廃校の悪魔~地獄の悪鬼は闇夜に嗤う

    作者:春風わかな

     廃校舎3階の廊下をずるり、ずるりと異形の悪魔がゆっくりと進む。
     その異形は全身どろりとした黒いスライム状になっており、ぶよぶよの胴体から4本の四肢が手足のように伸びていた。
     黒いぶよぶよの全身の中で唯一、人間のソレであった顔が独特の言い回しで「ぐしゅしゅ」と笑う。
     異形が進む廊下は、左側が特別教室なのか窓が無く壁が続き、右側は外の見える窓が並んでいた。
     異形は、チラリと窓に視線を向けると何か思いついたのか嬉しそうに大きく手を振るう。
     腕を降った勢いで毒液が飛び散り、天井の蛍光灯が全て破壊された。
     さらにもう一振り、もう一振り。
     異形の手から放たれた毒液が廊下の窓を次々に汚し、全ての窓を真っ黒に染める。
     明かりのなくなった廊下は、月や星の光すら届かず闇に包まれた。
    「……」
     廊下を進む異形をギロリと睨み付ける視線。
     真っ暗闇に浮かび上がる怪しげな瞳。
     ――それは、絵。
     廊下いっぱいに描かれた地獄絵図の鬼の目だった。
     1匹目は筋骨隆々の赤い鬼。
     その手には巨大な斧が握られている。
     2匹目は小さな黄色い子鬼。
     その片腕は身体に似合わず不自然に巨大化していた。
     3匹目は細身の青い鬼。
     その手には剣を繋げたような蛇腹剣が握られている。
     ずるり、ずるり。
     異形がまっすぐ廊下を進み、突き当たりの『校長室』とかかれたプレートの部屋へと入っていく。
    「ぐしゅぐしゅ。
     筒井君は言っています。
     『武蔵坂学園の灼滅者達へのおもてなし。楽しんでもらえると良いのですが……』
     と。ぐしゅしゅぐしゅしゅしゅ」
     パタンと扉が閉まると同時、廊下に描かれた鬼達はその金色の瞳を静かに閉じた。

     教室に入って来た園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)は、いつも以上に真剣な表情だった。
    「あの……みなさん集まって頂き、ありがとうございます」
     灼滅者たちに向かってぺこりと頭を下げると、槙奈は依頼について説明を始める。
    「実は、紫堂恭也さんから美醜のベレーザに関する重要な情報について……その、連絡があったんです」
     彼の情報によるとベレーザとその配下のソロモンの悪魔が栃木県の廃校を根城にして、自分に従わないダークネスを監禁し、洗脳して配下に加えようとしているそうだ。
     そこで、紫堂恭也はソロモンの悪魔の灼滅と、彼らに囚われているノーライフキングの少年少女の救出に協力して欲しいと言ってきているらしい。
     ダークネスの救出については異論がある方もいるかと思いますが……と槙奈は前置きしてから振り絞るように言葉を紡ぐ。
    「その廃校拠点の指揮官が……元、武蔵坂学園の灼滅者で、闇堕ちした筒井柾賢さん……なんです」
     ざわり、と教室に集う灼滅者の間で空気が揺れた。
    「今回、拠点を襲撃するということで、8つの班が協力して任務にあたります。しかし……」
     槙奈は一度言葉を切ると、皆の目を見て申し訳無さそうに言う。
    「しかし、多数の灼滅者が一度に動くことになるので、バベルの鎖の効果により攻略が予見されて対策を取られて……」
     つまり、敵が襲撃を予見することを前提に、素早く確実に拠点の制圧を行う必要があるというのだ。
    「あの……この教室に集まってもらった皆さんには、別のチームが筒井柾賢さんがいる校長室へ突入する作戦のフォローをお願いします」
     槙奈の説明によると、筒井柾賢がいる校長室へは一本道の廊下を通る必要があるらしい。
     廊下の窓はタールのようなもので黒く塗り固められ、もう片面は壁が続き、天井の蛍光灯は全て割られ光の差さない真っ暗な道となっている。
     そして、その廊下には3匹の『地獄絵図の鬼』が描かれており、侵入者が足を踏み入れると、羅刹佰鬼陣で戦った『地獄絵図の鬼』が現れて、侵入者を排除しようと襲い掛かるというのだ。
    「まともに戦っては……苦戦はまぬがれません。また、その間に筒井柾賢さんが逃走する可能性もあります」
     つまり、地獄絵図の鬼が出現する前に廊下を駆け抜けて校長室に走りこむチームが必須であり、そのチームを無事に校長室へ送るためにも、廊下に現れた地獄絵図の鬼と戦うチームが必要になるということだ。
     槙奈の話によると、廊下に出現する鬼は3体。廊下のスタート付近に赤鬼と黄鬼が出現し、校長室の少し手前に青鬼が現れる。
    「鬼たちは、校長室への侵入者を排除しようと攻撃をしかけます。……ですが、常にこちらから攻撃をしていれば、鬼たちの気を惹くことも可能です」
     1体でも鬼が校長室へ向かってしまえば、それは校長室へ突入した仲間たちが危険にさらされることはもちろん、筒井柾賢が逃げる確率が高まることを意味する。
    「赤、青、黄の鬼はみなさんが廊下に入ると同時に出現します。どの個体も戦闘力が高く……もしかしたら、1チームだけで勝利するのは難しいかもしれません」
     校長室に突入したチームが加勢に入ってくれれば……と、槙奈は呟くが、それ以上は言わずに灼滅者達へと向き直った。
    「あの……今回の作戦では、敵がバベルの鎖により襲撃を察知している可能性があります……みなさんを危険な目に合わせてしまうかもしれませんが、この機会を逃すわけにもいきません。本当に……気を付けて行って来て下さい……」


    参加者
    東当・悟(紅蓮の翼・d00662)
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    苑城寺・蛍(月光シンドローム・d01663)
    若宮・想希(希望を想う・d01722)
    彩瑠・さくらえ(宵闇桜・d02131)
    静波・祭魚(大江戸セイレーン・d05203)
    泉明寺・生鏡(神秘なる星辰・d14266)
    鏑木・直哉(無銘の鞘・d17321)

    ■リプレイ


     見張りの目を掻い潜り校舎に忍び込んだ16人は、階段を上り校長室を目指す。校長室へと続く廊下の前まで来た彼らは漆黒の闇に包まれた廊下を無言で見つめていた。廊下に描かれているという鬼たちの瞳はまだ閉じられたままだ。
    「レイシー部長、戦争の時みたいに闇雲に突っ込んだらあかんで? 全く、放っといたらどこいくか解らんからなー」
     軽口を叩く東当・悟(紅蓮の翼・d00662)にレイシー・アーベントロート(d05861)が切り返す。
    「それはこっちの台詞だ。悟こそ無理するなよ?」
    「もちろんや、絶対に倒れへん」
     力強く頷く悟の言葉に反応した若宮・想希(希望を想う・d01722)が顔をあげ首を横に振った。
    「無理しないと勝てないなら無理はする」
     その言葉に悟たちが振り返るが、想希はすぐに後を続ける。
    「……でも、無茶はしない」
    「せやな」
    「解ってるじゃないか」
     ――絶対に勝って帰るんや。
     この約束だけは絶対に違えないと悟は心に誓う。
    「準備はいい?」
     小さな声で囁く苑城寺・蛍(月光シンドローム・d01663)に灼滅者たちはこくりと頷いた。
    「それじゃ、いくよ――」
     5……4……3……。
     蛍は言葉を発することなく、ただ黙って指を折っていく。
     カウントダウンを見つめる灼滅者たちは緊張に包まれた。
     2……、1……!
     蛍の指が0を示すと同時、ぱっとライトが点灯し真っ暗な廊下を照らし出す。そして、皆まっすぐに校長室に向けて駆け出した。
    「Slayer Card,Awaken!」
     カードの力を開放したアリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)は淡い白光の刃を持つ剣で窓硝子を割りながら一気に廊下を走り抜ける。硝子の破片と共に飛び散る黒い毒液は慌てず落ち着いた様子で避けた。
     廊下を走る彼らの視界の端で何か大きなモノがゆらりと立ち上がったように見えるが、校長室へと向かう仲間たちを護るようにして共に全力で走る。
    「ありがとう!」
     お礼を言って駆け抜ける結城・麻琴(d13716)を見送りアリスは扉の前に到着するとくるりと振り返った。
    「今夜は星が綺麗……」
     割れた窓から見える星空を見つめ、泉明寺・生鏡(神秘なる星辰・d14266)が静かに言葉を紡ぐ。
     力を開放したカードを胸の前に祈るように掲げ、高まる魔力を感じながら眼前の青い鬼を静かに睨み付けた。侵入者に気が付いた鬼たちがぎろりと金色の目を向ける。邪魔者を排除せんと大きく腕を振りかぶった青鬼だったが、死角から飛び出した何か――彩瑠・さくらえ(宵闇桜・d02131)の不意打ちによってグラリとその身体が傾いた。
    「さぁ、急いで扉を開けて、中へ」
     さくらえに促され、祁答院・蓮司(d12812)は慎重に校長室の扉を開ける。
     早速、校長室班の面々が部屋へ駆け込むのを確認し、廊下班の8人は鬼と対峙するための陣形を整えようと校長室に背を向けた。
    「扉が!?」
    「何……!?」
     花守・ましろ(d01240)の声に慌てて鏑木・直哉(無銘の鞘・d17321)が振り返る。そこには、閉まらない扉を必死に支えようとするましろの姿があった。
     予想外の事態だったが、直哉はすぐさま意識を切り替える。
    「安心しろ。こっちは俺たちがなんとかする」
     扉がないのならば、自分たちが彼らの背中を護るだけのこと。
    「射線が通るってことは……相当きついぜ?」
     蓮司の言葉に直哉は表情を変えることなくさらりと応えた。
    「俺たちが扉代わりだ」
    「てめぇ、柾賢!」
     直哉の横から静波・祭魚(大江戸セイレーン・d05203)が顔を出して校長室を覗き込む。
    「よくもノコノコ顔出せたなぁ! ケジメ、つけにきてやったぜ!」
     だが、祭魚の言葉には何の反応もない。
     チッと不満気に舌打ちをすると祭魚はレイシーと蓮司の方へと向き直った。
    「アイツのこと、頼んだぜ!」
     バチーンと二人の背中を叩いて送り出す。
     そして、部屋の中へと入っていくのを見届けるとくるりと背を向けて鬼を睨み付けた。
    「俺たちが閂だ! 通りたけりゃあへし折っていきな!」


     赤・青・黄。3体の鬼の姿がライトの明かりに薄ぼんやりと映しだされる。
     さくらえは『紅蓮』の銃口を青鬼へと向け、すっと目を細めると落ち着いた声で告げた。
    「ここから先は、通さない」
     グワァァァ!
     さくらえの言葉に反論するかのように鬼たちが唸り声をあげる。そして赤鬼が巨大な斧を振り下ろすのとほぼ同時、青鬼が蛇腹剣で空を薙ぎ払った。
    「危ねぇ!」
     咄嗟に祭魚が仲間を庇おうとその身を割り込ませるが攻撃を受け止めきれず、直哉と共に吹き飛ばされる。
    「へっ、すっこんでろよ、三下共が!」
     必死に強がる祭魚に向かって『聖弓【星雨】』を構えた生鏡が癒しの力を込めた矢を撃ち込んだ。
    「初めての依頼、必ずや成功させて見せます」
     やや緊張気味の生鏡だったが、その瞳には確かな決意が宿っている。
     一方、祭魚とほぼ同時に吹き飛ばされた直哉だったが、朦朧とする意識の中で必至に痛みに抗っていた。
    (「向こうはただ壁画にエナジーを込められただけだ。ならば、それは唯の都市伝説……」)
     鬼の攻撃力の高さは予想していたが実際にダメージを受けるとその痛みは筆舌に尽くし難い。
    (「都市伝説如きに負けている暇は……無い!」)
     直哉はふらつく身体を必死に支えて立ち上がり、鬼たちを見据え意識を両手に集中させる。
    「――さぁ、残党狩りの時間だ」
     両手に集めた水を思わせるオーラを一気に青鬼に向けて解き放った。

     強烈な鬼の攻撃が灼滅者たちを追い詰める。赤鬼が斬り付けた悟の右腕から噴き出した血はすぐさま炎へと姿を変え、鬼たちを朱く照らした。
    「想先輩!」
     想希と背中を合わせるように悟が動き、青鬼に向かって冷気のつららを撃ち込む。
    「背中がお留守やで。約束忘れてるんか?」
     悟の軽口にふっと表情を和らげた想希が飄々と答えた。
    「背中は、悟くんが見ててくれるでしょう?」
     覚えてますよ、と想希は肩越しに悟へ視線を向けて彼の無事を確認する。安堵の表情は彼に見せぬよう、鬼へと向き直ると癒しのオーラで自身の傷を回復した。
    「俺は、出来ない約束はしない主義なんです」
    「へへ、上等や!」
     満足気に笑うと悟も鬼へと向き直る。
     アリスの足元から伸びた銀色の影が青鬼を飲み込み、さくらえの放った風の刃が青鬼を切り裂いた。
     一進一退の攻防を繰り広げていた廊下班だったが、青鬼に渾身の力で殴られた蛍が勢い余って校長室の前へと吹き飛ばされる。
    「きゃぁっ!」
     傷ついた身体で立ち上がろうとする蛍に校長室の中での遣り取りが聞こえてきた。
     説得か灼滅か――。会話を聞く限りではまだ意思が統一されていないように思う。
    「ねぇ……せっかく『自分』でいられたのに……。『自分』である間、全力で楽しむとか、そういう努力、しないの?」
     蛍の脳裏に自身の境遇がよぎる。流れ出る血を気にする素振りも見せず、蛍は素直な疑問を口にした。
    「みんな! こんな事言ってたらこっちがやられちゃうよ! 攻撃の手を緩めちゃだめ!」
     必死な様子で叫ぶ山城・竹緒(d00763)に促され、校長室班が攻撃を再開する。
     ウガァァァ!
    「蛍さん!」
     青鬼の蛇腹剣が蛍を狙っていることに気付きアリスが光剣で鬼の攻撃を防いだ。
    「大丈夫かしら?」
     アリスが差し出した手を掴み、蛍は立ち上がる。
     混乱する校長室を横目にアリスは必至に苛立ちを押えながら小さく溜息をついた。
    「出来ればこの手で屠ってみたかったけど、それは今回、私の役目じゃないしね」
     アリスの言葉に四津辺・捨六(d05578)が反応する。
    「闇堕ちした魔法使いの処遇はあなたたちに任せるわ」
     廊下の鬼へと向き直ったアリスの耳に捨六の声が届いた。
    「あいつの言う通り、ダークネスの灼滅が俺達の役目だ」
     校長室班はどのような決断を下すのだろうか。
     しかし、アリスにはアリスの役目がある。眼前に迫る青鬼に斬りかからんと白く輝く光の剣を構える。
    「それじゃ、楽しく踊りましょう!」
     アリスに続いて蛍もまた勢いよく廊下を蹴り鬼の死角へ飛び込んだ。
    (「ホントのあたしが戻るまでの間、あたしはたくさん愉しむの」)
     蛍の耳元でフープピアスがしゃらんと揺れる。
    「アハッ、鬼さんこちら!」
     ――まだ、戦いは終わらない。


     鬼たちが繰り出す攻撃は厳しいものだったが灼滅者たちは必死に耐えた。
     そして、諦めずに攻撃を続けた結果、ついに青鬼が倒れた。
     ――1体倒した。
     ほっとしたのも束の間、灼滅者たちは再び鬼の猛攻にさらされる。今まで回復に注力していた黄鬼が攻撃に転じたのだ。
    「っくしょう……!」
     赤鬼の龍の如き重い一撃受けた祭魚を黄鬼が大きな腕で殴り飛ばす。攻撃と同時に網状の霊力が放射されて祭魚を縛り上げた。
    「へっ、これしきの攻撃どうってことねーよ!」
     ふらふらと揺れる身体を斧で支え、祭魚は集気法で傷を癒す。だが、自身の回復だけでは足りず、大きく肩で息をしていた。
    「しっかりしろ、今回復してやる」
     直哉の放った裁きの光条はほんのりとした温かさを持って祭魚を回復する。
     そして、生鏡もまた【星雨】の弦を鳴らし浄化の音色で祭魚たちを包み込んだ。最前で戦う者全員の傷を回復し、立ち上がる力をもたらす澄んだ音色だ。
    「地獄絵図の鬼達……まだ強大な力を持っていたのですね」
     構えていた【星雨】を下ろし、生鏡が2体の鬼を見つめて静かに呟く。
    「でも、わたしは、1人の犠牲者、闇堕ち者も絶対に出したくありません」
     校長室班のためにも、今ここで倒れるわけにはいかない。
     じわりじわりと灼滅者たちは黄鬼を追い詰めていった。
     しかし、皆限界に近づきつつあったのも事実。魂の力でかろうじて持ちこたえている者もいる。
     その一人である祭魚が鬼の攻撃から仲間を庇いさくらえの横に吹き飛ばされてきた。壁に叩きつけられた彼女に立ち上がる力はもうない。
    「鬼ごっこは終わりだよ」
     低く身を屈めたさくらえが一気に黄鬼との距離を詰めたかと思うと、愛用のガンナイフを素早く一閃。その足元を狙って斬り付けた。
     不意を突かれた攻撃に黄鬼が思わずたたらを踏む。
    (「今や――」)
     悟は黄鬼に向かってオーラを集約した拳で息も付かぬ勢いで連打を繰り出した。
     しかし、黄鬼も悟の猛攻を受けてもまだ立っている。
     悔しそうに舌打ちをした悟は傍らの信頼する先輩の名を呼んだ。
    「はよ片付けて飯行こや」
     ――出かける前にカツ丼食べたのに。
     悟の台詞に思わず苦笑する想希だったが、おかげで程良く肩の力が抜けた気がする。
     ふらつく身体に力を籠め想希は愛刀『龍華』をぐっと握り締めた。
    「帰ったら、好きなもの食べに行きますか」
     そして、緋色のオーラを刀身にまとわせ黄鬼に斬りかかる。斬撃に耐えることが出来ず、ゆっくりと黄鬼が倒れていった。
     だが。黄鬼の背後でゆらりと揺れた巨大な影が悟に向かって風の刃を飛ばす。
    「悟くん!」
     避けろ、と叫ぶと同時に想希が身を挺して悟を庇った。悟が名前を呼んでも想希の反応はない。
     彼らの前に立つ赤鬼は、ほぼ無傷。
     緊張を隠し、自分を奮い立たせるように蛍が呟いた。
    「根性論なんてあたしの柄じゃないけど……たまには、悪くないわ」
     すかさず蛍が指で銃を撃つ真似をして、ばーん♪と赤鬼に向けて魔法弾を撃つ。
     だが、アリスは気が付いていた。このままでは軍配は敵に上がるであろうことに。
     この状況を打開する方法は、唯一つ。
    「校長室はまだ終わらないの?」
     音沙汰のない校長室に視線を向けたアリスの隙をついて赤鬼が巨大な斧を振り下ろす。
    (「誰か、これを……」)
     アリスは沈みゆく意識の中で、仲間にトランシーバーを託すことだけを考えていた。


     護り手を失ったことで5人の状況はますます不利になった。
     生鏡と直哉が仲間の傷を懸命に癒すが、蓄積したダメージは完全に治癒することは出来ない。
    「苑城寺先輩!」
     そして、魂の力を振り絞って持ち堪えていた蛍もまた、鬼の強烈な一撃によって吹き飛ばされ、ついに立ち上がることはかなわなかった。
     回復が間に合わなかったと悔やむ生鏡の視界が急に暗くなる。
     慌てて顔をあげると目の前に赤鬼の拳が迫っていた。咄嗟に目を閉じた生鏡に覚悟していた衝撃は、痛みはない。そっと目を開けると目の前に2人の男女が立っていた。
    「雪風が……敵だと言っている」
     七六名・鞠音(d10504)が即座に赤鬼を攻撃するとグレイス・キドゥン(d17312)が生鏡に声をかける。
    「無事か!」
     彼の言葉に生鏡はしっかりと頷いた。
    「できることが有る限りわたしたちは諦めません」
     気丈に振る舞う生鏡はそれに、と言い添える。
    「皆さんのことを信じていましたから」
    (「校長室班の皆が来たということは……」)
     さくらえはゆっくりと校長室へ視線を向けた。部屋から黒いスライムが溶け出る様が目に映る。
    (「堕ちた者の……」)
     真っ黒に塗り潰された闇。あるはずのない赤いものが視界をすっとよぎっていく。
     記憶の奥底にしまったはずの光景がフラッシュバックする。
     自らの内側で息を潜めている闇が嗤ったような気がして。
     思わずさくらえはびくりと肩を震わせた。
    「大丈夫?」
     ましろに声をかけられ、さくらえは不意に現実へと引き戻される。
    「彼は……」
     さくらえの問いにましろは視線を伏せて黙って頷いた。
     さくらえは小さく震えていた右手をそっと押さえ呼吸を整えると、「お疲れ様」と労いの言葉を少女にかける。
     そして、満身創痍の仲間たちに向かって宣言をした。
    「撤退しよう。――全員で生きて帰るために」
     さくらえの言葉に頷き、12人の灼滅者たちは最後の力を振り絞る。
     撤退のチャンスを作るため赤鬼を攻め続けたが、鬼はしぶとかった。しかし、斧を振りかぶり強烈な一撃を与えようとしたその時、鬼の動きがぴたりと止まり攻撃の機会を逸する。先程の蛍によるパラライズが効いたのだ直哉は気づいた。
    「喰らえ……っ」
     水龍の如き豪気を身に纏い、直哉は赤鬼の懐へ一気に飛び込み連撃を繰り出す。さながら鉄砲水が襲いかかるかのような勢いのある攻撃に耐えきれず、グラリと赤鬼の巨体が傾いた。
    「今だよ!」
     さくらえの言葉を合図に傷ついた仲間を護るように抱え、素早く鬼の横をすり抜ける。そしてそのまま後ろを振り返ることなく校舎の階段を駆け下りて行った。

    「みんな、無事やんな?」
     殿を務めていた悟がぐるりと仲間たちの顔を見回す。怪我を負った者もいるが鬼の猛攻を耐え抜き、誰一人として欠けることなく全員で帰ってくることが叶った。また、2体の鬼を倒すことが出来たことは作戦が功を奏した結果だといえよう。
     全員の無事を確認すると、アリスから受け取ったトランシーバーに向かい悟が作戦の完了を告げた。
    「廊下班発、撤退完了、以上や」

    作者:春風わかな 重傷:アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814) 若宮・想希(希望を想う・d01722) 静波・祭魚(大江戸セイレーン・d05203) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 25/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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