杭打つ者の供宴

    作者:君島世界

     オホーツクの海を割って、流氷の船が北海道の地に接岸した。ご、という振動がやまぬうちに、氷から手荒く削り出されたひさしの陰から、何者かが姿を現す。
     髪の大部分を隠す黒の頭巾と、同色の丈の長いカソックを着込んだ女だった。その耳元で、シンプルな金の飾りをつけたピアスが、夕焼けを反射してきらめく。
     彼女は陸地に足を踏み入れると、流氷から鎖に繋がれた『塊』を引き抜いた。振り回され、一息で流氷を粉々に砕いたそれは、遠目には人を模した像のようにも見える。
    「コサック怪人兵団所属・ヌイ、現時刻より進行を開始します」
     呟き、塊を背負って向かう先に、こちらも黒の着流しに身を包んだ、白髪の優男がいた。二人はそのまますれ違って数歩、背中合わせに言葉を交わす。
     決闘の距離だ。
    「――無道、『敷島・無道』だ。ヒヒ」
    「正式には『ノヴゴロドのチョールヌィイ』、長いからヌイで構わない」
    「ヌイ。また、覚える名前が増えたのう」
    「ふん、光栄だ日本のアンブレイカブル。礼の代わりだ、先手は譲ってやろうか?」
    「ヒヒ。……既に」
     ヌイの見る景色が反転した。
     
     天を地に、地を天に。瞬く間にひっくり返されたのだと、気づいたヌイの顎に無道の掌底が触れる。無道はそのまま、座り込むようにして叩きつける気だ。
    「シッ!」
     ヌイは塊の握りを鎖からハンドルに切り替えると、それを直上の地面にぶち当てた。地獄投げの威力を、しかし相殺しきることはできず、ヌイは地面を転がって間合いを離す。
    「ヒヒ、よう凌いだ。そは信心の顕れか」
     無道が息を吐いた。白髪の奥で細長く開いた目は、ヌイの持つ塊に向けられている。
     その意匠や彫刻は削れ、表面はほとんど平らになっていた。だが、何かへ祈るようなシルエットだけは、消えていなかった。
    「まさか。これは使い潰すための物さ。ロシアンタイガー様のため、グローバルジャスティス様のために、な」
     ヌイは姿勢を立て直すと、塊の鎖を引き回した。そして旋回する塊は空をばらばらに引き裂きながら、主の号令を待つ。
    「使い、潰すための物だ!」
     塊が、泣くような音を立てながら無道の頭上に落ちた。無道は交差させた腕でそれを防ぎ、両者はしばらくの拮抗を見せる。
    「ヒヒ、凌ぎ……」
     次の瞬間、無道の足裏が地面に埋まった。バシ、という音とともに、無道の足元がひび割れていく。
    「……きれぬかッ!」
     ヌイの振り下ろした塊が、無道の体ごと地面に杭打たれた――。
     
    「未だ秋の足音すら聞こえないような時期ですのに、北海道には流氷の便りが届いたそうですわ。それも、とんでもない荷物と一緒に」
     鷹取・仁鴉(中学生エクスブレイン・dn0144)は、教卓に寄りかかりながら説明を始めた。カーテンを締め切った教室の中に、彼女の声がゆっくりと響く。
    「流氷には、ロシアのご当地怪人が多数乗っていましたの。元は一つの島ほどの大きさのある巨大なものだったのですが、何らかの原因で破壊され、ばらばらにオホーツク海を漂流し始めたようですわ。……その一つ一つに、ロシアン怪人を乗せて、ね」
     言いながら仁鴉は、黒板におおよその北海道の図を書いた。その右上から海岸線に向かっていくつもの矢印が引かれると、対抗するように、陸地側からも逆向きの矢印が引かれる。
    「この事態を受けて、アンブレイカブルも行動をはじめましたわ。彼らにどう情報が広まって行ったかは不明ですが、北海道各地に漂着するロシアン怪人に対し、アンブレイカブルは戦いを挑んでいます。例によって、腕試しや修行のため、なのでしょうね」
     矢印と矢印がぶつかった所に、仁鴉がバツ印をつけていく。と、仁鴉はチョークの色を変えて、そのバツ印に丸く円を書き加えた。
    「ここで、皆様の出番ですわ。双方の戦いを利用すれば、両者を同時に撃破・灼滅することができるでしょう。どちらかが生き残るのを待ってから、皆様が出ればよいのですから。
     これは、ロシアン怪人とアンブレイカブルを一気に倒すことの出来る、またとない機会ですの。漁夫の利という成句のままの作戦ですが、だからこそ行う価値は十二分にあると思いますわ」
     
     戦場は、北海道の沿岸地域となる。遮蔽物の多い地形なので、隠れる場所には事欠かないだろう。
     前座となる戦いで生き残るのは、ロシアのご当地怪人『ノヴゴロドのチョールヌィイ』だ。黒を意味するその名の通りに黒ずくめの格好をしている。操るサイキックは、主に鎖で繋がれた人型の像を振り回すもので、効果は『バイオレンスギター』のサイキックに酷似している。それに加えて、『ご当地ヒーロー』に相当するものも扱うことがある。
     アンブレイカブル『敷島・無道』との戦いの結果、チョールヌィイは多少の傷を負うことになる。そのタイミングを待って戦闘を仕掛けるべきだが、彼女のダメージは戦闘力を損なうほどではない為、注意が必要だ。
     また、決着がつく前に灼滅者が発見された場合、両者はどちらも灼滅者を攻撃してくることになる。あるいは勝負の邪魔をする灼滅者をまず排除しようと、連帯して襲ってくるかもしれない。
     
    「乱入によって、ダークネス同士の戦いの結果を変えることは可能でしょうが、そうすることに大した意味はないと思いますわ。大事なのは、漁夫の利を取り両者を倒すことですから。
     ハイリスク・ハイリターンな戦いとなるでしょうが、きっと皆様なら成し遂げることができると信じておりますわ。……では、ご武運を」


    参加者
    鏡池・瑪瑙(葉桜花紅葉・d00131)
    霧島・竜姫(ダイバードラゴン・d00946)
    狗洞・転寝(風雷鬼・d04005)
    木通・心葉(パープルトリガー・d05961)
    如月・陽菜(蒼穹を照らす太陽娘・d07083)
    メルフェス・シンジリム(魔の王を名乗る者・d09004)
    龍造・戒理(哭翔龍・d17171)
    壱之瀬・黒兎(イノセントグレネーダー・d18512)

    ■リプレイ

    ●死闘の連鎖
     水平線の彼方に、太陽が沈んでいく。閑散とした岬に、似つかわしくない轟音が走った。
     ダークネス同士の戦いが、その中心にて繰り広げられている証拠だ。岩陰から灼滅者たちがのぞく光景の中で、二体は遠慮のない攻撃の応酬を繰り広げていた。
     必死の一撃が無数にぶつかり合い、その度に爆音が世界を引き裂いている。波の音すら、聞こえない。
     その様子を、壱之瀬・黒兎(イノセントグレネーダー・d18512)は細めた眼で眺めていた。次第に音色が一方的になっていくのに気づくと、ため息を殺しながら言う。
    「漁夫の利とは言い得て妙だな。しかし、あまり好きではないんだがな……」
    「ああ、ご当地怪人が押し始めたか。今まで見たものと、あれは少し雰囲気が違うようだが――」
     龍造・戒理(哭翔龍・d17171)も、黒兎と同じ判断を下した。
    「――ああいう奴ほど厄介だ。組織として動く前に、ここで刈り取らせてもらうとしよう」
     ざわ、と気が騒ぎ始めた戒理に、メルフェス・シンジリム(魔の王を名乗る者・d09004)が小さく制止のサインを見せる。今はまだ、殺気の一つも踏み込ませるべきではない。
    「あの怪人。ノヴゴロド……で、祈るヒトガタとなると、振り回している像というのは、やはり……?」
     見定めようとするメルフェスの遥か前方で、ロシアン怪人『ノヴゴロドのチョールヌィイ』は、武器とする鎖繋ぎの像を傍らに置いた。打撃音が止み、しかし対するアンブレイカブル『敷島・無道』は、その場から動き出そうとはしない。
     勝負の大勢は決まっていた。決着を前に、両名が交わす言葉が、風に乗って聞こえてくる。
    「ヒヒ、口惜しいのう、ヌイ」
    「何を」
    「もう殺せぬ。我が道の屍山血河、これにて終着よ」
     瞬間、ヌイの像が天高く射出された。鎖の限界まで打ち上げられた塊は、真っ逆さまに無道へと引かれる。
    「…………」
     ヌイは何も答えずに像を叩き付けた。その返り血が一滴、像の目元に跳ね飛び、涙のように流れ落ちていく――。
    「――今だ!」
     木通・心葉(パープルトリガー・d05961)の号令と共に、八人の灼滅者たち全員が駆け出した。走りながら陣形を作り、呼吸を荒げるヌイに肉薄していく。
    「お疲れのところ悪いね! でも、ちょっとボクたちとも遊んでいってよ!」
    「っ! お前らは!?」
     即座に振り仰ぐヌイの正面に、如月・陽菜(蒼穹を照らす太陽娘・d07083)が立ち塞がった。
    「武蔵坂学園、で話は通じるかな。このタイミングなのはちょっと卑怯なようだけど、……いざ!」
    「……そうか」
     応答の間に囲まれたと知ると、ヌイは腰を落とし像を手繰り寄せる。
    「です、が、良い機会と、判断させていただきま、す」
     鏡池・瑪瑙(葉桜花紅葉・d00131)は、浅い礼とともに武器を構えた。その姿に、初陣の気負いはない。
    「戸隠忍者末裔、鏡池・瑪瑙。異名は……まだ、ありません」
    「…………」
     無言のヌイに、霧島・竜姫(ダイバードラゴン・d00946)がサイキックソードを突きつけて言う。
    「そちらの事はある程度聞いています。ロシア最古の都市ノヴゴロドの怪人、相手にとって不足なし!」
    「フ」
     と、ヌイの口端から苦笑の吐息が漏れた。同時に身震いするほど尖った殺気が発せられ、灼滅者たちを威圧する。
    「灼滅者、か。捨て置くわけにもいかないからな。――全員ここで討つ」
     ダークネスの瞳に、迷いは無い。
    「チョールヌィイ……いや、その元となった誰かの身に、一体何があったのかは判らないけれど」
     狗洞・転寝(風雷鬼・d04005)は、絶対の意思をこめて継げた。
    「君に幕を引いてあげるよ。もう、戻れないのならば」
    「戻らんさ。帰りの船は砕いたからな」
     重さを失ったかのように、ヌイの像が持ち上げられる。それが、戦闘開始の合図となった。

    ●応酬、繰り広げられ
     黒兎は霊犬 『栗花落』を連れてヌイから十分に距離を取ると、己のデモノイド寄生体に号令を掛けた。瞬間的に肌から湧き出す寄生体を制御し、ゆっくりと掌上に集める。
    「あまり腐ってくれるなよ。臭いがするのは嫌だしな」
     横打ちに払うと、肉片から強酸が噴出された。高速で飛来する液体を完全には避け切れず、ヌイは衣装を焼く異音に眉をしかめる。
    「たああぁぁーっ!」
     飛び退ったヌイを追うようにして、陽菜が妖の槍での突撃を仕掛けていった。槍の間合いで握りを強め、勢いを全て螺旋の貫通力に乗せていく。
    「せやっ!」
    「シッ!」
     像を持たぬほうのヌイの手が、槍の切っ先を横から打った。直撃には至らずすれ違った陽菜は、咄嗟に柄を回して防御の姿勢を取る。
    「――鈿女」
     ヌイが重心を傾ける直前、瑪瑙が敵の背後から駆け上がっていった。
    「――手力雄」
     一対の解体ナイフ――蕎麦切り包丁が振り下ろされ、しかし振り返るヌイの像に止められる。押し切れないと実感しながらも、瑪瑙はマフラーから不敵な笑みを覗かせた。
    「さぁ……力比べと、いきましょうか」
    「お断りだ。いや、後回しか」
     ヌイは像を肩で突き上げ、瑪瑙を一息に押し返す。一瞬浮いた像のハンドルを掴み、そのまま恐るべき膂力でぶん投げた。
     狙うは空中でとんぼを切った瑪瑙ではなく、メルフェス。
    「ハ!」
     指先を離れた瞬間に、像が着弾する。メルフェスは音を聞く間もなく、弾き飛ばされた。
     想像を超える衝撃。もしバベルの鎖なしで戦車の砲撃を食らったらこんな感じかしらと、メルフェスはしかし『はっきりとした意識で』そう考えた。
    「……ふたつ、わかったことが、あるわ」
     マテリアルロッド『クレア・ブランシュ』が地面に長い抉り傷を引いた。メルフェスは無傷ではないが、無事だ。
    「破壊、特化。斬撃や魔力なんかはどうでもいい、ってところかしらね。何事でもぶつかっていく姿勢は、良いと思うわ……それと」
    「次は私のターンなんですよね!」
     背後を取った竜姫のクラッチが、ヌイの腰に食い込む。ヌイの踵が浮き、そこから反射的に放たれたエルボーを、竜姫は首を傾けて回避した。
     像を急いで引き戻す時、合わせて肘打ちも仕掛けてくるだろう。そう読みきった竜姫の作戦勝ちだ。
    「北の大地に沈むといいです――レインボーダイナミック!」
    「く……!」
     技が決まると同時に、虹色の爆発が巻き上がった。畳み掛けるライドキャリバー『ドラグシルバー』の射撃を、脱したヌイは転がって避けていく。
    「さ、ボクとも遊ぼうじゃないか怪人。退屈はさせないよ?」
     そこを、心葉が無敵斬艦刀で斬りかかっていった。ヌイも戻ってきた像をキャッチ、大振りに回して迎撃する。
    「しつこいッ!」
     大質量の物体同士が激しく衝突し、火花を散らす。競り合いは一合で収まらず、繰り返すごとに心葉は楽しそうな笑みを深めていった。
    「クロっち、今の内に魔王くんを!」
    「ワン!」
     転寝の指示を受けて、霊犬『クロ』がメルフェスに癒しの波動を放射する。転寝本人もまた、機を虎視眈々と狙っていた。
    「――今だ」
     ヌイのリズムに合わせて地を強く踏み、転寝は妖の槍を突き出す。すると槍は瞬時に多くのつららを生み、ヌイに向かって飛んでいった。
    「続けるぞ、狗洞、蓮華! あいつを好き勝手に動かすなよ!」
     と同時に、戒理も己の影業を長く伸ばす。その傍らから、彼のビハインド『蓮華』が滑るように間合いを詰めていった。
     影の触腕を避けるヌイに、蓮華は追いついて掌底を打ち付ける。ヌイは正面から、像ではなく拳でそれを受け止めた。
    「お前は……いや」
     傷口の氷を弾けさせながら、ヌイは何かを言いかけて、しかし自分から間合いを離す。

    ●戦いと祈り
    「道楽や自己満足で来てるわけではないようだな、貴様ら。正直に言えば、あのアンブレイカブルよりは好感が持てる……故に」
     じゃり、とヌイと像を繋ぐ鎖が鳴り続けていた。その長さを確かめるように、鎖環を手繰っているからだ。
    「念入りに行こう。祈れ、貴様らの神に!」
     と、ヌイは鎖を手にしたまま水平に跳躍する。像でなく己を砲弾とした攻撃に、追いすがるシルエットが一つ。
    「ドラグシルバーっ!」
     ゴアアアアアァァァァッ!
     自走するライドキャリバーが、間一髪のところでヌイの足先に食らいついた。蹴り飛ばされ、細かな部品をこぼしながらも、ドラグシルバーは再び咆哮を轟かせる。
    「よく追いつきました、ドラグシルバー……!」
     主である竜姫は、そっとそのアクセルグリップに手を添えた。
    「いいね、そのエンジン音。ドラゴンみたいだ! これはボクも負けていられないな」
     武装をマテリアルロッドに持ち替えた心葉が、たたっ、と軽い足取りでヌイに近づいていく。引き抜くように像を寄せたヌイが、その迎撃にとこちらへ走りだした。
    「望むところっ!」
     僅かに一歩。間の取り合いを制した心葉が、先に攻撃を叩き込むことに成功する。魔力の爆発にたたらを踏んだヌイは、揺れる視界の中に陽菜の槍を見つけた。
     突き出される。
    「くらえ、正義の炎!」
    「チ……!」
     炎槍が、音を立てて黒頭巾を浅く焦がした。レーヴァテインの熱が、紙一重の距離からヌイの頬をあぶる。
    「外した?」
    「易々とやられるものか!」
     相手の押すような前蹴りを反動に、陽菜は後退した。ざ、と足音立てて着地したところに、メルフェスが立つ。
    「フ、私の目の前で女の子を足蹴にするとは。余程この魔王に躾られたいようね!」
     纏うバトルオーラ『アンビション・グリ』が、灰色のままに燃え上がった。その滾りを掌上に集め、一気に放出する。
    「踊れ!」
     号令と共に、直進していた気弾は弧を描いてヌイに激突した。さしものヌイも、これだけの波状攻撃を前に表情を歪めている。
     その様を、蓮華がじっと眺めているようにも見えた。
    「……蓮華?」
     戒理は傍らの少女に問う。そして蓮華は、指示の通りに攻撃を開始した。
    「――――!」
     細腕を鞭打つように翻し、ヌイの体に霊障波を叩き込む蓮華。足を止めるヌイに、さらに瑪瑙の攻撃が迫っていった。
    「雨は桜に。その身で、とくと味わい、ませい!」
     水滴を模していた瑪瑙の影業が、放たれるとともに桜花へと形を変える。その花弁は次第に渦を巻き、ヌイを飲み込むほどに肥大化していった。
     が。
    「この花は、散り際が最も美しいらしいな?」
     振り回されるヌイの像が、その大半を食い荒らす。敵の攻撃とはいえ、花を散らすことにヌイはまるで躊躇を持っていないように見えた。
    「何が貴女をそこまで――いや」
     転寝は頭を振って、縛霊手『濡烏』を改める。……もはや、するべきことはただ一つ。
    「その闇の呪縛、せめて灼滅を以て解放するよ!」
    「くどいッ!」
     両者の武器が衝突した瞬間、濡烏はその捕縛結界を展開した。絡め取られたヌイに向けて、黒兎がDCPキャノンを構成する。
    「俺にここまでさせるんだ、そろそろ倒れろよダークネス……!」
     気づけば足元の栗花落も刀をくわえ、いつでも行けるよう用意していた。黒兎は視線を尖らせると、寄生体の砲を予告無しに発射する。
    「オン!」
     最適のタイミングで、栗花落が駆け出していった。キャノンで体勢が崩れたところに一閃、ついにヌイも膝をつく――かに見えた。
    「っは……はっ……ハ――!」
     像にすがりながら、いつの間にか乱れていた息を整えるヌイ。するとその身を淡い光が包み込み、ヌイの目には新しい力が宿り始めた。
     回復のサイキックか。ふさがった傷跡を確かめるヌイの口元には、かすかな嘲笑が浮かんでいた。

    ●二つの終着
    「その表情を私が許可しないわ」
     メルフェスはクレア・ブランシュをヌイに突きつける。先は杖代わりに使ったものを、今度は必殺の武器として振るうつもりだ。
    「一時とはいえ私から優雅さを剥奪したのだから、相応の罰をくれてあげる。雷鳴のように一方的にね」
     ズ、と深い音がヌイを貫いた。ぐらりと傾くヌイの襟を、詰め寄った瑪瑙が締め上げる。
    「戸隠の技。あれで、終わりでは、ありませ、ん」
     ヌイの体だけを正面から抱えた瑪瑙は、踵で地を蹴り飛ばした。垂直に飛んだ両者は、その頂点で上下逆にひっくり返る。
    「戸隠、縛墜爆……!」
    「離せっ、このおおおぉぉぉ!」
     瑪瑙より先に、ヌイの脳天が地面に叩き付けられた。くるくると飛び下がる瑪瑙と入れ違い、さらに竜姫がダッシュで間合いを詰めていく。
    「それでは、私はドラグシルバーのお礼ということで。――レインボービート!」
     掬い上げる様な右拳の一撃で、立ち上がったヌイを強かに打ち据えた。続けて二撃、三撃と、虹色のバトルオーラを纏った右腕が容赦のない加速を見せる。
     最後のアッパーカットが、ヌイを崖っぷちまで吹き飛ばした。偶然に足裏から落ちたという格好で立つダークネスに、陽菜が魔力の氷柱を飛ばす。
    「これで終わりだよ、ロシアン怪人!」
    「――ハ。この程度で、我らが終わるものか……!」
     その直後。
    「ダスヴィダーニヤ。この言葉ぐらい、貴様らでも知っているだろう?」
    「ま、待て……!」
     バランスを失ったのか、自ら足を踏み外したのか。陽菜の目の前でヌイは、倒れるように崖下へと落ちていった。
     陽菜の静止もむなしく、爆発音が周囲に響き渡る。すぐに駆け寄った心葉は崖下を覗き込んで、玩具を奪われた子供のような表情になり、しかしすぐに元の笑顔に戻った。
    「……楽しかったよダークネス。楽しかったかいダークネス。でも残念だよ、こういう時間はえてして短いものだから」
     そう言った心葉の視線の先に、ヌイの姿はない。ただ主を失い風化を始めた像が、彼女の運命を物語っていた。
    「終わった、か」
     ふう、と溜息をついて、黒兎は警戒を解く。その態度に安心したのか、栗花落は跳ねるように彼の元へと駆け寄っていった。
    「ダークネスを2体、灼滅完了。これも作戦勝利というやつだな」
     栗花落の頭を撫でてやりながら、黒兎は感慨深げに呟く。
    「無道くんも、ここでその最期を迎えたのでしたね」
     転寝は、同じように甘えに来たクロを抱き上げた。腕の中の重さを確かめながらも、目を細めて風上の方角を向く。
     ――季節が巡った先に、この地にはやがて北風と雪とが訪れることだろう。
    「けど、きっと清浄なる風が魂を救ってくれる。……よき夢を、二人とも」
     その言葉を追って、それぞれの弔いを見せる灼滅者たち。かつて人間であった、人間の天敵に、しばし祈る。
     と、瞑目する戒理の手を、蓮華がきゅっと握り締めた。その訳を知らずとも握り返してくる戒理の力に、蓮華はしかし表情を見せることはできない。
    「蓮華。……墓標に杭でも立ててやろうと思う。手伝ってくれるか?」
     こくりと頷く蓮華に、戒理は小さな杭を手渡した。

     ごん、ごん、と、木槌が杭を打つ音が岬を走る。神妙な面持ちを見せる灼滅者の後ろで、祈り人を模した像がゆっくりと風の中に解けていく。
     最初に消えたのは、鎖の部分であった。

    作者:君島世界 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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