となった小学校があった。
     より正確に記すならば、人里の方から離れていったというべきか。
     住む者がいなくなれば通う者がいなくなるのも必然で、大抵の場合、そんな場所に潜むのが善良な小市民であるはずはない。
     その御多分に漏れず、廃校の一角で言葉を交わしていたのは、人の形を捨てた悪魔と、悪魔に力を与えられた若い人間達だった。
    「ぐしゅぐしゅしゅしゅしゅ。
     筒井君は言っています。
    『武蔵坂学園の灼滅者がやってくる予感がする。おそらく、この拠点を襲撃するでしょう。襲撃があればすぐに知らせるように』
     と。ぐしゅしゅしゅしゅしゅしゅ」
     悪魔はドロリと黒いゲル状の身体を揺らし、歪に笑って指示を出す。
     どこまでも人間離れしたその姿に、若者たちは何ら怖じることはしない。むしろ、
    「ヒャハッ」
     と、楽しくて仕方ないというように話題に乗った。
    「学生か。そいつァ、いいな。なかなか面白そうな獲物だ」
    「報告の前にちょっと味見……イヤ、いっそ徹底的にヤっちまうか?」
    「それもアリかもな! ギャハハハッ!」
     下卑た声が響く。
     それは悪魔ではなく、人間だからこその不快な響きを持っていた。
    「ぐしゅぐしゅ。
     筒井君は言っています。
    『きちんと知らせてくださいね』
     と。ぐしゅしゅしゅしゅ」
     念を押す悪魔に、「わぁってる、わぁってる」と、若者の一人が答えを返す。
    「要は、そのうちガキどもがここにくる。そしたらアンタにそれを知らせる。……で、ご親切なオレらは、足止め程度にちょいとコイツで泣かせてヤる、ってな」
     構えるガン。ニィっと吊り上がる口角。
     そして彼らは、獲物を求めて散っていった。
     
    「先日、ウロボロスブレードの少年――紫堂恭也から美醜のベレーザに関する情報がもたらされてな」
     教室に灼滅者が集まったことを確認すると、帚木・夜鶴(高校生エクスブレイン・dn0068)はそう切り出した。
     紫堂恭也もベレーザも、多くの学園生の知る所だ。
     今回はそれに関する件なのだと、彼女は言う。
    「彼によれば、ベレーザと配下のソロモンの悪魔たちは現在、栃木県の廃校を根城にしているらしい」
     その廃校で、ベレーザ一派は自分たちに従わないダークネスを監禁・洗脳し、彼らを配下に加えるための準備を進めているという。
     そして紫堂恭也の望みは、その悪魔たちの灼滅、および、囚われたノーライフキングの少年少女を救出するための支援――。
    「当然、ダークネスの救出に異を唱える者もこの場には多くいると思う。灼滅者として生きている以上、きみたちが抱えるのは軽いものばかりではないだろうからな」
     だが美醜のベレーザの情報に価値があることは事実であり、さらにもう一点、学園として無視しがたい要因も存在する。
    「……この廃校拠点の指揮官は、筒井柾賢だ」
     それは、今は闇に堕ちた、かつての仲間の名前。
    「損得の取引というわけじゃあないんだが、今回、きみたちには紫堂恭也と協力し、廃校に棲むソロモン勢を倒してきてもらいたい」
     頼めるな?
     夜鶴は灼滅者達を見回すと、詳しい説明へと移った。
     
    「今回の任務には、全部で八つの班が動くことになっている」
     襲撃地点が敵の拠点である以上、当然ながら多くの危険が伴う。攻略のためには複数班の連携が必須となるが、あまり大きく動いてはバベルの鎖の効果で襲撃を予見され、対策が取られてしまう。
     そのジレンマから導き出された限界が、8チーム64人に、紫堂恭也を含めた65人での廃校襲撃だった。
    「ここに集まってくれたきみたちに私からお願いしたいのは、敷地周辺を見回る警戒部隊の排除だ」
     警戒部隊は全二チーム、それぞれ校舎のグラウンド側と裏庭側を見回っている。どちらも元は廃校付近でサバイバルゲームに興じていた若者たちで、それが強化一般人化したものらしい。
    「こちらの班では、裏庭にいる警戒部隊を担当する。敵は五人だが、警戒部隊の二チーム同士はトランシーバーで連絡を取り合うことが可能だ」
     つまり、一方に何かがあれば、容易に他方に伝えられるという事である。
     そうなっては色々と厄介だ。
    「だから隙を与えないよう、もう一方のグラウンド班と同時の接触を試みて欲しい。ただ、勘違いしないでほしいんだが、ここでいう接触は戦闘ではないからな?」
     夜鶴は、間違っても学校付近で戦闘はしないでくれと念を押す。
     万一、敷地内で戦闘を始めてしまえば、騒ぎを聞きつけられる恐れもあるし、言いつけ通りに報告されるかもしれない。最悪、不利と見るなり援護を求めて校舎内へ逃げ込まれることもあるだろう。
    「そうなれば今回の作戦が成り立たなくなってしまうし、この班が存在する意味がなくなってしまう。だから、くれぐれも、だ。敷地から引き離したのちに灼滅してくれ」
     灼滅――つまり、救出の術がないという事であり、それほどまでに強化されているという事でもある。
    「裏庭から少し外れると、学校の裏山がある。そちらへ誘導するのが一番だろう。それから、問題の強化一般人たちなんだが、こちらは非常にわかりやすい性格でな。『弱いもの虐めが大好き』で、『小さい子供や、女性に銃を撃ちまくってみたい』という願望があるそうだ」
     フン、と呆れたように夜鶴が笑う。
    「……とはいえ、地の利は向こうにある上、今回に限って言えば、こちらの襲撃に対して何らかの対策をとっている可能性も否めないからな」
     私が見た以上の未来が起こる可能性も承知しておいてくれ――夜鶴は灼滅者達に注意を促す。
    「それと、警戒部隊の排除が完了しても油断は禁物だ。大局的に、今回の目的が廃校の攻略にあることを忘れないでくれ。状況によっては、他班で援護が必要となるかもしれん」
     ともあれ、まずは。
    「粋がった奴らの鼻を、完膚なきまでにへし折ってやれ」
     夜鶴は不敵な笑みを浮かべてみせた。


    参加者
    不破・聖(壊翼の夢想・d00986)
    御藤・タバサ(高校生魔女・d02529)
    五十里・香(魔弾幕の射手・d04239)
    嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)
    望月・小鳥(せんこうはなび・d06205)
    水戸・春仁(ロジカルソーサラー・d06962)
    盾神・織緒(不可能破砕のダークヒーロー・d09222)
    カミーリア・リッパー(切り裂き中毒者・d11527)

    ■リプレイ

    ●序
     夜の静寂が山を包む。
    「裏庭班発、作戦行動を開始する。以上」
     五十里・香(魔弾幕の射手・d04239)は小さくトランシーバーに吹き込むと、そっと茂みに身を潜めた。
     これで作戦全体が動き出す。
     失敗は許されない。
     向かいの樹の上には盾神・織緒(不可能破砕のダークヒーロー・d09222)が陣取り、やや離れた場所では不破・聖(壊翼の夢想・d00986)が水戸・春仁(ロジカルソーサラー・d06962)の手を借りてどうにか樹上に辿り着く。
    「あり、がと……」
    「おう。つか、大丈夫か?」
     どうやら木登りが苦手らしく、既に息を切らせる聖に春仁が訊く。
    「だい、じょぶ。……がんばる」
     こくこくと聖が頷けば、春仁はニッと笑ってみせた。
    「後は釣れるのを待つだけだなぁ」

    ●破
     月明かりに照らされた裏庭で、少女達の声が響く。
    「暗くてよく見えないです。足元に気を付けてくださいですよ」
    「きゃっ、蜘蛛の巣!」
    「――!!」
    「……やっぱり、明かりつけましょう」
     言うや、灯された光は三つの影を映し出す。
     燈火を掲げる望月・小鳥(せんこうはなび・d06205)に嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)、その陰から不安げに辺りを見回すのはカミーリア・リッパー(切り裂き中毒者・d11527)だ。
     少女の仮面を纏い、か弱き者を装う彼――その瞳が、不意の来客にピタリと止まる。
    「なーんか面白そうなモン見つけたぜぇ?」
     ライフル、迷彩服、いやらしく歪んだ口元。
     男の言葉に、似たような連中が次々集う。
    「何ですか、あなたたち……」
     カミーリアを背にイコがじりじりと後退れば、それを怯えと取った男達は恍惚として目を細めた。
    「何かって? ハッ……ンなモン、どーだっていいんだよッ!」
     空を仰ぐ銃口から破裂音が響く。
     同時に、小鳥はサウンドシャッターを展開していた。
     そして三人は走り出す。獣道を辿る幾つもの足音、揺れる燈火。イコの手鏡が火先を映し、森の奥へと合図を送る。
     それを受け取ったのは御藤・タバサ(高校生魔女・d02529)だった。
    「こちら裏庭班。囮が接触に成功したわ。現在、裏山に誘導中よ」
     樹幹を背に携帯へ呼び掛ければ、戒道・蔵乃祐の声がそれに応える。
    『こちらグラウンド班。了解。ならこっちもそろそろ来る頃かな』
     かもしれない。
     時間を確認し、タバサは一人頷く。ほぼ予定通りだ。
    「じゃ、お互い頑張ろうね」
     言って、彼女は遠ざかる灯の後を追う。通話中の電話からは雑音が漏れ、やがて、戦闘に入るという蔵乃祐の声が聞こえた。それから、そっちも頑張って、と。
     離れた場所、共有する時間。仲間がいるからこその策と生まれる責任。
     囮達は時折小さな悲鳴を上げては斜面を駆け登る。怯えたフリで誘き寄せて、頬を掠めた銃弾に、小鳥の影は木の根に紛れて足を引く。
    「ッ、クソが!」
    「きゃっ!?」
     苛立ち紛れの光線が地面を抉り、イコの身体が宙に浮く。軽い衝撃と共に地に落ちれば、おろおろとカミーリアが駆け寄った。為す術もなく立ち止まった三人に、男達の劣情は容易く煽られる。
    「来ないで……!」
     頭を振るイコに、男が短く笑う。
     マジそそられる――イコを捉えるライフルの銃身。だが次の瞬間、頭上の茂みがザワリと揺れるや、振り下ろされた鉄塊が男の脳天を直撃した。
    「ガ……ッ!??」
     混乱する頭で振り向けば、ランタンを下げ、刀を構えた鬼がそこに立つ。
    「我が名は戦狂童子『シュテン』、今宵は悪鬼と踊っていただく!」
     鬼面の下で名乗るは織緒。
     予想外の事態に生まれた隙に、イコが炎を燃え上がらせた。白銀に煌めく焔は反撃の狼煙となり、振り翳した一瞬で男の意識を飛ばす。
     無言のまま持ち主の手を離れるライフルに、何が起きたのかも理解できずに立ち尽す男達。だがその頭が働くより早く、弾丸の嵐が彼らを呑んだ。
     香だ。
     ガトリングガンを脇に構え、張り巡らせた弾幕に瞳の奥で彼女は笑う。
     腕に感じる振動がたまらない。
    「Go Robin!」
     小鳥もビハインドを呼び起こすと、居合刀を手に戦線に出る。無数の銃弾に貫かれる男を襲うロビンの霊撃、叩き込む痛恨の斬撃。力尽きた身体は奇妙な形に曲がり、崩れ落ちる。
    「畜生、聞いてねぇぞこんなの!」
    「退くか!?」
     計算外の敵に危機を感じた彼らは口々に言って銃を取った。威嚇のように弾をばら撒く二人の後ろに隠れ、トランシーバーを握った男が口を開く。
     しかし、次に響いたのは彼の声ではなく金属の擦れる音だった。
     シャキン。
     カミーリアの首輪から伸びた鎖の先で銀の裁断鋏が鋭く鳴く。月光に輝くそれが赤く染まるまで、時間はかからない。メイド服の裾が風に舞い、獲物を捉えた瞳には強い殺意と歓喜が揺れる。
     シャ、キン――!
    「う、あああああぁぁぁ!!!?」
     溢れだす体温に男の悲鳴が上がる。
     だが、
    「これもアレだよな。自業自得って奴?」
     ま、大人しく死んどけ。
     春仁の開いた魔導書に、禁呪の炎が大きく爆ぜる。事切れた男に出来ることは最早ない。爆風に飛ばされたトランシーバーは、空に弧を描いたところで春仁の手に収まった。
     まるで引導を渡すように小さく笑んだ彼に、冷たいものが男達の背を伝う。
     退路を断たれ、援護の望みもない。
     ならばと、一人の男がナイフを携え地を蹴った。
    「オラァ!」
     やけくそな悪あがき。勢いだけで振り下ろした刃がタバサの肩口に食い込む。あまりに力任せな一撃に、ただただ痛みが走った。
    「っ、たぁ……」
     思わず声を洩らすタバサ。
     下手な切り口からは血が滲み、ほんの一撃で力の底が知れる。どうしようもなく救えない彼らは、所詮は実戦を知らぬ一般人で、ただの下衆だった。
    「……でも、灼滅しても心が痛まなさそうなのは、ありがたいわね」
     タバサの影が起き上がり、比べ物にならないほど鮮やかな手際で男を切り伏せる。
     それでも彼女が手負いであることに望みを抱いたのか、ただ一人残された男の目に微かな光が宿る。縋るように握るガンナイフ――だが、そんな希望もあっさりと打ち破られた。
    「こんな傷……全然、へいき」
     聖はロザリオを握り締めると、タバサに向かって掌を翳す。放たれた光輪は彼の祈りに応えるように輝き、柔らかな光でもって傷を癒した。
     元と変わらぬ姿に、男は絶望するしかない。
    「詰み、だな」
     香が短く告げる。
     そして、凍てつく死の魔法が全てを奪い去った。

    ●急
    「終わったな。皆、無事か?」
     戦闘を終え、織緒は一同を見回す。
    「うん、とりあえず。てか、思ったより呆気なかったね?」
     そう答えたタバサに、「確かになぁ」と春仁が同意した。
    「ま、一先ずお疲れさん。んで、ちゃっちゃと次、かね」
     灼滅者に休みはいらない――なんて、何かを捩るわけではないが、警護なり加勢なり、念を入れるに越したことはない。
    「……ふむ。では、ちょっと様子を見てこようか」
     香は少しだけ考えると、すらりと取り出した箒で空に飛んだ。まず校舎の方を窺い、それから裏山を確認したところで、ふと彼女の動きが止まる。
    「今、向こう側に何か降りたみたいだ」
     ちょっと確認してくる。
     そう遠くない方向を示し、進路を定めた香は進みだす――が。
    「五十里!?」
     木々の隙間から覗く空、突然消えた彼女の姿に織緒が名を呼ぶ。あまりに不自然な急降下――いや違う、何者かに撃墜されたのだ。
     ざわめく木々に、嫌な予感が過る。
    「まさか、敵の……」
     香の消えた方角に聖が呟けば、
    「急ぐです!」
     考えるより先に、小鳥はロビンと走り出していた。その後ろに誰もが続く。
     駆け抜ける斜面はもどかしいほどに走りにくい。迎撃の隠れ蓑に役立った茂みも、今は邪魔なだけだった。
     それでもひたすらに土を蹴れば、やがて香が目指したのであろう場所へ辿り着く。
     そこに広がっていたのは、予想通りに予想外な光景だった。
     最奥に佇む美醜のベレーザ。
     ライオンを象ったマスクに揃いの戦闘服を纏った12人の配下達。
     そしてもう一人、中心には見知らぬ悪魔が立っていた。
     賢智を示すような獅子の頭に鷲の翼――人型であるにもかかわらず、決定的に人たりえない部位がやけに目を引く。その腕の先には、首根っこを掴まれた香がいた。
    「ふむ。お前たちは先ほど撃ち落したこの女の仲間かね? だがしかし、我々は急ぐので、道を開けてもらえると助かるのだが」
     獅子頭は七人に気付くと、丁寧に礼儀正しく、ともすれば穏健とも取れる口調で上から語る。
     当然、「はいそうですか」と従うはずもない。
    「おいおい、随分な御挨拶だなぁ。そういうおたくはどちらさん?」
     身構えた春仁が問えば、獅子頭は意外にもあっさりと答えた。
    「私はハルファス様の臣下『百識のウァプラ』と申すもの……。そういうおぬし達は、かの蒼の王を降した灼滅者ですね。いやいや、名乗りは結構ですよ。灼滅者などに個人名は不要、目の前にいるのが、あなた達であろうが、他の灼滅者であろうが、変わりはないのですから」
     そう、この配下達のマスクの下の顔が誰であっても同じであるようにね。
     反論の隙も与えず、ウァプラが一息に告げる。
     だが、それこそ「はいそうですか」で済む問題ではない。
    「個人名は不要? 変わりはない?」
     織緒はウァプラの言葉を繰り返す。
     悔しいが、それを否定するのは難しい。こちらとて目前の配下の区別はつかないし、今まで倒した敵すべてに感慨があると言えば嘘になる。
    「……だがな、香は大切な仲間だ。返してもらうぞ!」
     斬艦刀を握り締める織緒に、小鳥が並ぶ。
    「推して参らせていただきます」
     意識を研ぎ澄ませ、切った鯉口。
     行く手を阻むように動き出した配下達に二人は同時に斬りかかる。しかし如何せん、数が多い。香を掴んだウァプラが後ろへ下がれば、奪還はより難しくなる。
     シャキンと鳴った鋏はカミーリアの内の殺人鬼を呼び起こし、影を宿した刃で彼は次々と斬りかかる。辺りを舞うのは真っ赤な飛沫――だがそれは、敵のものばかりではない。戦場を飛び交う魔力の矢に、自身も味方も傷ついてゆく。
    「……っ!」
     唇を引き結んだイコが炎を振るい、配下の一人がようやく倒れる。それでも彼女を包む白銀の焔は成長をやめない。傷口が、増え続ける。
     聖は握りしめたロザリアに祈りを奉げ、癒しの力をイコに飛ばす。静まる焔と悪魔の矢。今はどうにか上回るヒールも、時間が経てばわからない。先の戦闘の疲労が残っているとはいえ、何より恐ろしいのは、相手は配下に過ぎないという事実だった。
    「ウァプラ殿。私は先に……」
     人垣の向こうでベレーザがウァプラに耳打ちする。
    「では、後は引き受けました。ベレーザ殿は存分に配下を助けるが良いでしょう。筒井君でしたか、私も、会うのは楽しみですよ」
     ウァプラが頷き、ベレーザが飛び立つ。配下と戦う7人にはそれを止めることさえ叶わない。突きつけられた無力感に、タバサはポケットの中の携帯を思う。連絡の余裕はない。けれどもしも通話中であるならば、こちらの状況は届いているだろうか? 援護が無理でも、せめてベレーザの事が伝われば――!
     切なる願いを胸に、彼女は精一杯に前を向く。
    「どうにもならないかもだけど、どうにかしなきゃっしょ!」
    「――だな」
     やれることをやるしかない。
     そう頷いたのは、春仁だった。開いた魔導書を手に、紡いだ禁呪で配下達を吹き飛ばす。ぶわりと広がった熱風、舞い上がる土埃。その煙の中へ、躊躇うことなくタバサが踏み込んだ。指先には圧縮した魔力、それを矢として狙い撃てば、射抜かれた配下が地に倒れる。僅かに生まれた隙間に、織緒がその身を滑らせた。
    「ほう?」
     配下の壁を抜け、振り被った拳の先には悪魔がいる。ここでしくじるわけにはいかない。叩き付けた拳に走る衝撃、そして、ウァプラが口を開いた。
    「そんなに大切ですか?」
     投げつけるように手放される香の身体。
     咄嗟に飛び出したタバサがそれを受けとめると、素早く下がり後列の春仁に預ける。だが、彼女以上に敵陣深くまで進んでいた織緒にとって後退は至難の業だ。群がった配下達の放つ矢が彼を追い詰める。
    「盾神さん!」
     踏み出した小鳥が放つ護符――突如、そんな彼女の前にロビンが飛び出した。
    「……え?」
     ロビンを貫く3本の矢。
     音もない消滅。
     それは一瞬の出来事だった。
     立て続けに襲い来る幾重もの冷気に、それでも聖が言葉を繋ぐ。
    「こんなので……やられたり、しない……!」
     決意のように、誓いのように握る掌。解き放たれた光輪は織緒に届き、僅かな温もりと癒しきれない無数の跡を残す。
     止まない魔法、奪われる体温、暗転する意識。
     しかし、織緒の心は無力な闇を拒絶する。魂が、肉体を凌駕する。
    (「この作戦、何があろうとも成功させて見せる――!」)
     敵の虚を突き走り出せば、焔を纏ったイコがフォローに回る。隣には裁断鋏を手にしたカミーリア。煌めく火先に刃は輝き、けれど、与えた傷はバベルの鎖に容易く消される。
     そして、不意に途切れる鋏の音。
    「カミーちゃん!」
     叫んだイコの視線の先で小さな身体がぐらりと揺らぐ。その胸には長い矢が深々と突き刺さっていた。倒れる彼を抱きとめれば、周囲を支配する冷たい空気にイコの意識も飛び掛かる。
    「でも、まだ……!」
     白い息を洩らし、カミーリアを抱く腕に力を込めたその時だった。
    「あとはわしらに任せろ」
     キャリバーに跨ったアレクサンダー・ガーシュウィンがイコの前に飛び出すと、敵に向かってご当地ビームを放つ。
     後方警戒部隊の到着だった。
    「すみま、せ……」
     安堵の色を瞳に浮かべ、よろけるイコを駆け寄った小鳥が支える。
    「それでは、よろしくお願いするですよ」
     言葉の裏に抑えた歯痒い想いは、きっと皆に共通するもの――しかし留まったところで足手まといになる事は明白なのだ。退くしか、ない。
    「だが気をつけろ。奴はハルファスの臣下……『百識のウァプラ』と名乗った。恐らく、幹部クラスだ」
     イコからカミーリアを引き受けつつ告げた織緒の忠告に、結城・桐人が頷く。
    「ハルファス臣下の『百識のウァプラ』……幹部クラスか」
     言って、巻き起こした清めの風は前衛達を優しく包み込む。
     それを確認すると、香を背負った春仁が皆に呼びかけた。
    「そんじゃあ、俺らはダッシュで退くぞ!」
    「……気を、……つけて」
     小さく残す聖の祈り。
     向かう先には敵も無ければ明かりも無い。
     ――ここから先は通さない!
     ――俺達に任せろ! いくぞ、ハイちゃん!!
     風音・瑠璃羽と銀嶺・炎斗の声に続き、鳴り響く戦闘音。
     それを背中に聞きながら、タバサも暗い森へと走り出す。そっと指で触れるのは無言の携帯。香のトランシーバーは落下の衝撃でとうに壊れていた。
    「……みんな無事、だよね」
     呟く言葉は届かずに、月の輝く空に消えた。

    作者:零夢 重傷:五十里・香(魔弾幕の射手・d04239) カミーリア・リッパー(切り裂き中毒者・d11527) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 21/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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