帰国の前に

    作者:飛翔優

    ●出張の終わりに
    「ふぁ……」
     日本のとある国際空港。大きなロビーで、一人のドイツ人男性が生欠伸をこぼしていた。
     何せ、今日でようやく長期出張が終了する。資料などを提出する仕事はあるけれど、それさえ終われば長期休暇。気を抜くなというのが無理な話である。
    「ん……飛行機の中で一眠りするか。どうも、他のことをする気になれん」
     荷物を片手に、ドイツ人男性は時計を確認する。
     搭乗まで、あと一時間。さて、なにをして過ごそうか。

    ●放課後の教室にて
    「シャドウの一部が、日本から脱出しようとしているみたいなんです」
     灼滅者たちを迎え入れた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、挨拶もそこそこにそう切り出した。
     本来、日本国外は、サイキックアブソーバーの影響で、ダークネスは活動することはできない。しかし、シャドウは日本から帰国する外国人のソウルボードに入り込み、国外に出ようとしているのだ。
     シャドウの目的は不明。また、この方法で国外に移動できるかどうかも未知数。
    「しかし、最悪の場合、日本から離れたことでシャドウがソウルボードから弾き出され、国際線の飛行機の中で実体化してしまう……となるかもしれません」
     そうなった場合、飛行機が墜落して乗客全滅……といったことにもなりかねない。
     故に、国外に渡るシャドウの撃退を。それが、この度の目的となる。
    「それではまず、今回潜り込んでもらうソウルボードについて説明しましょう」
     今回、シャドウが潜り込んでいるのはドイツ人男性のソウルボード。
     特に事件は起こっていない。ただ、生前とした街中でソーセージやパン、ドイツビールを売る声が聞こえる……男性の故郷と思しき光景が映し出されている程度である。
    「観客として姿を表すことはありませんが、戦いとなれば野次が飛んできたりすると思います。そんな中で戦うことになりますね。それから……」
     葉月は、ソウルアクセスの方法についての説明に移行した。
    「今回の場合、そのドイツ人男性を他のお客様から引き離して眠らせなければなりません。幸い、皆さんがたどり着く時は搭乗時間の一時間前。接触し、安全な場所へと寝かしつける時間は十分あるでしょう」
     また、ドイツ人男性は出張帰りなため疲労し眠気を感じている。そこを突けば、誘い出し寝かしつけることもできるだろう。
     そして無事ソウルアクセスしたならば、すぐさまシャドウがやって来る。
     戦闘能力は五人を相手どれる程度と、あまり高くはない。
     ただ、防御能力に優れ、影を吸い込むことにより体力を吸う技、相手の影に楔を打ち込むことにより攻撃力を削ぐ技、自らの中にある毒などの悪い力ごと影を放つことで攻撃と浄化の両方を兼ねる技、を使い分けてくる。
     もっとも、劣勢になれば撤退する。今回のシャドウは、負けそうになっても頑張って戦う理由はないようだ。
    「以上で説明を終了します」
     葉月は地図やドイツ人男性の顔写真などを手渡した後、締めくくりへと移行する。
    「失敗した場合、最悪飛行機が墜落してしまいます。たくさんの命が失われて今います。ですのでどうか、全力での行動を。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    イゾルデ・エクレール(ラーズグリーズ・d00184)
    ミレーヌ・ルリエーブル(首刈り兎・d00464)
    シュラハテン・ゲヴェーア(屠殺銃・d00837)
    エルメンガルト・ガル(アプレンティス・d01742)
    ロロット・プリウ(ご当地銘菓を称える唄を・d02640)
    土岐野・有人(ブルームライダー・d05821)
    希・璃依(感情進化系直進型・d05890)
    高峰・緋月(全力で突撃娘・d09865)

    ■リプレイ

    ●今はただ、ひと時の安らぎを
     旅行客、あるいはビジネス、もしくは故郷へと帰還する外国人……様々な人々でごった返す国際空港。笑顔に不安、安堵に疲労……様々な表情が交錯する場所で、イゾルデ・エクレール(ラーズグリーズ・d00184)は歩を進めながら思考を巡らせていた。
     シャドウが今、危険を犯してまで海外へ逃げようとしている。
     日本に居ては身の危険を感じたか、はたまた外にいる上位ダークネスを起こしに行くのか……。
     今はまだ、材料が足りず答えは出ない。
     為すべきことは決まっていると、写真のドイツ人男性を発見するなり素早く歩み寄っていく。
     近づいてくる年若き女性に気がついたのだろう。疲労した様子でソファに身を沈めていたドイツ人男性が、勢いをつけて起き上がった。
    「何カ、ご用デスカ?」
    「いえ、随分と疲れているように感じてな。……大丈夫か?」
     小首を傾げると共に力を放ち、ドイツ人男性の思考を乱していく。
     瞳を真っ直ぐに、心配げに覗きこむ。
    「ちょっとしたつてがあってね。時間がまで休んでいかないか? 知らない間に眠りに落ち、飛行機を乗り過ごすよりはマシだろう」
    「……そう、デスネ。ありガたいデス」
     素直に従ってくれた男を立ち上がらせ、さり気なく身を支えながら、仮眠室に向かって歩きだす。
     道中、土岐野・有人(ブルームライダー・d05821)と合流した。
    「おや、その方は……」
    「あ、この人は……」
     関係者を装う有人はイゾルデと演技を交わしながら、案内役を引き継いだ。
     支える役目は任せたまま、程なくして仮眠室へと到達する。
     有人が扉を開けた先、椅子に腰掛けていたシュラハテン・ゲヴェーア(屠殺銃・d00837)が顔を上げた。
    「――」
     ドイツ語で挨拶を投げかけて、ドイツ人男性に同郷の人がいると安堵の感情を与えていく。
     心身ともにリラックスさせた上で、ベッドの上に寝かしつけた。
     待つこと数秒、安らかな寝息が聞こえてくる。
     シュラハテンは二人と頷きあった後、待機していた仲間を呼び出した。

    ●お祭り気分、夢世界
     夢世界は男性の故郷、ドイツの町並み。
     美しい石畳と景観を損なわぬよう整えられ作られた建物の群れ。
     少し歩いた先には広場があり、中心には涼と煌きを与え続ける噴水が設けられていた。
     日本ではお目にかかれない光景を前にして、エルメンガルト・ガル(アプレンティス・d01742)はきょろきょろと周囲を見回していた。
     何せ、ドイツ出身ではあるけれど普通の市井は記憶に無い。戦いが控えていないのならば、漂ってくるパンの香り。何処からともなく聞こえてくるソーセージが焼ける音も合わせ、のんびりした時を過ごすことができるだろう。
     そう、夢でなければ探しに行ける。
     食べ物を求めて練り歩ける。
    「夢でなければ……ね」
     ロロット・プリウ(ご当地銘菓を称える唄を・d02640)が肩を落とし、軽くお腹を抑えていく。
     仲間以外の気配を感じ、すぐさま表情を引き締め振り向いた。
    「よもや、このようなところまでやって来るとは……」
     視線の先には、陽気な街に落ちる影。
     シャドウが一人、肩をすくめる仕草を見せていて……。

     挨拶代わりの一番目。
     ミレーヌ・ルリエーブル(首刈り兎・d00464)は深く優しい霧で、己を含めた前衛陣を覆っていく。
     攻めるための力を得た上で、イゾルデは銃口を突きつけながら問いかけた。
    「シャドウよ。なぜ動けぬ危険を冒してまで外国へと逃げようとする? 内容次第では……他の一部のダークネス組織と同様、力を貸す事もないぞ?」
     返答はない。
    「協力し情報を与えるのならば……協力する間だけ仮の住いとして私のソウルボードを貸してやっても良い」
     取引きを持ちかけたが、やはり言葉は紡がれない。
     仕方ないと引き金を引いたなら、煌めく閃光がシャドウの肩と思しき場所を撃ち抜いていく。
     されどバランスを崩さず放たれた影を、エルメンガルトは盾を掲げて受け止めた。
    「っ……流石に、ダークネスは伊達じゃねぇな」
     防げど貫く衝撃は、普段相手している個体より落ちるといえど灼滅者たちよりは数段上。
     万全を期して加護を己に抱いた時、夢世界がざわめいた。
     臆病にも守りに回ったと受け取られたか、そこかしこからブーイングが放たれる。
    「ははっ、これが野次ってやつか……ま、見てな。いつまでもやられっぱなしじゃないからよ!」
     軽く笑って受け流し、シャドウと真正面から睨み合う。
     掌が己に向けられたから腰を落とし、両足に強く力を込めた。
    「っ!」
     全ては、掌に吸い込まれることがないように。
     否、吸引口へ必殺の一撃を叩き込むために!
    「喰らえ!」
     両足でとどまりながら、エルメンガルトはビームを放つ。
     吸引口へと叩き込み、シャドウを二歩ほど退かせた。
     が、佇む様子に変化はない。
     すぐさま続くビームを避けたシャドウに、観客たちは喝采を送っていく。
    「っ!」
     凄まじい声量に、高峰・緋月(全力で突撃娘・d09865)はビクリと肩を振るわせた。
     経験のない野次。もしも己へ向けられたとしたら、果たして平常心でいられるだろうか……?
    「……そういえば」
     なったらなった時、と思考を切り替え、ふとした調子でシャドウに問いかける。
    「海外にもシャドウがいて連絡を取り合ってたりするの?」
     やはり、返答はない。
    「もしかしてブレイズゲートに飲み込まれたことがあったりするの?」
     海外へいく作戦には関係のない事柄すら、シャドウは口をつぐんでいる。
     もはや取り付く島もなし。
     仕方ないと肩をすくめ、緋月は愛剣を腕に取り込んだ。
    「ならば……試させて頂きましょう。私の新しい力を!」
     腕をノコギリ状の蒼き刃へと変貌させ、シャドウの元へと吶喊。
     黒き肉体を斜めに切り裂いて、今一度後ろへ退かせた。
     即座に響き渡った喝采は、緋月へと向けられたもの。
     姿なき観客が見守る中、戦場は一層の盛り上がりを見せていく……。

     仲間たちが交わした、情報収集を目的としたやりとり。
     誤魔化すこともなく、否定することもなく、嘘をつくことすらなく拒絶する様子から、言葉を引き出すことはできないと結論付け、シュラハテンは嘆息した。
     シャドウが海外へと向かうことへの何故? 好奇心が疼いている。
     満たされることは、少なくとも今は叶わない。
     また、シャドウは力量こそ他の個体より落ち、眷属などもいないものの、やはり灼滅者たちよりは強い。影の吸引も、影を縛る楔も、禍々しきを発散する一撃も、それなりに威力を持っている。
     何よりもタフ。
     数度攻撃を重ね刃を差し込んでいるはずなのに、揺らぐ様子など微塵もない。今だ、余裕を保っていると見るべきだろう。
    「……」
     最後まで戦いは分からぬが、手加減することは思考から外したほうが良いかもしれない。シュラハテンはそう結論づけながら、ライフルの引き金を引いていく。
     虚空を貫く閃光がシャドウの体を撃ち抜いた時、箒に乗り上空へと飛び上がっていた有人が優雅に指さした。
    「狙い撃ちます!」
     魔力の矢を雨あられと叩き込み、シャドウの体を揺さぶっていく。
     彼もまた、シャドウを逃がすつもりない。
     できれば灼滅してしまいたい。
     だからこそ全力で、確実に一歩一歩攻撃を行うのだ。
     意気込みが伝わったか、あるいは上空からの攻撃に誘われたか。有人に高らかなる歓声が向けられる。
     さながらそれは……。
    「……ストリートファイトの認識、ですかね?」
     守りに入ればブーイング、攻撃が成功したなら喝采を。
     ロロットは小首を傾げ自答しつつ、深く息を吸いこんだ。
     静かに細めた瞳の先、シャドウが影を放った。
     打ち据えられたエルメンガルトの様子から、治療が必要と判断した。
    「――」
     ア・カペラで紡ぎだす賛美歌は、ドイツの空へと響いていく。
     演奏があるのではないか? と思わず耳を疑ってしまうほどの流麗さで、気づけば野次を飛ばしていた不可視の観客たちも聞き入っていた。
     傷を受けても、すぐさま治療してくれる。
     安堵を心の力に変えて、希・璃依(感情進化系直進型・d05890)は炎の刃を振り下ろす。
     燃え盛るシャドウを目標に、有人は光輪で虚空を切り裂いた。
    「油断は禁物ですよ」
     走る風刃が、炎ごとシャドウを切り裂いていく。
     一歩、再び退き開いた懐へと、緋月が勢い任せに飛び込んだ。
    「隙ありです!」
    「ぐっ……」
     固めた拳で一撃二撃、受け流し和らげる事に特化した不確かな肉体を打ち据えて、此度初めてくぐもった悲鳴を挙げさせる。
     動きが淀むことはない。
     シャドウの掌が、再び影を吸引しようと動き出す。
    「――!」
     ダメージを受けてもすぐさま攻撃へと動けるよう、ロロットは歌を継続する。
     倒れなければ、勝利できる。
     シャドウを撃退できるはず。
     願いをも歌声に織り交ぜて、仲間へと注ぎ込んでいく……。

    ●Gute Reise
     歌声に心を奪われ続けているのか、観客の野次はない。
     元より乱すこともない集中力で、有人はシャドウを撃ち抜いた。
    「……そろそろ、ですか」
     既にかなりの攻撃を重ねている。
     いかに守りに優れていても、全てを耐え切ることのできる余裕はない。
     灼滅するか、逃亡を許すか……できれば後者を望むと、有人は集中力高めシャドウの動きを観察する。
     一方、ミレーヌは改めて問いかけた。
     傷ついた今ならば付け入る隙があるかもしれないから。
    「アナタはパンタソスの指示で、自分でも理解できないままこんなことをしている。違うかしら?」
     シャドウは返事の代わりに楔を放つ。
    「こうして私たちが来た時点で目的は半ば達成してるんじゃない? 戦うだけ無駄だと思うけど」
     ミレーヌは後ろへ飛んで回避した後、やはり言葉のない様子に、動きを変化させる様子もないことにため息一つ。
    「じゃ、仕方ないわね。……一気に行くわよ」
     もはやこれまでと、ミレーヌが魔獣の牙から削りだされたというナイフを握りしめ、懐へと潜り込む。
     下から上へと切り裂いて、虚ろな肉体の守りを削いでいく。
     すかさず、シュラハテンがトリガーを引いた。
     ビームで脇腹の辺りを撃ち抜いた。
    「……随分と余裕やな」
    「――」
     揺るがぬのは足りないのか、はたまた強がりか。
     ロロットは賛美歌を響かせながら、影を刃に変えて解き放つ。
     上から斜めに切り裂いて、守りを更に弱いものへと変えていく。
    「シャドウの見る悪夢、どの様なものなのか……」
     すかさずイゾルデが飛び込んで、影で固めた拳をぶち当てた。
     精神そのものを揺さぶって観察する心づもりであったのだが……。
    「……そろそろ潮時か」
     出会った後、久々に放たれた呟きが、賛美歌に押さえ込まれることなく響き渡る。
     させぬと、エルメンガルトは包囲の穴へと回り込んだ。
    「逃してやるから、どこにどうして行きたかったか教えろよ」
    「……」
     返事はなく、強引に包囲を突破することもない。
     ただ、影を纏うように身を薄れさせ、何処かへと消えていく。
     存在した残滓など残さずに。
     ドイツの町並みを汚さずに。
     戦いの終わった街中では、再び楽しげな喧騒が響き始め……。

     シャドウが消えた場所を眺め、ミレーヌがため息を吐き出した。
    「……ほんと、何がしたいんだか」
     わざわざ海外へ行こうとしているシャドウ。だが、同様の事件を読む限りでも、別に本気で行こうとしているわけではない。
     灼滅者たちの反応を伺っているのか、別の目的があるのか……。
    「……まあでも良かったよね。これで、あの人も無事ドイツへ……故郷へ帰ることができるしさ!」
     空を眺めていた緋月が、陽気な歓声に負けぬ明るい声音を響かせた。
     そう。様々なことが謎に包まれているけれど、一つだけ確かなことがある。
     シャドウはもういない。
     ドイツ人男性が、そして同乗する人々が危機に陥ることはない。
     ドイツの情景に勝利を祝福されながら……さあ、現実へと帰還しよう。
     男性を起こし、あるべき日常へと導こう!
     護ることのできた未来を描くために……!

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 11/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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