ダークラビッツは死を導く

    作者:飛翔優

    ●暗闇へと誘うウサギさん
     とある深夜の繁華街。様々な姿を持つ賑やかさの中でも、ひときわ色が目立つ場所。
     見た目十八歳と容姿を持つ、バニーガール姿な少女が二人、道行くサラリーマンに声をかけて回っていた。
     満面の笑顔は当たり前。さり気なく深い谷間を見せつけて、時には腕を絡めて見せる。
     初めての戦果は、オールバックのくたびれたサラリーマンコンビ。だらしなく鼻の下を伸ばした二人に対し、少女たちは甘く艶めかしく囁きかける。
    「ファンになってくれてありがとう。お礼に、このくらいカードを差し上げます。……さあ、欲望のまま、人を殺して回って下さいねっ。応援してますよ」
     胸の谷間に挟んだ黒いカードを握らせて、頬にキスして身を離す。
     呆然と歩き出した二人を送り出し、再び勧誘へと移行した。
     彼女たちは、HKT研究生。目的は……。

    ●放課後の教室にて
     集まった灼滅者たちに頭を下げた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、静かな声音で切り出した。
    「臨海学校で騒ぎを起こしたHKT六六六人衆が、また事件を起こすみたいです」
     今回は、黒いカードを持った男たちが殺人事件を起こす。しかし、彼らはただの一般人ではなく、武器を持ってサイキックに似た攻撃を仕掛けてくるのだ。
    「ちょうど、ソロモンの悪魔や淫魔の配下みたいに、ですね」
     それが黒いカードの新しい能力なのか、別の力なのかはわからない。故に、この男たちの凶行を止めて、黒いカードを回収してきてはくれないか?
     それが、この度の概ねの目的となる。
    「あ、それから、黒カードを持つ彼らはKOすれば正気を取り戻します。ですので、特には心配いりませんね」
     葉月は地図を広げ、繁華街の一角を指し示した。
    「彼らと接触できるのは深夜帯。この……ええと、少々いかがわしいお店が立ち並ぶ通りのはずれ。あまり車の来ない駐車場です」
     当日も車の数は少なく、特に障害となるようなことはないだろう。
     そして接触の後は、戦えば良い。
     数は五人。姿は概ねくたびれたサラリーマンといった様相。
     力量は低く、攻撃能力に優れている程度。しかし、殺人を目的に行動しているため必ず取り押さえなければならない。
     攻撃方法は総員、単純にナイフで斬りつけるだけ。それを、盾に振り下ろせば加護を砕き、横に震えば周囲を薙ぎ払う。闇雲に振り回せば防具を破壊する……と言った形だ。
    「もっとも……統率も取れていませんので、脅威とはならないでしょう。もちろん、油断するわけにはいきませんが……」
     さておきこれにて説明は終了と、葉月は地図を渡しながら締めくくりへと移行する。
    「何が起きているのか、今の段階ではわかりません。しかし、止めなければならないことに違いはありません。どうか、彼らの手による被害が出ないよう、彼らがまだ戻れるうちに、止めてきてください。何よりも、無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)
    綾辻・綾乃(キルミースパイダーベイベー・d04769)
    笙野・響(青闇薄刃・d05985)
    上倉・隼人(伝説のパティシエ・d09281)
    西原・榮太郎(霧海の魚・d11375)
    紅月・燐花(妖花は羊の夢を見る・d12647)
    天里・寵(健康第一・d17789)
    笹原・ササクレ(向上心・d19912)

    ■リプレイ

    ●熱は未だ冷めやらず
     夜も深まり、艶やかな熱気を増していく繁華街。色と欲望が渦巻く怪しい道を、灼滅者たちは歩いていた。
     下は中一、上は高三。
     大人のみに許された憩いの場に、若者たちはよく目立つ。大事にならずに済んでいるのは、平和裏に解決することのできる手段を持ち合わせているから。
     緊張も程よく解れているのだろう。天里・寵(健康第一・d17789)は瞳を輝かせ、念のため元気は潜ませに立て看板を指し示す。
    「わー、あのお店なんでしょー? なんか無駄に派手っていうかセクシーっていうか……」
    「ほんと、どういうお店なんでしょうね?」
     狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)も視線を送る先、扇情的な服装で投げキッスを行う少女のイラストが。傍らへと視線を向ければ、黒皮のトップとアンダーを身につけ挑発的に見下してくるお姉さんの大型写真が掲げられていた。
     知る者は返事を探し、知らぬ者は共に首を傾げていく。
     答える者として白羽の矢が立ったのは、二人とは別の意味で看板をチラ見していた上倉・隼人(伝説のパティシエ・d09281)である。
    「あ、えーっと、だな……」
     もっとも、具体的に説明する訳にはいかない。かといって、誤魔化すには純粋な視線が胸に痛い。
     しどろもどろと当り障りのない面だけを説明していく、のんきなレクリエーションのひと時。
     仲間たちから一歩控える形で歩いている紅月・燐花(妖花は羊の夢を見る・d12647)は、声を駆けて来る男たちを慣れた調子であしらっていた。
     例えばナンパを受けたなら、おいたはいけませんわと。今のすべてを捨ててくださるのかしら? と、あくまで丁寧に静かな調子で脅迫して追い払う。いかがわしいお店のスカウトならば、お生憎様ですが……と現状に満足していることを伝えて追い返す。
     警官以外ならば力を使わずとも追い払えると、自然な調子で仲間を守っていた。
     それらは全て、男の欲望が生み出した所業。笹原・ササクレ(向上心・d19912)は瞳を細めた後、盛大なため息をはき出した。
    「自分だったらそんな誘惑には絶対乗らないッスけどね……。……でも、バニースーツは少し来てみたいとか……いやいや、女装なんて……」
     繁華街の何処か心を高揚させていく香りへの抵抗から、バニーガールへのある種の興味に思考を巡らせる。
     概ね平和な会話を交わしながら、程なくして戦場となる駐車場へと辿り着いた。

    ●色に浮かされゆめうつつ
     場所が悪いのか時間帯故か、ひと気はおろか車の姿も片手で数えるほどしかない駐車場。繁華街の匂いから遠く、風も涼しやかな心を落ち着かせることができる場所に、灼滅者たちは身を隠した。
     HKT六六六人衆が擁するバニーガールに惑わされた男たちを待つ中、西原・榮太郎(霧海の魚・d11375)は一人思考する。
     何故、六六六人衆はカードを配ろうと思ったのか。一般人を殺人鬼に仕立てあげよう、他人を操って殺戮を行おうと思ったのか。
     六六六人衆は、自分の手で殺戮を起こしてこそ……と言う集団ではなかったか。また、淫魔が絡んでいそうなのも気になる。
     もっとも……現段階では答えは出ない。真実へ至るまでのピースが足りていない。
    「……ま、まずはきっちり回収しましょう。一般人を殺人鬼にしてはいけないですから」
     思考を打ち切るとともに、勢い良く物陰から飛び出した。
     視線の先には、上着を若干乱しているサラリーマン五人。総員右手にナイフを握っており、バニーガールに惑わされ黒いカードを与えられた者たちなのだと言葉無くとも教えてくれた。
     灼滅者たちを視認するなり、立ち止まっていくサラリーマンたち。
     呼応し、燐花がスレイヤーカードを取り出していく。
    「私の中にあるもう一人の私よ、今ここに……」
    「闇が俺を呼んでいる……!」
     隼人は大鎌を召喚し、軽く虚空を切り裂いた。
     翡翠もまた駆け出しながら、カードを高く掲げていく。
    「貴方の魂に優しき眠りの旅を……」
     武装を整え、迎え討つ。
     サラリーマンたちの手による殺戮などが起きないよう。
    「……今回はおじさんだけ……? はぁ……そっか」
     一方、殺人鬼バニーとの戦いを期待していた綾辻・綾乃(キルミースパイダーベイベー・d04769)は、目の前の現実を前に深く肩を落としていく。
     覇気のない表情ながらも殺気は放ち、サラリーマンたちを牽制した。
     お返しとばかりに、先頭に位置していたサラリーマンが燐花に襲いかかる。
     実体化した影で受け流し、盾を掲げて加護を放った。
     前衛陣の浄化の加護が宿されていく中、右側に位置していたサラリーマンも燐花を狙いナイフを振り回す。
     手甲で受け止めた切な、左側に位置していたサラリーマンが脇腹の辺りを切り裂いた。
    「っ!」
     それ以上続かなかったのは、決して意図して連携を行っているわけではない……今回は偶然にも重なってしまっただけなのだろう。
     もっとも、追撃がなかったとしても痛みが和らぐことはない。燐花は湿った吐息を紡ぎながら、少しだけ距離を取っていく。
     治療のため、榮太郎が符を引き抜いた。
    「大丈夫ですか? 今、治療します」
     素早く符に加護を込め、脇腹の傷口めがけて投射する。
     治療と加護を受け取った後、燐花は乱れた呼吸を整えた。
    「……我が手に宿れ、破滅の力よ」
     腕を肥大化させ、再び間合いの内側へと踏み込んでいく。
     最初狙う対象だと仲間の炎が示してくれている個体にどこか熱っぽい視線を送りつつ、勢いを乗せてぶん殴り……。

     今宵、刃を交わしている五人のサラリーマン。
     総員、HKT六六六人衆擁するバニーガールに誘惑された者
     情報通りであるならば、谷間に惑わされた者。
    「……」
     谷間にカードを挟める相手、即ち敵と、持たざる者の側である笙野・響(青闇薄刃・d05985)は瞳を細めていく。
     己へと振り下ろされた斬撃を、握り締めた小刀で打ち払う。
    「ナイフの使い方……下手ね」
     短き刃はこう使うのだと素早く背後へ潜り込み、バネや筋肉を全く行かせていない構えを支えている足を切り裂いた。
     ササクレはオーラで固めた左手で振り下ろされた刃を握り止め、影で背後からの横薙ぎを受け流す。
    「っ!」
     弾いた刹那飛び込んできた斬撃は、交わす猶予を与えずササクレの胴を切り裂いた。
     腹部あたりの布地が破れ色白の肌が外気にさらされてしまったけれど、気にする様子は全くない。
    「やってくれたッスね。後で覚えているッスよ!」
     冗談めかした調子で宣告し、外気を肺へと取り込んだ。
     オーラを体中へと巡らせて、破けた衣服すらも修復する。
     一撃をまともに受けることは少なく、受けたとしても直ぐに治療を差し挟む。
     安定して優位に攻める中、三人のサラリーマンが動きを止めた。
    「ふふっ。もう、自由にはさせないわ!」
     綾乃の張り巡らせていた鋼糸が、三人のサラリーマンを飾っていた。
     半数以上が満足に動けぬ今こそ好機だと、寵がガトリングを唸らせる!
     爆裂する弾丸。
     散らばる砂煙、上がる炎。
     風にさらわれ晴れた後、先頭に位置していた男が倒れていた。
    「よし! 一人目撃破! 次は……」
     喜ぶのもつかの間。直ぐに戦場を観察し、次に傷ついていた左端のサラリーマンへと意識を集中させていく。
     一呼吸遅れて仲間たちの矛先が向かう中、榮太郎は一人高らかなる歌声を響かせた。
     優位だからこそ油断しない。
     細かな傷が、与えられた呪詛にも似た力が致命傷にならないよう支えていく。
     冷静に導かれた結論は歌に、詩に乗り仲間へ届く。
    「自分も一旦治療に回るッス。元気になって一気に攻めるッスよ!」
     ササクレが符を引き抜き、加護を込めた上で横切りを受けていた寵に投げ渡した。
     傷口が塞がれていくのを感じながら、寵は得物を腕に埋め込んでいく。巨大な砲塔へと変貌させ、左端のサラリーマンへと狙いを定めていく。
    「よーく狙って……行っけぇ!!」
     守りすらも破壊する酸を撃ち出して、サラリーマンを飲み込んだ。
     されどサラリーマンは動けない。鋼糸に縛られているままだから。
    「ふふっ」
     担い手たる綾乃は、鋼糸に力を注ぎ込む。
     縛めているサラリーマンへと到達した時、着火。
     体中を縛める炎に抱かれて、左端のサラリーマンも力を失い倒れ伏す。
     残るは三人。手数が減ったが故、もう偶然が生み出す連携もあり得ないだろう。
     万全なる優位を保ったまま、灼滅者たちはさらなる勢いで攻め上がる……。

    ●謎
     夜闇を照らす炎の群れ。
     サラリーマンに与えられた偽りの力を蝕み続ける、破壊を伴う熱。
     削りに費やす時間は過ぎた。後は引導を渡すだけと、翡翠は巨大な剣をお見っきり振り上げる。
    「貴方達は何を目的にしてるのですか?」
     問いかけながら振り下ろし、構えも何もない胴体を斜めに切り裂いた。
     もっとも、返事はない。
     代わりに振り回されたナイフが、翡翠の防具を縦横無尽に引き裂いていく。
    「っ!」
     外気にさらされ始めた女性らしい体つき。
     見えないよう破けた布地をかばいながら、瞳を細めため息一つ。
    「本当にこんなことしたいと思っているのですか」
     怒気をはらんだ言葉を放ち、再び巨大な剣を振り上げ飛び上がる。
     落下の勢いと体重を乗せた斬撃で、攻め続けていたサラリーマンを叩きのめした。
     残るは二人。
     双方とも鋼糸に絡まれ、炎に包まれボロボロだ。
    「さ、こっからは積極的に攻めていくッスよ。畳み掛けて、一気に決めるッス」
     守護に治療にと奔走していたササクレが、集めたオーラを解き放つ。
     腹を貫かれ身をかがめたサラリーマンの後頭部を、響の杖から放たれた衝撃波の波が揺さぶった。
    「今よ!」
    「おう、ちょっと痛いかもしれないが、我慢してくれよ!」
     呼応した隼人が虚空に刃を走らせて、サラリーマンを地面へと押し付けた。
     最後に残ったサラリーマンをも切り裂いて、炎を増幅させていく。
     されど、反撃の刃は煌めいた。
     燐花の防具を切り裂いた。
    「……」
     気にせず、静かな笑みすらも浮かべ、燐花は歌う高らかに。
     繁華街に相応しい艶やかな声音で、サラリーマンを攻め立て続ける歌声を。
     惑わされふらついたサラリーマンを、寵の放つ弾丸が押さえつける。
    「今です! 一気に決めてしまってください!!」
    「トドメだ!」
     呼応した隼人が炎の只中に飛び込んで、横っ面を殴り飛ばした。
     消え行く炎が力の抜けた証だと、安堵の息を吐いて行く。
    「おっさんは全員無事か? オヤジ狩りっぽいけど……しゃーねーか」
     素早く意識を切り替えて、介抱と回収へと向かっていく。
     炎によって高められた熱量も、いずれ正常なものへと戻るだろう。

     遠くの喧騒が耳にやさしい駐車場、静寂と涼を取り戻した優しい空間。
     目覚める前に……と五枚の黒いカードを回収した後、響が念の為にと撮影を行っていく。
    「今は分からなくても、何かわかるかもしれないからね」
     謎に包まれている黒いカード。
     わかるとしたら、それは学園に帰ってからの事になるだろう。
     後は……と次の段階へと移ろうとした時、一人のサラリーマンが身を起こした。
     意識のおぼつかない様子の彼に、綾野が正面から説明を行っていく。
    「おじさん達は悪いバニーガールに騙されて、おやじ狩りに遭ってたんだよ。そこへ偶然通りかかった私たちが、体を張って助けてあげたというわけ。このカードを渡したバニーガールについて、覚えてることを全部教えてほしいな」
    「あ、えーと……」
     精神が乱れているさなかだからか、すんなりと受け入れてくれたのだろう。
     が、覚えていないと首を振る。しかし、ありがとうとの感謝は受け取った。
     残るサラリーマンもみな同じ。新しい情報は得られない。
    「仕方ない……カードに期待するとしますか」
     榮太郎が肩を落とし、手元の黒いカードを眺めていく。
     謎は謎に包まれたまま、ただ、分かることがあるとするならば……。
     殺戮は防がれた。
     月夜に血は流れない。
     乱れることのない乱れた喧騒を聞きながら、灼滅者たちは帰還する――!

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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