廃校の悪魔~殲滅の警戒線

    作者:緋月シン

    ●栃木県栃木市とある廃校
    「ぐしゅぐしゅしゅしゅしゅ。
     筒井君は言っています。
    『武蔵坂学園の灼滅者がやってくる予感がする。おそらく、この拠点を襲撃するでしょう。襲撃があればすぐに知らせるように』
     と。ぐしゅしゅしゅしゅしゅしゅ」
     その声を発した者は、人にあらざる外見をしていた。もしもその姿を知る者が居たのならば、或いはその特徴的な喋り方を知っているものが居たのならば、その者のことをこう呼んだであろう。
     筒井・柾賢、と。
     だが今彼は重要ではない。重要なのは、その視線の先に居る十の人影だ。
     その者達は皆似たような服を着ていた。所謂迷彩服と呼ばれるようなものである。
     彼らは柾賢の言葉を聞き、不満気にしている様子はない。むしろ逆だ。その顔には楽しげな表情が浮かんでいる。
     いや、楽しげと言ってしまうと語弊が生じるかもしれない。それは嗜虐的で厭らしい笑みであった。
    「学園ってことはガキや女が沢山いんだろ? あ~、早くブチこみてぇ」
    「ああ、想像しただけで堪んねぇなぁ」
     そのようなことを言いながら二手に分かれると、彼らはその場を後にしたのだった。

    ●廃校の悪魔
    「早速だけど、みんなは紫堂恭也って名前に聞き覚えはあるかな?」
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は皆が集まったのを確認すると、そう言って話を切り出した。
    「うん、実はその彼から連絡があったみたいなんだ」
     それは前回の戦争にも参加していた美醜のベレーザに関するもの。しかも、かなり重要だと思われる情報だ。
    「美醜のベレーザと配下のソロモンの悪魔が、栃木県の廃校を根城にして、自分に従わないダークネスを監禁、洗脳して配下に加えようとしているらしいの」
     ただし恭也からもたらされたものはそれだけではない。より正確に言うならば、情報の提供がされただけではない、というべきか。
     恭也はこうも言ってきたのである。ソロモンの悪魔を灼滅するとともに、囚われているノーライフキングの少年少女の救出に協力して欲しい、と。
    「ダークネスの救出についてはみんな色々と思うこともあるだろうし、異論もあるだろうけど……でも、美醜のベレーザの拠点の情報には価値があると思う」
     特に、この廃校拠点の指揮官が灼滅者から闇落ちした筒井柾賢であるというのだから、尚更である。
    「みんなには、彼と協力して廃校を拠点とするソロモンの悪魔勢力を打倒して欲しいんだ」
     今回の作戦は、いつものものと比べ少し規模が大きいものとなる。八人を一チームとして八チーム。そこに恭也も合わせ、総勢六十五人で行なう作戦だ。
     しかしそれだけの人数で行動すれば、まず間違いなく相手のバベルの鎖に引っかかる。
     故に襲撃が予見する事を前提に、素早く、確実に制圧を行う必要があるだろう。
    「それでみんなには、警戒部隊の排除をお願いしたいの」
     廃校の周囲で警戒の為に展開している敵は、二チーム。それぞれ五人ずつで別々の場所を担当している。
    「具体的にはグラウンドと裏庭だけど、みんなに担当して貰いたいのはグラウンドの方」
     ただし相手は警戒の為にそこに居るということを忘れてはならない。無闇矢鱈に攻め込んでも、即座に報告されてしまうだけだろう。
     例えされなかったとしても、場所が場所だ。本格的な戦闘を始めてしまっては、察知されてしまう恐れがある。
    「じゃあどうするかっていう話なんだけど……うん、相手には中々素敵な習性があるらしくてね?」
     それは弱いもの苛めが大好きで、小さい子供や女性に銃を撃ちまくってみたいというもの。もしもそういった者が目の前に現れて逃げれば、嬉々として追ってくるだろう。
    「だからその習性を利用して、報告をさせないようにグラウンドから引き離してから灼滅するのがいいんじゃないかな」
     既に相手は手遅れなため、手加減等をする必要はない。
     まりんはそう言いながらいつも通りの笑みを浮べていたが、その目だけは笑っていなかった。
    「近くに雑木林があるから、戦うのはそこがいいかな? 裏庭に向かうチームは裏山の方に行く予定みたいだからかち合う心配もないだろうし」
     ただし注意点がもう一つ。
     警戒部隊は互いに連絡を取り合っているらしく、一方に何かがあれば他方が気付くだろう。
    「だから、同時に襲撃してその可能性を潰して欲しいの」
     タイミングは任せる、というよりはこちらでは指示のしようがないため、裏庭へ向かうチームと連絡を取り合ってタイミングを合わせるのが無難だろう。
     尚、時間的に夜の襲撃になるとは思うが、月明かりが十分あるため光源等は必要ない。
    「あ、それと警戒部隊を灼滅し終わった後で、余裕がありそうだったら他のチームの援護に回ってもらうことになるかもしれないけど……まあ多分必要ないかな?」
     計画通りに行くならば、その必要はない。ただ何があるか分からないもの事実なので、いざという時の為にある程度余裕を持てるようにしておくべきだろう。

    「さっきも言ったけど、今回の作戦は相手のバベルの鎖で察知されてる可能性がある、っていうか察知されてるって考えてもらっていいと思う。だからいい結果を出すためにも、その危険に十分備えておいてね。大変だとは思うけど、みんなだったら大丈夫だって信じてるから。頑張ってね」
     最後にそう言って、まりんは皆のことを見送ったのだった。


    参加者
    各務・樹(アルディ・d02313)
    望月・心桜(桜舞・d02434)
    ミネット・シャノワ(白き森の黒猫・d02757)
    キース・アシュクロフト(氷華繚乱・d03557)
    叢雲・秋沙(ブレイブハート・d03580)
    戒道・蔵乃祐(酔生夢死・d06549)
    清浄院・謳歌(アストライア・d07892)
    アスル・パハロ(星啄鳥・d14841)

    ■リプレイ

    ●囮と奇襲
     月明かりが照らす闇夜を、一発の銃声が切り裂いた。直後に響くのは、静謐な夜には似つかわしくない下卑た声である。
    「おらおら、あんまりちんたらしてっとぶつけんぞ、ぎゃはは!」
     本来であれば異常があった場合即座に報告する役目を負っていた男達は、自らの享楽に耽るあまりそれを完全に忘れていた。
    (「強化される前からこの人達はサバイバルゲームと称して弱い者イジメをしていたのかな」)
     叢雲・秋沙(ブレイブハート・d03580)はそんなことを思いながら、飛んできた弾丸をBraveheartで弾きながら走る。今の所その素振りは見せないが、連絡を取るようなことがあれば即座に邪魔することが出来るように気をつけつつ。
     そうしながら、ふと思う。思考の先に浮かんだのは、一人の少年だ。
     秋沙は困って自分を頼ってくる人を無下にはしない。例え助けるものが何であれ、助けた後のことは問題が起きたら考えればいいし、彼の思ったとおりにやればいいと思う。
     確かにそこに反発を覚えるものも居るだろう。だが今回のように手を貸してくれる皆も居る。
     だから、あまり一人で抱え込まないで相談してくれればいいと、伝わらないながらもそんなことを思い、まずはそのためにあの男達を何とかしなければと、少しだけ改めて気合を入れた。
     と、弾いた弾丸の一つが地面に当たり、跳ねる。
    「わっ……!」
     それはちょうど後ろから追いかけてきていたアスル・パハロ(星啄鳥・d14841)の眼前であった。驚きの声と共にその足が縺れ、転ぶ。
    「うぅ……痛い、です……」
    「だ、大丈夫!?」
     泣きそうな声を零すアスルに清浄院・謳歌(アストライア・d07892)が慌てて駆け寄り、手を貸す。
     もっとも一連の流れは当然というべきか全て演技だ。アスルを立たせながら、謳歌は男達の方へと気付かれない程度に視線を向ける。
     月明かりのおかげで、下卑た表情はよく見えた。
     ――人を傷つけて、虐げて、何が楽しいの……? わたしはそんなの、絶対に許せないっ!
     思いつつも怒りを抑え、アスルと共に再び駆け出した。
     やがて四人は雑木林へと辿り着く。僅かに視界が陰りるが、問題があるほどではない。
    「ちゃんとついて来てるみたいだね……」
     間近を通り過ぎた弾丸に怯えるような真似をしつつ、後ろを振り返った謳歌が呟く。相変わらず連絡する様子はなく、下種な笑い声を上げながら喜んでいる。
     ふと、ミネット・シャノワ(白き森の黒猫・d02757)が自らの時計へとちらりと視線を向けた。そこに刻まれている時間は、ほぼ予定通り。誘導ポイントまではあと少しであることを考えれば、どうやら問題なく行けそうである。
     変わらず必死に逃げている風を装いつつ、足場を考慮して履いてきた登山靴で土の地面を踏みしめ、蹴った。

    (「ベレーザとか言う悪魔に闇堕ちした仲間……思うところは多いが、俺達は俺達の出来る事を少しでも良い結果をもたらせるように……尽力しよう」)
     キース・アシュクロフト(氷華繚乱・d03557)はそんなことを思いながら、敵に悟られないよう、気配を殺し身を低くつつ雑木林に隠れていた。
     他の皆の様子もキースと大差ない。サウンドシャッターを使用してはいるものの、音で気付かれてしまっては意味がないため、黙ってジッと待機している。
     ただし戒道・蔵乃祐(酔生夢死・d06549)だけは例外だ。その手には携帯電話が持たれ、裏庭担当の一人、御藤・タバサ (高校生魔女・d02529) と連絡を取り合っている。
     しかしその役目も、一先ず終わりを迎えそうであった。
    『こちら裏庭班。囮が接触に成功したわ。現在、裏山に誘導中よ』
    「こちらグラウンド班。了解。ならこっちもそろそろ来る頃かな」
    『じゃ、お互い頑張ろうね』
    「あいよ、っと、来たか……こっちはこれから戦闘に入る。じゃ、そっちも頑張って」
     時間を確認してみれば、ほぼ予定通りだ。視線の先に居る人影は、全部で九。
     そのうちの四人が通り過ぎ、少しして五人も通り過ぎる。
     直後。
    「Bienvenu au parti d'un magicien!」
     蔵乃祐のハンドサインを受け、樹上より各務・樹(アルディ・d02313)がスレイヤーカードを解放しながら飛び降りた。
    「我、凍てつかす魂の闇」
     同様にキースも飛び出し、そのタイミングで囮の四人が立ち止まると振り返る。
    「な……!?」
     数瞬遅れて男達が異常に気付くが、その時には既に遅い。男達は完全に包囲されていた。
     男達は現状を即座には把握できず戸惑っている様子だったが、冷静になるまで待ってやる必要は欠片もない。
    「我が身は絶対零度の氷華なり……その身全て凍てつかせてくれる」
     ガンナイフの切っ先を向けながら、キースの口上が放たれる。
     それが戦闘開始の合図となった。

    ●排除
     真っ先に動いたのは望月・心桜(桜舞・d02434)だ。
     男達の背後、目立たぬ位置から放たれるのは浄化をもたらす優しき風。囮を行い傷ついた者達の身体を、ナノナノのここあと共に癒していく。
     それを受けながら、謳歌が一歩前に出た。
    「きて、ルナルティン!」
     その手にルナルティンを。その胸に自らの信じる正義を。
     さらに踏み込んだ動きに、男達は付いてこれない。全力で叩き込んだ。
     食らった男が吹き飛び、男達にさらに動揺が広がる。そこを突くように襲い掛かったのは熱を奪う魔法だ。
    「厄介なそれは、先に破壊させてもらう」
     だがキースが狙ったのは男達ではない。男達の腰から何かが壊れたような音が響き、それが転がる。
    「な、無線が……!?」
     これで連絡される心配はなくなった。しかし同時にそれによって男達は冷静さを取り戻し、攻撃へと移っていく。
    「ちっ……だがこいつらぶっ倒せしゃ同じことだろ!」
    「ああ、むしろ的が増えて喜ぶべきとこだぜ、ここは!」
     その言葉に、普段は明るく温厚なミネットの目がすっと細まり、金の獅子を象っていたバトルオーラがゆらりと揺れる。
     そして次の瞬間、その姿が男達の視界から消えていた。
     驚く暇は与えられない。その姿が視認されるよりも先に、男の一人へと近づいていたミネットがその頭を鷲掴む。
    「……少し、おいたが過ぎたようですね?」
     ミシリと、男の代わりとでも言うかのように頭蓋が悲鳴を上げが、勿論聞く耳など持つわけがない。そのまま手近な木へと、渾身の力と怒りを込め叩きつけた。
    「……楽しかったでしょうね、弱い者苛め。逆の立場に立ってみた気分は、如何です?」
     まるでゴミでも見るかのような視線で、地面に転がった男を睥睨する。
    「っ、調子に乗るな!」
     言葉と共に、背を向ける形となった男の一人が腕を振るう。握られていたナイフが、ミネットの背中へと迫り――当たる直前、漆黒の弾丸によって弾き飛ばされた。
    「まあ、折角手に入れた力を行使してみたいって気持ちは分からないでも無いんだけどね」
     言いながら蔵乃祐はさらに制約の弾丸を放ち、男の動きを一瞬だけ止める。
    「悪いな。僕らとお前らでどれだけ実力差があるのかは知らないけどさ、僕弱いもの苛めって趣味じゃないんだわ。お前ら全員雑魚か噛ませだよ。時間の無駄だから一人づつ、確実に始末させてもらうね」
     放たれるのは嘲笑染みた言葉。それを追うように、旋風が襲う。
    「ゲームじゃ無いって事と見かけで判断するととんでもない目に会うって事を教えてあげるよ」
     突撃したのは、ヴァルキュリアスを手にした秋沙だ。そしてほぼ同時に放たれた、カオスペイン。
    「悪いこと、考えてる人。めっ、しないと。です。くらえ、なの!」
     アスルと秋沙の攻撃が、男達を蹴散らした。
    「っ……!」
     だが男の一人は吹き飛ばされながらも体勢を立て直す。それからエアガンを構え――目が合った。
     その先に居たのは一人の少女。片腕を巨大異形化させた樹だ。
    「……それを撃ち込みたい? やれるものならやってみなさい。返り討ちにしてあげるわ」
     嘯く言葉に、男は咄嗟に反応することが出来なかった。樹と手元のエアガンを何度も見比べ……エアガンを放り捨てると、ナイフを手に取る。
     が、襲い。その時には既に樹は男の懐へと飛び込んでいた。
     ――樹は『彼』のことは直接知らない。けれど、前は仲間だったとしても今は敵だ。
     そしてダークネスを助けることも、今は考えない。
     目の前の警戒部隊を倒すだけだと、腕を振るい地面へと叩き付けた。
     それから視線を巡らせた視界に映った敵は、残り二人。
     だがそれを確認した瞬間、樹は軽く息を吐き出すと力を抜いた。それと同時に、それぞれの敵へと飛び込む姿が見えたからである。
     飛び込んだのは謳歌と、キースの放った影だ。接敵したのはほぼ同時。
    「これで終わりだよっ!」
    「チェックメイトだ」
     言葉を放ったのもほぼ同時。
     直後。謳歌のアンタレスとキースの影が、やはりほぼ同時に穿ち斬り裂いた。
     残ったのは八人と一匹。
    「さて、他の援護へ向かうぞ」
     キースの言葉に頷きつつ、心桜は髪で隠していたトランシーバーを持つと口元へと近づける。
     そして。
    「校庭班発、警戒部隊排除完了、以上じゃ」
     皆へ向けてその事実を知らせるのだった。

    ●想定外と終焉
     戦闘を終えた皆が向かったのは、校舎であった。視線の先にあるのは黒い窓。校長室だ。
     万が一そこから筒井柾賢が逃げ出したときの為に、彼らはそこで待機しているのである。
    「……?」
     と、不意に蔵乃祐の耳が僅かな音を拾った。何処から聞こえるのだろうと一瞬考え、すぐに自らの携帯からであることに気付く。
     そこで蔵乃祐が最初に思ったことは、まだ繋がっていたのか、ということであった。作戦開始より何の反応もなかったためとっくに切れているものだとばかり思っていたのである。
     ともあれ、そこから音が聞こえていることに違いはない。何かあったのかと思い携帯を耳に当てるも、そこから漏れ聞こえるのは雑音ばかり。
     そして唐突に切れた。
     結局何だったのかと思いながらも、何らかの異常事態が起こった可能性がある。とりあえず仲間達に注意するよう伝えるために口を開き――しかしそこから言葉が発されることはなかった。
    「……っ!?」
     唐突に感じたものは衝撃と浮遊感。
     挑発めいた言葉を喋っていたせいか、実は蔵乃祐は仲間の中で最も傷を負っていた。
     故に遅れてやってきた痛みに、即座にこれはもう駄目だと判断を下す。
     しかしせめて何があったのかだけでも知ろうと首を巡らせ、その姿を捉えた瞬間に視界が暗転した。
     音で地面に激突したことを知る。痛みは既に感じない。そして、そこで意識が途切れた。
     蔵乃祐が攻撃されたことはすぐに皆気付いたものの、あまりに唐突であったために一瞬反応が遅れる。その一瞬で、ここあが弾け飛んだ。
     だがそれに驚いている暇はない。三度目の攻撃が心桜を襲い――。
    「Cuidado!」
     しかし咄嗟にアスルがその前に飛び込み、防いだ。
     心桜は視線だけでアスルへと礼を伝える。それ以上のことをする余裕はなかった。
     皆の視線が向いた先、そこに居たのは一人の女だ。美しい外見であったが、それも左半身のみ。残った半身は醜い異形の姿である。
    「美醜のベレーザ……!」
     誰かがその名を呟いた。
    「っ、怯んじゃだめ、相手は一人だよ!」
     謳歌の声に触発されるように、皆が一斉に動く。
    「一人だからどうしたというの? あなた達如きには充分でしょう」
     しかし飛び込んだ謳歌ごと、前衛が纏めて薙ぎ払われた。その衝撃に、何人かが膝を付く。
     警戒部隊との戦闘からそこそこ時間が経っているとはいえ、休憩を挟んでいる余裕はなかった。実質的には連戦だ。皆、あまり余裕はない。
     だがこれ以上は倒させないと、心桜は優しき風を招き皆を癒していく。半数が倒れた場合は闇堕ちも辞さないと、ミネットより事前に伝えられている。
     故にそれを防ぐためにも。何度もメディックをやってきた経験とプライドに賭けて。
     しかし。
    「こ、の……っ!」
     Le livre qui a transporté de vieuxを手にした樹が魔法の矢を放つの合わせたキースの影が、ベレーザを覆い飲む。
     そこへ飛び込んだのはミネット。雷を纏った拳を打ち込み、謳歌のエクリプスがさらに絡み取る。
     そして秋沙が冷気のつららを撃ち放ち。
     その全てを余裕で捌ききったベレーザが再び前衛を纏めて薙ぎ払った。
     だがそれに耐え膝を屈さず、再び一斉に攻撃を加えていく。
     それは傍目に見れば、灼滅者達が押しているようにも見えた。
     けれどあくまでもそう見えるだけだ。手数が多いためにそう錯覚しそうになるに過ぎず、実際のところは劣勢と言うべきものである。
     そしてそれでもそこで堪え続けられているのは、やはり心桜の存在が大きいだろう。心桜が的確に皆を癒すために、彼女達はまだそこで踏みとどまることが出来ている。
     しかしそれは逆に言うならば――。
    「っ!?」
     ベレーザの腕が、唐突に心桜へと向いた。
     その意味するところは明白だ。即座にそれを悟るも、だが庇うには遅すぎる。
     胸を貫かれる心桜。
     だが自分が倒れてしまえば、その後の結果は火を見るよりも明らかだ。
     だから心桜は何かを掴むかのようにその腕を伸ばし……しかし何も掴めずに、空を切った。
     これでもう全体回復役は居ない。その事実に一瞬気を取られ――。
    「あら、気を逸らすなんて余裕ね」
    「……っ!」
     薙ぎ払われた攻撃に謳歌はギリギリで踏み止まったものの、秋沙とアスルが耐え切れずにその膝を折る。
     これで残るは四人。既に勝敗は決したと言っていいだろう。
     このままならば。
     故にその事実を受け入れた上で、その中の二人の目が変わった。樹とミネットである。
    「誰かの命を失ってから後悔するのは、嫌なんです」
    「……ごめんね」
     ミネットの覚悟と、樹の誰かに対しての謝罪が呟かれ――。
    「……バカめ、灼滅などされるとは……。もう、ここにいる必要は無いわね」
     だが唐突な呟きと共に、ベレーザは攻撃の手を止め踵を返した。呆気に取られる四人を一瞥するも、そのまま止まらずに去っていく。
     やがて、その姿が完全に見えなくなったところで、ようやく四人は息を吐き出した。
    「……なんだったんだ?」
    「灼滅って言ってたよね……? 柾賢くんが灼滅されたから、帰ったってことなのかな?」
    「ダークネスが、単身で配下を救いに来たというのですか?」
    「何であれ、撤退してくれて助かったわ……」
     思い思いの言葉を喋りつつも、四人はその場に座り込む。さすがに限界であった。
     倒れたままの四人の介抱も必要であったが、さすがにすぐに動く気にはなれない。
     しかし無事に終わったことを示すかのように、少し離れた場所に転がっているトランシーバーから、自分達の役目が済んだことを告げる声が僅かに響いたのだった。

    作者:緋月シン 重傷:望月・心桜(桜舞・d02434) 戒道・蔵乃祐(ソロモンの影・d06549) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 17/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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