廃校の悪魔~仮面の悪魔は冥途に誘う

    作者:相原あきと

     3階の廊下の突き当たりにある『校長室』と書かれた部屋へ、その異形は入り込む。
     ずるり、ずるり。
     その異形は全身どろりとした黒いスライム状になっており、ぶよぶよの胴体から4本の四肢が手足のように伸びていた。
     黒いぶよぶよの全身の中で唯一、人間のソレであった顔が、独特の言い回しで「ぐしゅしゅ」と笑う。
     そして異形はぶよぶよの腕を振るう。
     タールのような毒液が窓を真っ黒に染め上げ光りを遮り、さらに天井の蛍光灯を破壊し、ついでにドアの蝶番にも手をはわせる。
    「ぐしゅぐしゅ。
     筒井君は言っています。
    『これで準備は万端です』
     と。ぐしゅしゅぐしゅしゅしゅ」
     異形――元武蔵坂学園の灼滅者で、闇墜ちしてソロモンの悪魔と化した筒井・柾賢(つつい・まさかた)は言う。
     ずるり、ずるり。
     異形の悪魔と化した筒井は、校長席の豪華な椅子に座ると、漆黒に塗り潰した窓を見つめる。
     焦点の合って無い瞳が、まるで黒い窓の向こうが見えているように、小学校のグラウンドやその周辺を3階の校長室から睥睨する。
    「ぐしゅぐしゅ。
     筒井君は言っています。
    『武蔵坂学園の灼滅者はきっと来るでしょう。
     来ても死ぬだけ、誰の役にも立たないのが、どうして、わからないのでしょう』
     と。ぐしゅしゅぐしゅしゅしゅ」
     光の差さない深淵なる闇が支配する校長室で、異形のダークネスは一人不気味な笑い声を上げるのだった。

     教室に入って来た園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)は、どことなくいつも以上に真剣な表情だった。
    「あの……集まって頂き、ありがとうございます」
     教室に集まった灼滅者達に槙奈がお礼を良い、今回の依頼について説明を始める。
    「実は、紫堂恭也さんから美醜のベレーザに関する重要な情報について……その、連絡があったんです」
     その情報はベレーザとその配下のソロモンの悪魔が、栃木県の廃校を根城にして、自分に従わないダークネスを監禁し、洗脳して配下に加えようとしているとの話しだった。
     紫堂恭也は、ソロモンの悪魔の灼滅と、囚われているノーライフキングの少年少女の救出に協力して欲しいと言ってきているらしい。
     ダークネスの救出については異論がある方もいるかと思いますが……そう槙奈は前置きしつつ。
    「その廃校拠点の指揮官が……元、武蔵坂学園の灼滅者で、闇堕ちした筒井柾賢さん……なんです」
     ざわっ、集まっていた灼滅者の間で空気が揺れた。
    「今回、拠点を襲撃するという事で、8つの班が協力して任務にあたる事になります。しかし……」
     槙奈は一度言葉を切ると、みなの目を見て申し訳無さそうに言う。
    「しかし、多数の灼滅者が一度に動く事になるので、バベルの鎖の効果により攻略が予見されて対策を……」
     つまり、敵が襲撃を予見する事を前提に、素早く確実に拠点の制圧を行う必要があるという事だ。
    「あの……先ほどご説明した通り今回の作戦では8つの班が動きます……。そして、この教室に集まってもらったみなさんには、筒井柾賢さんがいる校長室へ突入し……その、ダークネスの……筒井柾賢さんの……灼滅を、お願い、します」
     槙奈が辛そうにその言葉を口にする。
     元灼滅者のダークネス・筒井柾賢の灼滅、今回の依頼ではそれを行える可能性があると言う。
     もちろん、筒井柾賢がいる場所へ辿りつくのは簡単では無く、校長室へ続く廊下に3体の『地獄絵図の鬼』が現れると言う。
     しかし、そちらの対応は別のチームに依頼してあるので、この教室に集まった灼滅者達は、筒井柾賢に接触してどうするかを主に考えてくれてかまわない。
     そして校長室内も一筋縄ではいかない。
     タールのような物で窓は黒く塗り固められ、蛍光灯は割られ、光の差さない真っ暗な部屋になっているからだ。
    「あの……敵はダークネス……筒井柾賢さん1人ですが、不利だと悟った場合は逃走する可能性もあるので……その、注意して下さい」
     槙奈はそう言うと、ダークネスとなった筒井柾賢の戦い方について解っている情報を伝える。
    「ダークネスとなった筒井柾賢さん……は、魔法使いと解体ナイフにガトリングガン、シャウトに似たサイキックを使い、狙い澄まして攻撃してきます。それと、廊下で別チームが相手をする鬼なのですが……」
     どの個体も戦闘力が高くもしかしたら1チームだけでは勝利するのは難しいかも。
    「もし、校長室での事が早く終わったなら……鬼を相手にするチームの援護に駆けつけてくれると……」
     槙奈は呟くが、それ以上は言わずに灼滅者達へと向き直る。
    「あの……今回の作戦では、敵がバベルの鎖により襲撃を察知している可能性があります……みなさんを危険な目に合わせてしまうかもしれませんが、この機会を逃すわけにもいきません。本当に……気を付けて行って来て下さい……」


    参加者
    山城・竹緒(デイドリームワンダー・d00763)
    花守・ましろ(ましゅまろぱんだ・d01240)
    四津辺・捨六(伏魔・d05578)
    七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)
    祁答院・蓮司(追悼にして追答の・d12812)
    結城・麻琴(陽烏の娘・d13716)
    グレイス・キドゥン(居場所を探して・d17312)

    ■リプレイ


     廃校への潜入に成功した16人は校長室へと続く廊下の前まで辿りついていた。
    「レイシー部長、闇雲に突っ込んだらあかんで? 全く、放っといたらどこいくか解らんからなー」
    「それはこっちの台詞だ。悟こそ無理するなよ?」
     東当・悟(d00662)にレイシー・アーベントロート(宵闇鴉・d05861)が返す。
     そんな2人に釘を刺すように若宮・想希(d01722)が。
    「無理しないと勝てないなら無理はする」
     その言葉に2人が振り返るが、想希はすぐに後を続けた。
    「……でも無茶はしない」
    「解ってるじゃないか」
    「せやな」
     目の前には光の差さない漆黒の回廊。
     無言のカウントダウン後、一気に廊下を駆け抜ける16人。
     駆け抜けた背後で廊下の窓硝子が割れる音が響き、灼滅者達の準備したライトが校長室の扉を照らす。
     後は任せるとばかりに廊下班の8人が反転して足を止め、廊下から顕現し始めていた地獄絵図の鬼3匹に相対する。
    「ありがとう!」
     お礼を言って駆け抜ける結城・麻琴(陽烏の娘・d13716)。
     その言葉は短かったが、校長室へ突入する仲間達の気持ちを何よりも代弁していた。
     祁答院・蓮司(追悼にして追答の・d12812)が警戒しつつ扉を開くと……そこは廊下と同じく光りの差さない真っ暗な部屋。
     山城・竹緒(デイドリームワンダー・d00763)のランプで部屋が照らされ、最初に目に入ったのは豪華な校長席の背中。こちらに背を向け、椅子越しにドロリとした頭のようなものだけが見える。
    「椅子に」
     短い指示が竹緒から飛ぶ。
     ダラララララッ!
     四津辺・捨六(伏魔・d05578)のガトリングガンが嵐のように弾丸を連射し、椅子ごと黒い影をハチの巣にする。捨六はそのまま周囲の窓も狙おうと――その瞬間。
    「捨六はん!」
     グレイス・キドゥン(居場所を探して・d17312)の声と同時に捨六はぐいっと引っ張られて壁際へ。直後、天井からびちゃびちゃと黒い液体が降り注ぐ。黒液は床を濡らすとジュワッと黒い煙を上げた。
    「やはり、罠でしたね」
     気付いたのはグレイスだけではない、七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)が上に……真っ黒な天井に張り付いたダークネスへと声をかける。
     皆の視線が天井に集まった、その瞬間。
     暗闇にぽっかりと人間の顔が浮かびあがった。
     元武蔵坂学園灼滅者、闇堕ちしソロモンの悪魔と化した男。
    「迎えに来たわよ」
     麻琴の言葉にその顔――筒井柾賢が天井に貼りついたままニヤリと笑う。
    「次に貴方は……どうしてそう君たちは愚かなのか、と言います」
     鞠音が油断なく自らのバスターライフル・雪風を構え先に宣言。
     するとダークネスは言おうとした言葉を飲み込み、ベチャリと校長の机上へと着地し。
    「ぐしゅぐしゅしゅしゅしゅ。
     筒井君は言っています。
    『その通り。罠だと解っていてなぜ来るのか? 愚かだとしか言えません』
     と。ぐしゅしゅしゅしゅしゅしゅ」
     不定形のゲル状の塊に、唯一浮かんだ人間の顔が不気味な仮面のように見える。
     ここまでは想定内、だが意外な所で灼滅者達の焦りの声が飛ぶ。
    「扉が!?」
     花守・ましろ(ましゅまろぱんだ・d01240)が扉を閉めようとしたのだが、蝶番とその周辺が溶けており、支えないとバタンと床に倒れてしまう。
     もちろん、扉を支えつつの戦闘行為は無謀だ。
     扉が床に転がる。
     事前にダークネスによって蝶番ごと破壊工作がされていたのだろう。
     これでは廊下と校長室が繋がったままに……最悪、廊下の鬼達が――。
    「こっちは俺達がなんとかする」
     廊下にいた鏑木・直哉(d17321)にそう言われた。
    「射線が通るって事は……相当きついぜ?」
     蓮司が言うも、直哉は無表情のまま「俺達が扉代わりだ」と事もなげに言い切った。
     てめぇ、柾賢! と直哉の横から静波・祭魚(d05203)が顔を出す。
    「よくもノコノコ顔出せたなぁ! ケジメ、つけにきてやったぜ!」
     校長室のダークネスはニヘラと見つめるのみ。
     祭魚はその反応に不機嫌そうに舌打ちし、視線を校長室の仲間達へ向け。
    「アイツのこと頼んだぜ!」
     バチーンとレイシーと蓮司の背を叩く。
    「応ッ!」
    「任せときな!」


    「雪風が……敵だと言っている」
     雪風を盾に撒き散らされた毒から仲間を守った鞠音が、そのまま傷つくのもお構いなしに突っ込んでいく。
     トプン。
     平面化するように回避するダークネス。
     だが、その横を麻琴の撃ち出した光弾が追い越し、再び立体化しようとしたダークネスの身体に着弾、一部を四散させる。
    「貴方に教えてあげる。皆が、そして貴方が味わった痛みをね」
     空洞のようになった身体の一部……しかし即座にゲル状の身体が補完する。
     ダークネスとの戦いは一進一退だった。
     問題は、目の前のダークネスにどこか余裕がありそうなことだ。
     無くなった扉の向こうに時折見える鬼達の援軍を期待しているのか、暗かった部屋に何かを隠してあるのか、それとも……。
     灼滅者達が不安にかられつつ闘う中、まさかの出来事が起こる。
     皆の傷を癒していたましろが――呟いたのだ。
    「……もう、やめよう?」
    「ましろ!?」
     構えを解くましろ。
    「柾賢くん、一緒に過ごした時間は短かったけど、みんな柾賢くんを心配してるよ? だから帰っておいでよ。あの場所でもう一度、友達になろう?」
     それは説得だった。
     完全にダークネスとなった筒井柾賢への。
    「柾賢くんはもう覚えていないかもしれないけど。家庭科部で一緒だったこと……わたしは、みんなは、ちゃんと覚えているよ」
     その言葉に嘘は無い。
     助けたい、救いたいという気持ち。
     必死のましろにダークネスの腕が伸ばされるが――。
     斬ッ!
    「やめろ筒井!」
     真っ直ぐ振り下ろされた蓮司の日本刀がその腕を切り飛ばす。
    「俺たちは、お前を助けに来たんだ」
     仮面に貼りついたような片方の目が蓮司を見る。
    「話したいことが沢山あったんだ。友だちになれたかも知れないんだ。お前がどう思っていようと、俺はお前と知り合いたかった」
     矢継ぎ早に繰り返される蓮司の言葉。
     ダークネスの目がせわしなく動き、何かを考えているかのように……。
    「俺だってな、お前を助けに来たんだ」
     レイシーがダークネスに掌を向けながら叫ぶ。
    「だから殺すなんて……できるか!」
     レイシーの手から魔法の矢が解き放たれるが、それはダークネスを避けてグラウンド側の窓へと着弾、破壊する。
    「あいつは……友達、だ」
     割れた窓から夜空の光りが漏れ入り、室内を淡く照らし出す。
    「せっかく『自分』でいられたのに……。『自分』である間、全力で楽しむとか、そういう努力、しないの?」
     その声は部屋の入り口から、鬼に吹き飛ばされたのか扉の無いそこに苑城寺・蛍(d01663)がいた。
     思わぬ場所からの援護にましろ達も頷くが、焦るように割り込むのは竹緒だ。
    「みんな! こんな事言ってたらこっちがやられちゃうよ! 攻撃の手を緩めちゃだめ!」
     必死に言いながらダークネスへ攻撃を繰り出す竹緒に、ましろや蓮司、レイシーも攻撃を開始するが、どこか迷いがあるような動きをダークネスも感じ取っていた。
     廊下の方から咆哮が響き、見ればアリス・バークリー(d00814)が鬼の蛇腹剣から蛍を庇っていた。
     アリスはふと校長室内のダークネスを見つめ。
    「出来ればこの手で屠ってみたかったけど、それは今回、私の役目じゃないしね」
     アリスは「あなた達に任せるわ」と言い捨て、蛍と共に廊下の戦いへと戻っていく。
    「あいつの言う通り、ダークネスの灼滅が俺達の役目だ」
     捨六が言う。
    「でも……」
    「黙れ。半端な情を残してるせいでさっきから動きが鈍いんだよ!」
     仲間達へ厳しく言い放つと、影でダークネスへと攻撃する。
     ダークネスも仕返しとばかりに魔法の矢を撃ち放つが、即座に飛び込んだグレイスが捨六を庇う。
    「お前を殺せば功績?……そう言ったんだってな」
     矢を受けて痺れた手甲のある手をグッパと握り感触を確かめ。
    「馬鹿言うな! 人を殺すってのは罪だぞ!」
     せわしなかった両目がグレイスを見つめる。
    「わかるか? 人のためにってのは、最終的には自分のためになんだ。結局お前は、人の役に立つためにって鎖に縛られたままだ……。お前は善意で、自分のために人に何かしたいと思ったことは無いかよ」
     その瞬間、べちゃりとダークネスが力無く折れ倒れる。
     ゆっくりと起き上がりつつダークネスは灼滅者へ背を向け。
    「ぐしゅぐしゅしゅしゅしゅ。
     筒井君は言っています。
    『花守さん、祁答院くん……来るのは解っていました……でも、私の命に価値は……』
     と。ぐしゅしゅしゅしゅしゅしゅ」
     背を向けたままのダークネスに、紅い瞳を光らせ鞠音が淡々と。
    「何故貴方は堕ちたのですか? 何故貴方はあきらめたのですか? 何故貴方は、何故」
     ダークネスは震えるだけで答えない。
     筒井柾賢の意識が浮上して来た……そんな考えが数人の頭によぎる。
     だが、灼滅者達は見えていなかった。
     背を向けたダークネスの顔が、今にも下卑た笑い声を出しそうなほど、歪みきっていた事を――。


    「ぐしゅぐしゅしゅしゅしゅ。
     筒井君は言っています。
    『攻撃するのを止めて下さい。私はもっと話がしたいです』
     と。ぐしゅしゅしゅしゅしゅしゅ」
     今や虚ろな瞳で灼滅者達を見回すダークネスは、その攻撃の手を止め灼滅者達に語りかけていた。
     その事でさらに説得に力を入れる灼滅者達も多かったが、鞠音などは淡々と攻撃を繰り出し続けるし、捨六も灼滅の手を緩めはしない。
     もちろん捨六達の言葉に促され、説得をしつつ他の仲間も攻撃を行っていく。
     もしここに冷静な第三者がいたのなら不自然さをすぐに感じ取っていただろう。
     ダークネスは攻撃を止め、灼滅者達だけが一方的に攻撃を行う……この状況に。
     そして……そんなやりとりのまま数分が過ぎ――。
    「説得なんてむりだよ! 自分がダークネスに乗っ取られたら、変な事をする前に灼滅してほしいって思う。だから、ここで終わらせてあげないと」
     竹緒のロケットハンマーがダークネスを横から殴りつけ、不定形のダークネスが壁に叩きつけられる。
     そして……ずるりと起き上がると、唯一浮かんだ人の顔が一変していた。
    「ぐしゅぐしゅしゅしゅしゅ。
     筒井君は言っています。
    『……なぜ、攻撃の手を止めないのですか? 私を助けたいのではないのですか?』
     と。ぐしゅしゅしゅしゅしゅしゅ」
     灼滅者達が顔を見合わせ、代表してレイシーが。
    「綺麗事は信じねぇとか抜かしてたくせ、俺らが本気で助けに来たとでも思ったのか?」
     レイシーの言葉にダークネスの顔が屈辱に歪む。
     結局、誰一人として攻撃を止めた者はいなかった。
     ならば……こいつらは最初から。
    「死にたいならさっさと死ね! 罪でも何でも背負ってやるよ、この馬鹿野郎が!」
     グレイスの言葉に確証を得る。
     この灼滅者達は筒井柾賢を助けに来たわけではない……灼滅しに来たのだ。
     灼滅者達の立てた作戦は、灼滅で意志統一がされているにも関わらず、わざと戸惑うふり(ブラフ)をして、敵を油断させるものだった。
     これは素晴らしく効果的な作戦だったと言える。
    「ぐしゅぐしゅしゅしゅしゅ。
     筒井君は言っています。
    『傷は負いましたが時間は十分です。窓を割られなければ良いサプライズだったのですが……では、絶望という名のショーの開幕です』
     と。ぐしゅしゅしゅしゅしゅしゅ」
     ダークネスにも思惑があったのだろう。
     増援を呼び込むように窓の方を見る。
    「………………」
     だが、窓の外から誰かがやってくる気配は無い。
     なぜだ?
     首をひねりながらも援軍が来なかった事実は事実、ダークネスは僅かに焦りながら床に視線を落して何かを探す。
    「もしかして箒でも探してるのか? 悪いがさっき破壊しておいた。暗くしとけばバレないとでも思ったか?」
     そう言った捨六をダークネスが睨みつける。
     援軍がくるまでの時間を灼滅者の説得に乗り稼ごうと思った。
     もしもの時は逃げる準備もしてあった。
     なのに……。
    「あなたが柾賢くんのフリをしていたのは知っていたよ」
     ましろが言う。
    「あなたは知らなかったかもしれないけど……柾賢くんは皆の事、苗字じゃなく名前で呼んでいたから」
     一斉に灼滅者が動き出す。
     それは躊躇無い本気の動き。
     ガトリングの、魔法の、オーラの弾が全弾放射され、影と刃と鋼の糸が同時にダークネスを切り裂いた。
     ず、ずず……ドベ、チャ。
     どろどろの黒い液体が床に広がる。
    「怨んでいいぜ、俺もそうするから」
    「冥途に誘われたのはあたしたちじゃない、貴方よ」
     灼滅者の言葉を信じられないものでも見るように……。
     やがて、黒い液体に沈むようにその顔も溶けていく。
    「校長室発、筒井柾賢灼滅、以上」
     トランシーバーで麻琴が宣言する。
     消滅して行くダークネスを皆が見つめる中、そっとその側に屈んだのはましろだ。
     黒い液体に手が爛れるのも構わず、溶けかかった仮面を救いあげるように胸に抱く。
    「もし、また逢えたら。その時は、友達になろうね……おやすみ、柾賢くん」

     元・武蔵坂学園灼滅者。
     高校2年、筒井柾賢。

     ――死亡。


     来る予定だった援軍というのも気になったが、それより廊下に残った仲間達の援護が急務と灼滅者達は校長室を出る。
    「語った言葉に嘘はない。それが叶わなかった、それだけの話」
    「蓮司くん、行くよ?」
     麻琴に言われ蓮司も皆と共に部屋を後にした。
     廊下は酷い惨状だった。
     数名が床に倒れ、戦い続けている者達もいつ倒れてもおかしく無い怪我を負っている。
     今も赤鬼の拳が泉明寺・生鏡(d14266)に振り下ろされようとしており――。
     ガガッ!
     グレイスと鞠音が生鏡を庇う。
    「雪風が……敵だと言っている」
     鞠音が即座に攻撃し、赤鬼がのけ反り距離を取る。
    「無事か!」
     その隙にグレイスが生鏡に声をかける。
    「できることが有る限りわたしたちは諦めません。みなさんを、信じていましたから」
     気丈に振る舞う生鏡の言葉に、闘い続けていた仲間達も笑みを浮かべる。
     ふと、そんな中で彩瑠・さくらえ(d02131)が校長室の方を見つめていた。
    「大丈夫?」
     ましろが声をかけると「彼は……」とさくらえが短く聞いてくる。
     ましろは言葉が出なかった。俯いたまま救えなかった少年を想う。
    「そう……お疲れ様」
     さくらえはそう呟くと。
    「撤退しよう――全員で生きて、帰るために」
     その言葉に誰もが頷いた。

     ダークネスの灼滅という目的は達した。
     しかし彼らの手に残ったのは、果たして灼滅者として責任を果たした達成感か。
     それとも、仲間を自ら殺したという決して覆らない重く辛い十字架か。
     今はただ、誰も何も言わずに……走り続けた。

    作者:相原あきと 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 77/感動した 8/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 22
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