廃校の悪魔~躯を砕け! 道を拓け!

    作者:宝来石火


     何処か遠くで梟の声がする。
     月光の差し込む廃校の職員室。片付けられたデスクと中身の無いガラス戸のラックは、質素な実用品から廃墟に相応しいオブジェへとその意義を変え、埃の積もるにただ身を任せている。
     半死半生となった蛍光灯が弱々しく室内を照らす中、無目的に、無秩序に、無言で蠢く影がある。
     数にして、13あるアンデッド。
     性別服装享年腐敗の程度に至るまで、その姿に共通点は見られない――ただ、ゾンビであるということを除いて。
     職員室の中をグルグルと行き交う彼らは、この部屋から出ようとはしない。
     いや、より正確に言うなら。彼らはこの部屋のある一点から離れすぎないように、気をつかっているようだった。
     職員室の、廊下に続く大きなドアとは別にもう一つ設けられた引き戸。その扉の上のプレートには『生徒指導室』と刻まれている。
    「……ぁ、ひっぐ……うぅ、ぅぁぁ……」
     扉の奥からは、幼い少女の嗚咽が漏れ聞こえていた。悲痛な声に哀れを感じる者も、歪んだ嗜虐心をそそられる者も、今この場には居はしない。
     ガタタン! と、何かが倒れるような音がして、また別の少女の叫びが響いた。
    「――出して! 出してってばぁ! 違う、私は違うの! ここから出してぇ!」
     延々と続く絶叫の、バックコーラスを務めるまた別の声。
    「……認めさせないと。認めさせないといけないんだ……認めさせないと……」
     三つの声は、時にはソロで。時には不協和音を奏でて。
     いつまでも、いつまでも、鳴り止むことはなかった。
     

    「紫堂・恭也のことは覚えているな?
     奴が、俺達の――学園の助力を求めている」
     居並ぶ灼滅者たちに向けて、神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)はそう言って話を切り出した。
     紫堂・恭也。かつて不死王戦争で学園の手によって灼滅した鍵島・洸一郎に育てられた灼滅者。その割り切れぬ思い故に彼は学園から距離をおき、今も独りで戦いを続けている。
     その恭也から、灼滅者達へと連絡があった。以前に彼と遭遇した灼滅者達が、相互の連絡が取れるように手配していたのだ。
    「恭也からの情報によれば――美醜のベレーザと、その配下のソロモンの悪魔が、栃木のとある廃校に拠点を構えたらしい。奴らは、自分達に従わないダークネスを囚えて洗脳し、配下に加えようとしているようだ」
     赤城山での戦いで仕留め損ねた、美醜のベレーザ。学園にとっても因縁浅からぬ相手である。
     その拠点とされた廃校は、群馬との県境にほど近い山間部にあるという。かつては近くにあった集落も人が立ち去って久しく、今では周囲に民家の一つもない。
    「そして、その件に関連して、恭也は学園の助力を求めている。
     まず一つ、『拠点となっている廃校を仕切る、ベレーザ配下のソロモンの悪魔を灼滅』すること。
     そして、もう一つ……『囚えられているノーライフキングを救出』することについてだ」
     灼滅者達がザワつく前に、ヤマトは両手を広げて一同を制し、言葉を続けた。
    「恭也の話じゃあ、その囚えられているノーライフキングってのは――三人居るそうなんだが――どいつも、まだ子供なんだそうだ」
     それを聞いて、恭也の行動に納得する者も居るかもしれない。以前にも彼は、幼く未熟なノーライフキングを助けるべく、学園の灼滅者達の前に姿を見せたことがあるのだ。
    「……ま、ノーライフキングの件はひとまず置くとしても、だ。今回の件、正直学園としては見過ごせない。
     拠点を仕切っているソロモンの悪魔の名が――『筒井・柾賢』だと、知ってしまった以上は、な」
     筒井・柾賢――かつて仲間であった灼滅者の名。そして今やベレーザの子飼いとなったソロモンの悪魔の名。
     その名前を耳にして、心穏やかでいられない灼滅者は多い。
    「紫堂・恭也と協力し、この廃校を攻略する――が。
     なにせ、相手取るのは敵の拠点の一つだ。攻め落とすために、いつもの様に少人数でバベルの鎖を掻い潜るという手段だけでは、正直言って手が足りない。
     そこで今回は例外的に、ある程度敵に予見されるのを承知の上で、大人数で複数の作戦を並行して行い、一気呵成に攻め落とす!!」
     そう。今回のミッションでは各チームが互いに連携し合い、各々がその役目をこなし――紫堂・恭也と合わせて65人の灼滅者の力で、素早く、そして確実に目的を達しようというのだ。
     

    「お前達のチームには、ノーライフキングの所へ向かうチームと恭也とをサポートして貰いたい」
     ノーライフキングの少年少女は、2階の職員室からのみ繋がる生徒指導室に監禁されている。しかし、その肝心の扉の前――すなわち職員室にはゾンビが配置されており、生徒指導室へと近づく侵入者に向かって襲いかかってくるのだ。
     このゾンビ達を無視して囚われたノーライフキングの所まで行くことはできない。
     そこで、恭也と、彼と一緒に生徒指導室まで乗り込むチームと共に、職員室のゾンビを蹴散らす必要が出てくる。
    「ゾンビの数は13体。その全てを倒さなくても、半数程度片付ければ、何とか恭也ともう1チームを生徒指導室へ突入させることはできるだろう。
     ノーライフキングの子供達を連れ出すとして、どの程度時間が掛かるかわからない――突入は可能な限り迅速に行うべきだな」
     そして恭也達のチームがノーライフキングを解放するまでの間に、退路を確保――即ち、残ったゾンビを掃討するのがこのチームの主目的となる。
    「特に、ゾンビの中にはタフで強力なボス格の奴が二体、居るようだ。そいつらを倒しておけば、助けた連中が足手まといになっても、強引に突破することもできるだろうな」
     ゾンビ達は毒の爪を振るい、ジグザグスラッシュとヴェノムゲイルのサイキックと同様の攻撃手段を持つ。ボス格の者はそれに加えて、影業のような技も用いるという。
    「ポジションについては、ゾンビは全て同列に居ると思っていいだろう。それと、相手がボス格かどうかの判断は……お前達灼滅者なら、相対すればその強さから察しがつく筈だ」
     そして、恭也達がノーライフキングの救出に成功するか――あるいは、そうはいかなかったとしても――被害を出さないように、共に廃校から脱出する。それが今回の、このチームのミッションとなる。
     なお、廃校の外を警戒する部隊等への対処については、また別のチームが当たることになっている。
    「この戦いではチーム間の協力――特に、恭也と一緒にノーライフキングの所へ向かうチームとの連携が肝要だ。
     サイキックアブソーバーの力だけじゃない……俺達の信頼の絆でも、バベルの鎖の警戒を打ち壊せるところを見せてやれ!」


    参加者
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    陽瀬・すずめ(パッセロ・d01665)
    神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)
    ファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)
    安土・香艶(メルカバ・d06302)
    高坂・月影(粗暴な黒兎・d06525)
    阿剛・桜花(硬質圧殺粉砕オーガ系お嬢様・d07132)
    八神・菜月(徒花・d16592)

    ■リプレイ


     ――バンッ!
     音を立て乱暴に叩き開けられたのを咎めるかのように、職員室のゾンビ達は一斉に入り口の戸へと向き直った。
     26個の腐った目玉の、その内の2つが目の当たりにしたのは、自身に迫りくる顔よりも巨大な拳である。
    「華宮・紅緋、これより灼滅を開始します!」
     扉を開いたその瞬間、手近なゾンビに飛びかかった華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)は、鬼神変の一撃を眼前のゾンビに真正面から叩きつけた。腐肉の弾ける音とともに、あえなく砕けるのゾンビの頭。
     頭部を失ったゾンビは、忽ちの内に灰と化した。その朽ちゆく様に目を向けることもなく、紅緋は次の得物を目掛けて職員室を――戦場を駆ける。
     ちらりと仲間に目をやれば、鮎宮・夜鈴もまた鬼のそれへと拳を変えて、ゾンビを一体灼滅してみせていた。
     心を持たないゾンビの群れに、動揺はない。
     灼滅された者に次いで近くに居たゾンビが、腐った腕を振り上げ紅緋に向けて襲いかかる――その横合いからすかさず飛び込む、紫色の影がある。
     阿剛・桜花(硬質圧殺粉砕オーガ系お嬢様・d07132)。
     阿剛重工謹製の得物も抱えておきながら、今彼女が握っていたのは己の拳であった。
     身を落とし、跳ね上げて、振り上げる。
     隙だらけのゾンビの不意を打って放たれた抗雷撃は、ただの一撃でその体を天井の染みと埃に変えてしまった。
    「フンっ! ……さぁ、次に天井の染みになりたいのはどなたかしら?」
     言いながらも、桜花は自殺志望のゾンビを待つような悠長な真似はせず、突破口を切り開くために飛び出していた。
     今、この戦場に踏み入った二十人弱の灼滅者達。彼らの目的はこの部屋の奥にある、生徒指導室にこそある。
     言うなれば、ここのゾンビはあくまで障害。無駄な時間、余計な手間を掛けるわけにはいかないのだ。
    「――さぁ、始めるぜ? 『救出劇』という名のコンサートをっ!」
     高々と叫ぶファルケ・リフライヤ(爆走する音痴な歌声銀河特急便・d03954)。その影縛りがゾンビの一体を絡めとり、動きを止めた。
     その横を駆け抜ける、小さな影がある。
     音も声もなく。影に囚われたゾンビの胴を爆ぜさせながら、天埜・雪が部屋の奥へと駆け抜けた。
    「コイツで三つ……いや、四つ目か」 
     影縛りとフォースブレイクの連撃を受け、腐った体が更にボロボロになったそのゾンビの胸ぐらを、高坂・月影(粗暴な黒兎・d06525)はがしりと掴んだ。
     次の瞬間、ゾンビの体は大きく弧を描き反転した。受け身など取りようもない危険な角度とスピード。
     月影の地獄投げはゾンビの柔らかい脳天を硬い床へと振り下ろし、潰し壊した。

     ――部屋に居たゾンビの三分の一を、速攻で片付けることができた。
     作戦は順調に進んでいる。群がるゾンビをもう二体も潰せば、救出班を強引に生徒指導室へと送り出すこともできるだろう。
     しかし、彼らにはゾンビの数の他に、もう一つ警戒すべき要因があった。
    「見つけたっ!」
     陽瀬・すずめ(パッセロ・d01665)は叫んで、跳んだ。デスクの上をダダダンッ、と駆けて、生徒指導室の前に陣取る二体のスーツ姿のゾンビへ迫る。
     外見的には他のゾンビとそう変わりない。だが、その力は明らかに格が違う。
     仮に『ボスゾンビ』と名付けた、そのゾンビ達。奴らを放っておいたままでは、救出班は幾らかの被害を出しながら、突入することになりかねない。
    「君達はちょーっと大人しくしててよ? 突入路整備中なんだか、らっ!」
     言ってすずめは再び跳んだ。天井スレスレからボスゾンビの頭頂に狙いを定め、その手に嵌めた指輪を翳す。撃ち出された制約の弾丸は狙い通りにボスゾンビの動きを戒め、縛り、そして封じる!
     ――ぐぅ、ァァがっ!
    「っと、そっちのアンタも逃さないわよっ!」
     部屋全体を見渡せるポジションを素早く確保した神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)。そのバスターライフルから、激しい光の奔流が撃ち出される。狙いすましたその一撃がもう一体のゾンビの頭部を強い魔力の光で灼いた。
     ――ぎ、ぐぅぅ!?
     混戦となった職員室の中で、力を持った二体のゾンビの動きが止まる。
     その瞬間を逃すようであれば、紫堂・恭也は今この時まで生きてはいない。
    「はッ!」
     その手に握るウロボロスブレイドがしなり、蛇咬斬が扉の前の雑魚ゾンビの総身を縛りあげた。
    「キミなら、そうすると思ってたよ」
     群がるゾンビの波をかいくぐり、いつの間にこの位置にまで来ていたのだろうか。
     妖の槍を構えた八神・菜月(徒花・d16592)は既にそのゾンビを射程に捉えていた。
     一分の無駄もなく繰り出される、螺穿槍の一撃。それは、傷ついたゾンビを一撃のもとに灰へと還し、灼滅する。
     瞬間。
    「――突入開始!」
     叫びを上げたのは、桜花だった。
     視界の端で、西明・叡がまた別のゾンビを灼滅していたことを確認していたのだ。
     倒したゾンビは、この場のおよそ半数。
     救出班を突入させる準備は整った!
     明日等のライドキャリバーが唸りを上げて、残ったゾンビを機銃掃射で牽制する。
     浮足立った扉の前のゾンビに向けて、灼滅者達は一気呵成に駆け寄った。
    「うぉぉぉ! 邪魔ですわぁぁあ!!」
     ――グがぁあぁっ!?
     雄叫びをあげ、阿剛重工の頑丈窮まりないハンマーでゾンビを押し退ける桜花。
    「ッ! こいつらは、俺達が押さえつけておいてやるよ」
     ――ぎぃ、ぎがぁあ!
     月影もまた、桜花と背中合わせになる形でゾンビの群を追いやっていく。
     救出班のメンバーは、扉に向けて駆け出していた。ゾンビが押しのけられたその花道を、彼らは一息に突き進む。
     が。
     ――グ、ギ、がァァあ……!
     唸りを上げたのは、ボスゾンビの一である。バスタービームのプレッシャーで目をやられていたが、体を動かせないほどのダメージにはならなかったようだ。
     ――ガ……ぐぁぇぁあ!
     ボスゾンビはもう一度大きく唸ると、扉に駆け入る時諏佐・華凜に向けて発条仕掛けのおもちゃのように跳びかかり、斬影刃のような闇の一撃を撃ち出した!

     ざしゅぅ、と。
     ゾンビのものではない、赤く色づいた鮮血が職員室の中に散った。
     華凜は、余計な傷を負う事もなく、生徒指導室へと突入していた。
    「――ッ! ……どこ、見てやがる」
     ――グ……ごォォぁ……!
     何が起きたかわからない――ゾンビに生があったなら、そう漏らしていただろう。
     飛びかかったゾンビは、安土・香艶(メルカバ・d06302)によって迎撃されていた。
     斬影刃を繰り出したゾンビの体そのものを空中で受け流し、そのままゾンビの頭部を部屋の壁で摩り下ろしながら、床へと叩きつけていたのである。
     逸らした斬影刃の掠めた肩先から赤い血を流しながら、香艶はボスゾンビに向かって構えてみせた。
    「ざっけんな! お前の相手は俺だ!!」
     轟っ、と吠える香艶を前に、ボスゾンビは緩やかにその体を起こす。
    「……って、おかしいな。俺、喧嘩苦手だったんだけどな」
     自然と笑みの浮かぶ頬をなで、香艶は小さく呟いた。

    「後はお任せするよ」
    「えぇ、退路の確保は任せてくださいまし♪」
     扉をくぐる救出班の守安・結衣奈の言葉に、桜花は笑みを浮かべたサムズアップで応じた。
    「……無理はしても無茶しないでね!」
    「そっちこそ、闇堕ちなんかしたら承知しないんだから!」
     明日等の言葉に結衣奈は頷き、仲間とともに扉の奥――救出対象であるノーライフキングの待つ、生徒指導室の中へと踏み込んでいった。


     突入した仲間達が扉を閉めるのを見送って、紅緋はゾンビ達へと向き直った。
     胸に浮かぶのはハートのスート。赤いオーラを身に纏い、浮かべ続ける仮面の笑顔。雑念が消え、心は黒く透けていく。
     ブラックフォーム。魂を闇堕ちに近づけることで力を得る、危ういサイキックだ。
     一歩間違えれば、ダークネスへと変じてしまう――そう、背にした扉の奥にいるはずの、ノーライフキング達のように。
    「ここは任せて先にいけ!
     ――なぁんて、すっごくおいしいポジだよね!」
     扉の前に陣取る紅緋の更にその前に降り立って、すずめは笑顔で黒い殺気を撒き散らした。
     鏖殺領域に当てられて、心を持たないゾンビ達が怯えて竦む。
     その隙は、戦い慣れた灼滅者達を相手取るには致命的なものだ。
    「さぁ、一気に決めますわよっ!」
     叫んで桜花は、手にした得物を思い切り振りかぶり、狙いを定める。
     柄の部分でゾンビ達をまとめて押しやっていたハンマーだが、無論、本来の使い道はさにあらず。
     二対の武器を組み合わせたそれは、阿剛重工の技術の粋を結集した――鉄槌である。
    「――阿剛流・重鎚大圧殺!」
     ――ずごぉぉん、と。
     破滅的な重低音が鳴り響いた。
     圧し叩き砕き潰す。
     最早そうとしか形容のできない一撃がボスゾンビの体を、伸した。
     縦に潰れたボスゾンビのその姿は、轢かれた蛙かはたまた二昔前のギャグ漫画の演出か――そんなふざけた表現が似合うほど、完全に、潰れていた。
    「あと一体……?」
     ――グッ……ぐぉぉ!
     と……その一撃が第二ラウンドのゴングであったかのように。
     残ったゾンビが一斉に灼滅者達へと飛び掛かる。
    「っ、今更焦ってきても、遅いのよ!」
     振り回される腐った腕から撒き散らされた毒の瘴気。雑魚とされるゾンビの攻撃も、一度に襲い掛かられては無視出来るものではない。
    「きゃッ――!」
    「チッ――!」
     紅緋と月影が毒に当てられ、明日等のライドキャリバーが菜月を庇った。
     誰よりも前に立つ彼らが崩れては、戦線は容易に瓦解する。
     彼らに膝をつかせてはいけない。ファルケは、自身のその役割を重々承知していた。
    「させるかよっ!」
     スペアのピックでギターを掻き鳴らし、すかさずファルケは勇気に満ちたリバイブメロディの旋律を奏でる。そしてそのメロディに乗って流れる……歌? らしき、声――と思われる、音。
    「悪ぃな、お陰でだいぶ楽になったぜ……なぜか」
    「なぜかって何だよっ!?」
     体の中から毒が消えていくのを感じた月影は、不思議そうに礼を言った。
     騒音じみた歌声銀河特急便をお送りしながらも、ファルケは戦場を注視し続けている。
     それが、活きた。
    「ッ! 明日等、後ろだ!」
    「――ッ、だと思ったわよ!」
     残ったボスゾンビに向けて構えていた明日等は振り返り、跳んだ。宙に舞ったその足元を、影の如き闇が這う。
     潰されたボスゾンビは、潰れながらもまだ灼滅されず残っていたのだ。
    「これで……きっちり成仏させてあげるわよ!」
     空中から、ひしゃげたゾンビに向けてオーラキャノンを撃ち放つ。両の手から撃ち出されたオーラのサイキックは潰れたゾンビの全身を一瞬の内に灼き尽くした。
     最早、灰さえも残るものではない。
     残す彼らの必須ターゲットは、あと一つ。
     ボロボロになったスーツ姿のボスゾンビは、虚ろな瞳で立ち竦んでいた。

     先に倒したボスゾンビが、灼滅者達の戦術でいうクラッシャーの位置にあったとしたらならば、こちらのボスゾンビはディフェンダーだったのだろう。
     おおよそ同程度の強さを持つと思われる二体のボスゾンビでありながら、残った方は明らかにタフだった。
     灼滅者達の幾発もの攻撃にボスゾンビは耐えた――が、ようやくに限界を迎えつつあった。
    「もう一発です!」
     紅緋のペトロカースが齎す石化の呪いが、元より鋭いとはいえないゾンビの動きから更に鋭さを奪っていく。
     薙ぐように振るわれる毒の爪の一撃を、余裕とまでは言わないが、灼滅者達はその全員がかわしきった。
     ボスゾンビの体に無数に打ち込まれた種々の異状が着実にボスゾンビを弱らせているのである。
     決着の時は近づきつつあった。
    「……そろそろ帰れそうだね」
    「ちょっと、油断は禁物ですわよ!」
     無気力に呟く菜月を、桜花は軽く窘める。
    「勿論、油断なんてしないよ」
     言いながら、そぅ、と無駄のない動きでボスゾンビの傍らに菜月は立っていた。そうして、構えたマテリアルロッドの先端だけを当てるようにして、その一撃は振るわれる。
     ボンッ! と魔力の爆弾が弾けた。フォースブレイクの勢いのまま、ボスゾンビの体を吹き飛ばす。
     その先に、香艶が居た。
    「悪いな、トドメは貰うぜ」
     香艶は一旦腰を落とすと、流れるような動作でゾンビの懐に潜り込み、その身を跳ね上げた。
     ――バリィ! と稲妻の走る音と。
     ――バキィ! と骨肉の砕ける音がする。
     一見してそれ程に力を使っているようには見えないにもかかわらず、突き上げられた拳はゾンビの顎を打ち砕き、そのまま天を貫いたのだ。
     頭を砕かれたボスゾンビは、何かを掴もうとするかのように、両腕を前に垂らす。
     そうして、スローモーションのように灰となって崩れ、滅した。
    「――よし! あとは、紅緋!」
    「はい。
     ――職員室、ボスゾンビは倒しました!」
     月影に促され、紅緋がトランシーバーに連絡を入れる。
    「二体ともだ! 脱出路は確保した!」
     続けて叫んだ香艶の大声は、扉の向こうまで届いただろう。
     間もなく届いた結衣奈の明るい声が、残るゾンビに向けて構え直す灼滅者達の間に歓声を呼んだ。

    「――こちら生徒指導室、子供たちは、みんな助けたよ!」


    「てめぇらはこっち向きなぁ!」
     叫びを上げて龍砕斧を振り上げた月影は、黒い風となって職員室の中を跳び交った。
     残った雑魚ゾンビを龍翼飛翔で斬りつけながら、生徒指導室から出てきた救出班を横目で見やる。
     恭也に連れられた三人のノーライフキングは、どう見てもまだ年端もいかない子供達にしか見えない。弱っているからというのもあるだろうが、その表情から伺える様子もまた、とても灼滅者の十倍以上のポテンシャルを誇るダークネスであるとは思えなかった。
     夜鈴を先頭に駆け抜ける救出班の周りを固め、なおかつ殿となってゾンビの襲撃を押しとどめるよう、チームは残った雑魚ゾンビをあしらいながら進んでいく。
    「後はカッコよく! スタイリッシュに! 脱出するのみっ!
     泣いてる子をいじめる悪いゾンビは、サクッと畳んじゃうよ!」
     尚も追いすがろうとする雑魚ゾンビに向け、すずめは縛霊撃を放ち。
    「ここを通りたきゃ、俺を殺してから行くんだな!」
     ゾンビの一体の前に立ち塞がって吠えた香艶は、フォースブレイクを叩きつける。
     ――端的に言って、撤退戦は何の問題もなく終えられたと言っていいだろう。
     撤退時に二体の雑魚ゾンビも灼滅しながら、チームは無事戦闘地帯から脱出することに成功した。

     助けだしたノーライフキング達と、彼らを庇護する灼滅者、恭也。
     その姿を目の当たりにして、紅緋は素朴な疑問を浮かべる。
    (「灼滅と共存の線引き……どこですればいいんでしょう?」)
     その問いに答えが出るのは、まだ先のことであるように思われた。

    作者:宝来石火 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 19/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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