九龍城砦にて

    作者:一縷野望


     うつら、うつら。
     揺れた視界に映るスーツの膝に、ジョー・ウォンは目眩に似た眠気を振り払うように頭を振る。
     香港で義兄が経営している外食チェーンの日本進出、その立ち上げの為に1年以上忙しなく過ごした日々は、大袈裟でもなく眠る間も惜しんでの折衝の繰り返しだった。
     ようやく一段落つき祖国香港へと戻る、その安堵がジョーをつかの間の眠りに誘ったか。
     いや。
     滞在中に割り当てられた高級マンションのベッドは綺麗過ぎて、眠るのに躊躇う。そんな性質は幼少時生きた場所のせい。
     眠りで落ちた瞼の舞台、浮かんだのは九龍城砦。
     ――もうこの世界にはない、所。
     積み重なる錆色の箱、ベランダを飾る洗濯物は鮮やかな色あいのくせに何処かくすんだ気配。
     狭い通路の冠はでたらめめいた電線、配管。
     左右に掲げられた看板は、医者だの食品工場だの海老剥き屋だの……これまた混沌に思うままに名を連ねていた。
     其処を駆け抜け慣れた足取りでぬめる階段を昇れば乱立するアンテナが出迎えてくれる。その傍らに立ち、手を伸ばせば抱きかかえられる『香港』を眺めるのが大好きだった。
     今、義兄弟として絆を結ぶ面々も其処で出逢った。驚く程豊かになったのに、還りたいと心が啼く――。
     

    「誰にでもあると思うんだ、原風景って」
     灯道・標(小学生エクスブレイン・dn0085)は、集った八人にそう呟くと瞳を眇めた。
     だが少女は自ら抱える原風景は語らずに、世を牛耳るダークネスの謀を唇にのせる。
    「シャドウの一部が、日本から脱出しようとしてるよ。帰国する外国人のソウルボードに隠れてね」
     サイキックアブソーバーの影響で活動できない国外へ果たしてこの方法で出られるのか、全ては未知。
    「未知ほど怖いコトは、ない」
     ボク達にとってね、と標は添える。
     例えば、飛行機が日本を離れた刹那、シャドウがソウルボードから弾き出され実体化してしまうかも、しれない。
     そうすれば墜落は免れないだろう。数百の人の命が失われる。
    「そんな可能性は潰したい。だからみんなにお願いがあるんだ」
     少女は眠たげな瞼をあげて導きの灯火を晒し、事の詳細を語り出す。
    「シャドウが潜んでいるのは、ジョー・ウォンさんって言う34歳の人。香港に本社があるレストランのえらい人、日本の取引を終えて帰国する所だね」
     灼滅者がソウルボードに入ると、シャドウは迎撃を開始する。
    「九龍城砦って知ってる? ……みんなが生まれる前に無くなった、香港にあった『一角』なんだけどね」
     スラムという言葉は避けた。ただ其処が文字通りの無法地帯だったのは本当の話。一度入ると出られない、まことしやかな噂も流れたらしい。
     汚泥と異臭と笑顔と美味しい臭いと、怒号と命と――全てがたゆたう、路。脈絡無く連なる鈍色迷宮に潜むシャドウと闘うのが今回のミッションだ。
    「シャドウの数は5体」
     標はパーの形の手をあげると、悪戯に崩した唇で続ける。
    「通路を歩いてるとふっと後ろにいる子供がそうだったり、寄り合ってご飯作ってるおばさんがそうだったり……ちょっと驚くかも」
     そんな5体のシャドウはさほど強くない。
     しかも、倒されそうになると迷路に紛れるように撤退していく。灼滅者に倒されるまで闘う気概は無い様子。
    「ソウルボードからシャドウを追い出せばお仕事は成功」
     シャドウ5体の能力は皆同じ。
     デッドブラスター、トラウナックル、ブラックフォームを使用してくる。
    「それぞれ別の場所に現われて合流しようとするよ」
     合流すればシャドウ同志はサポートをしあうし、逃走もしやすいだろう。
     だが単体を相手するには場合に寄っては荷が重い可能性もある。
     出る場所は把握できているので、九龍城砦の中、どう戦陣を敷くかは皆次第。
     
     ジョーは空港の待合で乗車手続きまでの時間を潰している。
    「ビジネスで来ただけあって日本語は堪能だよ。あと、日本人への印象も悪くはないみたい」
     ただ年長者への礼儀を重んじるので、年下に当たる灼滅者達が失礼な態度を取らぬよう注意は必要だろう。
     そんな彼を他の乗客から引き離して眠らせ戦いに挑め。
    「ちなみに出発までの時間は余裕があるから、そこは心配しなくても大丈夫」
     ――だから思う様、迷い舞えば、よい。
    「良かったら、九龍城砦の感想教えてくれると嬉しいな」
     標は小首を傾げると、烏羽髪を揺らし柔らかく微笑んだ。
    「興味あるんだ、すごく」
     ――鈍色迷宮を飾る朽ち欠けた電飾看板、それらを横目に暗き汚泥の路を奔れ。
     日常めいた非日常に浸らざるを得ないキミ達を、今は亡き廃墟――確固たる非日常での剣戟が、待つ。


    参加者
    風雅・月媛(通りすがりの黒猫紳士・d00155)
    板尾・宗汰(蛇竜幼体・d00195)
    衣幡・七(カメレオンレディ・d00989)
    紫堂・紗(ドロップ・フィッシュ・d02607)
    君津・シズク(積木崩し・d11222)
    銃神・狼(ギルティハウンド・d13566)
    鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)
    朝川・穂純(瑞穂詠・d17898)

    ■リプレイ

    ●今在る豊か
     ……空港の待合には、旅立ちへの期待や住み処へ戻る安堵が満ちあふれいてる。
     ダークグレーのスーツに身を包んだ青年ジョー・ウォンは、後者にあたる穏やかな気持ちを抱きながら椅子に背中を預けた。
     視線の端、3つ置いた左隣に座る野球帽の少年がひっかかる。
     その小柄な姿に痩せこけて貧しい……けれど、毎日を生きる事がただただ愉しかった頃の自分が重なり、彼の口元が小さく綻んだ。
     一瞬の眠りに浮かんだ泡沫、九龍城砦。もう手に入らぬ過去だから斯様に輝きを放つのか。

    (「なんだってこう国外に出たがるシャドウが多いんだ」)
     遠目にジョーと変装した朝川・穂純(瑞穂詠・d17898)を確認し、板尾・宗汰(蛇竜幼体・d00195)は読めぬダークネスの狙いに嘆息を漏らす。
     その時、空港内に散る7人の携帯電話が一斉にメール受信を告げた。鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)からの件名は『休憩室確保』。
     休憩室の名だけで皆「ああ、あそこか」と理解できるのは、君津・シズク(積木崩し・d11222)が用意してくれた空港内の詳細な地図のお陰。
    (「ジョーさんをお手洗いで寝かせなくても大丈夫そう」)
     ふわり波打つ髪を揺らし、紫堂・紗(ドロップ・フィッシュ・d02607)は安堵で胸を撫で下ろす。けれど確保できるよう足は止めたまま。
     風雅・月媛(通りすがりの黒猫紳士・d00155)は猫根付けを物色する素振りで状況を伺う。

     もう一度浸りたいと重くなる瞼、
    「ジョーさん」
     だが名を呼ばれ意識が明瞭側に傾いた。
    「君は?」
    「ジョーさんを見送りに来ました」
     秀麗な狐の瞳が笑えば屈託無く変る。衣幡・七(カメレオンレディ・d00989)はジョーが立ち上げた店舗の店員と丁寧に名乗る。
    「……すまない。日本で店を護ってくれる皆の顔、全て憶えたつもり……でも思い出せなイ、です」
     従業員ひとりとて忘れぬ姿勢に感嘆と尊敬を滲ませて、七は慮るよう覗き込んだ。
    「ジョーさん、疲れが酷いみたいですよ?」
    「ふふ、心配無用。仕事が一段落ついて気が抜けただけです」
     休むよう促すやりとりにスーツ姿の青年が近づいてきた。
    「失礼、どうかないさましたか?」
     空港職員を名乗る銃神・狼(ギルティハウンド・d13566)に七は休憩室の場所を尋ねる。
    「ご案内いたします、こちらです」
     やりとりに紛れ穂純は席を立つ。
    「そんなに疲れて見えますカ?」
     ――眠さでぼけた理性で考える。
     警戒心はある。人は騙し騙され、金を持てば持つほどその命は危険に晒される。
     だが――。
    (「この子も職員の方も、本気で心配してくれてイる。疑うは恥」)
     当たり前だ。灼滅者達のジョーを救いたい気持ちは掛値なしの『本物』なのだから。

    「少しの間ゆっくり眠っていて下さい」
     穂純の招いた風でジョーは安寧の眠りへと落ちた。
    「ウォンさんスマネエ、思い出に入らせて貰います」
     手をあわせ詫びる宗汰の隣、跪いたシズクが指を伸ばし額に当てた。
     ――貴方の大切な想い出を護りにいきます。

    ●いざ、失われし雑踏へ
     篭もる空気を時折揺るがすのはざらつくような温い風。
     昼も夜もわからぬ稀暗闇の中、漢字の電飾看板が誘うようにドきつく瞬き何某かの欲求を煽る。
     交差する通路の一角、少し広い場所に突如投げ出された八人は、物珍しげな視線に晒されていた。
    「皆も気を付けてね!」
    「ナノー!」
    「……グットラック!」
     紗とヴァニラ、シズクは別チームに手を振り階段へ向けて歩き出す。
     綺麗どころ女性陣の鼻をくすぐるのは肉の焼ける美味しそうな臭い。弾ける様なおばちゃんのお喋りと足下を駆け抜ける子供にヴァニラはびっくりと羽をぱたぱた。
    「紫堂さん、知ってる?」
    「なぁに?」
    「実際に城砦に足を踏み入れた人々は、侵入や探索といった言葉で表現したらしいわ」
    「確かに観光より冒険って感じかも……あ、ヴァニラ、よかったね!」
    「ナノー」
     誇らしげに掲げるはセロファンの固まり、早速もらったお菓子は真か虚ろか? でも今満ちた倖せは真。
    「どこ行こうか?」
    「隅々まで」
     まだ出していない積み木崩しを掲げる仕草でシズクきっぱり。紗は愛らしい欲張りっぷりに思わず吹き出した。
    「私は歌を謳ってる子が気になるなー」
     どんな人なのか、何を謳うのか――言葉の意味が解らなくても気持ちは受け止めたい。
     時に叫ぶ声、主に笑い声をかきわけて、娘達は四つめの階段をあがっていく。天上に向うはずなのに濃くなる闇、硝子の魚が陽を焦がれ揺れた。

    「まるで映画のセットみたい」
     瞳を瞬かせる穂純はすぐに前言撤回。踏みしめる湿った床を揺らすざわめき、その振動は真似事では顕せない熱。
    「学校まであるのか」
     ともすれば影に融けそうな脇差は、子供が机を並べ教師の声に集中する様に瞠目する。どこか懐かしさを喚起するのはウォンの心音が響くからか?
     静と濁。
     光と影。
     まるで人の心そのものだと宗汰は紙が同化し湿った足音をたてる床を踏みしめる。
    「ウォンさんの大切な記憶の中……」
     ゆっくり観光気分でもいられないと律しながらも興味がないと言えば嘘になる。
    「生きてる、ね」
     親がいない幼子の手を引く穂純ぐらいの年の少年は、箱めいた我が家に入り桶を担いで駆け出してきた。
     ネズミ行き交う一階から出るは汚水、だから階上で飲める水を。
     幼子の呼ぶ声に少年は戻り小さな桶をもたせて手を引いた。
    『置いて行かない』
     言葉はわからなくても意味はきっとそう。
    「ああ、生きてる」
     宗汰は噛みしめるように頷いた。
     あの少年はもしかしたらウォンかもしれない――いやもしかしたらあの幼子が?
     想像を広げれば無数に増えるウォンの面影、重ねて追い皆は歩き出す。
    「かのこ、行こう」
    「わふ!」
     真っ白の紀州犬がとてとてとついていく様を脇差はじっと見る。
    (「可愛い……」)
     ふりふり揺れる尻尾が脇差の心を鷲づかみ。

    「不謹慎かもしれないけど楽しませてもらいましょう」
     涼やかにして大人びた女性の声は、黒猫の着ぐるみから発せられている、月媛だ。
    「遊びも使命も全力よ! きゃ!」
     ぴちょん!
     天井を覆うように這う大蛇の電線から伝い落ちた雫に背が冷えた。けれどその吃驚すら七は面白がっている。
    「九龍(ガウロン)城砦か。現在は整備されて公園になってるんだっけ」
     初めて対峙する宿敵に胸をざわつかせながらも、狼は端正な広東の調べを口に歩き出す。
    「牙医?」
     首をひねる月媛に、
    「歯医者だな」
     幸福感たっぷりのサモエドスマイルで尻尾はたはた、funeralも狼に同意と元気よく吼えた。
    「臭いも手触りも、写真からは感じられないものね」
     にくきゅうを外し頭も外し触れた壁はざらざら。埃で汚れた指先に濃厚な現実を見出して月媛はしみじみ。
     不意にゴオッ! とジェット機のような轟音、瞠目の女性陣に狼は口元を綻ばせる。
    「啓徳空港が傍にあったんだ」
     雑踏スレスレを飛ぶジェット機の壮観は、今は昔。
     されど此の場所ではそれが、日常。

    ●九龍城砦にて
    「ナノ~」
     てしっ。
     異様な雰囲気に怯んだか、羽ばたきを止めてヴァニラは紗の肩に羽でつかまった。
    「恐がりなんだから……あ、謳」
     紗の声にシズクも耳を澄ます。
     異国の調べは『帰っておいで』と奏でているように、感じた。
     もう辿り着く事叶わぬ場所――九龍城砦にて響くそんな願いは、ただただ寂寞を加速させる。
    「…………♪」
     通路の最奥の部屋、洗いすぎて色の抜けた衣服を背景に素っ気ない白ワンピースの娘が、窓に身を預け喉を振わせていた。
     床は古びた書物や食べものの殻で踏み固められている。そんな綺麗程遠い殻の中で彼女は謳う。
    「ナノ……」
    「うん、ちょっと寂しいね」
     澄んだ歌声をずっと聞いていたいのに、彼女はシャドウ――そんな揺らぎを紗は心の海から束ねて拾い上げる。
     つぇん……。
     水を切るように放たれ虚空を駈ける矢は歌の娘の翳した手を蝕んだ。
     だが、謳はまだ続く。
    「やれやれ……」
     シズクが大きく広げた左手に鈍重なるハンマーが招かれた。
    「シャドウがいるんじゃ本当に魔窟だわ」
     粘つく地面を飛び立つように蹴った。
     抵抗を殺すように片羽のように後ろに翳したハンマーは娘……ではなく、ドアを開けた中年男の土手ッ腹にバール部分を突き刺さし止まる。
     爆ぜる雷。
    「ナノ!」
     びくりっ。
     羽を震わ瞳を瞬かせるヴァニラに「シズクさんをお願い」と紗は落ち着かせるように言った。
     どうやら医者が此方に現われた様子。二体からの攻撃を喰らうシズクを前に紗は防衛戦へと戦術を切り替える。

     桶を持つ二人は友達に呼び止められお喋りに興じては叱られるを繰り返し、上階へ。
    「まるで街全体が家族みたいだ」
     あたたかい場所だと脇差は子供らの背を見守る。
    「五万人が家族って考えるとすごいね」
     鈍色に同じモノはひとつとない、そんな複雑さを見出せるようになれた自分が穂純は嬉しい。
    「灯道にゃ『スゲエ龍が飛んでた』とか言ってやろ」
    「あー、嘘はだめだよ」
    「待て」
     宗汰と穂純を脇差が手で制した。
     タタタッ!
     トトッ!
     その間も前を行く二人は階段を駆け上がっていく。
     その音とは他に、

     ――ヒタ。

     裸足が冷えた床に当たる音。
     三人が振り返れば何故か前にいたはずの二人が、いる。
    「?!」
     にたり。
     倒れる少年の隣幼子が笑えば、輪郭が歪みダイヤが顔に浮かび上がった、シャドウだ!
     ――それでは遙かなる中国の影絵芝居にご招待致しましょう。
     多頭の蛇を背負いまずは宗汰本人がシャドウの頬を張る、幾度も幾度も。
    「今のところ1体みたいだね」
     横壁を蹴り階段五段飛び、軽々と背後に回り込んだ少女とかのこ。少女は膨れあがった得物でシャドウの背を打った。
    「……!」
     もんどり打って階段を転げ落ちた小柄な肩にはかのこが喰らいついている。
     もがき身を起こそうとする右腕がぱくりと割れた。
    「――」
     相変わらず『静か』にある脇差。だが吊り下げる刀にこびりつく闇の燻りは、彼が僅かな所作で剣戟を見舞ったのだと物語っていた。

    「観光地って言うよりは街ね」
     食べ歩きは残念ながら無理そうと、月媛は再びにゃんこを被る。
    「生活の場所だからな」
     狭い箱の中でおばさん達が寄り合ってぺちゃくちゃお喋り、アルミのボウルの中では肉がこれでもかと練られている。
    「ねぇ、何を売ってるのかしら?」
     向こうから来る天秤を下げた男を七は呼び止めた。
     当りなら戦闘、外れならあやしげアイテムを見せてもらえる眼福。
    「……ッ」
     当り。
     謎の鈍色部品を差し出す素振りで男は七の腹を突き刺した。
     七は浮かれた笑みを凄絶に一瞬変えてすぐに戻す、元より攻撃は全て惹き寄せるつもり。
    「気を付けて、後ろからも来たわよ!」
     月媛の声とほぼ同時に、おばちゃんの内一体が肉を丸め漆黒の弾丸へと変じ投げ放った。
    「やってくれるわね」
     おばちゃんの頭上に振り上げた鮪を叩きつければ肉入りボウルがはじけ飛び床に散らばった。
    「ウォン哥の原風景……大切な思い出の場所を汚すお前らは排除する」
     親友の紅に唇を寄せる狼の胸に満ちるは悔悟――もう心は破壊せぬと、誓いと断罪の力を解き放つ。

    ●幻都にて舞え
     耳を劈く破砕音。
    「かのこも攻撃に」
    「わうっ!」
     階段の上部から穂純のガトリングが弾けて火を噴いた、かと思えばそれに飛び乗るように滑空しシャドウの傍らで壁を蹴ると、振り回されるように回転し蹲るシャドウの躰を叩き上げる。
     シャドウが高めた力はかのこにあっさり食い破られて、残るは主に脇差が絡めた夥しい阻害の力のみ。
     一、
     二、
     三、
     四……。
     宙に舞う躰は影絵の大蛇がお手玉のように躰を喰い千切りその質量を減らしていく。その様を眺めつつ宗汰は冷静に仲間達がどこにいるのか気配を探る。
    「上、と……」
     ソウルボードの中のせいか認識が捕らえづらい、その癖すぐに向かえる気もする。ならば後者を信じよう。
    「悪いが急ぎだ」
     脇差の傍で刃の光が小さく揺らいだ瞬間シャドウの首が落ちた、介錯はせめてもの慈悲か。
     一体を狩り取った達成感に浸る間もなく、三人は仲間達の方角へ駆け出す。

     ガキッ!
     シャドウの一部と化した天秤の先を七は両手でブロック。その隙間から心から愉しげに嗤う笑う。
    「あはは! しぶとさは身上なのよ」
     七の駆る艶色はこの鈍色の舞台に誂えたように馴染む。
     艶やかなドレスの裾のように弾丸をばら撒けば王子は無様なステップを踏み錐もみに弾けた。
    「一体、落とし切るわよ!」
     床をまな板に見立てて、月媛はしゅるりと尻尾から大漁旗を外し掲げるようにオーラを招き寄せ、おばちゃんだったシャドウの腹に堂々大漁旗を突き刺した。
     ふゅーねるが七の傷を塞ぐ傍ら、狼はソウルボードを荒らす宿敵へ息を吐く。
     魂の舞台を持つ人は、関わる者へ敬愛を忘れぬ偉大なウォン哥。
    「この場を穢させは……」
     跳ねたシャドウの欠片を拭い取り、煌々たる紅から放つは呪い。
    「穢させは、しない」
     だがその呪いが魂を護る。
     悲鳴と共にはじけ飛ぶシャドウ一体。
    「大丈夫ー?!」
     駆けつけてきた穂純とかのこに不利を悟ったか、天秤持ちは後ずさるようにこの場から、消えた。

    「シズクさん、大丈夫?」
     海から上がるモノの進化のように、穿ちから癒し癒しから穿ちと紗の矢は姿を変える。ヴァニラのハートが添えられれば、命は強く芽吹く。
    「まだいけるわ」
     強きに笑む眼前、謳う娘が影絵に喰まれ腹から刃を生やした――宗汰と脇差だ。
    「香港といえばカンフーよね」
     重心を左右にのせてもう負けはないとシズクは顔をあげる。
    「まあ、私のは我流のストリートファイト、だけど!」
     叫び踏み込んだ刹那、積み木崩しの柄から一瞬手を離しロケット噴射で思う様回転させる。そうして溜めた力で――ねじ切り潰す!
     ――謳が、止んだ。
    「ちッ」
     医者のシャドウは舌打ちひとつ後退しようと後ずさる。
     ゴツ。
     其処に馴染む赤錆色に、当たった。よくあるから七の統べる異物とは一瞬、気づけなかった。
    「これで最後か」
    「みたいね」
     狼、月媛が並び退路を断つように並び立った所で――貴方も崩そうと巨体をふりかぶるシズクが、飛ぶ。


     ――大切に綴じられた幻影城に、穂純は別れを告げるように頭をぺこりと下げた。
     今度は彼が現在(いま)創りあげたあたたかな場所で、美味しいご飯を食べよう。この想い出を手元で紐解きながら――。

    作者:一縷野望 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月19日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 3
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