黒白の求道者、勝利の果て

    作者:飛翔優

    ●黒白の求道者
     日の出の時刻。北海道沿岸部に、砕けた流氷が到着した。
     流氷の上。オレンジ色の光を受けながら、ウォッカの酒瓶を片手に持つロシアン怪人がゆっくりを鎌首をもたげていく。ふらついた足取りながらも着実に前へと進み、沿岸部へと飛び移る。
    「ウィック……ついに到達……ウィック。さ、次は……」
    「待たれい!!」
     空の彼方から響く声。
     怪人が顔を上げ、崖の上に黒の道義に白い帯を結んでいる男が佇んでいることを発見した。
    「何奴!」
    「我は黒白の求道者、無色(むしき)! 強き者よ、いざ尋常に勝負いたせい!!」

     実力は拮抗していた。
     天をつくような拳をふらつく足取りで避けたロシアン怪人は流れるまま、急所に拳を打ち込んでいく。
     筋肉を固めて受け止めた無色は、着地と共に水面蹴りで足を狙っていく。
     後ろに下がって避けた後、ロシアン怪人は火を吹いた。
     無色は身を屈めて回避して、闘気を炎へと変換し解き放つ!
     アルコールと炎。
     ぶつかり合えば燃え上がり、戦場を熱く染めていく。
     時に避け、時に受け止め、決して相手に直撃は許さぬ二人の攻防。互いに細かな傷を受けながら、不敵に笑みを送り合う。
    「ウィック……やるじゃねぇか!」
    「我は感謝する。貴様のような強き者に出会えたことを!」
     両者同時に、大地を蹴った。
     方や酒気をまとった拳を握り、方や拳を炎と化した闘気で包み込み。
     朝陽が白へと変わった時、譲れない拳が交錯。
     僅かにバランスを崩しながらも、無色は一人天を仰ぐ。
    「……天晴」
    「ウィック……ザマァねぇな……。だが、ま……そうだな」
     死に姿は店ないと、ロシアン怪人は炎に包まれたまま海に向かって歩き出す。
     背を向け続ける無色に視線を送った後、無言のまま飛び込んだ。
     没入する音を聞きながら、無色は一人瞳を閉ざす。
     手向けか、はたまた勝利の余韻か……無色はただ頭を下げて……。

    ●放課後の教室にて
     集まった灼滅者達を前にして、倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は説明を開始した。
    「まだ夏も終わっていないこの時期。北海道に流氷が漂着しました。しかも、ただの流氷ではありません。ロシアのご当地怪人を乗せた流氷なんです」
     もともとは巨大な流氷であり、無数のロシアン怪人が乗っていた。しかし、何らかの理由で流氷が破壊され、ロシアン怪人たちはオホーツク海を漂流し、北海道の海岸のあちこちに漂着し始めているらしい。
    「さらに、このロシアン怪人の漂着に対応して、アンブレイカブルが動き出しました。どうやって流氷の漂着を知ったのかは不明ですが、格好の腕試しの場と思ったのか、各地で漂着したロシアン怪人に喧嘩を売っているらしいんです」
     そこでと、葉月は今回の説明の纏めにかかった。
    「今回、皆さんにはロシアン怪人とアンブレイカブルとの戦いの後、生き残った側を撃破し灼滅して欲しいんです。せっかくの、一網打尽にできる機会ですから」
     続いて、葉月は地図を広げていく。
    「現場となるのはこの海岸の、切り立った崖の傍。隠れる場所も多いので、両者の戦いが終わるまで見守る事もたやすいでしょう」
     勝者はアンブレイカブル側。黒白の求道者・無色と思われる。
     力量は皆より高みにあるが、ロシアン怪人の戦いによって消耗している。そのため、灼滅という観点から見れば五分の戦いができるだろう。
    「もっとも、その洗練された動きから繰り出される破壊力は強力無比。守りを固めなければ受けきることも難しいほどに……ですからどうか、決して油断などしないよう……」
     以上で説明は終了と、葉月は地図などを手渡した。
    「漁夫の利を狙うという作戦ですが、それでなおアンブレイカブル・無色は強敵。全力で戦ってください。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    新城・弦真(一刃・d00056)
    三島・緒璃子(稚隼・d03321)
    神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)
    皇・銀静(銀月・d03673)
    大祓凶神・乙女(剣の花嫁・d05608)
    禰宜・剣(銀雷閃・d09551)
    刑部・征司(零距離の交撃者・d11895)

    ■リプレイ

    ●朝焼けに導かれ
     朝焼けに染まる海、冷たい波風が流れ込む北海道の海岸線。
     黒白の求道者とアルコールを司るロシアン怪人との戦いが今、終結した。
     死に姿は見せぬと、ロシアン怪人は海へと向かう。
     小さなレクイエムが響いた時、岩陰に隠れ機を伺っていた灼滅者たちの一人、刑部・征司(零距離の交撃者・d11895)が飛び出した。
     赤き輝きで固めた挨拶代わりの拳を、無色は無造作に受け止める。
     衝撃が走り細かな砂粒が彼方へと散った後、征司は勢いをつけて飛び退いた。
     改めて振り向く無色の視線を、受け止めたのはカマル・アッシュフォード(陽炎・d00506)。
    「よう、おめでとさん。疲れてる所悪いが、次は俺達の相手をしてくれよ。真剣勝負が終わって手負いの所に襲撃とは、自分でも無粋で卑怯だとは思うが、これも勝つための戦略ってやつだ。悪いが遠慮はしないぜ」
    「……何奴?」
    「あたしらは灼滅者……こういえば解るわよね……。あんたの強さ……見せていただいた……。……それでも……挑ませてもらおう」
     禰宜・剣(銀雷閃・d09551)は歯切れ悪く、表情を曇らせ、唇すらも噛みながら。それでも光を宿した瞳は逸らさずに返答した。
     一呼吸分の間を置いた後、無色は構えを取っていく。眉根を寄せながら、口元を軽く持ち上げていく。
    「嘆くな、悔やむな。全力を用いてこそ礼儀。弱き者が弱さを認め、縮めるための策を用いる。数を束ねて立ち向かう……全て全力故が事、即ち……貴様らは弱者に非ず」
     相手を侮るでなく、奥するでなく、ただ全力で死合う。
     それこそが望みだと語る無色に、三島・緒璃子(稚隼・d03321)が名乗りを上げていく。
    「……私は隼人を志す者、種子島の三島緒璃子。無色。我ら八人にて主に勝負を挑もう」
    「面白い。我が名は無色、黒白の求道者なり!」
     波が砕け、潮の香りが広がっていく。
     朝焼けにも染まりゆく海岸で、真正面からの死闘が開幕した。

    ●戦色に染まる海岸線
     無色に諭されたといえど、無力と感じたこと、悔しいと感じたことに違いはない。
     戦いで消耗した後の襲撃に大義はあるのか。無色を滅することが正しいことなのか。
     分からない、分からないが迷いなく戦わなくてはならないと、皇・銀静(銀月・d03673)は先程までの戦いを思い浮かべていく。
     一対一で描かれた、炎とアルコールによる舞闘。同等以上の景色を描けるか、自信はない。
     だからせめて頭を下げ、改めて無色に向き直る。
     勢いのまま巨大な剣を振り上げて、体重を載せて斬りかかった。
     硬く力強い左手に掴まれて、軌跡を描くことはかなわない。
     右手には炎が集い、緒璃子めがけて放たれた。
    「っ!」
     身の丈ほどの大太刀を振り上げたばかりの身では避ける事も叶わずに、全身が赤く、熱く燃え盛る。
    「――見事、御美事!」
     退かず、ただ笑い、緒璃子は一歩距離を詰めた。
     勢いのまま、刃を無色の肩へと沈ませていく。
    「緒璃子様の治療は乙女が行いますです」
     動きにこそ淀みはなくとも、傷を受けたことに違いはない。
     間に合わなくなってしまう可能性もある以上、早めの治療を。
     光輪を投げ渡した後、大祓凶神・乙女(剣の花嫁・d05608)静かな声を響かせた。
    「右ですことよ!」
     ロシアン怪人との戦いを思い出し、動きから右側に隙があるとの文言を。
     言葉の通り、剣が刃を閃かせた!
    「……消耗して尚その力……感服するわね!!」
     左腕に刃を食い込ませることはできたものの、皮膚で止まる。
     引けば少しだけ深く裂くことができたけど、果たしてダメージはいかほどか。
     殆どない、あるいは外部に現れるには蓄積させていくしかないと、剣は構え直していく。
     次に放つべき力を選択しながら。
     次に狙うべき箇所を見定めながら……。
    「拳、きま……」
     刹那、乙女が警告を発していく。
     伝え終わる頃にはもう、新城・弦真(一刃・d00056)の霊犬・珂月は空を飛んでいた。
     治療のために乙女が身構える中、立ち上がろうとした珂月の体が激しく炎上する。
     すぐさま炎は潰えたけど、それは、珂月の一時的な消滅を示していた。
     守りに優れる位置に立てども、直撃を受けたか。
     はたまた、拳の一撃が強力無比か。
     いずれにせよ……戦力が一つ、消失した。
     治療を行う必要もなくなったから、乙女は光輪を弦真に投げ渡す。
     件の弦真は静かに珂月のいた場所を見据えた後、無色へと向き直った。
    「姓は新城、名は弦真。我が宿敵よ、我らが魂は闘いの中でしか満たされぬ。いざ、参る!」
     改めて名乗りを上げながら、影を真っ直ぐに伸ばしていく。
     打ち払われていく光景を横目に表情を曇らせながら、神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)は透き通ったソプラノを響かせた。
    「神秘なる旋律で静かに眠れ……」
     波音を演奏代わりに響く歌声は、たとえ無色に変化らしい変化をもたらさなくても、世界を優しく包み込む。
     心は穏やかに燃え盛り、熱意を刃に込めていく。
     剣は刀を構え直し、地面を蹴って駆け出した!
     力を注ぎ込んでいく中で、心を満たすのは矛盾。
     全力を以って生き延びろ! との思い。
     しかし、全力を以って灼滅する! との決意。
     前者は、口にすれば無色への侮辱となる。故に……。
    「この程度で、負けない!」
     勝利だけを空気に乗せ、刀を横に薙いでいく。
     守りのために構えられた左腕を捉え、表皮を僅かに削ぎとった。

     心に宿した熱の現れか、カマルの軽く、鋭い刀に炎が宿る。
     戦場を満たす潮風を切り裂きながら、無色の肉体へと迫っていく。
     左腕に防がれ、胴を切り裂くことは叶わない。
     が、皮膚を伝い中心へと向かった炎が無色を燃え上がらせた。
    「炎比べだ! どっちが先に焼け死ぬかな!」
    「面白い、だが……」
     炎の力を誘ったが、無色が従う事はない。
     しゃがみ込み、水面蹴り。カマルの、前衛陣の足を鋭い蹴りで打ち据えた。
     主目的は牽制、仕切り直し。
     が、威力そのものも高水準。足元から広がる痛みが、前衛陣の動きを僅かに鈍いものへと変えていく。
    「壮麗なる白の、旋律……」
     蒼は歌声をより優しいものに切り替えた。
     穏やかな旋律とは裏腹に、表情は曇っている。
     とてもではないが、治療は間に合わない。
     ダメージを受けた仲間は多く、けれど一人を治療する術しか持っていない。
     否。もし使えたとしても、広く薄くの手段ではとてもじゃないけれど間に合わない。
    「間に合わせますです……」
     ならばできるだけ傷の多い者を癒し保たせられるよう、乙女が光輪を銀静へと向かわせる。
     盾の加護を受け、銀静は視線を落とし深い息を吐き出した。
     顔を上げると共に、ただ一直線に突貫する。
     刃を染めしは紅蓮のオーラ。
     癒しきれぬ身を補うため。
     迷いのない刃は胴を滑り、赤き軌跡を刻んでいく。
    「こっちだ!」
     対応する隙など与えぬと、征司が遥かな上空から声を上げた。
     無色は振り向かない。あるいは周囲に集中するためか。
     ――ならば確実に直撃させる!
     征司の掌より放たれしオーラは高度を下げるとともに加速して、無色の頭を打ち据えた。
     常人ならば目を回してもおかしくない衝撃を受けて尚、無色の動きに淀みはない。
    「がっ!」
     カマルの懐へと踏み込んで、ただ一撃。焔宿した拳をえぐり込む。
     衝撃に押され一歩、二歩とよろめく体は、爆発的な炎上にさらされ倒れ伏した。
     消耗しているのは灼滅者たちも同様。ギリギリの所で強い一撃を受けてしまえば、一気に削られてしまう可能性は高い。
     表情を歪め、されど蒼は歌い続けていく。
     支えていけば、いずれ倒すことができるはずだから。
     少しでも速く、深く癒せれば、一撃、二撃と耐えていく事ができるはずだから……!

    ●勝利はどちらに染められて
     雷を宿した拳と共に、間合いの内側へと踏み込んだ緒璃子。
     歓喜にも似た光を宿す無色の瞳を覗き込みながら、静かな思考を開始する。
     ロシアン怪人……酔拳使いと思しき敵と拳を交わしていた無色。ロシアン怪人との戦いも、さぞや楽しかったことだろう。
    「……楽しいかい?」
    「ああ。ギリギリの、全力での死合ほど心躍るものはない」
    「そりゃ重畳……!」
     無著に笑う顔面に、笑顔を送り全力パンチ。
     振りぬくと共に駆け抜けて、距離を取った上で振り向いた。
     すぐさま衝撃から回帰した無色に、弦真が肉薄していた。
     浮かべる表情は、やはり笑み。
    「死闘の果て、勝利の果て――その先に目指す物がある!」
     恐らく、思いはさほど無色と変わらない。
     可能な限り格闘家として、真正面から正々堂々。討ち果たしてこそ我が求道と、脇腹に鋭く固めた手刀を打ち込んだ。
     筋肉に阻まれ、深くまで入り込ませることは叶わない。
     衝撃を骨まで伝えた手応えはあったと、弦真は未練なく後方へと退いた。
     無色もまた、彼を追うことはない。
     軽く周囲を見回した後、一呼吸分の時を用いて銀静の懐へと入り込んだ。
    「ぐ……」
     瞬く間に胸を打ち据えられ、炎上の果てに力尽きる。
    「まだだ! まだ、ボクたちは……!」
     倒れ伏した銀静を見据えていた無色に、銀静が遥か上空から殴りかかった。
     一撃、二撃、三撃と、守りの甘い箇所に素早く、力強く。
    「幸か不幸か……今は、治療はなしでいきますのですわよ」
     拳の雨が止まぬ間に、乙女の放つ光輪が無色の体を切り裂いた。
     直後に剣が背後を取り、素早く刀を振り抜いた!
    「これなら……っ!」
     振り向きざまの裏拳が剣の頬を捉えていく。
     海の方角へと吹き飛ばされ、炎に焼かれ、動けぬ状態へと追い込まれた。
     癒しきれないダメージが蓄積している。全員、もう長くはない。
    「これ以上は……やらせない!」
     無色もそれは同じはずと、征司は再び跳躍する。
     高く、高く、少しでも高く。
     無色と肉薄した後、もう一度跳躍して背後を取った。
    「そこだっ!」
     振り向きざまに、紅蓮のオーラで固めた手刀を首筋へと打ち込んだ。
     僅かに蹌踉めいたその体。
     縛り付けたのは弦真の影!
    「もう、逃がさん!」
     僅かな間だけの力比べ。
     勝てるとは思っていない。
     縛り続けられるとは思っていない。
     ただ、一瞬。
     隙さえ生めば仲間がいる。
     手刀で切り裂き与えた傷を、広げてくれる仲間がいる!
    「っ!」
     ただ一刀、緒璃子が身の丈ほどの大太刀を振り切った。
     手首を返しもう一度、暑い胸板にバツの印を刻み込む。
    「どうしたどうした、余所見ばしとぉ……いや」
    「見事」
     振り切った姿勢のまま、緒璃子は動かない。
     ただ、無色に背を向けたまま、時が経つのを待っていた。
    「……中々どうして……まさか、一日に二度も死合えるとは思いもよらなかったぞ……まったく、良い人生だった!」
     最期の言葉を聞きながら、手向けの代わりに瞳を閉じて。
     気配が潰える頃、静かな息を吐くと共に姿勢を正す。刃を収め、ゆっくりと振り向いていく。
     もう、暴れていた男はいない。
     静かな波音だけが、朝焼けに染まる海岸線に響いていた……。

     カマルたちは目覚めた。
     仲間たちの介抱の後。
     一日休めば大丈夫な状態との報告に、漏れた吐息は安堵が導き出したものだっただろうか?
     ひと通りの治療を終えた後、カマルが瞳を閉ざしていく。
    「こすくて悪いが、俺達の勝ちだ。強かったよ、アンタ。勝ったから言えることだが、アンタとは正々堂々とやってみたかったよ」
     消えた無色に手向けの言葉を。
     直接言うことはできなかったから、せめて天へと届くよう。
     弦真は深く一礼した後、海岸線に背を向け立ち去った。
     何れ、求道の果てで己も朽ちる。その時は、また何れ死合おうか。
    「……それにしても、ロシアのご当地怪人、ですか……。一体、何が、あったのでしょうか……」
     後は帰還するだけとなった段階。海の彼方を眺めていた蒼が疑問を口にした。
     今はまだ、分からない。
     推理のピースが足りていない。
     戦いを重ねれば、やがて真実へと至るのだろうか?
     勝利の余韻と明日への疑問を胸に抱き、灼滅者たちは帰還する。
     己等の住処で身を癒し、備えていく。
     いつ疑問が紐解かれ、戦いへ導かれるようならば、いつでも赴くことができるように……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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