遥かなる天空へ

    作者:日暮ひかり

    ●scene
     日本の空の玄関と呼ばれる成田空港は、連日多くの旅行者で賑わいを見せている。夏も盛りを過ぎ、ピークは越えたとあっても、客足が絶えることはない。
     そんな中、二十代後半程度の女性がひとり歩いていた。すこし顔色が悪い。黒い髪に、どこか日本人を想起させる面立ちから、彼女は日系人だろうと思われた。
    (「それにしても、日本の古都や温泉は素晴らしいわ。でも、はしゃぎすぎたかしら。凄く疲れた……きっと暑かったせいね」)
     南米ペルーの山奥に暮らす彼女にとって、日本での日々は新鮮で、快適だった。旅館でせっかく良い布団を敷いてもらってもよく眠れなかったのは、時差か疲労のせいだろう。
     そう考えつつも、欠伸が止まらない。根深い疲労が足取りを重くさせ、ふらつきそうになる。
    (「……いけない、急いで日本のお土産を買わなくちゃ……休むのは飛行機に乗ってからでいいわよね、うん」)
     
    ●warning
    「シャドウめ、日本から故郷へ帰る外国人のソウルボードに潜伏したまま国外に出ようとは。怠慢にも程がある!」
     鷹神・豊(高校生エクスブレイン・dn0052)はいきなり教鞭を二つにへし折った。
    「だが、何を企んでいようが……無価値。仮に奴らの国外脱出が成功したとして、武蔵坂にサイキックアブソーバーある限り、ダークネスは国外では活動できんのだッ! くくっ……ははっ、あははははッ!!」
     休み明けでハイな鷹神は教室の机をばしばし叩いて爆笑している。
     イヴ・エルフィンストーン(中学生魔法使い・dn0012)を始めとした皆の『大丈夫かな』という視線に、彼は姿勢を正した。
    「……う、うむ、失礼した。笑い話にするのは尚早だったな。現に、俺達にも明確に失敗する未来は視えない。今回は、日本から離れた事でシャドウがソウルボードから弾き出され、飛行機の中で実体化するという最悪の事故を想定して、君達に動いて貰う」
    「うう、お空の上でダークネスに遭ったら逃げられませんね……被害者さんと一緒に飛行機に乗るのも難しいでしょうし。……あっ! イヴ、分かりました。シャドウが空港にいる間にやっつければいいんです!」
    「ご名答。その通りだ」
     鷹神はそう言い、引き延ばした写真を黒板に何点か貼った。
     
     まずは女性の写真。彼女はローサといい、ペルーに住む日系ペルー人だという。今回憑代とされたのが、このローサだ。
     次に貼られた写真を見て、イヴは再びあっと声をあげた。
    「イヴも知ってます。とっても有名な、お空に浮かんだ遺跡のお写真です」
    「うむ。あ、いや、お空に浮かんでるわけでは……まあ『空中都市』やら『天空都市』なんかの異名を聞いた事がある人も多かろう。ローサさんは、日本人の観光客向けに遺跡のガイドをしながら、マチュピチュ村で暮らしている方だ」
     ローサのソウルボード内に入ると、遺跡の入口に降り立つことになる。
     事件らしい事件は起こっていない。標高2000m超の地に広がる遺跡は幻想的な霧に覆われ、四方を山に囲まれた絶景を拝むことができる。
     住居や神殿、階段、畑、水汲み場。古代には人が住み、栄えていたであろうその遺跡のすべては、積み上げられた石で造られている。
     迷路のように入り組んだ街は、巡ろうと思うと存外に時間がかかってしまう。その中に潜むたった一体のシャドウを見つけるのは、まともにかかれば至難といえるが、灼滅者である限り恐れる必要はない。
     空を飛び、壁を走り、時には二段跳躍で飛び越え、キャリバーで悪路を疾駆する。
     人が居ない夢の中だから、ESPを使っても誰にも迷惑はかからない。
     なかなか爽快だと思う、と鷹神は言う。
     
     敵はあまり強くない。シャドウハンターの技を使用してくるが、劣勢と見ればすぐに夢から逃げるだろう。
     問題はむしろ、ローサ自身にどう接するかだ。
     ソウルアクセスをするには、彼女に眠ってもらう必要がある。ダイブと同時に灼滅者たちも眠ってしまうため、どうにか目立たない場所に誘導する必要もある。
    「ローサさん、日本をとっても気に入ってくださっているみたいですね。悪い思い出は作りたくないです。できれば、おかしな事はしたくないのですが……」
     どうでしょう、とイヴは皆に問うた。
     エクスブレインははいともいいえとも答えなかったが、極端に難解でない日本語なら彼女には通じると思う、と言い、僅かに口元を緩めた。
     イヴは空港の案内図をいそいそと皆に配り、気合いを入れる。
    「ダークネスと戦うのは、やっぱりすごく怖いんです。でも、世界の皆さんが被害にあわずに暮らせるのは、日本の皆さんが頑張って下さっているおかげですから、イヴは日本が大好きです。だから、イヴは、今日も皆さんの為に頑張ります!」
     さあ、いざ遥かなる天空都市へ。


    参加者
    セリル・メルトース(ブリザードアクトレス・d00671)
    蛙石・徹太(キベルネテス・d02052)
    楠木・刹那(鬼神の如き荒ぶもの・d02869)
    篠村・希沙(手毬唄・d03465)
    トランド・オルフェム(闇の従者・d07762)
    関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)
    朔夜・碧月(蒼き月の娘・d14780)
    剣ヶ峰・鈴(決断せし天の剣・d19766)

    ■リプレイ

    ●1
     様々な人々と、様々な言語が行き交う成田空港。その中に多少人が増えても何ら違和感はない。まして彼らが灼滅者と呼ばれる者であろうとは、ローサには知る由もない事だ。
    「大丈夫、ですか?」
     ローサは、その声にはっとする。幾人かの少女達が心配そうに顔を覗き込んでいた。
    「いきなり話しかけてごめんなさい。さっきからとても具合が悪そうなので」
     さらりと流れる楠木・刹那(鬼神の如き荒ぶもの・d02869)の艶やかな黒髪は訪れた古都の空気を思わせ、礼儀正しい態度と相まって好印象を与える。更に、ESPで流暢なスペイン語を話すセリル・メルトース(ブリザードアクトレス・d00671)にローサは驚いたようだった。
    『丁度、友達が乗り物酔いしてしまった所なんです』
    「ううぅ……車こわい……うぷ……」
     剣ヶ峰・鈴(決断せし天の剣・d19766)は本当に真っ青で迫真の演技だった。ちなみに、今日は吉祥寺からバスで来ている。鈴の背をさすりながら、柔らかい笑みを浮かべるセリルは皆のお姉さんという雰囲気だ。
    『よろしければ、一緒に救護室まで行きましょう』
    『お気遣い有難う。でも私、その前にお土産を買いたいのよね……』
     あまり時間に余裕もなくて、とローサは溜息をつく。
    「代わりに買ってきますよ。どんな物をお探しですか?」
     ショップのある上階へ向かった少女達と入れ替わりに蛙石・徹太(キベルネテス・d02052)がエスカレーターを降りてきた。観光客に扮しベンチに座っていた篠村・希沙(手毬唄・d03465)がガイドブックから顔を上げる。
    「お土産買えました?」
    「見ろ、魚沼の笹団子だ」
    「わぁ、懐かしなぁ」
     二人はさりげなく案内カウンター前のセリル達を眺める。間もなく連絡を受けた職員が到着し、一行は救護室に案内された。
     すっと後を追うトランド・オルフェム(闇の従者・d07762)の黒いスーツがちらと見えた。その姿は影の如く人波に紛れ、誰にも気付かれる事はない。

    「皆さん、親切にありがとう」
    「困った時はお互い様です。おやすみなさい……」
     刹那はベッドに横たわったローサへ毛布をかけると、同時に魂鎮めの風で彼女を眠らせた。すやすや眠る様子を見て、職員も重体ではないと判断したようだ。
     後でまた様子を見に来る、といって職員達が退室したのを確認すると、トランドは入れ替わりに中に入った。別行動を取る他の5人にセリルが電話を入れる。何やら部屋の外が騒がしい。
     急病の訴えや、不審人物の目撃で職員は対応に追われているようだ。当分戻ってこないだろう。更に誘導にあたる、見張りをするという動きも多数ある。事件を片づけるまでの時間は稼げそうだ。徹太と希沙が救護室に入ると、最後に関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)、イヴ・エルフィンストーン(中学生魔法使い・dn0012)、朔夜・碧月(蒼き月の娘・d14780)がやってきて表に『使用中』の札を下げた。
    「峻さん、私達にアイス奢ってくれたんだよ」
     礼をする碧月とイヴに、峻は諦めた笑みを返す。『達』が予想外に多かったか、少々顔色が悪い。仲間に貰ったポンチョと帽子を身に着けイヴはご機嫌だ。
    「それじゃあ、いよいよ天空都市へ出発、かな?」
     宙に浮かぶと言われる程、空に近い古代都市――どんな景色が待っているのだろう。まだ見ぬ世界の至宝へ想いを寄せ、碧月は瞳を輝かせた。
    「じゃあ行くぞ。剣ヶ峰平気か」
    「うう、酔い止めもらったから何とか……」
     九人の灼滅者は、徹太を中心にベッドを囲んだ。
     浅黒い指先が、ローサの手首に触れる。溺れるものを引き上げるような触れ方だ。

    ●2
     視界が光で満ちた。網膜を染めたのは、ひたすらに終わりの無い白だった。
     壁の消えた部屋は地球の裏側と繋がった。白の底から空の蒼色が舞い上がった。雲海をどこまでも落ち続ける恐怖と錯覚が五感を襲った直後、嘘のように四方が開けた高台に彼らは立っていた。
     謎に満ちた古代都市、マチュピチュ。
     神秘を隠匿するかのように街は絶えない霧に抱かれ、青みを帯びた遠くの山々はやがて空と地の境界を曖昧にする。シャドウには不似合いな景観と色彩を、トランドは瞳を細めて眺める。
     崖際まで伸びた石造りの街、その下を覗きこんだ鈴がひっと喉を鳴らす。底も見えないような、谷。周りには柵らしい柵すらない。
    「……凄いな」
     峻が感嘆の声を零す。この遺跡が、ローサの大切な原風景なのだ。
     高台の見張り小屋から道なりに暫く歩くと、市街地の入口に門のようなものが見えた。今は苔むした石壁に確かな人の営みを感じ、希沙はいとおしげに指で触れる。霧に晒された壁はひやりとした。
    「はっあかんあかん、シャドウ探し!」
     うっかり目的を忘れかけたが、ここからは手分けして散策する事にした。イヴが峻を、碧月が希沙をそれぞれ後ろに乗せ、単独調査するセリルと共に空へ飛び発つ。徹太と鈴、刹那とトランドは地上から細かい場所を。
     の、筈だが……鈴がその場から動かない。
    「まさか、まさかとは思うが、高所恐怖症か」
    「ふええ……な、何でボクこんなところに……」
    「割とこっちが聞きたい」
    「ま、待って、置いてかないで、頑張るからっ!」
     徹太は手本を見せるように助走から豪快にジャンプすると、空中を蹴って二段跳びに繋ぎ居住区の家の屋根に着地した。かつては藁葺屋根が乗っていたらしいが、外壁のみが残った今足場は塀より少しまし程度の広さだ。鈴は覚悟を決め、半泣きになりながらも屋根に飛び移る。直後、徹太は次の家の屋根に跳び移り、狭い足場を忍者のように走っていく。重力も、恐れもないように駆ける。
    「ええええ……」
    「行け剣ヶ峰、やれば出来る子だろ。お前が次代のミスターMUSASHIだ」
     さる昔、実は某あの番組に憧れていた徹太のスパルタ指導の甲斐あり、鈴もぎこちないながら跳べるようになってきた。反対側を調査するトランドと刹那は、段々畑の前を通り別の居住区へ向かう。
    「ペルーといえばハーブティーが有名ですが、現実世界ではないここでは頂くことはできませんね」
     マカ茶で有名なマカは、インカ帝国時代には既に栽培されていたという。ここも昔ハーブ畑だったかもしれない。いつか実際に訪れて味わいたいと、トランドの形の良い唇が刹那に微笑んだ。景観が気に入ったのか、眼鏡の奥の瞳は空と山の色を追っている。細められた双眸の底に、心なしか剣呑な光が見えた。
    「このような場所に影を落とす存在は見過ごせませんね」
    「全くですね。国外脱出するからには、活動できる当てがあるんでしょうけど。どうせろくでもないことしでかすに決まってるし」
     敵に対する姿勢こそ強固なものだが、刹那の機嫌はさほど悪くもなさそうだ。大和撫子と見えた彼女の正体は、スリルと冒険が大好きなお転婆娘。高い壁もお構いなし、縛霊手の鉤爪を石の隙間に引っかけがしがし昇る。夢だからこそ出来ることだ。
    「すごい眺め……風が気持ちいい!」
     壁の上で刹那は伸びをする。落ちないように気をつけて下さいねと、トランドは紳士の笑みを向け屋内を覗いていく。
    「きゃーっ、速ーい!」
     一方、箒に乗った碧月と希沙は全力ではしゃぎつつシャドウを探しつつ、北へ向かっていた。実際の速度は自転車程度なのだが、壮大な景色と風が気分を高揚させる。夜空も良いが、山の碧の美しさは昼の空ならではだ。
    「私ね、楽しみだったんだ。どんな景色が見られるのかなぁって……すごいね、空がこんなに近くにある!」
    「ほんと、太陽にも手が届きそうやねぇ」
    「あっ、望遠鏡で太陽見たら駄目だよぅ!」
    「平気ですっ、太陽の神殿やから」
    「なーんだ!」
     二人はあははと笑う。碧月の纏う夜と星屑色のローブが、青空を切りぬいたみたいに広がる。お伽噺の中に居る気分なの、と呟いた彼女は、空の表情を自由に操る魔女のよう。
     峻とイヴも、望遠鏡で周囲を観察しながら貴族の居住区へ来た。あそこに降りますと、イヴは他より広い家の上空に飛ぶ。峻は箒から飛び降りた。
     一瞬の事だ。空気の厚みと、地球に吸い寄せられる力を全身で感じる。墜落とも飛行とも違う、不思議な浮遊感。山々は一瞬で視界を流れ、瞬きする間に石畳が目と鼻の先だ。だが、峻の身体は重力から開放されたように宙返りをしていた。
     少し念じただけ。それのみで叩きつけられる事なく、爪先から軽やかに着地できる。燕になったようだ。
     イヴが箒でゆっくり降りてくる。ここは学校だったって言われてますと、教壇のような石に飛び乗る。
    「灼滅せよ!」
    「はは、似てるよ」
     びしと指を突きつけられ、峻は可笑しそうに笑う。
    「エアライド爽快だな、癖になりそうだ。所で豊の奴大丈夫か?」
    「『学校が始まったのが嬉しくてつい』って」
    「自由だな……まあいつもの事か」
     峻は隅の物陰まで細かく見て回るが、シャドウはここにもいない。本当に学校なら、いない方がいいのかもしれない。

    ●3
     上層部側を単独飛行するセリルは碧月達よりも上空を飛んでいた。景色と共に、皆の楽しげな様子を一度に眺められるのも中々いいものだ。その片隅で、不審な物体が蠢いているのを見つける。地名と構造は頭に入りつつある。確かコンドルの神殿と呼ばれる場所だ。
    (「何処へ行こうとも勝手にすれば良いけれど……無関係な人を巻き込ませるワケにはいかなくてね」)
     依然彼らの目的は不明だが、胡散臭い企みの気配は見過ごせない。セリルは表情を引き締め、即座に皆へ電話連絡を入れる。丁度神殿の近くに目立つ木があった。そこで落ち合い皆で神殿に向かう。
     整然とした石段の街の中で、自然のままの岩の形を残す建物は異様な存在感がある。碧月に一番高い岩の頂点まで運んでもらった希沙は、燃える血を炎の翼に代え、崖下へ飛び立った。
     目に映すのは異形の獣。獲物を狙う猛禽類の鋭さで、流れに逆らう空気を切り裂きながら希沙は真直ぐに急降下していく。徹太は無秩序に反り立つ岩を二段ジャンプで駆けあがり、同様に炎の翼を纏って、壁を越えた。
    「危なくなきゃ、カッコよくないって」
     目の前でたんと、軽やかに地を踏む二人の不死鳥。その猛々しさと岩陰から現れた敵に驚き、シャドウはわざとらしい奇声を発した。
    「ヴペェェ~~~」
     
    「……妙だな……もこもこはかわいいはずだ」
     徹太は頭を抱えた。一切会話する気がなさそうなのも残念だが、いやそんな事より……不快だ。すごく。
    「やはり此処には相応しくない輩のようですね」
     一応口元に笑みは湛えつつも、トランドは益々眼を鋭く冷たく細めている。胴が錆びたような体色に、薄紫のハートを入り乱れさすセンスは暴挙だった。
    「可愛くないアルパカって……ふわもこはそれだけで可愛いのに、可愛くないって……」
    「何か凄くいらっとする顔してるよに見えるんやけど」
     ショックに震える碧月、態度に苛立つ希沙。見れば見る程、むかつく顔文字さながらの挑発的な顔だ。
    「……蛙石先輩、ここでやる気の出るアルパカボケを一発!」
    「無茶振りだな篠村オイ」
    「こいつも状況次第ではブサカワアルパカと持て囃されそうだが」
    「ないないないない」
     素でコメントしただけの峻が総ツッコミを喰らう。
    「『真白なる夢を、此処に』」
     セリルも半ば呆れながら、それでも容赦はすまいと解除コードを囁く。カードから溢れた光がセリルの掌に集束し、伸びて武器となる。雪の結晶を纏った槍を強く捻りながら敵へ突き出した。
    「突き穿つ!」
     ブサパカは逃げようとしたが、トランドの糸で動きを封じられた。やけになったかみょんみょんと胴を伸ばし、トラウマナックルならぬアルパカタックルを無言で放つ。
    「……べちょっとしてる」
     衝撃。ふわもこですらない何か。
     受け止めた刹那の呟きの破壊力は空気を凍らせ、トラウマを伝染させそうだ。
    「どこに存在意義があるのか分からないよぅー!」
     碧月の嘆きが青空に虚しく響く。だってダークネスだもの。が、やるせない。イヴもがっかり顔で魔矢を撃っている。
     皆の心に届け癒しの光。可愛い縫いぐるみを並べ始めた碧月の回復を受け、刹那はトラウマから立ち直った。左腕を鬼の腕へ変じさせ、右手の縛霊手と一緒に敵へ叩きつける。
    「企みも、かわいくないも、ここで潰せば問題ないよね」
     刹那は皆と逆に、先程より一層生き生きしているように見えた。だが、そんな彼女のモチベすら次第に低下していく。
     実力は聞いていた通りで、そこから書くに足らぬ攻防が続いた。スリルも何もない。ほぼ灼滅者達が一方的に殴った。刹那は額に鬼の手を当て、溜息を吐く。
    「弱すぎるよ……」
     がっくり。皆のやる気を根こそぎ奪う恐ろしいブサパカ。そんな中、峻はせっかくなのでオーラを纏い高所から無駄に華麗な飛び蹴りを喰らわす事にした。
    「さっさと倒れろ。アディオス!」
     後はそこそこ真面目に殴って追撃する。謎のベタつきもオーラでガード。マイペース得である。
    「悪夢は此処で、断ち切る! 其れが、どんな結末であろうとも」
     セリルの槍型の杖と、トランドの黒い杖が振り下ろされ、白い閃光と黒い炎の爆発が入り乱れた。
    「お、お前の……お前のせいで……乗り物に酔うし、高いとこに来なきゃいけないし!」
     その時、ちょっと上から聞こえてきたのは鈴の声だ。形ばかり一応低い壁に登った彼にやや感動を覚えつつ、徹太は漆黒の弾丸を撃つ。鈴は身の丈程の太刀を振りかぶり、敵に向かって飛び降りた。
    「とにかくお前のせいだーー!」
     斬撃、というよりは全力の殴打であった。その攻撃で遂に力尽きたブサパカの魂が、煙となって美しいペルーの空に召された……ように見えた。
    「あ、逃げた」
     碧月が言った。
     互いに二度と会うものかと思ったであろう。

    ●4
     シャドウとの対話は今回も叶わなかった。海外へ渡るシャドウ達からは一貫して沈黙の意思を感じるように思える。その共通点が何を導くのかは、今はまだ分からない。
    『有難うセリル、皆さん。やっぱり日本って素晴らしいわ。親切な学生さんが沢山ね!』
    『いえ、こちらこそ。お気をつけて、ローサさん』
    『ええ、またいつか。オーラ・アミーゴ!』
     ただ、セリル達から徹太や皆の買ったお土産をたんまり渡されたローサは、とても良い笑顔でウインクし、元気に出国していった。その事実と、夢で歩いた天空都市の思い出が、こちら側には何よりの良い土産だろう。
     作戦に関わった灼滅者達は空港の見学デッキを訪れていた。飛行機が飛ぶ瞬間、峻は小さくチャオ、と呟いた。皆も其々に手を振ったり、写真を撮る。いつか、皆にも本物の天空都市を歩く時が来るかもしれない。暖かい空気が残る中、希沙はそっと目を閉じる。
     瞼に残る景色。掌の確かな感触。今はまだ近くに在る夢を思い返す彼女の腕には、空港で買ったペルーの本が抱かれている。夢の中の現に、もう少しだけ浸っていたい。そう思った。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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