お待ちしています

    作者:灰紫黄

     唐揚げカレー。
     六六六人衆、寒河・創吾が現在食しているメニューだ。殺戮計画を実行するために眷属を配置する間の朝食である。朝食に唐揚げカレーは重いかと思ったが、存外悪くない。
    「そろそろですかね。ごちそうさまでした」
     腕時計を見て、寒河は席を立った。眷属の配置が完了する頃だ。その証拠に、ホームから悲鳴が聞こえてきた。
     寒河が手を下すこともなく、眷属によって電車から降りてきた人々が蹂躙されていく。朝の通勤ラッシュは彼にとって格好の標的だった。通勤のサラリーマンやOL、通学途中の子供達までが肉塊に変わっていく。ひとしきり殺戮を終えると、寒河、待ての号令を出した。
    「さて、と。ここからが本番ですね。お待ちしていますよ」
     生存者達の逃げ道を塞ぎながら、寒河は薄く笑みを浮かべた。

     口日・目(中学生エクスブレイン・dn0077)は硬い表情で灼滅者達を出迎えた。緊張の度合いが、今回の依頼の困難さを示している。
    「これで何度目になるのか分からないけど……六六六人衆が闇堕ちゲームを実行しようとしているの」
     六六六人衆が灼滅者を闇堕ちさせることにより、序列を競うゲーム。それが闇堕ちゲームだ。これまでも多くの灼滅者が六六六人衆によって闇堕ちに追い詰められている。
    「今回現れるのは序列・六二〇番、寒河・創吾よ。真っ黒のジャージを着た若い男の外見をしているのが特徴ね」
     目が口にした名に、聞き覚えのある者もいるかもしれない。寒河はこれまでにも二度、灼滅者と遭遇、交戦している。序列が以前より下がっているのはいずれも殺戮を阻止されたためだろう。
    「状況を説明するわ。事件が発生するのは、地方都市にある駅の改札よ」
     時間は朝。通勤ラッシュの真っただ中、電車が停まり、乗客が降りてくるところが狙われる。寒河自身は改札口に、眷属はホームの後部に配置し、乗客を挟み撃ちにする算段でいる。乗客は全部で百人はくだらないはずだ。このままでは大きな被害が出る。
    「寒河は殺人鬼と縛霊手のサイキックを扱う。眷属の方は、ネズミバルカンが三体。あなた達ほどの力はないけど、一般人には十分すぎる脅威になるわ」
     寒河と戦うだけでなく、人数を分けてネズミバルカンにも対処する必要がある。割く人数が多すぎても少なすぎても被害は大きくなるだろう。
    「寒河は闇堕ちが発生すれば撤退するわ。けど、さすがに二回も返り討ちにあって準備を整えてきたみたい。けっこう食い下がってくると思う」
     だけど悪いことだけじゃない、と目は付け加える。
    「あなた達は前より確実に強くなってるわ。戦い方次第で寒河の約滅も可能なはずよ」
     何を優先し、どう戦うか。それらは全て、灼滅者に委ねられた。


    参加者
    田所・一平(赤鬼・d00748)
    紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)
    一・葉(デッドロック・d02409)
    化野・周(ピンクキラー・d03551)
    ヴァーリ・シトゥルス(バケツの底は宇宙の真理・d04731)
    ルコ・アルカーク(嘘吐き道化の宵の夢・d11729)
    柳・晴夜(ユメノナカウツロウモノ・d12814)
    刄・才蔵(陰灯篭・d15909)

    ■リプレイ

    ●朝食後に
     時刻はちょうど七時。何の変哲もない駅のホームだった。
    「お望み通り来てやったよ。ちょっと待ったくらいだ」
    「それはそれは。おかわりなどすべきでなかったですね。お待たせしました」
     六六六人衆の顔を、化野・周(ピンクキラー・d03551)は怒りを込めて睨みつける。
     常に笑っているように見える細い目で、寒河は灼滅者達の顔を確認した。そこに見知った顔はなく、同時にその数が六人であることを確認した。
    「眷属を配置したのですが、割いてもらえた人数は二人ですか。分断は失敗のようですね」
     以前の戦いから、灼滅者が八人単位で行動していることは分かっていた。眷属を使うことで戦力を分散させようとしたのだが、あまり効果はなかったようだ。
    「唐揚げカレーは美味にございましたか、ってな。お前のふざけた遊びも今日で終わりだ」
     今まで柔らかかった刄・才蔵(陰灯篭・d15909)の表情がスイッチを押したかのように敵意に満ちたそれに切り替わる。相手を考えればそれも当然。殺人鬼の宿敵、六六六人衆なのだから。
    「最後の朝餐ってか? カレーの臭いぷんぷんさせやがって」
    「え、気になりますか。それはすみません。今後気を付けます」
     一・葉(デッドロック・d02409)の嫌味に、寒河は飄々と返す。あるいは単に本心かもしれないが。
    「今後、があればですが」
    「手厳しいですね、可愛いお嬢さん」
     仮面の下ならぬバケツの下で、ヴァーリ・シトゥルス(バケツの底は宇宙の真理・d04731)が小さく笑む。奇妙な格好なのに、寒河は気にした様子はない。というよりもほとんど見えていないかのように振舞っている。
     そのときだった。爆音がホームの後部から聞こえてきた。眷属との戦闘が始まったようだ。
    「では、こちらも始めましょうか」
    「テメェが仕切んな」
     細目の男に、田所・一平(赤鬼・d00748)はただただまっすぐに殺意を向ける。脳が、血が、肉が、全身が残らず目の前の敵を殺せと叫んでいた。
    「あんたを、絶対に止める!」
     柳・晴夜(ユメノナカウツロウモノ・d12814)の足元から影が伸び、文字通りの人影を形作る。同時、寒河の体から染み出した黒い靄が彼の右腕を包み込んだ。

     ほぼ同じころ。謡の鞭剣がネズミバルカンの一体に引導を渡す。眷属の巨体は一瞬にして霧散にした。
    「時間はかけられないんだけど……っ!」
     攻撃を逃れたネズミバルカンを忌々しげに睨みつける紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)。だが、その背後からも眷属は容赦なく銃を向ける。
    「させませんってば」
     ガトリングから吐き出された炎の奔流が眷属を飲み込み、存在ごと焼き尽くした。攻撃を放ったルコ・アルカーク(嘘吐き道化の宵の夢・d11729)の顔には皮肉気な笑みが浮かぶ。
     乗客は電車から降ろさず、威圧して車両の中に押し込めている。狭いホーム内で、しかも改札を抑えられれば100人超の避難は難しい。ゆえに灼滅者達の判断は正しかっただろう。
     人数の配分と一般人の対策には成功した。だが、まだそれは寒河の小細工を破っただけにすぎない。

    ●黒の右腕
     寒河の作戦はあまりにも単純だった。ダークネスと灼滅者の実力差を利用してねじ伏せる。ただそれだけだ。だが、それを可能にするだけの殺戮技巧を持つのが六六六人衆でもある。
    「食後の運動にはちょうどいいんじゃね?」
     光の盾を展開し、周は寒河に肉迫する。渾身の力を込めた一撃は、確かに敵を捉えた。寒河も反撃として巨大化した右腕を刃へと変え、周を切りつける。鮮血が噴き上がるが、寒河のジャージはいくら返り血を浴びても黒いままだった。
    「しっかりしろって。地面と仲良くなんかさせねぇよ」
     仲間に対しても、葉は口が悪かった。けれどそれも信頼と自信あってのこと。月光にも似た淡い光輪が周の傷を癒す。
    「お前の相手は俺っすよ!」
     同じく晴夜も光の盾で殴りつけるが、今度は当たらない。寒河は床を蹴って、壁を蹴って、縦横無尽に動き回る。
    「ポリ!」
     主の命に従い、霊犬が敵に飛びかかる。寒河は身をひねってかわすが、さらにヴァーリの指輪が輝いた。動きを縛る弾丸を撃ち出す。
    「むぅ、面倒ですね」
     口ではそう言いながらも、焦る様子はない。冷静に、狩人として獲物を分析するだけだ。
    「複数の防御役に攻撃を分散させる、ですか。悪くない作戦だと思います、が」
     寒河の背後でどす黒い殺気が凝集する。目に見えるほど濃い殺意は一瞬のうちに前衛を飲み込んだ。一度はふさがった周の傷がまた開く。
    「立てますか?」
     才蔵の放った癒しの光がなんとか流血を止めるが、損傷は小さくない。
    「サイキックだけで全ての傷を治せるわけではありませんからね」
     回復不能なダメージの蓄積。それが寒河の狙いだった。再び変じた刃の矛先はやはり周。確立的にほぼ不可避の斬撃が振り下ろされようとする刹那、赤い光条が彼方より飛来する。寒河は跳んで回避するが、待ち受けていたように刃の群れがその動きを絡め取った。
    「間に合ったようですね?」
     ビハインドを従えたルコはいたずらっぽく笑い、前衛に合流する。
    「やっとメインディッシュか」
     呆れたように、けれどどこか楽しそうに呟く謡。紫の瞳は鋭く敵を射抜く。
    「やれやれ、思ったより早かったな。計算外です」
     もっと早く実行していればよかった、と自嘲気味に笑う寒河。状況は悪くなったというのに、細い目がさらに細められる。
    「よっしゃぁっ! こっからが本番だ!!」
     大気が震えるような咆哮。槍を構えた一平は弾丸となって突撃する。

    ●突然に
     寒河の巨腕からひと固まりの闇が放たれた。それは風船のように弾け、瞬く間に前衛を覆い尽くす。闇は灼滅者にまとわりつき、行動を制限した。謡は力ずくで闇を振り払い、高く跳ぶ。包帯に包まれた顔は、血に飢えた獣のような獰猛な笑みが浮かぶ。手には花を模した白金の杖。先端が黒いジャージに触れた瞬間、魔力を内部へと叩き込む。
    「今のは効きましたよ」
    「それはどうも。もう一発どう?」
     左に杖、さらに右手から鞭剣。けれど寒河は身を低くしてかわす。
    「はいはいお前の相手はこっち! よそ見してんじゃねーよ」
     傷付いた体を引きずりながらもも周は立ち続ける。例えば、だ。今日ここで殺されるはずだった人間達の中に家族や友達がいたら。そう考えれば自分の身を盾にする方がずっとましだった。だが、それでも攻撃を受け続けるには限界がある。ギロチンのような斬撃に、晴夜が割り込んだ。
    「あんま一人でカッコつけんなよ?」
     傷は骨まで達しているのではなかろうか。血が壊れた蛇口のように流れ出す。けれど、晴夜は無理して平気な顔を作った。まだまだ倒れる気はない、と。
    「思ったよりしぶといですね。こうなるなら回復用の眷属も用意しておけばよかった」
     対する寒河の損傷も軽くはない。苦笑しながら自らの傷を癒す。黒い、影と闇の攻撃の中でその技だけは光を用いていた。
    「あんたが弱いだけじゃね?」
     正面からビハインドのユリ、背後からルコ。粗暴さをむき出しにしたルコはユリと同時に攻撃を放った。切り裂かれたジャージからは黒い靄が煙のように漏れ出す。
    「否定はしませんよ。でも、僕からも仕返しさせてもらいましょう」
     瞬間、寒河はヴァーリの背後に現れていた。黒い右腕を振り下ろす。だが、霊犬のポリが寸前で攻撃を受け止めた。その代償として姿を消してしまったが。
    「よくも!」
     ヴァーリの手にした魔導書が風もないのにめくれ、やがて文字の光るページが開かれた。刻まれた文字は魔術の理に従い、青い光を寒河に向けて放つ。
    「だああぁぁっ!!」
     唸り声を上げ、再度の突撃。槍を握る一平の手には確かな手ごたえがあった。よく見れば口からわずかに血液がこぼれている。灼滅者が初めて見る、寒河の出血だった。
     突然、寒河は何かを考えるように首を傾げた。
    「……どうかしたか?」
     訝る葉に、寒河は平然とこう答えた。
    「いえ。そろそろお暇しようかと思いまして」

    ●退却
     灼滅者達の目標は当然、寒河の灼滅だった。そこでいきなり逃げ出すと言われれば、焦りもする。今までとは違う種類の緊張が走った。
    「ここまでしといて逃げるってのかよ!?」
     凄まじい剣幕で怒鳴りつけるのは一平だ。普段の彼を知る者が見れば別人だと思うくらいに。
    「このままでは闇堕ちさせても返り討ちに遭いそうですしね。背に腹は代えられませんよ。……ところで、僕を倒す気だったんですか? それにしては、防御に寄りすぎだと思いましたが」
     灼滅者達の感情を逆撫でするつもりなのか、本当に気付いていないのか、寒河は呑気にべらべらとしゃべる。
    「逃がすかっ!」
     不測の事態に、回復役の才蔵も攻撃へと加わる。足元から影の腕が伸びるが、寒河はそれを素手で切り裂いた。
    「手ぶらで退くのも気が進みませんし、代わりに少し殺していきましょうか」
    「っ!?」
     寒河の言葉の意味を、ルコは瞬時に理解した。とっさに電車の盾になるように動く。他の防御役も一瞬遅れて続く。それからほとんど間もなく、黒い殺気の波が放たれる。
    「…………?」
     倒れることを覚悟した周は思わず目をつむるが、しかし衝撃はいつになっても来ない。不思議に思って目を開けると、六六六人衆はすでにいなくなっていた。
    「今のはブラフだったみたいだね」
     周囲に敵がいないことを確認してから、謡は武器を下ろす。戦闘中の殺伐とした空気は霧散していた。けれど近寄りがたい雰囲気はそのままで。
    「くそ、逃がしちまうとはな」
     メガネの位置を直しながら毒づく葉。闇堕ちせずに六六六人衆を撃退することができた。十分な結果ではあるが、しかし釈然としない結果であった。今まで以上に手傷を負わせることはできたが、攻めきれなかったようだ。
    「残念です。ポリの仇をとりたかったです」
     といっても、サーヴァントは十分後には復活する。場を和ますための冗談ろう。被っているバケツのせいで表情を読み取ることができないのだが。
    「ま、それでもいいんじゃないっすかね」
     しみじみと、空気に溶けるように呟く晴夜。視線の先には正気を取り戻して動き出す一般人の姿があった。通勤中のサラリーマンやOLも多いが、灼滅者達と同じぐらいの歳の学生も少なくない。
     六六六人衆の灼滅こそ叶わなかったが、闇堕ちはもちろん、深手を負った者もいない。犠牲者もなし。状況は灼滅者達の勝利を示していた。完全ではないかもしれないが、その使命を十分に果たしたのであった。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 15/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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